【報告書】「COP21 パリ協定とその評価」

はじめに
2015 年 12 月 4 日~13 日にかけてパリで開催された第 21 回気候変動枠組条約締約国
(COP21)は世界的な注目を集める会合であった。まず、温暖化交渉の流れの中での COP21
の位置づけを考えてみたい。
1992 年の気候変動枠組条約は、温暖化防止の国際的取組の基本法として大きな意義を有
する反面、当時の経済力を前提とした附属書Ⅰ国(先進国)、非附属書Ⅰ国(発展途上国)
の二分法と、
「共通だが差異のある責任」の原則を条約に刻み込むこととなった。
1997 年の京都議定書はこの二分法を更に進め、附属書Ⅰ国のみが温室効果ガス削減義務
を負い、国連の下で先進国の排出量を割り当てるという片務的、かつトップダウンの枠組
みを作り出した。その結果、途上国と異なる義務を負うことが自国の経済力に悪影響を及
ぼすと懸念した米国の離脱を招き、京都議定書体制は最初から重大な瑕疵をはらむことと
なった。更に 2000 年以降、中国等の新興国の排出量の急速な伸びに伴い、京都議定書で削
減義務を負う先進国の排出量シェアは 4 分の 1 以下となり、議定書が世界の温室効果ガス
削減にほとんど役立たないことは、2005 年の発効以前から既に明白だった。
第一約束期間が終了する 2013 年以降の枠組みの議論においても、京都議定書は気候変動
交渉を呪縛し続けた。2007 年の COP13(インドネシア・バリ島)で合意されたバリ行動
計画では 2009 年の COP15(デンマーク・コペンハーゲン)で 2013 年以降の枠組みに合意
することとしていたが、全ての主要排出国の参加する一つの枠組みを主張する先進国と、
昔ながらの先進国・途上国二分論に固執し、第二約束期間の設定と先進国からの一層の資
金、技術移転を主張する途上国との激しい対立は続いた。COP15 の最終局面でオバマ大統
領、メルケル首相の主導により 20 数カ国の首脳が「コペンハーゲン合意」を作成したが、
一部途上国が手続の不透明性を非難し、「留意」に終わってしまう。
コペンハーゲン後、EU はあくまで第二約束期間設定に固執する途上国に妥協し、全ての
国が参加する枠組みと第二約束期間の並立を認めるとの方針転換を行った。他方、日本、
カナダ、ロシアは第二約束期間の設定は全ての国が参加する実効性ある一つの枠組み構築
への逆行であるとの理由でこれに反対した。このため 2010 年の COP16(メキシコ・カン
クン)では第二約束期間の取り扱いが最大の争点となり、初日に第二約束期間への不参加
を表明した日本は途上国や環境 NGO からの強い非難を受け、国内の報道も「日本が孤立す
る」と書き立てた。しかし日本は粘り強く自国の立場を説明し、最後までポジションを貫
いた。
COP16 ではコペンハーゲン合意を発展させた「カンクン合意」が採択された一方、京都
議定書第二約束期間については、参加を表明する EU 等と不参加を表明する日本、ロシア、
カナダに分かれることとなった。全ての国が参加する 2013 年以降の枠組みとして採択され
i
たカンクン合意は、先進国、途上国が緩和目標/行動を自主的にプレッジし、それを MRV
(計測・報告・検証)するというボトムアップ型のプレッジ&レビューの枠組みである。こ
れは先進国のみに義務を課したトップダウン型の京都議定書とは明確に異なるものであり、
COP21 で採択されたパリ協定もこの流れに沿っている。温暖化交渉の歴史を振り返るとき、
カンクン合意は「京都議定書時代の終わりの始まり」として記憶されることになるだろう。
2011 年の COP17(南ア・ダーバン)ではポスト 2020 年の枠組みを交渉するための「ダー
バンプラットフォーム」が採択され、2015 年の COP21 において「全ての締約国に適用さ
れる、枠組み条約の下での議定書、その他の法的文書あるいは法的効力を有する合意成果」
を得るとの作業計画が合意された。京都議定書交渉では先進国の削減コミットメントのみ
に限定し、途上国のコミットメントはあらかじめ除外されていた。バリ行動計画は先進国、
途上国の緩和目標/緩和行動を盛り込み、全ての国の参加する枠組みを目指したものの、
並行して進む第二約束期間交渉のため、途上国は「先進国は京都議定書に基づく義務、途
上国はバリ行動計画に基づく自主行動」という主張を展開した。ゆえに「全ての国が気候
変動に取り組む必要があり、気候変動がグローバルな性格を有することから、地球全体の
温室効果ガス削減を加速するためには全ての国の協力と実効ある適切な国際対応への参加
が必要」との認識の下に、一つの交渉の場(ADP)で「全ての締約国に適用される(一つ
の)枠組みを作る」というダーバンプラットフォームには大きな歴史的意義がある。
COP21 はこのような交渉経緯の中で、全ての締約国に適用される一つの枠組みに合意す
る場として、世界的な注目を浴び、見事に合意を導き出した。本稿では、パリ協定の採択、
COP21 はなぜ成功したのか、パリ協定の概要とその評価、そして日本がとるべき方向につ
いて私見を述べてみたい。
*本報告書は 21 世紀政策研究所の研究成果であり、経団連の見解を示すものではない。
ii
目
次
はじめに ···································································
i
1.パリ協定の採択 ·························································
1
2.COP21 はなぜ成功したのか ··············································
3
(1)米国、中国の前向き姿勢 ·············································
3
(2)議長国フランスの不退転の決意 ·······································
3
(3)合意を欲した脆弱国 ·················································
4
(4)京都議定書ファクターの不在 ·········································
4
(5)フランスの会議運営の巧みさ ·········································
5
(6)交渉官も人の子 ·····················································
6
3.パリ合意の概要 ·························································
7
(1)目 的 ·····························································
7
(2)緩 和 ·····························································
9
(3)市場メカニズム ····················································· 11
(4)ロス&ダメージ ····················································· 12
(5)資金援助 ··························································· 13
(6)技術開発・移転 ····················································· 14
(7)透明性 ····························································· 15
(8)グローバルストックテーク ··········································· 18
(9)発効要件 ··························································· 18
(10)その他 ····························································· 19
4.パリ協定をどう評価するか ··············································· 21
(1)全ての国が参加する枠組みの成立 ····································· 21
(2)ボトムアップ型のプレッジ&レビュー ································· 21
(3)全体としてはやや途上国寄り ········································· 22
(4)非現実的な温度目標は将来の火種に ··································· 22
(5)米国の動向を注視すべき ············································· 24
5.日本の対応 ····························································· 25
(1)建設的なプレッジ&レビュー実現に貢献を ····························· 25
(2)技術開発でイニシアティブを ········································· 25
(3)約束草案の実現に向け、原発の再稼働に取り組め ······················· 26
6.結
語 ································································· 29
参考資料(パリ協定採択に関する COP 決定及びパリ協定全文) ·················· 31
iii
1.パリ協定の採択
2015 年 12 月 12 日(土)フランス時間午後 7 時半頃、京都議定書に代わる新たな法的枠
組みであるパリ協定が採択された。ファビウス外務大臣が「パリ協定を採択する」といっ
て木槌をおろすと、会場は大きな拍手に包まれた。筆者が陣取っていたプレスルーム周辺
でも大きな歓声と拍手がわいた。その後の各国のステートメントも議長国フランスと新た
な協定に対する最大級の賛辞が続いた。採択後、唯一、ニカラグアが合意内容に対する不
満を長々と述べたが、ファビウス外相からは「早く発言を終えるように」と軽くあしらわ
れて終わった。2010 年の COP16 でカンクン合意が採択された際、ただ一国反対をするボ
リビアに対し、議長のエスピノーザ・メキシコ外相が「ボリビアの発言は議事録に残す。
しかしコンセンサスは全員一致を意味しない」として押し切ったことを思い出す。2009 年
の COP15 でボリビア、ニカラグア等の反対でコペンハーゲン合意の採択がブロックされた
ことを思うと隔世の感がある。
土曜朝の新聞は 10 日(木)夜に出た議長第二次テキストをめぐって各国の意見は未だ鋭
く対立しており、議長の最終テキストが出るのは早くても 12 日(土)の夜、会議が終わる
