10分でわかる経済の本質(特別編) 2014年の回顧と15

EY Institute
09 January 2015
10分でわかる経済の本質(特別編)
2014年の回顧と15年の展望(日本経済編※1)
~15年は六つのメリットに恵まれるが、
家計・企業の慎重姿勢は当面持続
執筆者
Ⅰ.2014年の日本経済の回顧 -円安・輸入インフレにうまく反応できず
14年の日本経済については、成長率見込みの下方修正が相次いだことが一つの大きな特徴
であった。例えば、14年の実質成長率について、筆者の年初想定は+1.5%程度であったのに
対し、年末時点における実績見込みは+0.3%程度まで大幅に下方修正された※2。こうした大幅
下方修正の背景としては、①生産統計でみると、景気は14年1月をピークに、その後同年8月く
らいまで「小規模な後退局面」にあった可能性があるものの、そうした動きが見過ごされていた、
②円安にもかかわらず、日本の輸出が増えない構造的要因(生産拠点の海外移転の影響や一
部製品の競争力低下等)の強さを過小評価していた、といったことなどを指摘できるだろう。
しかし、最大の誤算は、消費税率引き上げの個人消費への悪影響を過小評価していたことだ
と思われる。消費税率が引き上げられると、物価が上昇し、実質賃金が低下するため、個人消
費や景気に下押し圧力がかかることは事前にも十分認識されていた。しかし、今回の消費税率
市川 信幸
EY総合研究所株式会社
経済研究部
チーフエコノミスト
引き上げでは、円安による輸入物価上昇を基本的な背景として、実質賃金がそれ以前から大幅
に低下していた(つまり、名目賃金の上昇が消費者物価の上昇に追いつかないでいた)ところ
に、消費税率の引き上げによる物価の上昇が重なり、実質賃金の減少幅が一段と拡大してし
まった<図1>。このことが、4-6月期以降、個人消費の反動減からの回復が遅れ、4-6月期、7-
<専門分野>
► 経済・金融動向に関す
る分析・予測
► 経済・金融動向および
金融政策の解説
9月期と2四半期連続でのマイナス成長に陥った基本的な背景になったとみられる<図2>。し
たがって、名目賃金の上昇率が高まらない限り、10-12月期以降も高い成長率は期待できない
かもしれない。
以上を言い換えれば、日本経済が円高の影響やデフレの体質から抜け切れていないことなど
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EY総合研究所株式会社
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により、円安や物価上昇というショックに対して、予想されたほどうまく反応できなかった面があっ
たということになろう。例えば、円安に伴う輸入物価の上昇は、原燃料コストや食料品価格の上
昇につながった反面、円安にもかかわらず、輸出数量がなかなか伸びず、日本経済全体として
は、円安のデメリットのほうが相対的に強く表われたとも言えよう<図3>。また、円安は輸出企
業を中心とした収益のかさ上げにつながり、雇用情勢の改善にも寄与したとみられるものの、目
下のところ、賃金の本格的な上昇にまでは至っていない<図4>。
図1 名目賃金と実質賃金の推移
名目
(前年度比%)
5
実質
(前年同月比%)
5
1989年
消費税3%
4
3
2
2
1
1
0
0
-1
-1
-2
1997年
消費税率5%へ
引き上げ
-4
-4
2011
2009
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
2013
(年度)
-5
1985
2014年
消費税率8%へ
引き上げ
-3
-5
(月)
7
8
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
-3
実質
4
3
-2
名目
2012
2013
2014
出典:厚生労働省『毎月勤労統計調査』
(注)現金給与総額・調査産業計・30人以上
図2 個人消費(実質)の推移の比較
消費税率引き上げ(8%)
(兆円)
325
(兆円)
280
前回消費税率引き上げ(5%)(右目盛)
1995/2012
1996/2013
1997/2014
10-12
7-9
4-6
1-3
10-12
7-9
4-6
255
1-3
300
10-12
260
7-9
305
4-6
265
1-3
310
7-9
270
10-12
315
4-6
275
1-3
320
(四半期)
(年)
1998/2015
出典:内閣府『四半期別GDP速報』(2014年7-9月期・2次速報)
図3 為替相場と輸出数量の推移
(前年同月比%)
為替相場(円/ドル)
輸出数量
30
25
円安
20
15
円高
10
5
0
-5
-10
2014
2013
2012
-15
出典:財務省『貿易統計』、日本経済新聞社
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10分でわかる経済の本質(特別編)
2014年の回顧と15年の展望(日本経済編)
図4 企業収益と雇用情勢の推移
経常利益(全産業・季節調整値)
(兆円)
完全失業率(右目盛)
18
(%)
6.0
16
5.5
14
12
5.0
10
4.5
8
4.0
6
4
3.5
2
3.0
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
