日本建築学会中国支部研究報告集 第35巻 263 平成24年3月 複半月テーパ充填ボルト接合法に関する基礎的研究 その2 載荷実験と支圧破壊の評価 正会員 同 高強度鋼, 支圧, ボルト接合 乾式組立て材, 載荷実験 はじめに 1. 充填ボルト1 玉井 宏章*1, ○同 尾川 勝彦*2 高松 隆夫*1 ワッシャー 建築構造で利用するための普及型高強度鋼が開発され,その利 断面 用技術に関する研究が著者等を含めて行われている 1).高強度鋼 中板 部材の接合では,超高力摩擦ボルト接合を行っても,かなり多く のボルト本数を必要とすることが既往の研究で明らかとなってい る 2).提唱する乾式組立材1)を普及させるためには,接合方法をよ り耐力が高くかつ簡便にすることが必要と考えられる. 著者らは,溶接を行わない場合の接合方法,特にボルト接合のせ ん断力伝達に関して,この問題を解決する新たな接合形式として, 添板 ロックナット 複半月テーパ充填ボルト接合法を提案した.この接合法について, 高強度材を使った試作ボルトを作成して載荷試験を行なったので, 充填ボルト2 その結果について報告する. 図1 複半月テーパ充填ボルトの概念図 2.充填ボルト接合の概要 複半月ボルトを用いた充填ボルト接合法と,そのボルトを図 1 ている. に示す.この接合方法は,半月形断面のボルト(鋼種は 14T)が, この上部接合治具と 2 枚の添板は,F10T M22 高力摩擦ボルト 3 ボルト孔を荷重方向にギャップをなくすように充填するので,複半 本で接合されている.中板は,幅 W=100mm,板厚 t=9mm,で, 月テーパ充填ボルトと呼んでいる. φ16.5mm の孔が端あき距離 e1 が 20~100mm であけられている. 4 枚のワッシャーはボルトの締め付け力によって軸方向に弾性 鋼種は SM490 とした.この中板を添板に挿入し 14TM16 の複半月 変形で縮んでいる.繰り返し荷重に対して,ボルトねじとナットに 充填ボルト(図 1)を差し込んで締付力を導入する.載荷は 1000kN は緩みは生じず,ずれが生じてボルト孔が拡径されても,ワッシャ 容量のアムスラー試験機で行う. ーの弾性変形が復元され,充填ボルト 2 が入り込むため,せん断方 計測方法は,荷重はアムスラー試験機から荷重:P を変位は添板 向にボルトの緩みは生じない.この自己充填機能を複半月充填ボル と中板との 100mm 区間 L の変位:δを図 2 に示す変位計測治具で, トは有している.複半月テーパ充填ボルト接合は,リベット接合と 試験左右位置で計測して平均して求めた. 同等程度(0.2mm 以内) にギャップは解消されるため,従来の高力 載荷プログラムは,静的単調載荷とした. ボルト支圧接合の問題点を解決でき,かつ,ボルト鋼種を 14T と 実験シリーズを表 1 に示す.実験はボルトに,複半月充填ボルトを しているので高強度性能をボルトせん断耐力として発揮できるので, 用い,端あき距離 e1 を 20, 50, 80 ,100mm と変化させるシリーズ 板厚が厚く,高強度の鋼材に対して効率のよい接合が期待できる. と通常ボルトを用い,端あき距離 e1 を 20, 30, 40mm と変化させる テーパ部の付け根は応力集中が起きないようにRがとってあり,テ シリーズとした.中板はすべて SM490 鋼種で 9mm板厚で幅は 100 ーパ角度は 4 枚のワッシャー厚に対して 1mmの勾配としている. mmである. 荷重 P -変形δ関係から,初期剛性 K,剛性が初期剛性の 1/3 に 3.載荷実験・解析の概要 まで低下した時の荷重(降伏荷重と定義する)Py と最大耐力 Pu, 3.1 最大耐力時変位δu と破壊性状(有効断面引張破断 T, 端抜けせん断 試験方法 複半月ボルトの有効性を示すために行なった,載荷実験の概要を 破断 S, 支圧による破壊 R)を調査する. 以下に示す.複半月充填ボルト接合の可能性を検討するために,複 3.2 半月ボルトを試作し端抜けと支圧破壊を生じるように設計されたボ 接合部の降伏荷重は,剛性の低下率から,最大耐力は,ボルトが ルト 1 本タイプの継手の載荷実験を行った. 折損するか中板,添え板が大変形して引きちぎられるかで決められ ボルト接合継手の載荷装置を図 2 に示す.上部治具と添板は,十 る.鋼板のボルト穴が大変形で延びつつ耐力が上昇する,複合非線 分な強度を持つように SM490 で作られている. 