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論文の内容の要旨
膀胱における T 型および N 型カルシウムチャンネルの役割
論文題目:
― 下部尿路閉塞ラットを用いた検討
氏名:
熊野
信太郎
【目的】
過活動膀胱(OAB)は尿意切迫感を必須症状とし、通常は頻尿や夜間頻尿を伴う症状症候群と定
義されている。その有病率は 12.4%と高く、QOL への影響も大きい。OAB 症状の発生の背景に
は一般に、膀胱の不随意収縮(排尿筋過活動)の存在が推察されている。前立腺肥大症などによ
る下部尿路閉塞(BOO)は、排尿筋過活動や OAB の発生要因となることが知られている。この発
生機序としては、下部尿路閉塞に伴う高圧排尿が膀胱の過伸展・虚血をもたらし、その結果、膀
胱壁の部分除神経、排尿筋特性の変化、膀胱求心路の活性化等が生じることによって起こる機序
が推察されている。
カルシウムイオンチャンネルは、膀胱において、排尿筋・尿路上皮・求心性および遠心性神経
などに局在する。一般に排尿筋細胞の収縮は、L 型カルシウムイオンチャンネルを介して生じる。
排尿筋には、低電位で活性化される T 型カルシウムイオンチャンネル(T-Ca)も局在し、下部尿路
閉塞によりその発現が増加し、自律収縮に関与することが知られている。一方、高電位で活性化
される N 型カルシウムイオンチャンネル(N-Ca)は主に神経終末に存在し、神経伝達物質の放出
に関与する。膀胱遠心性神経終末ではアセチルコリン(ACh)、ATP などの放出を促進し、排尿筋
収縮を誘発することが知られている。そこで、下部尿路閉塞による下部尿路機能障害における
T-Ca ならびに N-Ca の役割を検証するため、下部尿路部分閉塞ラットモデルを用いて、下部尿
路閉塞に伴う、膀胱およびその求心路である後根神経節ならびに脊髄後角における T-Ca および
N-Ca の mRNA 発現の変化、および in vivo および in vitro での機能実験によって、T-Ca 阻害
薬および N-Ca 阻害薬に対する膀胱の反応性の変化を検討した。
【方法】
9 週齢雌性 SD 系ラットを使用した。麻酔下で下腹部正中切開にて膀胱頸部および尿道を周囲
より剥離し、径 1.1mm の金属棒(19G 針)を尿道に添えて結紮して部分尿道閉塞を作成し、BOO
ラットとした。対照群として、膀胱頸部および尿道の剥離操作のみで、尿道を結紮しない偽手術
を行い、SHAM ラットとした。手術 6 週後に以下の実験を行った。
1)RT-PCR 法:深麻酔下で SHAM ラットおよび BOO ラットの膀胱およびその求心路の後根神
経節・脊髄後角を採取し、T-Ca および N-Ca の mRNA の発現を定量的に解析した。
2)膀胱内圧測定(CMG):膀胱頂部から膀胱内にカテーテルを留置し、その 2 日後に吸入麻酔下
に血圧測定用に頚動脈に、また薬剤投与用に頚静脈にカテーテルを留置した。代謝ゲージにラッ
トを安置し、麻酔から覚醒するのを待ち、無拘束下に膀胱内圧測定を開始した。膀胱内圧が安定
したところで、T-Ca 阻害薬の RQ 00311610 (RQ) 10mg/kg もしくは N-Ca 阻害薬の ω -conotoxin
GVIA (CTX) 3μg/kg を静脈内投与し、薬剤投与前後 45 分間の排尿パラメータおよび平均血圧に
ついて比較検討を行った。
3)摘出膀胱機能実験:深麻酔下で SHAM ラットおよび BOO ラットから膀胱を摘出した。摘出
膀胱から縦方向に全層の排尿筋条片を作成し、クレブス液で満たされたオルガンバス内で牽引し、
その張力に対する RQ および CTX の効果を以下の実験を行い評価した。収縮反応実験では
10mN の張力でまた弛緩反応実験では 5mN の張力で牽引した。
3-1)カルバコール(CCh)誘発収縮反応実験:62mM KCl を含有する高カリウムクレブス液で膀
胱条片を収縮させた。wash out 後に、溶媒、選択的 L 型カルシウムチャンネル阻害薬の nifedipine,
RQ, または CTX をそれぞれ 10-6M で前投薬し、CCh を 10-8- 10-3M まで累積投与を行い、CCh
誘発収縮反応を溶媒前投与群との比較で評価した。
3-2)経壁電気刺激(EFS)誘発収縮反応実験:62mM KCl を含有する高カリウムクレブス液で膀
胱条片を収縮させた。wash out 後に、2, 5, 10, 20Hz の電気刺激で収縮させた。溶媒、nifedipine,
RQ, CTX をそれぞれ 10-6M で前投薬し、同様に 2, 5, 10, 20Hz の電気刺激で収縮させた。薬剤
投与前後の収縮反応の相違について溶媒前投与群との比較で評価した。引き続き、溶媒、CTX
を前投薬したもの一部には、アトロピン(10-6M)投与、α,β-Methylene-ATP(10-5M)反復投
