Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 1 - 地球の影に何を見る? ~ 皆既月食 2014 観測ガイド(Astro-HS 編) 1 月食とはどんな現象か? ~ 宇宙に伸びる地球の影 1-1 月食の原理 月食は,地球の影に月が入り地球から見て月が暗くなったり欠け て見えたりする現象です(図 1) 。月食のときの月の欠け際が丸い ことから,地球が丸いことがわかりますね(この事実は,古代ギリ シャ時代から知られていました) . 月食は大きく半影月食,部分月食,皆既月食の三つに分けられま す(厳密には,半影月食も皆既半影月食と部分半影月食に分けられ ます) .半影月食とは,月が地球の半影(太陽の光の一部がさえ 図 1 2010.1.1 の月食 ぎられて届かない部分:図 3)に入るために起こりますが,月 の北側か南側の一部がほんの少し暗くなる程度で肉眼ではほとん ど気づかきません.写真に撮らないとわからないほどです(図 2: 左上がわずかに暗くなっています) . 図 2 2002.5.26 の半影月食 図 3 地球の本影と半影 それに対して部分月食や皆既月食は,月が地球の本影(太陽の光がまったく届かない部 分:図 3)に入るために起こるもので,月の一部分が欠けて見えるのが部分月食,月が完全 に隠されて赤銅色に見えるのが皆既月食です.半影は本影の周囲をかこむように存在して いるので,部分月食や皆既月食の際も必ず半 影月食から始まります(図 4) 。 皆既月食は皆既日食と異なり,地球の影に 入った月をみているために,月が出ている場 所であればどこでも見ることができるので す(皆既日食では,私たち自身が月の影の中 に入っています)。また,長くても数分しか 続かない皆既日食とは違い,1 時間以上続くものもあります。 図4 Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 2 1-2 月食はいつ起きる? 月食は地球の影に月が入るわけですから,太陽,地球,月がこの順に一直線になるとき, すなわち満月のときに起こります(図 5) 。 図5 しかし,満月のたびに月食が起こるわけではありません。そうだとすると,ほぼひと月 に一回,月食が起こることになってしまいます。では,どのような満月であれば月食とな るのでしょうか? 実は,月が地球の周りを回る軌道(白道)は,地球が太陽の周りを回 る軌道(黄道)に対し,約 5 度傾いています。 (図 6) 図6 このため,月が太陽と地球と月が同一平面,すなわち,月の軌道が地球の軌道面と交わる 点(昇交点と降交点と言います)にあるときに満月となった場合のみ,月食が起きるので す(図 7) 。 図7 Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 3 1-3 過去の月食・将来の月食 それでは過去にはどのような月食があり,今後,近い将来にはどのような月食が起きる のでしょうか? 表 1 は日本で 2000 年以降に見えた月食の一覧(半影月食を除く)です。 表 1 2000 年以降に日本で見ることのできた月食一覧(半影食のみの場合は除く) 年 月 日 種類 食分* 継 続 時 間 2000.07.16 皆既 1.77 3 時間 57 分(うち皆既 1 時間 47 分)★ 2001.01.10 皆既 1.19 3 時間 17 分(うち皆既 1 時間 2 分) 2001.07.05 部分 0.50 2 時間 40 分 2004.05.05 皆既 1.31 皆既中に月没 2005.10.17 部分 0.07 58 分 2006.09.08 部分 0.19 1 時間 33 分 2007.08.28 皆既 1.48 皆既前の部分食中に月出(皆既 1 時間 31 分)★ 2008.08.17 部分 0.81 部分食中に月没 2010.01.01 部分 0.08 1 時間 2 分 2010.06.26 部分 0.54 2 時間 44 分★ 2010.12.21 皆既 1.26 皆既中に(中部以東では皆既前に)月出★ 2011.06.16 皆既 1.71 皆既中に(北日本では皆既前に)月没★ 2011.12.10 皆既 1.11 3 時間 33 分(うち皆既 52 分)★ 2012.06.04 部分 0.38 2 時間 8 分 2013.04.26 部分 0.02 32 分,西日本のみで見られるが条件悪 2014.04.15 皆既 1.30 西日本では見られず,近畿地方以東で部分食の終わりのみ *食分:11 ページ参照 ★:Astro-HS で観測テーマとして取り上げたイベントです。 