疲労時の膝蓋腱反射と中枢神経活動 林 貴法、萩原 正和、石川 正道 北海道柔道整復専門学校 キーワード:筋疲労、腱反射、中枢性疲労、表面筋電計、脳波 抄録: 平 成 23 年 度 研 究 助 成 金 の 研 究 で 筋 疲 労 と 筋 断 裂 の 関 連 性 に つ い て 、 疲 労 に よ る 筋 柔 軟 性 の 低 下・反 射 亢 進 が 起 こ っ て い る 可 能 性 を 発 見 し た 。筋 疲 労 に 関 し て は 末 梢 性 の 疲 労 と 中 枢 性 の 疲 労 [1-3] が 考 え ら れ て い る が 、詳 細 は 明らかにされていない。本研究では中枢神経活動を脳波形で記録する事で、 中枢性の疲労を明らかにする事を目的として行われた。 北海道柔道整復専門学校の健康な卒業生 1 名を対象に大腿四頭筋の自発 収 縮 を 繰 り 返 し 行 い 、そ の 前 後 で 表 面 筋 電 図 を と っ た 。ま た 実 験 全 体 を 通 し て 脳 波 計 に よ り 脳 波 を 記 録 し た 。実 験 全 体 を ビ デ オ カ メ ラ で 撮 影 し 、実 験 中 の事象に関する時間での脳波の解析を行った。 反 射 の 筋 電 図 は サ ン プ ル 数 が 少 な く 、最 大 エ ン ト ロ ピ ー 法 が 周 波 数 解 析 に 適 し て い る た め 、筋 電 図 の 解 析 は 最 大 エ ン ト ロ ピ ー 法 に よ り 行 っ た 。脳 波 に 関しては長時間記録のため、高速フーリエ変換により周波数解析を行った。 反 射 の 筋 電 図 の 周 波 数 解 析 は 随 意 収 縮 と 同 様 に 、筋 疲 労 で 周 波 数 が 減 少 す る 事 が 分 か っ た 。脳 波 の 周 波 数 密 度 に お い て は 、筋 疲 労 前 後 で 周 波 数 の 分 布 に 変 化 が み ら れ た 。ま た 随 意 運 動 中 の 周 波 数 密 度 に 関 し て は 、最 初 の 周 波 数 分布と 3 回目筋疲労以降の周波数分布に変化がみられた。 被 検 者 が 少 な い 、脳 波 計 が 簡 易 な も の で ノ イ ズ が 大 き い な ど の 問 題 点 が 挙 げ ら れ る 。ま た 脳 波 の 長 時 間 解 析 を 詳 細 に 行 う た め の 解 析 ソ フ ト 、脳 波 と 筋 電図でコヒーレント解析を行うための解析ソフトがないなど設備の問題点 もある。今後被検者を増やし、解析方法を改善し実験を行う予定である。 緒 言: 筋 疲 労 の 研 究 は 代 謝 や 電 気 生 理 学 的 な 手 法 に よ り な さ れ て き た [1-4] が 、 い ま だ に そ の メ カ ニ ズ ム は 明 確 に さ れ て い な い 。 我 々 は 2011 年 度 公 益 社 団 法 人 全 国 柔 道 整 復 学 校 協 会 の 助 成 金 に よ る 研 究 で 、大 腿 四 頭 筋 疲 労 時 に お け る 膝 蓋 腱 反 射 の 周 波 数 解 析 を 行 う こ と が で き た 。こ の 研 究 で は 被 検 者 が 一 人 で あ る も の の 、腱 反 射 に お い て も 随 意 運 動 の 周 波 数 解 析 同 様 の 結 果 を 得 る こ とができた。筋疲労は当該筋のパフォーマンス低下ととらえられているが、 1 その原因は中枢性の疲労と末梢性の疲労の両方が挙げられる可能性が示唆 さ れ て い る [5-7]。 そ こ で 本 研 究 で は 神 経 ・ 筋 機 構 に よ る 筋 疲 労 を 評 価 す る た め に 、膝 蓋 腱 反 射 の 筋 電 図 (EMG) と 脳 波 (EEG) を 同 時 に 観 測 し 、筋 疲 労 と 中 枢 神 経 活 動 の 関 係 を 調 べ た 。 な お こ の 研 究 は 2012 年 度 公 益 社 団 法 人 全 国柔道整復学校協会の助成金を受けて行った。 方法: <被検者> 被 検 者 は 北 海 道 柔 道 整 復 専 門 学 校 の OB 1 名 で 運 動 器 に 外 傷 の 既 往 が な い 者 と し た 。ま た 被 検 者 は 北 海 道 柔 道 整 復 専 門 学 校 倫 理 規 定 に 基 づ く 同 意 書 に 署名の後に実験に参加した。 <実験機器> 表 面 筋 電 計 は パ ー ソ ナ ル EMG (P-EMG-0404A01-2W, 追 坂 電 子 機 器 製 ) を 用 い た 。 電 極 は Blue Sensor M (M-00-S/50, 株 式 会 社 メ ッ ツ ) を 使 用 し 、 電 極を貼付する前に剃毛し紙やすりで角質を落とし消毒用エタノールでふき 取る前処理を行なった。レファレンスは右外果においた。 脳 波 計 は PW-EEG-03, PW-EEG-02 (有 限 会 社 パ ス ワ ー ル ド ) を 用 い て 取 得 し た 。 電 極 は 皿 電 極 を 使 用 し た 。 電 極 の 設 置 部 位 は 10-20 法 の 電 極 部 位 の う ち 、 C3, C4, Fz, Cz, Pz で 測 定 し た 。 C3, C4, Fz を PW-EEG-03 で 、 Cz, Pz は PW-EEG-02 で 観 測 し た 。