Economic Indicators 定例経済指標レポート

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経済関連レポート
公的年金上昇率が賃金上昇率を上回る?
発表日:2015年4月17日(金)
~ 年 金 支 給 額 が 0.9% 増 え る 効 果 は 消 費 に プ ラ ス に な る か ~
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生(℡:03-5221-5223)
2015 年度は、公的年金支給額が増えそうだ。特例水準の解消やマクロ経済スライドの押し下げが強調
されるが、基本的に物価スライドの仕組みによって、年金支給額は前年比 0.9%増となる。勤労者の賃
上げ率を前年比 0.6~0.8%だと予想すると、年金支給額の上昇率の方が高いということになる。
物価スライドの適用は所得拡大の裾野を広げる
今年の個人消費を増加させる要因は、賃上げだけではない。公的年金支給額が増加するインパクトを
過小評価してはいけない。2015 年 6 月から支給される公的年金支給額は、物価スライド制によって、
前年比 0.9%※の増加が予定されている。そうなると、公的年金の1人当たり受取額が前年比プラスに
なるのは 1999 年度以来 16 年振りのことである。
※厚生年金の報酬比例部分に関しては、必ずしも 0.9%にならない場合もある。
公的年金支給の対象者数は、2014 年 3 月末で 3,950 万人(重複のない受給権者数)。この人数は、
給与所得者数 5,535 万人(2013 年 12 月末)の 7 割にも及ぶ。給与所得者のうち、賃上げの恩恵が大
きい正規雇用者は 3,278 万人(総務省「労働力調査」(2014 年末))であり、非正規雇用者は 1,962
万人(同)である。年金の受給権者数 3,950 万人は、正規雇用者数 3,278 万人を上回っている。
また、賃上げについては、企業規模によってばらつきが大きく、かつ企業単位でも業績の差がある。
それに対して、公的年金はほぼ均一に上昇する点で、所得増加の効果がより明確である。
注目したいのは、年金の物価スライドがマクロ経済スライドの発動があったとはいえ、予想されるベ
ースアップの上昇率(0.6~0.8%)を若干ながら上回りそうな点である。直感的には、公的年金の実質
的な支給額をマクロ経済スライドで調整しようとしているのに、勤労者の賃金上昇率を上回ってしまう
ことは少々理解しにくい。
そこで、まず、年金支給額の上昇率の決まり方について、ルールを述べておこう。前提は、2014 年
の物価上昇率が 2.3%になり、物価スライド制によって 1 人当たりの年金支給額が増加することである。
2015 年度は、そこから特例水準の解消分▲0.5%と、マクロ経済スライドの▲0.9%が差し引かれて、
前年比 0.9%という計算になる。
物価と賃金については、2014 年の現金給与総額の上昇率が前年比 0.4%(5 人以上の事業所)なので、
物価上昇率(2.3%)>賃金上昇率(0.4%)という関係が成り立つ。ただし、物価上昇率の中には、消
費税増税要因が 1.5%ポイント(年度 2.0%の 3 四半期分)含まれているので、それを差し引いた実質
的な物価上昇率は 0.8%である。つまり、本来の年金の物価スライド制では、消費税増税による物価の
押し上げがなかったならば、特例水準解消とマクロ経済スライドによって、公的年金支給額は 0%の伸
びだったことになる。これは、間接的に年金生活者に対する消費税のダメージの緩和が行われていると
いうことである。消費税増税の負担増は、1 年遅れて公的年金の受給者に補填されるという理屈である。
それに対して、勤労者は、消費税増税による生活コスト増を、賃金上昇によってカバーせざるを得な
い。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調
査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更され
ることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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特例水準の解消でも消費は増えるのか
公的年金の支給条件に関しては、たとえ前年比 0.9%増となっても、その上昇幅は(1)特例水準の
解消、(2)マクロ経済スライド、によって抑制されているのだから、前向きに消費増加要因とみては
いけないという意見も根強くありそうだ。特に、特例水準の解消は、2013 年 10 月からの累計で▲
2.5%ポイント※※にもなる。だから、前年比 0.9%は「見かけ上のプラスだから家計は消費を増やさな
い」と消極的に理解してしまう。
※※特例水準の解消は、過去、2000 年以降に消費者物価がマイナスになったときのスライドを実施しなかったことで、
いわゆる「もらいすぎ」が発生したことを是正する措置とされている。2013 年 10 月に▲1.0%、2014 年 4 月に▲
1.0%、2015 年4月に▲0.5%ほど支給額を削減する計画になっていた。
しかし、フローの変化として前年よりも増えるのだから、2015 年度についてはプラス効果を及ぼす
はずだ。景気に対する解釈には、水準を重視する議論と、変化幅が重視する議論がある。特例水準の解
消は、以前、100 だった水準から、98 に切り下がったということだ。その後、物価スライドの作用は、
