磯野 亮太

33.
疲労亀裂の伝播停止特性を把握するための荷重低減条件と伝播停止の判定法について
35310006
1. 研究目的
2.
溶接構造物は,耐久性や安全性を向上させる目的で様々な
磯野 亮太
ASTM 規則における⊿Kth 試験の概要
2.1
ASTM 規則における⊿Kth 試験条件の概要 1)
研究がなされ,材料の性能が向上し,解析技術も発展した。
da/dN-⊿K 関係において,疲労亀裂伝播速度(da/dN)が限り
しかし,疲労強度評価法として利用されている応力振幅(S)-
なく 0 に近い時の応力拡大係数範囲(⊿K)の値が⊿Kth である。
繰返し回数(N)関係は,経験則を含めて判断しているため,疲
⊿Kth 試験を行うことにより,疲労亀裂が発生した構造物に
労寿命推定には,十分に対応できておらず,鋼構造物の疲労
おいて,疲労亀裂が存在しても亀裂がそれ以上進展しないよ
破壊事故は減少していない。破壊事故の主な初期損傷は疲労
うな使用条件の限界値である下限界応力拡大係数範囲(⊿Kth)
破壊であり,S-N 関係における疲労寿命の 90%以上は疲労亀
を決定することができる。
裂発生寿命である。しかし,溶接鋼構造物の溶接部が有する特
疲労亀裂伝播は荷重振幅を急激に低下させると疲労亀裂は
徴から,疲労亀裂の発生は避けることができない。しかも,
完全に停止するため⊿Kth を求めることは出来ない。そこで,
鋼構造物は,巨大で疲労亀裂発生が直ちに全体破壊に至るわ
ASTM(E647)が規定する同試験では,以下に示す条件で疲労亀
裂を伝播させながら徐々に除荷し,疲労亀裂伝播速度を低下
けではない。
そこで,疲労亀裂の伝播特性を評価しておく必要がある。
疲労亀裂伝播過程の評価には,疲労亀裂伝播速度(da/dN)と応
力拡大係数範囲(⊿K)の関係が用いられている。疲労破壊を評
価する上で疲労亀裂伝播試験を実施する場合には,日本に試
験規則がないため,多くの研究機関では米国試験材料協会
(American Society of testing and Materials:ASTM)の規則(E647)
を用いているという現状がある。しかし,ASTM の規則は,
逐次改定されてはいるものの,制定された時期が古いために,
近年の研究やそれに基づく計測方法が十分に反映されている
させていくことを求めている。
(1) 荷重を階段状に減少させる場合,荷重低下率は直前の荷
重の 10%を超えてはならない。
(2) 荷重変更後は,疲労亀裂を 0.5mm 以上進展させることを
推奨する。
(3) ⊿K の勾配 C は,C   1  dK   0.08mm1 の範囲とする。
 K  da 
(4) C 値は負とする。
(5) da/dN=10-9~10-10m/cycle の範囲内で 5 点以上の da/dN-
⊿K 関係の試験結果の点を取得して,⊿Kth を決定する。
わけではない。
また,疲労亀裂がそれ以上に伝播しない条件として,下限
2.2
界応力拡大係数範囲(⊿Kth)がある。この⊿Kth は,疲労亀裂を発
見しても直ちに修正できないこともあるため,存在する疲労
ASTM 規則における⊿Kth 試験の問題点
ASTM 規則における⊿Kth試験の試験条件の問題点を示す。
(1)
最大荷重が変化した際の亀裂の進展量を最低 0.5mm 進
亀裂が進展しないような状態で使用継続する条件として必要
展させることを推奨するとあるが,0.5mm である根拠が
に な る 。 ま た , ⊿Kth を 求 め る た め の ⊿ Kth 試 験 (delta K
確認されていない。
decreasing-test)についての試験条件を取り決めた規則も国内
には存在しない。そのため,国内でも ASTM(E647)を用いて,
(2) C   1  dK   0.08mm 1 とされているが,疲労亀裂
 K  da 
⊿Kth 試験が行われている。しかし, ⊿Kth 試験は da/dN-⊿K
長さ(a)と荷重(P)の 2 つの変数が存在しており,a 増加に
関係において,da/dN=10-9~10-10m/cycle の範囲で 5 点以上の
より P が減少するが,どちらの変数を優先するか明記さ
