IFRS実務講座 新たな収益認識基準の概要 第3 回 ステップ3:取引価格の決定 IFRSデスク 公認会計士 岡部健介 • Kensuke Okabe 当法人入所後、公開業務部にて株式公開準備会社に対するIPO支援業務、J-SOX導入支援等に携わる。2011年よりIFRSデスクにて、 IFRS導入支援、IFRS関連の研修講師や執筆活動などに携わっている。主な著書(共著)に『IFRS国際会計の実務 International GAAP 2013』(レクシスネクシス・ジャパン)、『IFRS 国際会計基準 表示・開示の実務』(清文社)がある。 Ⅰ はじめに 1. 変動対価の種類 企業は顧客から受け取る権利を得ることになる対価 収益認識新基準に関する本実務講座の第3回は、 「ス について見積もる必要がありますが、対価はさまざま テップ3:取引価格の算定」についてです。なお、本 な要因で変動する可能性があります。例えば、対価の 稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお 金額は、<表1>のような要因で変動する場合があり、 断りします。 変動対価の定義は広範にわたります。また、対価の変 動性については、必ずしも契約に明記されているとは 限りません。例えば、商慣行や公表している方針など Ⅱ ステップ3:取引価格の決定 により、企業が契約に明記された金額よりも低い対価 を受け入れるだろうという妥当な期待を顧客が抱いて 新たな収益認識モデルのステップ3では、収益とし いる場合や、その他の事実及び状況により、企業が顧 て認識される金額の基礎となる取引価格を決定します。 客との契約締結時点で価格を譲歩する意図を有してい 取引価格は、顧客への財又はサービスの移転と交換に、 ることが示唆される場合などにも、変動対価は存在し 企業が権利を得ると見込む対価の金額で、第三者のた ます。 めに回収する金額(例えば売上税など)は除かれます。 取引価格の決定に当たっては、契約条件や実務慣行も 加味しなければなりません。取引価格の見積りには約 定対価の内容、時期及び金額が影響を及ぼし、取引価 格を算定する際には、次の全ての影響を加味する必要 があります。 • 変動対価(及び変動対価の見積りに係る制限) • 重要な財務要素 • 現金以外の対価 • 顧客に支払われる対価 本稿では、この中でも特に多くの企業に影響を及ぼ すであろう変動対価について、解説します。 14 情報センサー Vol.103 April 2015 ▶表1 変動対価の例 ボーナス インセンティブ ペナルティー 返金 市場に基づく手数料 値引き 返品 返金保証 価格譲歩 数量リベート サービス品質保証契約 損害賠償金 2. 変動対価の測定方法 企業は、次のいずれかより適切な方法を用いて、変 動対価の金額を見積もらなければなりません。 • 期待値法…一連の起こり得る結果の確率加重平 均金額 次に、発生確率を変えた以下のシナリオを想定し ます。 • 最頻値法…一連の起こり得る結果の中で、最も 発生可能性が高い金額 一般に、期待値法は類似の特徴を有する契約が多数 ある場合に適切な方法であり、最頻値法は、例えば企 業が得る金額が、全額かゼロである業績ボーナスなど、 起こり得る結果の数が限定的な場合に適切な方法とな ります。いずれを選択するかは自由に選べるわけでは なく、事実及び状況に基づき、最適な方法を選択する 必要があります。 なお、類似の種類の契約に対しては、同一の方法を 一貫して適用しなければならず、各報告期間の末日に は見積り取引価格を見直す必要があります。 3. 変動対価に係る制限 変動対価は、常に全額を取引価格に含められるわけ ではなく、収益の過大計上を防ぐ目的で一定の制限が 【シナリオ2】 ボーナス金額 発生確率 100百万円 15% 80百万円 30% 60百万円 30% 40百万円 10% ─ 15% この場合も起こり得る結果が複数あるため、期待値法が 用いられる点及び計算方法は<シナリオ1>と同じです。変 動対価の期待値は61百万円となります。しかし、このシナ リオでは、取引価格に含められる変動対価は60百万円に制 限されるものと考えられます。なぜなら、変動対価として 受け取る金額が61百万円を下回らない可能性、つまり100 百万円もしくは80百万円を得られる可能性は45%であり、 61百万円という変動対価が将来戻し入れられない可能性が 非常に高いとは結論づけられないと考えられるためです。 よって、このシナリオでは変動対価に係る制限が適用され、 60百万円が取引価格に含まれます。 かけられています。すなわち、変動対価に関する不確 実性が解消される時点で、収益認識累計額に大幅な戻 なお、収益認識の制限について検討する際には、戻 し入れが生じない可能性が非常に高い範囲でのみ、変 入れの確率と金額の双方を考慮する必要がある点、及 動対価を取引価格に含めることができます。この点に び大幅な戻入れが生じるか否かの判定は履行義務単位 ついて、次の設例で解説します。 ではなく、契約単位で行われる点にも留意が必要です。 また、知的財産のライセンスにより、売上ベース又は 使用ベースで受け取るロイヤルティーについては、変 • 設例 変動対価の見積りと制限 【前提】 ある企業は最大100百万円の業績連動ボーナスを受け取 る。生じ得るボーナスとその確率は次の通りである。 動対価の見積りや変動対価に係る制限といった前記の 規定は適用されず、特例が設けられています。 【シナリオ1】 ボーナス 発生確率 100百万円 10% 80百万円 30% 60百万円 35% 40百万円 10% ─ 15% まず、起こり得る結果が複数あるため期待値法が最も適 切な方法だと判断したとします。その場合、企業はこの金 額を加重平均した59百万円(100百万×10 %+80百万× 30 %+60百万×35 %+40百万×10 %)を取引価格に含 めます。次に、企業は変動対価に係る制限について検討し なければなりませんが、このケースでは60百万円以上の変 動対価を得られる確率は75%ですので、変動対価の見積り 額59百万円が実際に得られる可能性は非常に高いと通常は 考えられます。この場合、変動対価に対する制限は適用さ れず、59百万円を取引価格に含めることになります。 Ⅲ おわりに 変動対価の取扱いは、取引価格の決定プロセスの中 でも会計処理に大きな影響を及ぼす可能性がある論点 です。日本基準、又は国際会計基準(IFRS)の現行規 定を適用している企業の双方にとって、変動対価に関 する会計処理が明確化されたことで、会計処理が大き く変わる可能性があります。例えば、現在、変動対価 の見積りを行わず、それらの金額を受領した時点又は 不確実性が解消した時点で収益計上している企業は、 変動対価の見積りプロセスを構築する必要があります。 さらに、当該変動対価が将来戻し入れられる可能性に ついての検討、及び適切な文書化が求められます。 情報センサー Vol.103 April 2015 15
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