のは 13 日(日)午前中であろうとの観測を伝えていた。京都議定書に続く新たな法的枠組
みに合意するというミッションの難しさを考えれば、合意がそのタイミングまでずれ込む
ことは容易に想定され、土曜午後 7 時半にパリ協定が採択されたのは予想よりも早かった
感がある。
1
2.COP21 はなぜ成功したのか
筆者は、COP21 開催前から、
「COP21 に向けては多くの対立点があるが、合意形成につ
いては慎重に楽観的(cautiously optimistic)である」と述べてきた。今回、COP21 が成
功した背景には以下の諸要素があると考えられる。
(1)米国、中国の前向き姿勢
何より、世界第一位、第二位の排出国である中国、米国が合意を欲していたことは大き
い。米国は COP15 の時も前向きであったが、オバマ大統領就任 1 年目の 2009 年と異な
り、今回は大統領任期 2 期目を 1 年余り残すのみである。温暖化問題でレガシーを残した
いオバマ大統領にとっては後がない。通常はトッド・スターン特使をヘッドとする米国代
表団を二週目からはケリー国務長官自身が指揮し、各国との調整に精力的に動き回ってい
たのはその証左である。
他方、中国にとって深刻な大気汚染問題に本腰を入れて取り組むことは体制維持のため
にも不可欠であった。自動車排気ガス、発電所からの煤塵等の大気汚染問題に取り組むこ
とは、そのまま温室効果ガス削減にもつながることになる。また 2000 年以降、右肩上がり
であった経済成長にも鈍化が見えてきたし、その方向性もより高効率、高付加価値の産業
を目指す意向が鮮明になってきた。COP15 前のタイミングでは温室効果ガスのピークアウ
トのタイミングを示すことにすら後ろ向きであった中国が 2030 年ピークアウトを表明した
のはこのような背景がある。更に南沙諸島等における拡張主義が周辺国との摩擦を引き起
こしている中で、温暖化防止に積極的な姿勢を示すことは「国際的に前向きな役割を果た
す中国」を演出する上で大きな意味がある。特に米国と協力することは中国の志向する「新
たな大国関係」を印象付ける上でも外交政策上大きな意味がある。
こうした要素は COP15 時点には存在しなかったものであり、COP21 成功の大きな背景
といえよう。
(2)議長国フランスの不退転の決意
議長国フランスは国の威信にかけて合意を作り出す決意であった。首相経験者である
ファビウス外相が陣頭指揮をしたのもその決意の現れである。温暖化交渉の歴史の中でエ
ポックメイキングな COP が欧州で開催されるのはコペンハーゲンに次いで 2 度目である。
コペンハーゲンの無残な失敗がデンマークのみならず欧州の威信低下を招いたことを考え
れば、コペンハーゲン以上に重要なパリでの失敗は絶対に避けねばならない。またフラン
スは 11 月のテロ攻撃に屈せず、COP21 を敢然と決行した。COP21 で合意を取りまとめ、
フランスの国威を世界に示すことが一層の至上命題となったことは想像に難くない。加え
3
て 13 日(日)には第二回地方選挙がある。直前の第一回地方選挙で極右政党の躍進を許し
たオランド大統領にとっても国際協力、マルチラテラリズムの象徴ともいうべき地球温暖
化問題で是非とも得点を挙げたいところであった。
(3)合意を欲した脆弱国
議長国フランスと第一位、第二位の排出国である中国、米国が前向きであったとしても
国連交渉は 190 カ国を超える国が合意しなければ前に進まない。その意味で途上国の多数
を占めるアフリカ諸国、LDC、島嶼国等が合意を欲していたという要素も大きい。彼らに
とって最大の関心事は先進国からの支援確保である。経済力の強い新興途上国や、目減り
しているとはいえ石油収入の蓄積のある産油国とは事情が違う。会議が決裂して資金援助
や技術援助が宙に浮いてしまえば、困るのは脆弱国である。また脆弱国の目から見れば、
大排出国となった中国、インドにも排出削減に取り組んでもらわねば困る。今回の COP で
米国、EU 等と島嶼国、アフリカ諸国等が「High Ambition Coalition」を組んだことは、
G77+中国の中で分断が進んでいることを示すものであり、特に COP15 における中国を髣
髴させるような強硬姿勢の目立ったインドへの一定の牽制となったことは想像に難くない。
(4)京都議定書ファクターの不在
コペンハーゲンに向けての交渉を難しくしていた一つの背景は京都議定書第二約束期間
の存在である。当時、国連交渉では長期協力特別作業部会(AWG-LCA)でポスト 2013 年
枠組みの交渉が進んでいる一方で、京都議定書特別作業部会(AWG-KP)では第二約束期間の
議論が進められていた。先進国のみが義務を負うという京都議定書的な二分法にこだわる
途上国は京都議定書第二約束期間の設定をポスト 2013 年枠組み交渉の進展の条件とする戦
術をとっていた。京都議定書が依然として「生きて」いたことが、全ての国が参加する枠
組みの策定の阻害要因になったのである。しかし COP21 交渉では、こうした京都議定書
ファクターは消滅していた。地球レベルの温室効果ガス削減にとって京都議定書のような
枠組みは何の役にも立たないことは明らかであり、京都議定書第二約束期間の設定を受け
入れた EU ですら、第三約束期間という議論には見向きもしなかった。また京都議定書の
ように目標数値に拘束力をもたせる枠組みには米国や新興国が乗ってこないという点につ
いても共通認識が広がっていた。もちろん、EU や島嶼国のように引き続き京都議定書のよ
うな目標数値に義務をもたせる枠組みを主張する国々、LMDC(Like Minded Developing
Country Group)のように先進国のみが義務を負う枠組みを主張する国々もいたが、それ
は多分に交渉上のポジションあり、本気でそれが実現可能であると信じていたとは思えな
い(そうであるとすれば交渉官失格であろう)
。交渉成果の暗黙の了解はカンクン合意をモ
デルとしたボトムアップのプレッジ&レビューであった。京都議定書策定後 18 年を経て温
暖化交渉の地合いも変化・成熟しており、それが交渉妥結にプラスの要素となった。カン
4
クン合意の元となったコペンハーゲン合意ができる前にはこうした状況ではなかった。
(5)フランスの会議運営の巧みさ
議長国フランスの会議運営の巧みさも特筆せねばならない。彼らはコペンハーゲンの失
敗の経験を綿密に研究していたに違いない。首脳プロセスを会議冒頭に持ってきてモメン
タムを高めたのはその一例だ。コペンハーゲンでは交渉が未だ収斂しない二週目中盤に首
脳が続々と到着し、混迷の極に達したことと対照的である。コペンハーゲンではデンマー
クの稚拙な会議運営に危機感を覚えたオバマ大統領他主要国首脳が「コペンハーゲン合意」
という前代未聞の首脳レベルドラフティング交渉につながった。COP15 終盤、デンマーク
は議長国としての機能を喪失していたと言って良い。これに対してフランスは最後まで議
長として運転席に座り続けた。透明性、全員参加にも最大限の配慮を払ったものであった。
COP15 では、デンマークが用意していた「議長テキスト」が新聞にすっぱ抜かれ、途上国
の不信を招き、会議が胸突き八丁にかかる二週目の大事な局面で議長提案を出すきっかけ
を失ってしまった。コペンハーゲン合意の採択に失敗したのは少数国首脳による密室での
協議が手続上の批判を招いたことによる。今回、フランスは 1 週目で終了した ADP 交渉を
引き継ぎ、自然かつ円滑な形で議長テキストを出した。全体会議場のそこかしこでテーマ
に応じた「解決のためのインダバ(関心国が頭を寄せ合って相談すること)」を行わせ、
「見
えないところで少数国の間で何かが進んでいる」という印象を与えないようにした。温暖
化交渉では途上国がプロセスに難癖をつけ、交渉が停滞することが日常茶飯事だが、今回
の COP ではそうした手続上のトラブルが驚くほど生じなかった。フランスが G77+中国の
議長国である南アフリカやフランスの影響が強いアフリカ諸国と密接に連絡を取っていた
ことも奏功したのであろう。また COP15 最終局面で手続上の瑕疵を理由に大暴れしたボリ
ビア、ベネズエラをイシュー毎の閣僚級ファシリテーターとして取り込んだこともフラン
スらしい老獪さである。COP15 で血の流れる手をかざして議長国デンマークに詰め寄った
ベネズエラのクラウディア・サレルノ首席交渉官が、パリ協定採択の際には満面の笑みで
議長国フランスと合意内容を称えていたのは「一代の奇観」との感があった。
議長ドラフトの出し方もよく考えられたものであった。10 日夜に出された第二次テキス
トは、第一次テキストから途上国に更に大きく寄ったものとなっていた。資金面では 1,000
億ドルを下限とする数値目標、二年に一度の報告義務、先進国は資金援助義務、その他の
国の資金供与は自主的・補完的といった途上国寄りのテキストがブラケットなしで提示さ
れる一方、先進国が最も重視する透明性については、先進国と途上国の二分化を容認する
オプションが残されていた。資金面については途上国寄りのクリーンテキストをそのまま
にし、透明性については途上国寄りのオプションと先進国が支持するオプションの間で着
地点を探るというのでは、先進国にとって受け入れられない。フランスもそんなことは百
も承知だったはずだ。大詰めの段階で「途上国が反発して合意に失敗するリスクはあるが、
5
先進国は最後には合意を壊さないだろう」という読みに基づき、まずは途上国に大きく寄っ
たテキストを出し、途上国の支持を取り付けようとしたのではないか。その後、最終テキ
ストでは先進国のコメントを入れて途上国に大きく振れた資金のテキストの振り子を戻す
一方、透明性については先進国の重視する「先進国、途上国共通のフレームワーク」をベー
スとしつつ、途上国への配慮条項を随所に書き入れた。全体的には途上国側への配慮が引
き続き目立つものの、大きく途上国寄りだったテキストを真ん中方向に戻しているため、
先進国の納得も得やすい。交渉の「相場」をうまくコントロールしたと言えよう。
駄目押しは合意に向けた雰囲気づくりである。12 日に最終テキストを出す直前にパリ委
員会を開催し、ファビウス議長は「我々は合意に非常に近づいている。これから出す最終
テキストは考えうる最善のバランスを図ったものだ。皆が 100%自分の意見を通せば、全体
はゼロになってしまう。皆は合意を欲しているのか、いないのか?」として最終テキスト
をそのまま受け入れることを強く求めた。パンキムン国連事務総長、オランド大統領も次々
に登壇して各国に柔軟性と合意を求め、そのたびに大きな拍手を浴びた。この時点でフラン
スは紛糾していた部分について関係国との調整を終えていたことは間違いない。しかし協
定案全体について 190 カ国超の意向を確認していたわけではなく、どこかの国が異議を唱
える可能性も排除できない。そのため、最終案に文句を言わせない空気を事前に作り出そ
うとしたのであろう。
いずれも外交達者、粘り腰のフランスらしい老獪さである。猪突猛進型のデンマークと
は役者が違うと言わねばなるまい。
(6)交渉官も人の子
最後になかば冗談、なかば本気の感想だが、開催地の環境も交渉官の心理に影響を与え
るのではないかと思う。COP15 は国際交渉のおかれた環境が厳しかったことももちろんだ
が、冬のコペンハーゲンの寒さと暗さ、食べ物の不味さと値段の高さ等が交渉官のメンタ
