Page 1 Page 2 シェイクスピアのG。。d Quart。 についての髑書 一タイ

Title
Author(s)
Citation
Issue Date
Type
シェイクスピアのGood Quartoについての覚書 : タイト
ルページを中心に
山田, 直道
言語文化, 33: 109-119
1996-12-25
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/8890
Right
Hitotsubashi University Repository
109
シェイクスピアのGood Quartoについての覚書
タイトルページを中心に
山 田 直 道
シェイクスピア劇の本文校訂は古刊本時代を含めれば作者生前から行われているが,
作品によって復雑さの濃淡はあるにせよシェイクスピアを論じる場合に避けて通れな
い問題である。例えば,本文編纂上難問の一つとなっている『ハムレット』の古刊本
は・1603年出版の四折り(Quarto)版(Q、)を皮切りに,その翌年から翌々年にかけ
て出版のQ2(出版年のみ違うだけで体裁,本文は同じ),1611年出版のQ、,1623年出
版の二つ折り(Folio)版(F1),そして1611年以降の出版で年代不明のQ、,及び1637
年出版のQ5の合計6種類が見つかっている。クォートー版の体裁はtitle−pageから
始まり・head・title付き本文第一ぺ一ジ,mnning−titleおよびト書き付き本文と続き,
FINIS、をもって終わるのが一般的で,signatureはあるもののcolophonやActors
Namesはなく,二,四,五幕と二幕一場の幕場割りのある0‘h6〃oを除いてAct.
divisionsもScene−divisionsも行われていない。『ハムレット』のクォートー版の体
裁もこれに準ずるが,タイトルページの記載事項や本文行数など細かいところで異な
る。一方,本文を再構成する基礎資料としてクォートー版と「双子」である第一フォ
リオ(Dのrハムレット』の体裁は,ヘッドタイトル付き本文第一ぺ一ジにランニング
タイトルと登退場中心のト書きが入った本文が続き,幕割りは二幕まで,場割りも二
幕二場(同一場の表示はない)までで,以降はともに行われていない。シグネチャー
は勿論あるが・大半の作品同様場面の指定と登場人物表はない。F、全体の巻末には
奥付が付いているが,『ハムレット』についてはFINIS.とdeviceで終わっている。
こちらも後程触れるが一様ではない。
体裁だけでもこれほど異なる当時の刊行物は,出版組合に登録して出版の許可を受
けることになっており,その登録簿の記載事項はその刊行物の性格を伝える最初の公
的資料であるが,印刷された刊行物でそれと同じ役割りを果たすのがシグネチャーの
ないタイトルページである。タイトルページは一般的に出版者の宣伝文句を多く伝え
110 言語文化 Vo1.33
ているとされω,クォートー版の場合には実際にその部分だけ剥がされ,ビラとして
配布されたり,貼り出されたこともあったらしい(3)。本文の冒頭に掲げられたヘッド
タイトル及びランニングタイトルのほうが作者のものとも考えられている(4)。舞台に
のった芝居が印刷されて世に出るまでには,劇団,舞台監督,役者,印刷者,出版者
などが介在し,彼等は様々な内的,外的要請を受けて動いたが,タイトルページの記
載事項も,一つにはどのような謳い文句が売れ筋か出版者が頭を悩ませた結果であろ
う。しかしヘッドタイトルのほうが作者に近いからという理由でタイトルページを軽
んじるわけにはいかない。我々の手許に届いた資料はそれほど多くはないのだから。
そこで,体裁,内容ともに本文と密接に関連しながらそれほど重くみられることの
ないタイトルページの比較に入る前に,本文校訂問題の背景を一瞥してみたい。今世
紀のシェイクスピアの古刊本に関わる書誌学的研究は,当時の印刷工程や出版過程を
明らかにしつつ,作者生前の1590年代から死後の1630年代にかけて同時代の人々が
編纂し出版した版本(付随的な諸版をも含む)の相互関係を整理し系譜を調査しなが
ら作者直筆の原稿(foul papers又はfair copy)に近いであろうテキストを編纂する
