■プロコフィエフ/バレエ音楽「ロメオとジュリエット」Op.64 全曲版より セルゲイ・プロコフィエフはショスタコーヴィチとともに 20 世紀ソヴィエトを代表する作曲家である。 ストラヴィンスキーが国外を拠点として活動を続けるなか、プロコフィエフは実験的で斬新な創作を⻄欧 で試みた後、1930 年代半ばに祖国へ戻った。最初のバレエ音楽となった《ロメオとジュリエット》は、 パリ時代に培った独特の響きを使いながら、全体としては抒情的な楽想をみごとに生かして、彼の作品が 祖国で認められ、国⺠的な⽀持を獲得していくきっかけとなった。 作曲されたのは 1935 年の夏。最初はレニングラードのキーロフ・バレエ団からの委嘱で書き始められ たのだが、政治的な動きによって、これが取り下げられ、モスクワのボリショイ劇場が引き継ぐことにな る。そこで、劇場が持っている避暑地に滞在してテニスや水泳、あるいはチェスや読書などに興じながら、 プロコフィエフはきちんとピアノ・スコアを書き上げ、時計のように規則正しく、1 日 20 ページのオー ケストレーションを仕上げていったという。しかし、結局、世界初演は祖国ではなくて、チェコのブルノ 国⽴劇場で⾏われることになった。ボリショイ劇場の演出家たちにピアノ譜を弾いて聴かせると、 「踊りに は向かない」と判断されたとのことだが、何とも不可解な契約解除である。その後、40 年にはキーロフ劇 場でソ連初演が実現し、今日にいたるまで名作としてバレエ上演の機会にも恵まれている。 演奏会用の組曲も編まれているが、今日は 52 曲からなる全曲版からの抜粋で、物語の流れにそった曲 順で演奏される。愛の主題、ジュリエットの主題、ロメオの主題を用いた第1幕の前奏曲で始まり、舞台 はヴェローナの広場へ。街の快活な様子をファゴットが奏でる「朝の踊り」のあと、モンターギュ家のベ ンヴォーリオとキャピュレット家のティボルトの「決闘」となる。一同、武器を収めるように命ずる「大 公の宣言」でひとまず両家の者たちは引き上げる。続いて、キャピュレット家のシーンとなり、ジュリエ ットの戯れる様子を描いた「舞踏会の準備」に続き、クラリネットが奏でるジュリエットの主題の変奏が 美しい「少⼥ジュリエット」となる。⺟親から⻘年貴族パリスの求婚を受けるよう、告げられて当惑する ジュリエット。次は舞踏会のシーンとなり、どっしりと重い不協和音が家と家の宿命的な対⽴を象徴する かのように「騎士たちの踊り」が響く。 そして、いよいよ「バルコニーの情景」である。うっとりと夢⾒⼼地に誘う⽢い音楽で、⼆⼈はお互い の気持ちを告白する。 「ロメオのヴァリアシオン」で「僕を恋⼈と呼んでください。そうすれば今日からも う、ロメオではなくなります」と気持ちを伝えると、⼆⼈は「愛の踊り」で、幸福に満ちたパ・ド・ドゥ となる。 第2幕となり、再びヴェローナの広場である。 「フォーク・ダンス」ではオーボエとイングリッシュ・ホ ルンがカーニヴァルの賑わいを伝える。一転して教会のシーン。チェロとオーボエが滋味豊かな楽想を奏 でる「ローレンス僧庵でのロメオ」で、ロメオは僧侶にジュリエットとの結婚式をあげてくれるように依 頼する。再び情景は街の広場へ。ついに「ティボルトとマーキュシオの決闘」となる。背後から刺された マーキュシオがマンドリンを取り上げて奏でるようなしぐさをしながら息絶える「マーキュシオの死」 。彼 の死とともに音楽が重苦しい表情に変わる。 「ロメオはマーキュシオの死の報復を誓う」は悲劇への転換点 にあたるシーン。激情にかられたロメオが、ティボルトと闘い、とどめを刺してしまう。トランペットの 響きが泣き叫ぶ家族をあらわしている。 「第2幕の終曲」を経て、第3幕へ。 フルートによるト短調のメロディが印象的な「ロメオとジュリエット」 。⼆⼈はジュリエットの部屋で語 りあう。パリスとの結婚を承諾すると嘘をついたジュリエットを祝うため、⼥友達が集う「百合の花を⼿ にした娘たちの踊り」は打楽器のリズムにのせた朗らかな音楽。そして第4幕となり、トロンボーンが死 の主題を奏でる「ジュリエットの葬式」から「ジュリエットの死」へ。眠っているジュリエットを死んだ と思い込み、絶望の淵に沈むロメオの姿が不協和音で描かれる。ロメオが毒を飲んだのち、目覚めたジュ リエットも短剣で自害する。罪の大きさにおののいた⼈々が和解に目覚め、ジュリエットの主題によるメ ロディで終わる。 音楽学者 白石美雪 ※掲載された曲目解説の許可のない無断転載、転写、複写は固くお断りします。
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