研究型大学におけるグローバル化と国際化に対 応した外国語

Title
筑波大学の実践: 研究型大学におけるグローバル化と国際化に対
応した外国語教育
Author(s)
島田, 雅晴
Citation
外国語教育フォーラム = Forum of Language Instructors, 8: 49-58
Issue Date
2014-03
Type
Departmental Bulletin Paper
Text version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/2297/37586
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2013 年度講演会記録
筑波大学の実践
研究型大学におけるグローバル化と国際化に対応した外国語教育
島田 雅晴
筑波大学外国語センター准教授
1. 筑波大学の教育体制
平成 23 年度に、筑波大学は開学して以来、初めて外国語のカリキュラムを大きく変えま
した。この改変を「グローバル化と国際化」というコンテクストに当てはめたときにどの
ように見えるかという視点からとらえ、新しく導入された外国語カリキュラムとその導入
に関わる作業についてお話ししたいと思います。
まず、筑波大学の教育体制および筑波大学のカリキュラム改革の経過を見ていきます。
筑波大学の教養教育における外国語科目の実施体制ですが、筑波大学には外国語センター
という部署があり、そこが全学の共通科目「外国語」を開設しています。筑波大学の場合、
学士課程は 9 学群 23 学類からなり、1 学年に約 2200~2500 人の学生がいます。英語につ
いていいますと、英語は必修科目なので全ての学生が外国語センターの英語科目を受ける
ことになっています。
教育に関する組織には、学士課程に関するもの、大学院、センターの三つがあります。
教育・学生支援関係のセンターには外国語センター、留学生センター、アドミッションセ
ンター、保健管理センター、体育センターの五つがあります。筑波大学の場合、全ての教
員は各組織ではなく、「系」という教員組織に属しています。例えば、人文社会関係の教員
は人文社会系に属しています。同様に、教育学・心理学関係の教員は人間系に、生物学・
農学関係の教員は生命環境系に、数学・物理・化学関係の教員は数理物質系に、工学・情
報関係の教員はシステム情報系に、医療関係の教員は医学医療系に、体育関係の教員は体
育系に、芸術関係の教員は芸術系に属しています。また、筑波大学は法人化と同時に図書
館情報大学と合併しましたが、そのときにいっしょになった図書館情報大学の教員図書館
情報メディア系に属しています。
教員は一人一人自分が占めているポストで担当する教育組織が決まっています。例えば、
人文社会系に属しているある教員は、学士課程では人文学類、大学院では人文社会科学研
究科を担当するというようになっています。それにプラスしてセンターを担当する教員も
います。人文社会系ではない系に属している人の中には大学院だけを担当している人もい
ると思います。
教員は必ずしも分野的に系に関わる学類を担当するわけではありません。例えば、私の
学士課程での担当は医学群の医療科学類です。私はもともと筑波大学の併設機関であった
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Forum of Language Instructors, Volume 8, 2014
医療技術短期大学部に所属しておりました。法人化とともに看護学類、医療科学類として
筑波大学に統合されましたが、その関係で私は学士課程では医療科学類を担当しています。
大学院での担当は人文社会科学研究科です。それと外国語センターに所属しています。こ
のように、教員は全員、教員組織である系に属し、その上で担当する学類、大学院、セン
ターが決まっています。
教養外国語科目を担当しているのは外国語センターで、人文社会系という教育組織に所
属する言語学・文学・英語教育学関係の教員の一部が外国語センターに勤務することにな
っています。人文社会系の教員約 250 名のうち 31 名が外国語センター勤務です。その内訳
は、英語教員が 18 名、うち外国人教員が 7 名です。外国語センターの英語科目は、外国語
センターに勤務する教員だけで担当するのではなく、学士課程、大学院にしか所属してい
ない教員も担当します。筑波大学では、教員の組織が決まっており、いろいろ出張すると
いうのが基本的なつくりです。ただし、センター勤務の教員はセンターが主たる所属にな
り、他のところは付け足しのような感じになります。
2. 平成 23 年度新カリキュラム導入へ向けての経過
新しいカリキュラム導入に向けての経過としましては、まず、平成 19 年 4 月に当時の筑
