微分方程式とは 1 人間は昔からこの世界の本質を理解することを目指している。その方法は様々にあるが、世界にある物事を数 値を用いて表現して、いろいろな量の関係を探る方法がその一つである。そのような試みは紀元前からあるが、 特にこの方向に拍車をかけたのがアイザック・ニュートン卿だった。彼は物理量の関係についての法則を数多く 発見し、数学でも微分積分学の基礎を築いた。これから扱う微分方程式の研究が本格的に始まったのはニュート ンの時代からだったと言っても過言ではない。 ニュートンの運動方程式 物体が力を受けると、その力の働く方向に加速度が生じる。加速度は力の大きさに比例し、慣性質量に反比 例する。 この法則を基にして様々な現象を数式で表現することができる。 例. 例えば、力の種類で見ると、 弾性力 張力 重力 1.1 ⇒ ⇒ ⇒ 弾性体の方程式(ものの変形を表す) 波動方程式(弦の振動を表す) ケプラーの方程式(惑星の運動を表す) 常微分方程式 (ordinary differential equations) 微分方程式のいくつかの具体例から始める。 バネの振動 バネにぶらさがるおもりの振動について考える。時刻 t における釣り合いの位置からの変位を u(t) で表すと、 おもりの釣り合いの位置の方向に u に比例した力を受ける。ニュートンの第二法則によれば、おもりの加速度は 受ける力に比例し、おもりの質量に反比例する: m d2 u = −ku dt2 (1) これは単振動の方程式と呼ばれる微分方程式である。ただし、m はおもりの質量、k はバネ定数である。 よく知られているように、単振動は三角関数の重ね合わせ ϕ(t) = C1 sin(ωt) + C2 cos(ωt) で表現できる。ここで、ω は角振動数と呼ばれる定数で、ϕ を微分方程式に代入することにより ω = √ k/m の関 係が得られる。 放射性物質の崩壊 放射性物質の質量の時間的変化について考える。放射性物質は自然に崩壊し、その質量が徐々に減少していく。 物理学の法則によれば、単位時間当りに崩壊する放射性物質の量は物質の全体の量に比例する。時刻 t において の放射性物質の量を u(t) と書くと、数式を用いて次のように表現できる: du = −ku dt (k > 0) 右辺の定数 k は単位時間当たりに崩壊する放射性物質の割合を現す比例定数である。 1 時刻 t = t0 における放射性物質の量を u(t0 ) = u0 とする(このような条件は初期条件と呼ばれる)。そのとき、 関数 u(t) = u0 e−k(t−t0 ) がこの初期条件と上の微分方程式を満たすので、放射性物質の質量 u は時間とともに指数的に減衰することが分 かった。放射性物質の量が半分になるまでの時間を半減期 (half-life) と言う。時刻 t1 で質量が時刻 t0 の質量の半 分になるとすると、 u0 2 が成り立つから、これより t1 − t0 = log 2 /k を得る。従って半減期は観測時刻と無関係に常に一定である。 u0 e−k(t1 −t0 ) = バクテリアの増殖 試験管の中で培養されるバクテリアについて考える。好環境下でバクテリアは栄養素を吸収しながらほぼ一定 の時間ごと分裂を繰り返し、増殖していく。この場合、単位時間当りの増殖率はバクテリア全体の量 u(t) に比例 すると考えられる。このことを数式を用いて表現すると du = au (a > 0) dt となる。これはマルサスの法則と呼ばれる。時刻 t = 0 におけるバクテリアの量を u(0) = u0 とすると、関数 u(t) = u0 eat はこの初期条件と微分方程式を満たす。 実際には、バクテリアは無制限に増え続けることはなく、栄養素や酸素の不足により環境が悪化し、増殖率は バクテリアの量とともに低下することになる。分裂の速度が u に比例して低下すると仮定すると、 du = (a − bu)u dt というロジスティック方程式が得られる。 いくつかの微分方程式の具体的な例について述べたが、一般に独立変数 x と未知関数 y(x) およびその導関数 0 y (x), y 00 (x), . . . , y (n) (x) が満たすべき関係式 f (x, y, y 0 , y 00 , . . . , y (n) ) = 0 のことを常微分方程式という。方程式に現れる最も高階の導関数が y (n) のとき、これを n 階常微分方程式という。 