Gradient Factors グラディエント・ファクター

Gradient Factors グラディエント・ファクター
Matti Anttila, Ph.D.
翻訳:渡部尚子 監修:澤海信一
減圧理論で学ぶ「炭酸飲料のペットボトルを使用して、早く浮上するとどうなるか」を覚えていますか? こ
こでは、減圧理論のより基本的なことについても紹介したいと思います。まずは歴史から始めましょう。
History 歴史����������������������������������������������������������������������� 減圧理論 は比較的古くから知られています。1800年代終わり頃、フランスの生理
学者 ポール・ベール が「減圧症・減圧停止・ゆっくりとした浮上の必要性」を見い
だしています。ベール は、登山や熱気球等の高度が与える生理学的影響、酸素が人
に与える影響についても研究、また高圧環境が人体に与える影響についても研究し
ており、1.5 ATA を超える高い酸素分圧は、中枢神経系(CNS)の「酸素中毒」を
引き起こす恐れがあることを発見しました。その後、窒素と酸素の研究時「減圧症
(DCS)」の原因は窒素の気泡であると突きとめ、減圧症の再圧治療と酸素管理の
実験も行いました。1878年ベール出版の「La Pression barometrique」では酸素
ポール・ベール の高低圧による生理学について取り扱われています。
(1833-1886)
スコットランドの生理学者、ジョン・スコット・ハルデーンは、より科学的な方法
で減圧理論の問題に取り組んでいました。1905年、ハルデーンは海軍の潜水業務に
おいての減圧症と減圧症を防ぐ方法を研究する為、イギリス海軍に任命されました。
ハルデーンはいくつかテストを行い、深度での圧縮酸素の影響を研究し1908年
The Journal of Medicine誌でテストの結果を発表しています。この論説も彼のダイ
ブテーブルを取り入れています。
ハルデーンは現在、減圧理論の父であると考えられています。彼の研究において、
水深10m以浅の潜水では長時間潜水しても減圧症は発症しないという結論に達しま
した。このことから、彼は組織と外部の圧力差が2倍以内の浮上(圧力10m/2
ジョン・S・ホールデン
(1860-1936)
ATA/水面1ATA)では減圧症は発症しないと推論しました。(ハルデーンの2:1
則と言われる経験則)後に、この数字はロバート・ワークマンにより「1.58 : 1」
と改良されています。
ワークマンは医師であり1960年代のアメリカ海軍減圧研究員でした。彼はアメリ
カ海軍で使用されていた、ハルデーンの研究に基づいた減圧モデルを学びました。
コンパートメント(体内組織を均一なものではなく、窒素の吸収・排出の早さに応
じて分割された幾つかのグループ)の比率を精製することに加えて、ワークマンは
組織の種類[そこからTC「組織コンパートメント(Tissue Compartment)」異なる 「ハーフタイム(窒素の飽和溶解量の1/2量に達するまでの時間)」という言葉
がうまれました]や深さによって比率は変化することを発見しました。
スイスのアルバート・ビュールマン教授 (1923-1994) は減圧理論を開発しまし
た。彼は長い研究によって、ZH-L16(ZH=チューリッヒ・L=線形・16=組織コン
パートメントの数)減圧モデルを基盤に組織コンパートメントを広げ、最初のZH-
A・ピュールマン
(1923-1994)
L16テーブルは1990年に出版されました。(以前に公開されたテーブルは組織コン
パートメントが少なく抑えられていました)
Poni Divers BALI Decompression Basics 減圧の基本������ �������������������������������
それでは基本から始めましょう。ダイバーが圧縮空気を使用して潜行して行きます。圧縮空気には、不活性
ガスとして組織内に溶解する窒素が含まれています。浮上を始め、周囲圧が減少すると、溶けこんだ窒素は
組織から血液へ、そこから肺へ、そして呼吸することにより身体から抜け出していきます。シンプルでしょ
う? レクリエーショナルでは減圧ダイビングは行わず、減圧不要限界(NDL)内に留まるように言われてい
ます。この減圧不要限界はダイブテーブルに表示されており、ダイバーは一定の速度で浮上しなければなり
ません。しかし、もし減圧不要限界を超えて窒素が蓄積されていくと、どのようになりますか?