作業を行ってきた。しかし,18世紀初頭,詩人で劇作家のRoweが初めてシェイクス
ピアの全集を読者向けに編纂して以来,PopeとTheobald,SteevensとMalone,
CollierとDyce,FumivallとHalliwell−Phillippsとがそれぞれ本文編纂方針で対立
しながら(5)テキストを編んだが,その成果は1863年出版のW.G Clark,J、Glover,
W.A。Wrightによるケンブリッジ版シェイクスピア全集(全九巻)と,それを一冊に
まとめたグローブ・シェイクスピア版(Clark,Wright編纂,1864年出版)に結実し
た。しかしそれらのテキスト編纂方法には,主観によって本文を改変したり,先行す
る刊本をそのまま底本にしたり,折衷主義であったり,古い刊本を系統的に校合しな
かったりといった点が多く見られ,今世紀に入ってからのA・W・Pollard,E。K
Chambers,R.B。Mckerrow,W.W.Gregらの本文校訂のアプローチとは大きく異
なるものであった。シェイクスピアの書誌学的研究の分野では,今世紀の書誌学,特
に‘ahappybandofbrothers7(飽ηηV,4,3.60)とも称される(6)ポラード,グレッ
グ,マケローに代表され,同時期の付随的な草稿との比較に力を入れ推測に歯止めを
かける書誌学(7)を,従来のテキスト編纂方法と区別してNew Bibliographyと呼び慣
わしている。
Baconian Theoryが唱えられauthorshipの信ぴょう性を疑問視するdisintegrator
が輩出した(8)上にこうした本文校訂上の問題が生ずるのも,人気を博する新進の劇作
家兼俳優のシェイクスピアを羨んだ先輩作家Robert Greene(1558−1592)や,古典に
シェイクスピアのGoodQuartoについての覚書 111
通じシェイクスピアを‘smal1Latine,andlesseGreeke’と椰楡した詩をF1の巻頭に
寄せたBen Jonson(1572−1637),娘婿で腕の良さが評判だったケンブリソジ出の開業
医John Hal1(9)(1575−1635)などとは違い,シェイクスピアの場合は自筆原稿はもと
よリパンフレット類も含め個人的な記録が一つも見つかっていないからだが(遺言状
と法律文書に見える六つの署名と,それを手掛かりに研究された部7丁肋窺αs〃「o泥
の加筆3ぺ一ジのDと言われる筆跡のみが彼の直筆であろうと推定されているにす
ぎない働)彼の劇は上で述べたようにクォートー版の体裁で作者生前(最も早くて
1594年)から刊行されていた(グレッグの表に従って計算すると,F、以前に出た全
クォートー版のおよそ83%が生前の出版(11))。シェイクスピアは多くの場合,既存の
戯曲・物語,編年史などを所属劇団の上演用に脚色したが,実際に出版されたクォー
トー版は作者本人の校訂を経てはいない。しかし自筆原稿がないため,八折り版(オ
クテイヴォー)を含め三様の体裁で出版された古刊本の精査校合が,上で述べた本文
の異同を吟味し批評する研究(textual criticism),およぴ作者の原稿に近いと推定さ
れる本文編纂の研究(editing)の主体を成している。韻文や散文の台詞を必要に応じ
注意深く登場人物間に配した芝居が,かなりの数の多様な観客(12)を三方かつ立体的
に収めた多角形の舞台〔13》にのるまでには,興行収益に頼る商業劇団のもつ組織力の
結集が必要なことは少なからず明らかにされてきたが(且4),それと同時かあるいは上演
後に,恐らくは自筆原稿やその清書,又は舞台監督用台本を元にして,もしくは記憶
や速記術などによる復元を通して,16の異なる作品について18編の初版と26編の初
版に拠らないリプリントの合計44編のクォートー版が出版された(15)とされている。
発見されたシェイクスピアの古刊本は,現在,British LibraryやFolger Shake−
speare Libraryなどの主な図書館,CambridgeやOxfordそしてYaleなどの大学図
書館に収められており,それらに準拠したphoto−lithographyのfacsimile版やcol.
