将来世代の視点で意思決定

【全面広告】日本経済新聞(夕刊)2016 年 1 月 18 日(月曜日)掲載
フューチャー・デザイン
仮想将来世代の可能性
独創的で困難な課題に言及
彼 ら は 重 要 な 意 思 決 定 の 際、
7世代後の人々になりきっ
た。我々にはない発想だ。
ようやく研究者が将来の社
会を今デザインする実験を始
めている。現代人に「仮想将
来世代」という心のキャップ
をかぶってもらう実験だ。通
矢巾町における住民参加型水道事業
ビジョン策定とフューチャー・デザイン
インフラ整備に将来像必要
当初は水道料金の値下げを
主張したが、安心安全な水の
供 給 が 求 め ら れ た。 そ の 後、
施設を見学し、老朽化の現状
を説明、ワークショップを通
じ水道への理解を深めた。住
民に変化がみられ、水道料金
政策の必要性を理解してもら
ジョンを策定したが、その後
06年に水道事業の中長期ビ
い。岩手県矢巾町では、20
存在が重要だ。
ージが語れる仮想将来世代の
は将来の利益、理想的なイメ
と出合った。インフラ整備に
この試行錯誤に4年かか
り、フューチャー・デザイン
改定を望む声まで上がった。
い、合意形成を図る目的で住
吉岡 律司 氏
考えがちだが、仮想将来世代
水 道 の 費 用 構 造 の 大 半 は、
水 道 管、 浄 水 場 の 固 定 費 だ。
民参加の取り組みを始めた。
岩手県矢巾町役場
上下水道課係長
今 世 紀 ま で 将 来 世代の様々な
は独創的で困難な課題の優先
人口減で水の使用量が減って
西條 辰義 氏
資 源 を 奪 っ て き た。
研 究 は 始 ま っ た ば か り だ が、
もコストの総額は変わらな
一橋大学経済研究所教授・
日本学術会議会員
で は ど の よ う に社会を変革
し て い く の か 。 かつて米国の
「将来学部」やその大学院の
常は今の問題を将来の課題と
先 住 民 族 の 一 つ 、イロコイ族
設立構想を持っている。
度 を 高 め る こ と が わ か っ た。
市場原理、民主制、個人が
持つ楽観性は将来世代にまで
は 北 米 で 連 邦 を 形 成 し た が、
熟議民主主義との連携期待
行動は、通常投票より自己利
与えられなかったときの投票
ではドメイン投票の導入で
何が起こり得るか。1票しか
ことがわかった。
大きいテーマなら受容される
区別でき、影響の程度の差が
利益を配分しない。むしろ3
個人の属性も判断傾向に影
響を与える。例えば子供を持
つ親は、将来世代をよりおも
んぱかった判断をする傾向が
ある。新たな参加型意思決定
ドメイン投票と
フューチャー・デザイン
つの要素が絡み合い、我々は
仮想将来世代との共創による
未来ビジョン形成と地域実践
新しい社会秩序をデザイン
の仕組みづくりでは、多様な
世代、立場の住民の参加が必
益な情報を提示する。その下
サポーターとなり、議論に有
現可能性の検証の結果、特定
世代の意思反映を見込む。実
親にその分の票を与え、若い
れている。こうした研究とフ
熟議民主主義が活発に研究さ
学では市民が集まり話し合う
合うことが有効だろう。政治
払拭するには、住民間で話し
益に走る傾向が強い。懸念を
で仮想将来世代の参加に基づ
「ドメイン投票」という方
式があり、将来志向の選挙制
ューチャー・デザインの連携
高知工科大学フューチャー・
デザイン研究センター・
ディレクター兼教授
世 代 の た め に 譲 歩する意思決
く意思決定の仕組みが実装さ
の政治的意思決定であり、影
要だ。専門家や行政関係者は
定 は 難 し い 。 こ うした中、仮
れることが、市場や民主制を
響を受ける人と受けない人が
原 圭史郎 氏
想 将 来 世 代 創 出 の実証と住民
度 と し て 議 論 に な っ て い る。
大阪大学環境イノベーション
デザインセンター特任准教授
参 加 型 ビ ジ ョ ン づくりが岩手
投票権を持たない子供を持つ
肥前 洋一 氏
持続可能な社会を導くため
には、今の課題に対しどこか
補完する新しい社会的秩序の
フューチャー・デザインは
なぜ必要か
現行社会保障制度を見直す
一橋大学経済研究所教授
役世代が負担増に苦しむとい
う世代間対立ではなく、現役
世代対未来世代の問題となっ
ていることに着目しなければ
ならない。
私たちの利益追求が、将来
