4.txt 人の価値 著者:Life 掲載サイト:Lifeの読み物創作部屋 人の価値 第

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人の価値 著者:Life 掲載サイト:Lifeの読み物創作部屋
人の価値
第壱話 使徒、襲来
時に西暦2015年──
UN軍のヘリが海上を飛行している。
その真下には巨大な物体が潜行していた。
至る所に沈んだビルなどが見え、その隙間をぬるように物体は進行している。
その物体が上陸すると予想される地点には大規模な戦車大隊が配置されている。
静寂をうち破り、水柱が立った。
辺り一帯にアナウンスが響いている。
『本日12時30分、東海地方を中心とした、関東地方全域に特別非常事態宣言が発令さ
れました。
住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい。』
すでに人影はない。
列車も全て不通となっている。
そんな中、一人の少年が電話をかけていた。
その電話からはこんな声が聞こえてくる。
『特別非常事態宣言発令のため、現在通常回線は全て不通となっております。』
「・・・ダメか。」
少年は受話器を置いた。
手に持っている写真を見る。
その写真にはグラマーな女性が写っていた。胸に矢印で『ここに注目!』などと書いて
ある。
「この人、親父の愛人か?」
と、つぶやいたとき、すさまじい轟音が響いた。
少年が山の方を見ると、戦闘機の群れがゆっくりと後退している。
そして、その後から巨大な人の形をした物がゆっくりと姿を現した。
「・・・なんだ? あれは。」
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少年はさして驚くふうでもなくそれを見上げた。
とある作戦本部──
オペレーターの声が響いている。
『正体不明の移動物体は依然本所に向かって進行中。』
『目標を映像で確認、主モニターに回します。』
大きなモニターに映し出される巨大な物。
それを見た初老の男が言う。
「15年ぶりだね。」
サングラスをかけた男が答える。
「ああ、間違いない。使徒だ。」
少年の上を通り抜けていくミサイル。
そして、使徒と呼ばれた巨大物体に命中する。
その爆破の衝撃は地にある電車を吹き飛ばした。
しかし、使徒はなんのダメージも受けていないようだ。
「・・・人の近くで戦争を始めるなよ。」
少年がつぶやく。
使徒は戦闘機の一機を腕から伸びた光線状の物で貫いた。
その戦闘機は少年のすぐ近くに墜落する。
そして、使徒はその戦闘機を踏みつけた。
爆発が起こり、少年にも爆風が襲う。
腕で顔をガードする。
爆風が収まった後、少年は巨大な使徒をにらむ。
「ふざけた真似を・・・!」
使徒が自分の近くで爆破を起こしたことが気に入らないようだった。
使徒に食ってかかろうとした少年の前に青い車が飛び込んできた。
中から一人の女性が顔を出す。
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サングラスをかけているが、写真の女性のようだ。
「ごめ~ん。お待たせ。」
シンジは仕方なく車に乗り込んだ。
女性は華麗なハンドルさばきでバックさせる。
今まで停車していた場所を使徒が踏みつける。
なおもUN軍の攻撃は続いている。
作戦本部でその様子を見ている三人の軍人らしき者たちに、オペレーターから報告が届
く。
『目標は依然健在。第三新東京市に向かい進行中。』
『航空隊の戦力では、足止めできません。』
「総力戦だ。厚木と入間も全部あげろ。」
「出し惜しみは無しだ。なんとしてでも目標を潰せ!!」
興奮したのか、軍人の一人が鉛筆をへし折った。
さらに攻撃が続く。
しかし、なんの効果もなく、爆風の中、使徒は平然としている。
「なんて奴だ!! 直撃のはずだ!!」
「戦車大隊は壊滅・・・誘導兵器も砲爆撃もまるで効果無しか・・・」
「ダメだ! この程度の火力ではらちがあかん!!」
先ほどの初老の男が軍人たちの後ろで言う。
「やはり、ATフィールドか?」
「ああ、使徒に対し通常兵器では役に立たんよ。」
再びサングラスの男が答える。
軍人たちに電話がかかる。
「・・・わかりました。予定通り発動いたします。」
双眼鏡で戦いの様子を見ている女性。
戦闘機が使徒から離れていくのを見て、
「ちょっと・・・まさかN2地雷を使うわけ!?」
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少年を抱えて車の中で伏せる。
「伏せて!!」
同時に起こる大爆発。
爆炎が空まで吹き上がり、一瞬遅れて二人の乗る車に衝撃波が襲う。
車は横に吹き飛ばされた。
作戦本部──
「やった!!」
軍人の一人が喜々として立ち上がり叫ぶ。
「残念ながら君たちの出番はなかったようだな。」
初老の男とサングラスの男を見ながら言う。
『衝撃波来ます。』
センサーと主モニターの映像が消える。
「大丈夫だった?」
女性が少年に聞く。
「ええ。砂が口に入ったくらいです。」
「そいつは結構。
じゃ、行くわよ。」
横倒しになった車に持たれて女性が言う。
「ああ、僕がやります。」
「二人でやった方がいいわよ。」
「大丈夫です。」
「そう?」
少年は車を軽く押した。
少なくとも女性にはそう見えた。しかし、横倒しになった車はいとも簡単に元に戻っ
た。
「ありがとう。意外にパワフルなのね。
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よろしく。碇シンジ君。」
「こっちこそ。葛城さん。」
「ミサト、でいいわよ。」
ミサトと名乗った女性はサングラスを外した。
作戦本部──
『その後の目標は?』
『電波障害のため、確認できません。』
「あの爆発だ。ケリはついている。」
『センサー回復します。』
『爆心地に、エネルギー反応!!』
「なんだと!!」
軍人の一人が立ち上がって叫ぶ。
『映像回復します。』
モニターにはほとんど原型のまま残っている使徒。
顔が一つ増えている。
立ち上がって驚愕する軍人たち。
「わ・・・我々の切り札が・・・」
「なんてことだ・・・」
「化け物め!!」
軍人たちは力無くイスに座り込んだ。
「ええ。彼は最優先で保護してるわよ。心配ご無用。
だから、カートレインを用意しといて。直通のやつ。
迎えに行くのはわたしが言い出したことですもの。ちゃんと責任取るわよ。」
ミサトは電話を切った。
(しっかしもう最低~。
せっかくレストアしたばっかだったのに早くもベッコベコ。
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ローンがあと33回プラス修理費か・・・
おまけにいっちょうらの服も台無し・・・
せっかく気合い入れてきたのに・・・トホホ・・・)
心の中でガックリとうなだれるミサト。
「あの・・・ミサトさん。」
「あ・・・なになに?」
「寝てもいいですか?」
「え?」
「眠いんで寝てもいいですか?」
「あ、ああ。どうぞどうぞ。」
「じゃ、お休みなさい。」
シンジはそう言って眠ってしまった。
(・・・可愛い顔して・・・意外に大物かもね・・・)
作戦本部──
サングラスの男と初老の男が軍人たちの前で立っている。
「碇君。これより本作戦の指揮権は君に移った。
お手並みを見せてもらおう。」
軍人の一人が言う。
「了解です。」
碇と呼ばれたサングラスの男が答える。
「碇君。我々の所有兵器では目標に対し有効な手段が無いことを認めよう。」
「だが、君なら勝てるのかね?」
「そのためのネルフです。」
碇は確信を持って言った。
「期待しているよ。」
軍人たちはテーブルごと本部から退場した。
「国連軍もお手上げか。どうするつもりだ?」
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「初号機を起動させる。」
「初号機をか? パイロットがいないぞ。」
「問題ない。すぐに予備が届く。」
『ドアが閉まります。ご注意下さい。』
「特務機関ネルフ?」
「そ、国連直属の非公開組織。」
「父のいるところですね。」
「そ。お父さんのこと、知ってる?」
「さあ? どうでもいいですよ。あんな男のこと。」
「・・・意外と強気なのね。」
「そうですか?」
「ま、いいわ。
あ、そうだ。お父さんからIDもらってない?」
「ああ。これですね。」
シンジは『こい ゲンドウ』とだけ書かれた紙ごとIDカードを差し出した。
「ありがとう。」
と、言ってミサトは受け取った。
「じゃ、これ、読んどいてね。」
『ようこそ、NERV江』と書かれた本をシンジに手渡した。
「・・・こんなものを見せるってことは、僕になにかさせる気ですね?」
ミサトは何も答えない。
「・・・やれやれ。あの親父のことだ。どうせろくでもないことなんでしょ?」
「そっか。苦手なのね。お父さんが。」
今度はシンジが何も答えなかった。
「わたしと同じね。」
「・・・・・・」
シンジは横目でミサトを見た。
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やがて、カートレインは長いトンネルを抜け、ジオフロントに出た。
「へえ・・・ジオフロントか。
本当に存在するとはね。」
「そ、わたしたちの秘密基地。
世界再建の要・・・人類の砦となるところよ。」
「おっかしいなあ・・・たしかにこの道のはずよねえ・・・」
移動廊下でミサトは一人つぶやく。
シンジはそばで先ほどミサトにもらったネルフの紹介本を読んでいる。
「ごめんね。まだ慣れてなくて・・・」
「さっき通りましたよ。ここ。」
「・・・・・・」
冷めたシンジの言葉にミサトは何も言えなかった。
それからしばらく歩いたとき、後ろから二人に声がかけられた。
「どこへ行くの? 葛城一尉。」
ミサトとシンジが同時に振り向く。
白衣を着た金髪の女性が立っている。少し冷たい感じのする美女だった。
「遅かったわね。」
「ゴミン!」
ミサトが顔の前で手を合わせ、謝る。
「例の男の子ね。」
金髪の女性がシンジを見て言う。
「そう、マルドゥック機関から選ばれたサードチルドレン。」
「わたしはネルフ技術一課E計画担当博士赤木リツコ。よろしく。」
「碇シンジです。よろしく。」
作戦本部──
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「では冬月。後を頼む。」
碇が初老の男、冬月に言い、エレベーターに乗り込んだ。
(三年ぶりの対面か。)
「副司令。目標が再び移動を開始しました。」
「よし。総員第一種戦闘配置だ。」
『総員第一種戦闘配置。対地戦用意。』
「ですって。」
「これは一大事ね。」
ミサトとリツコの会話。
シンジはあらぬ方向を見ている。紹介本はもう読んでいない。
「それで、初号機はどうなの?」
「機動確率は0.000000001%。O9システムとはよく言ったものだわ。」
「それって動かないって事?」
「あら失礼ね。0ではなくってよ。」
「数字の上ではね。
でも、どのみち動きませんでした。じゃもうすまされないわ。」
シンジはミサトとリツコにある部屋に連れてこられた。
ミサトが入り口を閉めると真っ暗になった。
「・・・真っ暗ですよ。」
リツコがスイッチを押す。
ライトがつき、シンジの眼前に巨大な鬼のような顔がある。
「顔? 巨大ロボット?」
「厳密に言うとロボットではないわ。
人の造り出した汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。
その初号機。」
「エヴァンゲリオン? キリストで言う福音ですか?
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たいそうな名前ですね。」
「・・・意外に物知りなのね。」
リツコが感心した目でシンジを見る。
「これも父の仕事ですか?」
「そうだ。」
エヴァの頭上から声がかけられた。
管制室と思われる部屋のガラス越しに自分の父親、碇ゲンドウを見つけた。
「久しぶりだな。」
「・・・・・・」
シンジはなにも答えない。
「・・・出撃。」
ゲンドウがつぶやく。
「出撃!? 零号機は凍結中でしょ!?
まさか、初号機を使うつもりなの!?」
ミサトがリツコに食ってかかる。
「他に方法はないわ。」
「だってレイは動かせないでしょ?」
ミサトはシンジをチラッと見る。
「パイロットがいないわよ。」
「さっき届いたわ。」
「・・・マジなの?」
リツコはミサトからシンジに視線を移す。
「碇シンジ君。あなたが乗るのよ。」
「・・・・・・」
シンジは何も答えない。しかし、驚いた雰囲気もない。
「ちょっと待ってよ。綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに7ヶ月もかかったんでし
ょ?