波大学の岩崎洋一学長が「教養教育の再構築」を宣言したことをあげなければなりません。
それを受け、平成 20 年 3 月に当時の工藤典雄教育担当副学長が機構長を務めるという形で
教養教育機構という組織が立ち上がり、そこが中心になり、教養教育に関して考えていく
ことになりました。新しいカリキュラムの導入の必要性は、それ以前から外国語センター
の英語担当教員からも言われており、大学本体とは独立した動きとして外国語センター英
語セクションにおいてもカリキュラム改変の検討が既に始まっていました。この 2 つの動
きが合体する形で、新カリキュラムが作られていったということになります。
新カリキュラム検討のための資料収集として、まず、平成 20 年 7 月から 8 月にかけて他
大学の視察を行いました。調査対象は 8 大学で、これは「教養外国語(英語)教育につい
ての視察報告」という形でまとめられています。平成 20 年 10 月には、教養教育機構の中
に外国語を専門に扱う委員会として外国語教育専門委員会が設置されました。委員長は人
文・文化学群長で、教養教育機構副機構長の山田宣夫先生でした。山田先生は言語学の生
成音韻論をご専門とされている方です。英語に関しては平成 20~21 年度に、英語以外の外
国語に関しては平成 21~22 年度に、他大学の実態を調査しました。さらに、学内教育組織
(学部、学科)から要望を聴取し、学生の代表との意見交換で学生の意向も確認しました。
このような作業を通じて、今のカリキュラムで何が足りないのか、改善するところはあ
るのかを考え、外国語センターが中心になって案をつくり、新しいカリキュラムの方針を
決めていきました。そして、いろいろな会議で検討し、修正・承認を繰り返し、一番大き
な会議である学群教育会議において、英語に関しては平成 21 年度に新カリキュラム案が承
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認され、英語以外の外国語に関しては、平成 22 年度に新カリキュラム案が承認されました。
3. カリキュラム移行の苦労
平成 22 年度までのカリキュラムでは、1 年生だけにしか必修の英語科目が開設されてい
ませんでした。科目は通年開設で 3 科目あり、それぞれ、読解(reading)、コミュニケー
ション(speaking)、聴解(listening)または作文(writing)に関するもので、計 4.5 単位
でした。筑波大学は 90 分授業ではなく 75 分授業なので、1 科目の単位が 1.5 単位と中途半
端です。平成 23 年度に、1 年次の英語科目は、科目数は 3 科目と変わらないものの、名前
と内容を刷新しました。また、2 年次の必修科目として「専門英語基礎演習」を作りました
ので、もともと 4.5 単位だった単位数に 1.0 単位がプラスされ、5.5 単位に単位数が増えま
した。
ただ、2 年次の必修科目の新設や単位数の増加を学内で通すのはものすごく大変でした。
多くの学生が必修としている英語科目は固定時間割で実施する必要があります。これまで
も 1 年次必修の英語科目は固定時間割で実施され、何曜日の何時間目にどの学類が受ける
かが決まっていました。学類も専門科目がありますので、いろいろとやりとりをして固定
時間割を決めますが、2 年次対象の科目ではこの作業が比較にならないほど大変になります。
結局、固定時間割に準ずる形で 2 年生対象の「専門英語基礎演習」の時間割もつくること
としました。その作業は、私が学類のホームページやシラバスを見て、9 学群 23 学類全部
の 2 年生以上の時間割で、専門科目が入っている枠を全部調べることからはじめました。
そして、人文学類であればここの枠が空いている、比較文化学類であればここの枠が空い
ている、というように全部調べて表にしてまとめました。月曜日の 1 時間目が空いている
ように見えても、別の共通科目である総合科目が入っているので対象外だったり、当時は 3
学期制で、1 学期、2 学期、3 学期で時間割が違うので、1 学期は空いているけれども、2
学期は空いていなかったりなど、いろいろと複雑でかなり大変でした。こういうものを調
べてまとめ、こちらで新しい必修科目を入れることができる時間枠を示し、それをもとに
時間割を作成し、全学の会議に提案して了承を取りました。
それから、単位数の増加ですが、学類側は卒業総単位数が変わるのは避けたいのです。
卒業総単位を同じにするのであれば、必修や選択の科目の配分を変えなければいけないの
で非常に嫌がりますが、これもお願いしてやっていただきました。たったこれだけのこと
でしたが、作業はものすごく大変でした。外国語センター側のことで言うと、旧カリキュ
ラムと新カリキュラムの 1 年次の科目数を 3 科目として変えないことが重要でした。そう
でないと、既に決まっている 1 年次の固定時間割をまた変えなければなりませんし、科目