リティをより対立的なものにしていった気がしてならない。ニューヨークタイムズの記事
によればフランスは COP 議長国を引き受けた直後から世界各国のフランス大使館、総領事
館に指示を出し、フランスの武器であるワインやフランス料理を使って各国の関係者との
関係強化に腐心したという。オープンサンドイッチくらいしか売り物のないデンマークに
はできない芸当である。また COP21 は暖冬のせいか、気候も比較的おだやかで、会場の至
る所で美味しい Paul のパンやエスプレッソコーヒーが良心的な値段で売られていた。こう
した有形無形のソフトパワーが交渉官の心理にポジティブな影響を与えた側面は無視でき
ないと考える。
6
3.パリ合意の概要
次に今回合意されたパリ協定の主要ポイントを見ていこう。パリ協定採択に関する COP
決定及びパリ協定全文は参考資料として 31 ページ以降に添付したのでご覧いただきたい。
(1)目 的
パリ協定第 2 条では本協定の目的として「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べ
て 2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること」
(第 1 項(a))
、
「適
応能力を向上させること」(第 1 項(b))、「資金の流れを低排出で強靱な発展に向けた道筋
に適合させること」(第 1 項(c))等によって、気候変動の脅威への世界的な対応を強化す
ることであると規定している。
また第 2 項では「この協定は、衡平及び各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有
しているが差異のある責任及び各国の能力の原則を反映するよう実施する」と規定した。
本条で特記すべき点は、初めて国際条約に温度目標が記載されたことである。もちろん、
第 2 条の柱書「This Agreement… aims to strengthen the global response to the threat of
climate change…, including by:」を受けて「(a) Holding the increase in the global
temperature to well below 2℃ above pre-industrial levels and to pursue efforts to limit
the temperature increase to 1.5℃ above pre-industrial levels…」となっているため、努
力目標ではある。しかし気候変動枠組条約第 2 条では「この条約及び締約国会議が採択す
る法的文書には、この条約の関連規定に従い、気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼす
こととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な
目的とする。そのような水準は、生態系が気候変動に自然に適応し、食糧の生産が脅かさ
れず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行することができるような期間内に達成され
るべきである」と規定されているのみで、具体的な濃度目標や温度目標は記載されていな
かった。カンクン合意前文においては「IPCC 第 4 次評価報告書にあるように産業革命以降
の温度上昇を 2℃以下に抑制するためには大幅な温室効果ガスの抑制が必要であり、締約国
はこの長期目標を満たすために迅速な行動が必要であることを認識する。また最良の科学
的知見に基づき、1.5℃を含む長期目標の強化を検討する必要があることを認識する」とい
う文言が入っていたが、あくまで「認識」の対象であった。今回は特定の温度が「認識」
を超えて条文本体の目的に入り、しかもカンクン合意の「2℃以下(below 2 °C )」が「2℃
を大幅に下回る(well below 2 °C )
」に強化され、更に「1.5℃を目指す」という文言も加
わったのは大きな違いである。加えて COP 決定パラ 21 では IPCC に対し、2018 年に 1.5℃
目標を達成するための温室効果ガス排出経路についての特別レポートの作成することを指
示している。
7
1.5℃への言及は島嶼国や環境 NGO が強く求めていたものであり、彼らが今回の合意で
最も高く評価するのはこの部分であろう。温暖化の被害を最も甚大に受けるといわれる島
嶼国は温暖化交渉の中で特殊な地位を占めている。彼らの賛同を得るために温度目標の文
言が強化されたわけだが、今後に向けて大きな課題を残すことにもなった。この点につい
ては後述したい。
温度目標と併せ、資金フローが目的に明記されたのも本条の特色である。この点は本交
渉の目的を先進国からの支援獲得に置いていた多くの途上国の強い主張を踏まえたもので
あり、以後、
「資金」はパリ協定のいたるところに登場することになる。
もう一つ特筆すべき点は、第 2 項の「各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有し
ているが差異のある責任及び各国の能力の原則(principle of common but differentiated
responsibilities and respective capabilities, in the light of different national
circumstances)」という表現である。気候変動枠組条約、京都議定書、ポスト 2013 年交渉
を通じて常に交渉を呪縛してきたのが「共通だが差異のある責任と各国の能力」
、いわゆる
CBDRRC(Common But Differentiated Responsibilities and Respective Capabilities)
である(通常は短縮して CBDR と呼ばれる)であり、先進国、途上国の差異化の根拠とさ
れてきた。今回の交渉の最大の争点は条約上の原則である CBDR を条約策定後の国際経済
環境変化の中でどのように新たな法的枠組みに反映させていくかにあった。従来の
CBDRRC に「各国の異なる状況に照らして」を加えることにより、CBDRRC が固定的な
ものではなく、各国の経済発展の変化を踏まえてダイナミックに解釈されることを含意す
ることとなった。この表現はリマの COP20 で合意されたものであるが、今回、新たな法的
枠組みに盛り込まれることとなった。後述するようにパリ条約には附属書Ⅰ国、非附属書
Ⅰ国という表現ではなく、先進締約国、開発途上締約国という、よりダイナミックな解釈
が可能な主語が用いられていることと併せ考えれば、今後は CBDR を根拠に 1992 年当時
の先進国、途上国分類に基づく差別化を主張することが難しくなることを含意している。
BBC は「CBDRRCILDNC が合意を導き出した」と報じているが、交渉官は今後の交渉で、
CBDR ではなく、その 3 倍近い長さの舌を噛みそうな略語を連発することになるだろう。
パリ協定第 3 条では、本協定の総則として「締約国は、気候変動への世界的な対応への
自国が決定する貢献(nationally determined contribution)に関し、この協定の目的達成
のため、第 4 条(緩和)、第 7 条(適応)、第 9 条(資金)、第 10 条(技術)、第 11 条(キャ
パシティビルディング)及び第 13 条(透明性)に定める野心的な取組を実施し、提出する。
締約国の取組は、この協定を実効的に実施するために開発途上締約国を支援する必要性を
認識しつつ、長期的に前進を示す(As nationally determined contribution to the global
response to climate change, all Parties are to undertake and communicate ambitious
efforts as defined in Articles 4,7,9,10,11 and 13 with the view to achieving the purpose of
this Agreement as set out in Article 2. The efforts of all Parties will represent a
8
progression over time, while recognizing the need to support developing country Parties
for the effective implementation of this Agreement)」と定めている。
今次交渉を通じて各国は温暖化防止に対する貢献として約束草案(INDC:Intended
Nationally Determined Contribution)を提出してきたが、パリ協定参加後は「自国が決定
する貢献(Nationally Determined Contribution)」としてその達成に努力することになる
(以後、簡略化のため、「NDC」と呼ぶこととする)。COP 決定パラ 22 では「批准、加入、
承認書の寄託よりも前に最初の NDC を提出することが求められているが、パリ協定参加前
に約束草案を提出した締約国については、別の決定をしない限り、この要請を満たしたも
のとみなす」と規定されており、日本のように既に約束草案を提出した国は新たな提出手
続は不要となる。
(2)緩 和
パリ協定第 4 条では緩和(温室効果ガスの削減・抑制)に関する規定が盛り込まれた。
第 1 項では上記の温度目標を達成するため、
「開発途上締約国のピークアウトにはより長
い時間がかかることを認識しつつ、できるだけ早く温室効果ガスのピークアウトを目指し」
「その後、迅速に排出を削減し」「今世紀後半に温室効果ガスの排出と吸収のバランスを図
る」こととされた。交渉途上では昨年のエルマウサミット首脳声明に盛り込まれた「2050
年までに 2010 年比 40-70%の高い方の削減を目指す」との全球削減目標も検討されたが、
中国、インド等の強い反対によって盛り込まれなかった。先進国の長期削減目標を差し引
けば自動的に途上国全体の長期削減目標にもつながることを嫌ったからであろう。この点
については 2009 年の主要経済国フォーラム(MEF)における構図と全く変わっていない。
温度目標を排出削減目標に「翻訳」するためには産業革命以降の温室効果ガス濃度が倍増
した場合、どの程度の温度上昇をもたらすかという気候感度を決める必要があるが、この
点についてはまだ多くの不確実性がある。温度目標は受け入れられるが、排出削減目標は
受け入れられないというのはそういった背景がある。
第 2 項では「各締約国が累次の NDC(削減目標・行動)を作成、提出、維持する。また、
NDC の目的を達成するための国内措置をとる(Each Party shall prepare, communicate
and maintain successive nationally determined contributions that it intends to achieve.