形の効果と支圧破壊性状を検討するため,複合非線形有限要素解析 上部治具は板厚 9mm の鋼板を隅肉溶接して,つかみ部を増厚し New fastener using half moon shaped bolt for high-strength steel members Part 2 Loading tests and bearing strength 解析方法 を行なう. Hiroyuki Tamai, Katsuhiko Ogawa and Takao Takamatsu 337 表1 t=9 E σy σu kN/mm2 N/mm2 N/mm2 203 366 532 SM490 207 397 560 AVE. 205 382 546 205 728 795 H-SA700 204 739 805 AVE. 205 733 800 Nominal Stress - Strain Curve 800 SM490 (N/mm2) M 24 t=16 SM490 W=100mm 変位計 400 εst % 1.52 1.73 1.63 1.01 0.98 1.00 εu % 20.1 20.1 20.1 25.6 25.8 25.7 SM490 σ δ H-SA700 600 中板の素材試験結果 添板 200 e1 ○ φ16.5 ○ Experimental Model 表3 数値モデル(べき乗則)のパラメータ SM490, H-SA700 σy N/mm2 382 733 0 0 支持治具 中板 複半月テーパ充填 ボルトのボルト孔 0.05 0.1 ε 0.15 0.2 SM490 H-SA700 εst % 1.63 1.00 C N/mm2 2.30 1.45 n % 0.175 0.080 リファレンスバー 図3 t=9 SM490 W=100mm 公称応力-公称ひずみ関係の実験値 と数値モデル(べき乗則) 図2 ボルト継手の載荷試験体 1.500e+00 1000 1.350e+00 σ∗ :True Stress 1.200e+00 σ, σ∗ (N/mm2) 500 1.050e+00 0 9.000e-01 σ :Nominal Stress 7.500e-01 -500 6.000e-01 -1000 4.500e-01 3.000e-01 -1500 True Stress - Strain Nominal Stress - Strain 1.500e-01 -2000 Model Z -2500 -1 図4 0.000e+00 Y -0.5 0 ∗ ε,ε 0.5 X 1 (a) 初期メッシュ SM490 の真応力-対数ひずみ関係(べき乗則数値モデル) 図5 (b) 相当塑性ひずみ分布 初期要素分割と e1=80mm,δ=12mm の時の相当塑性 ひずみ分布 表2 実験シリーズと実験・解析・算定結果 Parameters Experimental F.E.M. Calculated Bolt Type SM490,H-SA700 e1 K Py Pu δu F.P. K Py Pu δu Py Y.P. Pu F.P. H/O M/S mm kN/mm kN kN mm kN/mm kN kN mm kN kN H M 20 55 68.9 100.8 4.9 S 202 50.4 103.6 7.5 68.8 S 98.3 S " " 50 239 122.2 224.9 17.8 S 263 93.5 237.6 19.8 103.4 R 235.9 S,R " " 80 393 106.8 238.3 10.2 R,B 263 93.9 328.8 33.5 103.4 R 235.9 R " " 100 254 63.5 219.4 9.1 R,B 263 93.9 357.9 48.5 103.4 R 235.9 R O " 20 570 58.0 111.3 6.3 S 202 50.4 103.6 7.5 68.8 S 98.3 S " " 30 1777 36.4 163.4 10.5 S 253 86.8 158.5 10.3 103.1 S,R 147.4 S " " 40 6190 71.7 210.1 15.1 S 260 92.5 201.9 15.3 103.4 R 196.6 S H S 20 373 93.3 144.6 4.5 131.9 S 144.0 S " " 50 446 111.6 327.5 16.0 198.4 R 325.0 B " " 80 450 149.6 445.8 