久保田 勇夫西日本シティ銀行 会長

「異次元の金融緩和の効果があるうちに
構造改革を進めて
〝持続可能な成長〟
を図るべき」
TOP INTERVIEW
Kubota Isao
久保田 勇夫氏
西日本シティ銀行 会長
アベノミクスを旗印に持続的経済成長を目指す日本。
だが、その第一の矢である異次元の金融緩和政策は米国
が撤退した中、さらに強化された。一方、金融政策と対
をなす構造改革は遅々として進んでおらず、日本の経済
成長のシナリオを懐疑的にみる海外勢も増えてきている。
日本のとるべき方法は間違っていないのか─。長年、我
が国の国際金融政策の中心にいた久保田氏に世界の状況
から見える「日本のあり方」について語ってもらった。
Zaikai
Kyushu / MAR.2015
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聞き手/本誌編集長
山口 真一郎
ようにみておられますか。
済の動きと日本経済を、どの
た経 験から、昨 今の世 界 経
山口 財務省時代に国際
金融や外 交政策に携わられ
るというのが大きなトレンドです。
国は構造改革を着実かつ大胆に行うべきであ
います。経済が好調なアメリカを除いて、各
の実施が不可欠であるという認識が広まって
そこで、政策面では世界には好ましい経済
成長を可能なものにするためには、構造改革
政府が財政政策や租税政策で議会と少々衝
財政赤字も克服しつつありますからアメリカ
マクロ的にはアメリカには活力があり、かつ、
ますます難しくなりました。経済については
イニシアチブをとって政策を実行することが
るようになりました。これでオバマ大統領は
るQE3を去年 月に終了させました。ユー
強化しました。アメリカは量的緩和、いわゆ
洋パートナーシップ協定(TPP)に関して
い状況です。ただ、交渉の渦中にある環太平
突しても、格別の影響はないと見る向きが強
で共和党が勝利し、上下両院で多数を占め
久保田 世界経済を語る
には実態と政策の両面から見
もう一つは金融政策です。日本は異次元の
金融緩和を行っていますが、昨年 月これを
ていく必要があるでしょう。
実態はIMF(世界通貨基
金)の「 世 界 経 済 見 通し」
変化が避けられないという認
を達 成するためには構 造的
ノーマルとは期待された成長
い方をされています。ニュー・
ニュー・ノーマル〟という言
にあるのではないかという〝
もとの姿には戻れない新常態
はリーマン・ショックから回復しても世界は
て他国の実態は期待はずれでした。この状況
リオでしたが、アメリカ経済の復活は別とし
全体で高い経済成長率を達成するというシナ
あるいわゆる新興国がけん引役となり、世界
持続的でステディーな成長をしつつ、元気の
ります。経済大国ナンバーワンのアメリカは
過大評価していたという見方が広まりつつあ
は世界の経 済 成長 力をやや
の政策担当者を含めて、人々
ているように、これまで各国
治的動きです。
ロシア、ドイツ、ギリシアの政
らないのが、アメリカと中国、
を見る上で注視しなければな
三つ目は、地政学的な影響
があげられます。今年の経済
ていくでしょう。
くのか、一つのポイントになっ
どのような影響を及ぼしてい
にあります。これが国内外に
関してそれぞれ異なった局面
このように世界の中央銀行
は、異次元の量的緩和政策に
えたいという思いがあるためです。
の方向にあります。背景には住宅バブルを抑
の金融政策の中でどちらかというと引き締め
ドのイギリスは異次元の緩和をせずに、通常
にようやくその方向に踏み切りました。ポン
れていましたが欧州中央銀行はこの 月 日
ロ圏では量的緩和を行いそうだと長い間言わ
来は 人の政治局常務委員による集団指導
うな影響を与えるかに注目しています。従
中国については上層部の権力闘争がピック
アップされていますが、それが経済にどのよ
うに見えますが、なかなか大変だと思います。
いえば、最近交渉のペースがあがっているよ
( 年 月号)にまとめられ
識を示唆している言葉でもあ
アメリカは去年の中間選挙
ないということです。今後の大きな課題の一
るように心づもりをしておかなければなら
いうことは、日本側も臨機応変に行動でき
るかどうかを見極めなくてはなりません。と
択できるか、そしてそれが持続性を持ってい
中国が多くの課題に対し、的確な政策を選
