第五回はコチラ - WebNewtype

第一の世界
第五回
ドロシー
リモ
パラレルワールドにおける藤
堂代介であるべき存在。急転
直下のこの状況において、代
介にとって良き理解者となる
突然あらわれた美少女その1。
言動が少しぞんざい。
「知識
の箱」というコンピュータの
プログラムであることが判明
突然あらわれた美少女その2。
長髪で小柄、おとなしい。捜
索はせず灯子とともに留守番。
彼女も居候だったことが判明
イラスト:仁井学
©project D.backup
な」
「記憶がないのか……それは予想外だった
ら、あなたの話を聞いてもピンとこないの」
それ以外のことはまだ漠然としている。だか
と、考えこんでいたデュアルが口を開いた。
「かろうじて自分の名前は思いだしたけれど、
記憶を失う前のデュアルさまは、ご自分が
誤作動を起こしかけていることに気づき、一
在しているのです。彼らが演じた影絵芝居は、
PCのキャッシュのようなものだろうか。
「あの旅芸人も、ここの記録の反映として存
たような場所があるはずですが」
がここに集められるわけではなく、他にも似
れ、ここに保管されるのです。すべての記録
ドロシーもリモも、デュアルが記憶喪失に
なっているなんて思っていないだろう。
時的な退避場所として、ここを選ばれたので
城館に招き入れられた俺は、自分が何者で、
なぜここにいるのか、必死に説明した。
デュアルはテーブルの反対側に座り、かた
わらには塔子が立って、唇を不機嫌そうにと
「でも、あなたの言葉が嘘とも思えない。い
はないでしょうか」
映画に出てきたデュアルそのものだ。
「なぜあなたは、
私の名前を知っているの?」
黒髪、黒い服。西洋人形のように美しく、
整った顔立ち。そして鋭い眼光。
と、少女は驚いたように俺を見つめた。
「デュアル……?」
がらせている。
くつか疑問点もあるけれど」
「ちょっとちょっとちょっと!」
を、俺の首に突きつけていた。
少女がいて、編み針らしきとがった金属の棒
たり、世界のバグや不具合を修正する、管理
俺はうなずく。
「で、きみやドロシーは、ウイルスを駆除し
「ああ。ドロシーと、リモと」
で、私の仲間と一緒にいたというのね」
と、ゆっくりと俺の言葉をくりかえした。
「そして、あなたは藤堂代介。ついさっきま
グラムされた人格データ」
あなたも私たちも生身の人間ではなく、プロ
いる文書。それから旅芸人が見せた影絵。そ
「第三の疑問。ここの図書室におさめられて
に俺が関係してるって言ってたけど」
「それもわからない。ドロシーは、その現象
に作りだしているのはなぜ?」
殖を始めて、自分のパラレルワールドを次々
『二十一世紀日本』
の仮想現実。それが自己増
「では第二の疑問。 あなたが暮らしていた
「俺に聞かれても……。ドロシーはそこまで
この世界を作ったの?」
私を生みだしたのかもしれません。
て、それで
『知識の箱』
のシステムが、緊急に
いつからここにいたのかは、おぼえていま
せん。デュアルさまがここに来ることになっ
在していました。
役割とともに、気がついたらこの館の中に存
ュアルさまのお世話をすること。この二つの
塔子はデュアルには口調がやわらかい。
「私は、この館の番人をすること、そしてデ
管理人にすぎないので……」
とデュアルは驚いたようだ。
「最小限の知識だけですけれど。私はここの
この館にある記録をもとにした物語。
こうして落ちついてみると、塔子も可愛ら
しい顔立ちをしてる。
「疑問点って?」
「怪しい者じゃないよ! 針しまって、
針!」
「ご主人をお守りするのも小間使いの務め」
プログラムだったそうだ。今、ドロシーたち
デュアルさまが、ご自分で記憶を取り戻さ
れるまでは、驚かせないよう、黙っているつ
か わ い
歳は十五くらいか。身体つきも華奢だし、
取っ組みあいにでもなれば、俺の方が強そう
うそ
だ。もちろん、好んで争う気はないが。
「あなたは知っていたの? この世界がコン
ピュータの中の仮想現実だって」
と、金髪、褐色の肌の少女は、編み針の先
を俺からそらさない。
は、行方不明になったきみを捜してる」
れが、あなたの体験そのままなのはなぜか」
が仮想現実で、私たちがプログラムされた人
「デュアルさま、この少年は何もない空中か
「行方不明。私が……」
「図書室? 影絵?」
きゃしゃ
「それは……」
「第一の疑問。あなたの言う通り、この世界
ら落ちてきました。しかも、怪我一つしてい
「俺は、きみが行方不明になったことと関係
なんのことだ。俺の行動が、誰かの手で、
物語として描かれているということなのか?
