日本経済情報2016年1月号(デフレ脱却に黄信号が灯った

Jan 25, 2016
伊藤忠経済研究所
日本経済情報 2016 年 1 月号
Summary
【内 容】
1. 景気の概況
年初から株安・円高
が進行
政府は景気判断を
据え置くも株安・円
高を懸念
10~12 月期の鉱工
業生産は 3 四半期
ぶり増加の可能性
2. 主な需要動向と 金
融政策の行方
機械受注は設備投
資の弱含みを示唆
販売統計は総じて見
れば横ばい程度
賃金上昇により消費
者マインドは改善
米国向けの不調で
輸出数量の減少続く
消費者物価の上昇
率は低下する見込
み
追加緩和の可能性
は五分五分
伊藤忠経済研究所
主任研究員
武田淳
(03-3497-3676)
takeda-ats
@itochu.co.jp
デフレ脱却に黄信号が灯った日本経済~カギ握る日銀の対応
2016 年の日本経済は、年初から株安・円高が進行し、厳しいスタート
となった。中国における株安や人民元安、さらには原油価格の大幅下落
に起因するリスク回避の動きを背景に、株価とドル円相場は相乗的に下
落した。そうした中で、政府は月例経済報告において景気の現状判断を
据え置いたが株安・円高への懸念を表明した。
政府が基調判断を上方修正した生産は、10~12 月期に 3 四半期ぶりの
増加となる可能性が高まった。出荷動向からは設備投資などの固定資本
形成が低調な一方で、個人消費が拡大した様子が窺われた。
需要側の統計では、機械受注が設備投資の弱含みを示唆した。出荷動向
も踏まえると、設備投資は依然として計画倒れの状況にある模様。販売
統計は、百貨店やスーパーが暖冬による衣料品の不振で伸び悩む一方
で、コンビニは暖冬が客足増加につながって堅調拡大、乗用車販売も底
堅い動きを見せ、財の消費は総じて横ばい推移だった模様。サービスを
含めると個人消費は緩やかな拡大が続いた可能性も。労働需給の逼迫を
背景に賃金の上昇が続き、消費者マインドが改善していることも、それ
を裏付ける材料である。貿易統計は、輸出が下げ止まりつつあるも依然
として回復力に欠けることを示した。景気堅調な米国向けは海外生産シ
フトやシェール関連投資の減少により落ち込みが続いており、下げ止ま
りを見せる中国向けも回復に向かうとは見通し難い。
以上の通り、景気は持ち直しつつあるが、その足取りは緩慢であり、需
給ギャップの明確な縮小にはつながっていない。さらに、資源価格の下
落に加え、円安による物価押し上げの一巡により、国内物価の上昇は抑
制されており、消費者物価上昇率はゼロ前後で推移している。足元で円
高が進んでいることもあり、今後、消費者物価の上昇率は低下する可能
性が高い。
こうした中、1 月 28~29 日の金融政策において日銀が追加緩和に踏み
切るか注目されるが、現時点でその可能性は五分五分である。今回の株
安・円高は外的要因が主因であり、これまでほど追加緩和の効果を期待
できない面もあるが、仮に金融緩和を見送った場合、デフレ脱却を一層
遠のかせることになりかねない。
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
1. 景気の概況
年初から株安・円高が進行
2016 年の日本経済は、厳しいスタートとなった。 年初来の日経平均株価とドル円相場の推移(円、円/ドル)
121
日経平均株価は 2015 年末(12 月 30 日)の 19,034 19,500
日経平均
円から 1 月 21 日には 16,416 円まで下落、落ち込
19,000
み幅は 15.8%にも達した。22 日は 16,959 円まで
18,500
急反発したが、それでも落ち込み幅は 10.9%と大
18,000
119
17,500
118
きい。また、ドル円相場は 2015 年末の 1 ドル=
120.42 円から 1 月 21 日は 116.75 円へ下落(円は
上昇)、22 日は 118.09 円まで戻したものの 1 ヵ月
足らずで約 2%円高が進んだことになる。
ドル円(右目盛)
120
17,000
117
16,500
16,000
2015/12/30
116
2016/1/6
2016/1/13
2016/1/20
( 出所) C EIC DAT A
このように、年初から株安と円高が連動して進んでいるように見えるが、その一因として、円高が輸
