特 別 寄 稿 特別企画:自動車用途材料の試験・評価技術 プラスチック材料の引張試験における不確かさの評価 株式会社 DJK 千葉テクニカルセンター 材料試験部 物性試験グループリーダー 阿部正行 1.はじめに プラスチック材料は石油化学工業からの副産物として軽 量で安価であることや,その機能性から自動車部品にも多 く用いられており,近年は海外からの輸入原料品の信頼性 評価や ISO/IEC 17025 試験所認定における精度管理上の 要求がある。不確かさの評価にあたっては,通常のモデル 式を用いたボトムアップ法と,トップダウン法の分散分析 の手法を併用した。 本稿は(独)産業技術総合研究所 計測標準研究部門が運 図 1 引張試験片 JIS K 7162 1A 形 営する不確かさクラブに,2010 年に組織された不確かさ 事例研究会(第 2 次)の成果として 2013 年 2 月に発表し たものからの抜粋である。 2.不確かさ評価の対象とする測定 測定対象量は,プラスチック材料引張試験の内,応力 ( 降 伏・破壊 ),引張弾性率,破壊ひずみ,破壊時呼びひずみ であるが,紙面の関係上,本稿では引張弾性率についての み解説する。 (1)引用試験規格 図 2 恒温恒湿室内の卓上万能型試験機 ③ 試験機は,万能試験機にロードセルと引張試験用つか JIS K 7161(ISO 527-1)プラスチック−引張特性の試験 み具(クサビ形チャック)を装着する。 方法 第 1 部:通則 ④ 試験片をつかみ具にセットした後,伸び計を試験片に JIS K 7162(ISO 527-2)プラスチック−引張特性の試験 取り付ける。 方法 第 2 部:型成形 , 押出成形および注型プラスチック ⑤ 力計は,ロードセルによる荷重検出,長さ計は,伸び の試験条件 計によるひずみ検出とする。 ⑥ 試 験 機 と ロ ー ド セ ル と 伸 び 計 , マ イ ク ロ メ ー タ (2)試験の概要 ① 試験方法は上記規格に従う。 ② 試験材料はポリカーボネート,試験片は自社で射出成 形により作製した 1A 形とする。 60 Polyfile 2013.5 (0.001 mm デジタル外側)は管理された単一の機器を使 用する。 ― 特別企画:自動車用途材料の試験・評価技術― ①試験装置が原因の不確かさ ③試験のばらつき 力計 環境 (温度・湿度) 長さ計 人(要員の力量) ε PER 試験速度 繰り返し ε REP 寸法測定 材料選択 状態調節 (成形状態) ②試験片のばらつき ε SAM 図 3 特性要因図(フィッシュボーン) よる不確かさに含まれる。 3.測定のモデル式 引張弾性率の算出式 (1) 試験速度 : 測定結果には影響しないと考え不確かさ要 因から除外する。 区間応力差(MPa)/区間ひずみ差( - ) ② 試験片のばらつき ※応力 - ひずみ(伸び計による)曲線の勾配 材料選択 : 特定 1 ロットの材料ポリカーボネート射出 (ひずみ 0.0025 時の荷重/初めの断面積−ひずみ 0.0005 時の 荷重/初めの断面積) /区間ひずみ差 S(= S2 − S1 = 0.002) 2 成形片を使用,成形状態(成形時ばらつき)による不確 かさが該当する。 E:引張弾性率(MPa) ※ 1 N/mm = 1 MPa 状態調節 : 恒温恒湿室内で 48 時間以上行なうことか P1:ひずみ 0.0005 時の荷重(N) ら不確かさ要因への影響が少ないとして無視する。 P2:ひずみ 0.0025 時の荷重(N) 寸法測定 : 試験片の初めの断面積(厚さと幅)測定が P:ひずみ 0.0025 時と 0.0005 時の荷重の差(N) 該当する。※規格では 0.01 mm 迄の計測 2 D:試験片の初めの断面積(mm ) ※厚さ(mm)×幅(mm) ③ 試験のばらつき S1 :0.0005 ひずみ( - ) 環境 : 管理された JIS 1 級の恒温恒湿室内で試験を行 S2 :0.0025 ひずみ( - ) なうことから,測定結果には影響しないと考えて要因か S :0.002 ひずみ差( - ) ※計算上の数値 ら除外。 