0
出典:財務省『法人企業統計』、総務省『労働力調査』
なお、日本銀行が公表している推計値によれば、14年度の実質成長率には、消費税率引き上
げにより▲0.9%ポイントの押し下げ圧力がかかるとみられるため、この点を考慮すれば、14年
度の▲0.7%程度という筆者の実質成長率見込みは、実勢では+0.2%程度とみていることにな
る。つまり、14年度の実質成長率は、消費税率引き上げの影響を除く実勢ベースでは、マイナス
成長ではなかったものの、潜在成長率(+0.5~0.6%程度)※3を下回っていた公算が高いという
ことになろう。
もう一つ14年中に明らかになった重要な論点は、日本経済の一部では、「人手不足」に象徴さ
れる「供給制約」に直面しつつあるということだろう。このことは、人手不足や資材高により、公共
事業が、予算額から期待されたほどには景気の下支え役になり得なかった面があることからも
明らかだ。したがって、今後、日本経済は、金融・財政政策を通じて需要不足を補うことで時間を
稼いでいる間に、実効ある成長戦略を推し進め、供給制約を打破して、潜在成長率を引き上げ
ていく必要がある。こうした点に対する国民の理解が進み、「アベノミクス第3の矢(実効ある成長
戦略)」への期待が一気に高まった矢先に、衆院が解散されたことは、施策の遅れにつながる懸
念もあり、残念であった。
※1 世界経済編は別途掲載済み。なお、本稿の内容は、14年12月29日現在で利用可能な情報に基づいている。
※2 暦年(1-12月)の成長率であることに注意。暦年でみると、14年4月の消費税率引き上げの影響のうち、14年1-3
月期の駆け込みと4-6月期の反動減の影響が打ち消しあう面があるため、14年の成長率は、反動減のみが反映さ
れた14年度(14年4月-15年3月)の成長率よりも高くなりやすい。筆者の実質成長率見込みを比べると、14年は
+0.3%程度であるのに対し、14年度は▲0.7%程度となっている。
※3 潜在成長率とは、その時点で、その国に存在する労働力、生産設備、生産技術を無理のない(物価上昇を引き起
こさない)範囲でフルに活用した際に達成できる実質成長率(通常年率)のこと。現時点の日本については、内閣府
が+0.6%程度、日本銀行が+0.5%以下との推計結果を公表している。
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2014年の回顧と15年の展望(日本経済編)
Ⅱ. 8月下旬以降の為替相場・株価・原油価格の変動をどうみておくか?
14年は、8月下旬から突然、為替相場、株価、原油価格が乱高下したことも一つの大きな特徴
であった<図5>。8月下旬には、米国の景気の強さが確認されるに至り、利上げ時期は意外に
早いという見方を材料に、為替市場で「米ドル独歩高」の様相となった。これに伴う急激な円安(1
カ月強で8円程度の円安)を受けて、日本株も9月末にかけて急騰した。その後、10月上旬にか
けもみ合う展開となったものの、10月7日にIMF(国際通貨基金)が世界経済見通しを下方修正
したとの報が伝わると、国際金融市場でリスクオフ(リスク回避)姿勢が強まった。すなわち、安全
通貨としての円の買い戻しが入ったほか、リスク性資産である株が各国で売られた(円高もあり
日経平均は急落)。この間、世界需要の減少懸念を背景に原油価格の下げ足が加速した。
もっとも、10月半ばになると、世界経済の下方修正は小幅との見方も出て、米ドルや株に対す
る買い戻しが入ったほか、原油価格も一旦下げ止まった。その後、10月29日のFOMC(米国の
中央銀行であるFEDの金融政策決定委員会)で予定どおりの米国量的金融緩和終了が決定さ
れると、「米国経済は順調に回復している」ことが確認され、米ドル高(円安)・株高が加速した。
これに追い打ちをかけるように10月31日の日銀の追加金融緩和発表で、円安・日本株高の流
れは一段と強まった。なお、同日公表されたGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の株式
保有比率の上昇が日本株高の流れを加速したほか、国債を中心とした債券保有比率の低下も、
日銀による肩代わり期待から、長期金利の上昇にはつながらなかった。この間、原油価格は、サ
ウジアラビアが販売価格を引き下げたほか、11月27日のOPEC(石油輸出国機構)総会開催後
も減産には応じないといった見方から、再び下げ足を加速し、各銘柄とも、1バレル80ドルを割り
始めた。以上のような円安・株高・原油安の地合いは、11月17日に7-9月期GDP(予想外の2四
半期連続マイナス成長)が、また翌18日に消費増税先送り・衆院解散総選挙がそれぞれ発表さ
れたあとも、基本的に持ち越された。
図5 2014年6月以降の為替相場・株価・原油価格の推移
対ドル円相場
(円/ドル)
日経平均株価(右目盛)
①
122
(円)
18000
②③ ④ ⑤
17500
118
17000
114
円安・株高
16500
110
16000
106
15500
102
15000
円高・株安
14/11
14/12
(年/月)
14/11
14/12
(ドル/バレル)
110
14/10
14/9
14500
14/8
14/7
14/6
98
(年/月)
NY原油相場
100
90
80
70
60
14/10
14/9
14/8
