下振れリスク高まるブラジル経済~2015年は

みずほインサイト
米 州
2015 年 2 月 13 日
下振れリスク高まるブラジル経済
欧米調査部上席主任エコノミスト
2015 年はマイナス成長転落へ
03-3591-1310
西川珠子
[email protected]
○ ブラジル経済は、①財政緊縮措置の発動、②金融引き締めの継続、③資源価格下落による交易条件
の悪化、により2015年はマイナス成長に転落する可能性が高い。
○ 資源価格の下落については、原油安がインフレを抑制する効果は限定的で、交易条件悪化によるマ
イナスの影響の方が大きい。資源関連の主要企業では、大幅な投資削減の動きがみられる。
○ 米国の金融政策転換によるマネーフローの変調といった外部要因に加え、電力・水不足問題や、国
営石油会社の経営問題など、景気のリスク・バランスは下振れ方向にある。
1.景気後退脱するも、回復の兆しに乏しい景気の現状
ブラジル経済は、回復の兆しに乏しい展開が続いている。実質 GDP 成長率は、2014 年前半に 2 四半
期連続の前期比マイナス成長となり、景気後退局面入りした。7~9 月期の実質 GDP 成長率は、辛うじ
てプラスに転じたものの、前期比+0.1%と上半期の落ち込みを取り戻すような勢いはない。前年比で
は▲0.2%と、2009 年以来の 2 四半期連続マイナスとなっている。個人消費の伸び率が急速に鈍化し
てほぼゼロ成長となったほか、総固定資本形成も 3 四半期連続でマイナスと落ち込んだ(図表1)。
10 月以降の経済指標も、回復感に乏しい展
図表 1 実質 GDP 成長率
開が続いている。10~12 月期の鉱工業生産は、
2013
前年比▲4.1%と 3 四半期連続のマイナスと
なり、特に自動車生産は二桁減少と落ち込み
1
が続いている 。
月次 GDP の代理変数である経済活動指数は、
10~12 月期に前期比▲0.2%となり、
同 0.5%
と持ち直していた 7~9 月期に比べ失速して
いる。10~12 月の実質 GDP 成長率(3 月 27
日発表)も、低成長の継続を示す内容となり、
2014 年通年の実質 GDP 成長率は、ほぼゼロ成
長にとどまる可能性が高い。
実質GDP(前期比、%)
実質GDP(前年比、%)
2.5
2014
1-3
4-6
▲ 0.2
▲ 0.6
7-9
0.1
1.9
▲ 0.9
▲ 0.2
個人消費
需
要 政府消費
項 総固定資本形成
目
輸出
別
輸入
2.6
2.2
1.2
0.1
2.0
3.4
0.9
1.9
5.2
▲ 2.1
▲ 11.2
▲ 8.5
2.5
2.8
1.9
3.8
8.3
1.4
▲ 2.4
0.7
業 農畜産業
種 鉱工業
別
サービス
7.2
2.8
▲ 0.0
0.3
1.7
0.8
▲ 3.4
▲ 1.5
2.2
2.0
0.2
0.5
(注)需要項目別・業種別は前年比、%。
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
ルセフ大統領の再選も、今のところ景気の
1
追い風にはなっていない。2015 年 1 月に発足した第二期ルセフ政権は、財政緊縮措置として増税・公
共料金引き上げを相次いで打ち出した。金融市場では財政規律の改善を好感する反応がみられるもの
の、企業・消費者マインドには下押し圧力がかかっている。1 月の企業信頼感指数(ブラジル工業連
盟調査、DI)は、10 カ月連続で景況感の分かれ目となる 50 を下回り、消費者信頼感指数(ジェトゥ
リオ・ヴァルガス財団調査)も、2005 年 9 月の統計開始以来、最低の水準に急落している。
2015 年のブラジルの実質 GDP 成長率は、①格下げ回避のための財政緊縮措置、②高インフレと金融
引き締めの継続、③資源価格下落による交易条件悪化、という3つの要因が成長抑制要因になり、マ
イナスに転落する可能性が高い。さらに、電力・水不足問題や、国営石油会社の経営問題など、リス
クは下振れ方向にある。以下では、3つの成長抑制要因について解説する。
2.成長抑制要因①:格下げ回避のための財政緊縮措置
第一の成長抑制要因は、投機的水準への格下げを回避するための財政緊縮措置である。ルセフ大統
領は、二期目の就任演説で、
「成長のための 4 つのステップ」として「財政収支の調整、国内貯蓄の増
