ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた 富士通の取組み - Fujitsu

ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた
富士通の取組み
Fujitsu’s Approach to Expanding Fields of ICT Application
● 小林午郎 ● 新井浩治
あらまし
従来,ICTは主に人の仕事を代行することで業務の効率化を図り,コストを削減するた
めに活用されていた。しかし昨今,ICT活用への期待が変化しつつある。その背景には,
ビジネス環境の変化が挙げられる。市場競争の激化に加え,消費者ニーズの多様化や,
不透明な景気動向が重なり,新しいビジネスの創出は困難を極めている。こうした状況
の中,お客様からも,今までICTが扱ってこなかった分野や,ICTでは実現できないと思
われていた領域に関する相談が増えてきている。著者らは,
これらの課題に取り組みつつ,
次の社会のあるべき姿を模索するに当たり,実社会における人の活動やモノの動きから
生まれる
「データ」そのものと,データの利活用による新たな価値創造に着目した。富士
通が保有する総合的な技術力で,この膨大で多種多様なデータを分析・融合・活用し,人々
がより豊かに安心して暮らせる社会の実現を目指している。
本稿では,最近注目を集めるビッグデータを中心に,データ利活用によるICTの貢献分
野の拡大と,富士通の総合力,社会の期待と新領域への適用,今後の方向性について紹
介する。
Abstract
Conventionally, information and communications technology (ICT) has been mainly
used to reduce the amount of work that people need to do, improve operational
efficiency and reduce costs. Recently, however, expectations for new ways to utilize
ICT have arisen. In the background of this phenomenon are changes in the business
environment. Diversification of consumer needs and uncertain economic trends,
combined with intensified market competition, are making it extremely difficult to
create new businesses. Under these circumstances, an increasing number of customers
are seeking advice about fields in which ICT has not been applied or in which it was
thought impossible to utilize ICT. In the process of seeking the ideal future society while
addressing the issues described above, we have focused on the actual data generated
by people s activities and movements of objects in the real world and have worked to
create new value with such data. We aim to realize a society in which people can live
more affluently and safely by taking advantage of Fujitsu s comprehensive technical
ability to analyze, integrate and utilize this massive amount of various types of data.
This paper describes how to utilize data, mainly big data, which have been attracting
attention recently, to expand the fields to which ICT can make contributions. It also
presents Fujitsu s comprehensive ability, expectations from society, application of ICT