か ら だ
「デュアルさま、離れてください!」
格データだとする。では、誰がなんのために、
ません。明らかに怪しい、くせものです」
があるそうなんだ。俺は磁石が北を指すみた
はっとふりむく。いつの間に近づいていた
のか、すぐ横に、メイド服姿の、褐色の肌の
なんたる皮肉! 空から降ってきたドロシ
ーをさんざん怪しんでいた俺が、今度は同じ
いに、きみに引き寄せられるらしい。
け
が
「とにかく、事情を聞きましょう。中に入っ
だ」
でも俺はドロシーとはぐれてしまって、こ
うしてきみのそばに飛んできてしまったん
予定がすっかり狂ってしまいましたが」
そして、俺には険しい目を向ける。
「このお方がいらっしゃったおかげで、その
と思う。でも」
動いていた。俺はそれを感じとっていたんだ
しかったんだ。世界も人々も、プログラムで
「結局、俺が世界に抱いていた違和感は、正
OCDや、メンタルが不安定なことも、た
ぶんそれに関係しているのだ。
だ」
をつかってくれていたのね」
「わかった。ありがとう、塔子。いろいろ気
どうやら、この塔子さんにとって、俺は邪
魔な存在らしい。
俺は思わず頭を下げた。
「あー……なんか、ごめん」
「それは私がご説明できると思います。デュ
仮想現実の中で、どのような出来事がくり
ひろげられているのか、自動的に記録が取ら
存用フォルダのような場所の一つなのです。
塔子がためらうような口調で口をはさんだ。
「ここは、さまざまな仮想現実の、データ保
とですけれど……」
アルさまには、まだお話ししていなかったこ
説明してくれなかったし」
立場に立たされるとは……!
俺は泡をくって跳びはなれた。
「悪い人ではなさそうよ。なんだか、ボーッ
てもらって、塔子」
とデュアル。俺は、こんな異常事態の緊急
事態でも、ボーッとした顔なのか……。
「デュアルさまがそうおっしゃるなら……」
と自分で言いながらも、常軌を逸した話だ
と思う。俺自身、白昼夢を見ている気分だ。
は、
「知識の箱」の管理センター、第一階層と
「私には記憶がない」
塔子は静かに黙礼する。
いう場所に来ているんだから。
俺の前にはデュアル。後ろには塔子。
塔子と呼ばれた少女は、しぶしぶという感
じで、編み針をしまってくれた。
デュアルは俺に向き直った。
「話を戻すわ。第四の疑問。結局、私たちは
「ああもう、ムカつく──!」
階段は長くて細くて急だ。のぼるだけで心
臓がバクバク鳴っている。
しかし灯子も、もしかしたらリモも、肝心
なことを知らないのだ。ドロシーが、灯子た
どうしたらいいのかということ」
一人で戻ってきたドロシーさんは、さっき
からずっと怒りっぱなしだ。
ないことになるのかもしれない。
俺にはよくわからない。放っておくと、よく
「世界の増殖っていうのがどういうことか、
ことなのだ。
たぶんドロシーにとって、それはマウスク
リックでファイルを削除するように、簡単な
うかもしれないんだ」
不具合が見つかったらあっさり消されてしま
もしれない。いや、俺や俺のいる世界だって、
と、わたしはちょっと意外だった。プログ
ラムでも、おなかがすくのだろうか。
「あなたたちも、ものを食べるんだ……」
ドロシーさんはサンドイッチを食べながら、
大きなモニター画面に向かった。
「うう……ありがと」
リモちゃんが、ドロシーさんの前にカップ
とお皿を置く。
茶とサンドイッチ」
「ドロシー、ちょっと落ちついて。はい、紅
なっちゃうなんて! これじゃ二人とも見つ
けようがないじゃない!」
それは、俺がパラレルワールドを移動した
時に幻視した情景だった。
荒涼とした風景と、古い城館。そこに暮ら
す二人の少女。
(そうか、この場所は見おぼえがあるぞ)
見渡す限りの荒野だ。道がひと筋、どこま
でも続いているだけで、木一本、家一つない。
俺は軽く目を見張った。
不意に視界が開け、冷たい風が顔を打った。
「…………!」
の人間以外の何者でもない……。
脚の疲れも感じるし、階段を踏みしめる固
い感触もある。やはり主観的には、俺は生身
たプログラムだから、消去されてもいいなん
デュアルは俺の次の言葉を待っている。
「でも、だからといって……不具合を起こし
「…………」
でも俺は、世界が消されるのをくいとめた
い。
したちはただの管理ソフトだから、あんたた
ドロシーさんがぞんざいに答える。
「味とか、よくわかんないんだけどね。あた
ちの世界を消滅させようとしていることを。
「俺にもわからない。ただ……」
「デュアルだけじゃなくて、代介まで迷子に
と、俺も考えながら言葉を続けて、
「ドロシーは、灯子の世界を消すと言ってい
心臓。
そうだ、俺には心臓がある。
何か他の方法を見つけるとか、ドロシーを
説得するかどうかして、灯子や、俺や、たく
ち人格データと違って、感情とか感覚とか、
ムデータ」
「この世界は仮想現実で、私たちはプログラ
「ほんとに?」
そしてデュアルは、きっぱりと、
「代介、私はあなたに協力するわ」
がする」
を失う前に、私も同じことを考えたような気
「……そうね、私もそう思う。いつか、記憶
ていることが、その証拠だ」
人格データの一つである俺自身が、こうし
て、あれこれ考えたり、迷ったり悩んだりし
『心』
だってある。
けど、俺たちは俺たちなりに生きてるんだ。
きみやドロシーから見れば、俺たちはゲー
ムのセーブデータみたいなものかもしれない
て思えない。
さんの世界が消されないようにしたいんだ。
あんまりちゃんと実装されてないの」
気がする、とか言ってくれるし」
ってきたの。私のお料理も、美味しいような