強、投資拡大、生産性向上」を掲げ、事前の予想を上回る財政緊縮措置を打ち出している。
ブラジルの財政収支は急速に悪化し、2008 年以降維持してきた投資適格の格付けを失う懸念がくす
ぶっている。2014 年の基礎的財政収支(利払い費を除く財政収支)は、当初目標の GDP 比 1.9%の黒
字の達成どころか、同▲0.6%と 1997 年以来となる赤字を計上しており、ソブリン格付けは投資適格
級で最低水準(格付け機関スタンダード・アンド・プアーズ:BBB-)2となっている。これまで労働
者党(PT)政権は貧困層への社会政策や景気対策を優先してきたが、同党のルセフ大統領は 2014 年の
大統領選挙で再選を果たして選挙を意識する必要がなくなった(大統領の 3 選禁止)こともあり、格
下げを回避すべく、拡張的な財政運営の見直しに動いている。
財政規律重視派として知られるレビ新財務相は、
「2015 年の基礎的財政収支の黒字目標 663 億レアル
(GDP 比 1.2%)」達成に向け、GDP 比 1.0%規模におよぶ歳出削減・歳入増加措置を矢継ぎ早に発表
している(図表2)。
図表 2 財政緊縮措置の概要
歳出削減策としては、失業保険、寡婦年金、
概要
政策分野
賞与等の受給要件見直しによる社会保障給
基礎的財政収支の黒字目標
付の削減(180 億レアル)
、電力エネルギー開
2015年663億レアル、GDP比1.2%に設定
歳出の抑制策
発会計(CDE)への補助金削減(90 億レアル)
歳出の伸びをGDP成長率以下に抑制
等が実施される。PT 政権による手厚い社会保
社会保障給付の見直しによる歳出削減(失業保険・寡婦年金・
賞与の受給要件見直し、180億レアル)
財政
障給付は、雇用者数が減少しているにも関わ
電力エネルギー開発会計(CDE)補助金削減(90億レアル)
歳入の増加策
らず労働参加率が低下することで、低失業率
自動車等に関する減税の廃止(50億レアル)
を維持する一因となってきた。今後は、社会
燃料税引き上げ、輸入品増税、個人向けローンに対する税率
引き上げ等(206億レアル)
保障給付が抑制されること等により所得環
境が悪化すると、労働参加率が上昇し、失業
率の上昇をもたらす可能性がある。CDE 補助
政策金融
国立経済社会開発銀行(BNDES)による金利の引き上げ
長期貸出金利(TJLP):5.0%→5.5%
(注)政策金融の貸出抑制は、国庫拠出金(国債発行)の抑制要因。
(資料)各種報道等
2
金の削減については、電力会社は負担増加分を消費者に転嫁する方針を示しており、降雨不足による
水力発電から火力発電へのシフトに伴う発電コストの増大と相まって、電力料金の引き上げ要因とな
る。
歳入面では、景気対策として実施されてきた自動車等に対する工業品税(IPI)の軽減措置が 2014
年末で廃止され、2015 年 1 月から従来の税率に戻る(50 億レアルの歳入増要因)
。これにより、自動
車価格は 4~5%程度値上がりするとの見方がある。加えて、燃料税引き上げ(ガソリン 0.22 レアル
/ℓ、ディーゼル 0.15 レアル/ℓ)、輸入品に対する増税、化粧品の卸売に対する課税、個人向け融資に
対する金融取引税引き上げ等により、206 億レアル程度の歳入増が見込まれている。これらの措置は、
増税対象品の値上げや借入コストの増大を通じて、減速が顕著になっている個人消費を一段と下押し
する可能性がある。また、州政府レベルでも、主要 6 州都で昨年 12 月以降、公共バスの運賃値上げが
相次いで実施されており、家計のマインドや実質購買力に悪影響をおよぼすことが懸念される。
3.成長抑制要因②:高インフレと金融引き締めの継続
第二の成長抑制要因は、インフレ率の高止まりと金融引き締めの継続である。
(1)政府規制価格の値上げによりインフレは上振れ、中銀は追加利上げを実施
インフレ率は、上昇ペースが加速している。代表的な物価指数である拡大消費者物価指数(IPCA)
の上昇率は、2015 年 1 月に前年比 7.14%とブラジル中銀が設定しているインフレ目標圏(4.5%±
2.0%)の上限を大幅に上回った。電気料金引き上げや、サンパウロ、リオデジャネイロ等 6 州の州都
でのバス運賃の値上げ等により、政府規制価格が急上昇したほか、干ばつや猛暑の影響で、飲食料品
価格も高騰しており、インフレ率を押し上げている(図表3)。
