1 コーチ―競技者間の人間関係質問紙(CART-Q)の開発と妥当性の検討 The coach-athlete relationship questionnaire (CART-Q): development and initial validation. Sophia Jowett, Nikos Ntoumanis Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports 2004: 14:245-257. アブストラクト この研究の目的は、コーチ―競技者間の人間関係の状態を自己報告によって測定するた めの質問紙を開発することと、その質問紙の妥当性を確かめることである。Jowett et al. (Jowett & Meek, 2000; Jowett, in press)の質的事例研究とその他の関連文献が参考にさ れ、コーチ―競技者間の人間関係の感情的・認知的・行動的諸側面を測定するために重要 な項目が作られた。 コーチ―競技者間の人間関係質問紙(CART-Q)の内容妥当性、予測妥当性、構成的妥当性、 および内的整合性(アルファー係数による)などを確かめるために2つの研究が行われた。 そこでは英国の2つの標本群が使われた。 項目数を少なくし、主成分を同定し、CART-Q の潜在的構造を確認するために、主成分 分析と確認的因子分析が行われた。 以上の結果はコーチ―競技者間の人間関係は多次元的なものであることを支持していた。 CART-Q の潜在構造は、 「コーチと競技者の親密さ(感情的側面)」 「関与(認知的側面)」 「相互補完性(行動) 」などであることが確かめられた。 (2014 年 5 月 15 日 市村操一) 序論(P.245)と先行研究の展望と研究の目的 Iso-Ahola (1995)の指摘:競技のパフォーマンスは個人内的要因(intrapersonal factor)と 対人関係的要因(interpersonal factor)によって影響を受ける。前者の例はストレス対処技能 などであり、後者の例はコーチ―競技者間の関係などである。 Biddle (1995)の指摘:スポーツ心理学者のこれまでの関心は動機づけや不安の問題に集 中してきた。 Guisinger & Blatt (1994)の指摘: 「西洋の心理学者は伝統的に対人関係より自己の成 長に重きを置いてきており、そこでは自律性の成長や、独立や、自己同一性などを成熟し た人格の中心的要因として強調した」(p. 104) 2 自己の性質を社会的実体(social entity)として捉える必要がある。なぜならば、我々の他 者との関係は、我々が我々自身を観る観方に影響を及ぼすからである。特に租の他者との 関係が親密で重要だと認知されている場合には影響は大きい。(Hinde, 1997) Jowett & Cokerill (2002)の指摘:スポーツの場面、特にコーチングの場面ではコーチと 競技者の間に形成された関係は、競技者の身体面でも発達と心理社会的面の発達に大きな 役割を果たす・ Hide (1997)の指摘:コーチ―競技者間の関係を十分に理解するためには、身体的側面と 並んで、感情的側面や認知的側面も研究する必要がある。 Vanden, Auweele & Rzewnick (2000)は上のような指摘を踏まえて、コーチ―競技者関係 の一層の研究が必要であることを述べた。 Jowett を中心とした研究者たちは、人間関係論の観点からコーチ―競技者関係の性質を 確かめるために、一連の質的事例研究を発表してきた(Jowett & Meek, 2000, 2002; Jowett & Cockerill, 2003)。 Jowett らは、コーチ―競技者関係を定義することから始めた。この特殊な人間関係をコ ーチと競技者の感情・思考・行動が相互にそして因果的に関連する状況と定義することか ら研究を始めた。この方法は Kelley et al. (1983)に基づいている。 この定義に従って、コーチ―競技者の関係の次の3つの大きな要素が調べられることに なった。それらは、「親密さ」(Closeness)、「目標共有」(Co-orientation)、「相互補完性」 (Complementarity)である。 「親密さ」は、コーチ―競技者間の関係が感情的に相互に親密であるという感じを意味 する。この特性は、質的事例研究によって次のような感情を含んでいると考えられた。つ まり、気遣ってもらっていること、好かれていること、尊重されていることなどの感情な どや、相互に信頼する能力があることなどは、コーチと競技者の個人内要因(創造性、決 断など)や対人的要因(親和性、関係の持続など)に肯定的な影響をあたえている。 