EY Institute eSIM–IoT拡大を加速する「SIM仮想化」の第一歩 EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部 上席主任研究員 廣瀨明倫 • Akimichi Hirose 総務省情報通信政策局、在シドニー日本国総領事館、情報通信研究機構などでの勤務を経て、2013年にEY総合研究所(株)入社。総務省 においては情報通信審議会、研究会などにて企画戦略立案を実施した経験を有する。国内外の情報通信の業界動向・政策動向・技術動向 調査、情報通信に関連する事業戦略立案・法令対応等を専門とする。 Ⅰ はじめに しかし、全ての端末でSIMロックが掛かっているわ けではありません。そこでSIMの扱いに詳しいユー 情報通信分野の話題として、最近メディアで取り上 ザーはその点を利用して、格安の通信料でサービスを げられることの多い「格安スマホ」。これまで、通信 提供するMVNO ※3のSIM(以下、格安SIM)を、SIM 料の高さからスマートフォンの購入をためらっていた ロックが掛かっていない端末(以下、SIMフリー端末) 消費者層が興味を示し、市場が拡大する傾向にあるこ に入れて、低廉な料金で通信サービスを利用していま とから、続々とさまざまな事業者がこの分野に参入し した。 ています。皆さまも購入を検討されたことがあるかも しれません。 格安な通信サービスを利用することは可能でした。し 本稿では、格安スマホが生まれた背景にある「SIM※1」 と、それが進化した「eSIM このように、原理的にはSIMフリー端末を利用し、 ※2 」の仕組み、そして かし、SIMフリー端末を探して格安SIMを購入して SIMのICチップを直接自分の手で端末に格納し、各 eSIMに関するEYでの調査の概要などについて、解説 種の設定を行うことは、初心者にはハードルが高く、 します。 サービスの利用はなかなか拡大しませんでした。 そこで格安スマホでは、さまざまな事業者が、最初か ら携帯端末(多くの場合SIMフリーのスマートフォン) Ⅱ SIMと通信事業者 と格安SIMをセットで調達して組み合わせた上で、通 信サービス付きの完成品として市場に提供しました。 スマートフォンを含む携帯の端末には、SIMと呼ば これまでのような面倒な手間が不要であることから、 れるユーザーを特定する小型のICカードが内蔵されて 多くの消費者層に受け入れられ、市場が拡大している います。日本では多くの場合、携帯端末が特定の通信 というのは前述の通りです。 事業者が提供するSIMしか利用できない仕様になって なお、総務省では2014年12月に「SIMロック解除 おり、その端末で利用可能な通信事業者が固定されて に関するガイドライン」を改正し、15年5月から新 います。これは「SIMロック」という名称で呼ばれて たに販売される端末について、SIMロックを禁止する います。 こととしました。そのため、同時点以降から販売され ※1 Subscriber Identity Moduleの略 ※2 Embedded SIMの略。GSMA(Global System for Mobile Communications Association。通信事業者の業界団体) ではハードウエアの名称としてはeUICC(Embedded Universal Integrated Circuit Card)という用語を使用 ※3 Mobile Virtual Network Operatorの略。自社で通信網を所有せず、他社から借り受けて通信事業を営む事業者のこと 10 情報センサー Vol.103 April 2015 る全ての新規端末はSIMフリーになる予定です。これ また、例えば自動車などに通信機能を持たせること※4 まで以上に、端末と通信事業者の組み合わせ方法の自 を考えると、車体の奥深くに置かれた通信用ユニット 由度が増し、ユーザーの利便性の向上が期待されてい に対して、輸出した先の国でその国用のSIMを格納す ます。ただし、通信方式が異なる場合があるので、全 ることは、容易ではありません。逆に、輸出前にその てのSIMフリー端末で全ての通信事業者のSIMが利用 ユニットに輸出先各国の通信事業者が提供するSIMを 可能なわけではないことには注意が必要です。 内蔵するとなると、今度は国内での製造管理工程が煩 雑になります。 このようなSIMの物理的な入れ替えに伴う困難を避 Ⅲ eSIMについて けるため、「eSIM: Embedded(埋め込み型)SIM」 と呼ばれる規格が提唱されています。この技術仕様は、 SIMフリー端末が増えたとしても、格安スマホを GSMAによって13年12月に合意されており、ソフト ウエア的に情報を書き換えられるSIMとして設計され ています。このeSIMを活用すると、SIMを物理的に 購入する場合を除けば、通信事業者を変更する際に、 SIMを入れ替えなければいけないことには変わりはあ りません。SIMはICなので、取り扱う際には静電気に 入れ替える事なく、利用する通信事業者を変更するこ 気を付ける必要があるなど、やはり取り扱いには一定 とが可能になります(<図1>参照)。 のハードルが残ります。 ▶図1 通信事業者 (A) の情報 SIMロックされた端末 Aのネットワーク の情報 通信事業者 (B) SIMカード の情報 (A) SIMフリー端末 Aのネットワーク 差し替え可 の情報 (B) Bのネットワーク SIMフリー端末+ eSIM の情報 (A) Aのネットワーク の情報 (B) eSIM ソフトで切り替え (差し替え不要) Bのネットワーク 出典:EY総合研究所(株)作成 ※4 近年は「Connected Car」と呼ばれ、こちらの市場も拡大していくことが期待されている。 