東京港の変遷 - 国土交通省・関東地方整備局:港湾空港部

東京港の変遷
東京港
古代・中世
東京港は、
江戸時代から沖合に向かって拡大し続けてきました。
特に、
高度成長期には大規模な埋立が実施され、港は拡張し、大きく変貌を遂げました。
江戸初期∼江戸末期 寛永年間
(1624∼1644)
以降、
隅田川河
口 小島 徐々 埋 立
、
越中島地
域 形成
。
火災 瓦礫 処分
、
現在 江東区東陽
海面 埋
立
、
新
土地 開発
。
幕末
品川台場 建設
。
湊 成 立
江戸城築城
江戸
変遷
鈴木理生『江戸 川・東京 川』、
日本放送出版協会、1978.3
作成。
江戸末期∼明治末期 東京港 水深 確保
行
。 工事
、佃島、月島、勝
。
、浚渫工事
発生
土砂
埋 立
江戸期最初
明治末期∼戦後
隅田川河口 航路浚渫
土砂 、月
島、芝海岸通 、芝浦一帯 埋立 行
。明治33年(1900)4月
、
処
理 東京市 統一
行
、江
東区塩浜、枝川 埋立地
。大正
12年(1923) 関東大震災 瓦礫処理
江東区豊洲
埋 立
。京
浜運河 開削 伴 羽田空港地先 埋立
昭和14年(1939) 始
、第二
次世界大戦 中断
。
戦後、GHQ 東京港 埠頭全域
臨
港地域 大部分 接収
、埋立事
業 中断
。
高度経済成長期
東京港修築工事
、豊洲埠頭 品
川埠頭 造成
、晴海埠頭 拡張
。東京都 人口、産業
集中化 伴
住宅、環境、廃棄物処理 対処
、江東区辰巳、東雲、有明、台場 埋立
行
。
、東京港 物流機能
拡張
、大井
埠頭・青海
埠頭 造成
。 処分場
、江東区潮見、夢 島 造成
。
東京港拡張 変遷
足立区立郷土博物館
『隅田川流域 古代・中世世界』、
2001,
内藤昌
『江戸 江戸城』、鹿島出版会、1992,東京
港開港50周年記念事業実行委員会『東京港
・今日・
』、1991,
東京都港湾局
『東京港史第2巻資料』、
1994,東京都港湾局港湾経営部振興課(監)
『東京港
』、
(社)
東京都港湾振興協会、2005.10,大日
本帝国陸地測量部、
1:20000 地形図東京近傍「洲崎」
「
東京南部」
「大森」
「川崎」
、
明治42年測量,航空写真(昭和
35年、昭和41年、
昭和45年、昭和55年、平成2年、平成5
年、平成16年) 作成。
中世 中世
、
現在 中央区・江東区 大半
海 、
日比谷周辺 日比谷入江 呼
海
。
日比谷
地名 、 海苔
養殖
使 木 枝 「
」 由
来
。
中世∼江戸初期
徳川家康 、
江戸 入
日比谷入
江 埋 立
。 後 、
神田山 切 崩
、
日本橋浜町
新橋
埋立 行
。
江東方面 埋立 、
慶長元年
(1596)
始
。
高度成長期後∼昭和末期
昭和46年(1971)以降 、江東区若洲、
中央防波堤内側、羽田沖、中央防波堤外
側
処理場
埋 立
。都
市部
発生
土砂類 東京港 浚渫
工事
発生
土砂 埋立地 埋立材
盛土材
活用
。
平成元年(1989)∼現在
羽田沖埋立地 西側 埋 立
、国
際空港
利用
。
中央防波
堤外側廃棄物処理場 東側 埋 立
。新海面処分場 最後
処理場
。
水路工事
( 1 5 9 0 ∼ 1 5 9 2 )旧 石 神 井 川 河 口
、道 三 堀・小 名 木 川 開 削
東京港 発祥
塩 地・行 徳
古代
中世
江戸湾 注 河口 生
朝日新聞社
『日本 歴史72』
、
1989
作成。
石
浜湊 東 京 港
。現在
距離
浅草寺
起源
観音像
、浅 草
待乳山
海
近
石浜湊
。
位置
近
、現 在
品川湊 一 方 、品 川 湊
、小 舟
遠浅
使
要衝
隅田川右岸
、
石浜湊
目黒 川 河 口
、大
屋敷
構
、日比 谷
日比 谷 入 江
江
注
。
、江 戸 氏
現在
平 川( 現 在
。
入江
、江 戸 氏
名乗
皇居近
、
14世紀後半
扇谷上杉家
2年( 1 4 5 6 )
江戸城
築城
。
深
。
日比 谷 入 江 埋 立
台東区橋場町付
港湾
湊
。
発展
沖
櫛形
( 1 5 9 3 ∼ 1 6 1 4 )日比 谷 入 江
、江 戸 前 島
比谷入江
埋立地
東岸
運河
埠頭建設
埋
立
、江 戸 湊
始
。
材木町
整備
▼
櫛形
中心
埠頭
造
日本 橋
、日
。
停泊
海上交通
海
。
武家
江戸館
入
秩
大
込
江戸湊
次第
、関 東 管 領 家
埋立地
、入
中央区
取
扇谷上杉家
任
康正
江戸館跡
拡大
( 1 6 1 5 ∼ 1 6 2 9 )材 木 町
衰
家 宰( 家 老 ) 太 田 道 灌
長 禄 元 年( 1 4 5 7 )
漁師
伝説
伊勢̶品川間
秩父
台地
日本 橋 川 )河 口
室 町 時 代( 1 5 世 紀 )
命
臨
製
、浅 草
活躍
太田道灌 築城 江戸湊 1 2 世 紀
父重継
入
浅草洲
船
、中 世
、伊 勢 商 人
舟
。関 東 最 大
。
河口
、
。品 川 湊
栄
確保
江戸城直下
計 画 、実 施
始
、東 京 港
。
、操 船
荷役
、商 業 地
上交通
石浜湊
隅田川
分
小丘
。鎌 倉 時 代
入江
遡
浅草辺
。
河口
、浅 草
隅田川
直送
▼
祀
望
江戸
湊。
、推 古 3 6 年( 6 2 8 )、隅 田 川 沿 岸
、隅 田 川
目標
浅草
、古 代
。
海
歴史
三
、塩
支
囲
道灌
東部地区
。
江戸城
付近) 賑
商品
城下
賑
交易
繁栄
対岸
埋立地
、舟 運
基地
埋 立 地 、霊 岸 島
激増
、
河岸
形成。
築城
、米
魚 、薬
伴
、南
行
運河
地域
、現 在
江戸経済
、
江戸湊(現在
日常 生 活
品川
。
。江 戸 築 城
東
浅草
常磐橋
必要
江戸