人(要員の力量): 社内技術トレーニング時のデータ 4.不確かさ要因 を用いて評価する。複数人が繰り返し測定を行なった結 ① 試験装置が原因の不確かさ 果に一元配置の分散分析を適用すると,人によるばらつ 力計(ロードセル):使用するロードセルの測定荷重 きと(試験片のばらつき+繰り返しのばらつき)とを分 における校正の不確かさが相当する。 離することができる。 長さ計(伸び計): 伸び計の校正の不確かさと,試験 繰り返し : 破壊試験であるため,同一サンプルを繰り 片に取り付けた状態での伸び計の標線間距離の不確かさ 返し測定することは不可である。 この要因のばらつきは, が相当する。試験片に装着する際には位置決めの専用の 社内技術トレーニング時のデータを用いて評価した時, コマ治具を用いているが,伸び計のクリップを手で操作 他要因のばらつきと合成した形で推定される。 して取り付けることが不確かさ要因になり,これは人に Polyfile 2013.5 61 5.不確かさの算出式 測定誤差を含めた引張弾性率測定のモデル式 (2) (5) u (D):試験片の初めの断面積測定の標準不確かさ 規格では厚さと幅を 0.01 mm 迄しか測定しないので不 εSAM:試験片による偏差(MPa) 確かさは結果に影響しないと思われるが,0.005 mm の εPER :人による偏差(MPa) 読み取りを境に寸法測定値が変わるとすれば,読取値± ε REP:測定の繰り返しによる偏差(MPa) 0.005 mm の分解能に等しい。分解能以下での寸法測定の 確率分布が矩形分布(一様分布)に従うとして,分布の半 測定の繰り返しによる偏差を別出しにしているのは, 幅を 0.005 mm とする矩形分布を仮定して不確かさを評価 P, S, D の測定の繰り返しを個別に評価すると,P, S, D 間 すると, の相関を考慮する必要があるが,引張弾性率測定全体の繰 り返しと考えると,相関を考慮する必要がないからである。 式 2 に不確かさの伝播則を適用すると, u (t):厚さ測定の標準不確かさ(mm) u (b):幅測定の標準不確かさ(mm) (3) ここで,同じマイクロメータを用いて厚さおよび幅を測 定しているので,それぞれの測定は独立ではなく相関を 式(1)に当てはめて P, S, D についてそれぞれ偏微分すると, 持っているとして不確かさを計算する必要がある。相関係 数を 1 として計算すると,厚さ(t)と幅(b)として次式で 表される。 (4) D=tb 2 uc (E):引張弾性率測定の合成標準不確かさ(MPa) u (P):ひずみ 0.0025 時と 0.0005 時の荷重差測定の標準 2 ∂D 2 ∂D 2 ∂D ∂D u (t) + u ( b) + 2 u( t ) u( b) = bu( t ) + tu( b) ∂t ∂b ∂t ∂b 〔 〕 〔 〕 〔 〔〕 〕 u2 ( D) = { 2 } u ( D ) = bu ( t ) + tu ( b ) 不確かさ(N) u (S):ひずみ差測定の標準不確かさ( - ) u (D):試験片の初めの断面積測定の標準不確かさ (mm2) u ( t ) = u ( b ) = 0.002887 より u ( D ) = ( b + t ) u ( t ) = ( 4 + 10 ) × 0.002887 = 0.04042 (mm 2 ) u (ε SAM):試験片による標準不確かさ(MPa) u (ε PER):人による標準不確かさ(MPa) これは,実際の標準的な試験片断面積 4 × 10 = 40 mm2 u (ε REP):測定の繰り返しによる標準不確かさ(MPa) と比較して約 1/1000 の値である。 6.