についてではないでしょうか。この体制下の
ということと、その政策転換の早さの可能性
席が選択した政策の内容が、適切であるか
気をつけなくてならないのは、習近平国家主
員会に習近平国家主席が名を連ねています。
策や外交政策、汚職対策など、あらゆる委
接決定していると言われています。経済政
主席が権力を掌握し、主な政策を自らが直
体制を敷いていた中国ですが、習近平国家
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■異彩放つ日本の金融緩和
国際金融市場への影響注視
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10
1
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ります。
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■期待はずれだった経済成長
各国で求められる
「構造改革」
みられるようであり、早急に決着がつくので
はないかという見方もあると思います。交渉
アがどのような行動を起こす
くことによる経済低迷でロシ
る状況( 月中旬)ですので、この状況が続
っているようです。現在、 ドルを切ってい
2015年は5%のマイナス成長になると言
ル台で推移すると仮定したら、ロシア経済は
ド
の2がエネルギー関連と言われています。ロ
半分がエネルギー関連であり、歳入の3分
産業が打撃を受けています。ロシアは輸出の
油価格の下落で、エネルギー
に疲弊しています。さらに原
済 制 裁 もあ り、経 済は非 常
への干渉に反発する西側の経
ロシアも要注意です。クリ
ミア半島の編入とウクライナ
山口 オバマ政権下ではTPP交渉が進展
しにくいというのは、ご自身の外交交渉経験
する可能性にもつながります。
があるように思います。また、為替が乱高下
は財政再建が進んでいないこととも深い関連
売りの要因が多くあります。金融緩和継続
高さもあって株価は上昇していますが、日本
で日銀の異次元の金融緩和による流動性の
頼」が揺らぐ恐れがあると思います。これま
ちょっとしたきっかけで、わが国に対する「信
再建です。日本は財政再建が遅れているため
ます。三つ目は構造改革と関連しますが財政
がるのか、疑問視する向きが多いように思い
うな内容の構造改革で潜在成長率が十分上
集まることになります。現在言われているよ
を進める中、日本の構造改革の内容に注目が
に構造改革が重視されています。他国が改革
いてですが、先ほど申しましたように世界的
要があります。二つ目は日本の構造改革につ
況を良く見据えながらカードを切っていく必
対米交渉です。日本は米国の置かれている状
でしょう。なぜなら、TPPでアメリカは紛
であり、むしろそれ以外の領域に注目すべき
EPAでも決着をつけなければならないこと
ていますが、それはTPPに限らずFTAや
でいるためです。農業や自動車が問題になっ
です。それはTPPがさまざまな要素を含ん
すでに交渉入りしているTPPですが、か
なりの慎重な交渉が求められるということ
か。
やっと現れたと思っているのではないでしょう
リカの無理難題を抑えてくれる力のある国が
と思います。自分たちのサイドに立ってアメ
しているのはアメリカ以外の国々ではないか
久保田 そうです。私は日本がTPPあ交
んど
渉に参加してくれたということで、一番安堵
ます。
のか、そこをよく見極める必要があると思い
することが、本当に国の約束として守られる
こで日本側としては、現在米国側政府が約束
大統領はまだそれを与えられていません。そ
交渉権を付与されねばなりませんが、オバマ
です。
山口 国 際 情 勢の大きな
変化にどのように対応するの
ちみつ
か。国は緻密な対応力を備え
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TOP INTERVIEW
のか、非常に気になるところ
に基づく見方でしょうか。
争処理制度の創設やわが国の医療制度の改
をまとめるためには、行政府は議会から一括
ないといけませんね。
久保田 アメリカの専門家の間では、大
分前からTPP交渉の早期の妥結は難しいと
正などを求めています。その根底は恐らくそ