Parties shall pursue domestic mitigation measures, with the aim of achieving the
objectives of such contributions)」と規定された。主語が先進締約国、開発途上締約国で差
別化されず、全ての締約国が緩和に向けて目標を設定することが法的拘束力を示す shall と
いう助動詞で義務付けられたことは特筆大書してよい。先進国のみが数値目標と義務を負
う京都議定書からの非常に大きな転換であり、全ての国が参加する枠組みの根幹となる非
常に重要な規定である。
第 3 項では、
「累次の NDC は、各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有している
9
が差異のある責任及び各国の能力を反映し、従前の NDC を超えた前進を示し、及び可能な
限り最も高い野心を反映する
(Each Party’s successive nationally determined contribution
will represent a progression beyond the Party’s then current nationally determined
contribution and reflect its highest possible ambition, reflecting its common but
differentiated responsibilities and respective capabilities, in the light of different
national circumstances)」と規定された。日本の報道では「野心のレベルを引き上げねば
ならない後退禁止条項」とも呼称されたが、助動詞は法的拘束力を示す shall よりもずっと
弱い will であり、いわば努力目標と言ってよい。交渉ではまさしくこの助動詞が論点とな
り、オプションとして shall、should も検討された。法的拘束力を持たせる shall となった
場合、各国の提出した NDC が事実上の下限値として法的拘束力を持つことになり、米国は
じめ多くの国にとって受け入れられるものではない。このため、12 月 10 日夜に出された第
二次テキストでは、ブラケットなしで should と明記されていたのだが、それでも受け入れ
られないとした意見が多かったのか、最終的には最も弱い will で決着した。今後、この条
文の解釈・運用に当たってはこうした交渉経緯を念頭に置く必要があろう。
第 4 項では、
「先進締約国は、全経済にわたる排出の絶対量の削減目標をとることによっ
て、引き続き先頭に立つべき。開発途上締約国は、緩和努力を高めることを継続すべきで
あり、各国の異なる事情に照らしつつ、全経済にわたる排出の削減又は抑制目標に移行す
ることを奨励される(Developed country Parties should continue taking the lead by
undertaking economy-wide absolute emission reduction targets. Developing country
Parties should continue enhancing their mitigation efforts, and are encouraged to move
over time towards economy-wide emission reduction or limitation targets in the light of
different national circumstances」と規定された。ここで特筆されるべきは、パリ協定を通
じて「先進締約国(developed country Parties)
」と「開発途上締約国(developing country
Parties)」という表現が使われ、気候変動枠組条約や京都議定書のように「附属書Ⅰ国」、
「非附属書Ⅰ国」という表現が使われていないことである。各国の発展段階は進化するので
あり、1992 年の気候変動枠組条約当時の国の区分を固定する「附属書Ⅰ国」という用語を
使わなかったことは高く評価される。なお、本項では先進締約国、開発途上締約国いずれ
も助動詞は should となっているが、フランスが提示した最終案の段階では先進締約国が
shall、開発途上締約国が should と使い分けされていた。最終案配布後に開催されたパリ委
員会では、キンリー事務局次長が本件を含むいくつかの「テクニカルエラー」を早口で読
み上げ、間髪をいれずファビウス議長が「今事務局から提示されたテクニカルエラーを修
正するとの理解の上でパリ協定を採択する」と木槌を下した。しかし shall と should では
法的拘束力が全く異なり、通常であれば「テクニカルエラー」で片づけられる話ではない。
ニューヨークタイムズでは会議開催前に米国のケリー国務長官が「このままでは米国は採
択に参加できない」とファビウス議長に迫り、修正させたという内輪話が暴露されている。
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第 8 項では、全ての締約国は NDC の提出にあたって明確性、透明性、理解増進のために
必要な情報を提供すること、第 9 項では後述の第 14 条のグローバルストックテークの結果
を踏まえ、5 年ごとに NDC を提出することが義務付けられた(助動詞はいずれも shall)。
また COP 決定パラ 23、パラ 24 では 2025 年目標の国は 2020 年までに、その後は 5 年ご
とに新たな NDC を提出し、2030 年目標の国は 2020 年までに、その後は 5 年ごとにその
NDC を提出又は更新することが要請された。2030 年目標を提出した日本の場合、2020 年
に現在と同じ目標を提出することが認められることになる。更に第 10 項では第 1 回パリ協
定締約国会合において「NDC」の共通の期間を検討することが定められた。これは現在バ
ラついている目標年次を揃えていこうという趣旨である。
第 12 項では締約国の提出した NDC は条約事務局が管理する公的な登録簿に記載される
ことが規定された。京都議定書のように附属書に目標値を記載した場合、変更するたびに
パリ協定の改正が必要となるため、制度の安定性に配慮した措置である。
第 19 項では、「全ての締約国は各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有している
が差異のある責任及び各国の能力を考慮し、第 2 条(協定の目的)に留意し、長期の温室
効果ガス低排出発展戦略を作成、提出するよう努めるべき(should strive to)」と規定され
た。
(3)市場メカニズム
今回の交渉における争点の一つは市場メカニズムを認めるか否かであった。日本を含め
多くの国々は何等かの形で温室効果ガス削減量の国際移転を認めるべきとの主張を行って
おり、バリ行動計画以来、ずっと議論が行われてきたが、ベネズエラ、ボリビアのような
社会主義国が市場メカニズムに強固に反対していたため、議論は進展しないままであった。
パリ協定第 6 条第 1 項では締約国が NDC の実施にあたって自主的な協力を行うことを選
ぶことがあることを認識し、第 2 項では「NDC 達成のために緩和成果の国際的移転を含む
自主的な協力的アプローチを行う場合、・・・ガバナンスを含む環境十全性と透明性を確保
し、ダブルカウントの防止を含む強固なアカウンティングを適用する」と規定された(Parties
shall, where engaging on a voluntary basis in cooperative approaches that involve the
use of internationally transferred mitigation outcomes towards nationally determined
contributions…ensure
environmental
integrity
and
transparency,
including
in
governance, and shall apply robust accounting to ensure, inter alia, the avoidance of
double counting…)。また第 3 項では「緩和成果の国際移転は自主的なものであり、当事国
が承認する(The use of internationally transferred mitigation outcomes to achieve
nationally determined contributions under this Agreement shall be voluntary and
authorized by participating Parties)」と規定された。この第 2 項、第 3 項はまさしく日本
が追求してきた二国間クレジット制度(JCM)の考え方であり、日本にとって今次交渉の
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大きな成果といって良いであろう。
第 6 条第 4 項~第 8 項ではパリ協定締約国会合の元に設立され、その監督を受ける新た
なメカニズムについても規定されている。第 4 項~第 8 項の新たなメカニズムが「パリ協
定締約国会合の元で設立・管理される」とメカニズムが併記されていることにより、前者
がパリ協定締約国会合の管理下にないことが確保されているといえるが、注意すべきは第 2
項、第 3 項に基づく緩和成果の国際移転がパリ協定締約国会合の採択するガイダンスと整
合的(consistent with guidance adopted by the Conference of the Parties serving as the
meeting of the Parties to the Paris Agreement)であることが求められ、ガイダンスは今
後検討されることだ。パリ協定の元に設立される新たなメカニズムのルール、手続につい
ても今後パリ協定締約国会合において定められることになる。当事国間で弾力的・機能的
に運用すべき第 2 項、第 3 項のガイドラインが国連管理型の第 4 項~第 8 項のメカニズム
のルール、手続のコピーになることは厳に避けるべきだ。かつて京都メカニズムの制度設
計に関与した経験に照らせば、国連で策定するルールや手続はどうしても制限的、官僚的
なものになる。第 2 項、第 3 項のガイダンスが過度に制限的なものとなり、二国間クレジッ
ト制度のメリットである柔軟性、機動性を損なうことのないよう、今後心して交渉せねば
なるまい。
(4)ロス&ダメージ
温暖化に伴うロス&ダメージに関する規定は温度目標と並んで島嶼国が強く主張してい
た点であるが、先進国は気候変動枠組条約にない新たな概念が盛り込まれ、先進国の法的
責任(liability)や補償(compensation)につながることを強く警戒し、あくまで既にプロ
グラムが存在する適応の一環として取り組むことを主張してきた。特に訴訟大国の米国は、
パリ協定に基づく訴えが頻発するような事態になれば国内世論が硬化するのは間違いない
と見て、極めてこの問題に神経質になっていた。
パリ協定では適応(第 7 条)とは別途の条文(第 8 条)でロス&ダメージを規定し、島
嶼国の要求を一部盛り込むこととなった。ただし、その文言は「気候変動の悪影響に伴う
ロスやダメージを回避し、最小化し、取り組むことの重要性を認識する」
(第 1 項)、
「気候
変動のインパクトに伴うロス&ダメージのためのワルシャワ国際メカニズムはパリ協定締
約国会合の元におかれ、締約国会合の決定に基づき強化される」
(第 2 項)、
「締約国はワル
シャワ国際メカニズムを通じ、協力的、促進的にロス&ダメージに関する理解、行動、支
援を強化する」(第 3 項)という穏当なものとなった。また第 8 条に関する COP 決定パラ
52 では「パリ協定第 8 条は責任や賠償の根拠とはならない(Agrees that Article 8 of the
Agreement does not involve or provide a basis for any liability or compensation)」と明記
された。
このようにロス&ダメージでは島嶼国の主張を形式的には盛り込みつつ、実質的には先