世代の利益を犠牲にする深刻
チャー・デザイン」を考えるフォーラムが12月中旬、東京・一ツ橋の一橋講堂で開かれ、専門家が最
新情報を報告した。
意識から、現行の社会・経済
どのように映るかという問題
東日本大震災以降、日本学
術会議は様々な分野で提言を
や政策立案を担うことになる
て知見を蓄え、省庁間の調整
の面以外に、予算の面での実
イエンスにおける実現可能性
西條 理想を言っても実現
できなければ仕方がない。サ
小塩 仮想将来世代の重要
性について聞きたい。
門家の話を聞きながら答えを
人が、現状の説明を受け、専
後、仮想将来世代に選ばれた
吉岡 集まった段階では
皆、フラットな状態だ。その
小塩 仮想将来世代はどの
ような立場で話すのか。
ナリオを描いた上でビジョン
も関わりつつ、複数の将来シ
原 非常に重要なポイント
だ。将来の社会状況は大きく
てきた。次はこれを社会実装
違う発想をすることが分かっ
分かれた場合、世代間で全く
民が現世代と仮想将来世代に
については、現在検討中だ。
に発想してもらうための手法
い」とお願いした。より自由
益を代弁して討議してくださ
場に立って、その人たちの利
原 矢巾町での討議では初
め に、
「2060年の人の立
出していく。
映させると、より将来の人に
小塩 ドメイン投票につい
て聞きたい。子供の利害を反
変革が急務だ。
来世代を含めた制度設計への
すことになってしまった。将
資源を速いペースで食いつぶ
いついておらず、将来世代の
変わっているだろう。専門家
現可能性の検討も必要だ。
をつくることが必要だ。
青木 イノベーションのペ
ースが速くなっていることは
していく段階に移らなければ
先送りしてしまうのではない
とその親の意見が反映される
ため、先の先の世代まで考え
るには不十分だ。だが、少子
現在世代の利益を損なって将
ことを代弁できるのかどうか
い。現在の情報で将来世代の
森口 現代は科学技術の変
化のスピードがあまりも速
有効だろう。
る。選挙権年齢の引き下げは
声をすくい上げることにはな
技術進歩の速さ考慮
必要なことだ。
吉岡 ある情報を得たこと か。
肥前 ドメイン投票の場
によって現役世代の考え方も
変 わ る こ と は あ る。 そ れ は、 合、現在生きている子供たち
間違いない。そこに制度が追
ならないだろう。
小塩 意見を交わすことで
両世代で同じ未来が見えるこ
原 矢巾町や関西の自治体
では実践が始まっている。住
将来ビジョンを持つ
ともあるのではないか。
小塩 現在世代と将来世代
の利害対立をどう調整すれば
よいか。
上須 そもそも将来世代の
意見を採り入れる理由を考え
たい。まずは、将来どういう
社会をつくりたいかを考えな
来世代の利益を確保するとい
が気がかりだ。
化で意見が通りにくい世代の
うことが回避される可能性も
ければならない。討議の中で、
ある。
納 税 額、 性 別 の 垣 根 が あ っ
た。現代社会においても、ま
ったくの平等ではない。より
よい制度を構築していくべき
だろう。
森口 候補者が考えるのは
遠い将来のことよりも次の選
挙のことであり、公約は任期
提言では、復興庁の減災庁
への改組にも言及している
点から仕組み自体を考え直さ
フューチャー・デザインの視
中 に で き る こ と が 主 に な る。
が、これは復興庁が 年3月
議会委員の人選システムにつ
なければならないだろう。審
いても問題がある。
日までに廃止されることが
決まっているからだ。
だ。専門家だけの集まりであ
西條 民主制とは、現世代
の利益を保証するシステム
専門家は市民支援を
防災・減災はむろん重要だ
が、それだけでなく、より広
どうかと提案したい。同時に
る審議会には問題があり、専
いフューチャー・デザインの
我々も、学際的な視点で、復
ティングの手法を使って、例
持続的社会の実現を目標に
設定した場合、バックキャス
庁横断的に推進している。
と考えるのが妥当だろう。
独自の民主制をデザインした
西條 イロコイ族の制度は
近 代 以 前 だ っ た の で は な く、
小塩 イロコイ族は7世代
先を考えることができた。
観点から将来省にしてみては
興や防災・減災への取り組み
東京大学大学院
工学系研究科教授・
日本学術会議連携会員
今後の人口減少や将来の災害