to new fields, and the future direction in which we should head.
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FUJITSU. 64, 1, p. 2-7(01, 2013)
ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み
本稿では,最近注目を集めるビッグデータを中
ま え が き
心に,データ利活用によるICTの貢献分野の拡大,
従来,ICTは主に人の仕事を代行することで作業・
業務の効率化を図り,コストを削減するために活
社会の期待と新領域への適用,今後の方向性につ
いて紹介する。
用されていた。しかし昨今,ICT活用への期待が
ICTの貢献分野の拡大に向けて
変化しつつあり,その背景には,ビジネス環境の
変化が挙げられる。近年,市場競争は国内のみな
数年前に遡るが,著者らの取組みの起点は,「コ
らずグローバルに激化している。各社の提供する
ンピュータが人々の暮らしに直接役立ったことが
サービス・製品がコモディティ化する中,業種や
今まであっただろうか?」という疑問であった。
部門を問わず,新しいビジネスを創出する必要性
携帯電話やパソコンが一般の生活に浸透してきた
が挙げられている。一方,消費者ニーズの多様化や,
とはいえ,富士通に限らずICT関連企業が提供す
不透明な景気動向が重なり,新しいビジネスの創
るコンピュータが長年支えてきたのは,情報シス
出は困難を極めている。
テム部門をはじめとするバックオフィスの作業で
こうした状況の中,近年お客様から,今までICT
あったという歴史がある。
が扱ってこなかった分野や,ICTでは実現できない
これに対して,著者らが目指すのは,
「人々の暮
と思われていた領域に関する相談が,富士通に持
らしに直接的に貢献するようなコンピュータ会社
ち込まれるようになった。
でありたい,より業務の現場に近いフロントシス
著者らは,これらの課題に取り組みつつ,次の
社会のあるべき姿を模索するに当たり,実社会に
おける人の活動やモノの動きから生まれる「デー
テムや生活に溶け込む社会システムを提供してい
(1)
きたい」というところにある。
お客様から持ち込まれた相談事項の例として,
タ」そのものと,データの利活用による新たな価
従来のICTとは縁遠い分野と思われていた健康・医
値創造に着目した。富士通が保有する総合的な技
療や食・農業分野の話を紹介する。
術力で,膨大で多種多様なデータを分析・融合・
富士通は長年,医療における電子カルテシステ
活用し,人々がより豊かに安心して暮らせる社会
ムや農業における販売・物流管理システムなど「情
の実現を目指している(図-1)。
報を管理する」システムを提供し,業務の効率化
リアルワールドとバーチャルワールドが密接に連携
リアル
ワールド
センシング
ナビゲーション
リアルワールドへのアクション
リアルワールドの写像
バーチャル
ワールド
大量データ収集
知恵
融合
富士通のクラウド基盤
図-1 データ活用のイメージ
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ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み
に寄与してきた。しかし,どれだけ効率的な管理
(2)
境が整いつつある。
が可能になっても,「病気にならないためにはどう
この結果,センサ,スマートフォンなどから発
すればよいか?」「おいしい野菜をたくさん作るに
信される多種多様なデータが,高頻度・リアルタ
はどうすればよいか?」など,本質的な課題には
イムに収集・蓄積できるようになった。大量に収集・
踏み込めなかった。しかし,最近では健康情報か
蓄積されたデータは,従来のように目的に合わせ
ら病気になる可能性を予測する取組みや,高品質
て収集されたデータに比べ,人や社会の実態をよ
な野菜を安定的に栽培・収穫できる支援サービス
り正確に映し出す写像を作ることができるデータ
の提供を開始しており(図-2),より社会に貢献で
になったと言える。
きるシステム作りこそが,ミッションであると考
えている。
例えば,以下に挙げるデータのように,人の行
動や感情,設備の使われ方の実態などを示すデー
このように,人々の暮らしに直接貢献するコン
タがそれに当たる。
ピュータの使われ方を模索する中で,生活やビジ
(1)ソーシャルメディアをはじめとする,近年新
ネスの実態を表すデータに着目し,データそのも
たに取得できるようになったテキスト・画像・動
のから新しい発想・着想を得られないかという考
画など,コンシューマが直接発信するデータ
えが出てきた。
(2)環境・施設・機器への設置が進むセンサなど
データに着目した背景
データに着目した背景には,技術の進歩がある。
飛躍的に進化したハードウェア,ソフトウェア,