「最近、ドロシーもデュアルもちょっと変わ
みたいに見える。
頭のどこかで
『やっぱりそうだったのか』
って
「まだ信じられないけど……。 でも、 俺も、
ているからね。あなたはどう?」
いの。きっと、無意識にそれが事実だと知っ
「そう聞いても、私にはそれほどの驚きはな
とデュアルが、風に髪をなびかせながら、
つぶやくように言った。
う。デュアルを捜すための、方位磁石にしな
の意識をいじるわけにはいかなかったんだろ
人々に思わせることもたやすい。
(ただ、 俺
世界のありようを作り変えることもできる。
自分たちが最初からそこにいたかのように
なにしろドロシーは、一つの世界を丸ごと
消去する力を持っているのだ。
それは、思いがけない、そして、この上な
く心強い言葉だった。
本人はそう言ってるけど、ドロシーさんは
十分に感情的で、いろんな感覚も備わってる
とリモちゃん。
思ってるよ」
ければならなかったから)
その世界を消されるのは、地球を破壊され
るのと同じだ。俺たちからしたら大虐殺だ。
ドロシーさんが留守のあいだ、わたしとリ
モちゃんは、すっかり仲良くなった。いろい
「やっぱり?」
「塔にのぼってみない?」
たまにUFOとか幽霊みたいな、おかしな
光や影を見たり、世界が一瞬、静止したよう
で、本物じゃないような気がしてたんだよ。
友人としては、気のおけないいいヤツかも
しれないけれど、あいつに世界全体の運命を
抜けているところもあるし。
い
そんな簡単に、世界ごとまるっと消滅させ
られるなんて、冗談じゃないっていうか……」
ろお話したり、折り紙をしたりピアノを弾い
……自分も世界も周りの人も、どこか人工的
「俺は、もともと現実感覚が希薄っていうか
な感覚にとらわれたりもした。
掌握されてると思うと、恐怖を感じる。
お
「…………」
てもらったりした。
あと、知らないあいだに時間が飛んでしま
ったような気がすることもあるし」
── 第一の世界の十九── いなくなった代介くんについて
だけど……」
実は、こうしている今もそうだ。
まるでエドモンド・ハミルトンのSF、『フ
ェッセンデンの宇宙』
だ。
わたしは藤堂灯子。
「うん。ドロシーなら、きっとなんとかでき
この世界に来てから、まだ数時間もたって
いないはずなのに、一カ月ぐらい経過したよ
俺たちが知らないところで、無責任で残酷
で同情心のない誰かが、俺たちの運命を、好
仮想現実で──。
── 第二の世界の十九── ドロシーと戦う決意を固めたことについて
ると思うから」
うな気がしている。
き放題にいじくりまわしているという……。
ついさっきまで、普通に学校に通って普通
に生活していたのに……。
「ドロシーも、
『あんたって変なプログラム
それは本当に── 本当に、恐ろしいことだ。
リモちゃんは笑顔。わたしもちょっとだけ
安心した。
よね』とか言ってた。きっとそれは、俺に何
あっという間に自分の知っている現実が崩
壊してしまった。
(灯子……きっと心配してるだろうな)
かイレギュラーな部分があるってことなん
(代介くん……どうか無事でいて)
わたしは、プログラムされた人格データの
一つだという。
俺に腹を立ててるかな)
塔に続く階段をのぼりながら俺は考える。
(ドロシーも、きっと慌ててるだろう。いや、
「知識
わたしが現実だと信じていたのは、
の箱」というコンピュータの中に構築された
……って、いきなりそんなことを言われて
も、まるで実感がわかない。
デュアルはしばらく無言でいたが、やがて
立ちあがり、こう言った。
「リモちゃんは、あんまり慌ててないみたい
言ってみれば、神さまだ。
ドロシーは、神に等しい力を持っている。
神と呼ぶには、ずいぶん人間的だけど。そ
そっかしいし感情的だし、いいかげんで間が
アルに生きてる現実だし、本物の人生なんだ。
だって、仮想現実だろうがプログラムだろ
うが、俺たちにとってはやっぱり、それがリ
俺は自分でも気づかないまま、最初からこ
こに引き寄せられていたんだろう。
た。そうなったら、灯子も消滅してしまうか
もりでした……。すみません」
とした顔をしてるし」
だからドロシーたちは、俺を使ってきみの
居場所を見つけようとしていた。
とし
突然、別の声が耳元で聞こえた。
された
『バックアップ』
と呼ばれる仮想現実で、
どうにか説明を終えると、デュアルが、
「……この世界は、コンピュータの中に再現
── 第二の世界の十八── デュアルとデュアルのいる世界について
志茂文彦
でも、嘘だとも思えない。現に今、わたし
130
131
連載
灯子
普通の高校一年生。性格はご
くまじめ。世界がコンピュー
タ内のバックアップデータで
あることに動揺しなかった
この世界を形成する仕組みをリモとドロシーから聞いてしまった藤
堂代介と、パラレルワールドにおける〝代介〟である灯子。その後代
介とドロシーは灯子を捜す旅へ。その際アクシデントで代介だけが
デュアルがいる〝第二の世界〟に落ちてしまい、自分の名前を思い出
したばかりのデュアル、そして褐色の少女と接触してしまう。
藤堂代介
じ
す
ら
あ
とうこ
とうどうだいすけ
デュアル
塔子
男性
女性
リモーネ
ついに自身の名前がデュアル
であることを思い出した少女。
だが、何の目的がありこの世
界にいるのかはまだ判明せず
第二の世界でデュアルの世話
をしていた少女。デュアルが
自身の名前を思い出した今、
まだ秘密を隠しているらしい
彼の名前はダニエル・ドーソ
ン。とあるシステムを開発し、
何かを〝計画〟しようとして
いるらしいが……?