ることが大切なのではない
えば、代替エネルギー実現の
か。
ための知識や人材、補完的な
肥前 我々にもできるだろ
う。漢方薬のように人間に備
ションが必要だ。イノベーシ
る政策について将来省が将来
を行っているように、あらゆ
同会議がイノベーションの
ために省庁横断的に資源配分
らない。
その一つだ。
わっている力を引き出す仕組
制度を整えていかなければな
ョンには、目標設定が不可欠
九州大学理事副学長・
日本学術会議会員
で、目標を達成するためには
世代を見据えて、資源分配を
広 告
みを考えるべきだ。将来省は
何が必要かを考えて実行する
行っていく必要がある。
技術イノベーション会議が省
ことが必須で、現在総合科学
青木 玲子 氏
門家が市民のサポーターにな
を進めていきたい。
選択の文脈で使われている。
という言葉は主にエネルギー
という文脈で使われ、
「未来」
森口 祐一 氏
に は 市 民 と い え ど も、 身 分、
上須 民主制とは単に選挙
権だけの問題ではない。過去
災害復興からみた
将来デザインと学際連携
策は財務省ではなく、厚生労
制度を見直す必要がある。今
発信してきた。ある提言では
減災省への改組より将来省へ
働省の管轄事項だといっても
こそフューチャー・デザイン
小塩 隆士 氏
な時代になりつつある。我々
おかしくないくらいだ。
が必要だ。
の振る舞いが将来世代の目に
社会保障は現役層から高齢
層への所得移転の装置だ。高
類が協力すれば持続可能な状
だろう。政府が始めるのが難
我々の生活を向上させるた
めには、新しい製品やサービ
将来省が将来世代見据え資源分配
イノベーションと
フューチャー・デザイン
「 将 来 」 と い う 言 葉 は、 主 に
昇は、社会保障給付の増加だ
びつける知見を提供してい
る。将来省はこれを具現化す
る一つの手段として考えら
れ、将来世代の存在を現世代
の社会生活に取り込む役割を
担う。
況の維持も不可能ではないと
しければ、地方自治体から将
大阪大学環境イノベーション
デザインセンター特任准教授
いう研究がある。
来課のような形で始めてみて
スの質の向上のほか、生産能
将来省は広い意味でのリス
ク管理やビジョン形成につい
目標を設定し、将来を予測
するバックキャストの手法で
力を拡大させるためイノベー
将来における持続可能な社会
もよいのではないか。
上須 道徳 氏
像をつくり、それを現在と結
齢者向け給付増加のため、現
は、このままでは持続不可能
な状況になるという研究と人
31
21
デザイン実現につながる。
来世代の視点・利益を反映した意思決定をしようという試みだ。新たな社会を創造する枠組み
「フュー
県 矢 巾 町 や 関 西 の自治体で実
「仮想将来世代」の概念が注目を集めている。持続可能な社会を構築するため、今は存在しない将
践され、波及する兆しがある。
〜七世代先を見据えた社会の構築を目指して〜
の世代が負担するか譲歩しな
フューチャー・デザイン
ければならない。だが、将来
一橋大学政策フォーラム
を期待している。
2015年度 第3回
講演者8人による討論
将来世代の視点で意思決定
第二部 フューチャー・デザインはなぜ必要か
2000年以降に始まった
「サステナビリティー学」に
政府が難しければ地方から
将来省の可能性
けでほぼ説明できる。財政政
過去 年間の政府支出の対
国内総生産(GDP)比の上
30
第一部 フューチャー・デザイン:仮想将来世代の可能性
主催:一橋大学・一橋大学経済研究所
共催:科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)
「持続可能な多世代共創社会のデザイン」研究開発領域平成 27 年度採択プロジェ
クト企画調査「仮想将来世代との共創によるビジョン設計・合意形成手法の検討」
(代表・原圭史郎)
科学技術振興機構(JST)フューチャー・アース構想の推進事業「フューチャー・アース:課題解決に向けたトランスディシプリナリー研究の可能性調査」
平成 27 年度採択課題「持続可能な社会へのトランスフォーメーションを可能にする社会制度の変革と設計」
(代表・西條辰義)
後援:日本学術会議
お問い合わせ先:一橋大学政策フォーラム http: www.hit-u.ac.jp/kenkyu/project/forum.html