lotype facsimile版の出版も19世紀後半以降行われ,古刊本研究の進展に寄与した。
フォルジャー・シェイクスピア図書館に現存数のおよそ1/3にあたる79部が所蔵さ
れているF1は,劇団の同僚俳優であったJohn HemingeとHenry Condellが,「盗み
出され,悪い詐欺師の秘密の不正によって醜く歪められた様々な内密の版本」(16)を
‘True Originall Copiesyによって正し,シェイクスピアの死後7年を経過した1623年
に全集として出版したもので,Comediesの『あらし』,『ヴェ・一ナの二紳士』,『尺に
は尺を』,r間違いの喜劇』,rお気に召すまま』,rじゃじゃ馬馴らし』,『終わりよけれ
ばすぺてよし』,『十二夜』,r冬物語』やHistoriesのrジョン王』,『ヘンリー八世』,
そしてTragediesの『コリオレイナス』,『アセンズのタイモン』,『ジュリアス・シー
112言語文化 Vol.33
ザー』,『マクベス』,『アントニーとクレオパトラ』,『シンベリン』など,F、で初めて
活字になった作品17編を含む36作品を収めている。およそ縦13,5インチ,横17,5
インチの印刷用紙をエつ折りにした大きさで,体裁は,扉が読者に宛てたジョンソン
の短い詩,Droeshoutによるポートレートを掲げたタイトルページ,ヘミングとコン
デルによる献辞,同じく両者による読老宛の一文と続き,ジョンソンやH、Holland,
L.Digges,LM.による詩の後に,ヘッドタイトルと劇団所属の26名の主な俳優の名
前がシェイクスピアを筆頭に掲げられ,所収の喜劇,歴史劇,悲劇のA
CATALOGVEが付いている。本文はrあらし』からrシンベリン』までの36編で,
上記の目次にない『ト・イラスとクレシダ』がTragediesの最初に収められている。
前にも述べたように最後に奥付がついている。幕場割りは,全く行われていないのが
『ヘンリー六世第二部』,『ト・イラスとクレシダ』,『・ミオとジュリエット』など全部
で6作品。幕割りだけなのがrヴェニスの商人』,『夏の夜の夢』,『ヘンリー五世』,rコ
リオレイナス』など合計11作品。場割りだけの作品はなく,残りの19作品が幕場割
りの行われている作品であるが,その中のrハムレット』は以前に述べたとおり2幕
までしか幕割りがなく,『尺には尺を』,『ヘンリー六世第一部』そして『ハムレット』
の3作品は場割りが中途で終わっている。そのほか,場面指定が『あらし』とr尺に
は尺を』の2作品のみにあり,登場人物表は『あらし』,『冬物語』,『オセ・一』など
7作品のFINIS.の後に付いているが,そのうちrヘンリー四世第二部』と『アセンズ
のタイモン』は特設ぺ一ジである。末尾にディヴァイスのある作品が25,ないのが11
作品である。タイトルページは,MR.VVILLIAMISHAKESPEARESICOMEDIES,l
HISTORIES,&ITRAGEDIES.IPubli岱ed accor{1ing to the True Original Copies、1
[copperplate portrait,188×157mm,signed’Martin。Droeshout:陀ul sit・Lon−
d。n・・,plate−mark195×164mm]iLONDON[swash旦,⊇,旦]iprintedbyI隊ac
Iaggard,and Ed.Blomt.1623.となっている(17)。クォートー版の大きさは上で述べ
た印刷用紙を四折りにしたもので,タイトルページには通常,タイトル,上演劇団名,
作者名,ディヴァイス,印刷者名,出版者名・所在地,発行年が印刷されるが,劇に
よって筋書紹介や本文紹介,上演場所や上演時期などが加わったり,逆に削除がある
など様々である。フォリオ版は1623年の初版のあと,3回改訂され第四フォリオ
(1685年)まで出版されたが(18),目次にrトロイラスとクレシダ』が入り(F2),『ペリ
クリーズ』など7作品が追加され(F,第二刷より),本文までの順序や書式・書体に
僅かな変更はあるものの,それぞれ直前の版をもとに印刷されたとされる。一方四折
り版は作品によって改版事情が異なり,その数は,ポラードより後のグレッグによれ
シェイクスピアのGood Quartoについての覚書 113
ば,F3までの全37編のうち20編についてクォートー版が一つないしそれ以上発見
されており,そのうち14編についていわゆる良いクォートー(good quarto)が,8作
品についていわゆる悪いクォートー(bad quarto)が出版されたとされている(ユ9)。上
で述べたヘミングとコンデルの言う「醜く歪められた版本」とは記憶や速記で再構成
された悪いクォートーを指すのであり,作者の原稿をもとに印刷されたと考えられる
良いクォートーとは分けて考えるべきであるとするポラードの研究以来,良いクォー
トーと悪いクォートーの二種類がクォートー版にはあることが定説となった(20)。F1
