博士論文審査報告書 博士論文審査報告書 - 早稲田大学リポジトリ

早稲田大学大学院 創造理工学研究科
博士論文審査報告書
論
文
題
目
FEM を用いた熱応力解析による鋳物の
残留応力及び変形の予測
Prediction of residual stress and deformation of sand castings
by using FEM thermal stress analysis
申
請
者
本山 雄一
Motoyama Yuichi
総合機械工学専攻
輸送機器・エネルギー材料工学研究
2013 年
2月
近年, 鋳造業において高付加価値の鋳物を効率的に生産することが望まれ
ている. 高付加価値の鋳物として, 薄肉で軽量な鋳物, 強度部材用鋳物, 自動
車外板プレス用金型鋳物や工作機械用ベッド鋳物等の大型の鋳物が挙げられ
る. 今後日本の鋳造業が世界と競争するためには, このような高付加価値の
鋳物を製造していく必要がある.
しかし, 鋳物が薄肉化し, 厚肉部と薄肉部の肉厚差が大きくなると, 温度
差が生じ, それを起因として鋳物の残留応力や変形が顕著となる. 残留応力
が発生すると鋳物のみかけの強度が変化し, 使用中に鋳物が破壊する場合も
あり, 鋳物を強度部材へ適用する場合に問題となる. 削り代以上の変形が生
じた場合, その鋳物は不良品となってしまい, 生産性の面から問題となって
いる. 工作機械用ベッド鋳物や, 自動車外板プレス用金型鋳物等の長大鋳物
は基本的に一品ものである事が多く, 変形が特に問題となる. また, 仮に鋳
造時に変形無く鋳物が出来たとしても, 残留応力が枯らしによって解放され
る場合がある. すると, 変形が生じ, 工作機械用ベッド鋳物等の寸法精度が
要求される鋳物では問題となる. これらの問題に対して, 残留応力に関して
は焼鈍しが行なわれている. 冷却した鋳物を適切な温度まで再加熱して残留
応力を除去する方法である. 一方, 変形に対しては, 熟練職人が勘と経験に
より鋳型に逆変形をつけて, 変形が生じても鋳物が既定の寸法になるように
対策を行なっている.
しかし, 焼鈍しは一度冷却した鋳物を再加熱するため, 生産性の低下や,
製造コストの上昇が問題となる. また変形に関しても, 少子高齢化による熟
練職人の減少, 鋳物形状の複雑化により逆変形量予測が困難になってきてい
る. この事から, 既存の方法では残留応力や変形に対する対策が難しくなっ
てきている.
従 前 の 対 策 に 対 し て 近 年 , 有 限 要 素 法 ( 以 下 , FEM) を 用 い た 熱 応 力 解 析 に
よ る 残 留 応 力 及 び 変 形 の 予 測 が 期 待 さ れ て い る . FEM と は , 解 析 的 に 解 く こ
とが難しい微分方程式の近似解を数値的に得る方法の 1 つである. 解析対象
を複数の要素に分割し, 各要素における方程式を比較的単純な補間関数で近
似 し て 近 似 解 を 得 る と い う の が , FEM の 骨 子 で あ る . FEM を 用 い た 熱 応 力 解
析によって鋳物の残留応力や変形を予測する事が出来れば, 熟練職人に頼る
事なく, 解析結果を参考にして対策を施す事が可能になる. そこで本研究は,
FEM を 用 い た 熱 応 力 解 析 に よ る 鋳 物 の 残 留 応 力 及 び 変 形 の 予 測 を 研 究 目 的
と定めた.
本論文は以下の 6 章より成る.
第 1 章では, 現在, 鋳物の薄肉化による軽量化や, 鋳物の強度部材への適
用が産業界で強く期待されていることに先ず言及した. しかし, これらを実
現する際に残留応力や変形が問題となっている. よって, 鋳造時に生じる残
留応力や変形を予測, 解決していく必要がある事を指摘した.
従来為されてきた対策では, 少子高齢化による熟練職人の減少, 鋳物の複
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雑 形 状 化 等 に よ り , 問 題 の 解 決 が 困 難 に な り つ つ あ る . そ こ で , 近 年 FEM に
よる熱応力解析が有効な手段として期待されていることを述べた.
第 2 章では, 研究目的に関係する従来研究の調査を行い, これらの研究に
おける問題点を挙げた. まず, 熱応力解析による残留応力の予測精度の検討
の た め に , 従 来 の 研 究 で は 実 製 品 や 残 留 応 力 評 価 用 簡 易 形 状 鋳 物 (以 下 , 自 拘
束 鋳 物 )が 用 い ら れ て い る こ と を 示 し た . し か し , 従 来 の 研 究 で は , 熱 解 析 の
精 度 に 言 及 が な く , 鋳 鉄 鋳 物 に お い て は A1 変 態 に よ る 潜 熱 解 放 が 考 慮 さ れ
ておらず問題があることを指摘した. また自拘束鋳物は薄肉部に曲げ変形を
生じるが, 熱応力解析において曲げ変形の表現が難しい四面体一次要素を用
いており, 予測精度にも疑問があることを指摘した.
また, ほとんどの従来研究によって為された残留応力の予測では, 砂型の
存在が考慮されていなかった. よって, 残留応力に対する砂型反力の影響を
調査している従来研究についても調査を行なった. 調査の結果, 冷却時に鋳
物は砂型反力を受けて永久変形を生じることが分かった. このことから, 砂
型は鋳物の残留応力に影響を及ぼすことが示唆された. よって, 熱応力解析
において砂型の存在を考慮に入れる必要があると考えられた. 熱応力解析に
砂型の存在を考慮する前にまず, 冷却中の鋳物に生じる砂型と鋳物の力学的
相互作用が実験的に明らかになっている必要がある. しかし, 冷却中の鋳物
に生じる砂型反力を取得した研究が存在しないことを指摘した.