出企業の業績を押し下げ株価下落につながるため、円高は株安の原因となることが考えられる。一方、
株安となった場合、海外投資家が株を売却し、その資金を円から外貨に換えるため、円安圧力になる
という考え方が素直であろう。そうであれば株安は円安となり、円安は株高となって影響が相殺し合
い、相場が一方方向に進むことは避けられるはずである。
ところが、冒頭の年初来の動きを含め、最近は株安が円高圧力となることが多い。その原因はやや複
雑であるが、1 つの見方として、海外の投資家が日本株へ投資する際、将来売却する時の為替リスク
をヘッジするため先物の円を売っておくことが多いため、株高(=海外投資家の日本株買い)は円安
となり、株安の際は逆に円高となるという考え方がある。そのほか、海外の投資家が日本株に投資を
する際には信用取引を用いることが多く、一定の証拠金を積む必要があるが、株価が下落した場合は
証拠金の積み増しが必要となり、外貨を売って日本円を用意するため円高になるという見方もある。
いずれが正しいのか、いずれも正しいのか、その判断は困難であるが、少なくとも海外投資家、なか
でも投機的な動きをするヘッジファンドなどのプレーヤーが株式市場を支配している場合、
「株安は円
高」という構図が成り立つことが多いということは事実である。
そのため、年初からの株式相場と為替相場は相乗的に影響し合い、中国における株安や人民元安、さ
らには原油価格の大幅下落に起因するリスク回避(リスクオフ)の動きを背景に、株安円高が加速し
たということであろう。
政府は景気判断を据え置くも株安・円高を懸念
そうした中で、1 月 20 日に発表された月例経済報告において、政府は景気の現状について、2015 年
12 月時点と同様、
「このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている」とした。
詳細を見ると、「生産」についてのみ、12 月の「このところ弱含んでいる」から 1 月は「このところ
横ばいとなっている」へ上方修正しているが、その他の項目については基調判断を据え置いている。
ただ、本文に「金融資本市場の変動の影響に留意する必要がある」という文言を加え、年初来の株安・
円高の影響を懸念する姿勢を示した。
2
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
政府の景気判断の変化(2015年12月→2016年1月)
個人消費
2 0 1 5 年1 2 月
2 0 1 6 年1 月
方向
このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復 このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復
→
基調が続いている
基調が続いている
総じてみれば底堅い動きとなっている
総じてみれば底堅い動きとなっている
→
設備投資
概ね横ばいとなっている
概ね横ばいとなっている
→
輸出
弱含んでいる
弱含んでいる
→
生産
このところ弱含んている
このところ横ばいとなっている
↑
企業収益
改善している
一部に慎重さがみられるものの、おおむね横ばい
となっている
改善している
→
→
雇用情勢
改善している
一部に慎重さがみられるものの、おおむね横ばい
となっている
改善している
消費者物価
緩やかに上昇している
緩やかに上昇している
→
景気
企業の業況判断
→
(出所)内閣府
10~12 月期の鉱工業生産は 3 四半期ぶり増加の可能性
月例経済報告において基調判断が上方修正された鉱工業生産の実際の動きを見ると、本稿執筆時点で
最新データである 11 月の実績は前月比▲1.0%と 3 ヵ月ぶりの減少に転じている。しかしながら、12
月の予測は前月比+0.9%、1 月は+6.0%が見込まれており、これらを踏まえると、10~12 月期は前
期比+1.4%と 3 四半期ぶりの増加に転じ、
1 月の水準は 10~12 月期を 6%以上も上回る計算となる。
正月休暇の影響などからブレの大きい 1 月はともかく、10~12 月期の生産反転は、小幅プラスとは
いえ景気判断において好材料と言えよう。
鉱工業生産指数の推移(季節調整値、2010年=100)