Tissue Saturation And Ascent Ceiling 組織飽和と浮上限界�
私たちがダイビングを行う時、いつも目に見えないシーリング(ceiling)があります。そのシーリングとは
一般的に減圧症の徴候が見られない深度のことです。シーリングは組織の中に溶け込んだ不活性ガスの量に
基づいています。(シーリング深度とは最も減圧時間を短くできる深度を示します)
図1 限界線と減圧ダイビングのグラフ。数字は異なる段階を表します。(図2参照)
図1は、複数の減圧停止のある典型的な減圧ダイビングのグラフです。
ダイビング前、あなたのシーリングは、ネガティブ深度(水面上)です。つまり組織が一定の過度な圧力勾
配を許容できたことを意味します。ランタイムが増えてボトムでの時間を使えるように、シーリング深度は
下がり、浮上の可能性を妨げ始め、減圧の必要性を引き起こします。実際に、いくつかの減圧ソフトウェア
は希望のダイビングレベルを入力するとシーリング深度を表します。ダイブコンピューターは最も深く減圧
が必要となる限界を表示します。
Poni Divers BALI 浮上する時、減圧症のリスクを避ける為にシーリングを超える浮上はしてはいけません。減圧停止は 図1
のダイビンググラフにはっきりと示されています。シーリング深度はオンガスやオフガスを示すものではあ
りません。ビュールマンは身体の不活性ガスの溶解をモデル化する為に16の組織コンパートメントを使用し
ました。これらのコンパートメントは、よりガスを溶解する(オンガス)か、溶解ガスを排出する(オフガ
ス)のいずれかです。シーリング深度は、現在の深度からの圧力変化を示します。非常に早くコンパートメ
ントのオフガスをさせ、さらに圧力が下がると減圧症になるリスクがあります。
深
度
①潜行。全ての組織コンパートメントはオンガス
②ボトムタイム修了。「速い組織」は「遅い組織」より
(100%の)飽和に近い。
③ディープストップ。「速い組織」だけが過飽和
④セカンドからラストストップ。殆どの「速い組織」
他はまだオンガス。
は過飽和でオフガスが明らかに分かる。
図2 組織における不活性ガスの負荷の一例。組織コンパートメントの圧力はパーセントで示され、100%周囲圧となる。
図2は、図1で示されているダイビング間の16の組織コンパートメントを示しています。組織コンパートメ
ント(TC)は100%になった時に飽和状態になります。浮上する間、TCは100%を超えて飽和状態になり
ます。図2の通り、溶解されたガスの量、特に身体に溶けた不活性ガスの分圧は、ダイビング中は環境圧に
追従する傾向があります。圧力差つまり気圧勾配が大きいほど、ガスは早く溶け出します。
Poni Divers BALI M-VALUES�M値��������������������������������������������������������������������
歴史に戻りましょう。ロバート・ワークマンはM値(減圧症にならずに組織コンパートメントが最大限耐え
られる窒素分圧)を導入しました。前述したように、ハルデーンは研究によりM値は2であると発見し、ワー
クマンはそれを 1.58(圧力が2ATAから1ATAに変化し、空気の79%は不活性ガス、主に窒素であることを
考慮した上でこの数字になりました)に改訂しました。
ワークマンは圧力の比率ではなく深度(圧力値)を使用してM値を求めました。限界値ラインの傾きはΔM
(デルタM)と呼ばれ、深度変化(深度圧)とM値の変化を表しています。ビュールマンはM値を求めるの
に、ワークマンの深度圧(相対圧)を用いるのではなく、1ATA高い絶対圧を使用しました。図3で、ワー
クマンの限界値ラインはビュールマンの限界値ラインより上にあることから違いが分かります。
�ワークマンとビュールマンのM値の比較
T
C
の
不
活
性
ガ
ス
圧
環境圧
図3 異なるM値の比較
図3は、ワークマンとビュールマンの限界値ラインの比較を表しています。文献4で詳細の説明があります
が、大きな違いを見つけるのは簡単です。ワークマンの限界値ラインは急勾配で、安全の為の余裕が少なく
なります。またワークマンのM値はビュールマンのM値よりも、過飽和になる可能性があります。
Poni Divers BALI M値は各組織コンパートメント(TC)によって異なります。それぞれのTCに使用されている二組のM値、
M0値(「Mノート」と読む)とΔM値(圧力比のM値)が使われてる点に留意する必要があります。ワー
クマンはこれらの異なるM値の関係を次のように定義しました。
M = M0 + M・d
M = それぞれのTC(ATA単位で)の分圧限界
M0 = 海面でのそれぞれのTC(ATA)の分圧限界
ΔM = それぞれのTC毎に定義された深さに対するMの増加(ATA/m)
d = 深度(m)
これらの値は文献4に記載されていますが、彼らは同じことを懸念しています。組織コンパートメントの最
大許容圧力です。減圧障害は、M値に従っていても引き起こされる可能性があります。M値によって表され
