小児耳 2011; 32(3): 415420 原 著 睡眠ポリグラフ(PSG)にて中枢性睡眠時無呼吸 症候群と判明した女児症例 ―PSG を行うべき症例とは― 加 藤 久 美1),曾 田 史 織1),小林純美江1),八 木 朝 子1) 渡 邊 統 星2),飯 村 慈 朗2),千葉伸太郎3,4),太 田 史 一2) 1) 太田睡眠科学センター 2) 太田総合病院耳鼻咽喉科 3) スタンフォード大学医学部睡眠生体リズム研究所 4) 東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室 いびきを主訴に受診し,終夜睡眠ポリグラフ(PSG)にて中枢性睡眠時無呼吸症候群と判 明した 2 症例を経験した。症例 1 は10歳女児。アデノイド増殖・口蓋扁桃肥大を認め,簡易 モニタにて無呼吸の頻発,入眠直後 1 時間に渡る酸素飽和度の断続的な低下を認め,経過途 中より頭痛の訴えが出現した。症例 2 は11歳女児。4 歳時にアデノイド・口蓋扁桃摘出術を 受けている。高度肥満ならびに多毛を認め,簡易モニタにて終夜にわたる頻脈,酸素飽和度 低下時の脈拍変動が少ない特徴を示した。両症例とも PSG にて中枢性睡眠時無呼吸症候群 と判明し,症例 1 は頭部 MRI にてキアリ奇形型と診断された。小児睡眠診療では初診時 に基礎疾患が明らかになっていない可能性があるため,身体所見や症状から基礎疾患が疑わ れる症例,簡易モニタにて非定型的なパターンを示す症例では,積極的に PSG を行うべき であると考えられる。 キーワード中枢性睡眠時無呼吸症候群,睡眠呼吸障害,終夜睡眠ポリグラフ,簡易モニ タ,キアリ奇形 性睡眠時無呼吸症候群の好発年である 3 歳から はじめに 6 歳 の 未 就 学 児 が 多 く , 6 歳 以 下 が 113 名 , 閉塞性睡眠時無呼吸症候群は他に疾患のない 66.5を占める(図 1a)。81にあたる138人 小児の 2に生じると睡眠関連疾患国際分類第 がいびき・無呼吸を主訴に受診し,睡眠関連疾 版1) に述べられており,決して稀な疾患では 患 の 中 で も 睡 眠 呼 吸 障 害 ( Sleep disordered ない。太田総合病院耳鼻咽喉科内に設置されて breathing : SDB)が大部分を占めている(図 1 いる睡眠障害センターならびに附属診療所太田 b)。2002年の米国小児科学会閉塞性睡眠時無 睡眠科学センターでは, 2009 年 11 月から 2011 呼吸症候群診療ガイドライン2) では,小児の 年 3 月に 15歳以下の初診 170名が受診し,閉塞 SDB 評価におけるゴールデンスタンダードは 2 太田睡眠科学センター(〒2100024 神奈川県川崎市川崎区日進町 1 サンスクエア川崎 7 号棟 2 階) ― 181 ― ( 415 ) 小児耳 2011; 32(3) 加藤久美 図 2009年11月から2011年 3 月に初診受診した15歳以下の170名 (a)年齢分布 (b)主訴分類 睡眠ポリグラフ( Polysomnography : PSG)と あまりに多く出現するため強く PSG 検査をす しているが,我が国では小児に PSG を実施で す め , 食 道 内 圧 測 定 も 実 施 し た 。 PSG の 結 きる施設は少ない。費用面,付き添いが困難, 果,覚醒睡眠移行期(図 3)ならびに REM に 早く手術治療を受けたい,子どもがセンサ装着 呼吸努力を伴わない中枢性無呼吸が繰り返し出 を嫌がるなどの理由で養育者自身が抵抗感を感 現,Total AHI 18.6/h,無呼吸は全て中枢性で じ,検査を希望しないことも多く,当センター あり(表 1)中枢性睡眠時無呼吸症候群と判明 における外来受診した小児全体の PSG 実施率 した。呼吸イベントは仰臥位に集中し,さら は 約 30 で あ る 。 い び き を 主 訴 に 受 診 し , に,中枢性無呼吸を呈さない時間帯においても PSG にて中枢性睡眠時無呼吸症候群であると 呼吸数 714/min と徐呼吸であった。心臓超音 判明した 2 症例より,どのような症例に PSG 波検査は異常を認めず,頭部 MRI (図 4 )に を実施すべきか考察した。 て小脳扁桃の大後頭孔からの 20.6 mm の脱出 症 症例 1 (成人での定義は 5 mm 以上),頭蓋頸椎移行部 例 延髄~頸髄の圧迫を認めキアリ奇形型と診 10 歳女児。 9 歳時にいびき・無呼吸 断,診断後 2 カ月時の冬休みに大後頭孔開放術 に気づかれ近医耳鼻咽喉科から紹介され受診。 を実施した。手術後,頭痛の訴えは消失したも 中耳炎に複数回罹患の既往があり,8 歳時まで のの,手術後半年後の簡易モニタでは無呼吸は 夜尿があったが,バレエを趣味とする健康な女 残存しているものと考えられ,術後 PSG を今 児である。日中の眠気の訴えはないが,寝起き 後行う方針としている。 が 悪 い 。 身 長 131.0 cm ( - 1.0 SD ) 体 重 31.3 症例 2 11 歳女児。 4 歳時にいびきのためア kg ( - 0.5 SD )。 