米潮流から見る注目キーワード

数年後の SP 手法をガラリと変える!?
米潮流から見る注目キーワード
数々のグローバル企業で新規マーケット参入・商品開発の経験を持ち、現在は複
数の大手企業のアドバイザーを担う射場瞬氏が、アメリカでの調査をもとに、日
本の販促担当者が知っておくべき SP 分野のキーワードを解説します。
No.05
「ライアビリティーシフト」(Liability shift)
カード大国の米国で 2015 年秋から導入される「ライアビリティーシフト」とは何なの
か?
それにより、販促にどんな変化が起きそうなのか?について今回は迫ります。
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IBA カンパニー 代表取締役
射場 瞬
氏
いば・ひとみ/日本コカ・コーラ副社長、アメリカン・エキスプレス・カンパニー U S 本社
ディレクターなどを経て独立。約 20 年間の米国などでの最前線の実務経験と人脈を活か
し、データドリブンマーケティングの領域を中心にコンサルティングを手がける。
<聞き手>
プロモーション業務を担当して 5 年目
販促太郎
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------太郎:米国で 10 月から導入されるライアビリティーシフトとは何ですか?
射場:
「ライアビリティーシフト」とは、
「債務責任の移行」を意味し、偽造カードが不正使
用された場合の損失の補填をする責任の所在が変更されることを言います。具体的
には、EMV 準拠の接触型 IC カードが、それに対応する決済端末を設置していない
加盟店で不正に使用された場合、その債務責任が、現在はカード発行会社(イシュア
ー)にあることが一般的ですが、ライアビリティーシフト施行後は、加盟店か加盟店
契約会社(アクワイアラー)に課されるようになります。(カード自体が EMV 準拠
でない場合の不正使用の債務責任は、カード発行会社)
。ライアビリティーシフトは、
大手カードネットワークである VISA、MasterCard、American Express、Discover
などが同様に導入予定で、これにより、磁気カードよりセキュリティの高い EMV 準
拠の IC カード化が急速に推進されると期待されています。
太郎:ライアビリティーシフトによって生活者の行動はどう変わるのでしょうか。
射場:生活者の行動に急激な変化はありませんが、カード会社から発行されるカードは順次
IC カードに変更され、店舗では生活者が支払いの際に PIN コード(4 桁の暗証番号)
の入力を求められることが多くなるでしょう。そのため、店舗で切り替え前の IC カ
ードではないカードを受け付けてもらえないことや、PIN コードを忘れたためにそ
のカードを利用した買い物ができないということも発生する可能性があります。
太郎:販促においてはどんな変化が起きるのでしょうか。日本の販促担当者はこの流れをど
う見れば良いのでしょう。
射場:米国では、既に多くの小売店が IC カードと PIN コード入力に対応できる決済端末
の準備を進めています。また大手小売チェーンを中心に、単に PIN コードでの決済
を可能にする端末の設置だけではなく、この機会にレジシステム全体と購買データ
を活用したマーケティング戦略を見直す企業も増えており、ライアビリティーシフ
トのための変更を機に、店頭での決済、販促が大きく変化すると見られています。日
本ではまだ、ライアビリティーシフトへの関心が高くありませんが、国内の一部の大
手流通でもこの変化にどう取り組むべきか検討が始まっています。ライアビリティ
ーシフトを単なる決済のルール変更と捉えず、この機会に購買データの活用やマー
ケティングを見直せるかどうかが、企業の販促にとって重要になってきます。
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購買データの活用やマーケティングを見直す機会に
クレジットカードなどの不正使用対策として、海外では、1990 年代にフランスが独自規
格で導入した IC カードの成功例により、EMV 準拠の IC カード化と POS・決済端末の IC
化が 2000 年頃から広がってきました。
そのため、
ヨーロッパでは、
32 カ国が加盟する SEPA
(Single Euro Payments Area)による IC カード化が浸透し、フランス、イギリス、デン
マークなどでは、ほぼ 100%の IC カード化率が実現されました。
一方、米国はカード大国であるにもかかわらず、EMV 準拠の IC カード化が遅れており、
近年は全世界の約 50%のカード不正使用が米国内で行われていると言われています。そこ
で米国では、EMV 準拠の IC カードの普及と不正使用のリスク軽減を目指し、15 年 10 月
から米国内のほぼ全ての店舗での EMV 準拠のカードの取引に対し、ライアビリティーシフ
トを施行予定です。
ライアビリティーシフトは、既にヨーロッパやオーストラリアなど多くの国で施行され
ていますが、米国をはじめ、今後、施行される国は増える予定です。そして、店頭だけでは
なく、ATM 取引やガソリンスタンドのセルフ給油機の支払いなどといった場面にも順次適
応されていき、17 年中には、グローバルでほぼ全ての取引に対しライアビリティーシフト
のルール変更が適応される予定です。
販促担当者として注目したいのは、ライアビリティーシフトによる債務責任のルール変
更だけではなく、米国内でこのタイミングに合わせ注目されているレジ・決済機能の進化と
マーケティングへの活用です。米国では、ライアビリティーシフトという大きなルール変更
で、加盟店が新端末の設置を検討するタイミングに、レジやスマホ(アプリ)などの決済関
連企業がこぞってこの市場に注目、競争も激化しています。
近年、旧型の店舗レジを最新のシステムに変えることで、店頭在庫や店舗スタッフのシフ
ト管理、売れ筋商品の分析や顧客情報管理、また購買情報を利用したマーケティングなどが
簡単にできるようになってきました。最近では、日本でも目にする機会も増えてきた iPad
などのタブレットを利用したタブレットレジ(POS)も、導入初期費用が安価で便利な管理・
マーケティング機能が簡単に使えることから、急速に広まっています。また、アップル社が
提供する最新 iPhone などを利用した Apple Pay ほか、スマホを利用した決済サービスの
市場もこのタイミングと重なることもあり、対応する店舗が急増しています。これら新しい
決済機能が急速に充実してきている今、EMV 準拠の IC カード対応の端末設置をしてライ
アビリティーシフトに備えるだけではなく、販促に活かせる新レジシステムなどを検討し
てはいかがでしょうか。
Liability Shift(ライアビリティーシフト)
「債務責任の移行」
。これまでは偽造カードが不正使用された場合の損失のほとんどをカー
ド発行会社が補填していたが、ライアビリティーシフト施行後は、EMV 準拠の接触
型 IC カードが、それに対応する決済端末を設置していない加盟店で不正に使用され
た場合、加盟店か加盟店契約会社(アクワイアラー)にその債務責任が課されるよう
になる。カード大国である米国に 2015 年 10 月から導入されるため、注目が高まっ
ている。
EMV(イーエムブイ)
EuroPay、MasterCard、VISA の間で合意された IC カードの世界共通規格。3 社の頭文
字をとって名付けられた。近年クレジットカードなどは、磁気カードから IC カードへと切
り替えが進んでおり、各カード会社はこの EMV の規格に則り IC カードを発行している。
また、カードを受け付ける端末も同規格への適応が進んでいる。IC カードは、磁気カード
に比べ記録できるデータ容量が大きく、暗号化も可能なことから、スキミングなどへのセキ
ュリティ対策として積極的に導入されている。