インフレ率が目標圏を上回って推移していることから、ブラジル中銀は追加利上げを余儀なくされ
ている。ブラジル中銀は、2014 年 4 月まで累計 3.75%の利上げ(7.25%→11.0%)を実施した後、5
月から 9 月までは政策金利を据え置いていた。しかし、「
(レアル安と政府規制価格引き上げにより)
インフレのリスク・バランスが悪化した」として、10 月の金融政策委員会(COPOM)では 0.25%の利
上げを再開、12 月には利上げ幅を 0.5%に拡大し、2015 年 1 月にも 0.5%の追加利上げを実施した(政
策金利 12.25%)。
(2)原油安のインフレ抑制効果は限定的、2015年中の金融緩和余地は乏しい
アジア等他の新興国では、原油価格下落によるインフレ圧力の後退が利下げを可能にしたが、ブラ
ジルでは原油安のインフレ抑制効果は限定的であり、2015 年中の金融緩和余地は乏しいとみられる。
ブラジルでは、燃料価格を政府が規制しているため、原油価格が下落しても燃料価格の低下につな
がりにくい。実際、ブラジルでは、米国に比べ、原油価格とガソリン価格の連動性は低くなっている
(図表4)。政府は、これまでインフレ抑制策の一環として、燃料の国内販売価格を輸入価格より低水
準に抑制してきたが、昨年 11 月に方針を転換し、燃料価格の引き上げを実施した。国営石油会社ペト
ロブラスの経営問題(詳細は後述)が製油所建設の中止や操業縮小につながる等の供給制約が生じて
いるほか、レアル安の進行により原油安に伴う燃料輸入価格の抑制効果が減殺されているため、今後
3
も燃料価格の引き下げは難しいとみられる。加えて、前述のとおり、財政緊縮措置の一環として燃料
税の引き上げが実施されることも、燃料価格の押し上げ要因である。
原油安のインフレ抑制効果が限定的であることを踏まえると、インフレ率は 2015 年前半を中心に上
昇ペースが加速する可能性が高い。このため、2015 年中の金融緩和余地は乏しいと考えられる。雇用
環境の悪化に伴うサービス部門を中心とした賃金上昇圧力の緩和が見込まれるものの、増税・公共料
金引き上げによる電力料金、公共交通運賃等の上昇が物価を押し上げると予想される3。インフレ率が
ピークアウトするのは、増税等の影響が剥落する 2016 年以降になるだろう。
一方で、財政政策が緊縮色を強め、金融引き締めに偏ったポリシー・ミックスが修正される方向に
あるため、追加利上げは継続的・大幅なものにはならないと予想される。ブラジル中銀は 1 月の COPOM
議事録で、
「これまでの引き締め措置は未だ不十分」としているため、3 月の COPOM でも追加利上げ実
施が見込まれる。その後は財政緊縮措置の影響を見守り、政策金利は据え置きとなる可能性が高い。
金融緩和の余地が広がるのは、インフレ率のピークアウトが見込まれる 2016 年を待つ必要があるだろ
う。
ブラジル中銀は COPOM 議事録で、
「一貫性があり、持続可能な財政政策」によって「金融政策が完全
に価格に反映される」ことが可能になるとの見方を示している。これまでは、金融引き締めの一方で、
景気対策としての減税や公共投資の実施、政府系金融機関の融資拡大等、拡張的な財政運営が続いた
ため、利上げ効果は減殺されてきた。トンビニ総裁は、
「財政緊縮措置による規制価格の調整によって
インフレ率は高まるが、中期的なインフレ期待には低下の兆しがみられる」としている。また、COPOM
議事録では、原油価格の影響については、国内ガソリン価格への影響は限られるものの、
「国際価格の
動向は、石油化学等の生産チェーンやインフレ期待を通じて、国内物価に波及する」と指摘しており、
ブラジル中銀は 2016 年にインフレ率が 4.5%の中央値に収束するシナリオに自信を深めているようだ。
図表3 消費者物価(政府規制価格・非規制価格)
(%)
10
図表4 米・ブラジルのガソリン価格変動
100
政府規制価格
(前年比、%)
ブラジル・ガソリン価格
非規制価格
9
80
消費者物価
8
米国・ガソリン価格
原油価格
60
7
40
6
5
20
4
0
3
▲ 20
2
▲ 40
1
0
09
2007
10
11
12
13
14
15
(年)
▲ 60
2010
10
11
12
13
14
15
(年)
(注)相関係数の観測期間は 2010~2014 年(月次)
。
(資料)米エネルギー情報局(EIA)、ブラジル国家石油庁(ANP)、
