記憶に刻まれた自然の猛威 関連情報 宝暦治水工事に命を捧げた薩摩義士を祀る ち すい じん じゃ 海津市海津町油島 TEL0584・54・5928 治水神社 P22 MAP 44 千本松原の一角に社があり、宝暦治水に尽力した平田靱負を祭 神に地元有志によって創設された神社です。檜造りの荘厳な社 殿と清浄な境内には、悲しい史実に思いをはせる参拝者が後を 絶ちません。また、治水神社西には宝暦治水観音堂があります。 日本の砂防史を象徴する きょ せき えん てい 巨石堰堤 海津市南濃町奥条 関連情報 P8 MAP 25 オランダ人技師ヨハネス・デ・レーケの指導により、明治21年 に完成した土砂災害を防ぐ砂防ダムです。当時の石積み砂防ダ ムとしては最大規模で、完成から100年余り経た今でもその 機能を十分発揮しています。 水から命を守る輪中特有の建築物 みず や 水 屋 海津市内 河川が氾濫したときの避難場所として、母屋に隣接して建てら れたのが水屋。土盛りをして石垣を組み、高い場所に造られた 建物には食糧や生活用具が備えられ、水がひくまでの間の生活 の場となりました。 尾張徳川家の血を引く高須藩松平家の菩堤寺 ぎょう ぎ じ 行基寺 海津市南濃町上野河戸 せん ぼん まつ ばら 千本松原 海津市海津町油島 28 1700年、松平義 行が高須に封ぜら れ た 時 、行 基 創 建 といわれる寺院跡 に松平家の菩提寺 を建立し“行基寺” と命 名しまし た 。 地元産の河戸石を 使った城郭造りで、 濃尾平野を見下ろ せる山腹にありま す。 関連情報 薩摩藩士が植えたと伝えられる松並木 MAP P22 MAP 45 七夕に割腹した薩摩義士が眠る 円成寺 海津市南濃町太田 MAP 38 境内にある墓石より一段高いところに薩摩義士13人の墓があ り、周りを玉垣で囲み、手厚く葬っています。1940年、本堂近く の竹やぶにあった墓を、現在のところに移しました。 9−KAIZU CITY GUIDE BOOK 助命壇 海津市海津町本阿弥新田 れき MAP 34 今も役目を果たす地域遺産 じょう えい じ えん じょう じ 輪中の歴史や生活文化を紹介 じょ めい だん 村にあった洪水時の共同避難場所で、土盛りや高台を作って避 難場所にしていました。なかでも本阿弥新田助命壇は、地主が 水屋を持たない小作人のために造ったもので、近隣では唯一 現存する助命壇です。 揖斐、長良の背割堤1㎞余にわたって、日向松がうっそうと枝を 交えています。薩摩藩士が治水工事の完成直後千本の苗を植 えたものと伝えられ“千本松原”と呼ばれています。国の史跡 でもあります。 薩摩義士13人の墓石を大切に守る 洪水から逃れる村の共同避難場所 常栄寺 海津市平田町今尾 わ MAP 10 今尾城主竹腰氏の菩提寺であるとともに、薩摩義士の眠るお 寺として有名。相次ぐ幕府方役人の無理難題に耐えかね、7月 7日の七夕に願をかけて割腹したと伝えられる薩摩義士が葬ら れています。 MAP 31 輪中の歴史や生活文化を展示するほか、高須藩主松平氏の館 の一部を復元しています。高須輪中変遷劇場や能舞台、屋外に は堀田や金廻四間門樋などがあり、地域の歴史についていろい ろな角度から学ぶことができます。 水とともに生きた人々の知恵 じゅう てい 輪中堤 海津市内 し みん ぞく し りょう かん 歴史民俗資料館 海津市海津町萱野205-1 ほり た MAP 4 河川が氾濫したときに、水の侵入を防ぐため、村をぐるっと囲ん だ輪中堤。水害から命と財産を守る防災堤の役割を果たして きました。輪中文化のシンボルとして、その役目は今も続いて います。 堀 田 海津市海津町萱野205-1 MAP 31 堀田とは、湿地の一部を掘り、その土を積み上げて造った水田。 土を掘った部分は水路となり、田舟と呼ばれる舟を使い、田植 えなどの農作業を行っていました。復元された堀田を歴史民 俗資料館で見ることができます。 10 KAIZU CITY GUIDE BOOK−
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