数が変わりますので、教員間の担当コマ数の調整が必要となる可能性がでてくるなど、教
育とは直接関係しないところで様々な問題が生じることが考えられるのです。このような
ことで枠を同じにしたままでしかカリキュラムを変えることができなかったというのは、
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情けないといえば情けないのですが、それが実務の現状です。そして、実際にこういう作
業をしているのは外国語センターの中の一部の教員で、構成員全員で均等に分担ができて
いるわけでもありません。作業の性質上そうなるともいえるのかもしれませんが、これも
また現実です。
4. 旧カリキュラムの概要
英語の旧カリキュラムの特徴は、まず、必修 3 科目が英語 I(読解)、英語 II(コミュニ
ケーション)、英語 III(聴解または作文)というスキルによる科目だてになっているという
ことです。それから、入学時にプレイスメントテストを行い、能力別にクラスを編成して
いたことも特徴といえます。プレイスメントテストは外国語センターがつくったマークシ
ート形式の約 65 分の試験で、最初の約 20 分でリスニングのテストを行い、その後、リー
ディング、文法の問題を解くというものです。
そして、1 年次の終了時にプレイスメントテストと同形式の筑波大学英語検定試験(筑波
英検)を行うことも大きな特徴でした。各科目で優、良、可と成績が付き、1.5 単位が出ま
すが、筑波英検に合格しなければそれが卒業単位として認められません。従って、クラス
の期末試験で優が出ていても、筑波英検に合格していなければ、成績表は白紙です。旧カ
リキュラムでは、そのように筑波英検に合格して初めて単位が認められていましたが、新
カリキュラムでは廃止されました。英語は必修科目で、全ての学類生が取らなければいけ
ないのですが、筑波英検で苦しむ学生が非常に多かったからです。旧カリキュラムから新
カリキュラムに移行する際には筑波英検に合格できないでいる学生が 700 名にのぼってい
ました。旧カリキュラムで入ってきた人はこれで卒業しなければいけないので、新カリキ
ュラムに移行した後も特別科目を履修させるという代替措置をとっていますが、筑波英検
に合格にできずに残っている学生が現在まだ 35 名います。民間の試験などを利用してある
一定の点数を取れなければ卒業できない仕組みにすることが流行しかけたことがあります
が、それをやると卒業できない人がたくさん出るので大変です。合格できるまで、教員が
髪を振り乱して指導するのでしょうか。それだけの労力は他のもっと有益な指導に使うべ
きではないでしょうか。また、学生に無用なプレッシャーを与えることなく、勉学に気持
ちを集中させる方がいいのではないでしょうか。賛成の人もいますが、筑波英検には疑問
の声が多く、廃止になりました。
旧カリキュラムの問題点は、一つは 2 年次以降の学生に必修の英語科目がなかったこと、
もう一つは理念がよく分からず、教員によって内容がばらばらだったことです。例えば、
履修要覧の「基礎科目(共通科目)の履修方法」では「読むこと、書くこと、聞くこと、
話すことの能力を養う」とありますが、履修要覧の「教育課程」では「実用能力の養成を
目的とする科目」となっています。各学類の学生が代表をだし、組織している全代会とい
う大学公認の学生組織でも独自に学生対象に英語科目についてアンケート調査を行ってい
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ましたが、それによれば、「実用一辺倒」の内容も「学術一辺倒」の内容もあまり望まれて
おらず、「両方をやってほしい」という意見が多かったようです。そういうこともあり、こ
の辺も見直しになりました。そして、先ほど話した手続きを踏み、カリキュラムを変えて
いきました。
5. 他大学視察・学内調査
他大学視察では、六つの調査項目(
キュラム内容、
教養外国語教育の理念と目的、
英語科目の 2 年次以降の実施状況、
科目の必修単位数と卒業単位数に占める割合、
英語科目のカリ
学習成果の評価方法、
外国語
専門教育との連動性)を決め、あらかじ
め訪問する大学に調査項目を知らせて、答えを用意しておいてもらい、話をうかがってき
ました。訪問した大学は北海道大学、東北大学、東京大学、お茶の水女子大学、京都大学、
大阪大学で、名古屋大学と九州大学は担当者がサバティカルなどのため不在で、資料によ
る調査のみを行いました。
学内での調査は、教養教育機構の外国語教育専門委員会委員長の名前で文面をつくり、
今後実施する英語教育の在り方や内容・方法等についての意見・要望を出していただくよ
う、各学類にお願いしました。外国語センターは 2 年次以降の学生を対象とした英語科目
を開設していなかったので、新たにそのような科目を開設していくにあたり、2 年次以上の