彼女の名前はダイアナ・ドー
ソン。血縁関係にあるダニエ
ルとともに何かを見据えて研
究している日々のようだ
ダイアナの娘であり、ダニエ
ルの孫である彼女。普通の少
女のようであるが、何か重要
なカギを握っているようす
トウ コ
あの映画を見ていることが、ドロシーと戦
う上で、何かヒントになるだろうか。
リモちゃんの方がわたしより大人だなあ。
「ま、いたいなら、ここにいてもいいわよ。
ゃない」
私たちの映画を見れば、いつだって会えるじ
の方からなら遊びに行けるし。それにほら、
「大丈夫だよ。元の世界に戻っても、私たち
するとリモちゃんが、はげますように、わ
たしの手を握ってくれた。
話した人は、代介くんだけだ。
これは親にも、友だちにも話していないわ
たしの秘密の性癖。
(奇癖、というべきかも)
るような気がしてしまうのだ。
頭では、ただの紙だとわかっているのに、
折り紙たちが、
「捨てないで」と訴えかけてく
捨てられてしまうことが、たまらなく悲しい。
さっきまで二人で折っていたおサルさん、
クマさん、ワンちゃん、などなどの折り紙が
(でも、デュアルが味方してくれるなら)
戦う……。
あたしたちといるあいだは、あんたも時間の
生き物でもなんでない、ただの品物なのに、
過剰に心にかけてしまう。
出てきたっけ」
淡々とした横顔のデュアル。
「そう言えば、あの映画にもそんなシーンが
「お礼は不要。私がしたくてすることよ」
「ありがとう……頼もしいよ」
ュアルしかいない。
デュアルはドロシーと同等の力を持ってい
る。つまり、ドロシーを止められるのは、デ
流れから外れてるの。百年たとうが百万年た
自分たちの世界を守るために。アニメやい
ろいろなフィクションのヒーローのように。
そうだ。俺は、ドロシーと戦わなければな
らないのだ。
映画の中のデュアルやドロシーのように。
「こうなることが心配だったんです」
とうが、歳とかとらないから」
人形やぬいぐるみとかならまだしも、文房
具や本や、こういう折り紙とかも、捨てると
と、塔子が、小さく息をついた。
「しかたありません。デュアルさまがそうお
「映画?」
すごく悪いことをしたような気がする。
「ドロシーが空から降ってくる直前に、俺が
それで、ちょっとホッとした。百万年もこ
こにいるのは、やっぱり困るけど。
っしゃるなら私もお手伝いします、
代介さん」
「代介くんとデュアルさんが見つかったら、
見てた映画だよ。あの映画に出てくる『デュ
アル』
も、自分の行動に疑問を抱いてたんだ」
── 第一の世界の二十 ── ドロシーさんが何かひらめいたことについて
だから捨てられない。なんでも取っておく。
幼稚園の頃の折り紙とか工作とか絵とかも、
「…………」
いまだに取ってある。
わたしたちも元の世界に戻れるの?」
「あーダメだ。やっぱり出ないわ」
リモちゃんは管理プログラムではないので、
これからどういうことになるのか、よく知ら
塔子が不思議そうに眉をひそめる。
「なぜ、デュアルさまたちが登場する映画が、
あなたの世界にあるんでしょう?」
画面に映った、何か複雑そうな図表を見て
いたドロシーさんが、お手上げ、という感じ
ないらしい。
それは、さっきリモちゃんに聞いてもわか
らなかったことだ。
るのかも』
とかなんとか言ってたけど」
「さあ。ドロシーは『存在情報が反映されて
で席を立った。
わたしがどう話そうか迷っていると、リモ
ちゃんは何かを察したらしく、
「代介はデュアルに引っぱられてるはずだか
時に持っていってもいいよ。二人で折った記
「じゃあこれはとっておくね。なんなら帰る
居や図書室の文書で見ている。あなたは私た
「んー、それについてはまだ未定……。デュ
「不思議な話ね。私はあなたのことを影絵芝
ら、一緒にいる可能性が高いわ。でも、完全
念の折り紙だもんね」
ちのことを映画で知っている……。
「ありがとう」
アルと相談してから決めるわ。まあ、なるべ
わたしはほっと表情がゆるむ。折り紙たち
も喜んでいるような気がする……のは、やっ
に居所不明。こんなことなら代介にタグつけ
ぱりわたしがちょっと変なんだと思うけど。
く悪いようにはしないから安心して」
に決められないのかもしれない。
とけばよかった」
たら、全部のバックアップを順番に捜してい
「って、あたしにばっか頭使わせてないで、
「きっと何か方法が見つかるよ。いざとなっ
けばいいんだし」
イルスと戦うソフトで、ある日、リモという
迷子の人格データと出会う。きみたちは、リ
「簡単に言うけどね。それって、すごい時間
映画のストーリーはどんなだったの?」
「きみとドロシーは、
『知識の箱』を守ってウ
モの帰る場所を捜して、いろんな世界で冒険
「灯子ちゃんて優しい。折り紙が捨てられる
なぜか、ドロシーさんは言葉をにごすよう
な口調。自分一人では、いろんなことを勝手
をくりひろげる」
あんたたちも考えてよ! デュアルと代介を、
一瞬でパッと見つける方法!」
りそうなの?」
わたしはおずおずと口を開いた。
「代介くんが見つかるまで、どれくらいかか
らかってると、ますますイライラしちゃう」
「とにかく、ちょっとそのへん片づけて。散
でも、そんなこと言われても、わたしには
何も思いつかない。
ら」
「代介さんもそういうところあるよね。灯子
なんでも気にしすぎるところがあって……」
「優しいとかそういうのじゃないの。わたし、
だけど。
のがかわいそう、だなんて」
と手間がかかるんだからね」
リモちゃんは笑顔。やっぱり気づかれてい
たみたい。変な子とは思わないでくれたよう