り、日本の交渉相手は カ国ですが、実質は
久保田 その通りです。ほ
かにも 緻 密 な対 応が必 要と
いわれていました。さらに中間選挙で共和党
れらを自分の国と同じシステムにしたり自国
つと考えます。
されるものがいくつかありま
が勝利したことで、オバマ大統領の政策決定
の影響下に取り込みたいというものでしょう。
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山口 現状で米国と真剣に交渉をするの
は大変だということでしょうか。
す。一つ目は先程もお話しし
力が弱まることが予想されます。
ヨーロッパはそのことがよく分かっている
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シア中央銀行は原油が1バレル当たり
た難航しているTPP交渉で
ところが最近は、日米間の交渉では進展が
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す。TPPは参加 カ国であ
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■米大統領の統治能力低下
TPP交渉は慎重な対応を
の基本姿勢なのです。私は、純粋経済的部
会制度には手を付けさせないのがヨーロッパ
ビスの取り引きだけで、それ以外の文化や社
と思います。自由化するのは貿易およびサー
TPP的なものには参加しようとしないのだ
から、対米FTAは積極的に進めていますが、
久保田 日銀が金融緩和政策に踏み切っ
たのは 年4月ですが、その前の 月に、日
みておられますか。
ますが、日銀のスタンスについてはどのように
山口 アベノミクスを先導した金融政策も
限界に近づいているとの見方になってきてい
います。
参加すると決めたのだから、できるだけ日本
議論があったところであり、政治的決断で、
の土俵でTPPに日本が参加すべきかどうか
除するかが最大の問題だと思っています。今
革など財政の健全化を図ろうとしているので
動的なマクロ経済政策の運営、経済構造の改
す。そこで政府は金融緩和と同時並行的に機
と日銀は共同声明を出し約束事をしていま
銀が2%の物価安定目標を定めた時に、政府
しょうか。
円高是正が進んで経済 成
長が堅調に転じた時点で、構
造改革を早急に進めて高い成
長率が可能なシナリオを描か
なくてはなりませんし、財政
政策についても赤字をできる
だけ削減して、将来の不安定
要因を縮小させなくてはなら
ないはずです。全体としてみ
ると、セットの一方である政
府の政策の進展が、はかばか
しくないように思います。消
かせぎの間に、政 府
み、いわ ばこの時 間
的措置として取り組
らこそ短期間の時限
ます。分かっているか
は分かっていると思い
ギュラーであること
金融緩和政策がイレ
ます。日銀は現在の
遅々たるものがあり
る構造改革の進展は
かし、その根 幹であ
セット なのです。し
革や財政の健全化と
問題ではないかと考えています。
は需要能力より供給能力が不十分なことが
成長率は大きく上がりません。日本の場合に
ってもそれを満たすだけの供給能力がないと
持するとしていますが、どれほど需要が高ま
前提となった閣議了解でも需要の強さを維
面に傾き過ぎているように思います。予算の
「第三の矢」が課題ですね。マク
久保田 ロ経済政策の面からみると、現状は需要政策
いということですね。
の基本戦略の全てが進展しているわけではな
山口 だとすると、構造改革を進めなが
ら潜在成長性を引き出すというアベノミクス
す。
です。私は不安定要因を増加させたと思いま
費税引き上げ先送りもそう
としての本来の政策
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分以外をどのようにしてTPPの土俵から排
の国益に寄与するものにしてほしいと考えて
す。つまり、異 次 元
の金融緩和は構造改
を実行して欲しいと
■進まない日本の構造改革
アベノミクス進展に影響も
政府は例えば 〜 年までの 年間平均
で2%程度の実質成長率を維持するとして
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しているのではないで
