ウェブマガジン『留学交流』2014 年4月号 Vol.37 Edu-Neuro EU-JP:神 経 科 学 分 野 に お け る ヨ ー ロ ッ パ -日 本 の ダ ブ ル 修 士 号 プ ロ ジ ェ ク ト -申 請 、 採 択 、 開 始 - Edu-Neuro EU-JP:double master degree project in neuroscience: Application, Adoption, Start-up 東邦大学理学部 小林 芳郎 K O B AY A SH I Y o s h i r o ( F a c u l t y o f S c i e n c e , T o h o U n i v e r s i t y ) キ ー ワ ー ド : 修 士 、 ダ ブ ル ・ デ ィ グ リ ー 、 EU、 神 経 科 学 このプロジェクトのあらまし 日 本 も EU も 超 高 齢 化 社 会 を 迎 え て お り 、 ア ル ツ ハ イ マ ー 病 を 始 め と す る 神 経 変 性 疾患は喫緊の克服課題のひとつとなっていて、神経科学を専門とする若い科学者がま すます必要とされている。一方で神経科学は他分野にまたがっており、個々の研究室 でカバーできる範囲は限られている。このような背景のもと、このプロジェクトが考 案された。このプロジェクトは、日本側3大学(東邦大学理学部、東北大学医学部、 京 都 府 立 医 科 大 学 )と E U 側 4 大 学( マ ー ス ト リ ヒ ト 大 学 、ケ ル ン 大 学 、ル ー ヴ ェ ン カ ト リ ッ ク 大 学 、リ ー ル 第 1 大 学 )か ら 構 成 さ れ て い て 、参 加 す る 教 員 は 総 勢 2 1 名 、い ずれも神経科学分野の特色ある研究者である。学生はそれぞれの大学院で1年ずつ学 修することにより神経科学の複数の分野を学修でき、最終的に双方の大学院から修士 号 を 受 け 取 る( ダ ブ ル 修 士 号 )。学 生 は ま た 相 手 国 で イ ン タ ー ン シ ッ プ を 体 験 し 、単 位 にすることもできる。参加する教員も何度か相手国に赴き、派遣学生の状況を確認し たり、学生に講義をしたり、プログラムの調整をする。 こ の プ ロ ジ ェ ク ト を 通 し て 、神 経 科 学 の 分 野 で 将 来 を 担 う 博 士 号 取 得 者 が 多 数 輩 出 されることが期待されている。 申請に至るまで 筆者は東邦大学理学部で国際交流センター長を兼任していて、そのためこのプロジ ェ ク ト に つ い て 同 じ 学 部 の 増 尾 好 則 教 授 か ら 相 談 を 受 け た 。こ の と き す で に 日 ・ E U 政 府 間 学 術 協 力 プ ロ グ ラ ム で あ る I C I- E C P ( I n d u s t r i a l i s e d C o u n t r i e s I n s t r u m e n t E d u ca t io n C o -o p er at i o n P ro gr a m me ) プ ロ ジ ェ ク ト 申 請 締 め 切 り の 3 ヶ 月 前 を 切 っ て い た が 、E U 側 は 申 請 の 準 備 を か な り 進 め て い て 、大 学 ご と の 個 別 の 事 情 に 対 応 し た 手 独立行政法人日本学生支援機構 Copyright 1 © JASSO. All rights reserved. ウェブマガジン『留学交流』2014 年4月号 Vol.37 直しをすれば申請できると考えていたようである。増尾教授はリール第1大学に知り 合 い の S a l z e t 教 授 が お ら れ 、共 同 研 究 を さ れ て い た 縁 で 、プ ロ ジ ェ ク ト へ の 参 加 を 打 診されたとのことだった。のちに共同申請者となる東北大学の谷内一彦教授も京都府 立 医 科 大 学 の 河 田 光 博 教 授 も 、こ の プ ロ ジ ェ ク ト の E U 側 の 代 表 者 で あ る マ ー ス ト リ ヒ ト 大 学 の St e i nb u sc h 教 授 と 強 い 個 人 的 つ な が り を 持 っ て お ら れ た 。日 本 側 で は 当 初 6 大学が興味を示したが、最終的には前述の3大学が残った。これら3大学の3人の教 授は相手の研究室を知悉しておられ、その個人的なつながりが大きく作用したのかも しれない。今回のプロジェクトでは相手校で実験(研究)をするので、相手校の事情 がわかっているほうが望ましいからである。 このプロジェクトではダブル修士号を与えることになっていた。