1.2 連立常微分方程式 (systems of ordinary differential equations) これまでの説明では未知関数は 1 個だけあったが、2 個以上の未知関数に対する微分方程式も考えることがで きる。この場合、通常は未知関数の数だけの関係式を考えることになり、連立微分方程式という。独立変数 x と k 個の未知関数 y1 , y2 , . . . , yk およびその導関数 y10 , y20 , . . . , yk0 の間の関係式 fj (x, y1 , y2 , . . . , yk , y10 , y20 , . . . , yk0 ) = 0, j = 1, 2, . . . , k を連立 1 階常微分方程式という。 2 種類の生物の関わり合い ある地域に生息する 2 種類の生物種を考え、その個体数 u(t) および v(t) が時間 t の連続関数であると考える。 この生物の関わり合い、すなわち競争、捕食‐被食、共生などの関係をモデル化したものがロトカ・ボルテラ方 程式と呼ばれる以下の連立 1 階微分方程式である: du dt dv dt = (a1 + b1 u + c1 v)u = (a2 + b2 u + c2 v)v 2 この右辺の増加率は自分と相手の個体数の関数として与えられている。v ≡ 0 とすると、第 1 式はロジスティック 方程式に帰着する。他に、例えば次のような関係を表現できる: c1 < 0, b2 < 0 ... 2 種類の生物が食物などをめぐって競争関係にある c1 > 0, b2 < 0 c1 > 0, b2 > 0 ... ... u が捕食者で v が被食者の関係にある 互いに相手に利益を与えあう共生の関係にある n 階微分方程式は適当に変数を置き直すことによって常に連立 1 階微分方程式に帰着できる。例えば、n 階微 分方程式 f (x, y, y 0 , y 00 , . . . , y (n) ) = 0 は、未知関数 y1 , y2 , . . . , yn を y1 = y, y2 = y 0 , y3 = y 00 , . . . , yn = y (n−1) と定めると、連立 1 階微分方程式 y10 = y2 y20 = y3 .. . 0 yn−1 = yn f (x, y1 , y2 , . . . , yn , yn0 ) = 0 に書き直すことができる。逆に、連立微分方程式からいくつかの未知関数を消去して高階の微分方程式に直すこ ともできる。 太陽を回る惑星の運動 惑星が太陽を周回する様子を考える。太陽と惑星とどちらも質点として捉え、太陽が静止しているとする。惑星の 太陽に対する位置を未知のベクトル関数 x(t) = (x1 (t), x2 (t), x3 (t)) で表すと、惑星に働く重力は −(GM m/|x|3 )x となる。ここで、M は太陽の質量、m は惑星の質量、G = 6.67428 × 10−11 [m3 s−2 kg −1 ] は重力定数である。従っ て、ニュートンの第二法則により m d2 x GM m =− x 2 dt |x|3 という方程式を得る。dx/dt = y とおいて、1階化して考えると、6連立1階微分方程式になる: dx dt dy dt = y = − GM x |x|3 この方程式を解くことにより、ケプラーの法則を証明できる(ケプラーの法則とは、 「惑星と太陽を結ぶ線分が単 位時間に描く面積は、一定である」、そして「惑星の公転周期の 2 乗は、軌道の長半径の 3 乗に比例する」という ものである)。 1.3 偏微分方程式 (partial differential equations) これまでは独立変数が 1 個の場合を考えてきたが、2 個以上の独立変数をもつ未知関数とその偏導関数が満た すべき関係式を考えることもできる。これを偏微分方程式という。2つの具体的な例を示す。 3 例. 波動方程式 (wave equation) ∂2u ∂2u ∂2u ∂2u = ∆u = + + · · · + ∂t2 ∂x21 ∂x22 ∂x2n (弦の振動や膜の振動など、波の伝播を表す方程式) 例. 熱方程式 (heat equation) ∂u ∂2u =k 2 ∂t ∂x (これは直線状の針金の温度分布の時間的変化を表す方程式) 4
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