論文内容の要旨

Akita University
氏 名(本籍)
若 林
専攻分野の名称
博士(工学)
学 位 記 番 号
工博甲第209号
学位授与の日付
平成 26 年 3 月 22 日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
研究科・専攻
工学資源学研究科(機能物質工学)
学位論文題名
省貴金属自動車排ガス浄化触媒の開発研究
論文審査委員
誉(三重県)
(主査)教 授 菅原 勝康
(副査)教 授 進藤 隆世志 (副査)教 授 村上 賢治
(副査)教 授 林
滋生
論文内容の要旨
自動車排ガス浄化触媒は,化学量論条件でエンジンから排出される有害な CO,HC (炭化
水素) および NOx(窒素酸化物)の三成分を酸化・還元反応により,同時に浄化すること
から三元触媒と呼ばれている。現在,実用化されている三元触媒は,有害ガスを無害化す
る反応における活性種となる貴金属 (Pt,Pd,Rh) とその貴金属を分散させる多孔質 Al2O3
などの担体,および空燃比変動の緩衝機能を持つ CeO2-ZrO2 複合酸化物からなる助触媒で
構成されている。
一方,近年では,賦存量が少ない貴金属の省資源の観点から,また著しいその価格変動
に対応するため貴金属使用量を低減した三元触媒の研究が盛んに行われている。例えば,
Pd をペロブスカイト型酸化物に固溶させ Pd 粒子の焼結を防ぐ技術や,Pt と CeO2 の
Support-Metal Strong Interaction (SMSI) 効果を有効に作用させるために CeO2 と Al2O3
をナノレベルで混合し,CeO2 の焼結を防ぐ技術を用いた,省貴金属自動車用触媒が提案・
実用化されている。しかしながら,これらの触媒系においても,900~1100℃の高温かつ酸
化・還元雰囲気変動の激しい使用環境下での性能低下を抑制するために過剰な貴金属が必
要となっている。現在,世界的に急加速しているモータリゼーションとゼロエミッション
を目標とした排ガス規制の強化が同時進行していることから,貴金属使用量の削減が喫緊
の課題となっている。
これらの背景を踏まえて,本研究では,三元触媒における貴金属使用量削減へのアプロ
ーチとして,既存の触媒における有害ガス浄化の反応場となる貴金属に注目した検討を行
った。すなわち,性能低下の主要因を解析し,その性能低下を抑制するための対策を講じ
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ること,ならびに新規な触媒材料を開発することで省貴金属自動車用触媒の実用化を目指
した。本論文は以下の 7 章から構成される。
第 1 章では,自動車排ガス規制の変遷および自動車排ガス浄化触媒の使用環境と触媒性
能の低下に関するこれまでの研究や技術について説明するとともに,これらの背景を踏ま
えて,本研究の目的ならびに論文構成について述べた。
第 2 章では,Pd 触媒の活性低下の抑制を目的として,CeO2 含有酸化物に着目し酸化雰
囲気・不活性雰囲気下での加速耐久試験後の NO-CO-C3H6-O2 反応に対する触媒活性,貴金
属触媒の物性評価を行った。さらに Pd の状態解析および Pd 上に吸着する CO の形態解
析の検討を行った。その結果,CeO2 含有酸化物担持 Pd 触媒は不活性雰囲気中の高温加速
耐久試験で顕著な性能低下が起こるが,酸化処理によって活性点が再生することで排ガス
浄化性能が回復し,その程度は CeO2 量に依存することを見出した。この現象について検討
した結果,従来の三元触媒に用いられる Al2O3 に担持された Pd は熱負荷により焼結し性能
低下が起こるのに対し,CeO2 上に担持された Pd は耐久試験の雰囲気の影響により金属 Pd
へ還元され,金属 Pd 上への反応性が低い bridge 型(Pd0)2-CO の形成が活性低下の原因で
あると考えた。また,性能回復は酸化処理により CeO2 上の Pd が高酸化状態となることが
要因であると結論付けた。
第 3 章では,酸化還元サイクル下での加速耐久試験後の NO-CO-C3H6-O2 反応に対する
触媒活性,貴金属触媒の物性を評価するとともに,Rh の状態解析および Rh 上に吸着す
る CO 形態の解析を行い,担持 Rh 触媒の性能低下と再活性化について検討した。Al2O3
および Nd を添加した ZrO2 (Nd-ZrO2)上に担持された Rh は高温加速耐久条件下で著しく浄