から取得されるデータの中でも,主に正常系デー
タのように,今まで収集されていなかったデータ
や捨ててきたデータ
著者らは,このようにデータから新しい発想・
ネットワーク技術を背景に,世の中にあるセンサ
着想を得て,より良い製品やサービス,新しいビ
類やスマートフォン・携帯端末など,あらゆるモ
ジネスを創出し,現状打開を目指すことをミッショ
ノが手軽にネットワークにつながるようになった。
ンに,新しい取組みを実施している。
ネットワークを通してICTリソースを利用する仕組
みであるクラウド上にも各種サービスが拡充され
富士通の総合力を生かす
ており,ネット端末からネットワーク経由で,い
2011年頃から,これらの発想と非常に近い「ビッ
つでも・どこからでも,気軽にICTを利用できる環
グデータ」が世間の注目を集めた。ビッグデータ
健康・医療
電子カルテ・レセプト
健康情報分析サービス
販売管理・物流管理
栽培・収穫システム
食・農業
図-2 情報を管理するためのシステムから現場で活用するシステムへ
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ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み
は,前述の大量・多種多様・高頻度の三つが特徴
(5)データ活用基盤・モデル:データ蓄積・管理・
とされるが,著者らは,「データの持つ意味」に着
分析技術を実装した各種ミドルウェア,OSSノ
目し,データ同士を融合させることで価値を生み
ウハウ,シミュレーションなどに活用できるスー
出す点を重視している。そして,この「ビッグデー
パーコンピュータ,専門人材
タが企業競争力を生み出す源泉になるのではない
(6)アプリケーション:既存業務の効率化に寄与
か」という世の中の期待に先んじて取組みを始め
する各種アプリケーション
た富士通は,先進的なソリューションやテクノロ
このように,センシングの入口から,現場に役
(3)
ジーを創り出している。 これが可能になったのは,
立つアプリケーションに至るまでの技術を富士通
データ利活用による価値創造に必要な全ての技術
は保有している。加えて,あらゆる業種のお客様
を富士通が保有しているからにほかならない。
に対してシステムインテグレーションを行ってき
データ利活用に関連する主な技術と,それを活
たノウハウ,お客様とお客様とをコネクトできる
用したプロダクトやサービスの例を以下に示す
チャネルを持つのが富士通であり,これらを兼ね
(図-3)。
備えた「総合力」が,富士通ならではの強みと言
(1)センサ技術:機器に組み込まれるセンサや制御
えるだろう。
(2)情報端末技術:スマートフォン・携帯電話・ネッ
新領域への期待
ト端末などの各種ユビキタスプロダクト
(3)ネットワーク技術:ネットワークサービス,
M2MサービスのFENICSⅡ
こうした技術を生かしたデータ利活用への期待
として,代表的なものを挙げると,以下の三つが
(4)クラウド基盤:サーバ・ストレージなどの技
術をベースにシステムリソース環境を活用でき
るパブリッククラウドのFGCP/S5など
ある。
(1)新規ビジネスの創出
今までICTで処理できなかった,刻々と変化する
・アプリケーション
新領域
健康・美容
農業
エネルギーマネジメント
既存領域
電子カルテ
会計
生産管理
人材
・・・ (SE など)
・データ蓄積・管理・分析基盤
ミドルウェア
OSS
サーバ
・クラウド
・ネットワーク
スパコン
ストレージ
・・・
人材
★
・・・(キュレーター)
・・・
サービス)
FENICSII(M2Mサ
・ユビキタスプロダクト
・・・
・様々な機器
(センサ)
・・・
★:キュレーターの従来の意味は,博物館や美術館などで,施設が収集する資料に関する鑑定や研究,業務の管理監督を行
う専門職である学芸員を指すが,最近はデータ分析の専門家,分子生物学における分析の専門家も示すようになっている。
図-3 富士通の保有する技術・サービス
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ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み
大量データをリアルタイムに活用できれば,新し
いくだろう。このとき,肝心のデータに不足があっ
いビジネスを創出できる。
たら,どうすればよいか。特に,新しいビジネス
例:エネルギー需給の見える化と需給制御,位
を創出しようとしたとき,自社内から調達できる
置情報サービス,スマートハウス,スマートシティ
手持ちのデータだけでは足りず,異業種のデータ
への展開など
や,社会そのものから集めたデータが必要になる
ことは想像に難くない。
(2)マーケティング利用,商品やサービスの改善・
ビッグデータの活用を現実的に考えるとき,こ
開発
今まで捨ててきたセンシングデータや,SNSか