トムソン・ロイター
(注)政府規制価格:公共料金、住宅サービス、公共交通、ガソ
リン、ディーゼル燃料等
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
4
4.成長抑制要因③:資源価格下落による交易条件悪化
原油をはじめとする資源価格は、大幅に下落している。資源輸出国であるブラジルでは、交易条件
(輸出物価/輸入物価)の悪化により、貿易収支の悪化や内需の下押し圧力が生じる。
(1)原油・石油製品収支は改善するも、鉄鉱石等の資源収支は悪化
資源価格の下落には、ブラジルの貿易収を悪化させる側面がある。原油安に限れば、ブラジルは産
油国ではあるが原油・石油製品収支は赤字のため、収支の改善が見込まれる。しかし、鉄鉱石等他の
資源収支の悪化を加味すれば、資源価格の下落は貿易収支の悪化要因となりうる。
金融危機以降のブラジルは、中国向けを中心に資源輸出への依存度を高めており、輸出に占める一
次産品と工業製品のシェアは 2010 年以降逆転し、一次産品が最大の輸出品目(2014 年シェア 48.7%)
となっている(図表5)。個別品目では、鉄鉱(同 11.5%)、大豆(同 10.3%)、原油(同 7.3%)が上
位 3 品目を占めており、これらの価格急落(鉄鉱石・原油価格は 2014 年に 5 割超、大豆は約 2 割)が、
輸出抑制要因となっている。
輸入をみると、上位 2 品目はガソリン等石油製品(同 7.7%)、原油(同 6.8%)であり、原油・石
油製品収支は赤字となっている(図表6)。このため、原油安は原油・石油製品収支の改善要因となる。
しかし、鉄鉱、大豆については、関連製品を含むベースでみても貿易収支は大幅な黒字となっており、
鉄鉱石、大豆価格の下落は貿易収支の悪化要因となりうる。実際、鉄鉱・鉄鋼製品収支は近年黒字が
縮小傾向にあり、原油安による収支改善効果を減殺している。工業製品等その他の収支は、ブラジル
の賃金上昇による製造業の競争力低下や、アルゼンチン向け自動車輸出の急減といった要因により赤
字幅が拡大しており、2014 年の貿易収支は 2000 年以来となる赤字を計上するほど悪化している。
対外収支に関しては、資源価格下落による直接投資への悪影響も懸念される。原油安を受けて、ブ
ラジル国内ではエネルギー関連の投資削減の動きが生じている。2014 年は大型の鉱区入札が行われな
かったこともあって、原油・ガス採掘分野の直接投資は前年比約 7 割減となっている。農業分野も 8
割超の減少を示しており、2013 年には直接投資全体の 2 割を占めていた農畜産・採鉱分野のシェアは
図表5 品目別輸出
80
(構成比、%)
図表6 主要品目の貿易収支
1,000
一次産品
800
工業製品
70
(億ドル)
半製品
600
60
48.7
大豆・大豆油等
鉄鉱・鉄鋼製品
原油
石油製品
その他
全体
400
50
200
40
0
30
35.6
20
12.9
▲ 200
▲ 400
10
▲ 600
0
▲ 800
2000
02
04
06
08
10
12
2000
14
(年)
02
(資料)UN Comtrade
(資料)開発商工省貿易局
5
04
06
08
10
12
14
(年)
2014 年に 10%程度に縮小した。サービス分野が落ち込みをカバーすることで、直接投資資金の流入は
続いているものの、2014 年の経常収支赤字が GDP 比 4.2%と 2002 年以降で最大規模に拡大するなか、
資源関連分野への資本流入の持続性を注視していく必要がある。
(2)交易利得の減少により内需にも下押し圧力
資源価格の下落は、ブラジルのような資源輸出国の場合、交易条件(輸出物価/輸入物価)の悪化
を通じて所得の海外流出をもたらすことで、外需のみならず内需にも悪影響を及ぼす。
ブラジルの交易条件は、2000 年代後半以降緩やかな改善基調をたどり、金融危機に伴う原油等資源
価格の下落を受けていったん急激に悪化した後、2011 年にかけて再び大幅に改善した。交易条件の改
善局面では、特に金属鉱物(鉄鉱石)がけん引役を担ってきた。しかし、2012 年以降は資源価格下落
により輸出物価が下落する一方、レアル安の進行等を背景に輸入物価は横ばい圏で推移し、交易条件
の悪化傾向が続いている(図表7)。
