第8回 保険契約の成立(5)

■ 金融商品を学ぶ
第
8
回
保険契約の成立⑸
桜井 健夫
Sakurai Takeo
東京経済大学現代法学部教授、弁護士
日弁連消費者問題対策委員会幹事、国民生活センター紛争解
決委員会特別委員。1978 年一橋大学法学部卒、1980 年弁
護士登録。複数の法科大学院で2004年から消費者法を講義。
クーリング・オフ、
特定保険の規制
本連載では、消費者の視点で保険法と保険業法を分かりやすく解説し、
具体的な相談事例を交えながら新しい情報を届けていきます。
以前、保険契約のクーリング・オフの概要を
法 309 条2号)
説明しましたが*、相談現場でよく使う制度で
③法人、法人でない社団・財団、国、地方公共
団体の申込み
(保険業法 309 条3号)
あることから、今回はより詳しく解説します。
同時に消費者からの相談が多い特定保険につ
④保険期間が1年以下
(保険業法 309 条4号)
いて、どのように規制されているのかを説明し
⑤法令により加入を義務づけられているとき
(保
険業法 309 条5号)
ます。
1 クーリング・オフ
⑥申込者等が保険会社等、外国保険会社等、特
定保険募集人または保険仲立人の営業所、事
⑴クーリング・オフに関する法令の定め
務所その他の場所において保険契約の申込み
保険契約は複雑であり、勧誘されると冷静な
をした場合その他の場合で、申込者等の保護
判断に基づかずに申込みをしてしまうことがあ
に欠けるおそれがないと認められるものとし
ります。そこで、
保険契約の申込みをした者は、
て政令で定める場合
(保険業法 309 条6号)
次の場合を除き、書面によりその保険契約のクー
この政令
(保険業法施行令)
45 条の定めは以
リング・オフ(申込みの撤回または解除)
を行う
下のとおりです。
⑥ –1 申込者があらかじめ訪問日や契約の申込
ことができます(保険業法 309 条)
。
みをしたい旨を告げて営業所、事務所そ
クーリング・オフができないのは次の場合で、
保険会社側が立証責任を負います。
の他の場所において保険契約の申込みを
①法定書面(注意喚起情報、契約締結前交付書
した場合
(保険業法施行令 45 条1号)
⑥ –2 申込者が指定した場所で申込みをした場
面、ご契約のしおり・約款など)
の受取日
(電
合
(保険業法施行令 45 条2号)
子情報送信の場合は申込者のパソコンに記録
された日。保険業法 309 条2項、3項)と申
⑥ –3 申込者が郵便やファクス等で申し込んだ
込日との遅い日から起算して8日を経過した
場合
(保険業法施行令 45 条3号)
⑥ –4 保 険料を振り込んで支払った場合(外務
とき(保険業法 309 条1号)
員や販売した銀行等に依頼して行った場
②営業もしくは事業のために、または営業もし
合を除く)
(保険業法施行令 45 条4号)
くは事業としての申込みであるとき
(保険業
⑥ –5 医 師の診査が終了した場合(保険業法施
* ウェブ版
「国民生活」2014 年 8 月号第 3 回「保険の基礎知識」参照
http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201408_13.pdf
行令 45 条5号)
2015.1
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⑥ –6 財産形成貯蓄契約、財産形成年金貯蓄契
支払手段等の事情でクーリング・オフができな
約、財産形成住宅貯蓄契約の場合(保険
い場合を設定するかは制度の根幹にかかわるも
業法施行令 45 条6号)
のですから、法令より約款のほうが顧客に有利
で、かつそのほうが適切なリスク配分ならば、
⑥ –7 債 務履行の担保のための契約の場合
(保
法令を改正することが検討されるべきです。 険業法施行令 45 条7号)
⑶適用と効果
⑥ –8 保
険金額の中途増額、特約の中途付加、復
活などの場合
(保険業法施行令45条8号)
損害保険は保険期間1年のものが多く、その
⑵保険約款による拡大
場合は前述の④に該当しクーリング・オフの対
保険によっては、保険約款により、クーリン
象とはなりません。生命保険、傷害疾病定額保
グ・オフの起算日を書面受取日と申込日のいず
険は1年を超える契約が多く、クーリング・オ
れか遅いほうよりさらに遅らせている場合があ
フの対象となります。特定保険
(変額年金保険、
ります。払込方法が銀行振込の場合は、保険会
変額保険、外貨建て保険などの投資性のある保
社に着金した日、郵送された領収書が契約者に
険)についてもクーリング・オフの対象となり
到達した日、などがあります。クレジットカー
得ることは同じであり、
保険会社はクーリング・
ドの場合は、利用票受取りの日、決済手続日
(ク
オフ期間中は保険料を特別勘定に組み入れない
レジットカードを読取り機に通した日)
、保険
ことで対応しています。
会社がクレジットカードの有効性を確認した日
クーリング・オフは、保険契約のクーリング・
などがあります。デビットカードの場合は、利
オフ書面を発信したときに効力を生じます(保
用票受取りの日、払込日など、インターネット
険業法 309 条4項)
。保険会社等はそれに伴う
契約では、申込日の翌日などがあります。
損害賠償または違約金その他の金銭の支払いを
請求することができず
(保険業法 309 条5項)
、
同じく保険約款により、クーリング・オフで
きる期間を8日より長い期間
(10 日、15 日、30
受け取った金銭があれば返還しなければなりま
日等)としている場合もあります。
せん
(保険業法 309 条6項)
。ただし、解除まで
同じく保険約款により、クーリング・オフが