今来たばかりのこの子にはとてもムリよ!」
「座っていればいいわ。それ以上は望みません。」
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「しかし・・・!」
「いいですよ。ミサトさん。」
不意にシンジが声をかける。
「シンジ君!」
「親父。このために俺を呼んだのか?」
「そうだ。」
「・・・ふん・・・
お前の言いなりになるのは気分が悪いが、いいだろう。
あいつはさっきなめた真似をしてくれたからな。」
ゲンドウを前に突然口調の変わったシンジにミサトとリツコは戸惑った。
シンジの言うなめた真似とは、シンジのすぐそばで戦闘機を踏みつけ爆破させたことで
ある。
「赤木博士。操縦方法を教えてもらえますか?」
「・・・ええ。そのつもりよ。」
ミサトより早く我を取り戻したリツコがシンジを搭乗口に誘う。
「シンジ君。」
「心配はいりませんよ。ミサトさん。」
シンジがミサトに笑顔を見せた。
その笑顔を見ると、ミサトはなにも言えなかった。
対照的にゲンドウをにらみつけてシンジはこう言った。
「詳しい話は後で聞く。」
それだけ言うと、シンジはリツコと共にこの場から消えた。
搭乗口に向かう途中、シンジはリツコに聞いた。
「ところで、あれはなんて言うんですか?」
「あれ?」
リツコは一瞬、わからなかったがすぐに理解した。
「ああ・・・わたしたちは使徒と呼んでいるわ。」
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「使徒? ここはキリスト教の信者の集まりですか?」
「信心深い人は少ないと思うけど。」
「エヴァンゲリオンであれに勝てるんですか?」
「それはあなた次第よ。」
「そうですか。」
発令所にミサトとリツコが戻ると、発進準備が進められた。
「停止信号プラグ。排出終了。」
「了解。エントリープラグ挿入。」
「第一次接続開始。」
「エントリープラグ、注水。」
エントリープラグ内を黄色い液体が満たされていく。
シンジはまるで動じていないが、リツコが念のため言った。
「大丈夫。肺がLCLで満たされれば直接血液に酸素を取り込んでくれるわ。
すぐに慣れるから。」
スピーカーからシンジの声がする。
『まずい。』
作業は続く。
「A10神経接続開始。」
「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス。」
「初期コンタクト問題なし。」
「シンクロ率・・・え?」
オペレーターの一人、伊吹マヤが目を疑う。
「どうしたの?」
「あ、すいません。
シンクロ率、98.7%」
「なんですって!?」
リツコが驚愕する。
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「計測器は?」
「全て正常です。」
「・・・すごいわね。」
「ハーモニクス、全て正常位置。
暴走、ありません。」
「いけるわ。」
「発進準備!!」
ミサトの号令が響く。
「発進準備!」
「第一ロックボルト外せ。」
「アンビリカルブリッジ、移動開始。」
「第2ロックボルト外せ。」
「第1拘束具を除去。」
「同じく第二拘束具を除去。」
「1番から15番までの安全装置を解除。」
「内部用電源充電完了。」
「電源用コンセント異常なし。」
「了解。エヴァ初号機射出口へ!」
射出口へ移動していく初号機。
「進路クリア。オールグリーン。」
「発進準備完了。」
「了解。」
ミサトはゲンドウの方を向く。
「かまいませんね。」
「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない。」
無言でうなずくミサト。
「発進!!」
すさまじいスピードで打ち上げられる初号機。
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その初号機の射出される場所をわかっていたかのように、使徒が現れる。
(シンジ君。死なないでよ。)
ミサトが心の中でつぶやいた。
・・・つづく
第弐話へ
人の価値
第弐話 見知らぬ、天井
『いいわね。シンジ君。』
「はい。」
『最終安全装置、解除。
エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!』
ミサトの声と同時に最終安全装置が解除される。
エントリープラグ内のシンジにリツコが話しかける。
『シンジ君。まずは歩くことだけを考えて。』
「武器はないんですか?」
『え?』
「武器ですよ武器。
武器無しじゃ戦えないでしょ?」
『・・・無いわ。』
「・・・なめてんのか・・・
素手で戦えって言うんですか?」
『しかたないのよ。』
「やれやれ。
人を呼び出す前にちゃんと準備はしておいて欲しいもんだな。
親父。
ずさんな司令官はいずれ愛想をつかされるぞ。」
シンジの言葉は発令所全体に響いている。
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ゲンドウは無言だが、他の者は冷や汗ものだった。
「しょうがない。素手で戦うしかないか・・・」
シンジが顔を上げた瞬間、使徒からビームが放たれた。
「くっ!」
間一髪かわす。
「この・・・!」
そう言った瞬間、エヴァが飛んだ。
激しく使徒と激突する。
発令所を包む感嘆の声。
『おお・・・』
『動いた!』
リツコがうれしそうに叫ぶ。
一方、プラグ内のシンジは、
「動いたって・・・
動くかどうかわからんものに子供を乗せて戦わせるなよ・・・」
呆れていた。
それがスキを生んだ。
頭部を使徒に掴まれる。
「しまった!」
頭部に次々と打ち込まれる使徒の攻撃。
『頭蓋前部に亀裂発生!』
『装甲が持たない!』
「くっ!」
シンジの頭に激痛が走る。
「この!」
頭を掴まれたまま、使徒の胸部を蹴り飛ばし、なんとか拘束から逃れる。
しかし、受けた傷は大きく、初号機はまるで血のような紅い液体を亀裂から流してい
る。
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いきなり高いシンクロ率を見せたシンジだが、そのせいで強烈な激痛がシンジの眉間を
襲っている。
『生命維持に問題発生!
パイロットが危険です!』
マヤが報告する。
ミサトはこれ以上の戦闘はムリと判断した。
『作戦中止!
パイロット保護を最優先!
プラグを強制射出して!』
しかし、オペレーターたちの了解より先にシンジの怒声が発令所に響いた。
「ふざけやがって!!」
その瞬間、
『!? パイロットからの通信が途絶えました!』
オペレーターの一人、日向マコトからその報告がもたらされる。
直後、主モニターに映し出されたのは口を大きく開け、咆吼を上げる初号機だった。
『なにが起こったの!?』
『わかりません!』
『初号機! 完全に制御不能!!』
『シンジ君は!?』
『モニター反応無し! 生死不明!!』
『なんですって!!』
シンジは病院で目を覚ました。
まだ虚ろな意識の中、ぼんやりと天井を見上げる。
「・・・知らない天井か。」
シンジはゆっくりと起きあがった。
「・・・あれからどうなったんだ?」
使徒を倒したことはぼんやりと記憶に残っている。
「・・・少し混乱してるな・・・」
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自分の今の状態を確認するかのようにつぶやくと、シンジは今一度眠りについた。
その頃、初号機と使徒が戦った場所では、後始末が行われていた。
同時刻、松代の国連本部小会議室──
「使徒再来か。あまりに唐突だな。」
「15年前と同じだよ。
災いは突然訪れるものだ。」
「幸いとも言える・・・我々の先行投資が無駄にならなかった点においてはな。」
「そいつはまだわからんよ。
役に立たなければ無駄と同じだ。」
「左様。もはや周知の事実になってしまった使徒の処置。
情報操作、ネルフの運用は全て迅速かつ適切に行ってもらわないと困るよ。」
「その件に関しては既に対処済みです。ご安心を。」
ゲンドウが静かに言う。
第三新東京市──
防護服を着たミサトがうちわで扇ぎながらテレビを見ている。
どのチャンネルを見ても、昨日の特別非常事態宣言についての政府からの説明が放送さ
れている。
「発表はシナリオB-22か・・・
またも事実は闇の中ね。」
ミサトが言う。
「広報部は喜んでたわよ。やっと仕事が出来たって。」
同じく防護服を着込んだリツコが、作業を続けながら答える。
「お気楽なもんねぇ。」
「どうかしら? 本当はみんな怖いんじゃないの?」
「あったりまえでしょ。」
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会議室──
「ま、その通りだな。」
「しかし碇君。ネルフとエヴァもう少しうまく使えんのかね。」
「左様。零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代。
国が一つ傾くよ。」
沈黙のゲンドウ。
「聞けばあのオモチャは君の息子に与えたそうではないか。」
「人、時間、そして金。親子そろって幾ら使えば気が済むのかね。」
「それに君の任務はそれだけではあるまい。
人類補完計画。これこそが君の急務だ。」
「左様。これこそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだよ。
我々のね。」
「いずれにせよ。使徒再来による計画の遅延は認められん。
予算については一考しよう。」
「では、後は委員会の仕事だ。」
「碇君。ご苦労だったな。」
四人の映像が消える。
上座にいる妙なゴーグルようなものをつけた男とゲンドウだけが残される。
「碇・・・後戻りはできんぞ。」
そしてその男も消える。
「わかっている。
人間には時間がないのだ。」
病院──
気分転換に廊下に出て外を見ているシンジ。
その脇を一人の少女を乗せた移動ベッドが通り過ぎる。
シンジはその少女が少し気になったが、すぐに外に視線を戻した。
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ミサトたちはトラックで移動している。どうやら作業が終わったようだ。
「やっぱりクーラーは人類の至宝・・・まさに科学の勝利ね。」
電話を置くリツコ。
「シンジ君が気づいたそうよ。」
「容態はどうなの?」
「外傷はなし。記憶に少し混乱が見られるそうだけど。
本人がそれを自覚してるからたいしたことはないそうよ。」
「そう・・・じゃあ精神汚染の心配はなさそうね。」
「まあね。」
「しっかし、いきなりアレだったもんねぇ・・・」
「そうね。脳神経にかなりの負担がかかったわ。」
「心・・・の間違いじゃないの?」
軽蔑の眼差しをリツコにむけるミサト。
病院──
ロビーに座っているシンジ。
すでに制服に着替えている。
(親父から話を聞きたいが、どこをどう行けば親父に会えるんだ?)
イスにもたれて天井を見上げる。
「ここも知らない天井か・・・
いったい、俺はなにをしにここにきたんだ?」
ミサトは先のトラックからは降りていた。
リツコはまだ乗っており、窓から顔を出している。
その横では、エヴァが使うための物と思われる巨大な銃や銃弾があちこちに移動してい
る。
「この町とエヴァが完全に稼働すればいけるかも知れない。」
「使徒に勝つつもり?
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相変わらず楽天的ね。」
「あら? 希望的観測は人が生きるための必需品よ。」
「・・・・・・
そうね。あなたのそういうところ、助かるわ。」
「じゃ。」
笑顔で挨拶してリツコと別れるミサト。
病院、ロビー──
「シンジ君。」
「・・・ミサトさん。」
「迎えに来たわ。」
ミサトとシンジはエレベーターを待っている。
そして、やっと扉が開かれるとそこにはゲンドウが立っていた。
「入り口に立つなよ。
邪魔だ。」
ゲンドウを押しのけるようにエレベーターに乗り込むシンジ。
ミサトはヒヤヒヤしながらシンジのついていくように乗る。
扉が閉まるとシンジがしゃべりだした。
「いきなり呼び出して、いきなり戦えとは、ずいぶんふざけた事をしてくれるな。」
ゲンドウは返事をしない。
「今まで放って置いて、必要になったから呼ぶ。
勝手だと思わないか?」
「・・・・・・」
「なんとか言ったらどうなんだ?
普通の子供が、いきなりエヴァに乗れと言われて素直に聞くと思ったのか?」
「それでもお前は乗った。」
「・・・今後はどうかわからん。
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一つだけ言っておく。俺はお前の命令もネルフの指示も受けん。
やりたいようにやらせてもらう。」
「好きにしろ。」
「ああ、そのつもりだ。」
エレベーターが止まり、ゲンドウは出ていく。
それを見送るシンジを少し悲しそうな目つきでミサトは見ていた。
ネルフ本部──
「一人でですか?」
ミサトが叫ぶ。
「そうだ。彼の個室はこの先の第6ブロックになる。問題は無かろう。」
「はい。」
「ちょっとシンジ君。それでいいの?」
「はい。親父と一緒に住むより何倍もマシですから。」
再び少し悲しそうな目でシンジを見るミサト。
『なんですって!?』
電話越しにリツコの声が聞こえてくる。
「だから、シンジ君はわたしが引き取ることにしたの。
上の許可も取ったし。
心配しなくても子供に手ぇ出したりしないわよ。」
『当たり前じゃないの!
いったいなに考えてるの!?
