蓄電池の現状と将来

解説
蓄電池の現状と将来:
12V鉛フリーバッテリーの蓋然性
大阪市立大学大学院 工学研究科 教授 小槻 勉
スピネル類縁のインサーション材料の組み合わ
14.
8 V(標準 14.
4 V)、放電終止電圧は、5 時間率
せからなるイオン蓄電池を直列接続することに
で 10.
2 V、短時間の高電流放電では 7.
2 Vなど、
よって 12 V蓄電池を構成し、近年の世界的な「環
となっている。この鉛蓄電池は、起電反応の特徴
境」
「エネルギー」の大きな流れの中で特にチタ
から電解液量が多い。このため通常の鉛蓄電池の
ンとマンガンを主成分とするインサーション材料
エネルギー密度は、30 Wh kg-1 程度である。一方、
を用いた 12 V鉛フリーバッテリーの蓋然性につ
リチウムイオン蓄電池は、両極にリチウムイン
いて述べる。
サーション材料を用いるため電解液は必要最少量
1. はじめに
で良く、電極構成を工夫することによってゼロボ
蓄電池といえばやはり何といっても鉛蓄電池で
ルトまでの完全放電も可能である、などの特長を
ある。この鉛蓄電池は、長い歴史を誇る二次電池
備えている。しかし、現行の層状化合物の組み合
で、特に 12 V鉛蓄電池は自動車の起動用および
わせからなる 3.
7 Vリチウムイオン蓄電池で 12 V
無停電システムなどの据置用蓄電池として広く用
構成とすることは難しい。3 セルを直列にした場
いられている。この鉛蓄電池の起電反応は、リチ
合、単セル当たりの充電電圧は、14.
4/3 = 4.8 V
ウムイオン蓄電池と異なり複雑で、水溶液系電池
となり、これは過充電状態である。4 セル直列に
の中で最も高い起電力を持っている。一方、リチ
した場合、14.4/4 = 3.
6 Vとなり、この電圧で
ウムイオン蓄電池の起電反応は、水溶液系電池に
は充電することができない。したがって、現行
比べて単純で、インサーション材料を組み合わせ
の 3.7 Vリチウムイオン蓄電池と本稿で述べる電
ることによって種々の作動電圧とすることができ
池系とが競合することはない。
る。今までに多くの材料が検討され、個性豊かな
インサーション材料が報告されている
1-3)
一方、現行の 12 V鉛蓄電池は、常に充電状態
。特にチ
に保たれ自動車の起動時のように短時間で大電流
タン、マンガンを主成分とするインサーション材
を放出する用途や常に満充電状態で待機し、非常
料は、電池材料として魅力的である。しかし、従
時にのみ放電する据置用電源としての適性に優れ
来のエネルギー密度のみを電池評価の尺度とした
ている。これらは、硫酸水溶液の特長と鉛の電気
場合には、活躍の場を見出すことは難しい。そこ
化学の特徴を巧く利用して鉛蓄電池の適性を巧く
で、このイオン蓄電池の作動原理とインサーショ
発揮させたものと云うことができる。しかし、こ
ン材料の特長を生かした12V鉛フリーバッテリー
の 12 V鉛蓄電池は、その起電反応の特徴から深
3-8)
い充放電深度の繰り返しが苦手で、例えば電気自
2. 概念設計および材料選択
動車用、ロードレベリング用、ソーラーホーム用
の可能性について述べる
。
鉛蓄電池は、1859 年に発明され、電話(通信)
蓄電池としての適性に優れているとは言い難い。
用電源、自動車の起動用電源として用いられ現在
そこで 12 V鉛フリーバッテリーの概念設計に際
に至っている。この長い歴史の中で 12 V(24 V、
して、現行の 12 V鉛蓄電池を補完する機能と用
36 V)鉛蓄電池を電源とする周辺機器が整備され
途に焦点を絞り、(1)10 年以上の使用が見込める
ている。この 12 V鉛蓄電池の充電電圧は、最高
こと、(2)現行の 12 V鉛蓄電池と同じ充電終止電
試薬会誌 Vol.35 October.2011
17
圧、放電終止電圧で安定に作動すること、(3)8
負極材料としてリチウム・チタン酸化物 Li [Li1/3Ti5/3] O4
時間充電―8 時間放電サイクルで 3600 サイクル後
(LTO)9,10) を選んだ。この材料は、無歪インサーショ
に初期充放電容量の 70%以上の容量が維持され
ン材料と云われる理想的な電池機能材料で、従来
ること、
(4)現行の 12 V鉛蓄電池のエネルギー密
にない長寿命な電池を視野に入れて選択したもの
-1
度 30Wh kg に比べて高エネルギー密度であるこ
である。正極材料には、多くのインサーション材
と、
(5)蓄電池を構成する全ての材料に 12 V鉛フ
料の中からリチウム・アルミニウム・マンガン酸
リーバッテリーが自立発展可能な程度の経済性が
化物 Li[Li0.1Al0.1Mn1.8]O4 (LAMO)11)、リチウム・ニッ
見込めること、などを目標および条件とした。特
ケル・マンガン酸化物 Li[Ni1/2Mn3/2]O412, 13)(LiNiMO)
にサイクル寿命の目標値から現在行っている一連
を選んだ。これらの作動電圧を図 1 に示す。LTO
の試みを「不老長寿の 12 V鉛フリーバッテリー」