印刷に際してクォートー版が参照されたことは既に究明されているが(2n,最近では,
F1は良いクォートー同様失われた原稿から派生しているとするこれまでのsingle
texttheoryとは別に,良いクォートーはシェイクスピアの未清書原稿などから印刷さ
れた原本で,Flは上演用に改訂された版だろうとするいわゆるtwo−text hypothesis
も主張され(22),それに準拠したテキスト編纂も行われるようになってきた(23)。
このように,シェイクスピアの書誌学的研究が直筆原稿に近いと考えられる最終テ
キストの獲得(懐疑派がいないわけではない(24》)を目指してきた経緯を背景とともに
一瞥したが,最近F1との関係からとみに注目を集めているクォートー版(25)から良い
クォートー全14編を選ぴ,その初版(26》のタイトルページをF1のタイトルページと
ともに比較しながら,本文編纂に対して三作品の良いクォートーが持つ意義を考えて
みたい。
『タイタス・アンド・ニカス』から『オセ・一』に至るシェイクスピアの良いクォー
トーの初版を縦に年代順に並べ,タイトルページの記述を横の14項目に分類して整
理すると次のようになる:(O印:記載有り。…印:記載無し。)
一?
一コレーション
π伽s
タイト/レ
1∼.π
○
○
L.L.L.
O
○
○
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○
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○
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本文紹介
上演頻度
上演場所
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○
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筋書紹介
○
○
○
○
○
○
○
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○
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○
sundry times
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sundrie times
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sundne times
sundry times
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〃.ノV.P
○
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○
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○
○
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○
○
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Maiestie at Whitehall
U4言語文化 Vol.33
T.&C.
○
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○
F1
O
diuersetimes
上演劇団
上演時期
Globe,Black・Friers
○
○
作者
ディヴァイス
印刷者名
出版者名
E.White
同所在地名
出版年
○
1594
丁勘5
○
○
Iohn Danter
R.〃
○
○
V Simmes
A.Wise
○
1597
○
V.Sims
A.Wise
○
1597
○
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C.Burby
○
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A.Wise
○
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○
1599
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1608
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○
1609
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○
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T&(二
○
O
αh8!’o
○
O
○