俺は映画の内容を思いだしながら話す。
「リモは二十一世紀後半の世界からこぼれた
とドロシーさんが理不尽に怒る。
「さあねー。一カ月かかるか百年かかるか」
リモちゃんがすぐ動きだす。
「おっけー。灯子ちゃんも手伝って」
ドロシーさんは、しぶい顔。
「あの……」
きみとドロシーはリモと友だちになること
で、ただの人格データにも、彼らなりの心や
「あ、でもあんたはここにいる理由ないんだ
「うん」
ひん
データで、でも、その世界はウイルスに汚染
人生、生命があることに気づく。
よね。どうする、先に元の世界に帰る?」
されて危機に瀕していた。
最後は、きみたちの活躍でウイルスが退治
されて、リモが家族のもとに帰ってハッピー
「あ、ええっと」
「代介の分身……」
ちゃんは代介さんの分身みたいなものだか
エンド。二時間半の大作だったよ」
と、ドロシーさんがわたしを見た。
「それだぁぁ────っ!」
につれて、物語は陰鬱さを増していく。
わたしとリモちゃんは、わけがわからず目
をパチクリさせた。
ごーい、やっぱりあたしって優秀!」
れない! てか、こうなる可能性を無意識に
見越して、あんたを連れてきたのかも! す
「えっ、何っ?」
り紙が散らばっている。
「あんたが代介を捜す手がかりになるかもし
らった。
わたしがお手玉を拾っているあいだに、リ
モちゃんは小さな手で、さあっと折り紙をさ
わたしにとってあの人は、自分の分身みた
いな存在だ。双子のお兄さんみたいな、昔か
分だけ帰る気にもなれない。
「百年……?」
「映画のタイトルはなんていうの?」
ゃん
部屋には、さっきまでわたしとリモひち
も
が遊んでいたお手玉や、あやとりの紐や、折
デイドリーム
「 D.backup~Dは白昼夢のD~」
どうしよう。百年もここにいるわけにはい
かないけれど、代介くんを放っておいて、自
監督と脚本は同じ人で、名前は忘れてしま
ったけど、なんとかという女性だった。
反映なのかしら」
「あ、あの、ちょっと」
「その映画は、私たちのありようの、忠実な
らの親友みたいな。
「え、どうして?」
「ううう……どうしよう」
「ええと……」
か第二階層なんて言葉は、映画には出てこな
いつもの優柔不断。こんな性格も、誰かが
プログラムしたものなんだろうか。
「それが、そうは思えないんだ。第一階層と
「それに、せっかく仲良くなれたリモちゃん
わたしは口ごもった。
わたしは思わずそれを止める。
「それ、捨てちゃうの?」
かったし、設定や用語もいろいろ違ってた」
やドロシーさんとお別れするのも……」
俺が見た映画と、俺が出会ったドロシーた
ちの設定は、微妙に異なっているのだ。
それは、ずっと引っかかっていたことだ。
が体験した内容そのままだった。
俺の視点から描かれているのだ。そして、俺
「音楽でも聴こうか。スミレのライブ演奏だ」
沈黙が落ちる。やがて男性が手元のスイッ
チを操作する。
以下の者、一度でも人生のルートでつまずい
の低い者、心身に病を持つ者、偏差値が中位
(言葉の暴力もふくめて)
が世界
憎悪と暴力
を支配し、格差は広がるばかり。学歴や家格
が城館にたどりついた
「第一の世界の十八」
で、
なされ、怪しげな奇麗事を建前に、事実上、
き れ い
た者、その他、人間としてこれといったセー
尻切れトンボで終わっている。
「第二の世界」
ルスポイントのない者は、社会の消耗品と見
は、記憶を失ったデュアルがここに来てから
流れだしたのは、ベートーヴェンのディア
ベリ変奏曲。
つまり、映画を見終えてドロシーたちと出
会ってから、この城館に来るまでのことが、
そして、ぽつりとつけ足す。
「まるでウロボロスの蛇だ」
── 第二の世界の二十 ── 図書室の文書に、 俺の体験が書かれているこ
とについて
この城館に来てから、十日ほど過ぎた。
俺は、すぐにもドロシーたちがやってくる
んじゃないかと身構えていたのだが……。
そこに先ほどの少女が戻ってくる。
「サンドイッチ持ってきたよ。あ、これ、お
「それじゃ、おやすみなさい、お母さん、お
記録データなんじゃないか?」
きた、たくさんのパラレルワールドの、その
俺は塔子に訊ねる。
「ここにあるのって、俺の世界が増殖してで
人生や生命を使い捨てにされる。
まるで、シナリオが改稿され、どんどん不
幸の度合いが増していくのを見るようだ。
の話。
「第三の世界」という文書を見つけ
俺は今、
て、 その四番目を読んでいるところだ。
「第
女性は苦笑する。
「もう遅いからベッドに行きなさい。明日ま
「ドロシーは、俺の世界がなんかの理由で増
いつまでたっても、気配もない。
「ずっとここにいるわけにもいかないんだけ
三の世界の四」
は、こんな内容だ。
た聴かせてあげるから」
そんな暗黒のディストピアが描かれる。誰
もそんな世の中は望んでいないはずなのに。
どな……親や瞳子が心配してるだろうし」
「はぁい」
ばあちゃんのピアノだね。私も聴いていい?」
「そのご懸念は不要と思います」
── 第三の世界の四──
「私の開発したシステム、ViOS」
じいちゃん」
れ方が違います。あなたが元いた時点に帰る
ぶっきらぼうな口調で答えたのは、塔子。
「ここと、あなたが元いた世界は、時間の流
と男性が話を続ける。
「そして、君が作ろうとしている、マザー・
「おやすみ」
ど、でも基本、俺には仏頂面である。
頼めばいろいろなことをしてくれる。食事
や身体を洗う支度をしてくれたりもするけれ
「ダ
ディスプレイに映ったニュースには、
ニエル・ドーソン博士とダイアナ・ドーソン
