氏 名 平方 聡樹 博士の専攻分野の名称 博士(工学) 学 位 記 番 医工博甲第287号 号 学位授与年月日 平成26年3月20日 学位授与の要件 学位規則第4条第 1 項該当 専 機能材料システム工学専攻 攻 名 Development of High Performance Membrane/Electrode 学 位 論 文 題 目 Assemblies for Polymer Electrolyte Fuel Cells Operable Under Wide-Ranging Temperature and Humidity Conditions (広範囲温度・湿度条件において作動可能な高性能を有する固体高 分子形燃料電池用膜電極接合体の開発) 論 文 審 査 委 員 主査 教 授 内田 誠 教 授 渡辺 政廣 教 授 内田 裕之 教 授 Donald Tryk 教 授 宮武 健治 教 授 入江 寛 学位論文内容の要旨 第1章 研究背景・目的 電気自動車(EV)用固体高分子形燃料電池(PEFC)システムで想定される作動条件(氷 点下~100℃付近、0~100%RH)では水が影響した性能低下が懸念される。氷点下もしくは室 温付近での作動では、水がセル内にて容易に凍結もしくは凝縮するため、反応物質の拡散 経路を遮断し電圧低下を引き起す。一方 80℃以上の高温域ではセル内の相対湿度の低下に 伴い、電解質の乾燥による導電率の低下に起因して、セル電圧の低下を引き起こす。その ためセル内水管理の改善が上記の幅広い条件下での作動に必要である。 PEFC の心臓部である膜電極接合体 MEA は電解質膜、電極触媒、プロトン導電バインダ ー、ガス拡散層(GDL)で形成されている。GDL は反応物質の拡散やプロトン導電バイン ダーの湿潤性の管理するための重要な部品であるため、広範な作動条件下で PEFC 性能向上 を得られる重要なキーポイントとなる可能性がある。 本研究では GDL の細孔径の違いや親水層の付加の効果を氷点下~高温、低~高加湿の幅 広い条件のもとで調査した。高加湿条件では電流電圧曲線の測定という基本的な特性だけ でなく、電圧の安定性を考慮した耐フラッディング特性に関しても調査した。氷点下試験 では独自のプロトコルを開発した上で調査している。 第2章 PEFC セル性能や氷点下起動挙動に対する GDL の細孔径の効果 セル性能に対する GDL の細孔径の効果を調査した。異なる平均細孔径を有する 24BCH (平均細孔径:2.4µm)と 25BCH(平均細孔径 4.3µm)という 2 種類の GDL を用いて調査 した。 25BCH を用いたセルは 24BCH を用いたセルよりも 0.5A cm-2 以上の高電流密度領域で高 い電圧及び上限電流を示した。これは 25BCH がより大きな細孔を有するため、大きなガス 拡散ネットワークを有しているためである。一方 24BCH を用いたセルでは良好な耐フラッ ディング性能が示された。より小さい細孔は小さな液滴を形成できるため、セパレータの 流路にて供給ガスとの接触面積の増大に起因して容易に蒸発しやすくなるためと考えられ る。 24BCH を用いたセルは-5℃からの電流密度増加モード(50mA cm-2 で起動し、0.6V に達 する毎に 50mA cm-2 ずつ増加させていくモード)における起動試験にて良好な起動性能を示 した。また同セルの温度はより高電流密度まで迅速に上昇できたことに起因して 25BCH を 用いたセルよりも早く 0℃まで達した。これは 24BCH を用いたセルにてより小さな液滴が 形成されることに起因して、空気がセルの入口から出口にかけて円滑に拡散できるためと 考えられる。以上のことから、GDL の細孔径が広範な作動条件下でセル性能に大きく影響 することが示された。 第3章 PEFC セル性能や氷点下起動挙動に対する GDL 中の親水層の効果 マイクロポーラスレイヤー(MPL)とカーボンペーパー(CP)間に親水層(HL)を有 する GDL(HL-GDL)のセル性能への効果を調査した。走査型電子顕微鏡やマイクロラマ ン分光法による調査を三層(MPL、HL、CP)構造に対して行った。高倍率の SEM では HL-GDL の HL が MPL よりも小さい細孔を有していることが示された。そのため HL の細孔での毛 管力は MPL よりも高く、これは HL がより多くの水を吸収し得る事を示していると考えて いる。 HL-GDL を用いたセルは通常の GDL を用いたセルよりも、高加湿及び低加湿条件の両 方にて高電流密度領域で高い性能を示した。高加湿条件では HL が生成水を吸収できるため、 触媒層から GDL への生成水の除去が促進され、触媒層での凝縮水によるガス拡散阻害を抑 制したと考えられる。低加湿条件では HL が MEA 内の保水性を向上させたため、脱水によ る電解質のプロトン導電率の低下を抑制したと考えられる。 HL-GDL を用いたセルは-10℃からの起動試験にて良好な性能を示しており、これは HL による生成水の除去によって触媒層における凝縮水もしくは凍結水によるガス拡散阻害を 抑制したためと考えられる。これらの結果は MPL と CP 間の HL が、広範な作動条件下で PEFC 性能を向上し得ることを示している。 第4章 総括 本研究ではセル温度が氷点下~100℃付近、セル内の相対湿度が 0~100%RH と非常に幅広 い作動条件でのセル性能向上を目指し、MEA の構成材料の様々なファクターが性能改善に 与える影響を調査した。