新生児を対象とした四肢の動き計測システム

新生児を対象とした四肢の動き計測システム
―高速・高精度化と Web システムの構築―
信州大学大学院理工学系研究科 情報工学専攻 井澤研究室
13TM503J 石崎優人
1.まえがき
3-1 使用するカメラの見直し
未熟児として生まれた新生児には,脳性麻痺や自閉症など
PC を用いて USB カメラの信号をエンコードする場合,PC
の障がいが潜在する可能性が高く,その兆候をいち早く発見
の性能により一定のフレームレートを得ることが困難である.ま
し,早期のリハビリに繋げることが重要である.これらの障がい
た, USB カメラの特性を調べたところ,SN 比や色の再現性に
は,四肢のギクシャクした動きや,可動範囲の狭さに現れる傾
問題があることが判明した.そこで新システムでは,市販のビ
向があり,ビデオ映像を解析する手法が用いられている[1].
デオカメラを導入し,様々な解像度の動画像フォーマットに対
しかし,一般にモーションキャプチャを流用したシステムが
応する機能を追加した. 表 1 に新旧システムの比較を示す.
多く,限定された撮影環境や煩雑な作業が必要となり,臨床
の現場で簡便に計測できるシステムの開発が望まれていた.
そこで当研究室では平成 24 年度,長野県立こども病院と共
同で新生児の四肢に 4 色のマーカーを装着し,USB カメラを
用いて撮影した動画像を解析する計測システムを開発した.
しかし,評価実験の結果,計測精度や再現性に関するいくつ
かの課題が明らかになった.そこで平成 25 年度それらの課題
に対策を施した新たなシステムを開発した[2].本稿の前半で
は,導入した手法とその評価結果について述べる.次に,この
システムの延長線上に位置すると考えられる Web システムを
図 1 新システムの構成と使用するマーカー
提案し,第 1 次試作を行った.後半では,その基本構成を中
心に述べる.
表1
新旧システムの比較
入力デバイス
2. 旧システム(H24 年度開発)とその課題
2-1 計測手法
新生児の四肢に4色のマーカーを装着し,上部に設置した
旧シス
動画像フォ
フレーム
ーマット
レート
USB カメラ
AVI
ビデオカメラ
MP4
解像度
10~30fps
640×480
30fps
1280×720
テム
USB カメラを用いて全身像を AVI 形式の動画像ファイルとし
新シス
て保存する.はじめに,このファイルから代表的なフレームを
テム
表示し,それぞれのマーカーの領域をユーザがマウスで指定
MTS
MPG
640×480
1920×1080
することにより,それらの色分布をヒストグラムとして保存する.
次に動画像を開始フレームから順次読み出し,指定した色に
3-2 高速化手法
近い閉領域の中から,最も面積の大きい領域をラベリング処
フレームレートが向上し,高解像度の画像に対応させると,
理により抽出する.その重心をマーカーの位置とし,連続的な
演算時間が急激に増大するため,高速化する必要がある.そ
動きの軌跡として表示している.
こで,ヒストグラム法[2]の解析処理に,以下の改良を加えた.
2-2 課題
(1) ラベリング処理の改良
臨床現場における評価実験により,以下の問題が明らかに
マーカー検出では,色情報が一致する画素の最大の連結
なった.
領域を抽出するため,ラベリング処理を施している.旧システ
① フレームレートの変動が大きく,色の再現性も低いため,
ムではこのラベリング処理を 1 枚の画像について複数回走査
正確なマーカー領域が抽出できず,安定した軌跡が得ら
させる必要があった.今回,走査の開始時に,画素に割り当て
れない.
たインデックスの関係性を示すルックアップテーブルを作成す
② 画像の解像度を上げると,演算時間が急激に増加する.
る手法を導入した.これにより,走査が 1 回で済み大幅な高速
③ 背景にマーカーと同系色の異物がある場合,マーカーと
化を実現した.
して誤検出されてしまう.
(2) 近傍エリアの探索
フレームレートが 30fps に上がると,連続するフレーム間で
3.新システムの構成とその評価
H25 年度に新たに開発したシステムの構成を図 1 に示す.
旧システムの課題について,以下に示す手法を導入している.
マーカーの移動距離が短くなる.この性質を用いて,1フレー
ム前のマーカーの重心位置を中心をとした近傍エリアから探
索を開始する手法を用いた.