あなたって人は・・・』
「あ、相変わらずジョークの通じない奴。」
ミサトは電話を置いた。
すぐ後ろにシンジが立っている。
「ミサトさんが出さなくても、僕がミサトさんを襲うかも知れませんよ。」
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真顔で言うシンジ。
「あら、別にいいわよ。」
ミサトは真剣に受け止めていない。
やれやれと言った表情をシンジは見せた。
ミサトの車の中──
「じゃあ、今日はパァーッとやらなきゃね。」
「なにをですか?」
「もちろん、新たな同居人の歓迎会よ。」
シンジはミサトをチラッと見て視線を前に戻した。
「・・・シンジ君。」
「なんです?」
「ムリしてない?」
「は?」
「・・・ごめん。なんでもないわ。」
先ほどのエレベーターでの一件、ミサトにはシンジがゲンドウにわざと反抗しているよ
うに見えたのである。
しかし、これは親子の問題であってミサトが立ち入る権利はない。
父親に反抗するシンジ。
ミサトにはそれが昔の自分と重なって見えた。
それが、シンジを引き取ろうとした一番の理由である。
小さなスーパーによる二人。
ミサトは手慣れた手つきでレトルト食品やインスタント食品をかごに放り込んでいく。
「まさかこれが夕食ですか?」
「そうよ。」
「・・・・・・」
「ダメよ。好き嫌いしちゃ。」
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「そうじゃなくて・・・インスタントばかりじゃ体に悪いですよ。」
「そう? でも・・・わたし、料理できないもの。」
「僕がやります。」
へ? と言う顔になるミサト。
そう言って、シンジはインスタント食品を棚に返し、野菜や肉などの材料をかごに入れ
ていく。
呆気にとられているミサトを尻目にシンジはそれをレジに持っていき、精算を待つ。
その間に後ろから主婦の話し声が聞こえてきた。
「じゃあ、やっぱり引っ越しをなさいますの?」
「ええ。本当にあんな事が起きてしまいますとね。」
「うちも主人がわたしと子供だけでも疎開しろってうるさくて・・・」
「いくら要塞都市と言っても、何一つあてになりませんものね。」
「昨日の事件、思い出しただけでもゾッとしますわ・・・」
その会話に耳を傾けていたシンジに店員が声をかける。
「3587円です。」
「あ? ああ・・・ミサトさん。お金・・・」
支払いを済ませ、再び車の中の二人。
「ちょっち、寄り道するわね。」
「どこへですか?」
「い・い・と・こ・ろ。」
ミサトはとある高台に車を止めた。
ここから第三新東京市が一望できる。
「・・・寂しい町ですね。」
「時間だわ。」
サイレンが鳴り、地面から伸びていくビル群。
「・・・・・・」
「これが、使徒迎撃要塞都市、第三新東京市。わたしたちの町。
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そして・・・あなたが守った町よ。」
「科学の粋を極めた・・・って感じですね。」
「そうね。」
「でも・・・人間にここまで自然を・・・地球をいじる権利なんてあるんですかね・・
・」
ミサトは答えられなかった。
シンジもミサトに聞いたわけではない。
ただ、ビルが生えていくのを見てふとそう思ったから口にしただけである。
「・・・しょせん・・・この世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ死ぬ・・・」
「・・・なに言ってるの? シンジ君。」
「別に・・・」
シンジの表情はひどく落ち込んでいるように見える。
しかし、ミサトは今、シンジに話しかけるのはよくないことのように思えた。
ようやく、二人はマンションにたどり着いた。
あの後もしばらくシンジが考えにふけっていたため、帰るのが遅くなってしまった。
「シンジ君の荷物はもう届いてると思うけど・・・
実はわたしもこの町に引っ越してきたばかりでねぇ。」
ミサトはドアのロックを外し、中に入る。
「さ、入って。」
「本当にここに住まわせてもらっていいんですか?」
「もちろんよ。」
「じゃあ・・・ただいま。」
ミサトはニッコリと微笑んで、
「お帰りなさい。」
と、答えた。
「ま、ちょーっち散らかってるけど、気にしないでね。」
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4.txt
ミサトが明かりをつける。
そして、眼前に広がる光景を見てシンジは呆然となる。
「こ・・・これが・・・ちょっち・・・」
「ところで本当に料理できるの?」
「ええ。
一応、二、三日分の材料を買っときましたから、冷蔵庫に入れておきます。」
「お願いね。」
ミサトは着替えに部屋に入った。
シンジは冷蔵庫に材料をしまおうと開ける。
「氷・・・」
その上の段を開ける。
「つまみ・・・」
そして、最上段。
「ビール・・・
どんな生活してんだ?」
後ろを見ると、もう一つ冷蔵庫がある。
(・・・あっちが食べ物用か?)
そう思ってそちらに行く。
そして、OPENのボタンを押すと・・・
「クワアアアァァァァァ!!」
赤いトサカのついたペンギンが怒って飛びだしてきた。
「・・・なんだ? お前・・・」
さして驚くふうもなくシンジはペンギンに聞く。
「クワッ! クワッ! クワァッ!!」
「あら、ペンペン。」
ミサトの声が後ろから聞こえた。
「ペンペン?」
「そ、新種の温泉ペンギン。名前はペンペン。
ページ(25)
4.txt
もう一人の同居人よ。」
「へえ・・・」
(温泉ペンギン?
人に改良されたわけか・・・こいつも科学の犠牲者だな。)
「ごめんね~。
シンジ君の歓迎会なのに準備させちゃって。」
「いいですよ。別に。
それより、女の人ならもう少し家事を覚えた方がいいですね。」
「・・・意外とハッキリものを言うわね。」
「一緒に住む以上は家族です。
家族には遠慮なくものを言わせてもらいますよ。」
「・・・お、お手柔らかにね。」
やがて、食事が終わり、風呂に入って、シンジは自分の部屋で横になった。
食事が終わった後、ミサトが生活当番を決めようと言い出したが、シンジは自分で全て
やると言った。
ミサトに完全にまかせるのは難しいと判断したためである。
だから、自分がやるから、なるべく手伝ってくれて、その内家事を覚えて欲しいと申し
出たのである。
ミサトはそれを承諾した。
天井を見上げながら、シンジは使徒との戦いを思い出す。
(知らない天井か。
当たり前か、この町で知ってる場所なんてないからな・・・)
咆吼を上げる初号機。
朦朧とする意識。
自分の意志と関係なく使徒に攻撃をしかける。
初号機の力は絶大で、いとも簡単に使徒をうち破った。
その際、使徒がATフィールドを持っていることにミサトとリツコが驚いていた。
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(ATフィールド・・・聞いたことないな。
どんな装甲より確実な壁らしいが・・・)
そのATフィールドをムリヤリこじ開けた初号機。
(エヴァってなんだ?
パイロットやオペレーターの制御を離れても目的を成し遂げた人造人間。
人造人間? ならば心を持っているのか?
それならなぜパイロットがいるんだ?)
「シンジ君。開けるわよ。」
ふすまの外からミサトの声が聞こえる。
シンジは返事をせず、そのまま天井を見上げていた。
ふすまが開けられる。
バスタオル姿のミサトが立っている。
「一つ・・・言い忘れてたけど。」
シンジがまだ起きていることに気づいているのかいないのか、話を進めるミサト。
「あなたは人に誉められる立派なことをしたのよ。
胸を張っていいわ。
じゃ・・・おやすみ。
頑張ってね。」
ふすまが閉められる。
・・・つづく
第三話へ
人の価値
第参話 鳴らない、電話
エントリープラグ内のシンジ。
リツコから通信が入る。
『おはよう。シンジ君。調子はどう?』
「悪くないです。」
ページ(27)
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『それは結構。
エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、回収スポット。全部頭に入ってるわ
ね?』
「一応。」
『では、おさらいするわね。
通常、エヴァは有線からの電力供給で稼働しています。
でも非常時に体内電池に切り替えると、蓄積容量の関係でフルで1分。ゲインを利用し
てもせいぜい5分しか稼働できないの。』
「せめて20分はもって欲しいですね。」
『これがわたしたちの科学の限界なのよ。
おわかりかしら?』
「はいはい。」
『では昨日の続き、インダクションモードの練習、始めるわよ。』
ビル群からこの前初号機が殲滅した第三使徒が姿を現す。
「目標をセンターに入れて、スイッチ。」
パレットガンから銃弾が照射される。
見事に命中。
『その調子よ。
次。』
今のところ100%の命中率を見せるシンジ。
ガラス越しから、リツコ、マヤ、さらにその後方でミサトがその様子を見ている。
「しかし・・・よくまた乗ってくれる気になってくれましたね。彼。」
マヤがリツコに言う。
「あの子は強いわ。あの程度でくじけたりしないみたいね。」
ミサトは無言で初号機を見ている。
エントリープラグの中、シンジはつまらなさそうに同じ動作を繰り返す。
それでも全ての銃弾を命中させていた。
次の日、朝──
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「ミサトさん。起きてください。朝ですよ。」
シンジはミサトの布団のそばまで来て、ミサトを揺らす。
「さっきまで当直だったの・・・今日は夕方に出頭すればいいから・・・
お願い、もう少し寝かせて・・・」
「・・・やれやれ。
じゃあ、僕はもう学校に行きますよ。」
「あ、そうだ。今日木曜だっけ?」
「はい。」
「燃えるゴミお願いねぇ。」
「はいはい。」
「どう? 学校はもう慣れた?」
「前の学校と同じですよ。」
「そう。じゃあ、行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
シンジは燃えるゴミを持って玄関を出ていった。
ようやくいい気分で寝始めたミサトの部屋に電話の音が響く。
ミサトは布団から出ずに電話をとった。
「もしもし。」
眠そうな声。
「・・・なんだ、リツコか・・・」
『どう? 彼氏とはうまくいってる?』
「彼? ああ、シンジ君か。
いまだに誰からも電話がかかってこないわ。」
『電話?』
「そう。必須アイテムだからこの前、携帯渡したんだけどね。
誰からもかかってきた形跡も、自分が使った形跡もないのよ。」
『そう。
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シンジ君、友達作るの苦手なタイプじゃないと思ったんだけどね。』
「わたしもそう思ってたわ。」
『ヤマアラシのジレンマって知ってる?』
「ヤマアラシ? あのとげとげの?」
『ヤマアラシの場合、自分の温もりを相手に伝えようとしても、身を寄せれば寄せるほ
ど、とげのせいで相手を傷つけてしまうのよ。
シンジ君は、心のどこかでその痛みを恐れているのかも知れない。』
「そうは見えないけどねぇ・・・」
シンジは教室に入って自分の席につく。
窓際には、シンジが病院で見た少女が座っている。
空色の髪と紅い瞳を持つ少女。今は右腕を吊り、頭に包帯、片目に眼帯という痛々しい
姿である。
綾波レイ。
自分と同じエヴァのパイロットだと聞かされているシンジだが、自分から話しかけるこ
とはしなかった。
シンジの少し後方で、一人の男子生徒が片手に持ったデジタルビデオカメラで、もう片
手に持った戦闘機の模型を写していた。
その生徒のビデオに一人の女子生徒が写る。
男子生徒はビデオを降ろした。
「なに?」
「昨日のプリント、鈴原に届けてくれた?」
「あ、ああ・・・トウジの家、留守みたいでさ。」
「相田君、鈴原と仲いいんでしょ?
二週間も休んでるのに心配じゃないの?」
「この前の騒ぎに巻き込まれたかな?」
「まさか、テレビじゃ怪我人は出なかったって・・・」
「まさか、あの爆心地見ただろ?
日本全国の部隊が出動したんだぜ?
10人や20人じゃすまないよ。
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死人だって・・・」
二人がそうしゃべっていると、一人のジャージ姿の男子生徒が教室に入ってきた。
「トウジ。」
「鈴原。」
トウジと呼ばれた生徒は、不機嫌そうに二人に歩み寄る。
「なんや。ずいぶん減ったみたいやな。」
「疎開だよ、疎開。
町中であんな派手な戦闘されちゃあね。」
「喜んどんのはお前くらいやろなあ。
生のドンパチ見れるよって。」
「まあね。
トウジこそどうしたの?
巻き込まれでもしたの。」
「妹がな・・・」
軽い冗談のつもりで言ったのだが、トウジは沈痛な面もちでつぶやいた。
「妹が瓦礫の下敷きになってしもたんや。
幸い命に別状はなかったけど・・・ずっと入院しとんねん。
うちんとこ、おとんもおじいもみんな研究所勤めやろ?
今、職場を離れるわけにはいかんのや。
わしがおらんとあいつ、病院で一人ぼっちになってしまうんや。」
「ふーん・・・そりゃ、大変だったな・・・」
「それにしてもあのロボットのパイロットはほんまにヘボやな!
ムチャクチャ腹立つわ!
味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ!!」
「それなんだけど、聞いた?
転校生の噂。」
「転校生?」
「ほら、あいつだよ。」
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シンジをアゴで指して言う。
「トウジが休んでいる間に転校してきたんだけど、あの事件の後にだよ。
おかしいと思わない?」
先生が入ってきた。
「起立。礼。着席。」
初老の先生は、セカンドインパクトを振り返った体験談を語っている。
生徒たちはまたか、と言った感じで誰一人聞いていない。
シンジもぼんやりとあらぬ方向を見ている。
すると、ノートパソコンにCALLの文字が浮かんだ。
ボタンを押すと、
『碇君があのロボットのパイロットだってホント? Y/N』
と、表示された。
シンジは誰から送られてきたか確認もせず、『NO』と入力した。
しかし、すぐに返事が返ってきた。
『秘密にしなきゃいけないのはわかるけど、教えて欲しいな。
ホントなんでしょ? Y/N』
シンジはため息をつき、送信してきた生徒を捜す。
すると、後ろから二人の女生徒が手を振っている。
『隠したって無駄よ。』
再びシンジはため息をついてから、『YES』と入力した。
そのとたん、数名を除いた生徒全員が歓声を上げて、シンジの周りに集まってきた。
「ちょっとみんな! まだ授業中よ!
席について下さい!」
委員長らしき女生徒が注意する。
「またそうやって仕切る~!」
もはや誰も聞いていない。
そして、トウジは冷たい目でシンジを見ていた。
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授業が終わって、シンジのところにトウジがやってきた。
「転校生。ちょっと面貸せや。」
「なに?」
「いいからついてこいや。」
シンジは黙ってトウジについていく。
やがて、校舎裏につくと、いきなりトウジが殴りかかってきた。
シンジは首だけを動かしてかわす。
「なんの真似だ?」
「・・・すまんなあ。わしはお前を殴らないかん。殴っとかな気が済まんのや。」
「初対面の相手に殴られる覚えはない。」
「お前になくてもわしにはあるんじゃ!