14/7
14/6
50
出典:日本経済新聞、QUICK
(注) ①10/7 IMF世界経済見通し下方修正 ②10/29 米国量的緩和終了 ③10/31 日銀追加緩和発表
④11/9 「増税先送りなら解散」(読売)報道 ⑤11/17 日本7-9月期GDP(前期比年率▲1.6%)発表
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2014年の回顧と15年の展望(日本経済編)
特に、原油価格は14年末にはいずれの銘柄も52~54ドル程度と、約5年8カ月ぶりの安値を
記録している。こうした原油安は、①「シェール革命」で世界的な原油増産の動きが広がる中、
11月のOPEC総会において加盟国間で減産に向けた合意に至らず、供給過剰懸念が強まった
こと、②世界的に景気の先行きに対する不透明感が強まる中、IEA(世界エネルギー機関)が15
年の世界石油需要の見通しを引き下げるなど、さらなる需要減が意識されるようになったこと、
③米ドル高は米ドル建てで決済される商品の価値低下につながるため、米ドルで決済される原
油をはじめとする商品市況に低下圧力がかかっていることなどを反映したものと整理できるだろ
う。原油をはじめとする商品市況の下落は、輸出減や交易条件の悪化を通じて資源国の景気下
押しにつながっているほか、対外収支の悪化を通じて通貨安をもたらしている。原油安は、日本
経済にとって基本的にはコスト低下につながる良い材料ではあるものの、ロシアをはじめとする
資源国の景気後退が世界経済の減速につながるような場合には、悪い材料に転化し得ることに
留意が必要だろう。
Ⅲ. 10月末の予想外の追加金融緩和をどうみておくか?
1.追加金融緩和の背景と内容
ここで、アベノミクス第1の矢(大胆な金融緩和)の具体策である日銀による「異次元緩和」の推
移について振り返っておこう。14年10月31日、日銀は市場の予想を裏切るかたちで追加緩和
に踏み切った。筆者は、黒田総裁が同年7月の記者会見で強調した「消費税の影響を除いた消
費者物価(総合・除く生鮮食品)上昇率が1%を割ることはない」という強気の見通しが明らかに崩
れかけているとみて、「10月末に追加緩和に踏み切るべきだ」と主張していた<図6>。しかし、
10月28日の参院財政金融委員会での「2%の物価目標に向けて道筋は順調だ」という同総裁の
答弁を聞いて、10月末の追加緩和はないだろうとみていた。おそらく多くのエコノミストや市場関
係者も同様であったと思われる。今回の追加金融緩和は、こうした状況の下で突然実施された
のである。議事録を読む限り、官邸等も今回の追加緩和については、事前には知っていなかっ
たような印象さえ受ける。
図6 消費者物価の推移
(前年同月比%)
4
総合(除く生鮮食品)
総合(除く生鮮食品・食料・エネルギー)
3
総合(除く生鮮食品・消費税)
総合(除く生鮮食品・食料・エネルギー・消費税)
2
1
0
2014
2013
2012
-1
出典:総務省『消費者物価指数』
(注) 総合(除く生鮮食品)に対する消費税の影響は4月1.7%pt、5月以降2.0%pt、 総合(除く生鮮食品・食料・エネル
ギー)に対する消費税の影響は4月1.4%pt、5月以降1.7%ptとした
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2014年の回顧と15年の展望(日本経済編)
もっとも、同日公表された展望レポートの中身を見ると、追加緩和に踏み切った理由は一目瞭
然であった。つまり、消費税率引き上げの影響を除いた消費者物価上昇率の15年度見通しが、
追加緩和の効果を含めて、やっと1.7%に達することが示されていたからである<表1>。言い換
えれば、原油価格低下の影響を過小評価しており、追加緩和に踏み切らないと、「15年度中に
2%程度」という日銀の目標が達成できないことが判明したため、追加緩和に踏み切ったというこ
とだろう。
表1 日銀展望レポートにおける見通し(2014年10月31日)
消費者物価指数(除く生鮮食品)上昇率
実質GDP
成長率
消費税率引き上げ 消費税率引き上げ
の影響を除く
の影響を含む
1.0
0.5
(▲0.7)
1.3
1.2
3.3
3.2
15年度
1.5
(1.5)
1.5
1.9
1.7
2.6
2.4
16年度
1.3
1.2
2.1
2.1
2.8
2.8
2014年度
(注)前年比、%、政策委員見通しの中央値
左は2014年7月中間見直しにおける見通し
右は2014年10月展望レポートにおける見通し
括弧内は筆者による見通し
一方、追加緩和の内容は、一言で言えば、筆者の事前の予想を上回る規模のものであった
<図7>。量的緩和の側面は、年間の長期国債の購入額(保有残高の増加額)を30兆円追加
することを通じて、年間の資金供給量を80兆円にまで拡大するというものである。過去の経験則
から言えば、今後しばらく(2~6カ月)は、潜在的な円安圧力と株高圧力が作用し続ける規模だ
ろう。質的緩和では、ETF(株価指数連動型上場投資信託)の年間購入額を一気に3倍に増や
し、年3兆円としたことが目立つ。同日に公表されたGPIFの運用比率の見直し(国内株式の運用
比率を25%まで引き上げ)と合わせて、国内株価の上昇に寄与することは確実だろう。
図7 量的・質的金融緩和の強化(2014年10月31日)
強化後
従 前
資金供給量
量的
緩和