交易条件の変化に伴う実質所得 (購買力)の変化を捉える概念に、交易利得・損失(海外からの所
得の流出入)がある。定義上、実質 GDP(国内総生産)に交易利得・損失を加えたものが実質 GDI(国
内総所得)となる。ブラジルの交易利得の推移をみると(図表8)、2000 年代前半は小幅な変動にとど
まっていたが、2006~2008 年にかけては交易利得の変動(ここでは交易損失の縮小)がプラスに寄与
する形で、実質 GDI の伸びが実質 GDP を上回る局面が続いた。金融危機後、2010 年にブラジルがV時
回復を示した局面では、交易損失から交易利得に転じたことで、実質 GDI の伸び率は 9.2%と実質 GDP
成長率(7.5%)を大幅に上回る伸びを示した。2012 年以降は、交易条件が悪化すると共に交易利得
幅は縮小し、実質 GDI 成長率は実質 GDP 成長率を下回る推移が続いている。
交易利得の縮小により、実質所得の伸びが鈍化することで、消費や投資には下押し圧力が生じる。
交易利得と個人消費および総固定資本形成の変動をみると、交易利得が実質 GDI を押し上げた 2006 年、
2010 年には成長寄与度が高まる傾向がうかがえる(図表9)
。
図表7 交易条件(輸出物価・輸入物価)
200
図表8 実質GDP・実質GDI・交易利得
(前年比、%)
10
(2006=100)
交易条件(輸出物価/輸入物価)
輸出物価
輸入物価
180
交易利得
実質GDP
8
160
実質GDI
6
140
4
120
2
100
0
80
60
2000
02
04
06
08
(資料)通商研究センター(FUNCEX)
10
12
14 (年)
▲2
00
2000
02
04
06
08
10
12
14 (年)
(注)2014 年は 7-9 月期までの実績。実質 GDI、交易利得は、輸出
入物価の加重平均を共通デフレーターとして算出。交易利得
は寄与度。
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
6
特に総固定資本形成は、交易利得変動の影響をより受けやすいとみられる4。資源価格の下落局面
では、交易利得の減少による企業収益の悪化や、それに起因する株価の下落や格付けの引き下げによ
る資金調達環境の悪化等を通じて、投資抑制圧力が生じる。たとえば、国営石油会社ペトロブラスと
大手鉱山会社ヴァ―レの株価は、原油・鉄鋼石価格の下落と共に急落し、2014 年初に比べ半値近くの
水準で推移しており5(図表10)、格付けについても引き下げの動きがある。両社ともに 2015 年の設備
投資計画は前年比 2 桁減となっており6、建設業界や資材を提供するサプライヤー等、幅広い裾野産業
への影響を通じて、総固定資本形成を下押しする要因になると予想される。
(3)中国経済の成長モデル転換が、資源価格頼みの投資回復を阻む
以上のように、交易条件の悪化を通じてブラジル経済の成長抑制要因となっている資源価格の下落
は、今後も続くのだろうか。2014 年は資源価格が一様に下落基調を強めたが、過剰供給を是正する動
きが広がっている資源については、2015 年の資源価格の調整幅は 2014 年に比べ縮小する可能性があ
る。資源価格の下落幅が縮小あるいは価格が底入れすれば、交易利得変動が実質所得を押し下げる影
響度合いが限界的にはより小さくなり、成長の抑制圧力は徐々に後退していくだろう。
資源価格の先行きを占う上で見逃せないのが、中国経済の動向だ。近年の資源価格下落は、中国経
済の減速が背景にある。中国経済の減速は、投資主導から消費主導への成長モデル転換という構造的
な要因を伴うという点で、資源価格の上昇を抑制する要因となる。中国の所得・消費水準向上により、
食肉および飼料(ブラジルの主要輸出産品である鶏肉、牛肉、大豆、とうもろこし等)への需要と価
格は底堅く推移するとみられる一方で、投資抑制により鉄鉱石等の鉱物資源の価格回復には時間がか
かる可能性が高い。
ブラジル経済は、投資不足に起因する供給制約が低成長と高インフレをもたらしており、中国とは
逆に投資主導の成長モデルへの移行が必要とされている。しかし、かつてのように資源価格の上昇が
交易条件の改善を通じて投資を押し上げる効果は期待しにくくなっている。投資が順調に回復してい
くためには、第二期ルセフ政権の政策運営に対する不透明感が後退し、企業の投資マインドが持ち直