データを取得することが求められており,さらに亀裂長さの
計測は目視による光学的測定法が推奨されているため,1 本の
れていない。
(3) ⊿Kth 試験を行う際,繰返し回数の総数は約 800 万回で,
試験片を用いた試験に 2 週間ほどの時間と多大な労力を要す
10Hz で試験を行うと約 10 日間となる。その間光学的測
る過酷な試験となっている。
定法にて疲労亀裂長さを計測するのは時間的に非常に過
本研究では,ASTM 規則(E647)における下限界応力拡大係
酷な試験になる。
数範囲(⊿Kth)を求めるために行われている⊿Kth 試験の規則
における問題点を明らかにし,応力比(R)一定という条件で
3. ヒステリシスループを用いた⊿Kth の推定
⊿Kth 試験を,デジタル型動ひずみ計を用いた計測法と亀裂進
本研究室の計測では,高密度ひずみゲージを疲労亀裂伝播
展試験ソフトウェアを用いた計測法でそれぞれ行い,⊿Kth を
経路に沿って貼付し,ひずみを直接的に計測しているため計
求めるための試験条件の問題点とその改善方法を明らかにす
測結果がひずみで表される。したがって,疲労亀裂先端の弾塑
る。また,ASTM(E647)に規定された⊿Kth 試験の過酷さを解
性挙動を示すヒステリシスループを正確に測定することがで
消するため,疲労亀裂先端の弾塑性挙動を示すヒステリシス
きる。⊿Kth 試験が進行し,亀裂伝播速度(da/dN)が遅延してい
-9
ループの縦横比から,da/dN=10 ~10 m/cycle の範囲を推定す
くにつれて,同サイクル間隔におけるヒステリシスループの
る方法と, ⊿Kth 試験を途中で中断し,得られた da/dN-⊿K 関
縦横比の割合が減少していく傾向がある。C>-0.08,亀裂進
係のグラフに,最小二乗法により得た近似曲線を外挿するこ
展量⊿a=1.0 で行った⊿Kth 試験で得たヒステリシスループを
とで da/dN=10-9~10-10m/cycle の範囲を推定する方法を検討す
図 1 に示す。
図 1(a),(b),(c)は,それぞれ繰り返し回数 10,000cycle
ることを目的とした。
間隔で,(a)は da/dN=1.0×10-8 付近,(b)は da/dN=5.0×10-9 付近,(c)
-10
は da/dN=10-9~10-10 の範囲内で取ったヒステリシスループで
-5
-5
10
10
くにつれて,ヒステリシスループの縦横比の割合が減少する
ことがわかる。
4. 近似によるグラフの外挿を用いた⊿Kth の推定
ASTM(E647)に規定された⊿Kth 試験は,2.2(3)で示したよう
に非常に過酷な試験である。そこで,本研究室では任意の点
Fatigue Crack Propagation Rate
(m/cycle)
れ,(a)43.6%,(b)24.7%,(c)1.7%であり, ⊿Kth 試験が進行してい
Fatigue Crack Propagation Rate
(m/cycle)
ある。これらのヒステリシスループの縦横比の差異はそれぞ
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
まで⊿Kth 試験を行い,得られた da/dN-⊿K 関係のグラフに,
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
-11
10
-6
10
-11
1
10
-9
最 小 二 乗 法 に よ り 得 た 近 似 曲 線 を 外 挿 し da/dN=10 ~
100
10
1
Stress Intensity Factor Range
⊿K(MPa・m1/2)
10-10m/cycle の範囲を推定する方法を検討する。3 で示した
10
(b)
(a)
⊿Kth 試験における計測結果から得られた da/dN-⊿K 関係図
100
Stress Intensity Factor Range
⊿K(MPa・m1/2)
-5
-5
10
10
た da/dN-⊿K 関係図を図 2(b)~(f)に示す。また,図 2 に対応
して行った場合の⊿Kth 試験時間を比較した表を表 1 に示す。