る圧力以上ではより多くの体調不良を引き起こし、M値の下に留まることによって体調不良を引き起こしに
くくなるということを知っておく必要があります。
GRADIENT FACTORS グラディエント・ファクター
��
グラディエント・ファクターは、ビュールマン減圧モデルに保守的な設定を提供するものです。限界値ライ
ンは前章で述べたように、減圧時と浮上時に超えるべきではない限界を設定しています。しかしながら、減
圧モデルが全ての減圧症ケースを防ぐことはできません、個々のダイバーやダイビングによって、更なる安
全性の限界を適用するべきです。
図3で示すように、浮上と減圧は限界値ラインと周囲圧ラインの間で行います。組織コンパートメント内の
窒素圧は、オフガス(排出)の為に周囲圧より高くなる必要がありますが、もう一方で私たちは、限界値ラ
インに近づきすることも安全性の面で考慮しなくてはなりません。グラディエント・ファクターはこの保守
主義を定義しています。
グラディエント・ファクター(GF)は、主導する組織コンパートメントの窒素過飽和量を表します。例えば
GF 0% は過飽和ではなく、窒素分圧が主導コンパートメントの周囲圧と同じであることを意味します。
( 注:主導組織コンパートメントは必ずしも「速い組織コンパートメント」ではありません ) GF 100%
は、主導組織コンパートメント(TC)がビュールマンの限界値ライン上にある状況で減圧を終えることを意
味し、低い数値の GF を使用するよりも減圧症のリスクを減らすことができます。
( 注:方程式や計算において、GFの数値は パーセンテージの代わりに 1.00 のようになる場合があります。
しかしながら実質これらは 100%=1.00 と同じことです。)
Poni Divers BALI GFを使用した減圧
浮上開始
T
C
の
不
活
性
ガ
ス
圧
1ATA 水面
環境圧
図4
減圧の1-組織モデル。グラフは右上から始まり左下へ、周囲圧ラインとグラディエント・ファクター(GF)ライン
の間を保ちます。GFラインは限界値ラインの下にあり減圧の為のセーフティ・マージンをとります。
純粋なビュールマン減圧は限界値ラインに沿っています。(GF 100/100)
浮上時、一貫して同じ設定を使用することを好まないダイバーもいます。1つのGFを使用する場合は、
「GF Low」 と 「GF High」 の2つの GF値を定めて浮上時のセーフティ・マージンを変える必要があ
ります。GF High は浮上値を定め、GF Low は最初の減圧停止を定めます。この設定によって GFラインは
変化します。図4の GFライン(開始点 GF Low と終了点 GF High)では、減圧は限界値ラインと周囲圧
ラインの間で行い、窒素圧力がダイバーの組織コンパートメントの30%に到達した時に浮上を始めます。
組織コンパートメントの分圧が充分落ちて、GFより少し高い次の停止への浮上を可能にするまでダイバーは
停止地点で待ちます。この2つのGF値は 「GF Low...% / High...%」 (例:GF 30/80、30%がGFLowで80%が GF-High) と書かれます。 Poni Divers BALI APPLICATIONS AND SAFE DIVING HABITS�
�実用化とダイビングの安全習慣�����������������������������������������������
減圧モデルは確実に減圧症を防げるものではなく、M値は「DCSの徴候がでない」「減圧症になる」等を意
味するものでもありません。実際、現代の減圧科学はダイビングの後DCSの徴候がなくても、組織内に気泡
がある可能性を証明しました。したがってM値に従っていても気泡の無い状態ではなく、許容できる「少し」
の気泡量は組織内に残ることを意味します。
DCSの危険性の増大
限界値ライン�
ダイブプロファイル
セーフティマージン���
周囲圧ライン
図5
DCSの徴候がなくても少量の気泡は組織内に存在します。DCSの個々の影響や個
人のセーフティ・マージンを知ることは大事なことです。
それぞれのダイビング、ダイバーによって、異なるセーフティ・マージンを必要とするかもしれないことを
理解することは重要です。実際に、異なるグラディエント・ファクターを使用したダイビングプランの違い
を知ることも必要です。以下の例を見てみましょう。
50メートルのダイビング、ボトムタイム20分、バックガスとしてトライミックス 18/45(18%酸素、
45%ヘリウム)を使用、減圧の為の酸素を深度6メートルから使用。降下速度15m/分、浮上速度10
m/分。ビュールマンの ZH-L16B の減圧アルゴリズムを使用し、5つの異なるグラディエント・ファク
ターに基づいた表がテーブル1で示されています。
Poni Divers BALI Time at level with different Gradient Factor
GF
GF
GF
GF
GF
10-90
20-70
30-85
36-95
100-100