化性能が劣化したが,還元処理により性能が回復する現象が見られた。この現象について
検討した結果,Al2O3 担持 Rh 触媒では熱負荷による Al2O3 の相変態に伴う Rh の担体への
固溶により性能低下が起こるのに対して,Nd-ZrO2 担持 Rh 触媒では Rh の焼結と酸化雰囲
気下で浄化反応に対して不活性な中間体(Rh gem-dicarbonyl 種)の形成により性能が低下
すると考えられた。また,性能の回復は,還元処理により反応性の高い直線配位 Rh0-CO
種が生成することが原因であると結論付けた。
第 4 章では,Rh 触媒の活性低下の抑制を目的とした Nd の添加効果の解明ならびに
TWC への適用を目的として,Nd-ZrO2 担持 Rh 触媒における Nd2O3 量と Rh 担持量の触
媒活性への影響について検討した。ZrO2 への Nd2O3 添加量の増加に伴い,Rh の分散度お
よび NOx 浄化性能は向上する傾向を示し,その添加量には最適値が存在することがわかっ
た。また,Rh 担持量の増加に伴い触媒活性が向上した。これらの結果から,Nd2O3 の添加
は ZrO2 の構造安定化のみならず,
反応活性点を増加させる効果を有することが示唆された。
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また,Rh 担持量の増加とともに CO 吸着量は増加し,触媒活性との相関を見出した。
第 5 章では,Light-off 性能向上を目的とした新規担体材料として,アパタイト型ケイ酸
塩に着目し,担持 Pd および Pt 触媒の性能およびアパタイト型ケイ酸塩の特性について検
討した。
C3H6,
C3H8 および C7H8 を還元剤として NO との反応性を評価した結果,
CeO2-ZrO2
複合酸化物または Al2O3 を担体とした Pt 触媒に比べて,アパタイト型ケイ酸塩担持 Pt 触
媒を用いた場合に,
炭化水素種によらず高い炭化水素および NOx 転化率を示した。
これは,
アパタイトケイ酸塩が炭化水素を吸着・部分酸化させる能力を有するとともに,NO と反応
しやすい中間体が低温(300℃)から生成することが原因であることを見出した。しかしな
がら,還元剤として炭化水素に CO を加えて NO との反応性を評価した結果,アパタイト
型ケイ酸塩担持 Pt 触媒の炭化水素の着火温度は CO を含まない場合に比べ 30~40℃高温
側にシフトした。この現象を追究した結果,アパタイト型ケイ酸塩の比表面積が低いこと,
La サイトへの CO の強固な吸着(CO 被毒)が触媒性能に影響を及ぼしていると結論付け
た。一方で,担持 Pd 触媒においては,CeO2-ZrO2 複合酸化物または Al2O3 を担体とした触
媒と比べアパタイト型ケイ酸塩を担体とした場合は同等以下の活性であった。これはアパ
タイト型ケイ酸塩上の Pd への CO の吸着形態が CeO2-ZrO2 または Al2O3 と異なることが
影響を及ぼしていると考えられた。
第 6 章では,排ガス中の空燃比変動を抑制する助触媒用の新規材料の開発を行った。結
晶構造中に酸化物イオンを収容する空間を有し,低温で酸化・還元される Cu+イオンを含む
デラフォサイト型酸化物 CuMO2(M:+3 価陽イオン)に注目し,その酸素吸蔵特性につ
いて検討した。その結果,デラフォサイト型銅酸化物が,従来の CeO2-ZrO2 複合酸化物よ
り高い酸素貯蔵能力(Oxygen Storage Capacity:OSC)を有し,M サイトの元素によっ
て,OSC が発現する温度,還元雰囲気下での構造安定性が異なり,両者はトレードオフの
関係にあることを見出した。さらに,300℃の低温域から OSC を発現する CuFeO2,還元
雰囲気下での構造安定性が高い CuAlO2 に着目し,CuFe1-xAlxO2 固溶体について評価を行
った結果,Fe/Al の組成比に伴い,Fe リッチ組成ほど OSC 発現温度が低く Al リッチ組成
ほど構造安定性は高くなることを見出した。また,CuMO2 における OSC の発現は,還元
雰囲気下で金属 Cu とスピネル構造を有する Fe, Al 酸化物に分解し,酸化雰囲気下でデラ
フォサイト構造を形成する可逆変化過程で消費・生成する酸素が影響を及ぼしていると考
えられた。
第 7 章では,本研究で得られた知見を総括するとともに,省貴金属自動車排ガス浄化触