○
Droeshout
L Iaggard
Portrait
Ed.Blount
F1
1623
シェイクスピアの作品執筆年代を推定する場合,前に触れた出版登録簿に記載され
ている正確な日付と,刊本のタイトルページに印刷されている出版年とが貴重な基礎
資料となるが,良いクォートーの場合も,タイトルページには出版年が載り,出版者
及びディヴァイスも漏れなく印刷されていることが分かる。年代順にみると1600年
を境にシェイクスピアの名前が印刷されるようになったことが目を引く。1598年出
版のL.L,L.にも作者名が記載されているが,これはクリスマスという具体的な上演
時期の記載(二編のみ)からも分かるように,ジェイムズー世の面前で上演された
L召47同様女王の臨席を得て上演され,それだけに各項目について入念であるためで
あろう。1600年からは『ヘンリー五世』以外の悪いクォートーをも含めシェイクスピ
アの名前がタイトルページを飾るようになるが,少なくともシェイクスピアの声価が
宣伝に資するほど高まったことをも示していよう。Lθ併の場合は,タイトルより上
の最上段に(従って最も大きな活字で)M.William Shak−speare:とMaster付きで
印刷され,活字が一回り小さいタイトルを圧倒している。上演事情については,当初
シェイクスピアのGood Quartoについての覚書 115
の上演劇団のみの記述に具体的な上演頻度と上演場所が後程加わる。これは上演とそ
の後の出版の関連性の強まりを思わせる。出版者が一人でも二人でも店の所在地は明
記されるが,WiseとAspleyの場合は記載がない。Wise単独では印刷されている。
F・の場合,Jagaardは印刷者でBlountは出版者であるが,契約の関係で共に印刷者
として名を連ねていると考えられている〔271。上段の飾り模様は喜劇に多くみられる。
そして三作品が本文紹介を載せている。前述したように仮にタイトルページが宣伝用
であったとしても,本文の正確さが宣伝文句となるということは,ヘミングとコンデ
ルの言う剰窃が横行しテキストが相当乱れていたことを裏付ける。ここで,三作品の
良いクォートー及びF1のタイトルページに印刷された本文紹介文を改めて列記する
と:
『恋の骨折り損』(1598年出版)‘Newlycorrectedand augmented7
r・ミオとジュリエット』(1599年出版)‘Newly corrected,augmented,and/
amended:’
『ハムレット』(1604−05年出版)‘Newly imprinted and enlarged to almost as
much/againe as it was,according to the true and
perfect/CoPPie,’
Fl(1623年出版)‘Publishedaccordingto theTrueOriginall Copies.7
(同ヘッドタイトル)‘Truelysetforth,accordingtotheirfirst/ORIGINALL.’
となる。ここで注目すべきことは,各クォートー版は‘Newly7から分かるように直前
に出版された悪いクォートーを持つか,あるいは持つと考えられることである。F1
にこの言葉が見えないのは当然であろう。初めての全集であり,36作品のうち様々な
クォートー版で出版されている19作品とF1で初めて活字となる17作品,即ち印
刷・出版事情を異にする大量の作品を時間を経て編纂したものだからである。本文に
殆ど問題のない『ジュリアス・シーザー』やrマクベス』から,様々な問題を抱える
『リチャード三世』や『ハムレット』まで一括されているため,‘True Originall Copiesア
は相当幅広く解釈せざるを得ない。それに反し,r・ミオとジュリエット』は二年前に
出版の,rハムレット』は前年出版の悪いクォートーをそれぞれ持ち,r恋の骨折り損』
は翌年出版の『・ミオ』と本文紹介の言葉がほぼ同じところから,悪いクォートーが
直前に出版されたと推定されている(28》。従って二人の劇団仲間による全集編纂と三
つの良いクォートーの出版はどちらも本文を正すという共通の動機を持ちながら機敏
さにおいて異なる点があろう。良いクォートーは何よりも正すべき悪い手本を目の前
116 言語文化 Vol,33
にしているのである。作者の草稿とかけ離れた本文を直ちに正そうと考えても何ら不
自然ではない。それが誰であろうと(29),作者の書いた草稿に戻そうとする強い意志が
働いて編纂され出版されたものが三つの良いクォートーであろう。正しい本文への意
識がシャープに働いたとも言えよう。例えば『ハムレット』の場合,Q1が出た直後に
その乱れた本文を訂正して出版されたQ2のほうが,36作品の異なる本文編纂事情を
包括的に抱み込み時間をおいて出版されたF1よりも,たとえシェイクスピア自身の
revisionの手がどこかで加わったとしても(30),シェイクスピアのオリジナル草稿に近