50
20
20
20
20
30
1
-
-
27
1
1
-
24
1
1
21
1
2
18
1
15
3
12
9
6
3
Total dive time
Depth (メール)
ガス
注意
20
Tx 18/45
Run time: 3...20min
-
-
Tx 18/45
-
-
-
Tx 18/45
-
1
-
-
Tx 18/45
-
1
1
-
Tx 18/45
-
3
2
2
-
Tx 18/45
-
3
3
2
-
Tx 18/45
-
3
5
3
3
2
Tx 18/45
-
7
10
7
5
3
Tx 18/45
-
5
6
5
4
4
Oxygen
ppO2 1.6ATA
8
13
9
7
7
Oxygen
ppO2 1.3ATA
54
67
54
48
40
-
-
��������������� テーブル1:�異なるグラディエント・ファクターを使用した50m/20min減圧テーブル
一般的にこれらのGF限度は、異なるタイプのダイビング (例:リブリーザー、ディープ/コールドダイビ
ング、減圧SWの初期値) に使用され、理論的なビュールマン・テーブル(マージンが含まれていない為、
確実に安全ではありません!)の GF100/100 は参考として表されています。テーブル1 で、低い数値の
GF Low はより深い所での停止を行うことが明確にされています。実際に GF Low を 10%に設定し
「ディープ・ストップ」5 を行うダイバーもいます。ディープ・ストップは「パイル・ストップ」とも呼ばれ
ており、浮上を始める前の深い段階でマイクロバブルを減らす手段のことです。しかしながらディープ・ス
トップの間、多くの遅い組織はまだオン・ガス(溶解)中の為、減圧時間は増えます。 (時間が増えること
よりも安全面を重視するべきです!) 低い数値の GF High はテーブル1で分かるように、浅いところでよ
り長い停止となります。
異なるグラディエント・ファクターを使用することにより、ダイブビングプランを大きく修正することすら
も簡単なことです。最近の減圧ソフトウェアのほとんどは、グラディエント・ファクターや保守主義設定を
使用して定めており、ダイバーは必要な減圧ガスだけでなく、何十分毎の設定をもすることができます。し
かし注意が必要です、減圧ソフトウェアが、減圧する為にあなたのタンク容量(マージンを含む) を越え
る、水中での減圧用混合充填圧が必要であると示した場合の状況を考えて下さい。グラディエント・ファク
ターを変更し、減圧時間を短縮し、減圧ガス量を少なくすることは簡単ですが危険な選択です。
グラディエント・ファクターを設定できるダイブコンピューターを使用する場合、グラディエント・ファク
ターの変更が、減圧プロファイルに影響するかを理解すべきです。多くのダイバーは自分たちのダイビング
に関係なく初期設定のままであったり、他のダイバーのGF限度をコピーしたり、インターネットから引用し
たものを使用しています。ダイバーによっては他の人よりも身体的にDCSになりやすい人がいます。グラディ
エント・ファクターは減圧プロファイルや、このようなダイビング計画やガス計画に、非常にフレキシブル
です。少し長い時間留まるとしても、それを行う意味はあるでしょう。
ダイビングにおいては常にそうであるように、適切なグラディエント・ファクターと保守主義設定を選ぶこ
とはあなたの責任であることを覚えておきましょう!
Poni Divers BALI 図6
グラディエント・ファクターの基礎知識は安全なダイビングにとっては不可欠です。長い減圧ダイビングにおいて、セーフティ・マー
ジンはDCSを防ぐことだけではなく、ガス計画、ダイビング計画や器材についても貢献します。良いダイバーは体調、環境、ダイビ
ングのタイプによって個人のグラディエント・ファクターを適応させます。どのダイビング器材を使用しようと、減圧と保守主義に沿っ
て計画をたてましょう!
REFERENCES
1. Bert, Paul: La Pression barométrique, recherches de physiologie expérimentale,
1878
2. Boycott, A.E., Damant, G.C.C., and Haldane, J.S: The Prevention of Compressed
Air Illness, The Journal of Medicine (Journal of Hygiene, Volume 8, (1908), pp.
342-443.)
3. Bühlmann, Albert A.: Decompression – Decompression Sickness. Berlin: SpringerVerlag, 1984.
4. Baker, Erik C.: Understanding M-values
5. Baker, Erik C.: Clearing Up The Confusion About "Deep Stops”
Poni Divers BALI