水素社会を拓くエネルギー・キャリア(10)

水素社会を拓くエネルギー・キャリア(10)
エネルギー・キャリア各論:アンモニア(その 1)
2015/03/17
解説
塩沢 文朗
国際環境経済研究所主席研究員
【アンモニア】
意外と知られていないエネルギー・キャリアの候補物質として、アンモニアがある。実は、私自身もアンモニ
アがそんな性質を持つ物質だという認識を、ごく最近までもっていなかった。読者のみなさんもこうしたことは
あまりご存知ないと思うので、アンモニアのエネルギー・キャリアとしての利用可能性や課題については 2 回に
分けてご紹介しよう。
改めてアンモニアの分子式(NH3)を見ると、アンモニアは分子の中に多くの水素をもつ物質である。そして、
アンモニアは燃える。
(アンモニアの炎を見たことのない方が多いと思うので、
【図 1】にアンモニアの火炎の写
真を付しておく。
)そしてアンモニア分子には炭素が含まれないため、アンモニアが燃えても CO2 が発生するこ
とはないし、その他の温室効果ガスが発生することもない。
木炭
ガソリン
アンモニア
【図1】アンモニアの火炎
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実は、アンモニアはかつて自動車、バス、超音速ロケット機の燃料として使われたことがある【図 2】
。このう
ち 1943 年にベルギーでバスの燃料として使用されたのは、戦時下でバス用のディーゼル燃料が払底したためだ
が、アンモニアを燃料として使用した際の記録をもとに、アンモニアを代替燃料として用いる可能性を指摘した
論文も残されている注 1)。この論文では 6 台のバスについて 8 カ月間の使用結果が分析されているが、その 8 か
月間に 13,000~23,000km を走行したそれらのバスは全く問題なく走行し、16,000km 以上走行したバスに行
われたエンジンチェックでも金属疲労や腐食は発見されなかったと報告されている。また、もう一つの写真は
1959 年から 1968 年にかけて実験機として使用され、現在でも有人飛行機の最大高度(107,960m)
、最大速度
(マッハ 6.7)の公式記録を保持している米国の X-15 だが、この飛行機はアンモニアを燃料としていた。
アンモニアバス(ベルギー、1943年)
Source:
Worth a try, Research and Development in Norsk Hydro
through 90 years (Norsk Hydro, Oslo 1997, page 125)
Ammonia – a fuel for motor buses (E. Kroch)
Ammonia Fuel Network
X-15(米国、1959~1968年)
【図2】アンモニアを燃料とするバスと超音速機
アンモニアをエネルギー・キャリアとして用いるというアイデアは、アンモニアが燃料となり得るという理由
の外に、アンモニアの水素密度が大きいことや、常温常圧に近い条件下で液体として扱えることなどに着目した
ものである。実際、
【表 1】に示すようにアンモニアの体積当たりの水素密度はこの 3 つのエネルギー・キャリア
の中では最も大きく、液体水素の 1.7 倍、メチルシクロヘキサン(MCH)の 2.5 倍ある。アンモニアは、常温常
圧ではガスだが、常圧では-33℃に冷却、または、20℃では 8 気圧の圧力をかけると液化する。この物性はプロ
パンガスとほぼ同様であり、同様の条件で液体として取り扱うことが出来る。
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【表1】エネルギー・キャリアの物性値
燃焼時の
CO2排出量
重量当たり
水素含有率
(重量%)
体積当たり
水素含有量
沸点
(℃)
100
70.8
-253
0
6.16
47.3
101
**
引火性、刺激性
17.8
121.0
0
急性毒性、腐食性
(参考)
圧縮水素(350気圧)
100
23.2
-
0
圧縮水素(700気圧)
100
39.6
-
0
S 液体水素
I
P
の
メチルシクロへキサン
対
象
アンモニア
(kg-H2/m3)
その他の特性***
(g-CO2/MJ)
-33.4
(*)
強引火性、強可燃性、
爆発性
強引火性、強可燃性、
爆発性
*
アンモニアは大気圧の下では-33.4℃、または、20℃、約8気圧の圧力の下で液化する。
**
メチルシクロヘキサンは利用時には水素に戻して使用するため、使用時のCO2排出量は0。
