ニューヨーク駐在員事務所 (2015.3.20) New York コラム 第 第2 26 6--7 7号 号 食品に求められる高度なリスク管理 ~米国食品安全強化法への対応~ はじめに 日本からの食品の販路拡大先として米国市場に注目が集まるなか、 「食品安全強化法」の制 定を受け、米国内に流通する食品に適用される安全基準が厳格化されることとなった。複雑 な法体系や「米国基準」の域外適用など、その内容は米国の金融規制に通じるものがある。 2016 年 8 月から本格適用となるが、最終的な細則がまだ公表されておらず、対応を決めかね ている食品メーカーも尐なくないと推測される。本号では、 「食品安全強化法」の現状につい て紹介する。 食品安全強化法とは 米国では、2001 年の同時多発テロを受け、食品安全を含む市民の安全保障の強化を目的と した「バイオテロ法」1 が 2002 年に制定された。また、民間主体の取組みとして、食品衛生 の国際認証規格である HACCP 2 認証の導入が進むなど、官民双方で共通のルールにもとづく 食品リスク管理の高度化が進められてきた。それにもかかわらず、2008 から 2009 年にかけ てピーナッツバターによるサルモネラ菌食中毒により死者 6 名、感染者 474 名を記録するな ど、大規模な食品危害が相次ぎ、食品危害での死 者は毎年約 3,000 名にものぼるといわれている。 これらの状況を受けて食品安全基準の見直し と一層の強化が図られることとなり、2011 年に 制定された法律が「食品安全強化法」である。 FDA(食品医薬品局)は既に同強化法における 実務上の細則案を項目毎に公表しており、最終的 な細則を本年 8 月から順次制定することとして いる。現状、詳細が明らかでない点も多いが、主 ニューヨークのスーパーマーケットの風景 なポイントについて紹介したい。 1 米国の食品供給をテロ攻撃等から守るため、食品に関わる施設の当局への登録や米国に輸入される食品につい て事前届出を義務化 2 原材料の受入から最終製品までの工程ごとに、微生物による汚染、金属の混入などの危害を予測した上で、危 害の防止につながる特に重要な工程を継続的に監視・記録する工程管理の手法 1 食品危害の未然予防に向けた管理 「食品安全強化法」では、その代表的項目である「食品危害の未然予防管理」において、食品危 害を未然に防ぐためのリスク管理とPDCAサイクルの徹底が求められている。同管理の概要は 以下のとおりである。 〇食品危害の未然予防管理 適用対象:食品(※1)の製造、加工、包装、保管、輸入等を行う施設として FDA への登録が 義務付けられている施設(米国外の施設を含む。 ) ※1 別の基準が既に適用されている食品(水産物、ジュース等)等、一部の食品は対象外 最終規則公表予定日:2015 年 8 月 30 日 適用期限 :2016 年 8 月 30 日(※2) ※2 会社全体の売上高が年間 1 百万ドル未満の「零細企業」に限り、2018 年 8 月 30 日まで適用猶予 同管理においては、原材料調達先を含む製造、加工、包装、出荷などの各工程において「危 害をもたらし得る要因を特定」したうえで、人体に重篤な症状を与える危害および予防策を 講じない場合に発現の可能性が高いことが予見される危害については、その詳細を分析のう え合理的な「未然防止計画書」を策定することにより、発現の極小化を図ることとされてい る。加えて、定期的なモニタリング等を経て計画の実効性を検証し、必要があれば改定する こととされている。 危害の特定やモニタリング等の各プロセスは、その結果や判断根拠を文書化して2年間保存 する義務があり、FDAから要請があれば速やかに提出する必要がある。また、計画書の策定・ 検証を実施する責任者は、専門的なトレーニングの受講経験や十分な業務経験を有するなど の要件を充たしていることが求められる。 (参考) 「食品危害の未然予防管理」のプロセス (信金中金ニューヨーク駐在員事務所作成) 2 日本の食品メーカーに与える影響 <米国基準に準じた管理態勢の構築> 米国に食品を輸出する日本の食品製造業者は、2016 年 8 月からの「食品危害の未然予防管 理」の適用に向け、順次対応していく必要がある。 同管理の内容は、 国際認証規格である HACCP 認証に準じたものであることから、HACCP 認証やそれと同等の対応を導入済みであれば、米 国基準への対応の負担はさほど大きくないものと考えられる。一方、独自の手法で食品安全 への取組みを行っている場合は、米国基準による管理手法に合致しているかをプロセス毎に 確認し、全てのプロセスを新たに文書化して保存する必要があることから、負担は相応に大 きなものとなろう。 ただし、会社全体の食品年間売上高 1 百万ドル未満という要件を充たす「零細企業」につ いては、米国全体に与える影響度が小さいことを考慮して、米国基準の完全適用を免除し、 また適用期限を 2018 年 8 月まで 3 年間猶予するとされている。完全適用の免除にあたって は、 「零細企業」の要件を充たすことを毎年 12 月末に文書化するとともに、米国基準と同等 といえる水準の食品安全への取組みを行っていることを 2 年毎に文書化する必要がある。