常 時 開 口 し , ア デ ノ イ ド 増 デノイド・口蓋扁桃摘出術を受けたが, 10 歳 殖・口蓋扁桃肥大(Brodiski 分類度)を認め, 時にいびきが再発したために受診。手術歴以外 明らかな小顎は認めなかった。在宅での簡易モ の特記すべき既往歴はない。日中の眠気の訴え ニタ( LS 100 フクダ電子)にて無呼吸低呼 はないが,寝起きが悪く,朝に頭痛を訴えるこ 吸指数( AHI ) 76.3 / h であり,測定開始後 1 と が し ば し ば あ る 。 身 長 152.0 cm ( + 0.5 時間にわたり酸素飽和度が断続的に低下する本 SD ), 体 重 75 kg , Body Mass Index ( BMI ) 児に特徴的な所見を認めた(図 2 a )。経過途 32.5 kg / m2 と高度の肥満であり,明らかな中 中より慢性的な頭痛が出現し,呼吸イベントが 心性肥満や buŠalo hump は認めなかった。肥 ( 416 ) ― 182 ― 中枢性無呼吸症候群の 2 症例 小児耳 2011; 32(3) 図 簡易モニタ P-‰ow鼻圧センサ SpO2酸素飽和度 PR脈拍 Snoreいびき音 (a)症例 1 矢印部入眠直後約 1 時間にわたり酸素飽和度が断続的に低下 ( b)症例 2 酸素飽和度と脈拍のトレンドの一部を表示 矢印部酸素飽和度の低下に脈拍の上昇 を伴わない 図 症例 1 の睡眠ポリグラフ 60秒表示 入眠30秒後 Stage 2, Stage 1 仰臥位 呼吸努力(胸部,腹部運動,食道内圧の陰圧)を伴わない中枢性無呼吸(central apnea : CA)が繰り返し出現 F3A2, F4A1, C3A2, C4A1, O1A2, O2A1 脳波 L, REOG 左右眼電図 ECG 心電図 Snore いびき音 L, RLEG左右前脛骨筋電図 P-‰ow鼻圧 T-‰ow気流(温度センサ) Chest胸運動 abdomen腹運 動 Position体位 SpO2酸素飽和度 Pes食道内圧 ― 183 ― ( 417 ) 小児耳 2011; 32(3) 表 加藤久美 PSG を強くすすめた。食道内圧測定を試みた PSG パラメータ 症例 1 症例 2 が,本人の強い拒否により実施できなかった。 18.6 26.6 PSG では覚醒睡眠移行期に呼吸努力を伴わな 中枢性無呼吸(回) 120 74 い 中 枢 性 無 呼 吸 が 出 現 し ( 図 5 ), 脳 波 上 閉塞性無呼吸(回) 0 0 低呼吸(回) 3 19 NREM の AHI(/h) REM の AHI(/h) 20.3 28.5 混入を認めたが,明らかな夜間てんかん発作は 12.3 14.5 観察されなかった。Total AHI 26.6/h(表 1) 仰臥位の AHI(/h) 24.8 36.3 にて中枢性睡眠時無呼吸と診断した。頭部画 3酸素飽和度低下指数(/h) 平均酸素飽和度() 15.3 8.1 97.0 96.0 最低酸素飽和度() 87.0 81.0 0.5 8.1 無呼吸低呼吸指数(AHI/h) 酸素飽和度90未満() C3A2, C4A1 中心に棘波の散発と全体に速波の 像,心機能評価,二次性肥満に対する精査をす すめたが,養育者は希望せず,その後も来院し ていない。 考 察 我が国においては,小児の SDB 評価に簡易 モニタが用いられることが多いが,現存する簡 易モニタの呼吸イベント(無呼吸・低呼吸)は 10 秒以上であり,成人の定義に沿って作られ たものである。小児の呼吸イベントの定義は成 人とは異なり 2 呼吸以上であるため3),成人用 の定義では呼吸イベントを少なくカウントする 可能性が高い。また,小児では装着を嫌がり外 してしまう,寝返りで外れる,鼻閉のため口呼 吸となるなど鼻圧センサのデータが確実に得ら れない場合が多い。また,パルスオキシメータ も体動やセンサが浮くなどし,アーチファクト 図 症例 1 の頭部 MRI T1 強調矢状断像 小脳扁桃が下垂し大後頭孔から脱出,頭蓋頸椎移行部延 髄~頸髄(C1 レベル)の圧迫を認める により一見低い値を示す場合がある。これらの 理由より,小児の SDB を正確に評価すること は難しいことを念頭に置いて,簡易モニタを使 用しなければならない。症例 1, 2 に共通し, 満は 9 歳時から急激に進行したとのことであ 入眠直後に呼吸イベントが続いた点が特徴的で り,肥満の家族歴はない。明らかな小顎やアデ あった。中枢性無呼吸は呼吸調節が不安定とな ノイド再増殖はないが,全身の多毛を認めた。 るため覚醒睡眠移行期に出現しやすく1) ,一 学業成績は不良,診察時や検査時には完全な緘 方,小児 OSAS では REM 睡眠時に上気道狭 黙状態であり,発達面または精神面の問題が示 窄が生じやすく1) , REM サイクルに合致して 唆 さ れ た 。 ま た , Cushing 症 候 群 , Prader- 酸素飽和度の断続的な低下を認めることが多 Willi 症候群,多胞性卵巣症候群等の二次性 い 。 症 例 1, 2 で は 簡 易 モ ニ タ に お い て 小 児 肥満の可能性も示唆された。