財別出荷指数の推移(季節調整値、2010年=100)
120
130
115
予測指数
120
110
資本財(除く輸送用機器)
生産財
建設財
消費財
110
105
100
100
95
90
90
85
80
80
70
75
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2010
( 出所) 経済産業省�
2011
2012
2013
2014
2015
( 出所) 経済産業省�
また、出荷指数の動きから最終需要の動向を測ると、10~11 月平均の出荷指数は 7~9 月期の水準を
1.4%上回っており、4~6 月期の前期比▲2.4%、7~9 月期の▲0.7%から持ち直し傾向にある様子が
窺える。財別の内訳を見ると、消費財は 10~11 月平均の水準が 7~9 月期を 1.9%上回っており、個
人消費の拡大を示唆している。内訳を見ると、非耐久財は 0.4%上回るにとどまったものの、耐久消
費財が 2.7%上回り、全体を牽引した。その一方で、資本財(除く輸送用機器)は 10~11 月平均が 7
~9 月期を 0.4%上回るにとどまり、
建設財に至っては 1.1%下回っているため、設備投資や住宅投資、
公共投資といった固定資産投資(固定資本形成)は低調であった可能性を示した。
以上のように生産側の統計からは、10 月以降、最終需要が緩やかながらも持ち直している様子が窺え
る。以下、ここ 1 ヵ月以内に発表された経済指標にて主な需要の動向について見ていく。
3
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
2. 主な需要動向と金融政策の行方
機械受注は設備投資の弱含みを示唆
名目設備投資と機械受注の推移(年率、兆円)
設備投資の先行指標である機械受注(船舶・電力
80
を除く民需)は、2015 年 11 月に前月比▲14.4%
機械受注(後方3期移動平均)
75
と大幅な落ち込みを記録したが、9 月に前月比+
7.5%、10 月+10.7%と比較的高い伸びが続いた
反動が出た部分もあり、均してみれば緩やかな減
12
名目設備投資
11
70
10
65
9
60
8
少傾向といった程度である(右図)
。ただ、先述の
資本財出荷や建設財出荷の状況も踏まえると、設
※設備投資の最新期は当研究所予測、機械受注の最新期は10~11月平均
55
備投資は、政府の月例経済報告が示す「概ね横ば
7
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
( 出所) 内閣府
いで推移」というほどではなく、強気の投資計画
は未だ本格的に実行に移されず、弱含んでいるようである。
販売統計は総じて見れば横ばい程度
個人消費関連では、主要業態の 12 月の売上高が出揃っている。12 月の百貨店売上高は、前年同月比
+0.1%(既存店ベース)となり、11 月の▲2.7%から持ち直した。衣料品は暖冬の影響により 12 月
も前年同月比▲5.2%の大幅マイナスとなったが、インバウンド需要もあって雑貨(化粧品、宝飾品な
ど)が+8.0%と比較的高い伸びを維持、食料品も+0.4%と 2 ヵ月ぶりのプラスに転じ、落ち込みを
カバーした。ただし、四半期毎の動きを見ると、7~9 月期の前年同期比+2.7%から 10~12 月期は+
0.3%へ大きく減速した。
12 月のスーパー(チェーンストア)売上高は、前年同月比横ばいにとどまった(11 月は▲1.0%)。
食料品は+2.5%となり 11 月の+1.6%から伸びを高めたが、百貨店同様、衣料品が▲5.3%と大きく
落ち込んだほか、住居関連も日用雑貨を中心に落ち込みが続いた(前年同月比:11 月▲3.6%→12 月
▲2.7%)
。その結果、四半期では 7~9 月期の前年同期比+2.2%から 10~12 月期は+0.5%へ減速し
た。
また、コンビニ売上高は、11 月の前年同月比+0.8%から 12 月は+1.4%へ伸びを高めた。コンビニ
にとって暖冬は客足増加につながり、コーヒーや弁当が好調だった模様である。四半期でも、7~9 月
期の前年同期比+1.4%から 10~12 月期は+1.6%へ伸びを高めた。
業態別販売額の推移(前年同期比、%)
15