専門語学をどのように実施しているかというアンケートもあわせて行いました。たくさん
意見を書いてくる学類もあれば、特になし、という学類もあり、学類によっていろいろで
した。お願いする際には「意見・要望の記入に当たっては、貴組織のカリキュラム委員会
等とよくご相談の上、ご回答くださるようお願いいたします」と書きました。外国語の教
育がどうあるべきかに関しては本当に個人によって差があり、特定の個人の偏った考えが
学類の代表の考えとして来ることは望んでいなかったので、学類長やカリキュラム委員長
が個人的な意見を書くのではなく、意見の調整をして出してくださいという形にしたので
す。それで、見るべきところ、聞くべきところは取り入れていこうと考えていました。学
群・学類からの意見は、「共通科目『外国語(英語)』に関する意見・要望」としてまとめ
られました。
結局、旧カリキュラムの課題として、
英語教育の実施、
単位数の見直し、
理念・目的の明確化、
開設科目の多様化、
2 年次以降の学生への
検定試験制度の見直しが必
要であることがわかってきました。他大学の視察、他の教育組織からの意見聴取、学生と
のやりとり、外国語センターの教員が昔から持っていた問題意識を総合した結果出てきた
ものです。それを踏まえて、新しいカリキュラムの基本方針を立て、それを会議に出しま
した。
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6. 新カリキュラムの立案
新しいカリキュラム案が承認されてからは、その内容を周知するために英語教員、学生
を対象に案内リーフレットを作成し、配布しました。それから、英語以外の外国語も合わ
せた新しいカリキュラム全体に関しても同じものを作り、配布しました。また、日本語版
だけでなく英語版も作り、外国人教員にも分かってもらえるようしました。
この案内リーフレットには、英語カリキュラムの概要が載っています。まず理念は「世
界的研究・教育拠点を目指すという本学の基本的目標を踏まえ、『一般学術目的の英語
(English-for General Academic Purposes(EGAP)
)
』に重点を置いた、専門教育の出発
点にふさわしい、4 年間を見据えたカリキュラムとします。特に、2 年次生対象に専門の英
語への橋渡しとなる必修科目を新たに設定しました」という部分になります。筑波大学は
研究型大学であり、研究型大学の初等教育で行う外国語教育とは何なのかということを考
えました。一般学術目的の英語は、各学部の専門語学とは違い、学問分野問わず必要とな
る学術英語の基礎です。どの分野の学術論文でも、英語論文を見ると、表現や論の立て方
など共通する部分はたくさんあります。特定の分野の特殊な表現などの学習はそれぞれの
学部で行ってもらいます。外国語センターの英語教育は、どの学問分野でも必要となる学
術英語の基礎を養成することをその理念としました。
その理念に合わせて、必修科目を立てました。1 年次の科目は「英語基礎」、
「異文化と英
語」、
「総合英語」に一新しました。
「英語基礎」の英語名は Basic English ではなく Principles
of English です。この科目の目標は、「現代英語で書かれた良書を、語法・文法の形式面お
よび内容面に十分注意を払いながら丹念に読み込み、英語力の基礎となる言語基底能力と
学問の基礎となる読解力および思考力を養う」ことです。他大学の視察において、コミュ
ニケーション能力といったときに、speaking という発信能力を重視するのはもちろんです
が、それ以上に読解は欠かせないというのが共通認識であることが分かりました。
明海大学の大津由紀雄先生の本に、「言語基底能力」という言葉がよく出てきます。大津
先生は言語学の一つの分野である生成文法を研究されています。生成文法とは、言語は 3000
~5000 あるといわれますが、それは見かけだけで、透かしてよく見ると、骨格はどの言語
も変わりない、抽象レベルでは人の言語は 1 種類しかない、という考え方です。理論言語
学ではここ半世紀ほど、そういう方向で研究が続けられています。「英語基礎」では、そう
した言語の抽象的な構造を見抜ける能力を養います。英語を読むときに、実際に読んでい
るのは英語の文ではなく、文の上にくっついている目に見えない構造なのです。A という単
語と B という単語は隣同士にあるけれど、本当に近い関係にあるのか。隣にあるだけで、
全く関係がない場合もあります。従って、目に見えない構造を見抜くことが大切で、そう
いう抽象的思考を養うところがあるからこそ外国語の勉強は重要で、いろいろな勉学の基
礎になります。恐らく読解が重視されているのは、そのような直感があるからだろうと思
います。
「異文化と英語」は、言語、文化、社会に関わることをテーマに学術英語の基礎を勉強
