あなたが選ぶ暮らしの未来 第3部:バリアフリーを考える ❹ NEXT 初版発行:2 0 1 0 年 8 月 6 日 二〇〇四年 三月五日 バリアフリーの視点から街をチェックするグレートバリアフリー 探検隊。右端が米倉さん(別府市上人南) 障害者の立場で社会を見直そう 。車 「この段差は越えられない」 いすの須藤正和さん( )=大分 市=が顔をゆがめた。JR大分駅 前のバス乗り場で、大分空港行き の バ ス に 乗 ろ う と し た 時 だ。 プ ラットホーム状の乗り場までの高 さは約十五センチ。スロープはな い。ほかのバスからも運転手が降 りてきた。体重六二キロの須藤さ んは運転手たちに抱えられてバス へ。「 大 分 で は、 一 番 身 近 な 公 共 交通機関のバスに、一人では乗れ ない」と話 し た 。 須藤さんは昨年五月、東京から 同 市 に 移 り 住 ん だ。 セ ー リ ン グ (ヨット)でアトランタ(一九九六 年 )、 シ ド ニ ー( 二 〇 〇 〇 年 ) の 両パラリンピックに出場。アテネ (〇四年)の出場権も獲得してい る。 TOP に戻る 46 「脳性まひで両足が動かないが、 ヨットは上半身のスポーツ。障害 ◇ハートビル法 高齢者や身体障害者などに使いやすい建築物の整 備促進を目的に 1994 年に制定、2003 年に改正され た。2000 平方メートル以上のデパートやホテル、病 院など多くの人が利用する建築物の新築や大規模な 増改築の際に、バリアフリー化を義務付けている。 6 2 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. の有無にかかわらずに楽しめるのが魅力」と須藤さん。 台湾で生まれ、十二歳から六年間、別府発達医療センターで過ご した。東京都の建設会社に二十六年間勤めた後、障害者自立情報セ ンターの中村太郎理事長(大分市・中村病院長)と知り合ったのが 縁で同市のスポーツNPO理事長になった。 「大分の公共交通機関はバリアフリーの遅れが目につく。東京で は、江東区のヨットマリーナから宿舎のホテルまで電車の駅にはす べ て、 車 い す の ま ま ホ ー ム に 乗 降 で き る よ う エ レ ベ ー タ ー が あ っ た」。二月に上京した二日間、友人の車に乗るとき以外は車いすで の移動に人の手を借りることはなかった、と言う。 TOP に戻る 「バリアフリー物件ということで、 須藤さんは住宅にも苦労した。 三カ月かけてやっと探したマンションなんですけどね」と話す。 マンション九階のトイレのドアは車いすの幅ぎりぎり。内部は車 いすの向きを変える広さがない。 「正面から便座に腰掛け、ぐるっ と体の向きを変えるしかない。車いすにさえぎられドアが閉まらな い。バリアフリーの中身は床が平らで玄関フロアの幅が広いことぐ らい」。公共住宅を含め選択肢がもっとほしい、と考える。 )はそう考える日々が続いている。二十三歳の時、交通事故で 。別府市の 「バリアフリーの視点で街を、暮らしを見直したら…」 N P O 法 人「 自 立 支 援 セ ン タ ー お お い た 」 の 理 事 長、 米 倉 仁 さ ん ( はドアが重すぎる、車いすではうまく手が洗えない。障害者の立場 多いことか。〝障害者仕様〟になってはいるが、手の力がない人に は街のバリアチェックだ。「バリアーだらけの公共トイレがいかに どで障害者の自立支援を進めている米倉さんにとって、大切な活動 頸椎(けいつい)を損傷してから車いすの生活。カウンセリングな 42 3 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. で考えてないから、こんなことになる」 バリアフリーは建築物へのスロープ、自動ドアなどの整備が目的 のハートビル法により前進したとされている。 「法律はあっても問 題は運用の在り方。障害者や高齢者が加わってバリアフリーを考え、 実現するシステムが必要だ」と米倉さん。 二月中旬、米倉さんは「グレートバリアフリー探検隊」を組織し、 車いすで街をチェックした。別府市内を回った後、 「高齢者にもバ 日田支社・清田透、 リアフリーは欠かせない。誰もが暮らせる街に向かって〝探検〟を 続けますよ」と話した。 大分合同新聞 二〇〇四年 三月九日 経済部・田崎啓三、写真部・三橋孝夫 「 障 害 が あ る 人 の 立 場 で 町 や ものをつくっていくことが大切 ではないか」。 