てくれているが……」
我々がシステムを完成させたように持ちあげ
ータによる自然環境管理のシステムを作ろう
どうやら、ダニエル・ドーソン博士とダイ
アナ・ドーソン博士という父娘が、コンピュ
せん。デュアルさまの出現と同時に。
ほんのわずか前に生みだされたのかもしれま
気がしていますが、実際には、その記憶ごと、
塔子の表情がかすかにくもった。
「私の主観では、長いことここにいたような
あいかわらず、塔子の返事はそっけない。
「この館はいつ頃からあったんだ? きみは、
ここでずっと一人で暮らしてたの?」
あくまで、原理的には可能、ということだけ
つ一つが、現実の人間そのままに行動する。
しれないけど……。
は、マザーを介して、何か関係があるのかも
理しているんだろうか。
「リモーネ」
と
「リモ」
このダニエルとダイアナが作ろうとしてい
る
「マザー」
が、仮想現実とか
「知識の箱」
も管
そこには、瞳子の立場から語られた、瞳子
と俺の思い出が描かれている。
う。でもそれは、記憶ごと、つい最近になっ
ど」
「第一の世界の十」
に
驚くべきことに、この
は、瞳子が俺に好意を寄せてくれていること
「あなたにも、小さい頃の記憶があるでしょ
……と、そんな調子で場面が続いてゆく。
私はただの管理人なので」
俺は思いきって聞いてみる。
「あのさ……なんでそんなに不機嫌なの?俺
博士の父娘が画期的な環境管理ソフトを開
としているらしい。
(ゲーデルとか無限後退
たず
殖し始めたって言ってたけど……」
とか、
どのようにでも調整が可能と思います」
リモート・マルチプリケーション・モニタリ
「かもしれませんが、私にはわかりません。
少し不満そうだが、少女は素直に言いつけ
にしたがう。
「そうなんだ。ありがとう」
ングシステム。この二つがそろわなければ、
「おやすみなさい、リモーネ」
と、感謝の笑顔を向けたつもりだったが、
「…………」
コンピュータ
『マザー』
による地球の環境管理
が来てからずっと怒ってるみたいだけど」
発」
うんぬんの文字が躍っている。
とか、なんの話かわからないので、とりあえ
そしてそれは、あなたも同じですよ」
「…………」
むっつりしたままの塔子。
塔子とはずっとこんな感じだ。
「当然でしょう。あなたさえ来なければ、私
女性は苦笑する。
「事実、もうひと息のところまでこぎつけて
ずスルー)
たちは静かに暮らしていたんですから」
いるわ。私のソフトが完成すれば、現実に存
── 第二の世界の二十一── 「俺も、
来たくて来たわけじゃないんだけど」
在するこの世界 ── 人間や社会や、それをと
(つまりダニエルの孫)
が、
で、ダイアナの娘
リモーネと呼ばれている。俺が知っているリ
は完成しない。マスコミは、もうすっかり、
そう遠慮がちに反論したが、
「それはそちらの事情です。こちらにはこち
りまく自然環境── を、まるごとコピーして、
「だが、人間一人一人を、心のあり方までも
も書かれている。
(もっとも、 この文書もど
長発達していくのを期待するしかないわ」
理。
『マザー』
に自意識を組みこんで、自ら成
ヴァリエーションが続く。
「第四の世界」
棚の下の方に行くと、さらに
「第五の世界」「第六の世界」
……と果てしなく
自分の幼い頃の思い出。生まれてから今ま
での記憶が、すべてまがい物だなんて。
実際の塔子と同じとは限らない)
に、
「第一の世界の十」に描かれている塔子が、
やはり、そう簡単には信じたくないし、信
じられないことだ……。
た映画と、実際のデュアルが違っているよう
こまで信用していいかはわからない。俺の見
俺は今、城館の図書室で、無数にある物語
を読み進めている。塔子は、俺に紅茶とサン
「そこまでシステムが完成しても、物語る者
その中には、灯子が主人公の話もある。
「第一の世界
塔子にそう言われて、 俺は、
の十」
と書かれた文書を思いだした。
て構成されたものかもしれないんです」
コピーするのは、当然ながら大変な困難を伴
ただ、俺の見た映画には、ダイアナやダニ
エルなどのキャラは出てこなかった。そのあ
モと名前が似ているのは偶然だろうか。
う。……いわば、全人類の、魂のバックアッ
たりのつながりは、よくわからない。
が可能になる。その中では、人格データの一
『マザー』
の中に仮想現実として走らせること
デュアルとの特訓について
らの都合があるんです」
塔子はつややかな褐色のほっぺたをふくら
ませる。
(それはそれで可愛いけど)
まあ、気持ちはわかる。
ここにはテレビもネットも学校もない。
せいひつ
音楽も映像もない。訪問者もいない。ひた
すら静かだ。わずらわしいことの一切がない。
空虚な、静謐な世界。
プをとるようなものだから」
ドイッチを持ってきてくれたのだ。
と物語られる者の無限後退の問題が解決でき
正直、俺みたいな性格の者にとっては、居
心地がいい。
この一週間、俺は、この図書室の写本や手
稿を手あたり次第に読みまくった。ドロシー
るかはわからない。この、自己言及的なシス
俺とは性格や外見の違う別バージョンの
「藤堂代介」
が主役のものもある。
テムのほころびは、ゲーデルの不完全性定理
「結局、すべてをこちらで作りあげるのは無
に対抗するヒントが何かないかと思って。
を思いださせるよ」
「第○の世界」の数字が大きくなる
そして、
デュアルが言っていた通り、棚の一番上に
並んでいる
「第一の世界」
の話は、ほとんど俺
132
133
第三の世界
第二の世界
グ・イーガンなどのSF作家がこのテーマで
