小説 家 ／ 児 童 文 学 作 家 迫 る あ の 人 の 魅 力 」に 「 あさのあつこ 教師の一言が生徒の心に 深く刻まれることがある みま さか さん とう 私が生まれ育った場所は、岡山県 ゆの ごう を代表する温泉郷・美作三湯の一つ、 湯郷。小学生のころは、学校が終わ ると近所の子供たちと山や川へ行き、 暗くなるまで遊ぶという「昭和の小 学生」そのものだったと思います。 高校教師をしていた母が、家の本棚 に岩波書店少年少女文学全集を揃え てくれていましたが、読まずじまい でしたね。 それが中学生になって一変。海外 ミステリーの世界に魅了されました。 シャーロック・ホームズの『バスカ ヴィル家の犬』という長編小説で、 物語の面白さを知ったんです。その 感動だけが鮮烈に記憶に残り、その 冊を手にした経緯は全く覚えてい 児童文学作品に位置付けられてはいるが 延べ1000万部を超えるベストセラー小説、 『バッテリー』 。 子供から大人までを魅了する作品として名高い。 そして、初めて物語を書いたのが ようになりました。 いつか自分でも書いてみたいと思う ステリーです（笑） 。このころから、 有名作家の名前を出して、その人の く先生の感想が書いてありました。 稿用紙には、赤ペンで、評価ではな げて提出しました。後日戻された原 で原稿用紙 枚ほどの作品を書き上 影響を受けることは当然あるでしょ 励みになっている。大好きな先生の の先生に褒められたことが、今なお たわけではないんです。それでもそ 言うと、その先生を特別に慕ってい ける！」と自信を持ちました。実を 中にあって、長い年月を経て、 「巧」 ると、その思いは中学時代から私の 現したいと思ったんです。もしかす という、強靭な心を持った人物を表 どんなに自分が傷ついても構わない それで、自分の思いを貫くためなら、 す。実はそれがとても苦しかった。 さん 初めて惹きこまれた本や、夢と自信を持たせてくれた恩師との出会い、 その名作の生みの親、あさのあつこさんに そして『バッテリー』の誕生秘話などについてお話をうかがった。 とがあるんですね。この出来事が、 私が物を書く原点の一つになってい ることは言うまでもありません。 強靭な心を持った人物を描きたくて 書き始めた『バッテリー』 私の作品づくりは「こんな人物を 描きたい」というところから始まり ます。モデルがいるのではなく、ど の人物像も自分の中から生まれます。 よって、 『バッテリー』も野球少年 たくみ ありきだったのではなく、主人公の 「巧」を表現したくて、そのために 野球少年に設定したというのが実情。 「巧」という人物を表現したいと思 った理由は、私の中学時代にありま す。私は、中学時代に物書きになり たいと夢を持ったのですが、笑われ るのが怖くて誰にも言えませんでし た。自分の思いをさらけ出すことよ 高校生のとき。現国の授業で、読書 作品をほうふつとさせる作品ですね、 うけれど、そうではなくても教師の りも、他人の目を気にしていたんで 感想文か創作作文のどちらかを選ん と。今思えば、教師としての配慮な ません。これは私の中での小さなミ で書く課題が出たんです。 「 物語を を表現できる自信がつき、やっと私 Asano Atsuko 一言が、生徒の心に深く刻まれるこ 「子供のときって、大人が自分と対等に向き合ってくれて、なおかつ褒めてくれたりすると、 ものすごく嬉しいし、自信につながるんですよね」とあさのさん I n t e r v i e w のですが、若かった私は「私にも書 本との出会いは、 人との出会いと一緒 書けるチャンス！」 、そんな気持ち 9 かがやき 生き方を変えることさえある 本との出会い、教師からの一言 30 1 新しいものを書き始めるときにも、 します。この想像力があると、つら に豊かな時間をもたらしてくれるは の本について話をする。これは双方 この状況が変わる誰か、何かに出会 幸せなことに、すぐ近くに温泉が い状況にいる誰かの気持ちが想像で ています。