大分合同新聞とNHK大分放 送 局 の 共 同 企 画「 大 分 を 創 る 」 で、特集番組「バリアフリー~ 誰にとっても暮らしやすい社会 は~」の制作を担当した同放送 局の熊野律時ディレクターはこ TOP に戻る 連載担当 障害者の立場で町や物をつくろう 上 う話した。 バリアフリーについて対談する片岡名誉教授(右)とN HKの熊野ディレクター 番外編 4 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. 番組に出演した片岡正喜大分大名誉教授(都市計画)との対談で、 バリアフリーな暮らしを考えた。 (聞き手は大分合同新聞経済部・田崎啓三記者) 県内各地でバリアフリーの実情を共同取材した。感 想は? 熊野 いろんな障害がある人に出会い、 「障害者」と、ひ とくくりに考えていた自分に気が付いた。視覚障害者は白 杖(じょう)で点字ブロックを探すと思っていたが、弱視 の人は色で見分けて歩く。点字ブロックが黄色いことが大 事と知って驚いた。障害者用トイレも個々の障害によって は使いにくく、バリアーが解消していないと分かった。 片岡 われわれは障害者を画一的にとらえがちだが実際に は、一人ひとりが違う。車いすの人、視覚障害者と、暮ら しの中のバリアーはそれぞれに異なる。高齢者になれば、 誰でも手や足が不自由となる。誰もが暮らしやすい社会を バリアフリーは、進んではいなかったのだろうか。 考えることがバリアフリーにつながる。 熊野 車いすのためにスロープを造る、街頭に障害者用ト イレを設置するという具合に、見た目にはバリアフリー化 が格段に進んでいた。しかし、取材を通して、使う人(障 害者)の意見を聞いていないものが多いことがよく分かっ た。一定の基準を満たし、認定マークを張ったものがどん どんつくられているのはおかしい。 それは な ぜ だ ろ う ? 片岡 日本のバリアフリーにかかわる発想が国内で自然に TOP に戻る 5 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. 生まれたものではないことが背景にある。経済発展ととも に、日本を国際社会に認知してもらわなければ困る、それ では…と外国の考え方を画一的に〝輸入〟したところから、 日本のバリアフリーは始まっていると思う。だから、一定 の基準やマニュアルを設けて整備しても、それが実際の暮 らしに沿ったものとはなっていない。当事者である障害者 どうしたらいいのだろうか。 の意向を尊重してつくられていない。 と言う と ? 熊野 何よりもバリアーに直面している当事者の意見を聞 くことが必要だ。法律にも問題がある。 熊野 バリアフリーを目的としたハートビル法(高齢者、 身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進 に関する法律)は、整備基準自体があいまいだ。障害があ る人の暮らしに必要な施設として、建築物をどう整備する かを考えていない。どういう人が来て建物をどう利用する のかまで考えたものを、初めて認定するという基準が必用 だろう。実態と法律の間に距離がある。 片岡 例えば、ハートビル法では、床面積二千平方メート ル以上の建物の新築や増改築にバリアフリーを義務付けて いるが、大分では、この規模のビルが年間にどれだけ建て られるのか。さらに、ハートビル法は既存の建物を対象に していない。誰もが暮らせるバリアフリーには当事者であ る障害者の意見を取り入れ、地域の実情に合わせて運用で きるようにするなど、法的な整備が欠かせない。 TOP に戻る 6 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. 車社会見直し地域再建を 二〇〇四年 三月十日 別 府 市 の 亀 川 地 区 を 取材した。障害者が働く「太陽 の家」があり、障害がある人、ない人が共に暮らしていた。 片岡 障害者が町に出て行くことによってバリアフリーは 進む。太陽の家の創立から三十九年間、亀川地区は長い時 間をかけて、共に暮らす町をつくり上げたと思う。これか らも、亀川に住み続けたいと話す障害者が多いのは、自分 たち自身も町づくりに参加したという意識を持っているか と、 言 う と ? らではない だ ろ う か 。 片 岡 同じ道を歩き、同じ店で買い物をする暮らしの中か ら、障害がある人とない人のバリアーがなくなっていく。