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するもので、英語によるリサーチの入門のようなものとして考えています。実際に教える
のは言語や文化を専門とする教員で、テーマを設定し、学生にいろいろと調べ物をさせ、
英語を読ませて、英語で発表・討論をさせていきます。
「総合英語」は、学術英語の基礎を養う目的で 4 技能を訓練するもので、CALL 教室な
どを効果的に使って行います。ここでは教員が科目責任者になり、成績もつけますが、言
語を研究している大学院生にティーチング・フェローという形で実際に授業を担当させま
す。その背景には人数の不足があります。2 年生の科目数を増やしたので、専任教員を増や
して、センターの外国人英語教員は 4 人から 7 人になりました。そのうちの 2 人はドイツ
語とフランス語で任期満了になり、更新するときに英語教員を採用し、あとの 1 人は純増
でしたが、人数が足りませんでした。院生の監督・指導は大変なので、教員が教えてしま
った方がいいとも思いましたが、今、大学院生は就職が大変で教育歴をつけなければいけ
ませんし、英語の勉強になり、広い意味で研究の一部ともいえます。さらに、学生は若い
院生が一生懸命やっているのを好意的に見るようなので、いろいろ考えますと、苦労して
でもやった方がいいと思って今もそのようにしています。
2 年次の「専門英語基礎演習」は、英語母語話者教員を中心としたライティング、プレゼ
ンテーションなどの発信能力を中心とした科目で、科目の目標は「1 年次必修 3 科目で養っ
た力を土台に、専門教育への橋渡しとして必要とされる、一般的な学術的英語運用能力を
養成する」ことです。学部の専門語学と教養課程の英語の間に溝があることは学生も感じ
るようで、そこの橋渡し役として考えています。
7. グローバル化・国際化とカリキュラムの関係
グローバル化・国際化と新カリキュラムにはどういう関係があるのでしょうか。筑波大
学では、英語以外の外国語(初修外国語)のカリキュラムも変えています。アラビア語を
必修科目として履修できるのは京都大学しかなかったので、新たにアラビア語科目を開設
し、必修科目として履修できるようにしました。金沢大学はラテン語やギリシャ語のよう
な古典語が必修科目として卒業単位になりますが、私が調査した中ではそのような大学は
ありませんでした。大変感服しておりますし、今後も是非とも続けていっていただきたい
と思います。
英語、初修外国語を含めた全体のカリキュラムのつくりについては、案内リーフレット
の「教養外国語教育の理念と目的」という項目に書かれています。
本学は、世界的な研究・教育拠点の一つとして、世界が直面する問題の解決に貢献し、自立
して国際的に活躍できる人材を育成することを目的としています。外国語センターの教養外国
語教育はこの目的の達成に寄与すべく次の理念・目的の下に実施されます。
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①
学術研究の場で外国語(特に英語)が駆使できるようになることを目指して、それにふ
さわしい教養と言語技能を養う。
②
未知の外国語を学ぶという知的訓練により、文化的・社会的多様性および多様な価値観
に対する理解を深め、複眼的な視点を身に付ける。
主に
の目的で英語教育が、
の目的で初修外国語教育が実施されます。つまり、外国語
センターの教養外国語教育は、学術的教養および学術的言語技能を養う英語教育と、世界の文
化的な多様性を知り、複眼的な物の見方を学ぶ初修外国語教育の二つを柱としています。
つまり、英語教育は学術的教養、学術的言語技能の養成、初修外国語教育は文化的・社
会的な多様性の理解と複眼的な視点の獲得を目的にしています。
新カリキュラム作成当時、学士課程を出た人ならば専攻分野にかかわらず全員が共通し
て持っている能力である「学士力」が話題になっていました。この学士力の観点からみる
と、英語、初修外国語の二つを合わせた新しいカリキュラムは、相互補完的な学士力の養
成の出発点になっているということです。英語教育の理念は、世界的な研究・教育機関に
見合う英語教育なので、一般学術目的の英語に重点を置いた英語教育になり、それは結局
「グローバル化への対応力」という学士力の養成につながります。初修外国語教育の理念
は、世界の問題の解決に主体的に貢献する人材の創出につながる、文化・社会の多様性の
理解を育む教育をすることであり、「地域性・多様性への理解力」という学士力の養成に関
わるのです。
よくグローバル化と国際化は異なると言われています。日本学術会議の「回答
大学教
育の分野別質保証の在り方について」には、「国際共通語としての英語の習得は、グローバ
ル化への対応である。ところでグローバル化と国際化は異なる。グローバル化が制度的・
文化的多様性を平準化して、単一の尺度で物事を進めようとするのに対して、国際化にお