すことが不可欠だ。
図表9 交易利得と内需の変動
(前年比、%)
5
4
図表10 資源価格と関連企業の株価
交易利得
個人消費
総固定資本形成
3
2
(2014/1/1=100)
150
(2014/1/1=100)
150
140
140
130
130
120
120
110
110
100
100
90
90
80
80
1
70
60
原油価格(ブレント)
50
50
ペトロブラス株価
40
▲1
▲2
70
60
0
40
30
2000
00
02
04
06
08
10
12
1 2 3
2014
14(年)
(注)2014年は7-9月期までの実績。実質GDP成長率に対
する寄与度。
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)
4 5
6 7
(資料)Bloomberg
7
8
9 10 11 12 1
2
2015
(月)
鉄鉱石価格
ヴァ―レ株価
30
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2
2014
2015
(月)
5.2015 年はマイナス成長転落へ、景気回復は 2016 年以降に持ち越し
以上のように、①格下げ回避のための財政緊縮措置、②高インフレと金融引き締めの継続、③資源
価格下落による交易条件悪化により、2015 年のブラジル経済はマイナス成長に転落する可能性が高い。
景気回復は、インフレ率のピークアウトにより金融緩和余地が生じる 2016 年以降に持越しとなろう。
みずほ総合研究所では、2015 年の実質 GDP 成長率を▲0.3%、2016 年を 1.0%と予想している。
ブラジル中銀が取りまとめている実質 GDP 成長率予想(中央値)は、下方修正が相次ぎ、2015 年 0.0%、
2016 年 1.5%まで低下している(2 月 6 日時点、図表11)
。IMF(国際通貨基金)も 1 月に成長率見通
しを下方修正し、2015 年 0.3%(2014 年 10 月対比▲1.1%ポイント)、2016 年 1.5%(同▲0.7%ポイ
ント)としている。
景気のリスク・バランスは、なお下振れ方向にある。米金融政策変更に伴うマネーフローの変調と
いう外部環境変化に加え、降雨不足・猛暑による電力・水不足や、国営石油会社ペトロブラスの経営
問題等、国内要因も下振れリスクを増幅する方向に作用しつつある。
ブラジルでは歴史的な干ばつと発電所等の投資不足により、特に経済規模の大きい南東部を中心に
電力および水不足問題が深刻化している7。雨季(例年 10~4 月)に入っても降雨量が不足し、水力発
電を主力電源とするブラジルの電力供給の制約要因となっている一方、猛暑で消費電力量は急増して
いる。政府は、水や電力の配給制度を実施する可能性は否定しているが、節電・節水プログラムを導
入する方針を示している。電力・水道料金も引き上げの方向にあり、消費・生産活動を下押しするお
それがある。
国営石油会社ペトロブラスについては、経営幹部の汚職スキャンダルにより 2014 年 7~9 月期の監
査済み決算発表ができない状況が続いてい
図表 11 実質 GDP 成長率予想の推移
る。同社株は急落、格下げが相次ぐ等、資金
(前年比、%)
3
調達環境は急速に悪化している。政府による
金融支援が必要になるような事態に陥れば、
2015年
財政収支の改善を阻害する要因となり、ソブ
2016年
2
リン格付けに悪影響を及ぼすリスクがある8。
なお、2016 年 8 月に開催されるリオデジャ
1.50
2014年
ネイロ夏季五輪の経済効果については、景気
1
のトレンドを左右するほどのインパクトは
ないと考えられる。2014 年 6、7 月に開催さ
(予測時点)
0
れたサッカーW杯では、観光客の増加等によ
1
2
3
4
5
るサービス収支の改善がみられたものの、そ
6
7 8
2014
の効果は一時的にとどまり、むしろ営業時間
短縮による生産活動の下押しが鮮明になっ
(注)2014 年 2 月 6 日時点。中央値。
(資料)ブラジル中銀
た。関連施設やインフラ整備は、2013 年の総
8
9 10 11 12 1
0.00
2
2015
(年)
固定資本形成の回復に一定程度は寄与したとみられるが、270 億レアル規模といわれた関連投資の達