非 常にわかりにくいのだが、これが意味するところは「計画書策定や検証等のプロセスを米国 基準で求める管理と完全に合致させる義務はないが、米国に食品を輸出する限りにおいて、 米国基準の適用除外となるわけではない」ということであろう。中小規模の食品製造業者に とって重要となるであろう「会社全体の年間食品売上高 1 百万ドル未満」の定義については、 日本貿易振興機構(ジェトロ)が細則案への意見募集において、 「米国内での売上高」のみに 限定するよう提言しており、今後定義が明らかになる見通しである。 なお、日本の食品製造業者による見本市への出展が活発化するなか、出展時の試食品が米 国基準の適用除外対象となっていないため、これも適用除外とするようジェトロがあわせて 提言を行っている。 <輸入業者からのモニタリング強化> 米国に食品を輸出する日本の食品製造業者の多くは、日系の食品商社に輸出入の手続きや 販売を委託している。 「食品安全強化法」では「輸入業者による外国供給業者検証プログラム」 を定め、従来は直接の規制対象ではなかった食品商社等の米国輸入業者に対しても輸入食品 の安全性の検証を義務付けており、食品製造業者による取組状況が外部の視点からもモニタ リングされる建付けとなっている。同プログラムの概要は以下のとおりである。 〇輸入業者による外国供給業者検証プログラム 適用対象:米国に食品を輸入する業者 最終規則公表予定日:2015 年 10 月 31 日 適用期限 : 2017 年 4 月 31 日(※3) ※3 食品製造業者が「零細企業」等であり「食品危害の未然予防管理」の適用が猶予されている場合は、 適用完了後 6 か月後まで猶予 同プログラムにおいて、輸入業者は、取引する食品製造業者について、輸入食品が重大な 食品危害をもたらすリスクや、米国基準に準じた食品安全への取組実績や管理態勢を評価の うえ、その結果を文書化する必要がある。評価の結果、重大な食品危害をもたらし得るにも 3 かかわらず、食品製造業者が米国基準に準じた管理を適用していない場合には、輸入業者自 らがそのリスクの程度や食品毎に定められた基準に則して「実地監査」、「サンプルテスト」、 「製造業者による記録文書の確認」などの方法で管理態勢を検証する必要がある。直接の規 制対象は輸入業者であるが、食品製造業者が輸入業者の検証に耐え得る態勢構築・情報提供 を実施する必要があるため、実質的には食品製造業者も遵守すべき内容となっている。 同プログラムが適用されると、輸入業者が取引する食品製造業者や商品を厳格化すること も想定される。ある輸入業者によると、既に米国基準に準じて対応している輸入業者であれ ば、取引スタンスに大きな変化はないだろうが、商品のチェック等で寛容な対応をしてきた 輸入業者では影響が出る可能性があるとのことである。また、FDA が課徴金を課しやすい大 企業を「見せしめ」的に検査対象とする可能性もあるため、輸入業者自身も慎重な対応が必 要であるようだ。 <FDAの権限強化> 「食品安全強化法」では、FDA による監督権限が大幅に強化されている。保存を義務付け た文書の閲覧権限を定めたほか、「バイオテロ法」で規定された食品の製造等施設の FDA へ の登録義務について、新たに 2 年毎の更新が義務化された。また、米国外の登録施設への立 入検査を以前から実施しているが、同強化法では実施件数の規定(2011 年 600 件、2012 年 1,200 件、2013 年 2,400 件、2014 年 4,800 件、2015 年 9,600 件)や再検査時の費用徴収な どの強化が図られており、 「食品危害の未然予防管理」の細則制定後には、その履行状況が検 査項目として追加される。日本では、2011 年の同強化法制定後から 2014 年 3 月末までの期 間に 150 件以上の検査が行われているが、事業の規模によらず全ての登録施設が検査対象と なるため、留意が必要であろう。 おわりに 今回紹介した内容は「食品安全強化法」のごく一部にすぎない。このほかにも、原材料 の代替や不法行為による異物混入リスクへの対応など、世界的にもまだ管理手法が統一さ れていない分野への対応も求められる。また、同強化法以外においても、食品表示の大幅 な見直しが予定されているほか、規制にかかわらず、民間レベルでも取引先から独自の厳 しい安全基準を要求されるケースが多くなっているようであり、安全基準のハードルは高 くなる一方である。海外への販路拡大を検討するに際しては、高い品質と技術力に定評が ある日本の食品製造業といえども、日本国内とは異なる尺度への対応が避けられないこと を念頭に、準備を進めていく必要があろう。 <編集・発行> 信金中央金庫 ニューヨーク駐在員事務所 住所:655 Third Avenue, Suite 2620, New York, NY 10017 Tel:(国番号 1)-212-642-4700 4 ) (本レポートは、情報提供のみを目的とした標記時点における当事務所の意見です。投資等に関する最終決定は、 ご自身の判断でなさるようにお願いします。また当事務所が信頼できると考える情報源から得た各種データなど に基づいてこの資料は作成されていますが、その情報の正確性および完全性について当事務所が保証するもので はありません。加えて、この資料に記載された当事務所の意見ならびに予測は、予告なしに変更することがあり ますのでご注意下さい。 ) 5
© Copyright 2024 ExpyDoc