いて問題になるのは、制度・慣習・言語・文化等を異にする国(地域)同士あるいは人間
同士の相互理解、差異を認めた上での相互尊重だからである。国際化の局面では、英語に
限らず多様な外国語の教育・学習が極めて重要である」とあります。つまり、国際共通語
としての英語教育と、異文化理解のための外国語教育の 2 本立てにすることが重要だとい
うことです。
日本学術会議の文書から、国際共通語としての英語教育はどうあるべきかに関して、「言
語とその文化的背景を区別すること」、「ネイティブスピーカーを万能視しないこと」、「音
声と並んで、読み書きの学習を重視すること」という示唆が読みとれます。異文化理解と
しての外国語教育はどういうものであるかに関しては、「言語の背景をなす文化を重視する
こと」、「口頭でのコミュニケーション能力と並んで、リテラシーとりわけ文章の読解力の
養成を重視すること」、「英語以外の外国語も合わせて学ぶこと」があげられます。
日本学術会議の文書は新カリキュラムができた後に出ましたが、筑波大学の新カリキュ
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ラムとぴったり合っていると感じます。新カリキュラムは、国際共通語としての英語教育、
つまりグローバル化に対応するための英語教育と、異質性の理解のための初修外国語教育
の二つがあって初めて完結するという考え方を示しています。
そのことから、初修外国語が必修でないというのはおかしいのです。私が調査したとき
は、旧帝大は理科系も初修外国語が必修でした。筑波大学は文科系しか必修ではありませ
んでした。金沢大学も人文系でしか必修ではありません。初修外国語は、使う・使わない、
ではなく、英語を相対的に理解するなど、言語理解の面でも、先にも触れましたように、
文化・社会的な面でも重要ですし、学ばなければならないものです。役に立つからやらな
ければいけない、というのは誰でも分かるのですが、役に立たないことでもそれが重要で
あると分かるためには、ある一定の知性が必要で、大学ではそれを学生に教えなければい
けません。そのことは「外国語センター新外国語教育案内」を見ていただくと分かりやす
いと思います。
学士力とは専門課程と教養課程の両方で培うもので、どちらかが土台、どちらかが下受
けということではないと思います。グローバル化への対応として外国語センターでは教養
英語教育を行いますが、学類は学類で学類がするべき英語教育をしなければいけないので
す。異質性への理解力養成として外国語センターでは初修外国語教育を行いますが、外国
語が専門ではない理系の学部でも、専門教育の中で何らかの形で地域性・多様性への理解
力に関わる教育はできるはずです。外国語センターでは、グローバル化への対応力、地域
性・多様性への理解力を養う教育の出発点となるようなカリキュラムができました。最終
的に学生がそれらの能力を獲得できるよう、4 年間を通じて、教養教育、専門教育の両方で
グローバル化への対応力、地域性・多様性への理解力を養っていくことになります。
8. 終わりに
学内でこういう話をすると、「こういう理由があって、おまえの言うことに反対だ」とよ
く言われます。私はそういう発言はそういう発言で全て正しいと思います。例えば、もっ
と少人数で授業しなければいけないと言う人もいます。そのこと自体は間違っていません。
むしろ、望ましいことです。しかし、人もお金も限られているので、少人数ではできない
ということもありえるわけです。限られた中で何かをするときには、あるところには目を
つぶり、その一方で、あるところはもう少し広げるなど、全体を見てやらなければいけな
いと思います。自分にとって身近な、局所的なところだけを見て、意見を言ったり、反対
したり、怒ったりする人がいます。そうではなく、やはり全体を見てほしいと思います。
自分は学類所属なのだから学類のことしか考えない、ということではあってほしくありま
せん。例えば、金沢大学
学類、
学科のことだけではなく、金沢大学全体のことを考え
なければいけないと思います。私は筑波大学にいて本当にそれを感じました。
外国語センターの中でも、言語学専門の教員、文学専門の教員、英語教育専門の教員が
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いて、「英語基礎」、「異文化と英語」、「総合英語」と得意な科目が異なり、みなさん言い分
も異なります。「英語基礎」を持ちたい、「総合英語」ばかり教えたいということであった
としても、4 科目全体が立ち行くよう、どうするべきなのか、ということも同時に考えるこ
とが重要だと思います。外国語センターの中でも、大学全体の中でもそうです。全体を考
えてやらなければ、カリキュラムを新しくするというようなことはできないと感じます。
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