年60~70兆円増
10~20兆円
追加
年80兆円増
30兆円追加
年80兆円
最大3年延長
7~10年
3倍に
年3兆円
3倍に
年900億円
長期国債購入量
年50兆円
国債の残存期間
7年程度
質的
緩和
ETF購入
年1兆円
REIT購入
年300億円
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2.追加金融緩和のメリット・デメリット
14年10月末の時点で追加緩和に踏み切ったことの功罪については、今後の景気の動向をみ
て判断せざるを得ない。ただ、現時点で言えることは、まず、タイミングとしては適切だったという
ことだろう。すなわち、物価見通しが下振れるリスクがある中で追加緩和に踏み切り、デフレ心理
からの転換の遅れを防ぐという意図は明確で、それなりに評価できるだろう。また、原油価格が
下落している状況下、円安になっても物価は上がりにくく、その分、景気への下押し圧力が弱い
ことも、タイミングが適切な理由のひとつになり得よう。その他のメリットとしては、①円安が輸出
企業の収益をかさ上げする効果に加え、ETFの購入増加で株価は確実に上昇する、②株価の
上昇で消費に資産効果が期待できる、③米国の量的金融緩和の終了後も日銀から資金供給が
続くとのメッセージとなり、新興国の金融・経済情勢の安定化に寄与する、④GPIFが今後国債残
高を減らさなければならない中で、日銀が国債の購入を増やすことにしたことが市場に安心感を
もたらしている(その結果、実際の長期金利はむしろ低下傾向にある)、といったことなどが挙げ
られよう。
一方、デメリットとしては、①円安は中小企業のコスト高、家計の燃料費高等につながりやす
い、②円安は交易条件の悪化をもたらし、実質所得の海外流出につながる、③バブル発生を助
長している恐れがある(すでに「世界全体として資産価格がファンダメンタルズでは説明できない
ほどの上昇を示している」との見方もある)、④貧富の格差拡大を助長する恐れもある(富裕層
は株高でますます裕福になる一方、低所得者層は燃料費の負担増などから生活が苦しくなる)、
⑤日銀の国債購入増額が財政ファイナンス(マネタイゼーション)と見なされれば、国債が暴落
し、長期金利が上昇する、⑥日銀の出口戦略が一層困難化する(量的金融緩和の終了と同時
に、長期金利が急上昇する恐れもある)、⑦日銀の財務状況が潜在的に悪化する(今後、日銀
の国債保有残高がますます増加していく中、長期金利が上昇すると、日銀に多額の評価・売却
損が発生し得る)、といったことなどが挙げられよう。
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3.政策論としての追加金融緩和の再考
現時点のように、すでに長期金利が十分に低い状況下では、金融緩和が設備投資などを追加
的に刺激する効果には限界があろう。こうした中で、金融緩和の効果が物価へ波及する経路
は、実際には円安による輸入物価の上昇と、株高による資産効果くらいのものだろう。このた
め、「物価上昇率2%は使命であり、そのために何でもやる」という考え方から、追加金融緩和を
無理に推し進めると、上記のとおり、資産価格のゆがみや中央銀行財務の悪化など、潜在的に
非常に大きな副作用を伴うことになる。
このようにさまざまなコストやリスクを甘受しつつ、追加の緩和に踏み切った以上、これが単に
「円安→輸入物価上昇」というチャネルを通じて消費者物価の上昇(いわゆる「コストプッシュ型
の悪い物価上昇」)につながるだけでは不十分で、「円安→輸出企業の収益かさ上げ→賃金上
昇・家計可処分所得増大→消費増加」というチャネルを通じての消費者物価の上昇(いわゆる
「ディマンドプル型の良い物価上昇」)につながらなければ意味がない。このように考えると、今後
は、名目賃金と、物価を左右する原油価格の動向を、一層注意深くみていくことが重要だと言え
るだろう。
また、金融緩和のみで日本経済の問題を全て解決することはできず、いわば「時間を買ってい
る」にすぎない、との再認識が非常に重要になってくる。日本経済の一部が「人手不足」に象徴さ
れる供給制約に直面しつつあることを勘案すると、今回の緩和で時間を稼いでいる間に、アベノ
ミクス第3の矢(「実効ある成長戦略」)を的確に放って、潜在成長率を押し上げることが肝要であ
る。さもなければ、需要が増加しても、すぐに供給の天井にはね返されて、「生産・所得は増え
ず、物価だけが上がっていく」、いわばスタグフレーション的な状態に陥ってしまうからである。
なお、追加緩和が市場予想より早い10月31日というタイミングで行われたことに関して、①
GPIFの運用比率見直しとの合わせ技を狙った、②消費税率再引き上げの環境整備を図った、
③米国量的緩和の終了時期を意識した、といったさまざまな見方がある。おそらく、①について
は、事前には特に意識していなかった反面、③については、当然、日米の金融政策が逆方向で
あることを市場に強く印象付けて、円安効果を高めることを、明確に意識していたと思われる。こ
の間、②については、結果として、消費税率再引き上げを後押しする効果が出ることを期待して
いた、ということが言える程度ではないかと考えられる。
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Ⅳ.消費増税先送りと衆院解散・総選挙の背景・影響をどうみておくか?