***「その他の特性」の記載事項は、MSDSの「危険有害性情報」のサマリーから引用。各物質の正確な特性
については、それぞれの物質のMSDSを参照のこと。
注1) “Ammonia –A Fuel for Motor Buses,” by Emeric Krock, Journal of Inst. Petrol., 31, pp213-223 (1945)
アンモニアは、世界で最も多量に生産されている物質の一つで、年間約 1.3 億トン(2010 年)のアンモニア
が世界で製造され注 2)、国際間で広く流通している。その用途の大半は肥料向けであるが、アンモニアは多くの化
学製品や繊維原料として使われる基礎化学品でもある。このほか量的にはそれほど多くはないが、小型の冷凍・
冷蔵庫の冷媒注 3)、NOx 脱硝剤等としても使用されている。こうしたことからも分かるように、アンモニアの輸送、
貯蔵技術は既に確立しており、既存のインフラの利用が可能である。
アンモニアは水素と、空気に大量に含まれる窒素から合成される注 4)。この反応を化学式で表すと(1)式のとお
りで、アンモニアの合成反応は発熱反応、アンモニアからの脱水素は吸熱反応となる可逆反応である。
N2 + 3H2 → 2NH3
ΔH = -92.2 kJ/mol (1)
アンモニアはエネルギーとして利用するときに、(1)式の逆反応でアンモニアから水素を取り出して水素として
利用することも可能だが、上記のようにアンモニアは燃える(式(2))ので、それ自体を CO2 フリーの燃料とし
て利用することも出来る。
2NH3 + 3/2O2 → N2 + 3H2O
ΔH = -765 kJ/mol (2)
つまりアンモニアは、エネルギー・キャリアであると同時に水素キャリアでもある。
アンモニアは大量輸送、貯蔵が可能で、温室効果ガスを排出しない燃料として直接利用することが可能と考え
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られることから、将来的に大量の水素エネルギーを導入するニーズがあると考えられる分野-発電分野や製造業
分野向けのエネルギー・キャリアの有力な候補になると考えられる。このため、SIP「エネルギー・キャリア」で
も、これらの分野で化石燃料の代替燃料としてのアンモニアの利用可能性を確認するための研究開発が進められ
ている。
これまでの研究により、アンモニアの燃焼は、炭化水素系の燃料に比べて着火温度が高い(アンモニアの着火
温度は 651℃)
、燃焼速度が遅い、燃焼熱がガソリン、重油の半分注 5)といった特徴はあるが、安定的な燃焼が維
持できることが確認されている。併せて実際のガスタービンを使って、アンモニアを燃料とする発電の実証実験
も進められている。
これまでの燃焼に関する知識では、アンモニアのように窒素を含む燃料の燃焼からは大量の NOx が発生するの
ではないかという懸念もあったが、燃焼条件の制御により NOx の生成を抑えることが可能であり、また、その
NOx は通常使用されている脱硝装置で除去できることがこの実験により確認されている注 6)。これは、燃焼時に空
気に比べてアンモニアがやや過剰な条件下(燃料当量で 1 をやや超える条件下)では、余剰アンモニアが還元剤
として働き、NOx を還元して窒素(N2)とするからである。実はこれはアンモニアが NOx 脱硝剤として火力発
電所で使用されている理由でもある。尿素水をディーゼル・トラックやバスの排ガスの脱硝用に搭載しているの
も同様の理由である。
これまでに小型のガスタービン(50kW)を用いたアンモニアによる混焼発電の実証実験によって、この NOX
の発生の抑制を含めて、アンモニアを燃料として用いた場合でもガスタービン発電機の所期の性能が得られるこ
とが確認されている。SIP「エネルギー・キャリア」では、今後、ガスタービンを 2MW 程度までスケールアップ
してアンモニアによる発電実証を行うことを計画している。
アンモニアを水素キャリアとして利用する取組みとしては、アンモニアを燃料とする SOFC(固体酸化物型燃
料電池)の開発が、2025 年頃の商用化、そして 2020 年の東京オリンピックの際には実証機によるデモンスト
レーションを行うことを目指して、SIP「エネルギー・キャリア」の下で開発が進められている。これは、アンモ
ニアが常圧、400℃以上の環境下では分解して水素と窒素に分解する((1)の逆反応)ことを利用して、動作温度
が 700~1,000℃となる SOFC(固体酸化物型燃料電池)に水素の代わりにアンモニアを直接供給して燃料にし