30.8 198.4 R 325.0 B H: Half Moon Shaped Bolt, O: Ordinary Bolt, M: SM490, S:H-SA70 K: Init K: Initial Stiffness, Py: Yield Strength, Pu Maximum Strength, T: Tension failure, S: Shear failure, B: Bolt failure, R: Bearing failure δu: Defoemation at Peak Load, F.P: Failure Pattern, Y.P.: Yield Pattern 338 Cal./Exp. Py Pu 1.00 0.98 0.85 1.05 0.97 0.99 1.63 1.08 1.19 0.88 2.83 0.90 1.44 0.94 - Cal./F.E.M. Py Pu 1.37 0.95 1.11 0.99 1.10 0.72 1.10 0.66 1.37 0.95 1.19 0.93 1.12 0.97 1.41 1.00 1.78 0.99 1.33 0.73 1 SM490, Ordinary Bolt e1=40mm e1=80mm 1.5 ボルト破断 SM490, H.M. Bolt の耐力 e1=30mm 0.6 Experimental F.E.M. Calculated 0.4 e1=50mm P /3·d·t·σu P /3·d·t·σu 0.8 1 e1=20mm 0.5 Experimental F.E.M. Calculated 0.2 e1=20mm 0 0 0 図6 0.1 0.2 δ /L 0.3 0.4 0.5 通常ボルトと SM490 中板の場合の実験値と解析値 0 図7 0.1 0.2 δ /L 0.3 0.4 0.5 充填ボルトと SM490 中板の場合の実験値と解析値 素材特性としては正確を期すため,真応力σ*-対数ひずみε* e1=80mm 関係を取り扱うことになる.一方,通常のクーポン試験では, 1.5 F.E.M., SM490, H-SA700 公称応力σ-公称ひずみεが用いられる.公称応力σ―公称ひ ずみ関係εから,真応力σ*-真ひずみ関係ε*を換算して利用 降伏棚を除くひずみ硬化領域での真応力-対数ひずみ関係は, 次のべき乗則が良好に成立することが知られている. * ε *p ≥ ε Pst σ * = σ *y ⋅ C ⋅ ε P* * 0 < ε *p < ε Pst n (1.a) e1=50mm P /3·d·t·σu する 1 e1=20mm 0.5 σ * = σ *y H-SA700A SM490 Calculated (1.b) ここに,σ*yは降伏応力,ε*pは塑性ひずみ,ε*pstは硬化開 始ひずみの塑性成分,C,nは実験定数である.軟鋼の場合,C 0 0 は 2.0~3.0,nは 0.15~0.30 の値をとる. 0.1 塑性ひずみの定義から, ε * = ε e* + ε P* = σ* E + ε P* 図8 (2) 真応力と公称応力,対数ひずみと公称ひずみとの間には次式 δ /L 0.3 0.4 0.5 SM490,H-SA700 中板の解析値の比較 の数値モデルを用いる. が成り立つ. 図 5 に,中板の有限要素分割の状況を示す.解析は,中板の半領 ε = exp(ε ) − 1 (3.a) σ = σ / exp(ε ) (3.b) * * 0.2 * 域とし,ボルトは剛体とし,中板とボルトとの接触時に摩擦力は生 じないと仮定した.用いた有限要素は 2 次元平面応力 4 節点要素で 数値積分は完全積分とした.有限要素分割は,2 次元アドバンシン グフロント法を用いた自動メッシュとし,代表的要素寸法を 3mm ε*pを定めると(1.a,b)式から真応力がきまり,対応する対数ひず とした.端あき距離が 20mm で,700 要素,761 節点,100mm で みは(2)式で得られる.(3.a,b)の変換式から,真応力,対数ひずみに 1777 要素,1265 節点である.加力は,ボルト剛体を下方に 50mm 対応する,公称応力-公称ひずみ関係が弾性範囲を除いて得られる 移動させ接触力をあたえ 200 ステップで載荷した.初期メッシュの ことになる. ままだと要素のゆがみが甚大となり解が不具合となるため,10 ステ 表 3 には素材試験結果から求めたべき乗則数値モデルの材料定数 ップごとにリメッシングを計 20 回行なった.