筋 電 図 の サ ン プ リ ン グ 周 波 数 は 3000Hz, ロ ー パ ス フ ィ ル タ ー は 500Hz, ハ イ パ ス フ ィ ル タ ー は 20Hz, 脳 波 の サ ン プ リ ン グ 周 波 数 は 128Hz で 観 測 し た 。 <プロトコール> 膝 蓋 腱 反 射 (PTR) を 筋 電 計 で 測 定 し た 後 、 座 位 で 右 大 腿 四 頭 筋 に 70% 最 大 収 縮 を 可 能 な 限 り 継 続 し て 行 な わ せ (VC) 筋 疲 労 を 起 こ し た 。そ の 後 再 び PTR の デ ー タ を 取 得 し た 。 こ れ を 5 回 繰 り 返 し 行 い 、 筋 疲 労 の 時 間 的 変 化を見積もった。 <解析> 各随意運動の開始直後の筋電図と終了直前の筋電図を高速フーリエ変換 (FFT) で 周 波 数 解 析 し 、そ の 中 央 値 を 評 価 し た 。PTR の 筋 電 図 は 最 大 エ ン ト ロ ピ ー 法 (MEM) で 周 波 数 解 析 を 行 っ た 。 脳 波 は 反 射 を 起 こ し て い る 瞬 間 に 得 ら れ た 脳 波 、随 意 運 動 を 行 な っ て い る 時 間 帯 の 中 央 で の 脳 波 に 対 し て 各 電 2 極 で FFT を 行 い 、 周 波 数 密 度 を 求 め た 。 結果: VC の 筋 電 図 に 関 し て は 筋 疲 労 の た め の 随 意 運 動 開 始 直 後 と 終 了 直 前 の 周 波 数 の 中 央 値 を 、 PTR の 筋 電 図 は 各 反 射 の 周 波 数 の 平 均 値 を 図 1 に 示 す 。 VC に 関 し て は 開 始 直 後 と 終 了 直 前 で は 明 ら か に 終 了 直 前 で 周 波 数 が 低 下 し て い る こ と が わ か る 。PTR に 関 し て は 疲 労 前 の 周 波 数 よ り も 低 下 し た の は 4 回 目 筋 疲 労 後 に お い て 起 こ っ て い る 。今 回 は デ ー タ 数 が 少 な い た め に 統 計 的 にはっきりした事は言えない。 脳 波 に 関 し て は 、 C3, C4, Fz, Pz, Cz の 各 電 極 で 得 ら れ た 脳 波 の 周 波 数 解 析 の 結 果 を 各 電 極 ご と に 時 系 列 で 並 べ た 図 を 図 2 に 示 す 。図 中 の vc1, vc2, vc3, vc4, vc5 は 筋 疲 労 の た め に 行 っ た 5 回 の 随 意 運 動 中 の 脳 波 の 周 波 数 解 析を表している。 考察: EMG に 関 し て は 2011 年 度 の 研 究 の 裏 づ け が で き た 事 に な る 。 筋 疲 労 を 中 枢 性 の 疲 労 と 末 梢 性 の 疲 労 に 分 け て 考 え る と 、PTR は 筋 自 体 の 疲 労 を 反 映 す るため中枢性の疲労が末梢性の疲労に先んじて起こると考えられる。 筋 疲 労 を 起 こ す 前 の EEG 周 波 数 密 度 は 、 ど の 電 極 も 低 周 波 数 に 鋭 い ピ ー ク が あ り 、低 周 波 数 成 分 が ほ と ん ど を 占 め る こ と が わ か る 。最 初 の 随 意 運 動 ( 図 2 の vc1 の 時 間 帯 ) で は ど の 電 極 も 周 波 数 ピ ー ク が 低 下 し て い る 。 続 け て 行 な っ た 3 回 目 、4 回 目 、 5 回 目 の 筋 疲 労 の 周 波 数 密 度 は 、 Pz, Cz で は 低 周 波 数 と 約 16Hz に 周 波 数 密 度 の ピ ー ク が 見 ら れ る が 、他 の 電 極 で は 低 周 波 数 成 分 だ け に 周 波 数 密 度 の ピ ー ク が あ る 。 Cz は 頭 頂 部 の 電 極 で 大 腿 部 の 運 動 領 域 近 傍 で の 脳 波 を 捉 え て お り 、 Pz は 大 腿 部 の 感 覚 領 域 に 近 い 部 位 で の脳波を反映していると考えられるので、3 回目以降、大腿部の運動領域・ 感 覚 領 域 に 中 枢 神 経 活 動 に 変 化 が 起 こ っ た と 考 え ら れ る 。PTR を 行 な っ て い る 時 の 脳 波 に 関 し て は 、2 回 目 筋 疲 労 後 か ら 低 周 波 数 成 分 か ら 高 周 波 数 成 分 まで幅広い周波数がみられ、各電極間で特異的なことは見られない。 5 回目筋疲労後はどの電極も周波数密度は筋疲労前と同じ傾向に戻って い る 。こ れ は 5 回 目 筋 疲 労 後 、被 検 者 に こ の 反 射 の デ ー タ を 取 っ て 終 了 だ と い う 事 を 告 げ た た め に 起 こ っ た 精 神 的 な 変 化 に よ る も の な の か 、脳 波 計 の 精 度 の 問 題 か は 明 確 に は 分 か ら な い 。被 検 者 の 聴 覚・視 覚 が 脳 の 電 気 活 動 へ ど の 程 度 影 響 す る か を 明 確 に す る た め に は 、随 意 運 動 を し て い る 時 間 帯 以 外 で は被検者に暗算をさせるなどの実験方法を取り入れることも考えられる。 