お前がメチャクチャに暴れたせいで、妹が瓦礫の下敷きになったんじゃ!」
「・・・・・・
それは・・・」
再びトウジが殴りかかる。今度は避けなかった。
後ろに吹っ飛ばされ、しりもちをつく。
「・・・すまない。
謝って済むとは思ってないが・・・謝らせてくれ。」
シンジの言葉に、興奮状態にあったトウジも少し落ち着く。
しかし、次に言葉を発したのはシンジでもトウジでもなかった。
「碇君。」
綾波レイである。
「非常召集。先、行くから。」
それだけ言うと、レイはきびすを返して駆け出した。
「・・・行かなきゃならない。
君も避難した方がいい。
二度と同じ事を繰り返さないよう、気をつけるよ。
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本当に悪かった。」
それだけ言うと、シンジはトウジの返答も聞かずレイの後を追う。
同時にサイレンが鳴り響いた。
ネルフ──
「総員第一種戦闘配置!」
副司令、冬月コウゾウの命令が飛ぶ。
『了解。総員第一種戦闘配置。地対空迎撃戦用意。』
「碇司令の留守の間に第四使徒の襲来か。
意外に早かったわね。」
ミサトが言う。
「前回は15年のブランク。今回はたったの三週間ですからね。」
「こっちの都合はお構いなしか。女性に嫌われるタイプだわ。」
主モニターには使徒を攻撃する様子が映し出されている。
しかし、ミサイルも銃弾も第三使徒同様まるで効果が見受けられない。
「税金の無駄遣いだな。」
冬月が半ば呆れた表情で言う。
「葛城一尉。委員会からエヴァンゲリオン出動の要請が来ています。」
「うるさい奴らね。言われなくても出撃させるわよ。」
エントリープラグ──
「やれやれ。こっちの気持ちはお構いなしか。」
シンジはトウジに責められたことを少し気にしていた。
(もっとちゃんと謝らないとな・・・)
考えているうちに初号機が射出される。
使徒からは死角になっているビルから初号機が現れる。
その様を離れた神社の境内から見ている者たちがいた。
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鈴原トウジと、相田ケンスケである。
「す、すごい! 見に来た甲斐があった~っ!」
ビデオカメラをのぞきながら、感激しているケンスケ。
ケンスケは初号機と使徒見たさに、トウジはよく考えずにシンジを殴ってしまったのが
気になって、シェルターから出てきたのである。
そして、戦闘が始まる。
「目標をセンターに入れて・・・スイッチ!」
パレットガンを乱射する。
「ち・・・全然効いてない。」
使徒の鞭のような腕が初号機を襲う。
「!」
かろうじてかわすが、パレットガンを真っ二つにされる。
「ちっ!」
『予備を出すわ! 受け取って!』
発令所──
「シンジ君、どうしたのかしら?
第三使徒との戦いの時や、訓練時ほどの冴えがないわ。」
リツコが首を傾げる。
地上──
パレットガンを受け取ろうとした初号機だが、使徒によって阻まれる。
その一瞬がスキとなり、電源コードを切断される。
『初号機! 活動限界まであと4分53秒!』
さらに使徒の腕が初号機の足を捕らえる。
「しまった!」
そのまま、初号機は神社の方向へ投げ飛ばされた。
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神社──
「こ、こっちにくる!」
「ぎゃああぁぁぁぁ!!」
まともに地面に激突する初号機。
発令所──
「ダメージは?」
「問題ありません! いけます!」
エントリープラグ──
シンジは初号機の指の間にいる、トウジとケンスケに気づく。
「・・・マジかよ・・・」
眼前に使徒が迫っている!
発令所──
モニターにトウジとケンスケのデータが表示される。
「シンジ君のクラスメート!?」
「なぜこんなところに!?」
地上──
使徒の攻撃が繰り出される。
間一髪、使徒の攻撃を受け止める。
手の装甲が溶け始め、シンジの手にも激痛が走る。
「く・・・」
「なんで戦わんのや!?」
「僕らがここにいるから・・・自由に動けないんだ!!」
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「くそっ!」
シンジは現行命令でホールドした。
発令所──
「シンジ君!?」
「何をする気!?」
エントリープラグが初号機の背中から伸びる。
『そこの二人乗れ! 早く!』
「ちょ・・・ちょっと待ちなさい!
許可のない民間人をエントリープラグに乗せられると思ってるの!?」
ミサトが叫ぶ。
『言ったはずですよ!
僕は親父の命令もネルフの指図も受けない!』
「シンジ君!」
トウジとケンスケが乗ったのを確認すると、初号機は使徒を投げ飛ばした。
「今よ! 退却して! ゲートは34番! 山の東側よ!」
エントリープラグ──
「て、転校生! 退却しろて言うてるで!」
「・・・退却・・・しない。」
え!? となるトウジとケンスケ。
初号機の肩からプログレッシブナイフを取り出す。
『プログレッシブナイフ装着!』
『シンジ君! 命令を聞きなさい! 退却よ!』
『初号機! 活動限界まであと57秒!』
「ここで退却することが良策とは思えない。
万一、使徒が追いついてくれば、第二、第三の君の妹を生み出す可能性がある。」
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「て・・・転校生・・・」
そして、シンジはカッと目を見開くと、猛然と使徒に突進した。
繰り出される鞭のような使徒の腕!
それが初号機の腹部に突き刺さる。
シンジはその激痛に耐えながら、プログレッシブナイフを使徒のコアに突き立てる。
使徒のコアからは、火花が飛び散った。
「く・・・う・・・
おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
シンジの叫び声が、エントリープラグと発令所に響きわたる。
『初号機活動限界まであと10秒!』
マヤのカウントダウンが開始される。
そして、そのカウントが二秒になった時、使徒のコアから出る火花が止まった。
発令所──
「初号機、活動停止。」
「目標は、完全に沈黙しました。」
ミサトは厳しい表情で主モニターに写る初号機を見つめていた。
エントリープラグ──
「・・・転校生・・・大丈夫か?」
「・・・ああ・・・肉を切らせて骨を絶つ・・・
一か八かだったが、うまくいった・・・」
「本当に大丈夫か?」
「ああ。ありがとう。」
頼りない笑顔を見せるシンジ。
どう見ても大丈夫ではなかった。
三日後、学校──
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机に身を伏せているトウジ。
脇ではケンスケがノートパソコンに何か打ち込んでいる。
「今日で三日か。」
「俺たちがたっぷり怒られてから?」
「あいつが来んようになってからや。」
「あいつって?」
わざととぼけるケンスケ。
「転校生や転校生。」
「トウジは不器用だからな。
あの時、別れ際にでも謝っておけば、三日も悶々としなくて済んだんだよ。」
う・・・となるトウジ。
「ほら。」
トウジに紙切れを差し出す、ケンスケ。
「転校生の電話番号。
気になるならかけてみたら?」
公衆電話の受話器をあげるトウジ。
途中まで番号を押すが、何を話せばいいのかわからず、結局受話器を置き、教室に戻
る。
外は、うっとうしい雨が降り続いていた。
・・・つづく
第四話へ
人の価値
第四話 雨、逃げ出した後
鳴り響く目覚ましの音。
ミサトは布団から手だけを出してアラームを止めて起きあがる。
ひどい寝癖がついている。
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(さすがに今日は起こしにきてくれないか・・・)
昨日、使徒との戦いの後、ミサトとシンジは少しもめた。
(ムリもないわね。)
ミサトはおっくうそうに立ち上がり、顔を洗う。
シンジの部屋の方をチラと見ながら、歯を磨いていたが、あまりにも静かなことを不審
に思う。
顔を洗い終わった後、シンジの部屋の前に立ち、ノックする。
「シンジ君。起きなさい。遅刻するわよ。」
しかし、返事はない。
「シンジ君?」
そっとふすまを開けると、中にシンジはいなかった。
「・・・家出か・・・ムリもないわね。」
机の上には「葛城ミサト様へ」と書かれた封筒が置いてあった。
それを開けて、中を読む。
『すいません。
少し頭を冷やしてきます。
気分が落ち着いたら戻ってきます。
二日経っても戻らなかったら、叔父のところへ帰ったと思って下さい。
一応、IDは返しておきます。
シンジ。』
「・・・シンジ君・・・」
ミサトはシンジのIDを手にとって、寂しげな目で見つめた。
ピンポーン。
しばらくして、インターホンが鳴った。
「シンジ君!?」
ミサトは思わず飛び出した。
しかし、そこに立っていたのはシンジではなく、トウジとケンスケであった。
ページ(40)
4.txt
三人とも、一瞬言葉を失う。
沈黙を破ったのはケンスケだった。
「碇君のクラスメートで、相田と鈴原と申します。」
「わし・・・いや、僕が鈴原です。」
トウジが緊張した様子で名乗る。
「相田君と・・・鈴原君。
ああ、昨日初号機に乗った二人?」
「ええ・・・」
「は、はい! この節はご迷惑をおかけしました。」
ケンスケの言葉を遮ってトウジが言う。
「それで・・・」
「それで、昨日の碇君の様子が気になって寄せてもらいました。」
再びケンスケの言葉を遮るトウジ。
普段使わない標準語が、少しおかしい。
「あらそう・・・ごめんね。シンジ君、今ネルフで訓練中なの。」
「ああ、そうですか・・・」
「じゃあ、よろしくお伝え下さい。」
「ええ、伝えるわ。」
そう言って、中に引っ込むミサト。
ケンスケとトウジはしばし呆然となる。
「・・・これは予想外の展開だ・・・」
「えらいべっぴんさんやったなあ・・・」
中では赤い顔してむくれているミサト。
そして、壁を蹴飛ばしながら、
「シンジのバカ!!」
と、叫ぶ。
「・・・バカ・・・」
外はうっとうしい雨がザーザーと降り続いていた。
ページ(41)
4.txt
そんな中、シンジは傘も差さずに歩いていた。
(なぜ、俺はここに来た?)
繰り返される自問自答。
(親父に呼ばれたから。
親父は嫌いなはず。なぜ親父に呼ばれて素直にやってきた?
なんとなく。
別にどうでもよかった。
叔父のところにいても、ここへ来ても、一人であることは変わらない。
でも・・・)
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
初めてミサトの家に行ったときの事が思い出される。
(ミサトさん・・・)
これまでミサトと一緒に過ごした日々を思い出す。
どれも叔父のところに住んでいたときにはなかったものだった。
(初めて感じた他人の温もり。
人、他人。自分じゃないもの。
人は一人。
そして、しょせんこの世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。)
ここに来る前は、ケンカに明け暮れていた。
小学4年生の頃からずっと・・・
それまではただの気弱な少年だった。
父に捨てられたと思いこみ、いつも泣いてばかりいた。
叔父夫婦からも疎まれ、勉強部屋と称した離れに一人住まわされた。
そして、あの男と出会った。
しょせんこの世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。
この言葉をシンジに教えた男に・・・
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ドン。
シンジの回想を停止させるかのように、すれ違う男の肩にぶつかった。
「いてぇな。肩が外れただろうが、このガキ。」
「悪かった。」
シンジは一言だけ謝ると、立ち去ろうとした。
「待てよ、こら。謝って済むと思ってんのか?」
男はシンジを路地裏に連れ込んだ。
数分後、そこには血まみれになった男がうずくまっていた。
シンジは冷たい視線を男に送ると、立ち去った。
いつしか、郊外に出ていた。
そして、草むらの中にあるあぜ道を歩いているとき、遠くから声がかかった。
「碇──っ!」
シンジは不思議そうにそちらに視線を送る。
そこにはケンスケが迷彩服を着て立っていた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
ケンスケの張ったテントの側で飯盒で米を炊いている。
「トウジの奴、反省してた。
妹に怒られたらしいよ。
わたしたちを守ってくれたのは、あのロボットなのよって。」
「・・・あいつの妹さんの具合・・・どうなんだ?」
「ちょっと難しいらしいけど、命に別状はないらしいよ。」
「・・・そうか・・・」
「しかし、うらやましいよな。
あんなきれいなお姉さんと一緒に住んでて、エヴァンゲリオンのパイロットなんだか
ら。
俺も一度でいいから、エヴァンゲリオンを自由に操ってみたい。」
「・・・機会があったら、また乗せてやるよ。」
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「そうか。頼むよ。」
ケンスケはニッコリと微笑んだ。
「飯、食うだろ?」
「ああ。」
ネルフ──
「シンジ君から連絡はあった?」
キーボードをたたきながらリツコがミサトに聞く。
ミサトの返答はない。
「・・・ないの?」
「もう、戻らないかもね。」
「なぜ?」
「あの戦闘の後にね・・・」
二日前、第四使徒を撃退した直後──
「どうして、わたしの命令を無視したの?」
沈黙のシンジ。
「あの二人をエントリープラグに入れたのはまあ、いいとして、どうして退却命令を無視
したの?」
シンジは沈黙を続けている。
「わたしはあなたの作戦責任者よ。
あなたはわたしの命令を聞く義務があるの。」
「・・・・・・」
「聞いてるの!?」
「聞いてますよ。」
「だったら、返事くらいしなさい!」
「ぎゃあぎゃあ、うるせえよ。
耳障りだ。ヒステリーな女の声は。」
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「あんた! もう一度言ってみなさいよ!」
「言ったはずですよ。
俺はネルフの指図は受けない。」
「・・・そんなこと言ってると、いつか死ぬわよ。」
「しょせんこの世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。
死んだら、それは俺が弱かっただけのこと。」
「いい覚悟だわ。・・・と誉められると思ったら大間違いよ。」
「誰が誉めてくれって言いました?