そ うすると、町に出る障害者が増え、道路など施設面でのバリ アー解消にも目が届くようになる。バリアフリーは地域住民 それぞれがつくり上げていくものだ。 都 市 部 に 比 べ、 中 山 間 地 は 道 路、 公共施設などの整備が遅れている。緒方 町越生地区の取材では、住民がバリアフ リーな暮らしを支えていると感じた。 片 岡 〝 見 守 り 関 係 〟 が あ っ た か ら だ と 思う。隣人がそれぞれを気遣い、不自由 があれば補い合うから、手や足が不自由 TOP に戻る 下 な一人暮らしの高齢者も暮らしていけ 誰もが暮らしやすい社会とは―障害がある人、ない人が共に働きながら考え るNPO自立支援センターおおいた=別府市亀川 番外編 7 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. る。施設整備をハードとすれば、ソフトと表現したらいい のか。バリアフリーの原点は〝心〟にある。 バリアフリーの視点で眺めると、新たな社会が見え てくると話 し て い た が 。 熊野 バリアーがないことを基準に町を整備していけば、 車いすでも、高齢者でも、視覚障害者や妊婦、けがした人 も不自由なく歩け、例えば歩道橋を上り下りせずに楽に行 き来できるようになるはずだ。バリアフリーの視点で建物 や施設を検証すれば、何を変えればいいのかが見えてくる。 誰にとっても暮らしやすい社会のためには、何が必 要なのか? 片岡 今の車社会を見直すというところに発想の原点があ る。日本は米国型の車社会をつくる中で、郊外に新しい住 宅地を造り、既存の町のコミュニティーを壊してきた。新 しい住宅地でも、コミュニティーづくりを放置し、買い物 も近隣の店舗がないから、車で出掛けなければならない状 態となってしまった。障害者や高齢者が行動できる範囲で、 購買なり生活なりができるようにコミュニティーづくりを 考 え 直 さ な け れ ば い け な い 時 代 に な っ て い る。 バ リ ア フ リーには、そこで暮らせる地域社会の存在が欠かせない。 熊野 町づくりや施設整備の計画段階から車いすにはこん なものが大事なんだ、という意見を盛り込んでいくことが 大切だ。誰もが暮らしやすい社会に向かって、バリアーを 感じている当事者の声をきちんと取り上げ、地域づくりを 進めるシス テ ム が 必 要 だ 。 TOP に戻る 8 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. 【大分を創る】第3部:バリアフリーを考える❹ p. ■オオイタデジタルブックとは 追加情報を受けながら逐次、改訂して充実発展を オオイタデジタルブックは、大分合同新聞社と 図っていきたいと願っています。情報があれば、 学校法人別府大学が、大分の文化振興の一助とな ぜひ NAN-NAN 事務局にお寄せください。 ることを願って立ち上げたインターネット活用プ NAN-NAN では、この「大分を創る」以外にも ロジェクト「NAN-NAN(なんなん)」の一環です。 デジタルブック等をホームページで公開していま NAN-NAN では、大分の文化と歴史を伝承して す。インターネットに接続のうえ下のボタンをク いくうえで重要な、さまざまな文書や資料をデジ リックすると、ホームページが立ち上がります。 タル化して公開します。そして、読者からの指摘・ まずは、クリック!!! 大分合同新聞社 別 府 大 学 デジタル版「大分を創る」 その 13 編集 大分合同新聞社 初出掲載媒体 大分合同新聞(2003 年 6 月 29 日~ 2005 年 11 月 5 日) 《デジタル版》 2010 年 8 月 6 日初版発行 編集 大分合同新聞社 制作 別府大学メディア教育・研究センター 地域連携部/川村研究室 発行 NAN-NAN 事務局 (〒 870-8605 大分市府内町 3-9-15 大分合同新聞社 企画調査部内) ⓒ 大分合同新聞社 TOP に戻る ●デジタル版「大分を創る」について 「大分を創る」は、大分合同新聞社が NHK 大分放 送局との共同企画として 2003 年 6 月から 2005 年 11 月まで、同紙に掲載した連載記事。今回、デジ タルブックとして再構成し、公開する。登場人物の 年齢をはじめ文中の記述内容は、新聞連載時のもの。 2010 年 5 月 14 日 NAN-NAN 事務局 9
© Copyright 2024 ExpyDoc