(様式 2) 氏 名:小野暗章 論文題名 :高圧水素に曝露したゴム材料の減圧後の体積増加に及ぼす溶解水素の影響 区分:甲 論文内容の要旨 本研究では,ガスシーノレ材として汎用的に使用される代表的な合成ゴムのひとつで、あるアク リロニトリルブタジエンゴム( NBR)を試料として用い,水素シール用ゴム材料開発のための 重要な知見である高圧水素曝露時の水素収着量および体積増加に及ぼす NBRの局所構造の運 動性への影響について研究を進めた.これらは,ゴム材料を水素シールとして使用する際のシ ール破壊の要因となる. NBRはシアノ基を持つため高極性であるアクリロニトリルユニット (AN)と,低極性のプタジエンユニット( BU)で構成される共重合体の加硫物である. NBR にはダイナミクスの不均一性を誘起する局所的な構造不均一性が存在する.これらに及ぼす水 素収着量,体積増加率の影響を検討し,体積増加に寄与する局所構造を特定すること, AN-BU 共重合体分子鎖の運動性変化から,水素が NBRの体積を膨張させる機構を特定することを目的 とした.本研究ではパルス IH−核磁気共鳴装置( NMR)を用いて分子鎖の局所的な運動性をス ピンースピン緩和時間(横緩和時間, Tz)により評価し,水素の収着による運動性の変化から体 積膨張機構を検討した. 本研究の結果, AN-BU共重合体分子鎖の運動性の異なる局所構造は ANBU交互鎖と BUブロ ック構造であることが分かつた.高圧水素曝露時の試料体積は試料中の水素収着量に依存する こと,収着水素が BUブロック構造の運動性のみを低下させることが判明した.従って, NBRの 体積増加に寄与する構造は BUブロック構造であると結論した. また,高圧水素曝露による試料の体積増加には AN-BU 共重合体分子鎖と水素分子間の相互 作用は介在せず,試料中に収着した水素分子が気体状に振る舞うことにより試料を構成する AN-BU共重合体分子鎖が等方的に伸長されることで生じると結論した. 以下,本論文の構成を説明する. 第 1章では研究背景,水素エネルギーシステムにおけるシール技術と実用化のために残され た課題,研究目的などについて述べた. 第 2章では,パルス 1H-NMRにより解析された未加硫 NBRの Tzの異なる成分について,熱分 析や小角 X 線散乱を用いた相構造解析,高分解能溶液 1H-NMRスペクトルを用いた分子鎖の連 鎖構造解析の結果に基づき帰属を行った.その結果, NBRは じ が 最 も 短 い T z s成分, T z s成分よ りも T zの長い T z成分(T 2 M ) ,T zが最も長い T z Lの 3成分で構成されることが明らかとなった.T z L 成分は未加硫 NBRに含まれる低分子量の不純物に帰属された. T z s成分は,シアノ基による強 い分子間相互作用により分子運動性の拘束された ANBU交互鎖, TzM成分は分子間相互作用の 弱い BUブロック構造にそれぞれ帰属された. 第 3章では,未加硫 NBRに観測される T z s ,TzM成分がそれぞ、れ ANBU交互鎖, BUブロック構 造に帰属されることから,加硫 NBRに観測される T z s ,TzM成分について, ANBU交互鎖と BUプ ロック構造の長さを反映する BUの平均連鎖長(LnBU)と,架橋密度を反映する架橋点間分子量 0°Cにおける との相関を検討し,加硫 NBRの不均一性を支配する要因を検討した.その結果, 3 加 硫 NBRの分子鎖の運動性の不均一性は未加硫 NBRの LnBUにより支配され,加硫の影響は 2 sは ANBU交互鎖, T2M成 分 は BUブロック構造の 小さいと結論した.このため,加硫 NBRの T 運動性をそれぞれ反映していることが明らかとなった. 第 4章では, 30MPa,50MPa,70MPa,90MPaの水素に曝露した加硫 NBRの減圧後の水素収着 量,体積変化率の減圧後の経時変化を測定し,増加体積に対する溶解水素の寄与を定量的に評 価した.その結果,水素は試料体積の約 3%の空隙を占有し,収着水素には体積増加に寄与する 水素と体積増加に寄与しない水素が存在することが示唆された. このため,試料中に収着した 水素は、均一に AN-BU共重合体分子鎖中に分散した「溶解 j 状態ではなく, AN-BU共重合体分 子鎖と不均一な局所構造中に「混合」した状態であると考えた. 第 5章では,試料の約 3%の空隙と ANBU交互鎖, BUブロック鎖との相闘を検討するため, 試料体積,及び T2Mの IH比 (HM )の温度依存性を検討し,各温度における体積変化率と HMを比 較した. ANBU交互鎖, BUブロック構造に対する混合水素,体積変化の影響を検討するため, 3 0MPa,50MPa,70MPa,90MPaの 3 0℃の水素に曝露した試料の減圧後の T 2 s ,T 2 M ,HMの経時変 化測定を行い,混合水素量,体積変化率との相関を検討した. 以上の検討の結果, Tg以上の試 料体積は BUブロック鎖のミクロブラウン運動を反映することが分かつた. 30°Cにおける試料 r e eVolume,FV)と,それ以外の空隙 の空隙体積を,ミクロブラワン運動を反映する自由体積( F u a s iF r e eVolume,QFV)を定義し,試料に収着した水素は FVと QFV 体積である疑似自由体積(Q に分配されるモデルを提案した. 試料のバルク体積に対する飽和した収着水素の体積分率は, 曝露圧力の増加に伴い増加した.試料の FVの体積分率は約 3%であった. QFVに分配される 収着水素の体積分率は全収着水素の体積分率と FVの体積分率の差より算出した .FVと QFVに 分配される体積の比から FV及 び QFVに分配される水素量を算出した結果,収着水素の大部分 は FVに分配され, QFVに分配される水素はわずかであった. FVに分配された水素収着量の HMへの影響を検討した結果, FVに分配された水素は BUブロック構造の運動性を低下させるこ とが明らかとなった. 第 6章では, NBRのバルク体積に対する構成分子の占有体積分率であるパッキング密度( PD) とT 2の相関を検討した.極性分子である重水素化クロロホルムおよび無極性分子である四塩化 炭素で膨潤させた状態および水素収着状態の PDと T 2を比較し, T 2への PDの依存性を検討した. また,伸長による分子運動性の低下との比較検討のため,未膨潤試料の伸長状態での T 2を測定 した. 2の相関か 溶媒膨潤した試料,伸長された試料と 90MPaの水素に曝露した試料の PDと T ら水素と AN-BU共重合体分子鎖間の相互作用の有無について検討した. その結果,体積増加 は , AN-BU共重合体分子鎖と H2の相互作用は介在せず,収着した水素は気体状態で分子鎖中に 混合し,分子鎖が等方的に伸長されることに起因すると結論した. 第 7章では本論文を総括した.
© Copyright 2024 ExpyDoc