「目標共有」はコーチと競技者が目標、価値観、信念などについて共通の考えを持って いることを意味している。それはコミュニケーションの開かれたやり取りの結果として得 られるものである。自己開示と情報の交換、そして共通の目標の相互理解は、コーチと競 技者相互の欲求や望みや問題へ敏感に適切に反応することを可能にすることが、先行研究 で分かった。 「相互補完性」は、特に練習場面でのコーチと競技者の補完的あるいは協力的相互関係 を意味する。役割や、課題や、サポートの相互補完性は、設定され目標の達成に向かって 彼らの努力を方向づけて発揮するために重要な特性であることが先行研究で分かった。 3 以上の「親密さ」 「目標共有」 「相互補完性」がコーチ―競技者の関係の中で失われると、 人間関係に問題が生じてくる(Jowett & Meek, 2002)。 コーチと競技者の感情、思考、行動が人間関係の満足と関係していることがギリシャの 標本の研究で見られている(Jowett & Ntoumanis, )。 本研究の目的は、(a) コーチ―競技者間の人間関係の特性を測定する質問紙を開発する こと。その質問紙は研究の実際的状況を考慮して、関係なものになる工夫をすること。 (b)作成された質問紙の妥当性と信頼性を検証すること。(c) 人間関係の満足度とコーチと競 技者の感情、思考、行動の関係を調べること、である。 研究1 (p.246) (質問項目の収集と妥当性の検討) 段階1:コーチ―競技者関係においてコーチにも競技者にも関係する質問項目を収集す る。コーチの立場(家族、教師、プロなど) 、種目、競技レベルなどに関係なく、広範囲に 多くのコーチと競技者に質問できるように項目を集める。その際、(a)質問項目は「親密さ」 「目標共有」「相互補完性」などに関するポジティヴな側面を反映しているものとし、(b) 練習場面での人間関係を反映しているものも含めた。その結果、3特性のそれぞれに 13 項 目、合計 39 項目が集められた。 段階2:クラブのコーチ、元国際的競技者、スポーツ心理学の大学院生などの審査チー ムが作られ、内容妥当性の検討が行われた。内容妥当性の検討の手続きは次のように行わ れた。まず、審査チームによって 39 項目の各項目が「親密さ」「目標共有」 「相互補完性」 の 3 特性に分類され、同時に各分類への当てはまりのよさの評定が(0-100%)の尺度上で行 われた。最後に項目の明確さが”yes-no”の二分法で判定された。その結果、(a)同じ特性に関 連している項目はひとまとめにされ、(b)特性との関連の強さが評価され、(c) 分かりやすい 項目であることが確かめられた。 この結果、 「親密さ」 「目標共有」に関してはそれぞれ 7 項目、 「相互補完性」では 9 項目 の質問項目が得られた(Table 1) 。合計 23 項目によって、競技者がコーチとの人間関係を 評価する質問紙と、コーチが競技者との人間関係を評価する質問紙の 2 つの版が構成され た。 段階3:収集された 23 項目の基準妥当性(criterion validity)を確かめるために 2 つの項 目が作られた。ここで基準とした変数は対人的満足(interpersonal satisfaction)に関するも のである。 1 「あなたはコーチ―競技者の関係全般に満足していますか?」 2 「あなたのコーチ(競技者)はあなたとのコーチ―競技者関係に全般的に満足して 4 いると思いますか?」 以上の過程ののちに、Coach-Athlete Relationship Questionnaire (CART-Q)の統計学的 分析がおこなわれる。 統計的分析の対処となった「コーチ選手関係質問紙」 (CART-Q) 親密性 (Closeness) 01 あなたはあなたの指導している競技者と親密だと感じますか? 02 あなたはあなたの競技者が好きですか? 03 あなたはあなたの競技者を信頼していますか? 04 あなたはあなたの競技者の努力を尊重しますか? 05 あなたはあなたの競技者と深くかかわっていますか? 06 あなたはあなたの競技者が進歩のために経験した「犠牲」を評価しますか? 07 あなたはあなたの競技者と競技をすることで明るい将来が開けると感じますか? 目標の一致(Co-Orientation) 08 あなたはトレーニングに関してあなたの競技者と十分意思疎通ができていますか? 09 あなたはあなたの競技者の考え方に合った考えを持っていますか? 10 あなたはあなたの競技者の長所を知っていますか? 11 あなたはあなたの競技者の弱点を知っていますか? 12 あなたはあなたの競技者とよく意思疎通ができていますか? 13 あなたはあなたの競技者と同じ目標を目指して努力していますか? 