前回 2011 年 12 月の月食は天候に恵まれ,多くのグループで観測・撮影に成功しました. そのときの画像は Astro-HS ウェブページのデータアーカイブで見ることができます。 では、将来はどのような月食が見えるのでしょうか? 表 2 は 2017 年までに日本で見ら れる月食の一覧です。2015 年までは頻繁に起こります。 表 2 2020 年までに日本で見ることのできる月食一覧(今回の月食を含む) 年月日 種類 食分* 継続時間 2014.10.08 皆既 1.17 3 時間 20 分(うち皆既 1 時間 0 分) 2015.04.04 皆既 1.01 3 時間 30 分(うち皆既 12 分) 2017.08.08 部分 0.25 1 時間 57 分 2018.01.31 皆既 1.32 3 時間 23 分(うち皆既 1 時間 17 分) Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 4 2018.07.28 皆既 1.61 皆既中に月没 2019.07.17 部分 0.66 中国地方以西で月没帯食 1-4 赤い月 10 月 8 日の月食は皆既月食です。皆既月食では,月食が進むにつれて月が大きく欠けて いき,いざ皆既となれば月がすべて消える! と思いがちですが,実はそうはなりません。 年によって見え方が変わりますが,ぼんやりと赤銅色の満月が見えるはずです(図 8) 。月 は全部地球の影に入ったはずなのに,なぜ月が消えないのでしょうか? 図 8 2011.12.10 の皆既月食 (提供:西遠女子学園 天文地学部) 答えは,地球の「大気」のせいなのです。下の図 9 を見てください。 図 9 地球大気による太陽光の屈折 地球は月と違い大気を持っています(図中では誇張して描いています) 。太陽からの光は Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 5 地球に対してだいたい平行に入射しますが,真空中から大気中に進むときに光は屈折し, 進路は内側に曲げられます。地球本体に遮られた光は当然月には届きませんが,大気中を 通過した光は宇宙空間に出るとき再び屈折し,月にまで届きます。そのため,地球の影の なかにある月でも,その光に照らされてぼんやりと光って見えるのです。 では,なぜ“赤い月”が見えるのでしょう? これも地球の大気に原因があります。地 球の大気中には多くの微粒子(空気分子や浮遊している細かい塵 = エアロゾル)が浮遊し ており,それらによって光は大気を通過する間に散乱されます。散乱の度合いは波長によ って異なり,波長が短い光(青っぽい光)はよく散乱されるのに対し,波長が長い光(赤 っぽい光)はあまり散乱されません。そのため,赤い光だけが月にまで達することができ, 皆既中の月は赤っぽく見えるのです(原理的には部分食のときでも赤い光は月を照らして いるはずですが,皆既をむかえるまでは残っている月の明るさが強すぎて,欠けている部 分はほとんど何も見えません) 。 もし大気中の塵の量が多ければ,赤い光でさえも散乱してしまい,皆既中の月はまった く見えなくなってしまいます。実際,1993 年 6 月 4 日に起きた皆既月食は,2 年前に起き たフィリピン・ピナツボ火山の噴火(20 世紀最大の噴火と言われた)の影響で,かなり暗 かったそうです。つまり,地球大気の状態によって,皆既中の月の色は毎回異なるのです。 果たして,今年の皆既月食はどんな色に見えるのでしょうか・・・? 2 月食の進行の記録 ~全国で一緒に観測しよう! 月食は,地球のまわりを公転する月が地球の影に入り込んでいく現象ですので,月の形 の変化はすなわち月の公転による動きを示しています。また,地球大気の屈折で影の部分 に入り込んだ光の明るさや赤みは,地球大気の状態を反映して赤みが変わってきますので, 影の部分の色を記録することで地球大気の状態を知る手がかりが得られます。 今回は 3 年ぶりに条件の良い皆既日食になります。下は今回の月食のデータです。 半影食開始 17 時 14.1 分 部分食開始 18 時 14.5 分 皆既食開始 19 時 24.6 分 食の最大 19 時 54.6 分 皆既食終了 20 時 24.5 分 部分食終了 21 時 34.7 分 半影食終了 22 時 35.2 分 また,皆既中は夜空が暗くなり月の周囲の星も見えるようになります。