そこから 98 を 98.9 にしたという話だ。水準で評価してしまうと、2014 年の 98 から 2015 年は 98.9
に増えても、まだ 100 にならないから、2015 年の消費は増えないという議論をしているのと同じにな
ってしまう。
筆者はそうではなく、前年の 98 から 98.9 に増えると、それなりに消費が増加すると考える。忘れて
ならないのは、物価スライドで、ベースラインが 2.3%も増えるという事実である。一方、勤労者の場
合は、物価上昇率にスライドして賃金が上昇するような保証はどこにもない。物価スライドによって、
インフレによる損失が保全されるメリットをもっと強く意識してもよいだろう。
もうひとつ、年金支給総額が増える効果も見逃せない。2013 年度の年金支給総額は 52.8 兆円と大き
いが、そこでは前年比▲0.7%の減少になった。
2013 年度までは、年金受給者数の増加もあって支
給総額が減ることはなかった(図表1)。ところが、
さすがに 2013 年 10 月に 1 人当たり▲1.0%の削減
が行われると、総額でも減少してしまっている。
2014 年度も、特例水準の解消などによって▲0.7%
の削減が行われるので、支給総額が減少する可能性
は小さくない。そうなると、2015 年度は 2 年連続
での支給総額が減少した後、一転して増加するとい
う格好になりそうだ。その点においても、2015 年
の所得環境は前向きに評価できる。
実質賃金はプラスに
消費者の購買力を測るときに、実質所得を基準に
考えることが多い。賃金など所得の伸び率を消費者
物価と比較して、どれだけ物価上昇率を上回る所得
増になっているのかという尺度である。
言うまでもなく、消費税率が引き上げられた
2014 年度は、勤労者も自営業者も年金生活者の軒
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調
査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更され
ることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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並み実質所得が減少した。一方、2015 年度はどうだろうか。2015 年度前半は、エネルギー価格の下押
しによって、消費者物価がマイナスに転じるだろう。すると、賃金上昇によって実質賃金はプラスにな
るだろう(図表2)。そのときには、年金生活者の実質所得は、物価下落によって同様に、実質所得が
プラスに転じることになるだろう。
おそらく、この作用は裾野の広い消費拡大を喚起し、中小企業の売上増加にも寄与すると考えられる。
中小企業には、小売・卸、サービスなど消費周りの産業が多く、2014 年度については消費税増税の影響
が色濃く表れて、賃上げには慎重だったことは想像に難くない。だから、消費拡大が進んでいく 2015
年度こそ、中小企業の方に恩恵が広がって、賃上げの連鎖反応も強まると考えられる。
今後のマクロ経済スライド
注意したいのは、2015 年度に年金受給者の受取額が物価スライドで増えたとしても、2016 年度以降
は増えにくくなる見通しになることだ。基本的に物価上昇率が 1%以上にならなければ、マクロ経済ス
ライドによって年金支給額はプラスになって行きにくいからだ。
今後の議論になりそうなのは、マクロ経済スライドの扱いである。これまでは物価上昇率がゼロ%な
いしマイナスであれば、年金支給額の伸び率はゼロ%だった。つまり、特例水準の解消のようなマイナ
スの伸びは適用されてこなかったのだ。
しかし、今、年金収支の赤字傾向を解消するために、物価上昇率がゼロ%ないしマイナスであったと
き、そこで反映できなかったマクロ経済スライド分を持ち越すことにしてはどうかという見直し案が、
次第に現実味を帯びている。単年度で消えていたマクロ経済スライドの押し下げを、キャリーオーバー
させて、後年度でも累積的に効かせようという発想である。
本当は、デフレ下でも、マクロ経済スライド分を反映して、年金収支の改善を図った方がよいと考え
ている有識者が多数いる。ただし、そうしたアイデアは、政治的には急進的すぎるとみられて、実行が
見送られる観測である。
いずれにせよ、現状のマクロ経済スライドの制度が見直されれば、将来は既存の年金受給者の受取額
が増えにくくなる仕組みになることは間違いなさそうだ。そこで考えなくてはならないのは、高齢者の
所得環境を改善するために、高齢者雇用を拡大させて、60 歳以上の所得形成力を高める方策である。
現状では、年金控除が給与所得控除よりも優遇されていて、それがシニア層の労働供給の抑制要因とな
っている可能性がある。ほかにも、シニア層が勤労所得を増そうとすることを制約する仕組みがなるよ
うに思える。そうした仕組みを吟味して、高齢者雇用に中立的な制度設計を再検討してみる必要があり
そうだ。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調
査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更され
ることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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