の期間に相当する保険料として内閣府令で定め
できる場合を広げていることがあります。例え
る金額は請求できるし、留保できます
(保険業
ば、多くの生命保険会社は店頭での契約につい
法 309 条5項、6項)
。片面的強行規定です
(保
てもクーリング・オフできるとしており、銀行で
険業法 309 条 10 項)
。
2 特定保険
の契約であらかじめ訪問日や契約の申込みをし
たい旨を告げている場合も、⑥ –1にかかわらず
⑴特定保険を勧誘する場合の行為規制
クーリング・オフできます。契約者が指定した
場所での契約、保険料を振り込んで支払った場
保険業法では、特定保険について、保険業法
合、通信販売で郵送やネットによる申込みでも、
の行為規制に加えて、性質が類似する投資信託
一律にクーリング・オフできるのが普通です。
などと同じ扱いになるよう金融商品取引法(以
払込方法に応じて起算日が異なることは一定
下、金商法)
の行為規制を準用しています
(保険
の合理性があるといえますし、約款を法令より
業法 300 条の2)
。その結果、特定保険の販売
顧客に有利な内容とすることで競争すること自
には、契約締結前書面交付義務
(金商法 37 条の
体は望ましいことです。それでも、法令の規制
3)
、
適合性原則
(金商法40条1号)
、
説明義務(金
と実際がこれほど異なる現状は大変分かりにく
商法 38 条7号)
、虚偽告知禁止
(保険業法 300
い状態といえます。特に申込みの方法・場所、
条1項1号)
、断定的判断等提供禁止
(保険業法
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300 条1項7号)などの行為規制が適用されま
1項1号)がありますが、特定保険の販売業者
す。これらに違反して特定保険を販売、勧誘す
は、①のほか、②に代えて、③契約締結前交付書
ると不法行為となることがあり、その場合、保
面
(金商法 37 条の3)の内容についての説明義
険会社等は損害賠償責任を負います。
務
(金商法 38 条7号、保険業法施行規則 234 条
⑵特定保険と適合性原則
の 27 第1項3号)を負います
(保険業法 300 条
1項、300 条の2)
。
保険会社向けの総合的な監督指針
(以下、監
保険業法施行規則234条の27第1項3号は、
督指針)では、保険会社は、適合性原則を前提
とする「意向確認書面」
を作成・交付・保存する
禁止事項として、
「契約締結前交付書面または
ことが義務づけられています(監督指針Ⅱ- 4 -
契約変更書面の交付に関し、あらかじめ、顧客
2 - 2(5)②ア)。意向確認書面に記載すべき事項
に対して、契約の概要、手数料等、その他府令
の1つに「顧客のニーズに関する情報」
が掲げら
事項について顧客の知識、経験、財産の状況及
れており
(監督指針Ⅱ- 4 - 2 - 2
(5)②イ
(ア)
)
、特
び特定保険契約等を締結する目的に照らして当
定保険については
「例えば、収益獲得を目的に
該顧客に理解されるために必要な方法及び程度
投資する資金の用意があるか、預金とは異なる
による説明をすることなく、特定保険契約の締
中長期の投資商品を購入する意思があるか、資
結またはその代理若しくは媒介をする行為」を
産価額が運用成果に応じて変動することを承知
掲げ、金商法に基づく説明義務の内容を具体化
しているか、市場リスクを許容しているか、最
しています。前提となる契約締結前交付書面に
低保証を求めるか等の投資の意向に関する情報
関しては、監督指針で、交付が特定保険契約の
を含む。なお、市場リスクとは、金利、通貨の
種類および性質等に応じて適切に行われている
価格、金融商品市場における相場その他の指標
か、
「契約概要」
と
「注意喚起情報」
に分類のうえ
に係る変動により損失が生ずるおそれをいう」
作成交付しているかを監督するとして、記載項
と追加されています。
目を掲げています
(監督指針Ⅱ- 4 - 2 - 2
(4))。
かか
⑷特定保険と断定的判断提供など
監督指針はさらに、特定保険における適合性
原則につき、
「保険会社・保険募集人は、準用金
特定保険では、断定的判断提供等を伴う勧誘
融商品取引法第40条第1号…の規定に基づき、
が禁止されます。変額保険・変額年金では、将
特定保険契約の販売・勧誘にあたっては、顧客
来の運用実績について断定的判断を提供する行
の知識、経験、財産の状況及び特定保険契約を
為、特別勘定運用成績について生命保険募集人
締結する目的を的確に把握のうえ、顧客属性等
が恣 意 に過去の特定期間を取り上げ、それに
に則した適正な販売・勧誘の履行を確保する必
よって将来を予測する行為、契約上定めのない
要がある。そのため、顧客の属性等を的確に把
保険金額あるいは解約返戻金額を保証する行為
握し得る顧客管理体制を確立することが重要で
などが問題となります。
し
い
3 錯誤無効、
あ」るとして、顧客の財産の状況、
投資取引経験、
意向などの情報収集を求め、収集した内容に即
取消しで白紙になることも
した適切な勧誘が行われているかを監督すると
しています(監督指針Ⅱ- 4 - 4 - 1 - 3)
。
顧客に保険契約の要素の錯誤があれば、無効
⑶特定保険の説明義務
となります
(民法 95 条)
。また、保険会社等に
保険会社等には ①保険商品の内容とリスクに
不実告知、断定的判断提供、不利益事実不告知
ついての説明義務
(民法1条2項、金融商品販売
などがあれば、顧客は消費者契約法4条により
法3条)
、②重要事項説明義務
(保険業法 300 条
特定保険契約を取り消すこともできます。
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