1.消費増税先送りを政治的に可能にした衆院解散・総選挙
前述のとおり、14年10月末、日銀は市場の事前予想を裏切るかたちで追加緩和に踏み切っ
た。こうした追加緩和の実施は、予定どおりの消費再増税を後押しするものと期待されていたよ
うだ。しかし、実際には、安倍首相は消費増税の先送りを決定した。その背景の一つとして、日
銀の国債購入額拡大の報を受け、消費増税を先送りしても、長期金利の上昇にはつながらない
との判断があったものと推測される。日銀の意に反し、追加金融緩和が消費増税先送りを誘発
してしまった面もあるということだ。また、こうした先送りにより、日銀は安倍政権に「はしごをはず
された」面もあると言えるだろう。「日銀は2%の物価上昇、政府は財政再建に向け全力を挙げる」
と相互に約束した「アコード(政府・日銀間の政策協定)」に抵触する恐れもあるからだ。
安倍政権が、11月18日に①消費増税先送りと②衆院解散を決定した背景の一つとして、前日
17日に公表された7-9月期GDPが、2四半期連続マイナス成長という予想外に悪い数字であっ
たことが挙げられている(実質成長率年率:4-6月期▲7.3%→7-9月期▲1.6%<いずれも1次速
報ベース。事前の市場予想は+2.5%程度>)。首相は、こうした状況下での追加増税は、個人
消費を押し下げ、デフレ脱却も危うくなると判断したとの説明を行った。決定された事項は、①消
費税率10%への引き上げは、その実施時期を15年10月から17年4月に延期する、②再延期は
せず、そのために、いわゆる「景気判断条項」は撤廃する、③国民にアベノミクスの是非を問うた
め、11月21日に衆院を解散する、④20年度に基礎的財政収支(PB)※4を黒字化するという目
標は堅持し、15年夏に新しい財政健全化計画を公表するというものであった。
なお、7-9月期のマイナス成長が明らかになる前から、①消費増税先送りと②衆院解散・総選
挙が取り沙汰されていた事実は極めて興味深い(「増税先送りなら解散」との見出しの11月9日
付け読売新聞掲載記事等)。もともと安倍首相は、7-9月期のGDP2次速報公表(12月8日)を
待って、12月中旬頃に消費増税の可否を判断することを予定していたわけであるが、これは、高
めの成長率の実現により増税可能と想定していたからにほかならない。ところが、7-9月期の成
長率が相当低そうなため、増税先送り「やむなし」という判断に傾いた頃から衆院解散を本格的
に検討し始めたものと思われる。これは、単に、「7-9月期が低成長なため増税を先送り」という
説明では、三党合意の相手先である民主党から「アベノミクスの失敗だ、予定どおり消費税率を
引き上げろ」との突き上げを食らうのは目に見えていたからである。解散風を吹かして、民主党
にも消費増税の先送りを「納得させる」ことに注力したわけである。民主党としても「予定どおりの
消費増税」を掲げての選挙はできない。つまり、今回の「消費増税先送りと解散のセット」は、民
主党に消費増税先送りを納得させるための方策であったと思われる。言い換えれば、今回の解
散は、「民主党に消費増税先送りを納得させるための解散」であったということになろう。
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2014年の回顧と15年の展望(日本経済編)
2.消費増税先送りで日本経済の中長期リスクは一段と増大
今回の消費増税の先送りは、衆院解散とセットにすることにより、政治的には成功したと言える
かもしれないが、経済的側面から見ると問題のほうが多いと思われる。確かに、短期的には、15
年度の家計負担を1.5兆円程度軽減させることなどにより、15年度の実質成長率をある程度上
振れさせるというメリットはあるかもしれない。しかし、①増税を先送りするなら、増収見合いの社
会保障の充実も先送りするのが正論であるものの、増収見合いで予定した社会保障の拡充策
については、赤字国債を発行してでも先行して実施するよう望む声があるのが実情である。ま
た、②国際公約にもなっている財政健全化目標については、15年度目標(PBの対GDP比を10
年度比半減)はなんとか達成できたとしても、もともと予定どおり増税しても達成困難であった20
年度目標(PB黒字化)の達成は、なお一層難しくなり、目下のところは全く見通しが立たない状
況に陥っている(前述のとおり、安倍政権は、15年夏に新たな財政健全化計画を公表するとして
いる)。さらに、最大の問題としては、③追加緩和・増税延期の結果、日本経済が金融緩和(日銀