経のネットワークが生みだす錯覚。 グレッ
る
『自由意志』
はない。そう思えるのは、脳神
有名なところでは、哲学者のD・デネット
とかの名前を聞いたことがある。
がするな」
「あー、なんかそんなこと、何かで読んだ気
件づけとか。また、感情、欲望、本能、生ま
とか、生まれ育った文化による無意識への条
トロールされている。教育とか、誰かの主張
と塔子は続ける。
「人間は常に自分以外の何者かに思考をコン
「また別な観点からすれば」
テーマで、傑作や力作を発表している。
おもしろい。あと、日本の作家たちも、似た
イーガンの小説は俺も好きだ。長編はちょ
っと歯ごたえがあるが、短編は読みやすいし
そんな知識も持ってるのか。さすがは書庫
の管理人。
「デュアル!」
そう言われてみれば、そうも考えられるの
「う ~~ん……」
誰かにプログラムにされた物なのですから」
せんね。思考も感情も、本能や欲望さえも、
さに自由意志がない存在と呼べるかもしれま
塔子はあくまでそっけない。
「そのテーマに即していうと、私たちは、ま
の中にたくわえられていた知識です」
俺は心から感心したのだが、
「大したことではありません。あらかじめ頭
「きみ、いろんなこと知ってるんだな」
れつきの性格などに」
もない、たった今まで味方だと思っていた私
きるかもしれないのに」
動とかできれば、俺だってドロシーに対抗で
いけどな……。自分でパラレルワールドを移
「デュアルに頼らなきゃいけないのが情けな
あなたに協力されていることですし」
「それがいいでしょうね。デュアルさまも、
だ。難しい問題は、いったん横に置いておく。
俺としては、それが当面の結論だった。
「今はとにかく、ドロシーを止めるのが第一
「……とりあえず、保留だ」
かもしれないけれど……。
が、一瞬で敵になってしまったのだから。
デュアルが俺たちを捜している。
「訓練」
の時間だ。
その時、廊下から声が聞こえた。
「代介、塔子、どこにいるの。また図書室?」
げ回るのも簡単にできるだろうけど。
十日もたつのに、よくバッテリーがもった
なあ。やはりここは時間の流れ方が通常と違
すっかり忘れていた。
俺は驚く。スマホは、さっき岩の上に脱い
だ制服の中だ。ポケットに入れてあったのを、
不意に、スマホの着信音が鳴り響いた。
「えっ?」
と、デュアルに武器を返した時。
が……」
るよ。ドロシーと戦うなら、君が持ってた方
そう言われて、ちょっとほっとした。
「でもこれ、やっぱり俺が使うには難しすぎ
ない。どんどん打ちかかっていけばいい」
った。相手にスキがあったら遠慮することは
「ああ……もう平気。それより、今のはよか
「デュアルさま、大丈夫ですか?」
珍しく俊敏に動けたと思ったら、怒られて
しまった。
そしてデュアルは、最後に俺に目を向けて、
硬い声でこう言った。
うよ、すべてを思いだしたわ」
デュアルがゆっくりと視線をめぐらす。
「ドロシー、リモ……。思いだした……。そ
「塔子……」
「デュアルさま、大丈夫ですか!」
慌てるリモとドロシーを押しのけるように
して、塔子がデュアルを抱き支えた。
「ちょっと、しっかりしてよ、デュアル!」
「デュアル、どうしたの?」
てしまったのだ。
ん、さっきのように頭を押さえてうずくまっ
塔子もデュアルの異変に気づいたようだ。
デュアルは、ドロシーとリモの顔を見たとた
俺はデュアルに目を向ける。
「デュアルさま!」
「ま、待て。ちょっと待ってくれ、灯子」
つながるかどうかわからなかったし……」
たの。わたしのスマホと番号が同じだから、
灯子は俺に駆け寄ってきた。
「よかった! ずいぶん捜したんだよ。これ
で見つからなかったらどうしようって思って
代介は答えず、ホウキの柄を構えている。
けじゃ! そりゃ必要ならそうしなきゃなん
ないけど ──」
ドロシーは、わたわたと手を振った。
「待ってよ! 別にそうするって決まったわ
したら、俺や俺の世界までも」
増殖したパラレルワールドすべてを。もしか
「ドロシーたちが、 君の世界を消滅させよ
うとしているからだ。君の世界だけじゃなく、
代介は、さっき私が使っていたホウキの柄
を拾いあげた。
これで万事、元通りってことね」
「なんだかよくわかんないけど、とにかく、
塔子も、藤堂灯子も、リモも、目を見張り、
固まっている。
しかも、唯一私に対抗しうる可能性、私の
武器を、さっき自ら私に返してしまっている。
とても使いこなせない。デュアルから距離を
うのかも……。
「代介……ごめんなさい」
ただの人格データである彼が、そんな棒切
れで私に立ち向かうつもりなのだろうか。
「例えばこんな議論です。人間には、いわゆ
が、
思想のトピックになっているそうですね」
間に自由意志があるかどうか』というテーマ
作品を書いているとか」
「一本は無しです」
「あなたのいた二十一世紀の世界では、
『人
「そうですね。パラレルワールドとパラレル
「えええっ?」
ドロシーとリモがデュアルに走る。
「代介くん!」
世界の消滅をくいとめてから考えるよ」
ワールドをつなぐ
『扉』
が、どこかにあればい
怯なことをして、一本も何もないでしょう」
「女の子の身体の不調につけこむなんて、卑
とってかわすのがやっとだ。
などと考えている時じゃない。俺は急いで
スマホを取りだした。
「え?」
ひ
いんでしょうけど」
「逃げてないで、打ち返してきなさい」
「もしもし?」
「私は、
あなたの味方をすることはできない」
きょう
「扉、か……」
「そんなこと言われても……!」
〈もしもし、代介くん?〉
シュババババババババ!