媒の実用化およびその先にある貴金属フリー自動車排ガス浄化触媒の可能性について述べ
た。
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論文審査結果の要旨
自動車排ガス浄化用三元触媒は,有害ガスの無害化のための活性種となる貴金属 (Pt,
Pd,Rh) とその貴金属を分散させる担体,および空燃比変動の緩衝機能を持つ CeO2-ZrO2
複合酸化物からなる助触媒で構成されている。とくに最近では,省資源ならびに価格変動
対応の観点から,貴金属使用量を低減した新たな三元触媒の開発が望まれている。本研究
では,有害ガス浄化の反応場となる貴金属に注目し,性能低下の主要因を解析し,性能低
下抑制のための対策を講じるとともに新規な触媒材料を開発することで,省貴金属自動車
用触媒の実用化を目指した。本論文は以下の 7 章から構成される。
第 1 章では,自動車排ガス規制の変遷および自動車排ガス浄化触媒の使用環境と触媒性
能の低下に関するこれまでの研究や技術について説明するとともに,これらの背景を踏ま
えて,本研究の目的ならびに論文構成について述べた。
第 2 章では,
CeO2 含有酸化物担持 Pd 触媒の活性低下と再活性化について検討した。
Al2O3
に担持された Pd は熱負荷により焼結し性能低下が起こるのに対して,CeO2 上に担持され
た Pd は耐久試験の雰囲気の影響により金属 Pd へ還元されることにより性能低下が起こる
こと,また性能回復は酸化処理により CeO2 上の Pd が高酸化状態となることが要因である
ことを明らかにした。
第 3 章では,担持 Rh 触媒の性能低下と再活性化について検討した。Al2O3 担持 Rh 触媒
では熱負荷による Al2O3 の相変態に伴う Rh の担体への固溶により性能低下が起こるのに対
して,Nd-ZrO2 担持 Rh 触媒では Rh の焼結と酸化雰囲気下で浄化反応に不活性な中間体
(Rh gem-dicarbonyl 種)が形成することにより性能が低下すること,また,性能の回復は,
還元処理により反応性の高い直線配位 Rh-CO 種が生成することが原因であることが分かっ
た。
第 4 章では,Nd-ZrO2 担持 Rh 触媒における Nd2O3 量と Rh 担持量の触媒活性への影響
について検討した。Nd2O3 の添加は ZrO2 の構造安定化のみならず,反応活性点を増加させ
る効果を有すること,また,Rh 担持量の増加とともに CO 吸着量は増加し,触媒活性と相
関があることを見出した。
第 5 章では,アパタイト型ケイ酸塩担持 Pd および Pt 触媒の性能およびアパタイト型ケ
イ酸塩の特性について検討した。炭化水素を還元剤としたとき,アパタイト型ケイ酸塩担
持 Pt 触媒では,アパタイトケイ酸塩が炭化水素を吸着・部分酸化させる能力を有するとと
もに,NO と反応しやすい中間体が低温(300℃)から生成すること,また炭化水素に CO
を加えた場合には 30~40℃高温側にシフトするが,これは La サイトへの CO の強固な吸
着(CO 被毒)によるものと考えられた。またアパタイト型ケイ酸塩上の Pd への CO の吸
着形態は,CeO2-ZrO2 または Al2O3 と異なることが推察された。
第 6 章では,排ガス中の空燃比変動を抑制する助触媒用の新規材料の開発を行った。デ
ラフォサイト型銅酸化物の Oxygen Storage Capacity:OSC の発現温度と構造安定性がト
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レードオフの関係にあること,また CuFeO2 の Fe サイトを一部 Al で置換することにより
構造安定性が高まることを見いだした。
第 7 章では,本研究で得られた知見を総括するとともに,省貴金属自動車排ガス浄化触
媒の実用化およびその先にある貴金属フリー自動車排ガス浄化触媒の可能性について述べ
た。
以上,本論文では,貴金属使用量を低減した自動車排ガス浄化触媒の開発を目的として,
既存の Pd,Rh,Pt 触媒の劣化メカニズムの解明と新規触媒材料の提案を行っている。開発さ
れた触媒は実用的な排ガス浄化触媒として有益なものであり,工学的な意義が大きい。ま
た,分光法等を用いた解析より触媒の劣化因子を提案しており,この分野に重要な情報を
提供するものである。よって本論文は博士(工学)の学位論文として価値あるものと認め
る。