情報センサー Vol.103 April 2015 11 EY Institute ▶図2 書き換え不可能 通常のSIM SIM 書き換え可能 ハードウエア有り 標準仕様※ eSIM(eUICC) 各社独自仕様 独自の書き換え可能SIM ハードウエア無し Viurtual SIM(Soft SIM) ※GSMAによる合意であり、正確にはプレ標準の位置付け (株) 作成 出典:Ofcom「Reprogrammable SIMs」およびGSMA「GSMA Embedded SIM Specification」よりEY総合研究所 Ⅳ 通信事業者の受け止め方 通信事業者はこのeSIMに対して、どのような反応 での問題、および技術進歩により、運用面で急 な変更が必要になることなどを懸念 をしているのでしょうか。eSIMは他の通信事業者へ 調査結果からは、スマートフォン以外の多様な機 の乗り換えを促進してしまう場合もあり、事業戦略上 器・端末がネットワークにつながる、いわゆるIoT はマイナスに働く可能性も否定できません。 (Internet of Things)のビジネス分野について、新 そのため、EYではこのeSIMに関して、昨年の後 たな市場・収益を開拓するものとして、積極的に受け 半にかけて全世界の11の通信事業者に対するインタ 入れていくという通信事業者の方向性が明らかになり ビュー調査を行いました。その結果の概要は、次の通 ました。 りです。 • インタビューに応じた全ての通信事業者が、販 売奨励金を活用した端末販売・収益化のモデル が確立している事もあり、スマートフォンにつ いてeSIMを導入する事については否定的 • タブレット端末については、導入可と不可とが 混在、または判断保留 Mobile Network Operator o n - d e m a n d s u bsc r i p t i o n management • レポート詳細については、ey.com よりご参照ください。 • 携帯ゲーム機、カメラ・ビデオなどのメーカー によるeSIMの採用が進むと考えており、彼ら との協業に前向き • その他の機器については、まだ取り組み初期の 段階であるが、今後はさまざまなモノがネット につながってくるため、収益が期待できる分野 として見ている • ブラジル、中国、インドなど、恒久的な海外ロー ミングを禁止している地域においては、法令遵 守のための手段として有効 • 顧客との直接の関係の喪失、セキュリティー面 Ⅴ その他の「SIM仮想化」 eSIMはGSMAによって合意された方式ですが、そ の他にも独自の方式により通信事業者の切り替えが 可能なSIMや、ICカードのようなハードウエアを持た ず、完全にソフトウエアで構築されるSIM(「Virtual SIM」や「Soft SIM」と呼ばれます※5)も構想されて います(<図2>参照)。なお、海外では、前者によ るものと考えられる方式が、あるメーカーのタブレッ ※5 GSMAによる。なお「SoftSIM」をeSIMの名称に使う場合もあるので注意を要する。 12 情報センサー Vol.103 April 2015 ト端末によって採用され、ICT業界では大きな話題と るのと同様に、eSIMを含めたSIMの仮想化は、IoT関 なりました。 連のビジネスを拡大する強力なドライバーとして作用 クラウドサービスはサーバーの物理的リソースを することが期待できると思います。 「仮想化」して、ハードウエアに制限されず、ソフト ウエア的に柔軟に利用することを可能としました。 eSIMやVirtual SIMといった方式は、本質的にはクラ ウドサービスの基になった仮想化の概念を、SIMにも 応用したものと言えます。サーバーの仮想化がクラ ウドビジネスを興隆させ、ネットワークの仮想化が お問い合わせ先 EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部 E-mail:[email protected] SDN ※6やNFV ※7といった新ビジネス領域を導いてい Information •「EY総研インサイト Vol.3」発刊のご案内 Publication EY総合研究所(株)の研究成果を定期的にお届けする機関誌「EY総研インサイト」Vol.3を発刊。各研究部か らのレポートに加え、特集では、日本再興戦略においても成長戦略の柱に据えられたコーポレートガバナンス改 革について、その内容と目指すべき姿について概観した上で、企業としての対応について考察しています。 <特集1> 成長戦略としてのコーポレートガバナンス 1章 【総 論】企業と資本市場の良好な関係の構築に向けて 2章 【各論1】2014年株主総会の議決権行使結果 ∼TOPIX100採用企業の分析を中心に∼ 【各論2】機関投資家の動向①∼議決権行使の状況 【各論3】機関投資家の動向②∼スチュワードシップ・コードへの対応 【各論4】ISSが2015年版議決権行使助言方針(ポリシー)を発表 【各論5】資本市場の環境変化:高まる被買収リスク <レポート> • 決済手段の多様化を促進する仮想通貨の普及 • 人口減少時代における地方創生のヒント −若者の地域離れを食い止めるために •「スチュワードシップ・コード時代」の情報開示は分かりやすく効果的に <特集2> EY総研フォーラム 第1回「課題解決先進国『新生日本』への道」開催報告 URL:eyi.eyjapan.jp/knowledge/insight/ ※6 Software Defined Networkの略。ソフトウエア的に柔軟に経路や帯域を制御できる方式のネットワークのこと ※7 Network Functions Virtualizationの略。ファイアウォールやルータなどの、通信に必要な機能をソフトウエアで実現 する方式のこと 情報センサー Vol.103 April 2015 13
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