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進国の懸念を払拭するものとなった。温度目標が島嶼国の主張を容れて強化されたことと
のパッケージであったと解釈できよう。
(5)資金援助
資金援助(第 9 条)は今次交渉において透明性(第 13 条)と並んで最も交渉が難航した
部分である。ほとんどの途上国にとって交渉に参加している動機は先進国からの支援の上
積みであるから、それも当然であろう。
交渉の大きな争点の一つは資金援助の出し手を従来のような先進国オンリーから中国等、
能力のある途上国にも拡大できるかであった。この点については資金援助の主体を先進締
約国及び「その(資金援助)立場にある他の締約国(in a position to do so)」、
「その能力の
ある(with the capacity to do so)」
、「その意思のある(willing to do so)」等がオプション
とされていたが、パリ協定最終案の一つ前の議長テキストでは「他の締約国は自主的かつ
補完的な形で資金供与するかもしれない(Other Parties may, on a voluntary and
complementary basis, provide…)」という途上国に大幅に譲った表現となっていた。
パリ協定第 9 条第 1 項では「先進締約国は、条約に基づく既存の義務の継続として、緩
和と適応に関連して、開発途上締約国を支援する資金を提供する(Developed country
Parties shall provide financial resources to assist developing country Parties with
respect to both mitigation and adaptation in continuation of their existing obligations
under the Convention)」とされ、第 2 項では「他の締約国は、自主的な資金の提供又はそ
の支援の継続を奨励される(Other Parties are encouraged to provide or continue to
provide such support voluntarily)」とされた。
「支援するかもしれない」という直近の議
長テキストに比べて「支援することを奨励される」という、より前向きな表現となり、先
進国の主張が一部取り入れられた形となった。
第 3 項では「世界的な努力の一環として、先進締約国は、公的資金の重要な役割に留意
しつつ、広範な資金源、手段、経路からの、国の戦略の支援を含めた様々な活動を通じ、
開発途上締約国の必要性及び優先事項を考慮した、気候資金の動員を引き続き率先すべき。
気候資金の動員は、従前の努力を超えた前進を示すべき(developed country Parties should
continue to take the lead in mobilizing climate finance from a wide variety of sources,
instruments and channels, noting the significant role of public funds ……. Such
mobilization of climate finance should represent a progression beyond previous efforts)」
と規定された。第 1 項の助動詞が shall であるのに対し、第 3 項の助動詞は should であ
り、米国と中心とする先進国の懸念を踏まえ、公的資金を中核とすることや資金動員の増
額が法的義務とならないような表現ぶりとなっている。
カンクン合意では 2020 年までに先進国から途上国に対し、年間 1,000 億ドルの資金援助
を行うことが規定されていたが、今次交渉では条約本体に新たな数値目標を書き込むかど
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うかも大きな争点であった。激しい交渉の末、協定本体ではなく、COP 決定パラ 54 に「先
進締約国は開発途上締約国の意味のある緩和行動と透明性のコンテクストの下で既存の資
金動員目標(注:年間 1,000 億ドルを指す)を 2025 年まで継続する意向であり、2025 年
に先立ってパリ協定締約国会合は 1,000 億ドルを下限として新たな数値目標を定める(Also
decides that… developed countries intend to continue their existing collective
mobilization goal through 2025 in the context of meaningful mitigation actions and
transparency on implementation; prior to 2025 the Conference of the Parties serving as
the meeting of the Parties to the Paris Agreement shall set a new collective quantified
goal from a floor of USD 100 billion per year)という文言が入った。協定本体から法的拘
束力のない COP 決定に落とすことにより先進国の懸念に対応した形である。
数値目標が COP 決定に落とされたとはいえ、先進締約国は開発途上締約国に対する公的
資金の移転を含め、資金援助に関する量的、質的報告を 2 年に 1 度行うことを義務付けら
れ(第 5 項)
、公的介入を伴う資金援助に関する透明性のある情報を 2 年に 1 度提供するこ
とが義務付けられる(第 7 項)。また第 14 条のグローバルストックテークの際にも先進締
約国による資金援助の情報が考慮される(第 6 項)。先進国に対して間断なく途上国への資
金援助についてのプレッシャーがかかる形となっており、途上国の主張が相当部分取り入
れられている。換言すればこの部分なくして途上国の同意を得ることは不可能であったと
いうべきであろう。
(6)技術開発・移転
パリ協定第 10 条は技術開発・移転について規定している。この部分での最大の論点は知
的財産権の扱いであった。特にインドが知的財産権を技術移転のバリアーとみなし、エイ
ズ特効薬と同様に環境に優しい技術の知的財産権の強制許諾や知的財産権に守られた技術
獲得に対する資金援助を強く求めていたのである。知的財産権は技術開発の基礎インフラ
ともいうべきものであり、多大なリスクとコストをかけた知的財産権が強制許諾の対象と
なったのではイノベーションを阻害することになりかねない。このため先進国は一体と
なってインドの主張に反対してきた。
幸いなことに技術交渉グループの調整努力により、パリ協定からは知的財産権に関する
言及は一切なくなった。もちろん火種が皆無ではない。第 10 条第 4 項では技術開発・移転
を推進する技術メカニズムに横断的なガイダンスを与える目的で「技術フレームワーク」
を設置することが規定された。COP 決定パラ 68 では、今年 5 月の補助機関会合(SBSTA)
で技術フレームワークの詳細の検討を開始することとされているが、技術フレームワーク
の目的の一つとして、「社会面、環境面で健全な技術の開発・移転を可能にするような環境
整備と障壁への取組を強化する(The enhancement of enabling environments for and the
addressing of barriers to the development and transfer of socially and environmentally
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sound technologies)」が盛り込まれている。この「障壁」の中で知的財産権の問題が蒸し
返される恐れもある。しかし「障壁」というのは色々なものを含み得る概念であり、先進
国の目から見れば、途上国の投資環境の悪さや知的財産権制度の未整備等も立派な「障壁」
であり、双方向の議論が可能だ。
またパリ協定第 10 条第 5 項には「イノベーションの加速、促進は長期的な気候変動への
対応や経済成長の促進、持続可能な発展にとって重要。そうした努力は研究開発の協力的
アプローチに対する技術メカニズム、資金メカニズムや特に技術サイクルの早期段階に対
する開発途上締約国のアクセスの容易化を通じて支援される(Accelerating, encouraging
and enabling innovation is critical for an effective, long-term global response to climate
change and promoting economic growth and sustainable development. Such effort shall
be, as appropriate, supported, including by the Technology Mechanism and, through
financial means, by the Financial Mechanism of the Convention, for collaborative
approaches to research and development, and facilitating access to technology, in
particular for early stages of the technology cycle, to developing country Parties)」とい
う文言が入った。これは気候変動問題の究極的な解決のためのイノベーションの重要性を
明記したものであり、高く評価される。これまでの交渉においても技術分野は資金や緩和
分野に比して現実的な議論がなされる傾向が強かった。相対的に技術に知見を有する者が
交渉を担当し、とかく先進国との対立軸から議論をスタートする途上国の職業交渉官の関
与が少ないからかもしれない。
(7)透明性
緩和目標の実施状況に関する情報提供、レビュー(これを総称して「透明性」と呼んで
いる)は今回の交渉の中で先進国が最も重視したイシューの一つである。新たな枠組みが
目標値を義務付けるものではなく、目標の策定、登録、レビューといったプロセスを義務
付けるものとなる中で、枠組みの実効性を確保するためには各国が自国の出した目標達成
に向けて努力していることが「見える化」していることが重要だからだ。
今次交渉における透明性をめぐる交渉では、まず、そのスコープが議論となった。先進
国は透明性の元で途上国の緩和行動の進捗状況をきちんとフォローすることを重視してい
た。これに対して途上国は「自分たちの緩和行動の成否は先進国からの支援次第である。
緩和行動の進捗状況をチェックするならば、そのための支援の状況もチェックすべきであ
る」という論理に基づき、透明性のスコープを緩和のみならず、途上国の緩和、適応に対
する支援(資金、技術、キャパシティビルディング)も対象とすべきであると主張してき
た。この点については、交渉終盤頃には先進国が妥協し、透明性のスコープに支援も加わ
ることが既定方針となっていた。
最後までもめたのが透明性のプロセスにおいて先進国と途上国の差異化をどこまで認め
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るかという点である。直近の議長テキストでは NDC の実施状況に関するレビューが全ての
締約国に等しく適用されるオプション 1 と、先進国は「強固なレビューと国際的な評価プ
ロセスを受け、遵守に関わる結論につなげる(robust technical review process followed by
a multilateral assessment process, and result in a conclusion with consequences for
compliance)
」一方、途上国の提供した情報については「内政干渉的でなく、懲罰的でなく、
国家主権を尊重し、先進締約国からの支援に応じた形で、技術的な分析を受け、国際的な
場で意見交換を行い、サマリーを作成する(technical analysis process followed by a
multilateral facilitative sharing of views, result in a summary report, in a manner that I