筆者はまず文部科 学省のサイトでダブル修士号についての考え方、問題点を調べた。当時ダブル修士号 についての規程が東邦大学にはなかったので、ダブル修士号の代わりに、コース修了 証 明 書 、と い っ た も の で 置 き 換 え ら れ な い か 、E U 側 及 び 東 邦 大 学 の 事 務 責 任 者 に 打 診 し た 。 答 え は 残 念 な が ら 双 方 と も 否 で 、 結 果 と し て プ ロ ジ ェ ク ト が 始 ま る 2013 年 10 月 ま で に 規 程 を 整 え る こ と に な っ た 。 し か し 申 請 書 に 添 付 す る MOU は ダ ブ ル 修 士 号 が 想 定 さ れ て い て 、こ れ に サ イ ン し な け れ ば な ら な か っ た 。筆 者 は E U 側 と 交 渉 し て 、参 加 大 学 全 部 が 同 意 す る と き に 限 り 変 更 で き る と い う 条 件 で の MOU の 内 容 の 変 更 可 能 性 を申請書の中に書き入れてもらった。最終的に日本側の代表者は増尾教授となり、筆 者 が 事 務 方 と と も に 増 尾 教 授 ら を サ ポ ー ト す る 体 制 と な っ て 、 申 請 に こ ぎ つ け た ( EU 側 は マ ー ス ト リ ヒ ト 大 学 の S e n d en 博 士 が 事 務 方 と と も に サ ポ ー ト す る 体 制 に あ る )。 しかし申請内容とダブル修士号について、学内の理解を得、規程を整えるのには、想 像以上に大変な労力を要した。 理系大学院生を対象としたダブル修士号プロジェクトの難しい点、単位互換など ダブル修士号はなかなか理解してもらうのが大変な制度である。そもそも修士号を 与える基準が明確なようで明確でない点に問題が潜んでいると筆者は考えている。今 もなお、修士修了まで2年かかるところを1年で修了できるような、いわゆる「早期 修了」者でなければ、このダブル修士号制度に適合しないと考える教員が筆者の大学 にもいる。そうではなく、自国と相手国でのそれぞれ1年の学修結果を評価、認定す ることがダブル修士号の基本だと筆者は考える。 も っ と も 大 き な 問 題 は 、 理 系 大 学 院 で の 学 修 プ ロ グ ラ ム が 日 本 と EU で か な り 異 な ることであった。日本では座学もあるものの、研究室での実験やゼミが中心であり、 最 終 的 に 研 究 成 果 を 修 士 論 文 と し て ま と め 、発 表 す る 。一 方 EU は 座 学 が か な り の 割 合 を 占 め 、 研 究 室 で の 本 格 的 な 研 究 は な い ( 少 な い )。 E U の 中 で も 国 に よ っ て プ ロ グ ラ ムは異なるが、単位互換の考え方が浸透していて、基本的にはお互いのプログラムの 相 違 は そ の ま ま に し て 、 費 や し た 時 間 を も と に 単 位 を 与 え 合 う ( European Credit T r a ns f er Sy s t em , E C TS )。 筆 者 ら は こ の 考 え 方 を 日 本 と E U の 間 に 適 応 し て 、 そ れ ぞ れ の大学院での学修成果を費やした時間をもとに単位として認め、結果を評価すること に し た 。た と え ば 、実 験 は 1 日 に 7 時 間 、週 に 5 日 、7 ヶ 月 実 験 す る と し て 9 8 0 時 間 、 講 義 は 1 コ マ 90 分 で 9 コ マ 受 け る と し て 13.5 時 間 、 と い っ た 具 合 に と ら え る と 、 全 独立行政法人日本学生支援機構 Copyright 2 © JASSO. All rights reserved. ウェブマガジン『留学交流』2014 年4月号 Vol.37 体 で 1,405 時 間 と な っ た 。 こ れ は EU の 60 単 位 相 当 の の べ 時 間 と ほ ぼ 一 致 し た 。 そ こ で 20〜 23 時 間 を 1 単 位 と し た 。 EU 側 ( マ ー ス ト リ ヒ ト 大 学 ) は 、 実 験 を 始 め る 前 に 学 生 に 内 容 を 説 明 し 、質 疑 の 後 、学 生 が 予 想 さ れ る 結 果 を 文 章 に し て 提 出 す る( 下 線 は 筆 者 ら が 当 初 想 定 し て い な か っ た 部 分 )と い う 項 目 を 加 え る こ と を 条 件 に こ の 考 え 方 を 了 承 し てくれている。 E U の 学 生 が 日 本 で 学 修 し た 結 果 を ど の よ う な 基 準 で 評 価 す る の か 。