G20・OECD BEPSプロジェクト ~新ルールを踏まえた海外進出への対応~

G20・OECD BEPSプロジェクト
~新ルールを踏まえた海外進出への対応~
PwC税理士法人 パートナー 早川 直樹氏/ディレクター 藤澤 徹氏/ディレクター 浅川 和仁氏
はじめに
設立された子会社の所得についてその全部
いる。我が国の現行のタックスヘイブン対策
2015年10月8日、
ペルー共和国リマにて
または一部を親会社の所得に合算して課税
税制は、
エンティティアプローチに一部資産
主要20ヵ国・地域
(G20)
は、
財務省・中央銀
するという制度であり、
各国で具体的な税制
性所得を合算するという
トランザクショナルア
行総裁会議を開催し、
多国籍企業の課税逃
上の仕組みは異なるものの、
租税回避の防
プローチを取り入れたハイブリッドアプローチ
れを防ぐ包括的な国際ルールを承認して閉
止を主な目的とした制度であることで共通して
であり、
今回の報告書を受け、
我が国のタック
幕した。
この包括的な国際ルールとは、
同月5
いる。
このため、
CFCルールは、
BEPSを防ぐ
スヘイブン対策税制のあり方について改め
日に経済協力開発機構
(OECD)
が公表し
制度として、
すでに我が国も含め多くの国で
て検討されると考えられる。
たBEPS行動計画である。BEPSとは、
Base
導入されている制度でありながら、
今回の議
報告書は、最終的に提言内容を義務付
Erosion Profit Shift
(税源浸食利益移転)
論の対象となった理由は、
各国の制度が異な
けるものとはなっていないが、CFCルールが
の頭文字をとったものである。
ると、
制度の厳しい国から制度の緩い、
または
BEPSの対抗措置として重要な役割を担うと
BEPS行動計画は、
「利益を生み出す経
無い国に所得が流出し、
その結果、
多くの国
結論付けられており、各国間での提言内容
済活動が行われ、価値が創出される場所
のCFCルールが必ずしもBEPSを防ぎ切れて
に基づくCFCルールの確立が行われること
で、利益が課税されるべきである。」
という
いないのではないかという懸念があったからで
によって、
これまで税制の隙間利用や実態と
G20のサンクトペテルブルク・サミット首脳宣
ある。各国が制度を改正または導入するうえ
の乖離を含んだアグレッシブなタックスプラン
言
(2013年9月5〜6日)
を受けて、
G20およ
でコアとなる6つの基本的要素 について議
ニングを狙っていた一部の欧米多国籍企業
びOECDが検討を開始し、
既存の各国税制
論され、
今回BEPSに実効性がある制度設計
にあっても、法制度やITインフラの整った国
の相違点や不整合を利用した過度な節税
を可能とする内容の報告書が公表された。
に、
たとえばグループ内の各拠点が必要とす
策に対応するための15項目の新ルールであ
この報告書により税務当局側に期待され
る資金を効率的に集め配分する子会社の
る。今後、
OECDとG20の約40ヵ国はこの新
る最大の効果は、
この報告書の内容に基づ
設立というような実体のある仕組みづくりをし
ルールに基づき国内法を本格的に整備して
き、制度を有していない国は制度を導入し、
ようとする方向性に転回していくのではないか
いくこととなる。
すでに制度を有している国は制度改正する
と期待される。
そこで今回、
日系企業の海外進出にあた
ことで、
各国間で統一的なCFCルールが確
また、
前述したとおり、
今後我が国のタック
り影響が大きいと考えられる効果的なCFC
立されることであろう。
また、
企業側にとって一
スヘイブン対策税制のあり方が検討されると
ルールの構築
(行動計画3)
と移転価格税制
番影響が大きい項目は、
課税所得の範囲の
考えられ、
改正内容によっては、
企業にとって
の文書化の再検討
(行動計画13)
に焦点を
変更であろう。課税所得の範囲には、
主とし