とこれらの正極材料を組み合わせることによって
に関する基礎研究と呼んでいる
4-8)
。
この不老長寿の 12 V蓄電池を構成するための
2.5 および 3.1 Vのリチウムイオン蓄電池とするこ
とができることが分かる。図 2 に、これらの電池
【図1】種々のリチウム・遷移金属酸化物のリチウム電池中での充放電曲線:(a) リチウム・ニッケル・マ
ンガン酸化物、(b) リチウム・アルミニウム・マンガン酸化物、(c) リチウム・チタン酸化物
【図 2】インサーション材料の組み合わせからなる 12V蓄電池;(a) 第1世代 12V鉛フリーバッテリー、(b)
第 2 世代鉛フリーバッテリー
18
試薬会誌 Vol.35 October.2011
を直列に接続し 12 V蓄電池構成とした場合に予
不織布をセパレーターとして用いることが可能で
想される充放電曲線を示す。これらの充放電曲線
ある。また、現在までに高温、急速充電・放電、
は、各々の電極材料の基礎データを基に計算した
過充電、過放電などの過酷な条件下の試験でも正
ものである。LTO/LAMO 電池を 5 セル直列接続
極材料の LAMO および負極材料の LTO の構造が
したものと LTO/LiNiMO 電池を 4 セル直列接続
決定的に破壊されるなどインサーション材料に起
した 12 V蓄電池は、現行の 12 V電源に巧く適合
因する壊滅的な現象は認められていない。
していることがわかる。ここでは前者を第1世代、
図 3 に LTO/LAMO セルを室温でサイクル試験
後者を第 2 世代 12 V鉛フリーバッテリーと呼ぶ。
を行った結果の一例を示す。電池作動時の LTO
3. 第 1 世代 12 V鉛フリーバッテリー
負極と LAMO 正極の各々の電極電位をリチウム
第 1 世代 12 V蓄電池は、単電池 2.
5 Vの LTO/
金属補助電極でモニターし、その電位を電池の端
LAMO 電池を 5 セル直列接続したものである。
子電圧と共に示している。右の縦軸は、この単電
この電池の負極および正極集電体にアルミニウム
池を5セル直列にした時の電池の端子電圧である。
を用いることができるので電池の軽量化が可能
充電終止電圧 14.4 V、放電終止電圧 10.2 Vの範
で あ る 。ま た、 負 極 にリチウム金 属 負 極 基 準 で
囲で全ての電池容量が繰り返し充電・放電されて
1.
55 Vの作動電圧をもつ LTO を用いるので急速
いることが分かる。図より明らかに深い充放電深
充電時においてもリチウム金属が析出するリスク
度の 1250 サイクル後においても顕著な容量劣化、
がない。したがって、特殊な微孔性隔膜によって
分極上昇が認められないことから第 1 世代 12 V蓄
時として起こるリチウムデンドライト析出に起因
電池は 10 年使用 3600 サイクルが見込める電池系
する短絡を防ぐ必要はなく、種々の繊維からなる
であることが分かる。
【図 3】第 1 世代 12 V蓄電池用 LTO / LAMO セルの 3 電極法による室温充放電試験結果;(a)LTO / LAMO
セルの端子電圧、(b) リチウム補助電極基準で計った LAMO 正極の電極電位、(c) リチウム補助電
極基準で計った LTO 負極の電極電位
試薬会誌 Vol.35 October.2011
19
【図 4】第 1 世代 12 V蓄電池用 LTO/LAMO セルの室温パルス充放電曲線;電流条件 LAMO 1g 当たり 0.68
A、LTO 1g 当たり 1 A、5 秒間通電、25 秒間休止
図 4 にパルス充放電曲線を示す。12 V蓄電池の
はそれよりも 0.7V 高い 4.7V である。したがって、
用途の中には、短時間に高電流で充電・放電を繰
この正極を安定に作動させることが必要となる。
り返すものも少なくない。例えばアイドリングス
通常の方法では、LiNiMO 電極と電解液との反応
トップ車や電気自動車の加速・減速時などである。
が激しく充電末期の急激な電圧上昇を観測するこ
図より明らかに第 1 世代 12 V蓄電池は、広い範囲
とは難しい。そこで LiNiMO の合成法および電極
の充電深度で短時間の高入出力が可能であること
構造、セパレータ材質を種々検討し、LiNiMO 正
が分かる。更に 55℃での 3600 サイクル試験も既
極の完成度を上げることによって安定動作が可
に突破している 7)。
能となるように工夫した。図 5 および図 6 に室温
以上のように基礎研究の立場から種々検討した
で 2000 サイクル試験を行った単電池試験の結果
結果、LTO と LAMO の組み合わせからなる第 1
の一例を示す。室温試験では顕著な充放電容量の
世代 12 V蓄電池は初期目標を達成しうることが
減少や急激な分極上昇が認められないことが分か
分かった。
る。したがって、LTO と LiNiMO の組み合わせ
4. 第 2 世代 12 V鉛フリーバッテリー
からなる第 2 世代 12 V蓄電池も室温付近の動作環
第 2 世代 12 V蓄電池は、単電池 3.
