Nelson Sauvin ホップの新規な香気成分の同定

Nelson Sauvin ホップの新規な香気成分の同定
蛸井
潔１・富永
敬俊２・ Marie Degueil３・坂田
Svit lana Shinkaruk５・中村
剛４・前田
大介４・栗原
雄明１・秋山
普史４・渡
利夫１
淳二１
（１サッポロビール価値創造フロンティア研究所、２ボルドー第二大学醸造学部、
３
ボルドー第一大学 ISM、４サッポロビール商品･技術開発部、５ボルドー ENITA）
目的
ビールに特有の香りと苦味を付与するホップは、品種ごとに特徴の異なる香気
を有するが、従来ホップ由来の香気成分として着目されてきたテルペン類だけで
はその品種間差を十分に説明することはできなかった。今回我々は、白ワイン様
の独特のフルーティな香気をビールに付与するニュージーランド産の Nelson
Sauvin ホップに着目しその特有の香気を担う成分を特定することを目的とした。
方
法
原料となるホップは、チェコ産 Saaz (SSA)とニュージーランド産 Nelson Sauvin
(NS)を用い、5kL スケールのミニブルワリー設備で、麦芽を使用しないその他の
醸造酒仕様、麦芽 24%の発泡酒仕様、麦芽 100%のビール仕様で試験醸造を行な
った。
ホップ由来のテルペン類、イソ酪酸エステル類は Agilent 社 6890N ガスクロマ
トグラフと MS5973 マススペクトロメーター、HP-1MS キャピラリーカラム（ 30m、
0.25mmφ 、0.25μm）、Supelco 社の SPME ファイバー（ 100μm PDMS）を用いて分
析した。揮発性チオール類は富永らの方法 1) により分析した。
結
果
NS はニュージーランドのホップ品種であり、2000 年に品種化され、主に南島
北部の Nelson 地区で栽培されている。年間生産量は約 10t と少ないが、このホ
ップを用いて醸造したビールは独特の柑橘系、白ワイン様の香りを有する 2,3) こ
とから、その特長を生かし、現地でも主に地ビールなどに使用されている。しか
し、その香気を担う成分については、これまで解明されていなかった。
その成分の解明のため、我々は、対照としてチェコ産のファインアロマホップ
SSA を用い、各種の仕様にて試験醸造を行ない、SSA にはなく NS にのみ検出さ
れる成分を探索することを試みた。
______________________________________
Identification of novel unique flavour compounds derived from Nelson Sauvin hop. Kiyoshi
Takoi 1 , Takatoshi Tominaga 2 , Marie Degueil 3 , Daisuke Sakata 4 , Toshio Kurihara 1 , Svitlana
Shinkaruk 5 , Takeshi Nakamura 4 , Katsuaki Maeda 1 , Hiroshi Akiyama4 and Junji Watari 1 ,
1
Frontier Lab oratories of Value Creation, SAPPORO BREWERIES LTD, Yaizu, 425-0013,
2
Faculté d'Oenologie, Université Bordeaux 2, 33405 Talence Cedex, France, 3 Université
Bordeaux 1, 33405 Talence Cedex, France, 4 Product & Technology Development Department,
SAPPORO BREWERIES LTD, Yaizu, 425-0013, 5 ENITA de Bordeaux, 33175 Gradigna n
Cedex, France; kiyoshi.takoi@sapporobeer. co.jp, Fax +81-54-629-3144
図 1 にはホップ由来の代表的なテルペン類である Humulene、Myrcene、Linalool
の試験醸造サンプル中の含量比較を示した。これらの成分には対照、試験の間で
顕著な差は認められなかった。従って、これらの成分は NS の特有香には寄与し
ていないものと推察された。
そこで、GC-MS の SCAN モードで、対照と試験の香気成分を比較したところ、
試験（ NS）に特異的な 3 つのピークが見出された。これらは、標準物質との保
持時間、MS スペクトルの比較から、それぞれ Isobutyl isobutyrate (IBIB)、Isoamyl
isobutyrate (IAIB)、2-Methylbutyl isobutyrate (2MIB)と同定された（図 2）。これら
はいずれもイソ酪酸エステル類であり、青りんご、あんず様のフルーティな香気
を有していた。
テルペン類(ppb)
16.0
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
Humulene(ppb)
Myrcene(ppb)
SSA
NS
SSA
NS
SSA
NS
対照
試験
対照
試験
対照
試験
その他の醸造酒仕様
図 1
Linalool(ppb)
発泡酒(麦芽24%)仕様
麦芽100 %仕様
試験醸造サンプル中のテルペン類含量の比較
2-Methylbutyl isobutyrate(2MIB)
1600000
1500000
1400000
1300000
1200000
1100000
1000000
Isobutyl isobutyrate(IBIB)
900000
800000
700000
O
600000
500000
O
400000
300000
200000
100000
8.50
9.00
9.50
イソ酪酸エステル類(ppb)
図 2
O
Isoamyl isobutyrate(IAIB)
O
O
10.00
10.50
11.00
11.50
12.00
12.50
試験醸造サンプルの GC-MS ピーク比較（実線： SSA、破線： NS）
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
IBIB
IAIB