小売業計
コンビニ
スーパー
百貨店
乗用車販売台数の推移(季節調整値、万台)
20
18
10
16
普通車
小型車
軽自動車
14
5
12
0
10
8
▲5
6
※直近期は小売業計のみ10~11月平均。
百貨店、スーパーは店舗調整済、コンビニは既存店。 小売計のみ消費税含む。
▲ 10
2010
2011
2012
2013
2014
※当研究所試算の季節調整値
4
2008
2015
( 出所) 経済産業省、 各業界団体
2009
2010
2011
2012
2013
( 出所) 日本自動車工業会、 全国軽自動車協会連合会
4
2014
2015
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
そのほか、12 月の乗用車販売台数は、前年同月比▲14.6%もの大幅な落ち込みとなったが、主因は前
年同月の水準が軽自動車の押し込み販売によって大きく高まっていた反動であり、前月比(当研究所
試算の季節調整値)では+3.5%と底堅く推移している。四半期でも 7~9 月期の年率 414.9 万台から
10~12 月期は 423.0 万台へ増加している。内訳を見ると、小型車(7~9 月期前期比▲1.9%→10~12
月期▲1.2%)は減少傾向にあるものの、普通車(7~9 月期▲0.5%→10~12 月期+3.0%)が底堅く
推移し、軽自動車(7~9 月期+3.0%→10~12 月期+3.9%)も年前半の落ち込みから持ち直しつつ
ある。
こうした販売動向や先述の消費財出荷動向を踏まえると、昨年末にかけての個人消費は、暖冬を受け
た衣料品の不振を自動車などの耐久財がある程度カバーし、財(モノ)については均してみれば概ね
横這い程度、さらに、暖冬はサービス消費を押し上げた可能性があり、個人消費全体では緩やかな拡
大が続いたと考えられる。
賃金上昇により消費者マインドは改善
家計の所得・雇用環境や消費者マインドの状況も、個人消費の底堅さを裏付けている。雇用(就業者
数)は 11 月に前月差▲38 万人、10~11 月平均で見ても 7~9 月期を 7 万人下回り、やや伸び悩んで
いるが、失業率は 7~9 月平均の 3.4%から 10~11 月平均は 3.2%へ低下、
有効求人倍率は 11 月に 1.25
倍と 1992 年 1 月以来の水準まで上昇するなど、労働需給は一段とひっ迫している。
就業者数と失業率の推移(季節調整値、万人、%)
6,500
所定内給与の推移(前年同月比、%)
6
5
4
失業率
(右目盛)
3
6,400
5
全体
フルタイム
パートタイム
2
1
6,300
0
4
▲1
▲2
就業者数
6,200
2007
▲3
2009
3
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
( 出所) 総務省
2010
2011
2012
2013
2014
2015
( 出所) 厚生労働省
労働需給の引き締まりは賃金上昇圧力を高めており、所定内給与(基本給)は 10 月に続いて 11 月も
前年同月比+0.3%とプラスを維持、フルタイム労働者(10、11 月とも+0.5%)だけでなくパートタ
イム労働者(10、11 月とも+0.1%)も小幅ながら上昇が続いている。各種手当を含めた給与の総額
は、所定外給与(残業代、10 月+0.7%→11 月+0.1%)の伸びの鈍化などから 11 月は前年同月比横
ばいにとどまったものの(10 月は+0.7%)、賃金のベースとなる基本給が上昇を続けていることは所
得の増加期待を高める重要な要素であり、消費者マインドの改善に大きく貢献する。
実際に消費者マインドの代表的な指標である消費者態度指数は、2015 年 9 月の 40.6 から 12 月には
42.7 と消費増税前の 2013 年 9 月(45.4)以来の水準まで上昇しており、内訳を見ると、景気全体を
表す「暮らし向き」
(9 月 38.8→12 月 41.1)のほか、
「収入の増え方」
(9 月 39.4→12 月 41.8)の改
善が目立っている。
5
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
米国向けの不調で輸出数量の減少続く