14 あなたはあなたの競技者とのあいだで相互に理解しあっていますか? 相補性(Complementarity) 15 あなたはあなたも競技者も設定された目標の達成に向かって適切に動いていると思い ますか? 16 あなたはあなたも競技者も設定された目標の達成に向かってとてもよく動いていると 思いますか? 17 私は競技者を指導するとき、自分は有能だと感じる。 18 私は競技者を指導するとき、自分は注意を集めている。 19 私は競技者を指導するとき、自分は理解されている。 20 私は競技者を指導するとき、自分は全力を出すつもりでいる。 21 私は競技者を指導するとき、自分は落ち着いている。 22 私は競技者を指導するとき、自分は相手によく反応を返している。 5 23 私は競技者を指導するとき、自分は友好的である。 方法 参加者: 120 名の英国人、競技者とコーチが 50%ずつ。(a)競技者もコーチも 16 歳以上。 (b)6 カ月以上のコーチ―競技者関係があること。65%が男子、35%が女子であった。80%が 個人スポーツの競技者だった。競技レベルは、全国レベル 30%、27%クラブレベル、26% 国際レベル、17%大学対抗レベル、であった。20%はコーチ―競技者の関係が、両親、夫婦、 通信などの一般的ではない形態であった。 質問紙:23 項目から構成された CART-Q と満足度を測定する基準変数となる 2 項目を加え た質問紙が用意された。各項目はまったく当てはまらない(1)からきわめてよく当てはま る(7)までの 7 段階で評定された。(4)はどちらでもない。 手続き: 3 つのスポーツクラブ、コーチ教育センターに協力を求めた。協力者には次の内 容のパッケージが渡された。(a)研究の目的、守秘義務の約束、(b)質問紙、(c)質問紙を送り 返す封筒。 200 の質問紙が配布され、120 の回答を得た。60%の回答率。 結果 項目分析:次のような基準で項目を取捨選択した。(a)特定の領域内で項目間の相関係数が 0.30-0.70 のものを残す、(b)領域の合計得点と項目得点の相関係数が 0,40 以上のものを残 す、(c)外すとα係数の増大する項目は除外する。この手続きの結果、項目(10、11、17、 19)は除外された。その結果各因子(下位尺度)のα係数は、親密さ 0.80、目標共有 0.78、 相互補完性 0.85 であり、内的整合性は十分であることが分かった。 主成分分析(Principal Component Analysis)の結果:3 つの成分(訳注:因子としてもよい) が確認された。因子負荷量が 0.4 未満の項目と 2 つ以上の因子に関連し意味が不明確な項目 を除外して 14 項目が残された。その構造行列は Table 2 に示されている。 6 Table 2 CART-Q の主成分分析 項目番号 項目 因子1 02 あなたはあなたの競技者(コーチ)が好きですか? 0.72 03 あなたはあなたの競技者(コーチ)を信頼していますか? 0.79 04 あなたはあなたの競技者(コーチ)の努力を尊重します 0.84 あなたはあなたの競技者(コーチ)が進歩のために経験 0.67 因子 2 因子 3 か? 06 した「犠牲」を評価しますか? 15 あなたはあなたも競技者(コーチ)も設定された目標の 0.73 達成に向かって適切に動いていると思いますか? 16 あなたはあなたも競技者(コーチ)も設定された目標の 0.71 達成に向かってとてもよく動いていると思いますか? 01 あなたはあなたの指導している競技者(コーチ)と親密だ 0.72 と感じますか? 05 0.72 あなたはあなたの競技者(コーチ)と深くかかわってい ますか? 07 0.77 あなたはあなたの競技者(コーチ)と競技をすることで 明るい将来が開けると感じますか? 13 0.44 あなたはあなたの競技者(コーチ)と同じ目標を目指し て努力していますか? 20 0.54 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき) 自分は全力を出すつもりでいる。 21 0.56 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき) 自分は落ち着いている。 22 0.68 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき) 自分は相手によく反応を返している。 23 0.77 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき) 自分は友好的である。 寄与率% 42.2 11.2 9.7 固有値 5.5 1.5 1.3 α係数 0.86 0.83 0.78 因子 1 は「親密さ」の因子と解釈された。