勝手に呼び出されて、エヴァに乗せられて、あれこれ命令されて、たまには勝手な行動
したっていいじゃないですか・・・」
「・・・もういいわ。
うちに帰って休みなさい。」
「・・・・・・」
「なるほどね。」
「彼、強気を装っているけど、本当は繊細な子なのかも知れない。
もし、シンジ君がエヴァに乗ることを苦痛と思ってるなら、もう、戻らない方がいい
わ。
絶対死ぬもの。」
「でも、パイロットは必要よ。」
次の日、ケンスケと別れたシンジは市内に戻ってきていた。
しかし、まだミサトのマンションに戻る気にはならない。
(二日目・・・今日で考えがまとまらなかったら、叔父のところに帰ろう・・・)
試行錯誤を繰り返してふらついているうちに夕方になった。
そして、偶然学校帰りのレイに出会った。
レイはいまだ包帯姿である。
シンジは顔をそむけて横を通り過ぎようとする。
ページ(45)
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「・・・どこ行ってたの?」
レイから話しかけてきた。
シンジは足を止める。
しかし、振り向かない。レイも振り向かない。
お互い背中をあわせて、会話を続ける。
「別に・・・」
「あなたはエヴァのパイロットなのよ。」
「・・・わかってる。」
「葛城一尉が心配してたわ。」
「・・・そうか・・・」
「エヴァに乗るのがイヤなの?」
「わからない。」
「どうして?」
「それを考えるために、しばらく歩き回った。」
「答えは出たの?」
「出ない。
もう少し考えて答えが出なかったら・・・叔父のところへ帰る。」
「そう・・・じゃ、さよなら。」
「待てよ!」
シンジは初めて振り返った。
「俺がいなくなったら・・・君が初号機に乗るのか?」
「そうね。」
レイはまだ振り返らない。
「そんな体でか?」
「あなたには関係ないわ。
ネルフをやめるのなら。」
シンジはハッとなり、目を大きく見開く。
レイはそのまま黙って立ち去った。
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「・・・・・・」
ミサトのマンション──
ピンポーン。
シンジがインターホーンを押すと、しばらくしてミサトが出てきた。
その表情はかなり厳しいものである。
「・・・お帰りなさい。」
「・・・ただいま・・・」
「どう? 二日間もほっつき歩いて、少しは気が晴れた?」
「・・・わかりません。」
「一つだけ聞くわ。
あなたはこれからエヴァのパイロットとしてやっていく気があるの?
それともないの?」
「今日、綾波に会いました。」
「それで?」
「僕がいなくなったら、綾波がエヴァに乗るんですか?」
「そうなるわね。」
「彼女一人に押しつけるなんて出来ません。」
「人のことなんかどうでもいいでしょ?
あなた自身がどうなのか、それを聞かせてちょうだい。」
「・・・結局、エヴァに乗るって決心したのは僕自身です。
だから、僕にはエヴァに乗る義務がある。
一度、口にした以上、覆したくありません。」
「で、結局どうなの?
乗りたいの? 乗りたくないの? それをハッキリさせてちょうだい。」
「乗りたいと言えばウソになります。
でも、乗りたくないことはありません。
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ただ・・・」
「ただ?」
「この前は鈴原の妹が、ケガをしたって聞いて・・・動揺してたんです。」
「・・・・・・」
「本当に、すみませんでした。」
「もういいわ。
じゃあ、エヴァのパイロットを続けていくのね?」
「はい。」
ミサトは深いため息をつき、ようやく表情を和らげた。
「あの、今からご飯の用意します。」
「お願いね。」
次の日、学校──
シンジはまず、レイのところに行った。
「おはよう。」
レイは視線だけをシンジにむける。
すでに包帯はとれている。
「・・・なに?」
「結局、残ることになった。」
「そう。よかったわね。」
そして、トウジとケンスケのところへ。
「二人とも、うちに来てくれてたんだって?」
「ああ。ちょっと気になったもんでな。」
「すまない。」
「ほら、トウジ。」
ケンスケは硬直しているトウジの背中を肘で押す。
「なにかしゃべれよ!」
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「あ、ああ。碇!
この前はすまんかった!
わしのことも殴ってくれ!」
「はあ?」
理解できないと言った顔をするシンジ。
「こういう恥ずかしい奴なんだよ。
それで気が済むんだし、殴ってやったら?」
「・・・・・・
じゃあ、遠慮なく・・・」
「おう! 手加減無しやぞ!」
「・・・やっぱりやめた。」
ガクッとなるトウジ。
「なんでや!」
「その方が面白そうだから。
君には貸しを作ったままにしておくよ。」
「おのれと言う奴は・・・」
「冗談だ。」
急にまじめな顔になるシンジ。
「君の妹を傷つけた事で、僕は君には大きすぎる借りがある。
あの程度で許してもらえると思っちゃいないよ。」
「そのことはもうええ。
エヴァの中で苦しんどるお前の姿見とるからなあ・・・」
「・・・鈴原・・・」
「そんな他人行儀な言い方すなや。
トウジでええ。」
「俺もケンスケでいいよ。」
「・・・僕も、シンジでいい・・・」
シンジはトウジとケンスケの二人と出会えたことが、なんとなくうれしかった。
ページ(49)
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・・・つづく
第伍話へ
人の価値
第伍話 レイ、心のむこうに
22日前、ネルフ本部・第2実験場──
「起動開始。」
ゲンドウの命令と共に、オペレーターたちが動き出す。
「主電源全回路接続開始。」
零号機の起動実験が始まる。
「主電源接続完了。
起動用システム、作動開始。
稼働電圧、臨界点まであと0.5、0.4、0.3、0.2、0.1。
突破。」
「起動システム。第二段階へ移行。」
「システムフェイズⅡ、スタート。」
「接合開始。」
「全回路正常。」
「初期コンタクト、異常なし。」
「左右上腕筋まで、動力伝達。」
「チェック2550まで、クリア。
2580までクリア。
絶対境界線まで後、0.9、0.7、0.5、0.4、0.3。」
徐々にグリーンに変わっていっていた表示が一気にレッドに変わる。
「パルス逆流。」
「中枢神経素子にも拒絶が発生しています!」
「コンタクト停止。6番までの回路を開いて!」
「ダメです。信号を受信しません!」
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「零号機、制御不能!」
暴れ出す零号機。
ついには拘束具を引きちぎる。
「実験中止。電源を落とせ。」
「はい!」
リツコはガラスを叩き割り、その奥にあるレバーを引く。
電源コンセントが外される。
「零号機、予備電源に切り替わりました。」
「活動停止まで後35秒。」
零号機は管制室付近を殴りつける。
ゲンドウはそれをまっすぐ見据えていたが、ガラスが割られると、さすがに少し身をひ
ねる。
「危険です! 下がってください!」
たまりかねたリツコが叫ぶ。
「オートエジェクション、作動します!」
「いかん!」
珍しい感情的なゲンドウの声。
次の瞬間、エントリープラグが零号機の背中から飛び出す。
室内のため、行き場のないエントリープラグが暴れるようにあちこちにぶつかる。
「特殊ベークライト! 急いで!」
壁の至る所から、粘液状の赤い物が吹き出しいまだ暴れている零号機を包み始める。
「零号機、活動停止まであと10秒。」
活動停止のカウントダウンが始まった頃、エントリープラグが落下を始める。
「レイ!!」
ゲンドウの叫び。
我先にゲンドウは実験場に駆け下り、落下したエントリープラグに駆け寄る。
そして、プラグをこじ開けようとハッチのハンドルを掴む。
あまりの熱にゲンドウは思わず飛び退く。
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その際にメガネを落とした。
しかし、ゲンドウはうめき声を上げながら再びハンドルを掴み、こじ開ける。
その様をリツコは悲しいような冷たいような目で見ている。
ようやく零号機は停止した。
開いたエントリープラグの中にレイを呼びながら上半身を入れる。
「レイ! 大丈夫か!? レイ!」
レイは静かにうなずく。
「そうか・・・」
あふれたLCLの熱でゲンドウのメガネが歪んだ。
綾波レイ。
マルドゥック機関により最初に選ばれた最初の被験者。
ファーストチルドレン。
過去の経歴は不明。全て抹消済み。
この零号機の事故の原因はいまだ不明。
ただ、パイロットの感情の乱れが第一原因と考えられる。
仮囲い──
ネルフのスタッフが十数人もかかって、第四使徒を調べている。
その中にリツコの姿も見える。
「これが・・・俺たちの敵・・・」
それを見上げながらシンジがつぶやく。
ミサトもシンジの横で同じように見上げている。
しばらくして、リツコが振り向いた。
「コア以外はほとんど原型をとどめてるわ・・・
ホント、理想的。
ありがたいわ!」
リツコはなにやら楽しそうである。
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「で? なにかわかったの?」
パソコンのディスプレイに601の文字が表示される。
「・・・なに? これ?」
「解析不能のコードナンバー。」
あっさりと言うリツコ。
「つまり、わけわかんないって事?」
「そうね。」
「でも、動力源はあったんでしょ?」
「らしきものはね。
でも、一つだけわかったわ。」
リツコがキーボードを叩くと、ディスプレイになにかが表示される。
それをのぞき込むように見るミサト。
「・・・これって・・・」
「そう、人間の遺伝子と酷似してるわ。
99.89%ね。」
「それって、エヴァと同じ・・・」
「あらためて、わたしたちの浅はかさを思い知らせてくれるわ。」
二人の会話を興味無しに聞いているシンジ、なにげなく部屋の外を見るとゲンドウと冬
月が歩いていく。
二人の動きを思わず追うシンジ。
「これがコアかね?」
「ええ。これ以外は劣化が激しく、サンプルとして問題が多すぎます。」
「かまわん。他は全て破棄だ。」
「はい。」
手を後ろに組んだゲンドウの手のひらの火傷にシンジは気づいた。
「どうしたの?」
不意にミサトが声をかけてくる。
「・・・親父の奴、手のひらに火傷してますね。」
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「火傷?」
ミサトは少し考えてから、リツコを見る。
「知ってる?」
「あなたがここへ来る前、零号機の実験中に事故があったの。
聞いてるわね。」
「はい。」
「その時、パイロットが中に閉じこめられてね。」
「パイロットって・・・綾波ですか?」
「その時、碇司令がレイを助け出したのよ。
加熱したハッチを素手でこじ開けてね。」
「ふ~ん・・・
あの親父がねぇ・・・」
シンジは信じられないと思う反面、実はゲンドウはロリコンではないかと疑った。
(・・・まさか・・・な。)
考えただけで寒気に襲われた。
翌日、学校──
男子はバスケ、女子は水泳である。
試合に出ていない男子は女子のいるプールサイドを見ている。
「みんな・・・ええ乳しとんなあ・・・」
トウジがしみじみという。
シンジは一人ポツンと座っているレイを見ている。
「お、センセ。熱心な目で何見とんねん?」
突然話しかけられ、少し焦るシンジ。
「ああ、綾波をな・・・」
「あ、綾波の胸・・・綾波のふともも・・・」
ケンスケもトウジと一緒になって寄ってくる。
「綾波のふ・く・ら・は・ぎ~。」
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「・・・違うよ。
なぜ、あいついつも一人なのかなって、思ってな・・・」
「ああ?
そう言えば、一年の時に転校してきてずっと一人やな。」
「なんか、近寄り難いんだよね。」
「ほんまは性格悪いんとちゃうか?」
「同じエヴァのパイロットだろ?