2MIB
SSA
NS
SSA
NS
SSA
NS
対照
試験
対照
試験
対照
試験
その他の醸造酒仕様
図 3
O
発泡酒(麦芽24%)仕様
麦芽100 %仕様
試験醸造サンプル中のイソ酪酸エステル類含量の比較
図 3 には試験醸造サンプル中のイソ酪酸エステル類の含量比較を示した。イソ
酪酸エステル類は試験（ NS）に特異的であった。2MIB の閾値を官能検査により
推定したところ約 10ppb であり、これらイソ酪酸エステル類がトータルで NS の
特有香に寄与している可能性が示唆された。
しかし、NS 使用の試験醸造サンプルとの香味比較で、NS の特有香はイソ酪酸
エステル類だけでは完全に説明されていないのではないかと推察された。
そこで、我々は NS ホップの特有香がニュージーランドのホップ生産者の間で
はソーヴィニオンブランワインの香りに近いとされている点に着目し、ソーヴィ
ニオンブランワインの特有香を担うとされる低閾値の極微量チオールについて
検討を試みた。図 4 にはソーヴィニオンブラン特有のチオールの例を示した。こ
れらのうち、グレープフルーツ様の香気を有する 3-Mercaptohexan-1-ol (3MH)を
ビールに添加したところ、香りの印象が NS 使用サンプルに近づくことが確認さ
れた。そこで、次にホップを水で抽出した液について、富永らの方法 1 ) によりチ
オールの分析を行なった。 GC-FPD での分析結果を図５に示した。
対照の SSA に対して、 NS ホップからは複数のチオールのピークが確認され、
そのうちの最も高いピークは、標準物質との保持時間、MS スペクトルの比較か
ら、3-Mercapro-4-methylpentan-1-ol (3M4MP)と同定された。その標準物質は、3MH
と近いグレープフルーツ様の香気を有することが確認された。 3M4MP はこれま
でにワインおよび他の食品中で検出されていない新規なチオールであった。
3-Mercapto-hexan-1-ol (3MH)
4-Mercapto-4-methylpentan-2-one
(4MMP)
CH3
CH3
OH
CH3 SH
SH
図 4
O
ソーヴィニオンブランワインの香気成分
SSA
30000
NS
3-Mercapto-4-methylpentan-1-ol
(3M4MP)
OH
3M4MP(ppt)
25000
20000
15000
10000
SH
5000
0
HHT SSA HHM HNU NPH
図 5（左）
NS
ホップ抽出液の GC-FPD ピーク比較
図6
（右）ホップ中の 3M4M P 含量の比較（ HHT: Haller tauer Tr adition , SSA: Saaz , HHM: Ma gnum ,
HNU: Nugget , NPH: Paci fic Haller tau, NS: Nelson Sauvin）
図 6 にはホップ品種間の比較を示したが、代表的なホップ品種との比較では、
3M4MP は NS に特異的であった。図 7 には試験醸造サンプル中の 3M4MP 含量を
示した。3M4MP は NS 使用区に特異的であり、およそ 100∼ 120ppt 検出された。
3M4MP の閾値を官能検査により推定したところ約 40ppt であり、閾値の 3 倍程
度存在していることが示された。
市販のビールを分析したところ、イソ酪酸エステル類、および 3M4MP はほと
んど検出されなかった（ data not shown）。このことより、NS を使用することで、
3M4MP(ppt)
差別性のある新商品を開発できることが期待される。
140
120
100
80
60
40
20
0
SSA
NS
SSA
NS
SSA
NS
対照
試験
対照
試験
対照
試験
その他の醸造酒仕様
図 7
発泡酒(麦芽24%)仕様
麦芽100 %仕様
試験醸造サンプル中の 3M4MP 含量の比較
考
察
ニュージーランド産の Nelson Sauvin(NS)ホップは白ワイン様の独特のフルー
ティな香気をビールに付与することが知られているが、その香気を担う成分は明
らかにされていなかった。本研究では、その特有の香気成分を特定することを目
的として、 NS ホップ及びそれを用いた試醸品を用いて物質の検索を行なった結
果、青りんご、あんず様の香りを有するイソ酪酸エステル類とともに、新規なチ
オール化合物を見出し、同定した。この新規チオールは、閾値が低く、かつソー
ヴィニオンブランワインの特有香の成分 3-Mercaprohexan-1-ol と特徴の近いグレ
ープフルーツ様の香気を有することが確認された。
文献
1) Tominaga T., Murat M.L., Dubourdieu D.: Development of a method for analyzing
the volatile thiols involved in the characteristic aroma of wines made from Vitis
vinifera L.Cv. Sauvignon Blanc. J. Agric. Food Chem. 46, 1044-1048 (1998)
2) Beatson R.A., Ansell K.A., Graham L.T.: Breeding, development and
characteristics of the hop (Humulus lupulus ) cultivar ‘Nelson Sauvin’. New Zealand
Journal of Crop and Horticultural Science 31, 303-309 (2003)
3) Graves I.R., Brier M.B., Chandra G.S., Alspach P.A.: Kettle hop flavor from New
Zealand hop (Humulus lupulus L.) caltivars. Proceedings of the 27th Convention of
the Institute and Guild of Brewing, Asia Pacific Section (CD-ROM) (2002)

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