ようというもので、アンモニアが水素に比べて輸送、貯蔵がはるかに容易であることを考えると、分散電源とし
て期待されている SOFC の可能性を大きく広げるものと考えられる。
こうした形でアンモニアを燃料として直接利用できる可能性があることは、エネルギー・キャリアとしてのア
ンモニアの大きな利点である。何故なら、エネルギー・キャリアから脱水素プロセスにより水素を得るために必
要となるエネルギーが不要となるからだ。
もちろんコスト次第で、脱水素プロセスを付加してアンモニアを水素キャリアとして利用し、水素 ST へ水素
を運ぶという可能性もない訳ではない。但し、その場合、アンモニアを脱水素して水素を製造するための装置と
エネルギーが必要になること、FCV 用途に要求される水素の純度を得るためには、アンモニアから製造された水
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素を精製する必要があることなどから、発電用にアンモニアを燃料として利用する場合ほど、アンモニアの優位
性は発揮できないのではないかと考えられる。
いずれにせよこの問題は、水素 ST において、MCH、液体水素、アンモニアなどのエネルギー・キャリアによ
り運ばれた水素エネルギーがどれほどの価格で FCV に供給可能になるかということが重要なカギを握るのであり、
エネルギー・キャリア間のコスト比較や各エネルギー・キャリアの供給チェーンの技術的フィージビリティ等の
検討を行って判断されるべき問題である。
(このことは稿を改めて説明する。
)
アンモニアの場合には、日本では MCH や液体水素のケースと異なり、これまでのところアンモニアをエネル
ギー・キャリアとして利用しようという構想を掲げ、その供給チェーン全体の構築に取り組む企業は現れていな
いが、アンモニアのエネルギー・キャリアとしての可能性に着目した個別の利用技術開発はいくつかの企業で進
んでいる。SIP「エネルギー・キャリア」でも、そういった取組みを支援している。
注2) USGS「Mineral Commodity Summaries」
注3) アンモニアは「成績係数(冷凍のために消費される動力・熱量と冷凍能力の比)
」が大きく、エネルギー効率が高い冷媒であることか
ら、かつては広く冷媒として使用されていたが、アンモニアには毒性と可燃性があることから、一時期、フロンへの置き換えが進んだ。
しかし、その後、フロンの持つ温室効果が問題となり、アンモニアが、再び、
「古くて新しい冷媒」として注目され、最新の機器に利
用され始めている。
注4) 有名なハーバー・ボッシュ(HB)法。HB 法は、ドイツのハーバーとボッシュによって 20 世紀の初頭 1908 年に発明された世紀の大
発明と呼ばれている合成法で、この合成法が確立されたことにより、作物の栽培に不可欠な窒素を空気からアンモニアとして固定し肥
料として用いることが可能となり、人類の食糧危機を救ったと言われている。この発明により、ハーバー、ボッシュともにノーベル化
学賞を受賞した。その後、HB 法は数多くの改良が重ねられ、効率のよいアンモニア合成法として世界中に普及している。なお、ハー
バーの助手としてこの発明を支えたのは日本人の故田丸節郎(その後、理化学研究所、東京工業大学教授)である。
注5) 燃焼熱はそれぞれ、アンモニア:22MJ/kg、ガソリン:44.9MJ/kg、重油:43.4MJ/kg (LHV)
。
注6) SIP「エネルギー・キャリア」の研究成果として、2014 NH3 Fuel Conference (Des Moines, Iowa, USA) で発表された“Micro Gas
Turbine Operation with Kerosene and Ammonia,” Norihiko Iki*, Osamu Kurata, Takayuki Matsunuma, Takahiro Inoue,
Masato Suzuki, Taku Tsujimura and Hirohide Furutani, Fukushima Renewable Energy Institute (FREA), National Institute of
Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Japan, による。なお、物理化学的には、アンモニア(NH3)が燃焼によっ
て窒素(N)と水(H2O)になるのが最も安定な反応(式(2))である。
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