新たな事務負担が課される可能性もあること
当てて説明をさせていただく。
て、
外国子会社の全ての所得を課税する方
から、
企業の中長期計画のためには、
今後の
効果的なCFCルールの
構築(行動計画3)
法
(エンティティアプローチ)
と特定の所得を
税制改正の議論の動向に注視する必要が
選別・限定して課税対象とする方法
(トランザ
ある。
CFCルール
(外国子会社合算税制)
は、
自
クショナルアプローチ)
の2つのタイプがあり、
* ①CFCの定義、
②適用除外と閾値要件、
③CFC所得
国の税率より低い税率を採用している国に
報告書は両アプローチを並列で取り上げて
行動
1
2
3
4
5
6
7
8
項目
電子商取引課税
ハイブリッド・ミスマッチ取り決めの効果否認
効果的なCFCルールの構築
利子等の損金算入を通じた税源浸食の制限
有害税制の対抗
租税条約濫用の防止
恒久的施設
(PE)
認定の人為的回避の防止
移転価格税制
(①無形資産)
行動
9
10
11
12
13
14
15
*
項目
移転価格税制
(②リスクと資本)
移転価格税制
(③他の租税回避の可能性の高い取引)
BEPS分析
タックス・プランニング報告義務
移転価格関連の文書化の再検討
相互協議の効果的実施
多国間協定の開発
18 mizuho global news | 2016 JAN&FEB vol.83
の定義、④所得の計算方法、⑤所得の帰属、⑥二重
課税の防止および除去
移転価格関連の文書化の
再検討(行動計画13)
企業が海外の関連企業との取引価格
(移
転価格)
を通常の価格と異なる金額に設定
すれば、
一方の利益を他方に移転することが
可能となることから、
移転価格税制は、
このよ
ローカルファイル
(親・子会社作成)
マスターファイル
(親会社作成)
国別報告書
(親会社作成)
て、進出先の
いた。
税務当局にも
今回、
国際税務の税制と執行の全般にわ
たらされる仕
たる詳細な新ルールが公表され、世界の経
●所在地、
資本関係
●総収入
(関連・非関連)
●税引前利益
●経営戦略
●営業収益の重要な
ドライバー
組みが行動計
済活動の大半をカバーしているG20、
OECD
●主要製品
●法人税等
●主要な競合先
●関連者間取引
●無形資産の概要
●資本金等
画13では提言
各国は、
すでに新ルールに沿った税制改正
●移転価格算定方法
●グループ内金融
されている。
税
や執行体制づくりを開始している。今後、企
●比較企業分析
●財務諸表等
務当局は、
マス
業側は、
見える化の進む進出国の税制や執
ターファイルに
行を事前に中長期計画などを通じて経営に
よって多国籍
織り込み、
いかに課税リスクや税コストを低減
●組織図
●従業員数
●有形資産額
●各拠点の主な事業
うな海外の関連企業との間の取引を通じた
企業グループの活動の全体像に関する定性
所得の海外移転を防止するため、
海外の関
的情報を、
国別報告書によって定量的情報
連企業との取引が、
通常の取引価格
(独立
を入手して、移転価格の課税リスクの存在
企業間価格)
で行われたものとみなして所得
の有無を評価することができるようになる。
を計算し課税する制度である。
企業側に対しても、
事前の課税リスクの把
BEPSの大きな背景の1つに、多国籍企
握・検討が提言されている。
これらの情報を活
業グループの国境を越えたグループ内取引
用すれば、
マスターファイルで明確にされたグ
の拡大が挙げられている。多国籍企業グルー
ループの経営戦略達成のために必要な機
プは、研究開発、製造、販売等の機能をグ
能やリスクの配分が、
適正にグループ内に配
ローバルで最適な国・地域に配分している。
置されているか、
各拠点の利益水準は目標を
そのため、多国籍企業グループに対する適
達成しているか、
グループ全体・各拠点の機
正な移転価格の実現のためには、
グループ
能、
リスク、
利益水準結果はバランスがとれた
内取引の全体像に関する情報が有用であ