在宅での簡易モニ OSAS に見られる定型的なパターンとは異なる タ(SAS2100日本光電)にて AHI 7.0/h で 所見が得られた。 あったが,入眠直後に呼吸イベントが頻発し, 症例 1 は頭痛以外の神経学的所見を認めなか 酸素飽和度低下に脈拍数上昇を伴わず,睡眠時 ったが,中枢性無呼吸よりキアリ奇形と診断し 脈拍が100/min 以上と特徴的であり(図 2b), 得た。キアリ奇形は中枢性無呼吸において重要 ( 418 ) ― 184 ― 小児耳 2011; 32(3) 中枢性無呼吸症候群の 2 症例 図 症例 1 の睡眠ポリグラフ 60秒表示 中途覚醒後の再入眠90秒後 Stage 1 仰臥位 呼吸努力(胸部,腹部運動)を伴わない中枢性無呼吸(CA)が繰り返し出現 な鑑別疾患であり4),SDB をきっかけにキアリ 奇形が発見され,減圧術後に SDB が改善した 小児例の報告が散見される5,6) 。症例 1 は中枢 性無呼吸だけでなく徐呼吸をも呈しており,徐 呼吸と呈したキアリ奇形の症例報告7)より,症 例 1 の中枢性無呼吸ならびに徐呼吸はキアリ奇 形の影響があるものと考えられる。大後頭孔開 放術に中枢性無呼吸ならびに徐呼吸が改善する か,今後の検討を要する。 基礎疾患があり,手術のリスク高い児に対し ては PSG を実施し,慎重に治療方針を決定す べきであると考えられる。しかし,初診の際の 基礎疾患が明らかになっていない可能性,発達 の遅れやけいれんの既往があっても,養育者が その情報を明らかにしない場合もあるため,診 察時の様子や身体所見より基礎疾患が疑われる 症例には PSG を行うべきであると考える。さ and coding manual. American Academy of Sleep Medicine, Westchester, Illinois; 2005: 5659. 2) Clinical practice guideline: diagnosis and management of childhood obstructive sleep apnea syndrome. Section on Pediatric Pulmonology, Subcommittee on Obstructive Sleep Apnea Syndrome. American Academy of Pediatrics. Pediatrics 2002; 109(4): 704 12. 3) Iber C: The AASM Manual for the Scoring of Sleep and Associated Events, Americans Academy of Sleep Medicine, Westchester, Illinois; 2007: 4549. 4) Gosalakkal JA: Sleep-disordered breathing in Chiari malformation type 1. Pediatr Neurol 2008; 39(3): 207 208. 5) Van den Broek MJ, Arbues AS, et al.: Chiari type I malformation causing central apnoeas in a 4-month-old boy. Eur J Paediatr Neurol 2009; 13(5): 463465. 6) Spence J, Pasterkamp H, McDonald PJ: Isolated central sleep apnea in type I Chiari malformation: improvement after surgery. Pediatr Pulmonol. 2010; 45 (11): 11411144. 7) Murray C, Seton C, Prelog K, et al.: Arnold Chiari type 1 malformation presenting with sleep disordered breathing in well children. Arch Dis Child. 2006; 91 (4): 342343. らに,簡易モニタ等のスクリーニング検査で重 症度が高い場合,小児に多い REM 依存ではな い非定型的なパターンを示す場合,積極的に PSG を行うべきであると思われた。 