月食の進行は地 域に関わらず同じですが,星と月との位置関係は地域によって異なります。別の地点で撮 影された写真を比較することで月までの距離を求めることも可能になります。 Astro-HS では,全国の高校生が同時に観測し,互いの研究の・解析の材料になるように, Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 6 協定観測を提案します。 3 協定観測 ~全国で同時刻に月食を観測しよう! 3-1 欠けていく月の形の記録 ~定時写真撮影 ◇観測機材: カメラ(一眼レフカメラ+望遠レンズ,カメラ+望遠鏡+接続アダプター) ◇観測方法: 撮影は,全国のグループで同時刻に行いましょう。撮影を推奨する時刻を『協定時刻』 とし,この同時刻の画像を一覧にして後日 web で公開します。同時刻の撮影画像があれば, 他の地点との比較が容易になります。 そして何より,皆さんがカメラのシャッターを押すその瞬間,全国各地でも同じ高校生 たちが同時にシャッターを押しているという一体感をぜひ味わってほしいと思います。 <撮影の協定時刻>(月が確認できる毎時 00 分、15 分、30 分、45 分に撮影) 18 時 00 分、15 分、30 分、45 分、19 時 00 分、15 分、30 分、45 分 20 時 00 分、15 分、30 分、45 分、21 時 00 分、15 分、30 分 ※ 撮影時刻の精度は 2~3 秒ずれてもかまいません。雲の影響などで指定時刻に撮影できな かった場合も 2 分以内ならずれても構いません。 なお,解析マニュアルで述べる「月の大きさ」や「月までの距離」,「地球の影の輪郭の 明るさの分布と色」を求めるためには,ある程度の拡大撮影が必要になります。詳しくは 撮影マニュアルをごらん下さい。 具体的な撮影方法がわからない場合には,参加グループのメーリングリスト ([email protected])に質問メールを流してください。お互いのノウハウ等の 情報交換もできると思います。 Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 7 3-2 色の記録 1−4 で説明したように,皆既中の月はその時々で色が変わります。時間を追って色が変わ る様子を観察して,色の変化を考察してみましょう。 皆既月食の色を観察するためにダンジョンスケールという指標があります。ダンジョン スケールは言葉で表現されています。この指標に代表色をつけてみたのが表3です。 表 3 ダンジョンスケール 尺 度 月面の色,様子 代表色 0 非常に暗い色。月の中心部分はほぼ見えない。 黒 1 灰色か褐色がかった暗い色。月の細部を判別するのは難しい。 灰色,こげ茶色 2 赤もしくは赤茶けたくらい色。たいていの場合,影の中心に 暗い赤 一つの非常に暗い斑点を伴う。外縁部は明るい。 3 赤いレンガ色。影は多くの場合非常に明るいグレーもしくは 明るい赤 黄色の部位によって縁取りされている。 4 赤銅色かオレンジ色の非常に明るい色。外縁部は青みがかって オレンジ 大変明るい。 (参考:Danjon, M.A. 1920, Comptes Rendus Acad. Paris 171, 1127 を翻訳した国立天文台「皆既月食 どんな色?」キャンペーンのホームページ) Astro-HS では,この言葉のスケールから色見本を作ってみました(図 10) 。ダンジョンスケ ールは5段階ですが,明るい色の中間色を作って7段階としています。皆既中の月の色と, このスケールとを比べて,最も近い色の数字を2−3に紹介したスケッチ右の「ダンジョン スケール」に記入しましょう。 図 10 月の色(Astro-HS スケール) 部分月食中の色も観察しましょう。部分月食中の月の色は,3−3で紹介するスケッチに 色鉛筆で月を書くとともに,スケッチ右の「月の色」のところに言葉で書き入れましょう。 また,色は時々刻々と変化していきます。ぜひ,時刻とともに色の変化を追ってみましょ う。そちらは色観察データ報告用紙に記入してください。 月食中の月の色は,写真撮影でも観測できます。色温度の設定を変えずに撮影すること に注意をしてください Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 8 3-3 スケッチによる形の記録 ○準備:月食用スケッチ用紙を必要枚数,消しゴム,色鉛筆 月食用スケッチ用紙は,Astro-HS の web ページ( http://www.astro-hs.sakura.ne.jp/ ) からダウンロードしてください。 ○観測方法: 望遠鏡や双眼鏡を使う場合,視野内に月全体が入るような倍率にし,月食用スケッチ用 紙にスケッチします。食の進行状態を観測し,色鉛筆で色を塗っていきます。このとき, 月の表面の地形を目安にするとわかりやすいと思います。月食の進行は速いので,素早く スケッチを行って下さい。月食用スケッチ用紙に記録するデータは,次のような項目です。 このうち,絶対に必要なデータは時刻と場所です。月の色がどんな感じであったかをこと ばでも記録してください。記入例を下に示しておきます(図 11) 。 また,観測者や観測場所などは,観測後にまとめて記入してもかまいません。 ・観測者 ・観測日時 ・観測場所(観測地点の住所,経緯度を記入) ・食の進行状態(%) (11 ページ参照) ・備考(空の状態,観測視野内の雲の有無) 食の進行状態は自分が書いたスケッチから計算し,パーセントで記入してください。 図 11 スケッチの記入例 Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 9 - 4 観測報告 <写真の報告><色観察データの報告> 撮影した写真や色観察データは,Astro-HS の web ページからダウンロードしたエクセル ファイル(luna2014-AH)に必要事項を記入し,4 桁の登録番号(nnnn)を加えた名称 (luna2014-AHnnnn)の形で保存して下さい。 写真のみ,色観察データのみでもかまいません。 撮影した写真と,データファイル(luna2014-AHnnnn)を一緒に次のアドレスへ送付し てください。 報告アドレス: [email protected] <食のスケッチの報告> 食のスケッチの記録用紙は,スキャナで1枚ごとにデジタルデータにして下さい。 スキャナ画像の名称は,登録番号を含めて,AHnnnn-1008-Saa (S はスケッチの意味,aa は通し番号)の形で保存し,写真と同じアドレスに送付してください。 報告アドレス: [email protected] ※写真やスケッチデータを CD-R 等の郵送で報告する場合,次の宛先へお願いします。 〒254-0041 神奈川県平塚市浅間町 12-41 平塚市博物館 学芸担当 塚田 健 宛 画像はぜひ Astro-HS 公式 Facebook へも投稿をお願いします。 Facebook 公式ページ: https://www.facebook.com/AstroClassroom 報告の締め切りは,2014 年 10 月 31 日(金)です。送っていただいたデータ・画像は,整 理でき次第 Astro-HS の公式ホームページ上で公開しますので,各グループで必要なものを ダウンロードしてください。 Astro-HS 2014 皆既月食観測ガイド – 10 - 5 参考資料 ◇「食分」と Astro-HS での「食の進行状態」 「食分」とは太陽(日食)や月(月食)の欠け具 合を示す指標で,食の進行をみるためのものです (図 12) 。 「食分」は食の予報には適していますが, 皆既月食の状態では 1 を超え,観測から「食分」 は求めることはできません。 そこで,Astro-HS では食の進行の様子を表す量 として以下の方法で求める値を用い,これを「食 の進行状態」とし,この「食の進行状態」によって 欠け方を表すことにします(図 13) 。 撮影した写真から,影に隠された部分の長さ(右 図上の BC)と月の直径の長さ(同 AC)をそれぞ れ測り, 図 11 食の進行状態 次の式によって「食の進行状態[%]」を計算します。 食の進行状態[%] = BC × 100 AC 図 12 食分 この値を,時刻とともに報告シート に記入してください。 欠けた月の画像からそれぞれの長さ を測定するには,工夫が必要になりま す。たとえばプリントされた写真の月 の輪郭からコンパスや定規を用いて中 心を決め,それをもとに月の外縁を再 現するなどしてみてください。また, 影の境界線を決めるのも難しい作業に なります。本来の月表面の模様の濃淡 がわからなくなるあたりを基準に,境 界線を決めるとよいかも知れません。 各グループにおいて,いろいろと工夫 してみてください。 図 13 食の進行状況 「食の進行状態」は,部分食の場合 は「食分」と同じ値になります。また,皆既中の「食の進行状態」の値は常に「100%」と します(図 13 下) 。
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