nonintrusive, non-punitive and respectful of national sovereignty, according to the level
of support received from developed country Parties)」というオプション 2 が併記されて
いた。これは露骨な先進国・途上国二分論であり、先進国にとって受け入れられるもので
は全くなかった。
以上の背景を念頭にパリ協定の透明性に関する規定を見ていこう。
第 13 条第 1 項では、「相互の信頼を構築し実効的な実施を促進するため、締約国の異な
る能力を考慮し全体の経験に基づく柔軟性が組み込まれた、行動及び支援の強化された透
明性フレームワークを設ける(In order to build mutual trust and confidence and to
promote effective implementation, an enhanced transparency framework for action and
support, with built-in flexibility which takes into account Parties’ different capacities
and builds upon collective experience is hereby established)」と規定された。上述のとお
り、透明性の対象は行動(温室効果ガスの削減、抑制)と途上国の緩和、適応への支援の
双方となった。
第 2 項では透明性フレームワークの実施に当たっては「能力に照らし柔軟性を必要とす
る開発途上締約国には、透明性の枠組みの柔軟な運用を認める」とされた。また本条を引
用した COP 決定パラ 90 では「開発途上国に対し透明性のスコープ、頻度、報告の詳細度、
レビューのスコープの面で柔軟性を認めなければならず、各国訪問審査については選択を
認める。こうした柔軟性は透明性フレームワークのモダリティ、手続、ガイドライン策定
に反映されねばならない(developing countries shall be provided flexibility in the
implementation of the provisions of that Article, including in the scope, frequency and
level of detail in reporting, and in the scope of review, and that the scope of review could
provide for in-country reviews to be optimal, while such flexibilities shall be reflected in
the development of modalities, procedures and guidelines referred to in paragraph 92
below)」と規定された。
第 3 項では透明性フレームワークの実施に当たっては「協力的、内政不干渉的、非懲罰
的で国家主権を尊重し、締約国に無用の負担を与えない(in a facilitative, non-intrusive,
non-punitive manner, respectful of national sovereignty, and avoid placing undue
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burden on Parties)」こととされている。この表現は冒頭に掲げた直近の議長テキストでは
開発途上締約国の透明性にのみ適用されていたものが、先進締約国、開発途上締約国全体
にかかることとなった。
第 5 項では行動(action)の透明性フレームワークの目的を「グッドプラクティス、プラ
イオリティ、ニーズとギャップを含め、パリ協定第 2 条に規定する気候変動枠組条約の目
的に照らした行動に関する明確な理解を提供し、各国の NDC と適応行動の進捗状況をフォ
ローし、第 14 条のグローバルストックテークへのインプットとすること」と規定している。
第 6 項では支援(support)の透明性の目的を「第 4 条(緩和)、第 7 条(適応)、第 9 条
(資金)、第 10 条(技術)、第 11 条(キャパシティビルディング)において各国が提供し、
受領した支援を明確化し、全体としての資金援助額をグローバルストックテークへのイン
プットとする」と規定している。
第 7 項では各国が温室効果ガス排出量と吸収量のインベントリーと、NDC の進捗状況把
握に必要な情報を提供するとされた。第 9 項では「先進締約国は、開発途上締約国に提供
された資金、技術移転及び能力開発の支援に関する情報を提供する。また、支援を提供す
る他の締約国は、当該情報を提供すべき」と規定され、第 10 項では「開発途上締約国は必
要とする支援と供与された支援の情報を提供すべき」とされた。
第 11 項は冒頭に紹介したレビューに関する部分であり、「第 7 項、第 9 項に基づいて提
出された情報は、技術専門家によるレビューを受ける。開発途上締約国であってその能力
に照らして支援が必要な国においては、専門家による検討には、能力開発の必要性の特定
の支援が含まれる。各締約国は、第 9 条(資金)に基づく努力に関する進捗及び NDC の実
施と達成について、促進的かつ多国間の検討に参加する」と規定された。第 12 項では「技
術専門家レビューは各国の支援の提供、NDC の実施・達成状況を内容とする。レビューは
第 13 項に規定する透明性に関するモダリティ、手続、ガイドラインとの整合性のレビュー
を含め、各国の改善すべき点を示す。レビューにおいては途上国の能力や状況に特に注意
を払う」とされている。行動と支援の透明性に関する共通のモダリティ、手続、ガイドラ
インは第 1 回パリ協定締約国会合で採択することとなっている。第 14 項、第 15 項では透
明性の実施に必要な支援を途上国に提供することが規定された。
以上、透明性フレームワークの条文全体を眺めてみると、緩和のみならず支援も報告、
レビューの対象となっていること、直近の議長案のような先進国と途上国の露骨な二分論
は影を潜め、先進国、途上国が一つのフレームワークに参加する形式は取りつつも、その
実施に当たっては「これでもか」というほどの途上国配慮の「芽」が埋め込まれており、
途上国の主張を相当程度盛り込んだものになっている。透明性フレームワークに関する実
施細則は第 1 回パリ協定締約国会合で採択されることになるが、「悪魔は詳細に宿る」で
ある。透明性フレームワークがもっぱら先進国の緩和努力や支援実績、予定に偏重したも
のになること、特に緩和努力が期待される大排出途上国にとって「大甘」のものとなり、
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地球全体の温室効果ガス削減に向けた枠組みの実効性を損なうことは厳に避けねばならな
い。透明性フレームワークの実施細則は今回設置が決まったパリ協定特別作業部会の検討
を経て、第 1 回パリ協定締約国会合への送付を念頭に 2018 年の COP24 で検討されること
になる。透明性フレームワークを実効あるものとするための勝負はこれからであろう。
(8)グローバルストックテーク
パリ協定には、各国の行動が全体としてパリ協定の目的及び長期目標の達成に向かって
いるかをチェックするための枠組みとして、第 14 条にグローバルストックテークのメカニ
ズムが盛り込まれた。第 1 項ではグローバルストックテークは緩和、適応、支援を含めた
包括的かつ促進的なものであると規定されている。先進国、途上国の温室効果ガス削減・
抑制に向けた取組の全体的な進捗状況のみならず、途上国への支援についてもグローバル
ストックテークの対象となっているところが特徴だ。グローバルストックテークは 2023 年
から開始され、以後 5 年ごとに行われ(第 2 項)、その結果は各国が行動、支援を更新、拡
充する際の参考とされる(第 3 項)。なお、その予行演習とも言うべき各国の努力の総計に
ついての「対話」が 2018 年に行われることも決まっている(COP 決定パラ 20)。
パリ協定は各国が NDC を持ち寄り、その実施状況をレビューするというボトムアップの
プレッジ&レビューの枠組みを基本としているが、このグローバルストックテークの規定
により、トップダウンで設定された長期目標(第 2 条の温度目標、第 4 条第 1 項の早期の
ピークアウト、今世紀後半の排出と吸収のバランス等)との整合性をチェックされること
になる。換言すればボトムアップとトップダウンのハイブリッド型であるとも言える。
(9)発効要件
パリ協定の発効要件は第 21 条第 1 項において「世界の温室効果ガス排出総量の少なくと
も 55%と見積もられる少なくとも 55 カ国の締約国が批准書(ratification)、受託書
(acceptance)、承認書(approval)もしくは加入書(accession)を寄託した日の後、30 日
目の日に効力を生ずる」とされている。京都議定書における発効要件「附属書Ⅰの締約国
の 1990 年における二酸化炭素排出総量の少なくとも 55%を占める附属書Ⅰの締約国を含
む 55 カ国以上の条約の締約国が批准書、受託書、承認書又は加入書を寄託した日の後 90
日目の日に効力を生ず」の考え方を踏襲するものであるが、先進国、途上国が共に温室効
果ガス削減に取り組む本協定では、温室効果ガスのカバレッジ要件が附属書Ⅰ国から世界
全体に広げられた。先進国に比して途上国の温室効果ガス排出量データ整備が遅れている
ため、第 2 項では「第 1 項の目的に限定し、
『温室効果ガス排出総量』とは条約採択の日も
しくはそれ以前に締約国から条約事務局に提出された最新の量を意味する」とし、各国の
データ年のバラつきを許容することとした。
発効要件については、国数と併せ、温室効果ガスカバレッジも要件とする案がブラケッ
18
トの形で残っていたが、直近の議長案では、55 カ国が批准、受託、承認、加入すれば発効
するという案になっていた。これは、温室効果ガス排出量は少ないが、国数だけは多いア
フリカ諸国や低開発国が批准すればすぐに発効することを意味し、世界全体の温室効果ガ
ス排出削減という目的に照らせば実効性に大きな疑問符がつく。このため、丸川環境大臣
は全体会合で温室効果ガス排出量のカバレッジも発効要件に加えるべきと主張し、最終案
においてそれが取り入れられたわけである。
ただし、発効要件の 55%は全ての主要排出国の参加を確保するものとは言えない。世界
第 1 位、第 2 位の排出国である中国、米国が両方参加しなければ発効しないものとするた
めには温室効果ガスカバレッジ要件を 80%程度まで引き上げねばならないからだ。米中の
温室効果ガスカバレッジは合計で 4 割弱であるため、55%という要件では米国、中国のい
ずれか一方、更には両方が参加しなくても計算上は発効可能ということになる。京都議定
書の発効要件 55%も米国が批准しなくても発効するような設計となっていたことを想起さ
せる。
なお、パリ協定の発効時期については、ダーバンプラットフォーム上、
「in order to adopt
this protocol, another legal instrument or an agreed outcome with legal force at the
COP21 and for it to come into effect and be implemented from 2020」とあり、2020 年か
らの発効が想定されているが、パリ協定上、上記の発効要件を満たせば、2020 年以前の発
効も可能と思われる。ただしパリ協定の根幹となる透明性フレームワークの実施細則が
2018 年の COP24 で検討されることを考慮すれば、実際に協定が動き出すのはその後と考
えることが自然であろう。
(10)その他
今回の交渉では京都議定書第二約束期間が焦点となった COP16 のように日本が突出す
る局面はなかったが、一部マスコミでは日本による高効率石炭火力発電技術の輸出が問題
視されるのではないかとの報道もあった。10 日夜に出された議長テキストの COP 決定パ
ラ 62 には「締約国に対し、高排出投資への国際支援を減少させるよう求める(Urges Parties
to reduce international support for high-emission investments)」との文言が含まれてい
