企業における英語教育・ 英語能力評価のありかた 平井 通宏 技術士(情報工学) 英語教育コンサルタント 神奈川大学理学部非常勤講師 (有)平井ランゲージ・サービシズ取締役社長 http://www.hirai-language.com/ (c) Michihiro Hirai 2013 1 三つの視点 ユーザ 英語 学習者 教育者 2 目次 • 第1部: 企業で必要とされる英語のレベル • 第2部: 英語能力の評価尺度 • 第3部: 企業内英語教育のあり方 3 第1部 企業で必要とされる英語のレベル 4 言語活動とその基礎 表面に出る(測定できる)能力(スキル): 受信型(パッシブ)スキル: 読む(リーディング)、聞く(リスニング) 発信型(アクティブ)スキル: 話す(スピーキング)、書く(ライティング) 支える知識・能力: 文法・語彙(含表現法)・修辞・専門知識・文化 書 く 読 む 文 法 修 辞 話 す 聞 く 専 門 知 識 文 化 語 彙 5 英語を必要とする局面 - 大手電機メーカの場合 - 技術打合せ コレポン(Eメール等) ビジネス打合せ プレゼンテーション 契約(交渉、契約書) 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 「必要」と回答した割合 (%) 6 企業で必要とされる英語スキル 局面 % 語彙/ 文法 リーディング リスニング スピーキング ライティング 技術打合せ 82 ○ ○ ○ ◎ ∆ コレポン 80 ○ ◎ (*) (*) ◎ ビジネス打合せ 58 ○ ○ ○ ◎ ∆ プレゼンテーション 54 ○ ∆ ○ ◎ ○ 契約 49 ○ ◎ ○ ◎ ◎ 要求の程度: ∆:小; ○:中; ◎:大; (*):場合に依る 最も必要とされるスキル = 発信型スキル (スピーキング、ライティング) 7 向上を必要とするスキル (部課長から見て) - 大手電機メーカの場合 - その他 ライティング スピーキング 受信型のみ 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 「はい」の回答率 (%) 8 職務上必要となる英語スキル スキル 1位 2位 3位 4位 5位 電話 会議 交渉 プレゼン パーティー 71.3% 63.4% 49.9% 43.7% 27.3% E メール ビジネスレター 報告書 FAX 仕様書 90.8% 61.0% 52.6% 45.4% 44.5% E メール ビジネスレター 報告書 FAX 企画書 90.7% 47.0% 41.2% 37.6% 21.3% リスニング/ スピーキング リーディング ライティング 出典: 「企業が求める英語力調査報告書」(明海大学外国語学部大学院応用言語学研究科, 2008年3月) 9 外国人との職務上の議論での問題点 日本人ビジネスパーソンの 45% - 60% は、10回中5回 以上の頻度で、次のような問題を経験している • 英語力不足で討論についていくのに精一杯で、積極的に貢献 できない • 聞き役になり、話の筋道が相手のペースになってしまう • 相手の言うことに反論し、自分の論を進めることがあまりでき ない • 別の [外国] 人に同じ意見を言われ、タイミングを逸して不利な 立場に • 話す内容の広さと深さが乏しく、相手の信頼を得たか不安を覚 える 出典: 「企業が求める英語力調査報告書」(明海大学小池教授他、2008年) 10 最低限必要とされる英語能力レベル 国際企業として社員に必要とされる 最低限の英語能力レベル = CEF B2 (ALTE 3) -- 約7,000人のアンケートで、各スキルについて 40 – 54% の人 (職位によりばらつきあり)が 「CEF B2 レベルが必要」 と回答して いる。 