12 月の貿易統計は、輸出が下げ止まりつつあるも依然として回復力に欠けることを示した。12 月の
数量指数は前年同月比▲4.4%となり、11 月の▲3.3%からマイナス幅が拡大した。前月比(当研究所
試算の季節調整値)では 12 月は前月比横ばいであったが、弱い数字であることに変わりはない。な
お、最近の動きを四半期で見ると、4~6 月期の前期比▲3.3%、7~9 月期▲1.4%から 10~12 月期は
横ばいであり、ようやく下げ止まった程度に過ぎない。
輸出数量指数の推移(季節調整値、2010年=100)
150
米国向け品目別輸出数量の推移(季節調整値、2014年=100)
130
米国
合計
140
130
EU
アジア
120
110
120
100
110
90
100
80
90
70
80
60
自動車
自動車部品
70
50
鉄鋼
プラスチック
60
2008
※当社試算の季節調整値
2009
2010
2011
2012
2013
2014
( 出所) 財務省
2015
40
2010
2011
2012
2013
2014
2015
( 出所) 財務省
輸出数量指数の動きを主な仕向地別に見ると、景気堅調な米国向け(4~6 月期前期比▲3.7%→7~9
月▲4.5%→10~12 月期▲1.6%)の減少が続いていることが全体の足を引っ張っている。数量ベース
の動きが分かるものの中では、7~9 月期まで自動車部品やプラスチックの落ち込みが大きかったが、
10~12 月期に限れば自動車(完成品)の落ち込みが全体を押し下げた。そのほか、金額ベースでは建
設用・鉱山用機械も大幅に落ち込んでいる。米国向け輸出については、引き続き海外生産シフトの影
響が残っているほか、原油価格下落を受けたシェール分野での投資縮小がマイナス要因となっている
模様である。
一方で、EU 向け(4~6 月期▲1.1%→7~9 月期▲2.1%→10~12 月期+4.2%)や中国を含むアジア
向け(4~6 月期▲5.4%→7~9 月期▲1.6%→10~12 月期+1.6%)は、10~12 月期にやや持ち直し
ている。そのうち中国向け(4~6 月期▲0.8%→7~9 月期▲1.2%→10~12 月期+1.8%)については、
鉄鋼や半導体等電子部品(IC)などが 10~12 月期に小幅ながら反発した。ただ、中国向けに関して
言えば、鉄鋼の過剰生産状況が続いており、電子部品もスマートフォン関連分野では生産調整が今後
本格化することから、このまま回復に向かうとは見通し難い。
消費者物価の上昇率は低下する見込み
以上の通り、生産サイドから見ても需要サイドから見ても景気は持ち直しつつあるが、その足取りは
緩慢である。そのため、2015 年 10~12 月の実質 GDP 成長率が、年率 0.5%程度とされる潜在成長
率(実力ベースの成長力、内閣府試算)を上回り、GDP 比 1.3%とみられる需給ギャップ(生産能力
と実際の需要との差、内閣府試算、7~9 月期)が目立って縮小するとは見込み難い。
こうした需給改善の遅れに加え、資源価格の下落や円安による物価押し上げの一巡などにより、国内
物価の上昇は抑制されている。輸入物価は、2015 年 6 月の前年同月比▲5.9%から 12 月には▲18.5%
までマイナス幅を拡大させたが、内訳を見ると石油・石炭・天然ガス(6 月▲28.1%→12 月▲40.9%)
や金属・同製品(6 月▲5.1%→12 月▲24.9%)など資源関連分野で落ち込みが加速したほか、繊維品
6
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(6 月+12.2%→12 月+2.2%)や電気・電子機器(6 月+12.2%→12 月▲3.9%)など最終製品に近
い分野でも二桁上昇からゼロ前後まで伸びが縮小ないしはマイナスに転じている。
輸入物価の推移(前年同月比、%)
消費者物価の推移(前年同月比、%)
3.5
30
20
10
3.0
消費税
2.5
その他
0
1.5
▲ 10
1.0
エネルギー
総合(除く生鮮食品)
0.5
▲ 20
0.0
▲ 30
▲ 40
帰属家賃
2.0
▲ 0.5
輸入物価
▲ 50
2012
2013
電気・電子機器
2014
▲ 1.0
石油・石炭・天然ガス
▲ 1.5
2015
( 出所) 日本銀行
2012
2013