の国債購入)に頼り続ける構図が一段と明確化してしまったことが挙げられよう。日銀による追
加緩和が、結果として、困難な政治的決断(財政再建や社会保障改革)の先送りを許すことにも
なりかねない。また、日銀による大量の国債購入が財政ファイナンスと見なされれば、日本経済
は破綻に追い込まれるかもしれない。緩和策の長期化や強化による「円建て資産への信認低
下」への懸念も強まっていると言えるだろう。
こうした点を踏まえると、政策的な含意として、①景気情勢(短期)で、財政再建(中期)策の実
行の是非を決めるべきではない(当初引き上げ予定の15年秋や先送り後の17年春の景気情勢
がどうなっているかは、事前には分からない)ということと、②財政再建に必要な増税策は、選挙
の争点にしないような仕組みが必要(選挙が絡めば、財政再建は遠のく、つまり、民主主義の下
では増税は難しい)ということが挙げられると言えるだろう。特に、上記①の論点については、そ
もそも消費税率の引き上げは、社会保障制度を支えるために行われるものであり、景気の動向
とは無関係のはずだとの見方もある。また、再引き上げを行った時のリスクは、一時的な景気の
減速だと言えるが、その悪影響は、適切な刺激策と抱きあわせれば、かなりの程度緩和できると
思われるのに対し、再引き上げを見送った時のリスクは、その分の財政収支の改善の遅れが永
続的に残り、財政破綻の懸念が高まった状態が続いてしまうことだとの見方もある。
いずれにしても、短期的にはともかく、中長期的には、財政が健全でなければ安定した経済成
長は望めないため、中長期的観点からは、「経済再生が先」か「財政再建が先」か、という二者択
一の発想は意味がないと言えるだろう。必要なのは、直ちに実効ある成長戦略と歳出削減を断
行することである。前述のとおり、多大なコストやリスクを甘受しつつ、大規模な緩和に踏み切っ
た以上、「買った時間」内に、アベノミクス第3の矢(実効ある成長戦略)を的確に放って、潜在成
長率を押し上げることが重要である。潜在成長率を押し上げて、税の自然増収を図るのである。
ただ、成長による自然増収だけで財政再建を果たすのは難しい。併せて、政治的には困難な決
断ではあるものの、社会保障改革を中心とした歳出削減を推し進め、その一方で必要な増税を
実施していくことが、日本経済の中長期的リスクを少しでも減らすことにつながるだろう。
※4 基礎的財政収支とは、公債収入以外の税収等の経常歳入で、公債元利払い以外の政策的経費等の経常歳出を
どの程度賄えるかを示す収支の指標(プライマリー・バランス、PBとも言う)。
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10分でわかる経済の本質(特別編)
2014年の回顧と15年の展望(日本経済編)
Ⅴ.2四半期連続のマイナス成長をどうみておくか?
前述のとおり、11月17日に公表された7-9月期実質GDP統計(1次速報)は、小反発との事前の
前述のとおり、11月17日に公表された7-9月期実質GDP統計(1次速報)は、小反発との事前
の市場予想(実質成長率年率:+2.5%程度)を裏切るかたちで、2四半期連続のマイナス成長と
いう悲惨な結果となった(同:4-6月期▲7.3%→7-9月期▲1.6%)。こうした結果を眺め、安倍首
相は、追加増税は個人消費を押し下げ、デフレ脱却も危うくなると判断し、翌11月18日に、①消
費増税先送りと②衆院解散を決定した。その後、12月1日に、7-9月期の法人企業統計が公表
されると、GDPで示された設備投資は明らかに過小推計で、12月8日に公表されるGDP統計2
次速報では、7-9月期の実質成長率は設備投資を主体に上方修正されるとの見方が主流となっ
た(事前の市場予想は前期比年率▲0.5%程度)。しかし、実際の2次速報では、再び市場の事
前予想を裏切るかたちで、前期比年率▲1.9%と下方修正されることになった(ただし、4-6月期
については、同▲7.3%→▲6.7%と上方修正された)。特に、上方修正の主体と期待されていた
設備投資は、前期比▲0.2%から同▲0.4%へと下方修正され、法人企業統計が示唆する方向と
は逆の動きとなった。その原因としては、①季節調整をかけ直した結果、4-6月期の設備投資の
水準が上方修正されたという技術的な要因と、②法人企業統計の対象とはならない零細企業の
設備投資が非常に弱いという本質的な要因などが挙げられている。いずれにしても、一般に期
待されているほどには、企業活動が活発化していないことは事実だと思われる。