文 原稿受理 2011年11月17日 別刷請求先 〒 210 0024 神奈川県川崎市川崎区日進町 1 サンスクエア川崎 7 号棟 2 階 太田睡眠科学センター 献 加藤久美 1) American Academy of Sleep Medicine. International classiˆcation of sleep disorders, 2nd ed.: Diagnostic ― 185 ― ( 419 ) 小児耳 2011; 32(3) 加藤久美 Two girls with central sleep apnea syndrome diagnosed by polysomnography Kumi Kato-Nishimura1), Shiori Soda1), Sumie Kobayashi1), Tomoko Yagi1), Subaru Watanabe2), jiro Iimura2), Shintaro Chiba3,4), Fumikazu Ota2) 1) 2) 3) 4) Ota Memorial Sleep Center Department of Otorhinolaryngology, Ota General Hospital Sleep & Circadian Neurobiology, Stanford University School of Medicine Department of Otorhinolaryngology, Jikei University School of Medicine Polysomnography (PSG) is the gold standard for evaluating pediatric sleep disordered breathing. I report two pediatric cases diagnosed as central sleep apnea syndrome by PSG. Case 1 was a 10year-old girl with witnessed snoring and apnea. She occasionally complained of headaches. Tonsil hypertrophy and adenoid hypertrophy were conˆrmed. Home cardiorespiratory monitoring showed one-hour continuous intermittent oxygen desaturation after the onset of sleep. Case 2 was an 11year-old girl with recurrent snoring after an adenotonsillectomy at the age of four. She was obese and showed hypertrichosis. Home cardiorespiratory monitoring showed a high pulse rate and intermittent desaturation without a rising pulse rate. Obstructive sleep apnea syndrome was suspected in both cases, but PSG revealed that almost all respiratory events were central apnea. The total apnea hypopnea indices were 18.6/h in case 1 and 26.6/h in case 2. Because the cranial MRI indicated herniation of the cerebellar tonsils through the foramen magnum, Case 1 was diagnosed as a type I Chiari malformation. The parents of Case 2 refused further medical examination, and therefore the cause of the central apnea was unidentiˆed. At the Pediatric Sleep Related Disorders Clinic, medical conditions associated with sleep-disordered breathing are occasionally not recognized. We should perform PSG for pediatric cases with a suspicion of speciˆc medical condition and/or co-morbid disease. Moreover, in cases with atypical patterns in cardiorespiratory monitoring, careful examinations including PSG are required. Key words: central sleep apnea syndrome, sleep-disordered breathing, polysomnography (PSG), cardiorespiratory monitoring, Chiari malformation ( 420 ) ― 186 ―
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