ちなみに、執筆にかける えるかもしれない」と想像して前を あるので、疲れたなと思ったら私は あ る 種 の ワ ク ワ ク 感 が あ る の で、 時間はその内容によりますね。時代 向くことができます。読書で育つ想 すぐ温泉に行きます。疲れたときは、 ずです。 小説は、登場人物の言葉も背景に描 像力は、自分が生きていく力、自分 自分のためだけに、自分の心地よい きる人になれるし、自分がつらい状 くものも、私自身が感覚として捉え を生かす力、他人と生きる力につな 場所と時間をつくるのが基本。そう 「締め切りさえなければ楽しいの られないものが多いので、必然的に がっていくのだと思います。 いのは作品を書きあげた瞬間です。 一緒。素敵な人に出会って、自分の 本との出会いは、人との出会いと わ」と言うのとでは、その本に対す の本の主人公はあなたに似ている 大人が実際にその本を読んで、 「こ を読みなさい」と上から言うのと、 関係で語り合うことです。 「 この本 読み、その本について子供と対等な むようになるか。それは大人が本を では、どうすれば、子供が本を読 と、氷細工のような梅の花に気づい 散歩に出ます。寒い冬でも外を歩く まったときは気分転換をするために ム」を楽しむのもいいですよ。煮詰 それを入れて「自分だけのバスタイ 家族には内緒で買っておいて（笑） 、 ても、ちょっと高めのバスオイルを 早い方法だと思います。温泉でなく いう意味で、お風呂は一番手っ取り の 人 の 力 」に あ 読書で培われる想像力は 生きていく力につながる 魅 作品づくりの過程で、一番うれし 「 気持ちも高揚していますから「こん 生き方や考え方が変わることがある る子供の受け取り方に雲泥の差があ たり、霜が降りて山全体が砂糖菓子 迫 る な面白い作品を読めるなんて、みん ように、本には人の人生を変えてし ります。小説でも絵本でも漫画でも のようになっている風景に出会えた ったりもするんですよ。 な幸せよね！」なんて思いながら達 まうくらいの力がある。そして、私 いいので、親子の間、あるいは教師 1 作品を生み出す喜びと 生みの苦しみ 成感に浸っています。それが、印刷、 にとって素敵なAさんが、私以外の るのと同じで、どの本に魅了される あさの あつこ 製本と段階を踏んでいくと、一定の るんです。すると、達成感どころか かは、人によって違います。つまり 1954年、岡山県 生まれ。青山学 院大学文学部卒業。1997年、 『バッ テリー』 （教育画劇）で野間児童文 芸賞、1999年、 『バッテリーⅡ』で 日本児童文学者協会賞、2005年、 『バッテリー』全6巻で小学館児童 出版文化賞を受賞。 『バッテリー』 は漫画化、映画化、テレビドラマ化、 ラジオドラマ化されるなど、子供か ら大人までを魅了する作品として人 気を博す。その他『ヴィヴァーチェ』 シリーズ（角川書店） 『No.6』シリー 、 ズ（講談社） 、 『弥勒』シリーズ（光 文社）など著書多数。 りして、瞬時に気分転換ができます。 「どうしよう…」と頭を抱えること 「私だけの」 「あなただけの」何かに profile と生徒の間に 冊の本を置いて、そ になります（苦笑） 。でも、毎回満 出会えるのが本の魅力だと思います。 Interview 人にとってはどうでも良かったりす 足できないからこそ、次を書きたい はない誰かのことや、自分が 本を読むと自ずと、自分で は、やはり締め切りが近づいている いる世界ではない世界を想像 と思えるのは確かですね。苦しいの のに筆が進まないときです。ただ、 Asano Atsuko 時間が経って作品の弱点が見えてく 疲れたら温泉、 煮詰まったら散歩 時間がかかります。たとえば、行燈 況になったときに、 「明日になれば、 の暗さを知るために自分で行燈を作 に」と自分勝手なことをいつも思っ の外に出てきたのかもしれませんね。 「児童向けのものを書くときには、美しい言葉だけで 仕上げたい」と話すあさのさん かがやき 10
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