2014
2015
( 出所) 総務省
消費者物価も、総合では 9 月に前年同月比横ばいまで伸びが鈍化、10 月、11 月とも+0.3%の低い伸
びにとどまっている。金融政策運営の対象となるコア(除く生鮮食品)に至っては、8 月から 10 月に
かけて前年同月比▲0.1%とマイナスが続いた。11 月は+0.1%とプラスに戻したものの極めて低い伸
びにとどまっている。こうした物価上昇率の低下は専ら原油などエネルギー価格の下落によるところ
が大きく、その要因を除けば消費者物価上昇率は前年同月比で 1%近くまで上昇しているため、原油
価格が下げ止まり、持ち直せば、物価上昇率は少なくとも 1%近くまでは上昇する可能性があろう。
しかしながら、海外市場において原油価格は下げ止まるどころか、一段と下落しており、ガソリンな
ど原油関連品の国内価格も再び下げ足を速めている。さらに、2016 年に入って進んだ円高によって為
替(ドル円)相場は前年の同時期と概ね同水準となっており、今後は円安の物価押し上げ効果が低下
していくとみられる。そのため、消費者物価は、エネルギーを除いても上昇率が低下していく可能性
が高いと考えられる。いよいよデフレ脱却に黄信号が灯った状況だと言えよう。
追加緩和の可能性は五分五分
こうした状況の中で、黒田日銀総裁は、1 月 15 日の参院予算委員会において「物価の基調に変化が生
じたら、躊躇なく政策を調整する用意はある」とする一方で「現時点で追加緩和をする考えはない」
とし、これを受けて円高が一段と進行、株価はさらに下落した。しかしながら、その後は追加緩和を
否定する発言は影を潜め、1 月 21 日に ECB ドラギ総裁が追加緩和の可能性を示唆したことを受け、
日銀に対する追加緩和への期待が高まり、22 日の東京市場は冒頭の通り円安株高に振れている。
既に日銀の追加緩和を所与のものとしつつある株
イールドカーブの状況(国債利回り、%)
0.6
式・為替市場であるが、現時点で 1 月 28~29 日の金
融政策決定会合において追加緩和が実施される可能
0.3
合理的説明が困難なことである。現行の金融緩和の
0.2
枠組みにおいて期待される物価正常化のプロセスは、
0.1
長期金利の押し下げを通じた需要の刺激により需給
ギャップを縮小させることであるが、既に長期金利
2015/06/11
2016/01/21
0.4
性は五分五分であろう。実施を見送る根拠は、その
2015/12/1
2016/1/21
0.0
▲ 0.1
1年
2年
( 出所) C EIC DAT A
7
2015/6/11
2015/12/01
0.5
3年
4年
5年
6年
7年
8年
9年
10年
日本経済情報
伊藤忠経済研究所
は国債 10 年物利回りですら 0.2%台まで低下しており、追加の金融緩和による効果は限定的とならざ
るを得ない。
また、間接的には日銀の金融緩和によって為替相場が円安方向に振れることによる効果が期待される
が、黒田日銀が行った過去 2 回の追加緩和ほどに円安が進むかどうかは不透明な状況である。年初来
の円高進行は、世界経済の混乱を受けた投資家のリスク回避(リスクオフ)の動きが背景にあり、日
銀の金融緩和がその混乱の原因である中国経済への懸念や原油価格の下落といった外的要因に与えら
れる効果は未知数と言わざるを得ない。さらに、急拡大する日本の経常黒字は実需の面から円高圧力
を高めていることも、前 2 回とは状況が異なっている。
とはいえ、仮に追加緩和を見送れば、再び円高が進行、株価が下落する可能性が高い。その場合、輸
出企業の業績は下押しされ、所得環境の悪化や逆資産効果が個人消費を押し下げ、企業の設備投資も
計画の見直しを迫られることとなろう。そもそも、既にゼロ前後の低インフレが長期化しており、そ
のことが期待インフレを押し下げる懸念が強まりつつある現状において、追加の金融緩和を見送ると
いう選択は、消え去ろうとしていたデフレ・マインドを呼び起こし、デフレ脱却を一層遠のかせるこ
とになりかねない。日銀の判断に今まで以上に注目が集まっている。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、伊
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