因子 2 は「コミットメント」 (関与・連帯)の因 子と解釈された。因子3は「相互補完性」の因子と解釈された。 7 因子1「親密さの因子」に関連している項目のうち、15、16 は相互補完性を表している項 目と考えられ、因子1を代表する項目からは除外された。親密さはコーチ―競技者間の感 情的側面が含まれる。 因子2は項目 1、5、7,13,によって決定されており、意味的には「コミットメント=関 与・連帯」とすることが適切と考えられた。ここでのコミットメントの定義は、Commitment is defined as coaches’ and athletes’ intention to maintain their athletic relationship, and implies the athletic dyad’s cognitive orientations for the future. となっている。コミット メントとは、コーチ―競技者の関係を維持し、競技に関する将来への共通の認識を持つこ とを意味する。項目 13 は除外された。 因子3は、特に練習中のコーチ―競技者の補完的関係に関するものである。この因子には 4 つの項目が関連していた。相互補完性は、コーチ―競技者の相互関係の中で協力的に行為 する傾向と定義された。 CART-Q の予測妥当性:妥当性を確かめるための外的基準として、2 項目の人間関係満足度 テストの合計点が用いられた。CART-Q で測定された 3 つの解釈度と満足度の相関係数は、 「親密さ」 (感情) (0.75) 、 「関与・連帯」 (認知) (0.62)、 「相互補完性」 (行動) (0.59)で あった。この結果、CART-Q の予測妥当性は確認された。 研究2 研究 2 では、研究 1 の結果の仮説検証的因子分析が行われ、また妥当性と信頼性の確認 も行われた。その結果、CART-Q の 11 項目からなる最終版が作られた。 研究参加者:214 名の英国人競技者とコーチ。35%がコーチ、65%が競技者(140 名) 。 チームスポーツが 44%、個人スポーツが 56%。チームスポーツにはバスケットボール、フ ットボール、ホッケー、バレーボールが含まれ、個人スポーツには陸上競技、体操競技、 水泳が含まれた。 競技レベルでは、レクリエーション 8%、クラブ 47%、大学 20%、全国 16%、国際 9%が含 まれた。 手続き:コーチとの連絡は、 「英国コーチ名鑑」を頼りに、電話と手紙で協力の依頼が行わ れた。競技者への依頼は、主として協力してくれるコーチを通して、または電話で行われ た。約 500 通の質問紙が発送された。 結果: 11 項目の 3 因子の仮説検証的因子分析が行われた結果、 「関与・連帯」 「親密さ」 「相互補 8 完性」の因子構造の適合度が高いことが確かめられた。その結果 CART-Q の最終版が確定 した。それらの項目が、平均値と標準偏差とともに、Table 3 に示された(p.252)。 Table 3 CART-Q 11 項目の最終版 m sd 01 私は私を指導している競技者(コーチ)と親密だと感じる 5.26 1.31 02 私は私の競技者(コーチ)と深くかかわっていると感じる 5.80 1.14 03 私は私の競技者(コーチ)と競技をすることで明るい将来 5.25 1.36 04 私は私の競技者(コーチ)が好きだ 6.16 1.02 05 私は私の競技者(コーチ)を信頼している 6.02 1.13 06 私は私の競技者(コーチ)の努力を尊重する 6.25 1.01 07 私は私の競技者(コーチ)が進歩のために払った「犠牲」 5.64 1.33 5.97 1.23 5.95 1.00 6.08 1.14 6.08 1.08 項目 「関与・連帯」 α=0.82 が開けると感じる 「親密さ」 α=0.87 を立派だと思う 「相互補完性」 α=0.88 08 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき)自 分は落ち着いている。 09 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき)自 分は相手のしてくれることによくこたえている 10 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき)自 分は全力を出すつもりでいる。 11 私は競技者を指導するとき、(コーチに指導されるとき) 自分は友好的である (15 May 2014, by Soichi Ichimura)
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