シンジが一番知ってるんじゃないのか?」
「そらそうや。」
「・・・そうかもな。」
ネルフ、第6ケイジ──
初号機のエントリープラグ内のシンジ。
正面には零号機のチェックをしているプラグスーツ姿のレイ。
そこにゲンドウが歩み寄っていく。
内容は聞こえないが楽しそうに見えるレイと、優しい微笑みを向けるゲンドウ。
「・・・親父・・・
突然、綾波を今日からお前の母さんだって連れてくるなよ・・・」
見当違いな心配をするシンジだった。
葛城家──
「なによぉ、これぇ。」
悲鳴にも似たリツコの声。
「カレーよ。」
にべもなく答えるミサト。
「相変わらずインスタントな食事ねぇ。」
「お呼ばれしといて文句言わない。」
リツコの分にカレーをかけているシンジ。
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「ミサトさんは?」
「んふふ・・・じゃ~ん。」
カップラーメンを差し出すミサト。
「これにかけちゃって、ドブワァッと。」
「・・・本気ですか?」
「やあねえ。いけるのよ。これ。」
「・・・・・・」
黙ってカップラーメンにカレーをかけるシンジ。
「最初からカレー味のカップ麺じゃこの味は出ないのよ~。」
そう言ってさっさと食べ始めるミサト。
リツコとシンジは同時にスプーンを取り、同時に口にくわえる。
そして、なんとも言えない味に一瞬硬直する。
「・・・これ作ったの、ミサトね。」
「・・・やっぱり僕が作るべきだった・・・」
「それ、どういう意味? シンちゃん?」
「これ、人間の食べ物じゃないですよ。」
ピクッと片眉を上げるミサト。
隣ではなにかドサッと言う音が聞こえる。
ミサトから逃げるようにシンジが覗くと・・・
「うわああぁぁぁ! ペンペン!!」
ペンペンが倒れていた。
「ミサトさん! ペンペンがミサトさんの調合したカレーを食べて倒れてます!」
「あら? お口にあわなかったかしら?」
(絶対違うぞ。)
「シンジ君。やっぱり引っ越しなさい。
がさつな同居人の影響で人生棒にふること無いわよ。」
「もう慣れましたから。」
「そうよ、リツコ。人間の環境適応能力をあなどってはいけないわ。」
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「まあ、せいぜい反面教師にさせてもらいます。」
「そう? それならさぞかしいい大人になれるでしょうね。」
ミサトのこめかみに青筋が浮かぶ。
「それにセキュリティーカードもらったばかりですから、また手続きするの面倒ですし。
」
「あ、忘れるところだったわ。
シンジ君、頼みがあるの。」
自分のバッグの中を探り出すリツコ。
やがて、一つのカードをシンジに差し出す。
「綾波レイの更新カード。
渡すの忘れちゃって。
明日、本部に来るときに届けてくれないかしら?」
「はい。」
カードを受け取り、レイの写真に思わず見入るシンジ。
その様子を二人はニヤニヤしながら見ている。
「どうしちゃったの? レイの写真をまじまじと見たりして。」
「・・・え?」
「ひょっとしてシンちゃ~ん。」
「・・・違いますよ。」
「相変わらず冷静ね。からかいがいのない・・・」
「ミサトと正反対ね。」
「う・・・」
「リツコさん。綾波ってどんな娘ですか?」
「いい娘よ。とても。
あなたのお父さんと似て、とても不器用だけど。」
「なにがですか?」
「生きることが。」
「親父はただの偏屈者です。
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あんなのと一緒にしたら綾波がかわいそうです。」
シンジの言葉にリツコは一瞬、硬直した。
翌日──
シンジはレイのマンションにやってきた。
マンモス団地と呼ばれている場所である。
都市建設に従事した人々が住んでいたマンション街だが、今では人の気配はない。
道路を挟んだ反対側のマンションの大半は壊されている。
今でも、どこからかマンションの取り壊される音が響いてくる。
そんな中にあるマンションの一室がレイの部屋だった。
シンジは何度押しても鳴らないインターホンと、呼んでも返事がないことに多少いらつ
く。
「綾波。いないのか?」
鍵が開いていたため、ドアを開けて中をのぞき込む。
殺風景な部屋の中。
とても女の子が・・・いや、人が住んでいるとは思えない。
「・・・こんなところに・・・住んでいるのか?」
シンジは吸い寄せられるように中に入る。
部屋の奥には冷蔵庫があり、その上には一つのメガネが置いてあった。
「・・・親父の?」
メガネを手に取ると、後ろでカーテンを引く音が聞こえた。
振り向くと、バスタオルを羽織っただけのレイがいる。
シンジは一瞬驚くと、すぐにレイから視線をそらした。
「ご、ごめん。」
一言謝りレイに背中を向ける。
後ろからレイの歩み寄ってくる音が聞こえる。
「・・・・・・?」
レイはシンジの手の中にあるメガネを引ったくるように奪う。
そして、服を着ながら、
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「なに?」
と、静かに聞いてきた。
「・・・カ、カードを届けに来たんだ。
リツコさんが渡すのを忘れたからって言ってたから・・・」
なんとか冷静に説明するシンジ。
「じゃ、カードそこに置いといて。」
相変わらず静かなレイ。
「・・・ああ。」
シンジはカードを置いて出ていった。
なんとなく気になって部屋の外で待つシンジ。
しばらくしてレイが出てくる。
レイはシンジに一瞥をくれると、無視して歩き始める。
シンジも何も言わずついていく。
ネルフにつき、長いエスカレーターまで来たとき、シンジが初めて口を開いた。
「さっきは・・・悪かった。」
「なにが?」
あっさりと言うレイ。
「・・・今日は・・・零号機の実験だったな。
うまく・・・いくといいな。」
返事をしないレイ。
「綾波は・・・怖くないのか?」
「どうして?」
「この前の実験で事故にあったんだろ?」
「・・・あなた、碇司令の息子でしょ?」
「・・・ああ。」
「信じられないの? お父さんのことが。」
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「・・・綾波は・・・信じてるのか?」
「ええ。この世でわたしが信じてるのは、碇司令だけ。」
「・・・俺とは違うな。
俺は、あんな父親など信じない。」
急に振り向くレイ。
息を感じるほどシンジに顔を寄せてにらみつける。
パシン!
レイがシンジを叩く音が響いた。
「・・・・・・」
なぜか怒る気になれなかった。
レイはさっさと先に行ってしまった。
シンジは司令室に向かう。
司令室──
「なんだ?」
ゲンドウの素っ気ない言葉。
シンジとゲンドウの挙動を見守っている冬月。
無言でゲンドウに詰め寄るシンジ。
「・・・あの綾波レイっていったいなんなんだ?」
「・・・・・・」
「お前のことをちょっとけなしたら、いきなり殴ってきやがった。
お前みたいな男をここまで慕うなんて尋常な精神の持ち主じゃないぞ。」
「・・・シンジ君。それは少し言い過ぎではないかね。」
しかし、シンジは冬月の言葉など聞いていない。
「まさかとは思うが・・・
お前、息子と同じ歳の娘に手を出してるんじゃないだろうな?」
シンジはさらにゲンドウに詰め寄る。
「くだらん事をわざわざ言いに来るな。」
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「くだらん事?
重要な問題さ。
いきなり綾波を、今日からお前の母さんだ。などと説明されては困るからな。」
「その心配はない。」
「・・・本当かよ?」
「くどい。」
シンジは深くため息をつく。
「・・・そうか。」
「これより零号機の再起動実験を行う。
お前も立ち会え。」
「ま、よかろう。」
第2実験場──
「これより零号機の再起動実験を行う。
第一次接続開始。」
「主電源、コンタクト。」
「了解。」
「フォーマットフェイズ2へ移行。」
そして、次々と起動作業が繰り返され、ついに零号機は無事起動する。
連動試験を始めようとしたとき、電話を置いた冬月がゲンドウに報告する。
「碇。未確認飛行物体が接近中だ。
恐らく、第五の使徒だな。」
「テスト中断。
総員、第一種警戒態勢。」
「零号機はこのまま使わないのか?」
「まだ戦闘には耐えん。
初号機は?」
「380秒で準備できます。」
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「出撃だ。」
「はい。」
「レイ。再起動実験は成功した。戻れ。」
暗くなる零号機のエントリープラグ。
レイは大きく息を吐き出し、気泡が浮かんだ。
いまだ零号機を見つめているシンジ。
ゲンドウはそれに気づいた。
「どうした? 早く行け。」
「・・・ああ。」
何か嫌な予感を感じているシンジ。
そのせいか少し思い詰めた様子でケイジに向かう。
第三新東京市に接近してくる正八面体の使徒。
『目標は芦ノ湖を通過。』
『エヴァ初号機、発進準備。
第一ロックボルト、外せ。』
「解除確認。」
『了解。
第二拘束具除去。』
『エヴァ初号機、発進準備よし。』
「発進!!」
ミサトが号令をかけ、初号機が射出される。
その時、青葉が焦った声で報告をもたらす。
「目標内部に、高エネルギー反応!」
「なんですって!?」
「円周部を加速! 収束していきます!」
「まさか・・・!」
地上に出る初号機。
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「ダメ! よけて!」
使徒からレーザーのようなものが発射される。
レーザーはビルを飴のように溶かし、初号機に迫る。
「!!」
・・・つづく
第六話へ
人の価値
第六話 決戦、第3新東京市
「ダメ! よけて!」
正八面体の使徒からレーザーのようなものが打ち出される。
それはビルを飴のように溶かして初号機に迫る。
「!!」
初号機はとっさに両手を前につきだし、防御した。
「く・・・うう・・・」
『初号機の手部に強力なATフィールド発生!』
初号機の作り出したATフィールドは、なんとか使徒のレーザー、加粒子砲を防いでい
た。
「も・・・戻してくれ! 耐えられん!!」
『戻して! 早く!!』
ジオフロントに戻される初号機。
今まで初号機の立っていた場所で爆発が起こる。
同時に使徒の加粒子砲が止まった。
「目標! 沈黙!」
「シンジ君は!?」
『大丈夫ですよ。ミサトさん。』
大きくため息をつくミサト。
「シンジ君。今の防御はどうやったの?」
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リツコが問う。
『初号機の手のひらにATフィールドの全エネルギーを集中させたんですよ。』
「なるほど、一点集中ね。」
「あの一瞬でそれを思いつき、実行したというの・・・?」
ミサトのみならず、皆驚きを隠せない。
しかし、シンジの声は暗い。
(・・・ちくしょう・・・ちくしょう・・・ちくしょう・・・)
シンジの心の中は敗北感と屈辱感でいっぱいだった。
「使徒、移動を開始。」
そして、使徒はネルフ本部の直上で止まる。
使徒の下部からドリルのようなものが出てきて、穴を掘りながら進んでいく。
初号機は収納され、作戦の立て直しとなった。
まずは使徒の特徴を得るために、初号機の1/1バルーンダミーを接近させる。
ダミーが銃をかまえた瞬間、使徒から加粒子砲が発される。
「ダミー! 蒸発!」
「次。」
トンネルから独12式自走臼砲が現れ、使徒を攻撃する。
しかし、ATフィールドにあっさりと阻まれ、逆に加粒子砲が直撃する。
「12式自走臼砲、消滅。」
「・・・なるほどね。」
ミサトは笑みを浮かべて言う。
「これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと
推測されます。」
「エリア侵入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。
エヴァによる近接戦闘は危険すぎますね。」
「ATフィールドはどう?」
ページ(64)
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「健在です。
相転移空間を肉眼で確認できるほど強力なものです。」
「生半可な攻撃では泣きを見るだけですね。こりゃ。」
意外に楽天的な口調の日向。
「攻守ともにほぼパーペキ。まさに空中要塞ね。
で? 問題のシールドは?」
「現在、我々の直上、第三新東京市0エリアに侵攻。
直径17.5mの巨大なシールドがジオフロント内のネルフ本部に向かい、穿孔中で
す。」
「敵はここに直接攻撃を仕掛けるつもりですね。」
「しゃらくさい。
で? 到達予想時刻は?」
「明日午前0時6分54秒。
その時刻には、全ての装甲防御を貫通してジオフロントに到達するものと思われます。
」
ミサトはチラッと時計を見る。
「あと、10時間足らずか・・・」
『敵シールド、第1装甲板に接触。』
「初号機の状況は?」
ケイジ──
「超強力なATフィールドを発生させた影響と、敵の攻撃による負荷で両腕に無数の亀裂
があるわ。
でも、そうたいしたものじゃないから、すぐに修理できるわ。」
作戦室──
「了解。
零号機は?」
ケイジ──
ページ(65)
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「再起動に問題はありませんが、まだフィードバックに誤差が残っています。」
「戦闘はまだ無理ね。」
作戦室──
「初号機のパイロットは?」
「プラグスーツのまま、パイロットの待機室に閉じこもっています。」
「・・・そう・・・」
待機室──
(くそ!
必ず倒してやる。
だが、どうやって?
あと3秒照射されていたら持たなかった。
とても反撃はできねえ。
何か方法を思いつかねえと、このままじゃ俺は負け犬だ!)