不確かさの算出方法 u (S):ひずみ差測定の標準不確かさ u (P):ひずみ 0.0025 時と 0.0005 時の荷重差測定の標準 繰り返しについては別に評価することから,使用する静 不確かさ 的伸び計の校正の不確かさと,試験片に取り付けた状態で 繰り返しの不確かさを別に評価することから,ロードセ の標線間距離の不確かさが,不確かさの要因となる。 ル校正の不確かさのみ相当。測定荷重付近における校正 証明書の相対拡張不確かさ U=0.10 % , 包含係数 k=2 より 0.0010 N/N として包含係数 2 で割ると,以下の相対標準 不確かさとなる。 62 Polyfile 2013.5 Δℓ − Δℓ Δℓ ℓ0 ℓ0 〔 Δℓ 50 + Δℓ0 〕 1 S = S 2−S1 = 2 = = (6) ― 特別企画:自動車用途材料の試験・評価技術― Δℓ1:0.0005 ひずみ時の試験片標線間の伸び(mm) 式(8)と式(9)から簡易法の不確かさが多少大きくな Δℓ2:0.0025 ひずみ時の試験片標線間の伸び(mm) るが,問題のないレベルであり通常は簡易法を用いれば良 Δℓ:Δℓ2 −Δℓ1(mm) いであろう。 ℓ0:標線間距離(mm)※呼び値は 50 Δℓ0:標線間距離呼び値(50)との差(mm) 分散分析によって評価する標準不確かさ 式 5 に不確かさの伝播則を適用すると,ひずみ差測定の u (ε SAM):試験片による標準不確かさ(MPa) 不確かさは, u (ε PER):人による標準不確かさ(MPa) 2 2 2 u (ℓ0 ) u (Δℓ ) = + (7) ℓ0 Δℓ S u (S ) 〔 〕〔 〕〔 〕 u (ε REP):測定の繰り返しによる標準不確かさ(MPa) これら 3 つの要因は社内技術トレーニング時のデータを 用いて評価する。 伸び計の校正の不確かさは,静的伸び計の校正証明書よ 複数人が繰り返し測定を行なった結果に一元配置の分散 り 0.20 %(k=2 の相対拡張不確かさ)であるので包含係 分析を適用すると,人によるばらつきと(試験片によるば 数 2 で割ると, らつき+繰り返しのばらつき) とを分離することができる。 u ( Δℓ ) 0.0020 = = 0.0010 (mm/mm) Δℓ 2 表 1 試験データ 人 弾性率(MPa) 標線間距離の不確かさμ(ℓ0 ) は,伸び計の標点にスタン A 2451 2434 2455 2445 2507 B 2439 2527 2563 2485 2434 プ用インクを塗り,方眼紙に 5 回繰り返し転写して求めた。 C 2396 2427 2433 2448 2440 実測値 mm 50.06 50.07 50.04 50.06 50.06 D 2445 2377 2462 2444 2405 E 2429 2392 2371 2430 2421 F 2398 2410 2382 2402 2434 G 2510 2385 2343 2486 2465 H 2401 2415 2317 2411 2461 I 2429 2406 2429 2430 2380 平均値 mm 50.058 方眼紙の標点間計測に使用したハイトゲージの校正証明 書の標準不確かさ 0.01 mm ( 50−50.058 )2 + 0.012 u (ℓ 0 ) = u (S ) 2 〔 〕〔 S = u ( ℓ0 ) ℓ0 2 〕〔 + u ( Δℓ ) Δℓ 表 2 分散分析表 = 0.05886 2 〕〔 = 0.05886 50 2 〕 S 二乗和 f 自由度 V 分散 E (V) 期待値 人 32887.64 8 4110.96 σe2+5σP2 繰り返し+試験片 59170.00 36 1643.61 σe2 合計 ST 92057.64 44 ̶ ̶ 要因 + 0.0012 = 0.000002386 u(S ) = 0.001545 (8) S 更に簡易的な方法として,静的伸び計の標線間距離は 50 mm ± 0.2 mm の範囲に収まるであろうと一般化して 表 3 各標準偏差の推定値 人要因標準偏差推定値 (MPa) 22.2142 (繰り返し+試験片)標準偏差推定値 (MPa) 40.5415 みる。 