じゅうげき な 「 まえをかいた 」 し き じ り つ ぶ ら く さ べ つ ~識字率から見る部落差別~ き た く とちゅう こくさいれんごうきょういくかがく ぶ ん か き か ん ちょうさ 2012年、学校からの帰宅途中に銃撃された、パキスタンのマララ・ユスフザイさんは、子どもや女 きょういく ふきゅう と く ひょうか しじょう さいねんしょう さい へいわしょう じゅしょう 性への教育の普及に取り組んだことが評価され、史上最年少の 歳でノーベル平和賞を受賞しました。 よ か ひ し き じ ぎゃく 文字の読み書きができないことを 非 み書きができる率を 識 「 識字 と 」 いい、逆に 歳以上で読 「 字率 と 」 げんだいしゃかい もっと きほんてき きょうよう いいます。日本の識字率は99.8%(注1)で、現代社会において最も基本的な教養のひとつとされ、 せんしんこく あかし しめ のこ 先進国の証であることを示しています。では、この日本の識字率の残り0.2%はどのような人たちなので しょうか。 ぼ こ く ご たいしょう 17 夕 「 やけがうつくしい 」 25 きたしろ いろ (注1) 2002年ユネスコ 国( 際連合教育科学文化機関 調) 査。 歳以上、 母国語対象。 日本の識字率は100%に近いため、 近年は調査が行われていません。 15 15 ▲ 元高知県県会議 員 森 田益子さんに宛てた北代さんの手紙 上記の手紙は、北代 色さんが 歳ではじ かんれき す めて書いた手紙です。還暦を過ぎてから識字 がっきゅう なら おぼ 学 級 で文 字 を 習い覚 え、夕 や けを 見て心か うつく かんどう つづ ら美しいと感動したことを綴っています。な こうれい ぜ北代さんは高齢になるまで字を習い覚える ことができなかったのでしょうか。識字学級 では、多くの人が高齢になってから字を学ん せんそう えいきょう でいます。その背景には、戦争の影響もあり まず おさな ころ ましたが、それ以前に家が貧しく幼い頃から はたら よ ぎ 働くことを余儀なくされ、教育を受けられな じじょう きび かった事情があります。また厳しい差別を受 べんきょう け、学校でいじめられて勉強をあきらめざる え を得なかった人たちもいます。 平 成 年 度の 人 「 権 を 考 える 市 民のつ ど ぶ ら く か い ほ う どうめい かいしん し ぶ い で 」 は、部落 解 放 同 盟 改 進 支 部 京 ( 都市 ) じょせいぶ みな たけだ こもりうた 女 性 部の皆 さんによる 竹 「 田の子 守 唄 の 」 もとうた ひろう 元歌が披露されました。それは、差別の厳し かけい さと生活の貧しさのなかで、家計を助けるた めに学校に行けず、子守り仕事をしてきた子 うた つ もりこうた どもたちによって歌い継がれた 守 「 子歌 つ 」 ろうどうか まりは労働歌だったのです。 70 人権に関する総合相談窓口 ・・・ 月~金曜 ( 祝日除く ) 9時~ 17 時 (559-5062 FAX 559-5063) 女性のための相談 ・・・ 問い合わせは、まちづくり協働センター男女共同参画担当 (563-8000 FAX 563-8001) ひんこん 差別や貧困 は、 親 か ら 子 ど も た ちへ と れ ん さ 連 鎖 し ま す。 親が文字を読 み 書 きできな い 場 合、 子 ど しゅくだい おし つうち もたちに宿題を教えたり、学校からの通知文 りかい を理解することができません。子どもは子ど わす もなりに親をかばい、先生に対して 忘 「 れま べんかい した と 」 弁解するようになり、先生にそのこ しどう にちじょうてき とを指導されるのが日常的になります。 教 「 ふねっしん きら 育に不熱心な親 と 」 か「勉強嫌い」でかたづ けられた場合もあったでしょう。そんな中で、 つら 子どもたちは辛く悲しい思いをしたり、学校 に行きにくくなったりしていったのです。こ の連鎖が社会問題となっていきました。 しかし、九州の福岡では学校の先生たちが だかい どうわ この状況を打開すべく、現在でいう同和教育 けんきゅうきょうぎかい 研 究 協 議 会を立ち上げ、差別や 貧困を理由 けんり うば たいしょう に 学 ぶ 権 利 を 奪 われた人々を 対 象 に、識 字 学級を開きました。この識字学級は、高度成 ひ さ べ つ ち く うんどう 長期の被差別地区における 識 「 字運動 が 」始 まりです。 部 「 落差別によって奪われた文字 を奪いかえす こ 」 とをスローガンとして、今 かいけつ なお解決しきれていない差別をなくすととも やくわり は に、社会の一員としての役割を果たすことを もくひょう 目標に、全国的な広がりをみせました。 次の作 文は、当時 識 字 学 級で学んでいた ま 「 さよ さ 」 んが、先生から 子 「 どものころ、 母 と なった と き、現 在の 生 活 を 書 いてみ ま しょう と 」 言われ、書いた作文です。 先生はけちい、わだしたちにたった字を しか教えておらんのに、これだけウン ▲福岡県人権・同和教育研究協議会より資料提供 と書けちゅうたら書けようごとあるか 50 あ ぎいん もりたますこ 狭間小学校5年 寺 西 健 斗 さ ん てらにし け ん と 人権さんだは、みなさんに人権に関する気づきや情報などをお届けします。新たな 発見や共感したことなどを含めてご意見、ご感想を人権推進課までお寄せください。 問い合わせ=まちづくり部人権推進課 (559-5081・5148 FAX 563-3611 e メールアドレス jin k e n _u@c ity. sa n d a . l g . jp ) ᖹᡂᖺᗘ ୕⏣ᕷேᶒᶆㄒཷ㈹సရ 平成 26 年度 三田市人権ポスター入賞作品 NO.431 4 平成 27 年2月 15 日 広報 「 関 係ない 」 見て見ぬふりも いじめとおなじ かんけい 学園小学校 6 年伊川葵唯さん いかわあおい
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