3 本 来 、脳 波 解 析 は 全 て の 時 間 で 連 続 し て 時 間 周 波 数 解 析 を 行 う こ と で 脳 の 電 気 活 動 の 変 化 を 考 え る 事 が で き る が 、そ の た め に は 解 析 ソ フ ト が 必 要 と な る 。 今 回 は 解 析 ソ フ ト が な い た め に 各 VC, PTR の イ ベ ン ト ご と で の 解 析 し か で き ず 、脳 の 電 気 的 活 動 の 全 体 像 を 解 明 す る に は 至 ら な か っ た 。ま た 脳 波 と 筋 電 図 の コ ヒ ー レ ン ト 解 析 を 行 い 、脳 波 周 波 数 と 筋 電 図 周 波 数 の 関 連 を 調 べるべきであるが、これも解析ソフトがないためにできなかった。 今 後 は 被 検 者 数 を 増 や し 、脳 波 計 の 精 度 を 見 積 も り 今 回 の 問 題 点 を 改 善 し 、 継続して実験を続ける予定である。 まとめ 今 回 の 実 験 で は 4 人 の 被 検 者 の う ち 、脳 波・筋 電 図 の 両 方 の ノ イ ズ が 少 な く 解 析 に 採 用 で き た デ ー タ が 1 名 だ け で あ り 、統 計 的 に 確 か な こ と は 分 か ら な か っ た 。し か し 、随 意 運 動 後 に 脳 の 広 範 囲 に わ た っ て 高 周 波 数 成 分 が 増 加 す る と い う 電 気 活 動 の 変 化 が 起 こ る こ と 、ま た 随 意 運 動 を 起 こ し て い る 脳 の 部 位 に お け る 電 気 活 動 、高 周 波 数 成 分 と 低 周 波 数 成 分 に が そ の 他 の 部 位 と 差 異があることなどが観察できた。 引用文献: 1 . Kent-Braun JA. Central and peripheral contributions to muscle fatigue in humans during sustained maximal effort. Eur J Appl Physiol. 1999; 80:57-63. 2. Bigland-Ritchie B, Jones DA, Hosking GP, Edwards RH. Central and peripheral fatigue in sustained maximum voluntary contractions of human quadriceps muscle. Clin. Sci. Mol Med.1978; 54: 609 -614. 3. Boerio D, Jubeau M, Zory R, Maffiuletti NA. Central and peripheral fatigue after electrostimulation -induced resistance exercise. Med Sci Sports Exerc. 2005; 37: 97 3-978. 4. Petrofsky JS. Frequency and amplitude analysis of the EMG during exercise on the bicycle ergometer. Eur J Appl Physiol Occup Physiol. 1979; 41: 1-15. 5. Basmajian JV, De Luca CJ. Muscles alive 5th ed. Baltimore: Williams & Wilkins; 1985. 89 p. 4 6 . Merletti R, Conte L.R, Orizio C. Indices of muscle fatigue. J Electromyogr Kinesiol. 1991; 1: 20 -33. 7 . Sadoyama T, Miyano H. Frequency analysis of surface EMG to evaluation of muscle fatigue. Eur J Appl Physiol. 1981; 47: 239 -246. 90 140 80 120 70 vc (Hz) 50 80 40 60 30 ptr (Hz) 100 60 vc ptr 40 20 20 10 0 0 図 1 500 1000 1500 time (sec) 2000 2500 0 3000 随 意 運 動 に よ る 筋 疲 労 時 の FFT に よ る 周 波 数 解 析 の 結 果 (vc) と 、筋 疲 労 後 の 膝 蓋 腱 反 射 の MEM に よ る 周 波 数 解 析 の 結 果 (ptr) で あ る 。 5 各 電 極 で 記 録 さ れ た 脳 波 を FFT に よ り 周 波 数 解 析 し 周 波 数 密 度 を 電 極 ご と に 示 し 膝蓋腱反射をしている瞬間での周波数密度、随意運動中の中間点での周波数密度を表して 図 2 6 7
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