ものとなっているかが明らかとなる。
また、
そこ
る。
しかしながら、
このようなグループ共通の
から得られるさまざまな分析数値を国別や時
情報について各国税務当局がそれぞれ異な
系列などで比較することによって、
より一層、
藤澤 徹氏 プロフィール
る形式、
内容での報告を大量に求めると、
企
グループ全体の動向を把握することがきる。
業側に過度な事務負担が生じる恐れがある。
行動計画13は、
進出先での課税リスクを
そのため、行動計画13では、多国籍企業グ
増すものという見方もあるものの、
グローバル
ループの全体像情報に関する報告義務の
に拡大した企業活動を移転価格という切り
国際的基準を策定した。
この報告は、
グルー
口から見直し、
進出拠点での課税リスクの把
プ全体に共通する基本情報を記載した
「マス
握、
是正だけではなく、
事業戦略に沿った体
ターファイル」、
各国拠点の関連取引の独立
制整備、
結果が実現しているかを可視化して
企業間価格をまとめた
「ローカルファイル」
、
グ
いくうえでも、
有効なツールになることが期待
PwC税理士法人ディレクター
国税庁、東京国税局での30年間の勤務経
験を持つ国際課税
(移転価格調査、事前確
認審査、相互協議)
の専門家。2014年2月に
PwC税理士法人に入所。国税庁調査課在
任中には、OECD租税委員会第6作業部会
のメンバーとして、PE帰属所得ルールである
OECD承認アプローチ
(AOA)
のドラフトづく
りにも関与。
タイ駐在、新興国への知的支援
を通じて各国の国際課税担当者とは真摯な
信頼関係を構築。
ループの各国別の収入等を一覧にした
「国
できる。
別報告書」の3つからなる。
「ローカルファイ
おわりに
ル」
は、
これまで作成してきた
「移転価格文
新興国に海外進出した日系企業が現地
書」
に相当し、
残り2つは、
今回、
新たに求めら
当局より予期せぬ多額な課税を受けたという
れることとなったものである。
話を聞くことがある。
この理由の1つに、
これ
マスターファイルは、
親会社の税務当局に
まで新興国を含めたところで国際課税に係
のみ提出されるものとなっているものの、海
る統一的なルールがなかなか形成されてこな
外子会社を通じて進出先の税務当局に渡る
かったことが挙げられよう。
そのため、
企業の
可能性は否定できない。国別報告書は、租
国際税務担当は、
調査対応といった事後的
税条約に基づく自動的情報交換規定によっ
で、
先の展開が見えにくい業務中心となって
していくかが業務の中心となろう。
早川 直樹氏 プロフィール
PwC税理士法人パートナー
都市銀行に入行後、大手会計事務所入所。
以来、約13年にわたり主に日系企業向けの移
転価格アドバイザリー業務に従事している。
これまでに関与した分野は、製造業、商社、銀
行、証券、保険、サービス業と多岐にわたり、
調査の対応サポートや二国間事前確認の取
得サポートに関して、豊富な実績を有する。
現在も引き続き金融機関を中心とした日系企
業向けの移転価格文書化、二国間事前確認
や、BEPS対応などに関するアドバイザリー業
務に従事。特に、金融機関固有の支店帰属
所得の問題や、
グローバルトレーディング等の
複雑な金融取引に関する移転価格問題に精
通している。
浅川 和仁氏 プロフィール
PwC税理士法人ディレクター
国税庁および東京国税局で27年間、国際課
税のスペシャリストとして勤務。東京国税局で
は、大企業の国際課税
(移転価格を含む)
や
外国法人の恒久的施設
(PE)
課税等に係る
調査企画、実施および審理を担当。また、国
税庁では、ケイマン諸島などタックスヘイブン
を含む情報交換ネットワークの構築、AOAや
クロスボーダー消費税の制度導入、OECDで
のBEPSの議論などに関与。2015年7月に退
官し、同年9月にPwC税理士法人に入所。
mizuho global news | 2016 JAN&FEB vol.83 1 9