表 1 から,近似曲線を用いて試験を行う場合,大幅な試験時間
の短縮に繋がることがわかる。また, 近似曲線を用いて推定
した da/dN=10-9~10-10m/cycle の範囲は,少ない誤差で得られる
ことができた。
-6
Fatigue Crack Propagation Rate
(m/cycle)
の点から近似曲線を用いて 10-9~10-10m/cycle の範囲を推定し
Fatigue Crack Propagation Rate
(m/cycle)
を図 2(a)に, 疲労亀裂伝播速度が 10-9m/cycle よりも速い任意
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
10
10
差で da/dN=10-9~10-10m/cycle の範囲を推定することが
可能であると考えられる。
15
(d)
-5
-6
10
-7
10
-8
10
-9
10
-10
P(kN)
Load
P(kN)
Load
10
10
5
-100
0
100
-100
0
-100
0
P(kN)
Load
P(kN)
Load
5
5
100
0
100
(b)
15
P(kN)
Load
P(kN)
Load
10
5
-100
0
10
100
1
10
100
Stress Intensity Factor Range
⊿K(MPa・m1/2)
(f)
図
最小 da/dN(m/cycle)
誤差(%)
-10
時間(h)
(a)
7,800,056
1.0×10
(b)
2,130,026
1.0×10-9
4.6
59.2
1,895,902
2.0×10
-9
7.3
52.7
3.0×10
-9
9.1
48.3
-9
13.1
44.3
17.0
36.1
(c)
(d)
1,737,882
(e)
1,594,022
4.0×10
(f)
1,298,048
5.0×10-9
216.7
5
0
100
Subtracted Strain ⊿ε(μ)
Subtracted Strain ⊿ε(μ)
10
10
-100
100
-11
1
総繰返し回数(N)
-100
15
-10
表 1 任意の点まで行った⊿Kth 試験の比較
Subtracted Strain ⊿ε(μ)
Subtracted Strain ⊿ε(μ)
-9
10
図 2 近似曲線を用いた⊿Kth 試験の da/dN-⊿K 関係
100
15
10
-8
10
(e)
(a)
10
-7
10
Stress Intensity Factor Range
⊿K(MPa・m1/2)
Subtracted Strain ⊿ε(μ)
15
-6
10
10
5
Subtracted Strain ⊿ε(μ)
100
10
-11
10
10
(c)
10
15
1
Stress Intensity Factor Range
⊿K(MPa・m1/2)
-5
Fatigue Crack Propagation Rate
(m/cycle)
の短縮になるということが明らかになり,また,少ない誤
10
100
10
合,da/dN=10-9~10-10m/cycle の範囲であると推定するこ
近似曲線を用いて⊿Kth 試験を行う場合,大幅な試験時間
-10
Stress Intensity Factor Range
⊿K(MPa・m1/2)
の縦横比から 10,000cycle 間隔で約 2%以内の差異の場
2)
-9
10
-11
1
疲労亀裂先端の弾塑性挙動を示すヒステリシスループ
とが可能であると考えられる。
-8
10
Fatigue Crack Propagation Rate
(m/cycle)
1)
-7
10
10
-11
10
5. 結論
-6
10
(c)
図 1 ⊿Kth 試験のヒステリシスループ
参考文献
1) ASTM Standard E647-08,pp7-8(6):ASTM(2008)
2) 豊貞,丹波著:”鋼構造物の疲労寿命予測”pp60-2.2.2,共立出版(2001)
3) 井村友祐:溶接学会九州支部総会研究発表会 pp3-3.2(2013)