こうした観点からは、安倍首相が、その経済政策であるアベノミクスの是非を「争点」として、解
散総選挙に打って出たことは、それなりの意味があったと思われる。というのは、安倍政権発足
以降の実質経済成長率の推移※5をみると、①政権発足後は確かに高成長を達成したものの、
その後は、期を追うごとに実質成長率が鈍化しており、②特に、13年10-12月期以降は、ならし
てみればマイナス成長で推移しているとも見えるからである。つまり、アベノミクスの効果は徐々
に弱まってきたとの見方が可能であり、こうした局面で、アベノミクスの継続の是非について、国
民の信を問うことはあながち無意味なことではなかったとも言えるだろう。
以上のとおり、7-9月期については、4-6月期(消費税率引き上げ前の駆け込みの反動減で
大幅なマイナス成長)の反動もあり、強めのプラス成長になるとの事前の予想に反して、2四
半期連続のマイナス成長に陥ったわけであるが、その要因を整理すれば以下のとおりとなろう
しんちょく
<図8>。まず、①在庫調整の進捗による在庫投資のマイナス寄与(前期比寄与度▲0.6%ポイ
ント)が、マイナス成長(前期比▲0.5%)の最大の要因であった。こうした在庫調整の影響を除く
と、7-9月期はプラス成長であったことに留意が必要であろう。また、在庫調整が進捗したこと
は、先行きの生産活動の活発化につながる可能性があり、7-9月期のマイナス成長は、必ずしも
「悲観材料」だけを示すものではないと言えよう。
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図8 実質GDP成長率と内訳の推移
(前期比%)
4
個人所費
民間住宅
設備投資
民間在庫
公的需要
輸出
輸入
実質GDP
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-5
1-3
4-6
7-9
10-12
1-3
2012
4-6
7-9
10-12
2013
1-3
4-6
2014
7-9
(四半期)
(年)
出典:内閣府『四半期別GDP速報』(2014年7-9月期・2次速報)
もっとも、②実質雇用者報酬の前年比減少等から、引き続き個人消費の反発力が弱い(前期
比+0.4%)ほか、③輸出は増加に転じたものの、円安が大幅に進んだ割には力強さに欠けてお
り(同+1.3%)、円安でも輸出が伸びない構造的要因(現地生産化の進展や一部製品の競争力
低下)の影響が根強いことが示されている。また、④反動減の影響が大きい住宅投資に加え、設
備投資も零細企業の慎重姿勢などから2四半期連続での減少となっているなど、懸念材料も多
いのが実情である。さらに、7-9月期の名目成長率年率は▲3.5%と、4-6月期(+0.4%)からマ
イナスに転じている。このことは、国民の実感に近い名目ベースでみると、4-6月期は辛うじてプ
ラス成長を維持したのに対し、7-9月期は明確なマイナス成長に陥ったことを意味しており、国民
はむしろ7-9月期になって強い景気の落ち込みを感じた可能性があることを示唆している。こうし
た7-9月期以降の「実感としての景気の落ち込み」が、特に消費者の行動を慎重化させる一因に
なっているとみておくべきであろう(季節調整済み消費者態度指数の推移をみると、直近ピーク
の14年7月の41.5から11月には37.3まで低下している)。
なお、14年10-12月期のGDP統計は、15年2月に1次速報が公表される予定であるが、緩や
かながら3四半期ぶりのプラス成長(実質年率+2%程度)を期待してよいと思われる。これは、
反動減の影響緩和が徐々に進み、消費がわずかに加速するほか、設備投資も3四半期ぶりに
増加に転じると考えられるからである。ただし、公共投資が減少に転じるほか、高水準の在庫が
生産の回復を遅らせるため、大幅なプラス成長は期待できないだろう。また、円安・株高・原油安
の効果は14年10-12月期にはまだ実感できるほどではないとみている(15年入り後、徐々に実
感できるようになるであろう)。
※5 安倍政権発足後の実質経済成長率年率の推移をみると、13/1-3月+6.0%→4-6月+3.0%→7-9月
+1.6%→10-12月▲1.5%→14/1-3月+5.8%→4-6月▲6.7%→7-9月▲1.9%となっている。
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Ⅵ.15年の日本経済の展望 - 六つのメリットをどの程度活かせるか?