1 Vの LTO/
20
境では初期目標を達成しうる電池系であることが
LiNiMO 電池を 4 セル直列接続することによって
分かる。
構成する。この電池の負極は、第 1 世代と同じ
5. 12 V鉛フリーバッテリーの蓋然性
LTO を用いるのでアルミニウム集電体の適用お
Li[Li1/3Ti5/3]O4(LTO)、Li[Li0.1Al0.1Mn1.8]O4(LAM
よび不織布セパレータの導入などは第 1 世代の場
O)、Li[Ni1/2Mn3/2]O4(LiNiMO) の理論容量は、各々
合と同じである。第 1 世代と第 2 世代の大きな違
175、148(LiMn2O4 の値)、147mAh g-1 である。こ
いは、正極の作動電圧である。第 1 世代の LAMO
の理論容量に対して実測充放電容量は、現時点
正極の作動電圧はリチウム金属基準で 4V である
で 各 々 最 大 170、105、135 mAh g-1 で あ る。 こ
のに対して、第 2 世代の LiNiMO 正極の作動電圧
れらの数値から 1 Ah の電気量を蓄電・発電す
試薬会誌 Vol.35 October.2011
【図 5】第 2 世代 12 V鉛フリーバッテリー用 LTO / LiNiMO セルの室温連続充放電サイクル試験結果;電流
条件 3.33 mA cm-2 (LiNiMO 1g 当たり 259 mA、LTO 1g 当たり 216 mA 相当 )
【図 6】第2世代鉛フリーバッテリー用 LTO / LiNiMO セルの室温充放電サイクル試験時の充放電容量の推移
るのに必要な活物質量を計算すると、LTO 5. 88
-1
-1
料は、0.2~0.4V 程度の分極で活物質 1g 当たり 1A
g Ah 、LAMO9.52 g Ah 、Li[Ni1/2Mn3/2 ]O4 7.41
前後の入出力が可能であることから高い入出力パ
g Ah-1 となる。したがって 12 V蓄電池を構成し
ワー密度を期待できるものと考えている 14)。また、
た場合に 1Ah の容量を確保するのに必要な活物
12 V鉛フリーバッテリーが実現したものと仮定
質 量 は、LTO/LAMO(5 直 列:12V − 1Ah)の
して、そのエネルギー密度は、第 1 世代 12 V蓄電
-1
場合 77 g(エネルギー密度 155 Wh kg )
、LTO/
池で 70~100Wh kg-1、第 2 世代 12 V蓄電池で 120
Li[Ni1/2Mn3/2]O(4
直 列:12V − 1Ah)の 場 合 53
4
~160Wh kg-1 を期待しており、現行の 12 V鉛蓄
g( エネルギー密度 225 Wh kg-1) と見積もることが
電池の 30Wh kg-1 に比べて 2~5 倍の高エネルギー
できる。一方、出力
(密度)
を見積もることはエネ
密度化が達成できるものと考えている。
ルギー密度に比べて難しい。しかし、これらの材
試薬会誌 Vol.35 October.2011
21
6. おわりに
本稿では、インサーション材料の組み合わせか
lithium-ion batteries, J. Power Sources, 174,
らなる 12 V鉛フリーバッテリー構想について述
449-456(2007) and references cited therein.
べた。12(24,36)
V電源の主な用途は、自動車の
4.T. Ohzuku and K. Ariyoshi: Lead-free
起動用、携帯基地局などの無停電システム、従来
accumulators for renewable and clean
の公共施設、ビルに設置される据え置き用に加え
energy technologies, Chemistry Letters, 35,
て off-grid 地域に設置されている太陽光・風力発
848-849(2006).