成率は 7 割弱にとどまった模様で、総じて経済効果は期待外れに終わった。リオ五輪についても、当
初計画では関連施設や都市交通の整備等で 250 億レアル程度の投資が予定されているが、緊縮財政の
影響もあり計画通りに実施されるかは不透明である。
1
2014 年の自動車販売は前年比▲7.1%と、2003 年以来の 2 年連続減少となっており、主要メーカーでの生産・雇用調
整が長期化している。
2
ムーディーズは、外貨建て長期債格付けを投資適格級で下から二番目の Baa2 に維持しているが、見通しは Stable(安
定的)から Negative(弱含み)に引き下げた(2014 年 9 月)
。
3
なお、ブラジル中銀は 2015 年 1 月の COPOM 議事録で、2015 年の政府規制価格の見通しを 12 月時点の 6.0%から 9.3%
へと大幅に引き上げている。2016 年については、5.2%から 5.1%に引き下げている。
4
交易利得変動指数(1995 年=100)を作成し、実質個人消費、実質総固定資本形成を被説明変数、交易利得変動指数を
説明変数とする最小二乗法による回帰分析をそれぞれ行うと(変数はすべて対数値、2005 年以降四半期データ)、弾性値、
決定係数ともに総固定資本形成が個人消費を上回る結果が得られる。
5
2008 年ごろにはボベスパ証券市場全体の 3 割超を占めていた両社の時価総額は、足元 1 割を切る水準まで減少している。
6
ペトロブラスは、2015 年の設備投資計画について 310~330 億ドルと発表しており、2014 年の 420 億ドルから 2 割以上
減少し、2008 年の 290 億ドル以来の低水準になる見込み。ブラジルの総固定資本形成は約 3,740 億ドル(2013 年)である
ことから、ペトロブラスの設備投資額は、国内投資の 1 割前後の規模に相当する。ヴァ―レは、2015 年の設備投資計画を
前年計画比 26%減の 102 億ドルと発表しており、2009 年以来 6 年ぶりの低水準となる見込み。
7
2015 年 1 月 19 日にはサンパウロ州等 10 州および首都ブラジリアで大規模停電が発生した。
8
ルセフ大統領はかつてペトロブラスの経営に関与しており、ペトロブラスの経営問題は政権にも打撃を与えている。増
税・公共料金引き上げの実施もあり、大統領に対する肯定的な評価(非常に良い・良い)は、2014 年 12 月の 42%から 2015
年 1 月には 23%と就任後最低水準に低下し(2015 年 2 月 3~5 日の Datafolha 調査)、2013 年 6 月の大規模デモ発生時(30%)
を下回った。また、下院議長に選出されたエドゥアルド・クーニャ氏は、労働者党政権と連立与党を組むブラジル民主運
動党(PMDB)に所属しているものの、長年ルセフ大統領とは敵対的な関係にあり、議会内にペトロブラス問題を追及する
委員会を設置する可能性が浮上している。2 月に入りペトロブラスの最高経営責任者(CEO)が辞任したが、与党を支持す
る国営銀行(ブラジル銀行)の CEO が後任に任命されたため、経営改革に対する市場の期待は後退している。
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
9
主要経済指標一覧
名目GDP
億ドル
一人当たり、ドル
実質GDP
前期比、%
前年比、%
民間消費
政府消費
総固定資本形成
輸出
輸入
農畜産業
鉱工業
サービス業
鉱工業生産
前期比、%
前期比、%
前期比、%
前期比、%
前期比、%
前期比、%
前期比、%
前期比、%
前期比、%
前年比、%
商業販売
雇用
物価
国際収支
小売売上高
自動車販売台数
失業率
全国正規雇用者数(注1)
IPA-DI(卸売物価指数)
IPCA(拡大消費者物価指数)
貿易収支
輸出
輸入
経常収支(注2)
前年比、%
前年比、%
%
人
前年比、%
前年比、%
百万ドル
前年比、%
前年比、%
百万ドル
対GDP比、%
資本収支
外貨準備高
輸入比
対外債務残高
百万ドル
百万ドル
カ月
百万ドル
対GDP比、%
財政収支
プライマリー収支(注3)
億レアル
対GDP比、%
総合収支
一般政府債務残高
億レアル
億レアル
対GDP比、%
金利
為替
株価
SELIC(短期金利誘導目標)
レアル/ドル
Bovespa指数
期末値、%
期末値
2012