たのも事実である。しかし COP21 に先立つ OECD 輸出信用会合において、高効率石炭火
力技術の輸出については引き続き支援対象とすることが合意されており、そもそも上記の
文言は高効率石炭火力を想定したものではない。環境 NGO の中には本パラグラフを「日本
へのメッセージだ」と説明した団体もあったというが、全くの見当違いである。しかも最
終的に合意された COP 決定では本パラグラフ自体が削除された。おそらく経済発展のため
に石炭火力技術を今後とも必要とするインド等の途上国の強い反対があったものと思われ
る。COP21 期間中にインド産業連盟と意見交換をする機会があったが、彼らは「インドの
経済発展にとって石炭は不可欠であり、インドの経済発展は後に続く途上国にとっても重
19
要。石炭を使うなと言うのではなく、石炭を効率的に使えと言うべきだ」と明言していた。
エネルギーや経済の実態を無視した環境原理主義的な議論に辟易していた筆者にとっては
胸にストンと落ちる議論であった。
20
4.パリ協定をどう評価するか
以上のパリ協定をどう評価するか。激しい交渉の結果、成立した合意であり、様々な立
場から様々な評価が可能であろうが、ポスト 2013 年交渉に関与してきた立場から、私見を
述べてみたい。
(1)全ての国が参加する枠組みの成立
何よりもまず、一部の先進国のみが義務を負う京都議定書に代わり、全ての国が温室効
果ガス排出削減、抑制に取り組む枠組みが出来上がったことは歴史的意義があるというこ
とを特筆大書したい。これは京都議定書以降の国際交渉において日本が一貫して主張して
きた方向性であった。京都議定書第一約束期間後のポスト 2013 年枠組交渉においては京都
議定書第二約束期間が検討途上にあったこともあり、全ての国が参加する法的枠組みは実
現せず、COP 決定であるカンクン合意にとどまった。パリ協定はカンクン合意を発展させ、
法的枠組みとしたものであり、日本が長く追及してきた目的がようやく実現したことにな
る。コペンハーゲン、カンクンの交渉を経験した筆者として深い感慨を覚える。
(2)ボトムアップ型のプレッジ&レビュー
パリ協定の中核をなすのは、先進国、途上国が約束草案を持ち寄り、その進捗状況を報
告し、専門家によるレビューを受けるというボトムアップのプレッジ&レビューの枠組み
である。この一連の手続が法的拘束力の対象となっている一方、目標値の達成自体は法的
義務とはなっていない。目標達成が法的義務になっていないことをもって、パリ協定の実
効性に疑問を呈する論者もいるだろう。しかし、米国、新興国の参加を得るためにはこの
方式が唯一の解であることは自明であった。目標達成を法的義務化すれば、制度そのもの
は堅牢なものとなっても、米国や新興国の参加の得られない実効性の乏しいものになって
しまう。また目標値を法的義務にすれば、各国は未達成時の遵守規定の適用を避けるため、
必然的に「堅めの」目標を登録することになるであろう。かつて英 Economist 誌は「strong
weak agreement is better than weak strong agreement」と述べた。堅牢だが参加国が限
られ、実効性の弱い合意よりも、枠組み自体は柔軟でも全ての国が参加し、実効性の高い
合意の方が良いとの意味である。京都議定書型の枠組みとプレッジ&レビューの枠組みの
関係はまさにそれに一致する。日本は既に気候変動枠組条約交渉時からプレッジ&レ
ビューの枠組みを提唱してきた。しかしその後の国際交渉の流れは先進国のみに目標達成
を義務付けるトップダウン型の京都議定書に向かった。パリ協定は、堅牢だが主要排出国
の参加を欠き、温室効果ガス削減にほとんど効果がなかった京都議定書の反省の上に生ま
れたものであり、「思えば長い回り道をしてきた」との感を禁じ得ない。
21
(3)全体としてはやや途上国寄り
このようにパリ協定は温暖化交渉の歴史上、大きな意義を有しているが、先進国のみが
義務を負う京都議定書体制から途上国を含む全員参加型の体制に移行するためには、いろ
いろな代償を払わねばならなかったのも事実である。資金についての規定は金額こそ条約
本文に書き込まれなかったものの、多くの面で途上国の主張を受け入れるものとなった。
また資金とのパッケージディールとなった透明性の規定についても、先進国と途上国を手
続上切り分けず、「一つの強化された透明性フレームワーク(an enhanced transparency
framework)」に参加する形としつつも、個々の条文の中では途上国配慮が随所に盛り込ま
れることとなった。また透明性フレームワークの対象には緩和のみならず途上国支援も含
まれ、5 年に 1 度のグローバルストックテークの対象にも途上国支援が盛り込まれている。
すなわち、今後のレビューやストックテークの度に先進国は途上国から請求書を突き付け
られることになる。途上国は「自らの緩和行動が予定通り進まないのは先進国からの支援
が足りないからだ」という主張を展開することになろう。パリ協定において緩和努力の主
体が先進国から全ての国に広がったことは大きな成果である一方、途上国もその代償を確
保し、全体をバランスして見ればやや途上国寄りの決着であったと言える。12 月 15 日付の
インド Hindu 紙が「インドは先進国と途上国の差異化を守るのに大きな役割を果たした。
差異化は合意の各所に埋め込まれている」と評価しているのはその証左であろう。逆に言
えば、これくらいの代償を払わなければパリ協定に合意することはできなかったというこ
とでもある。途上国は是が非でも合意を得たい議長国フランスや、オバマ大統領のレガシー
を残したい米国の弱みを利用したとも言える。
(4)非現実的な温度目標は将来の火種に
世界の環境 NGO や島嶼国は 1.5℃安定化が努力目標として温度目標に書き込まれたこと、
このため今世紀後半に温室効果ガス排出量と吸収量のバランスを図ることが緩和の長期目
標に盛り込まれたことをパリ協定最大の成果として喧伝している。筆者はこの点がパリ協
定最大の問題点であると考える。
そもそも 2℃目標の実現可能性は極めて低いものであった。IPCC 第 5 次評価報告書にお
いては、2℃目標に相当するとされる 450ppm シナリオを達成するためには 2100 年まで温
室効果ガスを 100%近く削減することが必要と分析されている。このためには発電部門にお
いてバイオマス CCS を大量導入することにより現在の発電部門の排出量をそのままマイナ
スにしたような規模のマイナス排出にするという、およそ実現性に疑問符のつくビジョン
が提示されている。近年の IEA の世界エネルギー展望(World Energy Outlook)は
450ppm シナリオを毎回提示しているが、途上国を中心とする足元の温室効果ガス拡大に
より、450ppm シナリオの実現可能性は年々低下しており、それを実現するためには、およ
そ現実味に乏しいエネルギーミックス、投資規模を描かざるを得ない状況であった。2℃目
22
標ですらこの有様であるから、1.5℃あるいは 350ppm シナリオとなれば「推して知るべし」
であろう。
温暖化防止のために志を高く持つことは良い。しかし実現可能性を顧慮せず、ひたすら
野心的な目標にこだわるのはこのプロセスの通弊である。一般に政治家は長期の温度目標
を安易に設定する傾向が強いように思われる。しかし既存の温度目標の実現可能性が厳し
い中で更に厳しい温度目標を設定するというのは、戦時中、
「精神力で B29 を撃墜する」と
いった陸軍のマインドセットにも似た精神論であり、結局のところ枠組み自体のクレディ
ビリティを下げるだけではないか。
温度目標が大きな方向性を示す努力目標というならばまだわかる。しかしパリ協定では 5
年ごとのグローバルストックテークというメカニズムを通じて 1.5℃~2℃目標や今世紀後
半の排出・吸収バランス目標と、各国の緩和努力、緩和目標の合計とが比較され、それが
各国の NDC にフィードバックされるとの設計がなされている。トップダウンの目標をボト
ムアップのレビュープロセスと融合させようという試みとも言える。これは枠組みとして
は首尾一貫している。問題はトップダウンの目標とボトムアップの積み上げは永遠に交わ
らないだろうということだ。昨年 10 月末、条約事務局は各国の約束草案の合計値と 2℃目
標に必要な排出削減パスを比較して 2030 年時点で 150 億トンものギャップがあるという分
析を提示した。2018 年には COP 決定パラ 21 に基づき IPCC が 1.5℃達成に必要な排出削
減パスの特別レポートを提示するが、ギャップの幅は 150 億トンを大幅に上回ることは確
実だ。もとより、2℃、1.5℃目標を排出削減パスに「翻訳」するに当たって、気候感度(産
業革命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合の温度上昇幅)の不確実性があることを忘
れてはならない。この点については IPCC でも意見が収斂しておらず、1.5℃~4.5℃まで幅
がある。IPCC における更なる科学的知見の蓄積を促進すると共に、ギャップ論に対しては
気候感度の不確実性を指摘する必要があろう。
それでは各国はその膨大なギャップを埋めるために皆で負担を分担して約束草案を引き
上げるだろうか?
筆者の答えは「ノー」である。野心のレベルが徐々に引き上げられた
としてもその合計値が 1.5℃目標はおろか 2℃目標にも達するとは思えない。150 億トンと
いうギャップは 2010 年時点の中国全体の排出量の 1.5 倍に相当するとんでもない量なのだ。
そもそも各国の政策は温暖化対策だけで動いているわけではない。各国はその時々の経済
情勢、雇用情勢、エネルギー情勢等を総合勘案して約束草案を策定している。その実施状
況をレビューするが、約束達成そのものは法的義務とはしない。だからこそボトムアップ
のプレッジ&レビューは現実的な枠組みとして全ての国の参加を得ることができたのであ
る。
「1.5℃や 2℃目標を達成するためには各国の目標を○割上乗せすることが必要」と条約
事務局に強要されるようでは、ボトムアップのプレッジ&レビューの意味をなさなくなる。
2℃目標の時もギガトンギャップ論は存在したが、こうしたトップダウンの負担分担論が何
の結論にもつながらなかったことはこれまでの交渉経緯からも明らかである。
23
要するにパリ協定では非現実的なトップダウンの温度目標と、現実的なボトムアップの
プレッジ&レビュープロセスが併存した枠組みなのである。両者の間には埋めがたい
ギャップが存在し続け、各国の約束レベルの引き上げでそのギャップを埋められると考え
るのは幻想であろう。それではどうすればよいのか。答えはイノベーションしか有り得な
い。上述のようにパリ協定の中でイノベーションの重要性が明記されたことは大きな成果
だ。他方、イノベーションは国連交渉の場からは決して生まれてこないことも肝に銘ずる
べきだ。イノベーション力を有する国の官民の努力及び有志国による国際連携によって初
めて可能となる。ゆめゆめ職業交渉官による官僚的な「国連イノベーションメカニズム」
の創設等にリソースを費やすべきではない。
国連プロセスが非現実的な温度目標を設定したことは、逆説的ではあるが国連プロセス
では温暖化問題は解決できないということを明らかにする結果に終わるであろう。
(5)米国の動向を注視すべき
既述のとおり、COP21 では米国の積極姿勢が目立ったが、それがそのまま米国の参加リ
スクにつながっていることも忘れてはならない。COP21 中のサイドイベントで米国商工会
議所 21 世紀エネルギー研究所のスティーブン・ユール副所長より「米国の約束草案策定に
当たって産業界は全く相談を受けていない。2005 年比 26-28%という米国の目標のうち 4
割については根拠不明なものだ」とコメントしていた。もともとオバマ大統領の温暖化対
策に批判的であった議会共和党はパリ協定にも極めて批判的であり、マッコネル共和党上
院院内総務は「いかなる気候変動国際協定も議会の承認なしには通さない」と述べている。
もとよりオバマ政権はこうした議会の姿勢を十分承知の上で議会の承認を要さないぎりぎ
りのラインで合意をまとめているので、2016 年中の早い段階で行政協定としてパリ協定を
承認することになるだろう。問題はオバマ政権がレガシーを賭けて種々の妥協の末に取り
付けた合意が、国内で支持されるのかどうかだ。オバマ政権の温暖化対策の目玉とも言う
べきクリーンパワープランについても多くの訴訟が提起されている。更に来年に誕生する
米国新政権がパリ協定及びパリ協定に向けて米国が提出した目標をきちんと実施するのか
も見極めねばならない。
24
5.日本の対応