電の蓄電装置である。高温試験が必要な用途もあ
5.K. Ariyoshi and T. Ohzuku: Conceptual
れば、低温試験が必要な用途もあり、気温変動も
design on twelve-volt lead-free accumulators
少なく静置された状態での用途も多い。現時点で
for automobile and stationary applications, J.
は経済性を含めてその規模の大きさからくる不
Power Sources, 174, 1258-1262(2007).
確定性などから実現性については殆んど未知であ
6.M. Imazaki, K. Ariyoshi, and T. Ohzuku,
る。従来の新しい電池は、
新しい用途を生み出し、
An approach to 12V“lead-free”batteries:
その電池応用商品と共に大きく発展してきた。例
Tolerance toward overcharge of 2.5V battery
えばリチウム一次電池と全自動カメラ、リチウム
consisting of LTO and LAMO, J. Electrochem.
イオン蓄電池と携帯電話・ノート型パソコンなど
Soc., 156(10), A780-A786(2009).
である。しかし、12V蓄電池の場合には、既に潜
7.T. Ohzuku, M. Imazaki, N. Tsukamoto, and
在的な多くの用途がある。例えば 12V鉛蓄電池
K. Ariyoshi, An approach to 12V“lead-free”
では巧く定着しなかった電気自動車、長期間にわ
batteries: The high-temperature 3600-cylce
たって充放電を繰り返すソーラーホームおよび家
examinations on the 2.5V battery consisting
庭用蓄電システムなどである。これらへの用途に
of LTO and LAMO, Chemistry Letters, 38,
12 V鉛フリーバッテリーは適性を示すことから
1202-1203(2009).
今後の応用研究、更には
(商品・技術)
開発へと繋
がることを期待したい。
【参考文献】
1. T. Ohzuku and A. Ueda, Why transition
metal (di)oxides are the most attractive
8.M. Imazaki, L. Wang, T. Kawai, K. Ariyoshi,
and T. Ohzuku, Single cell examinations on
2.5V LTO/LAMO cells at –10, 25, and 55°
C for
the First-generation 12V Lead-free Batteries,
Electrochim. Acta, 56, 4576-4580(2011).
materials for batteries, Solid State Ionics,
9.T. Ohzuku, A. Ueda, and N. Yamamoto: Zero-
69(1-2), 201-211(1994) and references cited
strain insertion material of Li[Li1/3Ti5/3]O4 for
therein.
rechargeable lithium cells, J. Electrochem. Soc.,
2.T. Ohzuku, K. Ariyoshi, Y. Makimura, N.
142, 1431-1435(1995).
Yabuuchi, and K. Sawai, Materials strategy
10. K. Ariyoshi, R. Yamato, and T. Ohzuku:
for advanced lithium-ion (shuttlecock)
Zero-strain insertion mechanism of
batteries: lithium nickel manganese oxides
Li[Li 1/3 Ti 5/3 ]O 4 for advanced lithium-ion
with or without cobalt, Electrochemistry (Tokyo,
(shuttlecock) batteries, Electrochimica Acta, 51,
Japan), 73, 2-11(2005) and references cited
1125-1129(2005)
therein.
3.T. Ohzuku and R. Brodd, An overview of
22
positive-electrode materials for advanced
試薬会誌 Vol.35 October.2011
11. K. Ariyoshi, E. Iwata, M. Kuniyoshi, H.
Wakabayashi, and T. Ohzuku: Lithium
aluminum manganese oxide (LAMO) having
a spinel-framework structure for long-life
lithium-ion batteries, Electrochem. Solid State
Letters, 8, A557-A560(2006).
12.T. Ohzuku, K. Ariyoshi, and S. Yamamoto,
Synthesis and characterization of
L i [ Ni 1/2 Mn 3/2 ]O 4 by two-step solid state
reaction, J. Ceramic Society, Japan, 110,
501-505(2002).
13.K. Ariyoshi, Y. Iwakoshi, N. Nakayama, and
T. Ohzuku, Topotactic two-phase reactions
of Li[Ni 1/2 Mn 3/2 ]O 4 (P4 3 32) in nonaqueous
lithium cells, J. Electrochem. Soc., 151,
A296-303(2004).
14.T. Ohzuku, R. Yamato, T. Kawai, and
K. Ariyoshi, Steady-state polarization
measurements of lithium insertion electrodes
for high-power lithium-ion batteries, J. Solid
State Electrochemistry, 12, 979-985(2008).
試薬会誌 Vol.35 October.2011
23