3-3 探索領域の指定
いる.解析サーバは動画解析を担っており,コントローラサー
新生児を撮影する臨床の現場で,経管栄養用のチューブや
バから割り振られた動画解析の処理を行う.解析アルゴリズム
タオルなど,マーカーと同系色の異物が背景の中に撮影され
は新システムと同様のものを使用した. なお,解析サーバ数
ていることがある.これらの異物がマーカーとして誤検出される
を簡易に増設可能である.
ことを防ぐため,計測開始前に,新生児を中心とする探索領域
をマウスで指定する機能を新たに追加した.なお,動画ファイ
ルのデコードと解析処理は高速性が要求されるため,C++
(opencv)で記述している.これを DLL 化し,C#で記述した
GUI 部から読み出している.
3-4 評価実験
新旧の両システムについて,演算速度とマーカーの検出率
を比較した結果を図 2 に示す.なお,旧システムの値は,解
像度(1920×1080),フレームレート 30fps における推定値であ
図3
Web システムの構成
り,手足が交差した際のオクルージョン(マーカーが手前の物
4-3 システムの動作フロー
体により隠れること)の影響は除いている.
[クライアント側]
(1) ウェブページにアクセスし,撮影した動画をアップロードす
る.
(2) 動画とフレームを選択し,ヒストグラムの学習を行う.
(3) 解析を行いたい動画の開始フレームと終了フレームを入
力し,データベースに登録する.
(4) ウェブページで解析結果を確認する.
[サーバ側]
(1) コントローラサーバは受け取った動画ソースをストレージサ
図2
演算速度と検出率の比較
現在,長野県立こども病院で,新システムの性能について
ーバに保存する.
(2) コントローラは解析サーバの状態を確認し,解析を行って
詳細な検証を進めているが,障がいの判別等の指針として有
いないサーバに解析のジョブを振り分ける.
効との評価を得ており,他の医療機関にも導入する準備を進
(3) 解析サーバはストレージサーバの動画にアクセスし解析を
めている.
行う.解析終了後,解析結果をストレージサーバに保存する.
4.Web システムの構築
同時に解析が完了した旨をコントローラサーバへ通知する.
上記システムの延長線上に,Web サーバ上で動作するシス
(4) 通知を受け取ったコントローラサーバはデータベースに登
テムが想定される.これを実現するため,以下の検討を行った.
録してあるタスクの状態を終了にする.タスクのキューが残って
4-1 Web システム化のメリット
いる場合は再度解析サーバの状態を確認し,タスクを解析サ
スタンドアローンのシステムを Web 化することにより,以下に
示すメリットが生まれると考えられる.
(1) 環境に依存せず,ユーザが自由に利用できる.
(2) ソフトウェアのアップデートで再配布の必要性がない.
(3) 解析結果の集約・活用の効率化が期待できる.
ーバに割り当てる. キューがない場合は次のリクエストまで待
ち受け状態になる.
5.まとめ及び今後の課題
新生児を対象とした四肢の動き計測システムにおいて,そ
の高速・高精度化を実現し,長野県立こども病院における臨
これにより,本システムの将来モデルとして Web システム化を
床の現場において, その有用性を確認した.さらに次のステ
提案し,第 1 次試作を行うことにした.
ップとして Web システムの提案を行い,今後ユーザ規模が拡
4-2 Web システムの構成
大した場合にも対応できる基盤システムを試作した.今後の課
Web システムは,図 3 に示すようにコントローラサーバとスト
レージサーバが各1台,解析サーバが2台の計4台のサーバ
題は,さらなるユーザビリティの向上と,これらの解析結果を活
用した統計学的な情報の創出である.
群から構成されている.コントローラサーバはフロントエンドと,
参考文献
解析のタスクのキュー管理を行っており,ユーザが登録した解
[1] N. Kanemura, et.al : "Specific characteristics of
析のタスクを各解析サーバに割り当てている.ストレージサー
spontaneous..
.",Dev Med Child Neural,2013,pp.713-21
バ は 動 画 や 画 像 フ ァ イ ルを 保 持し ,他 の 3 台 の サー バ と
[2] 石崎他: 「新生児を対象とした四肢の動き計測システム」,
NFS(Network File System)を通じてこれらのデータを共有して
H25年度電子情報通信学会信越支部大会,p.73,2013