複合非線形解析の解 C, n, σy, ε stを,図 3 には公称応力-公称ひずみの数値モデルと実 法として,変位増分法とフルニュートン・ラプソン法による反復法 験値をSM490 とH-SA700A鋼種について示す.図 4 には数値モデル を併用した.連立1次方程式のソルバーはヒ非正定値解法を採用し についてSM490 鋼種の真応力-対数ひずみの関係および公称応力 た. -公称ひずみの関係を示す.以降の有限要素解析の素材特性は,こ 339 大 耐 力 評 価 , 日 本 建 築 学 会 構 造 系 論 文 集 , 第 76 巻 , 第 662 号 , 4.試験結果 試験結果を,図 6-8 に示す.図 6 は通常ボルトとSM490 中板の pp.845-853,2011.4. 場合について,支圧耐力4),5)で無次元化した引張荷重,P/ (3d・t・σu) 6) 安井信行,高力ボルト支圧接合部の降伏耐力,鋼構造年次論文報告集,第 と計測区間で無次元化した変形δ/Lとの関係を,実験値(実線),有 19 巻,pp.193-200, 2011.11. 限要素解析値(破線)で,端抜けモードの最大耐力の算定値 3) (一 点鎖線)とともに示す.図 7 は,図 6 と 同様の関係を充填ボルト とSM490 中板の場合について示す.図 8 はボルトを剛体とし中板 をSM490,H-SA700 と変化させ,端あき距離e1 が 20,50,80mm の場合についての,P/ (3d・t・σu)とδ/Lとの関係の有限要素解析値 を,端抜けモードの最大耐力の算定値 3)(一点鎖線)とともに示す. 尚,実験の降伏荷重Pyは接線勾配が初期剛性Kの 1/3 以下に低下 したときの荷重値として求めた6).写真 1 には試験後に取り外した, 支圧による 充填ボルトの軸部詳細と,中板の詳細を示す.これらの結果から以 塑性変形 解析領域 下のことがわかる. 1) 図 6,表 2 から,中板が塑性変形して端抜けする場合,最大荷重 までの荷重-変形関係は,有限要素解析値は実験値に良好に一致 し,最大耐力算定式も実験値に良好に一致する. 2)また,図 5 から,リゾーニング手法により支圧でつぶれてしま う箇所についても解析上不具合なく荷重と変形の関係を求めるこ 孔縁部に盛 とができる. り上がり 3) 図 7,表 2 から,充填ボルト接合部は,初期にはやや剛性は低い Y が,すぐに剛性が回復して高い耐力を示す. Z X 3) 写真 1,表 2 から,支圧耐力算定値までは,充填ボルト軸部は十 (a) 中板の変形状況 分な耐力を有している.支圧耐力発揮時には孔に大きな変形が生 じボルトは曲げを受け,最小断面部が引張破断する傾向にある. 4) 図 8 より,端あき距離が 80mmであれば最大耐力は,端抜けや 有効断面で最大耐力は決定せず,いわゆる支圧破壊が生じる.こ 軸部にせん断 の傾向は SM490,H-SA700 でも同様である. 塑性変形あり 以下のことから,充填ボルトは,支圧耐力算定値までの支圧ボル トの高い耐力を保持しつつ,かつ初期の剛性を十分に確保しうる可 能性があることがわかった. 今後,楔テーパ部の付け根の形状を工夫し,曲げによる破断防止 を考案し,改良を加える予定である. 最小断面部が 参考文献 曲げ破断 1) 佐藤篤司,吹田啓一郎,井上一朗,建築構造用高強度鋼材 H-SA700A を 用いた柱梁材を弾性に留める乾式接合法の開発,日本建築学会構造系論文 集,第 74 巻,第 646 号,pp.2355-2363.,2009.12. 2) 玉井宏章.高松隆夫,尾川勝彦,高強度鋼用の複半月テーパ充填ボルト接 (b) 合法に関する基礎的研究,高構造年次論文報告集,第 19 巻,pp.201-208, 2011.11. 3) 日本建築学会,鋼構造接合部設計指針,技報堂, pp.41-61,2006 年. 4) American Institute of Steel Construction: Specification for Structural Steel Buildings, 2005.3. 5) 佐藤篤司,吹田啓一郎,多田裕一,支圧を考慮した高力ボルト接合部の最 *1 広島工業大学 工学部 建築工学科 *2 充填ボルトの破断状況 写真 1 広島工業大学大学院 工学研究科 340 建設工学専攻 実験終了後の状況
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