分布の半幅を 0.2 mm とする矩形分布を仮定すると, u (ℓ0 ) = 通常,測定は 1 名で各 5 回の繰り返しの平均値を報告値 とするので, 0.2 = 0.1155 3 u ( εPER) = 22.2142 となり,式 7 に代入すると, u(S) 2 u (ℓ 0 ) 2 u ( Δℓ) 2 〔 〕 〔 ℓ 〕 〔 Δℓ 〕 〔 S u(S ) = 0 + = 0.1155 50 2 〕 + 0.0012 = 0.000006336 = 0.002517 (9) S u ( εetc ) = 40.5415 = 18.1307 5 u (ε etc) は繰り返しによる不確かさ u (ε REP) と試験片によ る不確かさ u (ε SAM) が合成されたものである。 Polyfile 2013.5 63 表 4 バジェットシート 記号 要因 u (εPER) 人による標準不確かさ u (εSAM) 試験片による標準不確かさ u (εREP) 測定の繰り返しによる標準不確かさ u (P)/P u (D) u (S)/S 標準不確かさ 単位 感度係数 単位 標準不確かさ (MPa) 22.2142 MPa 1 ̶ 22.2142 18.1307 MPa 1 ̶ ロードセル校正証明書の相対標準不確かさ 0.0005 N/N 2430.09 N/mm 試験片の初めの断面積測定の標準不確かさ 0.04042 mm2 60.510 N/mm4 2.4458 ひずみ差測定の相対標準不確かさ 0.002517 − /− 2430.09 N/mm2 6.1165 uc (E) 引張弾性率測定の合成標準不確かさ 29.446 MPa U (E) 引張弾性率測定の拡張不確かさ(k=2) 58.892 MPa 表 5 測定データ 記号 18.1307 2 名称 1.2150 E =2430 MPa±59 MPa ・著者紹介 値 単位 mm2 D 試験片断面積 40.1600 P 引張弾性率測定時の荷重差 195.185 N E 引張弾性率 2430.09 MPa 株式会社 DJK 千葉テクニカルセンター 材料試験部 物性試験グループリーダー (横浜国立大学工学部二部応用化学科卒) 7.合成標準不確かさ算出とバジェットシート 表 4,表 5 を参照。 8.考察 不確かさ評価の再現性を確認するため,実施時期が 6 ヶ 月違うデータについて,同じく分散分析を用いて不確かさ の算出を行なった所,2420 MPa±62 MPa とほぼ同等の 出展します 小間番号 137 結果となった。 これは,プラスチック材料引張試験のようにばらつきが 大きい試験結果についても,トップダウン法の分散分析に よる不確かさ評価方法が妥当である裏付けとして捉えるこ とができると思われる。 また,標線間距離測定においては評価の簡略化を行なっ ■お問い合わせ先 たが,計算された標準不確かさが大きく変わらないので, 株式会社 DJK 簡略化した不確かさ評価法が十分に利用できることが分 ・千葉テクニカルセンター かった。 〒 270-0222 千葉県野田市木間ヶ瀬 5376 TEL 04-7198-4111 ・参考文献 ・横浜ラボラトリーズ 1)講習会資料:タイプAの不確かさ評価と分散分析の応用 〒 224-0043 横浜市都筑区折本町 399-1 (独立行政法人産業技術総合研究所 田中秀幸博士) TEL 045-473-0186 2)講習会資料:測定のモデル式とは? ・東京オフィス (独立行政法人産業技術総合研究所 田中秀幸博士) 〒 107-0052 東京都港区赤坂 2-4-1 TEL 03-3585-8131 E-mail [email protected] URL http://www.djklab.com/ 64 Polyfile 2013.5
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