最後に日本の取るべき対応について何点か述べたい。
(1)建設的なプレッジ&レビュー実現に貢献を
パリ協定の中核となるプレッジ&レビューは日本が経団連自主行動計画や低炭素社会実
行計画を通じて経験を蓄積してきたプロセスである。パリ協定に基づくプレッジ&レ
ビューはこれから詳細を詰めることとなるが、それを生かすも殺すも協定第 13 条第 11 項
に規定される促進的な多国間の検討が協力的、建設的な雰囲気の下で行われるか否かにか
かっている。お互いのアラ探しや非難の応酬になってしまったのでは「仏作って魂入れず」
になる。筆者が経験した OECD や IEA のピアレビュープロセスは被審査国の政策に対する
照会やコメントはあっても決して指弾的なものではなかった。日本が経験してきた PDCA
サイクルも同様である。日本は今後のガイドライン策定やプレッジ&レビューの実施の際
に協力的、促進的なプロセスの実現に向けて最大限の貢献をするべきである。
(2)技術開発でイニシアティブを
パリ協定にはトップダウンの目標とボトムアップのプロセスの不整合が内包されており、
そのギャップを埋めるのは国連プロセスではなくイノベーションしかないという点は既に
述べたとおりである。そしてこれこそ日本が世界に貢献すべき分野である。今回、安倍総
理は COP21 冒頭にエネルギー・環境イノベーション戦略の策定を表明した。米仏を中心
に、5 年間でクリーンエネルギーの R&D 予算倍増を目指す有志国政府と、同分野への投資
を拡大する民間投資家有志による「ミッション・イノベーション」も立ち上がる等、温暖
化問題解決におけるイノベーションの重要性がクローズアップされたことは今回の COP21
の特色でもあった。日本が議長を務める今年の G7 伊勢志摩サミットは COP21 後、最初の
サミットでもある。非効率的な国連プロセスにとらわれず、革新的技術開発の促進に向け
た国内政策環境の整備、国際連携の在り方について議論をリードしてほしい。このテーマ
は 1 回のサミットのコミュニケで終わる話ではない。サミットで打ち出される方向性を、
日本が毎年主催する ICEF で発展させ、フォローアップしていくべきだろう。
また国内のイノベーション環境整備にも取り組むべきだ。日本が強みとする技術を更に
伸ばすことも重要だが、温暖化防止のためには特定技術を pick and choose して支援するだ
けではなく、現在、想定されていないようなイノベーションを可能にするような技術非特
定的な支援措置も必要になるのではないか。何よりもリスクの高い長期のイノベーション
を可能にするのは良好なマクロ経済環境、企業経営環境である。景気が後退し、企業収益
が厳しくなれば企業の R&D 投資は必然的に既存技術の改良といったタイムスパンの短い
25
ものに集中する。短期的な温室効果ガスの削減にこだわるあまり、管理経済的、成長制約
的な施策を導入することは、結局、長期の温暖化防止に必要なイノベーションを阻害する
ということを忘れてはならない。
パリ協定第 4 条第 19 条には長期低排出発展戦略の策定に努めると規定されている。日本
は第 4 次環境基本計画の中で 2050 年までに温室効果ガスの 80%削減を目指すという目標
を盛り込んでいるが、2℃~1.5℃を根拠にこの数値をもっと引き上げるべきだという議論が
必ず出てくるだろう。しかし、それでは達成の見込みも無く 1.5℃目標を書き加えたのと同
じである。日本が策定すべき長期戦略の中核は空虚な理念先行型の目標数値ではなく、革
新的技術開発戦略であるべきだ。
(3)約束草案の実現に向け、原発の再稼働に取り組め
今回、1.5℃目標が追記されたことを踏まえ、早速、
「日本も中期目標を見直すべき」とい
う議論が環境関係者から提起されている。彼らの議論に共通するのは「野心的な目標を掲
げれば現実はそれについてくる」という素朴なまでの思い込みである。しかしこれは 2℃目
標ですら実現が危ぶまれているのに 1.5℃目標を追加するマインドセットと全く同じであ
る。
筆者は 2013 年比で 2030 年 26%削減という目標が、省エネ、原子力、再生可能エネルギー
いずれの面でも非常にハードルの高い目標であることを様々な場で指摘してきた。新たな
目標を検討する前に、まずやらねばならないことは、現在の目標を着実に実現することで
ある。そしてそのカギとなるのは安全性の確認された原発を着実に再稼働し、可能な場合、
運転期間を延長することだ。エネルギー自給率を震災前の水準に戻し、電力コストを現在
のレベルよりも引き下げるという要請を満たすためには、再生可能エネルギーの拡大に伴
う負担増を、原発再稼働等による化石燃料輸入コストの節約分で吸収していくしかない。
電力自由化に伴い石炭火力発電所新設計画が増大していることが問題視されているが、こ
の問題の根源は安価なベースロード電源である原発再稼働の見通しの不透明性にある。換
言すれば、石炭火力の増大を最小限にとどめるために最も有効な方法は原発の着実な再稼
働である。
世論調査では原発再稼働に否定的な意見が多く、再稼働実現には並々ならぬ政治キャピ
タルを要する。しかし日本が真剣に 26%目標を達成するつもりなのであれば、これを避け
ては通れない。パリ協定が合意され、各国が約束草案の実現に乗り出す以上、政府は「原
発再稼働が日本の目標達成のために不可欠である」という疑いのない事実を辛抱強く地元
住民に説明し、理解を得る努力をしなければならないだろう。更には電力自由化の下で既
存原発のリプレースを可能にするような政策環境の整備についても検討を早急に開始すべ
きだ。
我が国の環境関係者の中には野心的な目標を主張しつつ、原発の再稼働にも反対、石炭
26
火力にも反対という論者が余りにも多い。彼らの提示する処方箋は判で押したように再生
可能エネルギーの更なる拡大であるが、それに伴う電力コスト増やマクロ経済への影響を
どうするつもりなのか、説得力ある説明は皆無である。彼らの処方箋に従えば間違いなく
電力コストは大幅に上昇し、マクロ経済環境、企業収益の悪化を招き、長期的なイノベー
ション環境が損なわれる。何よりそのような政策は政治的・経済的に持続可能ではない。
より野心的な目標を主張するのであれば、何よりもまず、足元の目標を達成する環境を整
えるべきであり、そのためには好むと好まざるとにかかわらず原発の再稼働が必要である
という「不都合な真実」に向き合うべきだ。
27
6.結
語
以上、私見を交えつつ、パリ合意の概要、評価について紹介した。協定について不満が
あるのは事実だが、それでは「より良い合意が可能だったのか」と聞かれれば、
「パリ合意
は現時点で可能な最良の合意」と言わざるを得ない。利害の異なる 190 カ国超の先進国、
途上国が参加する国際交渉で合意を得るためには、妥協はやむを得ない。京都議定書から
パリ協定への移行に伴い、途上国に多くの妥協をしなければならなかったのは事実だ。し
かし、それでも全ての国が緩和努力に参加する枠組みができたことの歴史的意義はいくら
強調しても足りないくらいである。交渉初日から辺鄙なブージェ空港近くの会議場で深夜
に及ぶ交渉に従事してきた現役交渉官の皆さんに対し、心から「よく頑張った。ご苦労様」
と言いたい。
同時にパリ協定は新たな国際枠組みの始まりでしかない。その実施細則は今後の交渉に
ゆだねられており、パリ協定が真に実効的な枠組みになるかどうかはそこにかかっている。
筆者は負け戦であった京都議定書の実施細則の交渉に参加したため、
「負けを大負けにしな
いための交渉」に奔走しなければならなかった。パリ協定はそれに比べればはるかにバラン
スのとれた枠組みになるポテンシャルを秘めている。それを可能にするのは今後の実施細
則交渉である。現役交渉官の皆さんは次なる戦いに向けて刃を研いでほしい。
またパリ協定の根幹は NDC の達成に向けた努力であり、今後、国内対策の在り方が活発
な議論の対象となろう。くれぐれも「1.5℃目標に対応した野心レベルの引き上げ」といっ
た空虚な精神論に時間を費やすのではなく、大幅な排出削減を可能とするような技術開発
環境の整備に努力を傾注してほしい。
29
参考資料
パリ協定採択に関するCOP決定及びパリ協定全文 出所:UNFCCC(気候変動に関する国際連合枠組条約)ホームページ http://unfccc.int/resource/docs/2015/cop21/eng/l09r01.pdf 31
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COP21 パリ協定とその評価
21 世紀政策研究所
研究プロジェクト
(研究主幹:有馬
純)
2016 年 1 月
21 世紀政策研究所
〒100-0004
東京都千代田区大手町 1-3-2
経団連会館 19 階
TEL:03-6741-0901
FAX:03-6741-0902
ホームページ:http://www.21ppi.org/
21 世紀政策研究所報告書一覧(2012-2015.9)
≪総合戦略・政治・社会≫
2014. 9
日本政治の抱える課題と提言(概要パンフレット)
. 6
本格政権が機能するための政治のあり方
研究主幹:小林良彰
. 6
実効性のある少子化対策のあり方
研究主幹:小峰隆夫
2013. 6
日本政治における民主主義とリーダーシップのあり方
研究主幹:北川正恭
. 3
格差問題を超えて―格差感・教育・生活保護を考える
研究主幹:鶴光太郎
政権交代時代の政府と政党のガバナンス
―短命政権と決められない政治を打破するために
研究主幹:曽根泰教
2012. 7
. 4
グローバル JAPAN―2050 年シミュレーションと総合戦略―
主査:丹呉泰健、研究主幹:鶴光太郎、土居丈朗、白石隆
≪税財政・金融・社会保障≫
2015. 7
超高齢・人口減少社会のインフラをデザインする
研究主幹:辻 琢也
. 5
グローバル時代における新たな国際租税制度のあり方
~BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトの討議文書の検討~
研究主幹:青山慶二
2014. 5
グローバル時代における新たな国際租税制度のあり方
~国内法への帰属主義導入と BEPS(税源浸食と利益移転)問題を中心に~
研究主幹:青山慶二
2013. 7
金融依存の経済はどこへ向かうのか 米欧金融危機の教訓
(日経プレミアシリーズ)
監修:池尾和人
. 5
グローバル時代における新たな国際租税制度のあり方
. 4
金融と世界経済―リーマンショック、ソブリンリスクを踏まえて
研究主幹:池尾和人
. 3
持続可能な医療・介護システムの再構築
2012. 4
. 3
研究主幹:青山慶二
研究主幹:川渕孝一
グローバル時代における新たな国際租税制度のあり方(中間報告)
研究主幹:青山慶二
社会保障の新たな制度設計に向けて
研究主幹:岩本康志
≪行革・規制改革・経済法制≫
2014. 9
ビッグデータが私たちの医療・健康を変える
研究主幹:森川博之
2013. 4
グローバル化を踏まえた我が国競争法の課題
研究主幹:村上政博
2012. 1
多重代表訴訟についての研究報告―米・仏の実地調査を踏まえて―
研究主幹:葉玉匡美
≪産業・技術≫
2015. 6
日本型オープンイノベーションの研究
研究主幹:元橋一之
森林大国日本の活路
研究主幹:安藤直人
2013. 5
サイバー攻撃の実態と防衛
研究主幹:土屋大洋
2012. 6
外部連携の強化に向けて─中堅企業に見る日本経済の新たな可能性
研究主幹:元橋一之
. 3
. 6
農業再生のグランドデザイン─2020 年の土地利用型農業
研究主幹:本間正義
≪環境・エネルギー≫
研究主幹:澤 昭裕
2015. 4
続・原子力安全規制の最適化に向けて―原子力安全への信頼回復の道とは―
2014.11
核燃料サイクル政策改革に向けて
. 8
2013.11
.11
2012. 3
原子力安全規制の最適化に向けて―炉規制法改正を視野に―
新たな原子力損害賠償制度の構築に向けて
原子力事業環境・体制整備に向けて
エネルギー政策見直しに不可欠な視点~事実に基づいた冷静な議論に向けて~
≪外交・海外≫
2015. 9
アメリカ政治の現状と課題
2013. 7
ステート・キャピタリズムとしての中国―市場か政府か(勁草書房)
監修:渡辺利夫、幹事:大橋英夫
. 4
日本経済の成長に向けて―TPP への参加と構造改革
. 4
中国の競争力:神話、現実と日米両国への教訓
2012.12
日本経済の復活と成長へのロードマップ
―21 世紀日本の通商戦略―(文眞堂)
研究主幹:久保文明
研究主幹:浦田秀次郎
幹事:阿達雅志
監修:浦田秀次郎
. 7
日本の通商戦略の課題と将来展望
. 7
変貌する中国経済と日系企業の役割(勁草書房)
監修:渡辺利夫、幹事:大橋英夫
研究主幹:浦田秀次郎