い本文を伝えているのではないか。加えて上演に関わる記述が一つも見えない。同じ
例は『ヘンリー四世第一部』があるだけで他は全て記されている。それも,上演前に
本文の修正を緊急に行おうとした意図の端的な表われと解釈できるかもしれない。敢
えて言えば,舞台は編纂者の念頭になかったのではないか。
タイトルページは,たかが宣伝文句されど宣伝文句なのである。本文についての記
述は,乱れたテキストヘの危機感が宣伝文の姿を借りて顕在化したものと解すべきで
あろう。事実,良いクォートーが出版されたあとは悪いクォートーは一つも出ていな
いのである。編纂者の目的は達成された。良質の本文が宣伝に値し,一般に好まれて
いたことをここで改めて確認するとともに,一歩進めて,宣伝を超えて正しい本文の
尊重をこれらのタイトルページは訴えている,と考えたい。
働、’
・王
1
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2
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19W,W.Greg,Th6E識on厩P70δ」餓初Sh盈6ゆ8α7ε,pp.188−89.Folio Order Table,悪
いクォートーの数には‘derivativeversion’と‘octavo’が含まれる。
20A.W.Pollard,Sh鷹吻膨FoJ歪osσ舷Qκ碗os f A Sご幼腕∫hθB弼ガog吻hッげ
Shα舵幼ε醐8’s P吻s1594−1685(Methuen and Company,1909),pp.
64−80.しかし最近‘authorial revision’説との関係で批判を受けている。
Cf.Random Cloud,‘The Marriage of Good and Bad Quartos,’
Shαh6ψ6α紹 Q襯π6媛y,33(1982),pp.421−31,Steven Urkowitz,
“Well−sayd olde Mole’:Burying Three伽裾ε≠s in Modem Editions,’
Sh盈卿o粥S魏ゐTo磁ッ,ed.Georgiama Ziegler(AMS,1986),pp,
37−70.
21Alice Walker,7セ蜘認P箔oδ伽sげ孟hεF茗zs≠EoJ∫o(Cambridge University Press,
1953).
W.W,Greg,丁肋Sh鷹脚耀Fぎ冠FoJ∫o(OxfordUniversity Press,1955),pp。159−60。
Charlton Hinman,ThεP廟伽g伽4」P70φ1∼εα4加gげ’hθF跳≠FoZloげShα々帥齪紹,
2vols (Oxford University Press,1963).
22 」.Haho,Th召F∫短 Q襯πo (ゾκ初8・Lεα7,The New Cambridge Shakespeare
(Cambridge University Press,1994),Introduction,pp。1−26,
23Stanley Wells and Gary Taylor(general editors〉,隅●〃ガ伽Sh施吻駕’7物θ
Co窺μαθ砂b沈s(Oxford University Press,1986).
StanleyWeUs and Gary Taylor withJohnJowett andWilham Montgomery,財〃ガ佛
Sh‘z々召輿)6αγεr/1 71ε寛云放zJ Co”ψα箆ぢon (Oxford University Press,1987)、
24 E.A.J.Honigmann,伽4.
25Alice Walker,伽4.
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1885.
27.A.W.Pollard,Sh惚吻粥FoJ歪os伽4伽πos,p.112.
W.W.Greg,7hθSh惚吻卿F掘Eo1ズo,pp.6−11.
28.W.W.Greg,L.L.L.(Q1)(Shakespeare Quarto Facsimiles No.10,0xford Univer−
sity Press,1957),An Introductory Note.
W.W.Greg,ThθE露o吻J P名oδ勧3初Shα々召吻α7ε,p,IL
29.W.W。Greg,丁肋Shα煽卿飢6Ff冠EoJfo,pp.76−80参照。F1についての議論。
30.G,R.Hibbard,施ηzJα,The Oxfor〔1Shakespeare(Oxford University Press,1987),
‘Textual Introduction,7‘Editorial Procedures,’pp.104−31.
付記
タイトルページその他の綴は現代化し,
れている省略法に従った。
シェイクスピアの作品の英語略名は普通行わ