CEF: Common European Framework for Languages ALTE: The Association of Language Testers in Europe 出典: 「企業が求める英語力調査報告書」 (明海大学外国語学部大学院応用言語学研究科, 2008年3月) 11 第2部 英語能力の評価尺度 12 2.1 評価尺度の特性 13 企業からみた英語能力評価尺度の要件 • 合目的性: 組織の目的・業務との整合 ・どのスキルが必要か(R(読), L(聴), S(話), W(書)) ・どのような英語が必要か(ドメイン: 一般、ビジネス、専門) • • • • • • 妥当性(validity): 本当の実力を正確に測定 信頼性(reliability): 点数の再現性/安定性 標準性/比較可能性(portability/comparability) 分解能(判別可能性): 差がでること 権威 利便性(場所、時間) 14 英語のドメイン(土俵) - 学校英語、一般英語、ビジネス英語、専門英語 医学 輸出入 技術 BULATS 法律 TOEIC® 学校 英検 一般/ビジネス英語 他の色 学校英語 専門英語 15 英語能力のプロファイル(スキル) GV 理想 W R 平均的英米人 平均的帰国子女 平均的日本人 S 凡例) GV: 文法・語彙 L R: リーディング L: リスニング S: スピーキング W: ライティング 16 代表的な試験のプロファイル GV 理想 新TOEIC(R) W R 新TOEIC S/W STEP BULATS S L BULATS S/W 凡例) GV: 文法・語彙 R: リーディング L: リスニング S: スピーキング W: ライティング 17 試験成績のプロファイル (能力プロファイル) x (試験プロファイル) = 成績プロファイル GV GV GV W R W R X S 真の能力 L S L 試験(尺度)の特性 = W R S L 見かけ上の「能力」 (報告される「能力」) 試験成績(報告される能力)は、試験(尺度)の特性(プロファイル)に大きく左右される 18 評価尺度が学習者に与える影響 評価尺度(試験) コース/学習プロファイル GV 試験 A R W L S R S L L GV GV W R S W R GV 試験 B GV GV W S 一定期間後の学習者の 能力プロファイル L W R S L W R S L 受信型試験偏重では、発信型スキルを備えた人材は育たない 19 - Clothes make the man. - 2.2 受信型スキルと発信型スキ ルの関係 20 相関係数 (C.C.) とは • 2つの数量間の相関の尺度 • とり得る値: –1.0 ~ +1.0 ・ +1.0: 最も強い(直接的)正の相関 (1 対 1 の相関) ・ 0: 全く無関係(相関なし) ・ –1.0: 最も強い(直接的) 負の相関 (1 対 1 の相関) C.C.= 1.0 C.C.= –1.0 C.C.≒ 0.7 C.C.≒ 0 C.C.≒ 0.7 C.C.≒ –0.9 C.C.≒ 0.9 21 ビジネススピーキング・スキルと TOEIC 点数 出典: 平井通宏, JALT Pan-SIG 2012 発表 TOEIC 800点以上の 56% は必要とされる国際レベルに到達しない 22 スピーキング・レベルの分布 - TOEIC ≥ 800 の集団- N = 702 No. of Test-takers 350 300 Mean = 2.86 250 200 150 100 50 0 0.0 0.3 0.7 1.0 1.3 1.7 2.0 2.3 2.7 3.0 3.3 3.7 4.0 4.3 4.7 5.0 5.3 Level Figure 2. Speaking Level Disrtribution (TOEIC ≧ 800) データ出典: 公益財団法人 日本英語検定協会 平均値: 2.86 標準偏差: 0.69 23 TOEIC 800点以上でも、ビジネススピーキング能力は相当広くばらつく ビジネスライティング・スキルと TOEIC 点数 出典: 平井通宏, JALT Pan-SIG 2012 発表 TOEIC 800点以上の 71% は必要とされる国際レベルに到達しない 24 英語上達の “くの字” 曲線 発信型スキル - 受信型スキルのみの学習をした場合 - 400 730 990 受信型スキル (例: TOEIC) • 中上級 ( TOEIC 700 ~ 800点程度)までは、受信型スキルにつれて発信型スキル もあ る程度向上する - 中級までは、文法・語彙の比重が大きい • 中上級を越えると、受信型スキルと発信型スキルの乖離が顕著になる。