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●久保田 勇夫(くぼた・いさお)
1966年東京大法学部卒業後、大蔵省(現財務省)入省。国際金融局国際
機構課長、大臣官房参事官(副財務官)、国際金融局為替資金課長、大臣官
房審議官、国際金融局次長関税局長、長年国際金融を中心として、
わが国の
対外経済政策のハンドリング。99年には国土事務次官に就任、首都機能移転
政策の担当も務めた。06年から西日本シティ銀行頭取、14年から現職。福岡
県出身
必要だと思います。
ように思います。もう少し、その面の努力が
ないのですが、そのようなメッセージは弱い
したがって、供給能力を伸長させる政策が
必要であり、そのためには構造改革が欠かせ
は難しいということです。
給能力がないから十分な成長
だといくら需要が増えても供
と無理だからです。今のまま
増す潜 在 成 長 率をあ げない
成長率を上げるには供給力を
働力人口が減少していく中で、
はとても難しい数字です。労
いますが、これは今の状況で
一つとして福岡の潜在性につ
選定、整備に着手すべきです。その候補地の
中の是正という観点からも早急な候補地の
っていません。東京一極集
圏以外の代替拠点は決ま
内に限 られており、首 都
首相官邸の代替拠点は都
計画)を策定したものの、
年 月には国が政府
全 体のBCP( 業 務 継 続
中は一層進むでしょう。
定したことで、東京一極集
らに東 京五輪の開 催が決
共に薄れつつあります。さ
したが、その危機感は時と
の高さが改めて認識されま
特区)における大胆な規制改革や法人税減
づけることや福岡市の国家戦略特区(創業
本社機能の地方移転を地方創生の柱に位置
九州市に対する意見書をまとめ、
末には国や福岡県、福岡市、北
委員会」を設置しました。昨年
して「 首 都・本 社 機 能 等 誘 致
の特別委員 会を発展的に解消
すに至ったのです。 年にはこ
のか議論を交えました。その結
ンスにどのような影響を与える
のように変えるのか、経済バラ
し、震災が世の中の仕組みをど
設 置しました。委 員 長に就 任
岡経済同友会に特別委員会を
果、地方分散の必要性を導き出
山口 国は地方の活性化を目指して「地
方創生」を旗印に掲げています。また、リス
クヘッジのため首都機能や民間企業の地方へ
の機能移転も議論されています。福岡の果た
す役割についてどのようにお考えでしょうか。
久保田 首都機能の移転と現在、クロー
ズアップされている地方創生とは非常に密接
に関連するものです。首都圏には国の中枢機
関や大企業が集中し、人口の3割が居住して
います。こうした状況下で大地震などの災害
が発生すれば、わが国の諸機能を維持する
ことは非常に困難になるでしょう。日本が東
日本大震災を教訓としてやるべきことは首都
機能や本社機能の分散です。震災で日本の
ぜいじゃく
災害対応力の脆弱性と東京一極集中のリスク
TOP INTERVIEW
機能を受け入れるのにふさわ
り、首都 機能や企業の本社
空の交 通 機 能が充 実してお
近接しているほか、陸・海・
た、成長著しいアジア諸国に
災の可能性は低いのです。ま
とも距 離があるため同時 被
クは比 較 的小さく、首 都 圏
波などの自然災害の発生リス
いて考えてみると、地震や津
るべきです。
つけ地方の真剣な意見にもう少し耳を傾け
せん。中央は「地方創生」に限らず何事に
中央はなかなかそれをくみ上げようとしま
たくさんの知恵と人材があるにも関わらず、
ではわれわれが旗を振っています。地方には
政府が着手しないといけないのですが、九州
本来ならこのような本社や首都機能の移
転などの国のあり方についての取り 組みは
税などを要望しました。
がとうございました。
しい地域であると考えます。
手前味噌ですが私が 年
の東日本大 震災を受けて福
山口 本日はお忙しい中、大局的な観点
から貴重なお話を伺えました。どうもあり
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11
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■東京一極集中の是正急げ
地方分散の
〝核〟
として福岡は適地
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