作戦室──
「状況は芳しくないわね。」
「白旗でも上げますか?」
「その前にチョッチ・・・やってみたいことがあるの。」
司令室──
「目標のレンジ外、超長距離からの直接射撃かね?」
「そうです。目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー収束帯による一点突破しか
方法はありません。」
「MAGIはなんと言ってる?」
「MAGIによる回答は、賛成2、条件付き賛成が1でした。」
「勝算は8.7%か。」
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「最も高い数値です。」
「反対する理由はない。やりたまえ、葛城一尉。」
「はい。」
力強い表情のミサト。
エスカレーター──
「しかしまた、無茶な作戦を立てたものね。葛城作戦部長さん。」
少し呆れ顔でリツコが言う。
「無茶とは失礼ね。
残り9時間以内で実現可能。おまけに最も確実な作戦よ。」
「・・・これがねぇ。」
二人はやがてエヴァ専用のポジトロンライフルの置いてある場所についた。
「でも、うちのポジトロンライフルじゃ、そんな大出力に耐えられないわよ。
どうするの?」
「決まってるじゃない。借りるのよ。」
「借りるって・・・まさか──。」
「そ、戦自研のプロトタイプ。」
筑波、戦自研格納庫──
「以上の理由により、この自走陽電子砲は特務機関ネルフが徴発いたします。」
「しかし・・・かと言ってそんな無茶な・・・」
「可能な限り原形を止めて返却できるよう努めますので。」
渋る軍人たちを無視してさっさと話を進めていくミサト。
「では、ご協力感謝いたします。
いいわよ~。レイ。持っていって。」
天井をはがして現れる零号機。
「精密機械だからそうっとね。」
「しかし、ATフィールドをも貫くエネルギー産出量は最低1億8千キロワット。
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それだけの電力をどこから集めて来るんです?」
「決まってるじゃない。
日本中よ。」
待機室──
着々と戦闘準備が進んでいる。
作戦は「ヤシマ作戦」と命名され、二子山の山頂からポジトロンライフルで使徒を射撃
することとなった。
そんな中、シンジはいまだここにこもっていた。
腕を組み、うつむいていると、扉が開きレイが入ってきた。
食事を乗せたコンテナを押している。
「・・・綾波・・・」
「明日午前0時より発動されるヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。
碇、綾波の両パイロットは本日17:30ケイジに集合。
18:00エヴァンゲリオン初号機、及び零号機、起動。
18:05出動。
同30二子山仮説基地に到着。
移行は別名あるまで待機。
明日0:00作戦行動開始。」
「・・・どんな作戦なんだ?」
「二子山からエヴァによる超長距離からの直接射撃。」
「ATフィールドを中和せずにか?」
「そうよ。」
「ふん・・・さすがミサトさん。
俺が考えたのとほとんど同じ戦術だ・・・」
シンジは口の端を少し上げて薄く笑った。
「食事。」
そんな事に興味を持たないかのように、レイは食事の乗ったトレイをシンジに差し出
す。
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「・・・いらない。」
「60分後に出発よ。」
「わかっている。」
「そう。」
レイはトレイをコンテナに戻す。
「じゃ、さよなら。」
「・・・さよなら、か・・・」
学校、屋上──
「えらい遅いなあ。もう避難せなあかん時間やで。」
「パパのデータちょろまかして見たんだ。この時間に間違いないよ。」
「そやけど出てこおへんなあ。」
その時、山の方から鳥の鳴き声が聞こえてきた。
同時に、山が扉のように開く。
「山が・・・動きよる。」
「エヴァンゲリオンだ!!」
喜々として立ち上がるケンスケ。
初号機が射出口から現れ、次いで零号機も現れる。
「綾波も一緒やないか。」
歩き始める二体のエヴァ。
「がんばれよぉ~っ。」
「頼んだぞ──っ。」
口々に声援を送るトウジたち。
二子山、仮設基地──
シンジは置かれたポジトロンライフルを見ながらリツコに問う。
「こんな野戦向きじゃない武器。役に立つんですか?」
「仕方ないわよ。間に合わせなんだから。」
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「・・・・・・」
「理論上は問題ないけど、銃身や加速器が持つかどうかはわからないわ。
こんな大出力で発射したこと、一度もないもの。」
「本作戦における各担当を伝達します。
シンジ君。あなたは砲手を担当して。」
「・・・・・・」
「・・・返事は?」
「僕は防御を担当します。」
「シンジ君!?」
「あの盾は防御用でしょ?」
シンジは置かれている盾をアゴで指してリツコに聞く。
「ええ。そうよ。
あの砲撃にも17秒は耐えるわ。」
「それも理論上は、でしょ?
万一、盾が持たなかった場合、盾無しでも奴の攻撃を少しでも防げる僕が防御を担当し
た方が都合がいい。」
「でも、今回はより精度の高いオペレーションが必要なのよ。
シンクロ率の高い、シンジ君が砲手を担当した方が命中率は高いわ。」
「攻撃は最大の防御、って言いますけど、備えなくして攻撃をすることは愚の骨頂。
大丈夫です。綾波なら必ず命中させてくれますよ。」
「・・・わかったわ。」
シンジの言葉にミサトが同意する。
「葛城一尉!?」
「シンジ君は盾で防御を担当。
レイは砲手を担当して。」
「はい。」
「じゃ、二人とも準備して。」
「はい。」
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エヴァ、搭乗タラップ──
「明かりが消えていく・・・」
自分たちの周りの必要最低限な光を除き、全て消え去った。
「綾波。」
「なに?」
「なぜ、綾波はこれに乗るんだ?」
「絆だから。」
「絆?
・・・親父との?」
「みんなとの。
わたしには他に何もないもの・・・」
「なにもない?」
「もし、エヴァのパイロットをやめてしまったら、わたしにはなにも残らないから。
それは死んでいるのと同じだわ・・・」
「・・・そうか・・・」
「時間よ。
行きましょ。」
「ああ。」
レイはシンジを見向きもせず、零号機に乗ろうとする。
「綾波!」
レイは黙ってシンジを見る。
「必ず守ってやるから。」
「・・・そう。
じゃ、さよなら。」
0:00:00──
「時間です。」
「レイ。日本中のエネルギー、あなたに預けるわ。」
ページ(71)
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『はい。』
「ヤシマ作戦、スタート!」
「第一次接続開始。」
「第一から第803区まで送電開始。」
「電圧上昇、圧力限界へ。」
「全冷却システム、出力最大。」
「陽電子流入、順調なり。」
「第二次接続。」
「加速器、運転開始。」
「第三次接続、完了。」
「全電力、ポジトロンライフルへ。」
「最終安全装置、解除。」
「撃鉄、起こせ。」
ライフルの安全装置が『安』の文字から『火』に変わる。
レイの顔上部に照準を合わせるためのモニターが降りてくる。
「地球時点誤差修正、プラス0.0009」
「電圧、発射点へ上昇中。あと10秒。」
カウントダウンが始まる。
カウントが6秒にさしかかったとき、マヤから焦りの混じった報告がもたらされる。
「目標に高エネルギー反応!」
「なんですって!」
「発射!」
レイがスイッチを押す。
ライフルから陽電子が発射される。
同時に使徒も加粒子砲を発射。
すれ違いざまに干渉しあうエネルギー。
二つは螺旋を描いた。
そして、双方見当違いの方向に着弾する。
ページ(72)
4.txt
移動指揮車には爆発の衝撃が襲い、ガラスが割れ、リツコが転ぶ。
やがて、それがおさまるとミサトはガバッと起きあがり、
「ミスった!!」
と、叫んだ。
「敵シールド! ジオフロントに侵入!」
「第二射! 急いで!」
急いで撃鉄を起こす零号機。
「ヒューズ交換、再充填開始。」
「目標に高エネルギー反応!」
「まずい!」
その瞬間、使徒から再び加粒子砲が発射される。
「レイ!」
誰もが零号機に直撃したと思った。
しかし、初号機が盾を持って零号機を守っている。
「碇君!」
「盾が持たない!」
「まだなの!?」
「あと十秒!」
盾と一緒に初号機が溶けていく。
そして、ついに盾が完全に融解する。
「く・・・おおおぉぉぉぉぉっ!!」
初号機の手に一点集中させたATフィールドが発生する。
しかし、それも完全な防御となりえず、シンジの両腕が悲鳴を上げる。
人々にとってとてつもなく長い時間に感じられた10秒がようやく経ち、照準がそろ
う。
レイは迷わずスイッチを押す。
陽電子は再び発射され、それは正確に使徒のコアを貫いた。
炎上する使徒。
ページ(73)
4.txt
「よっしゃぁ!!」
そして、ネルフ直上でシールドも停止する。
「碇君!」
動かなくなった初号機の背中のハッチをこじ開ける。
エントリープラグが半分飛び出し、LCLが排出される。
レイは零号機から降り、加熱した初号機のエントリープラグをこじ開ける。
まるで、ゲンドウが自分を助けるときにとった行動のように。
「碇君!」
エントリープラグの中で頼りない笑顔を向けているシンジ。
「助けるなら・・・もっと静かにやってくれよ。」
「・・・ごめんなさい・・・」
シンジは大きくため息をつく。
「勝ったな。」
「・・・うん・・・」
「どうした?」
「ごめんなさい。こういう時、どんな顔したらいいのかわからないの。」
「・・・・・・」
シンジは起きあがってレイの頭をポンポンと叩く。
「笑えばいいと思うぜ。」
レイはハッとなる。
一瞬浮かぶゲンドウの笑顔。
そして・・・レイの顔にわずかな時間だが、間違いなく笑顔が浮かんだ。
「・・・行こう。」
「歩ける?」
「大丈夫だ。」
二人は肩を並べて歩く。
「・・・どうして、お前はあんなに焦って助けようとしてくれたんだ?」
「・・・わからない。」
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「そうか。」
「ただ・・・あなたの『必ず守ってやるから』って言葉が、なんとなくうれしかった。」
「・・・そうか。」
遠くからたくさんの懐中電灯が近づいてくる。
どうやらミサトたちが救出に来てくれたようだ。
・・・つづく
第七話へ
人の価値
第七話 人の造りしもの
ネルフ、司令室──
「また、君に借りが出来たな。」
現在、この部屋にはゲンドウしかいない。
電話をかけている。
『返すつもりもないんでしょ?
彼らが情報公開法をタテに迫っていた資料ですが、ダミーも混ぜてあしらっておきまし
た。
政府は裏で法的制御を進めていますが、近日中に頓挫の予定です。
で、どうです? 例の計画の方もこっちで手を打ちましょうか?』
「いや、君の資料を見る限り問題は無かろう。」
『では、シナリオ通りに。』
トーストから焼けたパンが飛び出す。
シンジはそれを食べ始め、横ではペンペンが焼き魚を丸飲みしている。
「・・・なんでペンギンのくせに焼き魚なんだ?」
「クワッ!」
「・・・わかんねえよ。」
シンジはペンギンは生魚を食べると思いこんでいた。
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やがて、ふすまが開けられ、ミサトがだらしなく腹をさすりながら起きてきた。
「・・・おはようございます。」
少し不機嫌なシンジの挨拶。
「ふわあああぁぁぁぁぁ・・・おはよ。」
それにあくびつきで返すミサト。
そして、いきなりビールの一気のみを始める。
「ぷはあぁぁっ!!
くううぅ・・・やっぱ朝一番はこれよねぇ~。」
「・・・酔いどれ年増が。」
「なにか言った?」
ミサトのこめかみに青筋が浮いている。
どうやら聞こえたようだ。
「いいえ。なにも。」
シンジはわざと神経を逆なでするような口調で言った。
「なによ。」
「ミサトさんがその歳でいまだに一人なの、わかった気がします。」
「わ、悪かったわね。がさつで。」
「ずぼらもでしょ。」
「う、うっさいわね。」
口を膨らませて横を向くミサト。
「ミサトさんが家事ができるようにするなんて無理なことはわかりました。」
ヒクついているミサト。
「で? 今日本当に学校に来るんですか?」
「あったりまえでしょ。進路相談なんだから。」
「でも、仕事で忙しいのに・・・ってこれも仕事か。」
「ま、ね。」
ピンポ─ン。
インターホンの受話器を取るミサト。
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「あら、わざわざありがとうね。ええ、ちょっと待っててね。」
(・・・よくそんな猫なで声だせるよ。)
「ミサトさん。そんな格好で出ないで下さいよ。」
「はいはい。」
ドアが開けられる。
「おはよう。碇君!