猛烈な勢いで、デュアルが攻撃をくりだす。
「わっ、わっ、わっ、わっ!」
俺はよけるだけで精一杯だ。足もとの地面
はでこぼこなので転びそうになる。
デュアルは、ホウキの柄を木刀がわりに俺
に向かって、突いたり、払ったりしてくる。
俺はデュアルの武器を借りている。デジタ
ルペンのような槍のような、不思議な形の武
器だ。おおまかな使い方は教わっているが、
「うう、確かにごもっとも……」
「ドロシーの攻撃は、これよりもっと鋭い。
「えっ、灯子?」
どこでもドアみたいなものか。確かにそん
な都合のいいものがあれば、ドロシーから逃
逃げるだけじゃ勝てないわよ」
覚醒
けにはいかない。原因をつきとめ、なんらか
の修正をほどこす必要がある。
「代介、あなたがドロシーと戦うのなら」
「…………!」
の
藤堂代介は息を呑み、私を凝視する。無理
つづく
藤堂代介が私に打ちかかってくる。
私は身構え、その姿にじっと視線を注いだ。
「デュアル……!」
私はまた、同じことをくりかえさなければ
ならないのか。
私は、世界を消滅させる殺し屋のような存
在なのだ。
それでも、ウイルスに汚染された世界やデ
ータは削除する。それが私の仕事。
だちだと信じていた、あの女の子のことを。
私は、過去に抹消した人格データのことを
思いだす。私に消去される瞬間まで、私を友
親しくなれたのに残念だけれど……」
と、私も身構える。
「私たちの邪魔はさせない。代介、せっかく
どう考えても無駄なのに……でも、人間と
はそういうものなのかもしれない。
「いずれにせよ」
藤堂灯子も、まだわかっていないようだ。
「それは……」
「代介くん、どういうこと?」
「それより、戦うってなんのこと? なんで
代介があたしらと戦わなきゃいけないの?」
ドロシーだけは余裕の笑顔だ。このアバウ
トな楽天性は私にはないものだ。
言いながら、さらに攻撃してくるデュアル。
驚いた。パラレルワールドのあいだでも電
話はつながるものなのだろうか。
〈灯子、ちょっと貸して。もしもし、代介?
私はデュアル。
「知識の箱」を守るアンチウイルスソフト。
こうしてドロシーとリモに再会することで、
ようやくすべてを思いだせた。
世界を管理するためのプログラム。
そうなのだ、俺はここに来た日からずっと、
ドロシーと戦うための特訓をしている。
そこね? そこにいるのね? デュアルも
一緒よね?〉
ずくでも止めることになる。
今度はドロシーの声だ。灯子からスマホを
交代したらしい。
── 第二の世界の二十二──
話しあいでドロシーを説得できればそれに
こしたことはない。でも、それが無理なら力
デュアルは俺に味方してくれると言ったが、
俺だって何かするべきだろう。
〈よーし、座標を特定したわ! 今すぐ行く
「知識の箱」
を正常に保つのが役目。
私は
プツン、と通話が切れる。
しまった! ドロシーにこちらの居場所を
知られてしまった ── 。
藤堂代介と、藤堂灯子の肩を持つわけには
いかないのだ。
から待ってなさい!〉
そこで、デュアルに稽古をつけてもらうこ
とにしたわけだが……。
「うっ……」
不用意にスマホに出たのが失敗だった。が、
後悔してももう遅い。
「二十一世紀日本」のバッ
だから、今回の、
クアップデータの異常増殖を放置しておくわ
とデュアルが顔をしかめ、構えたホウキの
柄の先が切っ先がわずかに下がった。
「代介、今のは ── ?」
このままでは、ただの足手まといになるだ
けだ── と思っていたら。
時々デュアルはこうなるのだ。不意に頭痛
をおぼえるらしい。
私は代介に向き直る。
「私もあなたと戦わなければならない」
「スキあり!」
そこからドロシーが、続いてリモと灯子が
飛びおりてきた。
デュアルが声をかけてきた。と、同時に。
風がさあっと巻きおこったかと思うと、頭
上の空間に真っ黒な穴があき── 。
俺は思いきって踏みこみ、デュアルの胴体
を軽く叩く。やった、一本だ!
と、横で見ていた塔子が、
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