中国の退耕還林(還草)プロジェクトの変遷と課題 A Study on the Changes and Issue of Sloping Land Conversion Program in China ⃝ 成双之 ∗ Shuangzhi CHENG 澤田 英司 † 大沼あゆみ ‡ Eiji SAWADA Ayumi ONUMA 1.研究の背景と本研究の目的 中国では、1997 年の黄河流域の枯渇と 1998 年の長江流域の大洪水を契機にして、森林保全と森林再生を 進めるための 2 つの大きなプロジェクトが導入されてきた。1 つは、1998 年に実施された天然林保護プロ ジェクト(National Forest Protection Program)であり、もう 1 つは、1999 年に実施された退耕還林(還 草)(Sloping Land Conversion Program)である 1 。 退耕還林(還草)は、土壌流失しやすい傾斜面や砂漠化が起こりやすい耕地を対象にして、計画的・段 階的に耕作を止め、植生を回復する事業であり、国が管理する天然林の保護、再生と造林などの活動を行 う天然林保護プロジェクトを補完する政策として実施された(Xu, 2006)。退耕還林(還草)の特徴は、原 則として、プロジェクト参加の判断を農家が行うところにある。農家は退耕する耕地面積と還林する森林 の種類を支給される補助金額と比べながら決定する。農家のプロジェクトへの参加形態と補助金支給額の 関係は表 1 のようにまとめられる。この退耕還林(還草)はプロジェクト開始から 10 年間で 2321.29 万 ha (2000 − 2011 各年度版「中国林業発展報告」より著者が計算)という大きな成果を挙げている一方で、実 施方法についてさまざまな問題点が指摘されている。また、補助の支給期間が明確でなく、実施方法が地 域によって異なるため、プロジェクトの長期的な成果が非常に不確実である。本研究は、退耕還林(還草) のこれまでの実施の経緯と関連する研究を整理し、プロジェクトの実施方法が抱える問題点を明らかにす ることを目的とする。特に、補助の支給期間が不明確なことと地域ごとの補助方法の違いが、プロジェクト のパフォーマンスに与える影響に注目する。 2.分析方法 退耕還林(還草)のこれまでの実施方法とその成果を多くの研究がそれぞれ異なった観点で議論してき た。本研究では、これまでの議論を 1. 農家への補助額 2. 補助を行う期間 3. 農家のプロジェクト参加の自主性 の 3 つの項目に分類し、退耕還林(還草)の実施方法の違いが農家の所得や地域の産業構造、森林の活着 率へ与える影響を整理することで、退耕還林(還草)の問題点と今後取り組むべき課題を明確にする。 ∗ 慶応義塾大学経済学研究科 Email: [email protected] Email: [email protected] ‡ 慶応義塾大学経済学部 Email: [email protected] 1 退耕還林(還草)は 1999 年-2001 年に甘粛、陝西、四川三省で試験的に実施され、それから、上海、江蘇、浙江、福建、山東、 広東以外の全国省・自治区・直轄市の 1062 県に拡張された。 † 早稲田大学理工学研究所 表 1: 農家の参加形態と補助支給 !! "#$%&'"###!$!%&&'(! %&.! "#$%&'%&&(!$!%&&)(! !"#$%&)**+',-(! /012345 !!"#$%&'()67! *+"#8&'()67! +","8&'()67! 901:;45 +"##$%&'()67! !+##8&'()67! +#"#8&'()67! <=>%&! '?5@A( *##(&'())'* BC1DE%&' '?5@A( ,"#8&'()'#F(! GH7I! JK)7LMNEO7L<PEQ7! RSTU! RS%&VWX?5YRZ[\]^_`abcdefghiUVjkiU_Ulmn! GHop! <PEYqr-#s,tuebVvwvxnMNEYqryzd{|}~•€•rVf‚BƒuDE% &Y„}%&efRS\…†V%&evxn! ‡ˆ‰ˆŠ! %&RSY‹Œ>•u…†%&VŽ••‘’“”ef•–>V?0•‘’“”—mn! 表は「退耕還林政策をより完全に実施することに関する意見」 (2002 年 4 月) ・ 「退耕還林条例」 (2002 年 12 月) ・ 「国務院が退耕還林政策の改善に関す る通知」(2007 年 8 月)より著者が作成。 3.結論 補助額がほとんどの地域で一律であることで、ある地域の「過度補償」と別のある地域の「不足補償」の 現象をもたらしており、財政投資が非効率に行われているという点については多くの研究の共通の主張であ る(陶然他、2004;Xu、2006)。最適な補助額について言及している研究は少ないが、李(2009)は、退 耕還林(還草)実施前後の農家の収入の変化によって、望ましい農家への補助額を特徴付けている。 補助を行う期間については、現在の実施方法を継続することで 2020 年までに持続的産業構造に移行でき るという研究もあれば(黄文清、2007)、補助は期間を設けて行うのではなく継続して行い続けることが必 要だと主張する研究もある(趙新民等、2009)。したがって、統一的な枠組みで先行研究の異なる主張を検 証することで、適切な補助の期間について改めて考察する必要があるだろう。 プロジェクのト実施時に、プロジェクトへの参加の是非、樹種、退耕面積、退耕プロット等どの項目を農 家の裁量で決定できるかが地域によって異なることが、地域ごとにプロジェクトの成果が大きく異なること の原因であると考えられている(Xu et al.、2004;M.T.Bennett et al.、2011)。ただし、農家と地方政府 がプロジェクトのどの部分の決定権持つことが望ましいかについては、未だ明らかになっていない点が多い ため、この問題についても引き続き理論的実証的に検証を進めていく必要があるだろう。 主要な参考文献(詳しくは論文を参照) [1] 黄文清『西部地区「一退両還」後補償機制研究』中国農業出版社 2011 年. [2] 小林熙直「中国の退耕還林プロジェクトとその効果」『アジア研究所紀要 36』P337-360 2009 年. [3] 陶然・徐志剛・徐晋濤「退耕還林、糧食政策和可持続発展」『中国社会科学』P25-38 2004 年. [4] Xu, J., Yin, R., Li, Z., & Liu, C. (2006). China’s ecological rehabilitation: Unprecedented efforts, dramatic impacts, and requisite policies. Ecological Economics, 57(4), 595-607.
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