GDL の細孔径は水の結露しやすい高温高加湿条件や氷点下起動試 験にて耐フラッディング特性や起動特性に大きく影響することが見出された。また GDL の MPL・CP 間に親水層を加えることで特性はさらに向上し、特に-10℃という低温にて顕著な 起動性能向上を示すことが分かった。後者の親水層付加にて得られた結果は広範な作動条 件にて性能向上が得られたため、MEA 内の親水性を向上させる、または傾きを持たせるこ とが広範な作動条件における特性向上要因の一つになると考えられる。 その指針に対する取組の一つとして、触媒層中のプロトン導電を司るバインダーのイオ ン交換容量(IEC:バインダー乾燥重量当たりのスルホン酸基のモル数)を変化させること を提案する。従来のバインダーである Nafion よりも高い IEC を有する Aquivion を用いて、 両極、もしくは片方の電極のみに用いることで、MEA 内の親水性に傾きを生じさせる、ま たは親水性を向上させることが期待でき、MEA 内の水の拡散に影響を与えることが予想さ れる。現在までにこれらのセルが氷点下~高温までのセル特性に大きく影響することが分か っており、IEC の変化が広範な作動条件下で特性向上を与える可能性が示唆されている。 今後、電解質膜も含めて IEC の組み合わせを変化させることで更なる性能向上が得られ る可能性がある。また電解質膜を介した両極間の水の拡散等を膜やバインダーの微細構造 の観点から影響を与えるファクターを調査することで、結果を電解質の設計指針等にもフ ィードバックできると考える。 論文審査結果の要旨 本論文は、携帯機器用電源、自動車用駆動電源、家庭用コジェネレーション用電源とし て期待されている固体高分子形燃料電池(PEFC)において、室温から 80℃程度までの通 常作動温度だけでなく氷点下温度においても高い性能を実現するための MEA の設計指針 を導き出すことを目指したものである。 第 1 章では、PEFC の構成要素と開発課題、目標とその実用化の意義について述べてい る。特に実燃料電池における 80℃から氷点下並びに乾燥状態から飽和加湿状態の広範囲の 作動環境におけるセルの性能や加湿水や酸素還元反応により生成した水の状態が電気化学 的特性に与える影響についての研究の意義と、その前提となる評価手法の開発の意義につ いてきわめて明確に説明している。また、平方氏が研究対象とした PEFC の研究開発の現 状について十分な知識を有していることが確認できた。 第 2 章では、PEFC 性能を決める重要な部品であるガス拡散層(GDL)の細孔径のセル 性能に対する影響について着目し、異なる平均細孔径を有する 2 種類の GDL を用いて調査 した。その結果、細孔径の小さい GDL を用いたセルでは良好な耐フラッディング性能が示 し、小さい細孔は小さな液滴を形成できるため、セパレータの流路にて供給ガスとの接触 面積の増大に起因して容易に蒸発しやすくなることを見出した。また、細孔径の小さい GDL を用いたセルは-5℃からの電流密度増加モードにおける起動試験にて良好な起動性能を示 した。この効果は、小さな細孔により空気の円滑な拡散を実現できたことによることを解 明した。以上のことより、GDL の細孔径が高加湿条件での作動と氷点下からの起動の両方 でセル性能に大きく影響することが示された。 第 3 章では、マイクロポーラスレイヤーとカーボンペーパー間に親水層(HL)を有する GDL(HL-GDL)のセル性能への効果を、通常温度領域での高/低加湿及び氷点下温度にて 調査し、親水層が高加湿及び低加湿条件の両方にて高電流密度領域で高い性能を示すこと を見出した。そのメカニズムとして、高加湿条件では HL が生成水を吸収できるため、触 媒層から GDL への生成水の除去が促進され、触媒層での凝縮水によるガス拡散阻害を抑制 すること。ならびに、低加湿条件では HL が MEA 内の保水性を向上させたため、脱水によ る電解質のプロトン導電率の低下を抑制することを解明した。また、-10℃からの起動試験 でも良好な性能を示し、HL による生成水の除去によって触媒層における凝縮水もしくは凍 結水によるガス拡散阻害を抑制できることを見出した。これらの結果より、HL が、通常温 度での高加湿及び低加湿条件や氷点下温度を含む幅広い作動条件下で PEFC 性能を向上し うることを導き出した。 第 4 章では、実燃料電池における 80℃から氷点下並びに乾燥状態から飽和加湿状態の広 範囲の作動環境におけるガス拡散電極の細孔径や親水層などの構造が電気化学的特性に与 える影響についての研究を明確にまとめている。これらの結果により、燃料電池の実発電 での挙動解析の裏づけを元に今後のセル設計における重要な設計指針を導き出すことがで きたことも大きな成果である。 この成果の内容は著名な国際学会誌 Electrochimica Acta へ 2報の掲載がなされ、審査 委員より高い評価を得ている。また、1 報目の論文は掲載 6 ヶ月で既に各国からの 264 の 閲覧実績が示され、高い評価を受けている。以上のように平方氏の研究は PEFC の高性能 化、低コスト化、高耐久化の向上のみならず、広く関連業界での技術開発の高効率化に寄 与するものである。以上により博士論文審査委員全員の合意において、本論文は博士(工 学)の学位論文として適格と認め、合格と判断した。
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