与による脱感作、テトロドトキシン(TTX: 10-6M)投与を行い、各薬剤投与後に同様に 2, 5, 10,
20Hz の電気刺激で収縮させ、コリン作動性成分、プリン作動性成分、非コリン非プリン作動性
成分、TTX 抵抗性成分に分類して評価した。
3-3)弛緩反応実験: nifedipine, RQ, 選択的 T-Ca 阻害薬の NNC 55-0396 (NNC)は、それぞれ
10-10- 10-4M まで、また CTX を 10-10- 10-6M まで累積投与を行い、弛緩反応を記録した。最後に
10-5M のフォルスコリンを投与し、その弛緩効果を-100%として対照群との弛緩効果を評価した。
【結果】
1)RT-PCR 法:BOO ラットでは SHAM ラットと比較して、T-Ca は、膀胱平滑筋層、膀胱尿
路上皮層のいずれにおいても発現が増加していた。N-Ca は、BOO ラットでは SHAM ラットと
比較して膀胱平滑筋で著明に増加していた。後根神経節および脊髄後角においては、T-Ca, N-Ca
の発現はともに、BOO ラットと SHAM ラットの間で有意な差を認めなかった。
2)CMG:SHAM ラットと比較して BOO ラットでは、一回排尿量、膀胱容量、non-voiding
contractions (NVCs)の数および振幅が増加した。RQ 投与により SHAM ラットでは最大排尿圧
が減少したが、その他の排尿パラメータは変化しなかった。一方、BOO ラットでは RQ 投与に
より、一回排尿量および膀胱容量が増加したが、NVCs の数と振幅は有意に変化しなかった。平
均血圧は BOO ラットで RQ 投与により低下した。CTX 投与により SHAM ラットでは最大排尿
圧が減少したが、その他の排尿パラメータは変化しなかった。BOO ラットでは CTX 投与によ
り NVCs の数が減少した。また、平均血圧は SHAM ラット、BOO ラット共に CTX 投与により
減少した。
3-1)CCh 誘発収縮反応実験: SHAM ラットおよび BOO ラットの比較では CCh 誘発収縮反応
に有意差を認めなかった。SHAM ラットおよび BOO ラットともに、nifedipine 前投与群のみ
が CCh 誘発収縮反応を抑制した。
3-2)EFS 誘発収縮反応実験: BOO ラットは SHAM ラットに比較して EFS 誘発収縮反応が減
弱していた。SHAM ラットは nifedipine のみが EFS 誘発収縮反応を抑制したが、BOO ラット
では nifedipine の他、CTX でも EFS 誘発収縮が抑制された。BOO ラットでは SHAM ラット
に比較して、コリン作動性成分が増加し、それに応じる形でプリン作動性成分が減少した。
SHAM ラットでは CTX 投与によって、コリン作動性成分、プリン作動性成分に変化がなかった。
BOO ラットでは CTX 投与によりコリン作動性成分が減少したが、プリン作動性成分は変化が
なかった。
3-3)弛緩反応実験:SHAM ラットでは nifedipine のみが用量依存的に弛緩効果を認めた。BOO
ラットでは、nifedipine の他、NNC および CTX も、用量依存的に弛緩効果を示した。
【考察】
CMG では、T-Ca 阻害薬である RQ の投与により BOO ラットの膀胱容量が増大したことから、
T-Ca は BOO ラット膀胱の伸展刺激に対する求心性神経活動の促進に関与することが示唆され
た。一方、摘出膀胱機能実験では RQ は膀胱条片の張力に影響を与えなかったことから、CMG
での RQ の効果の作用部位は膀胱平滑筋以外であると考えられる。BOO ラットでは、T-Ca の発
現は、後根神経節ならび脊髄後角では変化を認められなかったが、膀胱尿路上皮において増加し
ていたことから、T-Ca が尿路上皮からのメディエーターの放出等を介して、BOO ラットの求心
性神経活動の促進に関与している可能性があると思われた。
N-Ca は BOO ラットの膀胱平滑筋層において発現が増加した。N-Ca 阻害薬である CTX は、
CMG において BOO ラットに顕著に認められた排尿筋過活動に相当すると思われる NVCs の数
を減少させた。さらに、摘出膀胱機能実験では、CTX は BOO ラットにおいて EFS 誘発収縮反
応を抑制し、BOO ラットにおいて増加していたコリン作動性成分を選択的に抑制した。これら
の結果から、N-Ca は、BOO ラットにおいて、膀胱壁内に分布するコリン作動性神経からの ACh
の放出を促進することによって、NVCs の発生に関与していることが示唆された。膀胱平滑筋層
における N-Ca の発現の増加は、膀胱のコリン作動性神経終末での N-Ca の発現の増加を反映し
ている可能性があると思われた。
T-Ca 阻害薬と N-Ca 阻害薬はともに、下部尿路閉塞による膀胱蓄尿機能障害を改善する効果が
示唆された。両者の改善効果が異なることから、併用投与も含めた将来的な臨床応用が期待され
る。