筆 者 ら は 学 内 の 作業部会で、このプロジェクトに参加する東邦大学の教員の評価基準を持ち寄り、そ れ を 互 い に 説 明 、了 承 す る 形 式 を と っ た 。で は 日 本 の 学 生 が E U で 学 修 し た 結 果 に つ い て は ど う か 。 こ れ は EU 側 が EU 側 の 基 準 で 評 価 す る の で そ れ を 採 用 す る し か な い 。 いつ学生を派遣するかというのも大きな問題であった。博士後期課程に進学するこ とを希望する学生なら修士2年の4月派遣が可能だし、その時点で修士1年を修了し ているので十分に座学を修了したとみなせる。しかし就職希望の学生の場合は修士1 年 の 1 0 月 派 遣 で な い と 帰 国 後 の 就 職 活 動 が 難 し い 。た だ 多 く の 学 生 は 学 部 4 年 の と き に(同じ研究室で)卒業研究をしてきているので、修士1年を修了していなくても十 分 に 学 修 し て い る と み な せ る の で は な い か 。 筆 者 は こ の よ う な 考 え を EU 側 に も 伝 え 、 日 本 か ら は 4 月 と 10 月 の 両 方 に 派 遣 す る こ と に し た 。 採択 夏 の さ な か ( 2 0 1 3 年 8 月 1 9 日 )、 待 ち に 待 っ た 朗 報 が 届 け ら れ た 。 申 請 書 は よ く 練 られていてその点で採択は期待していたが、一方で私立大学が代表となったという前 例がないことが懸念された中での採択だった。喜びを感じるいとまもあらばこそ、す ぐに具体的な準備に入った。 プロジェクトの開始 こ の プ ロ ジ ェ ク ト は 採 択 さ れ た あ と 、 1 ヶ 月 半 後 ( 2013 年 10 月 ) に 開 始 す る こ と になっていた。しかし学生への周知、希望者に対する面接試験、渡欧前の日本学生支 援 機 構 で の 手 続 き を 考 え る と 、1 2 月 派 遣 が や っ と で あ っ た 。幸 い 数 名 の 学 生 か ら 問 い 合 わ せ が あ り 、 面 接 を 経 て 、 1 名 選 ぶ こ と が で き 、 12 月 2 日 に 日 本 を 発 っ た 。 彼 は ケ ルン大学を希望したが、幸い大阪大学にケルン留学から帰国された先生がおられ、何 か と 親 身 に な っ て ア ド バ イ ス を い た だ い た 。彼 は E U 滞 在 中 、ケ ル ン 大 学 で 参 加 さ れ て いる2名の教員の研究室両方で実験をする予定になっている。 2 0 1 3 年 1 2 月 の 学 生 派 遣 に 先 立 ち 、1 0 月 に は 増 尾 教 授 が リ ー ル 第 1 大 学 を 訪 問 さ れ 、 E U 側 の 教 員 と 打 ち 合 わ せ を し た 。20 1 4 年 2 月 に は 谷 内 教 授 の 研 究 室 の 教 員 が マ ー ス ト リ ヒ ト 大 学 を 訪 問 さ れ 、意 見 を 交 換 さ れ た 。3 月 に は 河 田 教 授 が E U 側 3 大 学 を 訪 問 し て 、 再 度 EU 側 の 考 え 方 を 確 認 さ れ て い る 。 一 方 、 EU 側 か ら の 学 生 の 受 け 入 れ は 2014 年 9 月 に な る 見 通 し で 、 す で に 日 本 側 の 研 究 室 に 問 い 合 わ せ が 来 て い る 。2 0 1 4 年 6 月 に は E U 側 か ら S t e i n b u s c h 教 授 ら 数 名 の 一行が日本の3大学を訪問して、意見交換、プロジェクトの内容紹介などをされる予 定である。 独立行政法人日本学生支援機構 Copyright 3 © JASSO. All rights reserved. ウェブマガジン『留学交流』2014 年4月号 Vol.37 最後に こ の プ ロ ジ ェ ク ト で は 、 4 年 間 で 、 3 大 学 合 わ せ て 20 名 の 学 生 を 派 遣 、 EU か ら も 2 0 名 の 学 生 を 受 け 入 れ る 予 定 で あ る 。幸 い に も 日 本 、E U と も 希 望 者 が 続 い て い る よ う で、彼ら彼女らがこの貴重な機会を将来に生かしてくれたらと願っている。 独立行政法人日本学生支援機構 Copyright 4 © JASSO. All rights reserved.
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