前述のとおり、11月17日に公表された7-9月期実質GDP統計(1次速報)は、小反発との事前の
結論から言えば、15年の日本経済は、潜在成長率(+0.5~0.6%)を上回る成長率を達成で
きるだろう。筆者の15年(暦年)の実質成長率予測は+0.7%(14年実績見込み+0.3%)、同じく
15年度の予測は+1.5%(14年度見込み▲0.7%)である。このように、15年の成長率は加速、
15年度の成長率がプラスに転化する理由としては、15年中には、①円安・株高の「追い風」、②
量的金融緩和の持続(低金利、潤沢な流動性)、③財政面からの景気刺激(消費増税の先送り、
3.5兆円の経済対策、法人税減税)、④原油安(原燃料コスト安、交易条件の好転)、⑤実質賃
金の前年比プラス転化、⑥米国や東南アジア向け輸出の増加といった、日本の景気回復にとっ
て六つのメリットとも呼ぶべき要因が期待されていることを指摘できよう。
まず、15年の日本経済は、14年10月末の追加金融緩和の量的インパクトが大きかったことか
ら、年明け後も数カ月は、基本的に円安・株高の「追い風」を受け続けるだろう。こうした円安を背
景に、15年3月期決算においては、輸出企業を中心に、日本企業の経常利益が過去最高を更
新する見通しで、賃金の上昇にもつながりやすいと思われる。また、長期金利はすでに十分に低
いことから、金利コストの低下が景気を追加的に刺激する効果は期待しにくいものの、日銀によ
る大量の国債購入は長期金利の急反騰を防ぎ、経済の安定に資するものと期待される。さら
に、15年度においては、消費増税の先送りが約1.5兆円の家計負担の軽減につながるほか、家
計・中小企業支援や地方活性化を主体とする約3.5兆円の経済対策も実施される。加えて、法
人税率の引き下げも始まるなど、財政面からの景気刺激策も充実している。原油安については、
それが急激すぎる場合には、資源国経済の後退を通じた世界経済の減速や、物価上昇率の縮
小による実質金利の上昇といった景気悪化要因になり得ることも事実である。ただ、原油価格が
低位で、ある程度安定していれば、原燃料コストの低下や交易条件の改善を通じて、明らかに日
本経済の下支え要因になるものと期待される。この間、15年4月になると、前年同月比でみた物
価上昇率から消費増税の影響が消えることになる。こうした中で、原油安を反映した基調的な物
価上昇率の縮小が続けば、企業収益の改善を反映した賃上げが実質賃金の増加にも直結しや
すくなる。このため、15年春闘における賃上げ幅は、日本経済回復にとっての重要な鍵のひとつ
になるだろう。最後に、15年は米国経済が加速し、東南アジアも米国向け輸出の増加や原油安
の恩恵から高い成長率を達成できる見通しである ※6ため、日本からの米国・東南アジア向け輸
出の増加が期待できるだろう。
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10分でわかる経済の本質(特別編)
2014年の回顧と15年の展望(日本経済編)
上記のとおり、15年あるいは15年度の日本経済には、六つのメリットが作用すると期待される
ため、高い成長率を達成することも不可能ではない。現時点での民間予測機関による15年度の
実質成長率の予測平均は、+1.7%程度となっている。筆者の予測(+1.5%)が民間平均を幾分
下回っている主因は、筆者が、他の予測機関に比べ、消費者や企業経営者のマインドの改善が
遅れていることをより強く懸念しているからだと考えられる。前述のとおり、消費者態度指数でみ
た消費者心理は、実感としての景気の落ち込みなどを背景に、14年7月をピークにその後11月
まで悪化の一途をたどっている。また、12月短観(日本銀行・全国企業短期経済観測調査)の結
果によると、業況判断DI※7の「先行き(3カ月後)」は、大企業・中小企業、製造業・非製造業のい
ずれの分類でも、「最近(現時点)」より悪化している※8。円安・株高・原油安に加え、金融・財政
両面からの政策支援があり、加えて実質賃金の上昇や海外経済の緩やかな改善が見込まれる
中でも、企業経営者が景気の先行きを慎重にみていることが示されている。これらの点を考え合
わせると、15年入り後も、少なくとも当初は、日本経済は六つのメリットを十分には活かし切れ
ず、成長率が明確に高まるとは考えにくいだろう。したがって、15年あるいは15年度の実質成長
率については、一般に期待されているほどには高くはならないものの、最終的には、徐々に六つ
のメリットを活かしつつ、比較的高めの水準を実現できるとみておくのが妥当だと思われる。
なお、こうしたシナリオにとっての中長期的なリスクの一つは、原油安が続いた場合に、日銀が
「物価上昇率2%」の目標に固執すると、追加金融緩和に追い込まれる可能性が高いということだ
ろう。つまり、原油安と金融緩和が続いてしまうと、日本経済の金融緩和頼みが一層強まり、ひと
たび原油価格が反転上昇した場合などの対処が極めて難しくなる。今後、日銀は「2%目標」に固
執することなく、また、政府は金融緩和頼みを止めて、①成長戦略の着実な実行により中期的な
成長力を底上げするとともに、②果敢に歳出入を見直して、財政健全化を進めることが喫緊の課
題であることを再認識すべきであろう。
※6 海外の経済見通しについては、掲載済みの世界経済編を参照のこと。
※7 自社の業況が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた企業の割合を差し引いて作成した指数。
※8 12月短観の業況判断DIの「最近」と「先行き」を比較すると、大企業・製造業(最近:+12→先行き:+9)、大企業・
非製造業(同:+16→同:+15)、中小企業・製造業(同:+1→同:▲5)、中小企業・非製造業(同:▲1→同:▲4)
と、いずれも先行きが悪化している。
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