のようなデータの調達手段があるかどうかが重要
ら収集できる大量な非構造データを分析すること
となる。著者らは,データの不足がビジネス創出・
で,新たな知見獲得ができる。
拡大の妨げとならないよう,データの供給手段を
例:POU
(Point of Use)
データ利用による新商品・
用意している。
様々な企業や業界の持つデータを流通させてビ
サービスの開発,センサ情報利用による農業・畜
ジネスを活性化させる場,いわばデータのマーケッ
産支援サービス,健康情報サービスへの展開など
トプレイスとも言える場を用意し,広く活用して
(3)経営指標への貢献
いただく予定である。まずは富士通がデータを仕
データ処理の高速化により,業務サイクルを短
縮化することで,見込み生産の精度向上や,サー
入れて,品ぞろえを進めているが,将来的には,
ビスの品質向上が期待できる。
富士通のクラウド環境上にお客様データ同士を流
例:工場運営の効率化,機器の稼働情報からの
通させる仕組みを提供しようとしている。
故障予測と予防保守など
企業が収集・蓄積したデータは,その企業にとっ
て価値を持つ。しかし,実はほかの業界からもそ
今後の方向性
のデータの利用に対するニーズが高い。自社企業
より良い商品・サービスを生み出す試みや,新
のデータを継続的に収集・蓄積・活用するとともに,
しいビジネスの創出を検討するに当たり,データ
マーケットプレイス上に流通させることで,別の
を日ごろから蓄積・保持することは必須となって
業界のニーズに応えると,データそのものから収
お客様の業務領域
新領域
既存業務領域
業務データ
センシング
・健康に良い住宅
・栄養価の高い野菜
・SNS
・人の行動
動
・電
電力利用状
状況
・・・
・・・
新商品・新サービス
融合
企画
製造
販売
・・・
ビッグデータ
これまでの業務システム
データ活用基盤サービス(PaaS)
図-4 新しい領域へのアプローチ
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FUJITSU. 64, 1(01, 2013)
ICTの貢献分野・領域の拡大に向けた富士通の取組み
益を得ることも可能になる。自分の欲しいデータ
核としたビジネスの活性化に貢献する。これが富
は,マーケットプレイス上で入手し,新しいビジ
士通の基本姿勢であり,目標とする姿である。
ネスを広げていく。これを可能にするために,富
む す び
士通では,データ活用のための全ての技術を統合
した「データ活用基盤サービス」をクラウド型サー
ビスとして提供している。
富士通は,人々がより豊かに安心して暮らせる
社会「ヒューマンセントリック・インテリジェン
データの流通により,データを通じた新しい協
トソサエティ」をビジョンとして掲げている。デー
業の形が生まれ,業界内でも異業種同士でも,デー
タを核としたICTの新領域への貢献拡大は,そのビ
タ同士を掛け合わせることで,「データの上に新し
ジョンの実現に大きな役割を担うこととなる。
い産業が生まれる」世界が実現するのではないか。
現実世界のあらゆるモノにICTの仕掛けを溶け込
自社の既存業務領域において従来から行われて
ませることで,イノベーションを促進し,人に優
きたデータ活用に加え,異業種および社会そのも
しい豊かな社会の実現を目指していく。
のから集めたビッグデータを掛け合わせることで,
人や社会に喜ばれる新商品・新サービスを提供す
ることが可能になる(図-4)。
富士通は,データ同士の掛け合わせにより,何
が生み出せるのかというアイディアに精通し,お
客様同士のサービス創出を支援できるようになっ
ていかなければならないと考えている。
情報そのものに価値を見出し,そのデータ活用
を軸に業種と業種を結びつけ,「データの流通事業
参考文献
(1) 川妻庸男:ビッグデータ活用に見る「人と社会に
貢献するICT」のあり方.CIAJ JOURNAL ,Vol.52,
No.8,p.4-10(2012).
(2) 宮沢健太:富士通のクラウド・コンピューティング
の取組み.FUJITSU ,Vol.62,No.3,p.256-261(2011).
(3) 小 林 午 郎 ほ か: 大 量 デ ー タ 収 集 分 析 基 盤.
FUJITSU ,Vol.62,No.3,p.356-362(2011).
者(データサービスプロバイダ)」としてデータを
著者紹介
小林午郎(こばやし ごろう)
新井浩治(あらい こうじ)
コンバージェンスサービス本部戦略
企画統括部 所属
現在,新サービスの提供をミッション
とする新規ビジネス企画に従事。
コンバージェンスサービス本部サービス
インテグレーション統括部 所属
現在,コンバージェンスサービス実現
のための共通基盤および新しいサービ
スのシステム開発に従事。
FUJITSU. 64, 1(01, 2013)
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