22,473
11,279
1.0
3.2
3.3
▲ 4.0
0.5
0.2
▲ 2.0
▲ 0.8
1.8
▲ 2.3
8.4
4.7
5.5
868,241
5.9
5.4
19,395
▲ 5.3
▲ 1.4
▲ 54,249
▲ 2.4
70,010
373,148
20.1
312,898
13.9
1,050
2.4
▲ 1,089
25,839
58.8
7.25
2.0516
60,952
2013
22,431
11,158
2.5
2.6
2.0
5.2
2.5
8.3
7.2
1.7
2.2
2.1
4.3
▲ 0.9
5.4
730,687
5.9
6.2
2,399
▲ 0.2
7.4
▲ 81,108
▲ 3.6
74,246
358,808
18.0
308,625
13.8
913
1.9
▲ 1,575
27,480
56.7
10.00
2.3621
51,507
2014
21,808
▲ 7.1
4.8
152,714
4.6
6.3
▲ 3,930
▲ 7.0
▲ 4.4
▲ 90,948
▲ 4.2
99,572
363,551
19.0
347,621
15.9
▲ 325
▲ 0.6
▲ 3,439
32,524
63.4
11.75
2.6576
50,007
期末値
(注1)全国正規雇用者数は、27州・連邦区で政府登録された正規雇用創出件数。
(注2)経常収支の対GDP比は、12カ月累計値。
(注3)プライマリー収支は、総合収支から利払い費を除いたもの。プライマリー収支および総合収支の月次データは12カ月累計値。
(資料)ブラジル地理統計院(IBGE)、ブラジル中央銀行、ブラジル労働省等よりみずほ総合研究所作成
10
2014/4-6
▲ 0.6
▲ 0.9
0.0
▲ 0.5
▲ 5.2
3.0
▲ 1.8
0.4
▲ 2.0
▲ 0.5
▲ 1.9
▲ 5.3
4.1
▲ 12.3
4.9
189,583
7.1
6.4
3,582
▲ 4.2
▲ 6.7
▲ 18,380
▲ 3.7
24,003
373,516
19.5
333,252
15.0
791
1.6
▲ 1,708
29,411
59.0
11.00
2.2143
53,168
2014/7-9
2014/10-12
0.1
▲ 0.2
▲ 0.3
1.3
1.3
1.0
2.4
▲ 1.9
1.7
0.5
▲ 0.5
▲ 1.6
▲ 3.6
▲ 4.1
▲ 0.4
1.2
▲ 11.9
▲ 1.5
4.9
4.6
237,006 ▲ 577,410
2.9
2.0
6.6
6.5
1,797
▲ 3,235
0.0
▲ 20.2
▲ 0.7
▲ 9.4
▲ 19,474 ▲ 27,838
▲ 3.8
▲ 4.2
27,975
18,997
375,513
363,551
18.4
19.9
338,364
347,621
15.4
15.9
467
▲ 44
0.9
▲ 0.1
▲ 2,157
▲ 2,991
31,321
32,524
61.9
63.4
11.00
11.75
2.4469
2.6576
54,116
50,007
2014/10
0.2
▲ 3.4
2.2
▲ 7.0
4.7
▲ 30,283
1.3
6.6
▲ 1,177
▲ 19.7
▲ 15.4
▲ 8,155
▲ 3.9
8,581
375,833
19.3
286
0.6
▲ 2,560
31,687
62.3
11.25
2.4778
54,629
2014/11
2014/12
▲ 1.1
▲ 2.8
▲ 6.1
▲ 2.8
1.4
0.3
▲ 2.6
4.5
4.8
4.3
8,381 ▲ 555,508
2.6
2.2
6.6
6.4
▲ 2,351
293
▲ 25.0
▲ 16.1
▲ 5.9
▲ 5.5
▲ 9,366 ▲ 10,317
▲ 4.1
▲ 4.2
9,359
1,057
375,426
363,551
20.9
21.1
▲ 92
▲ 325
▲ 0.2
▲ 0.6
▲ 2,974
▲ 3,439
32,179
32,524
63.0
63.4
11.25
11.75
2.5654
2.6576
54,724
50,007
2015/01
▲ 18.8
2.3
7.1
▲ 3,174
▲ 14.5
▲ 16.0
361,767
21.4
12.25
2.6829
46,908