それなりの訓 練なしには発信型スキルは伸びない - 上級では、文法・語彙以外の要素が重要 受信型スキル: 文法・語彙、リーディング、リスニング 発信型スキル: スピーキング、ライティング 25 理想的英語上達曲線 発信型スキル - 発信型スキルに特化した学習を追加した場合 - 400 730 990 •中上級 ( TOEIC 700 ~ 800点程度)に達した後、発信型スキルの学習をし た場合は、それなりに発信型スキルも向上する 26 第3部 企業内英語教育のあり方 27 英語教育の T 定規 国際ビジネスでの戦力 (発信型スキル を具えたエリート) ・必要とされるスキル: 発信型スキル スピーキング (presentation, negotiation, debate, etc.) ライティング (letter, E-mail, report, proposal, etc.) ・必要とされるドメイン: 職務に対応するドメイン ビジネス英語、専門英語 TOEIC 730点前後 裾野: 国際ビジネスでの戦力 にはならない。予備軍。 (受信型スキル; 一般英語) 英語: 量が質をカバーできない世界 2級を100人そろえても、1級1人に敵わない 28 企業内英語教育の2軸性 • 横の努力(裾野の拡大) ・目的: ・裾野を拡げ、かつ、全体の水準を上げる ・戦力予備軍の養成 ・重点: 受信型スキル、一般英語 • 縦の努力(エリート養成) ・目的: ・組織の最高出力を増大させる ・国際ビジネスの実戦力を養成 ・重点: 発信型スキル、実務英語、専門英語 (ESP: English for Specific Purposes) ・対象者を絞る 29 横の努力(裾野の拡大) • • • • 事業所毎のオンサイト英語教室 [合宿研修所での研修] 教材の紹介/斡旋/提供 コースの紹介/斡旋/提供 ・通信コース ・WBT (e-learning) ・職場で実施するコース(定時間内/外) • 意識改革 ・昇格要件 ・英語検定受験キャンペーン ・奨励(特別報奨)金 30 縦の努力(エリート養成) • 合宿研修所での[中]上級研修 ・スピーキング・コース群 ・ライティング・コース群 ・幹部社員特訓 ・専門英語 (プレゼンテーション、ネゴシエーション、会議、契約書) • 専門英語コースの紹介/斡旋/提供 • 海外マネージメント・コース • 意識改革 ・昇格要件 • 海外留学/海外業務研修 • 教育奨励(補助/報奨)金 31 まとめ -実務に即した英語能力を多次元的に育てよ- • 実社会で「戦力」として要求されるのは、発信型スキ ル (= スピーキング + ライティング能力)である • 実社会での英語教育は、T 定規型の投資をすべし ・横軸: 裾野を広げ、高める努力: 一般英語、受信型スキル中心 ・縦軸: 戦力になるエリートを育てる努力: ビジネス/専門英語、発信型スキ ル中心 • 使用する評価尺度が、勉強、したがって能力向上の パターンを決める (Clothes make the man.) ・TOEIC (L/R) 一辺倒の英語評価/学習は有害(発信型人材が育たない) • 受信型スキル-発信型スキルの相関はかなり緩い ⇒ 受信型試験では発信型スキルを計測できない 32 参考文献 • 平井通宏「受信型スキルテストで仕事における発信型能力を測 れるか」 (BULATS通信 2012-2013 Special Issue, pp.2-3): http://www.hirai-language.com/ → 「事業内容」 → 「記事・寄稿・インタ ビュー」 • Hirai, M. (2012). “Correlations Between BULATS Speaking/Writing and TOEIC® Scores,” The 2012 Pan-SIG Proceedings, JALT (June 2012) (pp.118-125): http://www.pansig.org/2013/JALTPanSIG2013/Proceedings/The201 2Pan-SIGProceedings.pdf • 「企業が求める英語力調査報告書」 (明海大学外国語学部大学院応用言語学研究科, 2008年) (注) JALT: The Japan Association for Language Teaching (全国語学教育学会) 33
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