これらの従来研究の問題点から本研究では, 3 章で熱応力解析による自拘
束鋳物の残留応力予測の検討を行なった. 4 章, 5 章で冷却中の鋳物に生じる
砂型反力と反力を受ける鋳物の収縮量の連続取得が可能な装置の開発を行な
い, 実際に砂型反力及び収縮量の連続的測定を行ない, 冷却中の鋳物に対す
る砂型反力の発生過程を世界に先駆けて明らかにした.
第 3 章では, 片状黒鉛鋳鉄製の自拘束鋳物を鋳造し, 測定した残留応力と
熱応力解析の結果を比較することにより, 残留応力に対する熱応力解析の有
効性の検討を行なった. その結果, 自拘束鋳物の残留応力を予測するために
は, 薄肉部の曲げ変形を表現することが重要であることを明らかにした. ま
た 1) 熱 解 析 で 厚 肉 部 と 薄 肉 部 の 温 度 差 の 最 大 値 を よ り 精 度 良 く 予 測 す る .
2) 片 状 黒 鉛 鋳 鉄 の 構 成 式 と し て 弾 塑 性 モ デ ル を 用 い る . 3) 弾 塑 性 モ デ ル に
用 い る 高 温 力 学 特 性 値 は 高 温 引 張 試 験 よ り 取 得 す る . 4) 鋳 物 の 解 析 モ デ ル 化
は曲げ変形を原理的に表現可能な要素で行なう. 以上の条件を満たした熱応
力解析によって, より高精度で信頼性が高い残留応力予測が可能となること
を示した.
第 4 章では, 冷却中の砂型鋳物に生じる砂型反力と反力を受ける鋳物の収
縮 量 を 鋳 物 の 温 度 に 対 し て 連 続 的 に 取 得 可 能 な 装 置 の 開 発 を 行 な っ た .装 置
は, フランジ付き鋳物の一方の端を拘束し, 砂型反力を測定する部分と, 石
英棒を鋳ぐるみ, 石英棒の変位を測定する事により鋳物の収縮量を測る部分
からなる. 装置の性能確認実験より, 装置が実際に冷却時の鋳物に生じる砂
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型反力と反力を受ける鋳物の収縮量を鋳物温度の変化に対して連続的に測定
可能なことを明らかかにした. 更に, 砂型反力を受ける鋳物と, 砂型反力を
受けない鋳物の収縮量を比較する事により, 砂型反力によって鋳物に生じる
永久変形量も測定出来る事を示した.
第 5 章では, 第 4 章で開発した装置を用いて, 冷却中の鋳物に生じる砂型
反力に対する砂型の種類や鋳物形状の影響を検討した. 砂型の種類の影響を
検討するために, 比較的圧縮強度が大きいフラン有機自硬性砂型と, 比較的
強度が小さい手込めの生砂型を用いた. また鋳物形状の影響はフランジ面積
を変量することにより検討を実施した.
その結果, フラン有機自硬性砂型では, フランジ面積が大きくなると, 最
終的に鋳物に生じる砂型反力も大きくなる事を明らかにした. また, 砂型反
力によって鋳物に生じる永久変形は, あるフランジ面積以上では飽和する事
を明らかにした. 一方, 生砂型の場合, フランジ面積が大きくなると最終的
に生じる砂型反力も大きくなるが, その絶対値は, 最大でもフラン有機自硬
性 砂 型 の 10 %程 度 で あ っ た . こ の 結 果 か ら , フ ラ ン 有 機 自 硬 性 砂 型 は 鋳 物 に
生じる残留応力に影響を及ぼす, または発生原因となる可能性が有り, 熱応
力解析において考慮すべきであることを示した. 一方, 手込めした生砂型の
場合は, 砂型反力は生じるものの, 本論文で検討した範囲では永久変形は生
じなかった. よって, 生砂型の存在はフラン有機自硬性と比較すると鋳物の
残留応力に影響を及ぼさないことを示唆した.
第 6 章では, 第 3 章から第 5 章までで得られた知見を総括し, 本論の有用
性について述べ, 本論文が熱応力解析による鋳物の残留応力予測技術に貢献
することを述べている.
以 上 , 本 論 文 は , FEM を 用 い た 熱 応 力 解 析 に よ る 自 拘 束 鋳 物 の 残 留 応 力 予
測において, 従来より高精度かつ信頼性のある解析手法を提案したものであ
る. また, 残留応力及び変形の予測精度に影響を及ぼすと考えられる砂型と
鋳物との冷却中の力学的相互作用を測定可能な装置の開発を行い, 世界に先
駆けて冷却中の鋳物に生じる砂型反力とそれによって生じる永久変形量につ
いて知見を得たものである. 今後, 砂型の力学モデルや, 力学特性値の検証
に 貢 献 す る 事 が 期 待 さ れ る . よ っ て , 博 士 (工 学 )の 学 位 論 文 と 認 め る .
2013 年 2 月
審査員
(主 査 )
博 士 (工 学 ) (早 稲 田 大 学 )
早稲田大学教授
吉田
誠
早稲田大学客員教授
工学博士
(早 稲 田 大 学 )
神戸洋史
産業技術総合研究所
博 士 (工 学 ) (東 京 大 学 )
岡根利光
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