では、ミサトさん! 行ってきます!」
のぞき込むように体を乗り出して叫ぶトウジとケンスケ。
「いってらっしゃい。」
手だけ出すミサト。
「おお~・・・」
ミサトの美声に感動したのか、出てきてくれないことが悲しいのかわからないが、号泣
する二人。
「置いてくぞ、二人とも。」
さっさと行ってしまうシンジ。
学校──
「よう。元気か? 綾波。」
「・・・うん・・・」
簡単に静かな声で答えるレイ。
シンジはそれに満足し、自分の席に着く。
それを怪訝な目で見るトウジとケンスケ。
「なんやシンジ。綾波に挨拶するなんて珍しいやないか。」
「そう?」
「そうだよ。
今まではしてなかったじゃないか。」
「・・・ま、同じパイロットだし、クラスメートだからな。」
「さてはお前らなんかあったな?」
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「なんかってなんだよ。」
「ああ・・・シンジはいいよな。
ミサトさんみたいな美人と同居するだけでは飽きたらず、綾波まで・・・」
「なんかおごれ!」
「なんでそうなるんだよ。」
その時、遠くから爆音が聞こえてきた。
強烈なスピンターンで駐車場の白線内にピタッと止まる青い車。
ミサトのルノーである。
「おお! いらっしゃったで!!」
窓際に走っていくトウジとケンスケ。
大きくため息をつくシンジ。
「やれやれ。」
後ろではクラス委員長の洞木ヒカリが騒ぎ立てる男子たちを見て、
「バカみたい。」
と、つぶやいていた。
「ああ・・・あんな人が彼女やったらなあ・・・」
(苦労すると思うけどな・・・)
シンジは思いながらも口には出さなかった。
(彼女か・・・綾波なんかいいかも知れないな・・・)
レイの方を知らず知らず見てしまったシンジ。
レイはそれに気づいているのかいないのか、廊下の方をジッと見ている。
(・・・なにを考えてるんだ? 俺は。)
シンジは自嘲気味に笑った。
ネルフ──
学校が終わった後、シンジはネルフを訪れた。
昇降機の上で、ミサト、リツコ、日向、マヤの会話を黙って聞いている。
「初号機の修理はどう?」
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「両腕部が中破ですから、修理自体にたいした問題はありません。」
リツコの質問にマヤが答える。
「後は予算の問題ね。」
「ええ。上の使徒の処理、破壊された兵装ビルの修理、零号機の調整。
追加予算枠のギリギリです。」
「これでドイツから弐号機が届けば少しは楽になるのかしらね。」
ため息が聞こえてきそうな雰囲気でリツコが言う。
「逆かも知れませんよ。」
日向が皮肉混じりに言う。
「全くお金に関してセコイところねぇ。人類の命運をかけてるんでしょ? ここ。」
ミサトの言葉には刺が混じりまくっている。
「しかたないわよ。人はエヴァのみで生きるにあらず。
生き残った人たちが生きていくにはお金が必要なのよ。」
「・・・予算ね。
じゃ、司令はまた会議なの?」
「ええ。今は機上の人よ。」
「司令が留守だと、ここも静かでいいですね。」
「・・・ドイツには弐号機があるんですか?」
会話が一区切りついたところでシンジが横から口を出した。
「ええ。そうよ。セカンドチルドレンと一緒に。」
「セカンドチルドレン?
なるほど、綾波がファーストで僕がサードなのはおかしいと思った。」
「聡明な子よ。とっても。
あなたたちと同い年だけど、もうドイツの大学出てるしね。」
「・・・学歴が高いからと言って、必ずしも人間として優れているとは限りませんよ。」
「あら、シンちゃん、やきもち?」
「は? 事実を言ったまでですよ。」
シンジはリツコとミサトを交互に見る。
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「なによ、何が言いたいわけ。」
「専攻学科が違うとはいえ学歴は同じでも、こうも差が出るものか・・・」
ため息混じりに言うシンジ。
「ちょっと、どういう意味かしら?」
本日二度目の青筋を浮かべるミサト。
「自分で考えて下さい。」
そう言って、ちょうど止まった昇降機から飛び降りると、さっさと去っていくシンジ。
追いかけはしないが明らかに不機嫌なミサト。
後ろで笑いをこらえているマヤ。
ミサトが爆発しないかハラハラしている日向。
なんとなく機嫌の良さそうなリツコがそのシンジを見送った。
「マ~ヤ~ちゃん。
なにがそんなにおかしいのかなぁ?」
不気味な笑みを浮かべてミサトがマヤに詰め寄る。
「え? いえ、その・・・」
「ほら、言ってごらんなさいよ。
ハッキリと。ね?」
異様な雰囲気のミサトに数歩後ずさるマヤ。
「人の後輩に八つ当たりしないでくれる?」
横からマヤに助け船を出すリツコ。
「八つ当たりなんてしてないわよ。」
「そんな事よりあれ。予定通り明日、やるそうよ。」
急にミサトはマジな顔になる。
「・・・わかったわ。」
飛行中のUN所有の飛行機。
ゲンドウは一人静かに座っていたが、一緒に乗っている男が横にやってくる。
「失礼。便乗ついでにここ、よろしいですか?」
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ゲンドウは返事をしない。
しかし、男はそれを了承と受け取り隣に座る。
「サンプル回収の修正予算、あっさりと通りましたね。」
「委員会も自分が生き残ることだけを考えている。そのための金は惜しむまい。」
「使徒はもう現れない。と言うのがこれまでの彼らの論拠でしたからね。
もう一つ、朗報です。
米国を除く全ての理事国がエヴァ六号機の予算を承認しました。米国も時間の問題でし
ょう。
失業者アレルギーですからね。あの国。」
「君の国は?」
「八号機から建造に参加します。
第二次整備計画はまだ生きてますから。ただ、パイロットが見つかっていない。という
問題はありますが。」
「使徒は再び現れた。
我々の道は、彼らを倒すしかあるまい。」
「わたしも、セカンドインパクトの二の舞はゴメンですからね。」
翌日──
昨日と同じ朝の風景。
最近ではミサトを起こすのが面倒くさくなっているシンジ。
ミサトが起きてくるこないに関わらず、さっさと朝食を食べ始める。
ペンペンも同様である。
いろいろと世話をしてくれるシンジにペンペンはそれなりに感謝している。
そして、ふすまが開くとそこにはだらしない格好のミサトがいる、と思いきやネルフの
正装に身を包み、凛としたミサトが立っている。
「おはよ。」
「・・・おはようございます。」
「クワアァ!」
ペンペンは驚いている。
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「仕事で旧東京まで行って来るわ。
帰りは遅くなると思うから。」
「わかりました。行ってらっしゃい。」
いつもと違うミサトにいつも通りの対応をするシンジ。
ピンポーン
「おはよう。碇君!
では、ミサトさん、行ってきます!」
「今日はいないよ。
仕事で旧東京へ行ったから。」
二人の横をさっさと通り過ぎるシンジ。
「なんやつまらん。」
「せっかく来たのにな。」
「鍵閉めるから早く出てくれないか?」
「おお、すまんすまん。」
学校──
(遅くなるか。
じゃあ、晩飯は一人か。)
昔からそれに慣れているが、最近はミサトと一緒に夕食を食べているため、いないとな
ると寂しく思うシンジ。
(そう言えば綾波も一人だったな。
たまには誘ってみるか。)
とは言っても、授業前の人の多いクラスでそんな事をすれば大騒ぎになるのは必定なの
で、放課後になるのを待つことにした。
昼休み──
「そういやミサトさん、旧東京に何しに行ったんだ?」
ケンスケがパンを頬張りながら聞いてくる。
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「知らない。」
「なんや、シンジ。そんなことも聞いとらんのか?」
「別に僕はネルフの仕事に興味があるわけじゃない。
ミサトさんが仕事でどこへなにしに行こうと関係ないよ。」
「冷めたやっちゃなあ。」
「気になるなら、綾波に聞いたらどうだ?」
三人ともレイの方を見る。
レイは一人本を読んでいる。
「・・・お前が聞いてくれ。
わしはあいつ苦手や。」
「俺も。」
「・・・綾波!」
シンジが呼ぶとレイは本から顔を上げる。
「ちょっと。」
手招きをするとレイは本を置き、こちらへやってきた。
「なに?」
「ミサトさん、旧東京へなにしに行ったか知らないか?」
「JAの完成パーティー。」
静かに要点だけを答えるレイ。
「JA?」
「日本重化学工業がエヴァに対抗して作ったと思われる決戦兵器、としか知らないわ。」
「それで十分だ。ありがとう。」
「もういいの?」
「ああ。」
レイは静かに自分の席に帰り、再び本を読み始める。
「・・・だそうだ。」
「ふ~ん。」
とたんに冷めたようなトウジ。
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「いいなあ。俺もそのJAっての見てみたいよ。」
心底うらやましそうなケンスケ。
「ケンスケのそう言うところ、僕にはよくわからない。」
「わしも。」
「わからないかなぁ。男のロマンだよ。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
恍惚として言うケンスケに二人はもはや何も言えなかった。
放課後──
「綾波。」
「なに?」
「今晩、なにか用事あるか?」
フルフルと首を振るレイ。
「うちに晩飯でも食いに来ないか?」
「どうして?」
「ミサトさんいないから、今晩一人なんだよ。
ペンペンはいるけど。」
「別に構わないわ。」
「そうか。じゃあ、七時頃来いよ。
ごちそうするぜ。」
「うん。」
その時、いきなりシンジに組みかかってくる影二つ。
「ぐ!」
首を絞められ思わず息の詰まるシンジ。
「なんや、シンジ!
ミサトさんのおらん家に綾波をさそてなにするつもりや!」
「まさか、あんな事や、こんな事する気じゃないだろうな!」
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「トウジ、ケンスケ。
帰ったんじゃなかったのか!?」
「先に帰れなんて言うから、妖しいと思っとったんじゃ!
吐け! なにするつもりや!」
その時、シンジの携帯電話が鳴る。
一瞬に収まる喧噪。
「もしもし。」
『シンジ君、出撃だ。』
日向の声である。
「出撃? 非常事態宣言はまだ出てませんよ。」
『使徒の襲来じゃない。
別の件だ。』
「なんだかわかりませんが、ネルフに行けばいいんですね?」
『そうだ。頼むよ。』
「了解。」
シンジは電話を切った。
「・・・と、言うわけだ。
すまんがまた今度にしよう、綾波。」
「ええ。」
「じゃな、トウジ、ケンスケ。」
「お、おお。気いつけてな。」
「がんばれよ。」
シンジはネルフに向かって駆けだした。
その30分後、シンジは防護服に身を包んだミサトと共に巨人機に乗っている。
「目標はJA。五分以内に炉心融解の危険性があります。
ですから目標をこれ以上人口密集地に近づけるわけにはいきません。
日向君。」
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「はい。」
「エヴァを切り離した後は、安全高度まで上昇して。」
「シンジ君。」
「はい。」
「目標と併走し、わたしを乗せたら出来うる限り目標をせき止めて。」
「乗る気ですか?」
「ええ。そうよ。」
「・・・無茶は承知、ですか?」
「やれること、やっとかないと後味悪いでしょ?」
「なら、ここで議論してるよりさっさと動きましょう。
時間が限られてるなら、早くしないと。」
「そうね。」
いい笑顔を見せ合うミサトとシンジ。
「目標を肉眼で確認。」
日向が報告する。
『エヴァ投下位置。』
「ドッキングアウト!」
「了解!」
投下される初号機。
ミサトに衝撃を与えないように着地する。
そして、全力で駆け出す。
すぐに追いついた。
初号機はJAの背中を掴み、動きを止めミサトを乗り付ける。
「気をつけて。」
Vサインを出して中に乗り込んでいくミサト。
初号機はそのままJAを押さえ込む。
シンジは簡単な仕事だが、中にいるミサトはそうではなかった。
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「エラー?」
JAの責任者に聞いたプログラム消去のパスワードを打ち込んでもエラーが表示される
だけである。
「・・・間違いない。プログラムが変えてあるんだわ。」
ミサトはチラと脇を見る。
「こうなったら一か八かね。」
満身の力を込めて制御棒を押し込むミサト。
炉心融解が迫る。
シンジはそれでも冷静にミサトを待っていた。
(・・・おかしい。
作戦部長のミサトさんが、管轄外で命の危機に直面してるのに撤退命令がない。
・・・まさか・・・)
「動けぇ~・・・このぉぉぉぉぉっ!」
離れた場所にある管制室で、
「ダメです! 爆発します!」
と、報告がされたとき、突然制御棒が沈み込んだ。
そして、動きの止まるJA。
『ミサトさん。大丈夫ですか?』
「ええ。もう最低だけどね。」
『それはよかった。』
(JAの暴走と停止。誰かに仕組まれてたみたいね。)
(・・・親父・・・)
ネルフ、司令室──
「初号機の撤収作業、完了しました。汚染の心配はありません。
葛城一尉の行動以外は全てシナリオ通りです。」
リツコがゲンドウに報告する。
「ご苦労。」
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翌日──
またも同じ朝の光景。
ふすまの向こうからはいつも通りだらしないミサトが現れる。
「ふわあああぁぁぁぁ。」
そして、いつも通りビールを飲む。
「プハ──ッ!! くううぅぅぅぅ!」
「結婚はいつのことですかね?」
「なによぉ。」
「ミサトさんの外見にだまされてるかわいそうな奴らだっているんですから、少しは行動
を慎んで下さい。」
「だまされてるってどういう意味よ!?」
「そのままですよ。」
「うぬぬぬぬ! 今日という今日は決着をつけてあげるわ!」
「残念ながら僕は学校ですんで。
今日は日直だから早く行かなきゃいけないんです。じゃ。」
「あ、こら! ちょっと待ちなさい!」
「待てと言われて待つ奴はいません。」
「こら~!」
(朝っぱらからギャアギャアギャアギャア・・・
うるさいったらありゃしねえ。
だが・・・俺は心のどこかでこんな毎日を望んでいたのかも知れない。
・・・家族・・・か・・・)
自然と表情が緩むのをシンジは自分で感じ取っていた。
・・・つづく
第八話へ
人の価値
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第八話 アスカ、来日
ネルフ──
巨大なスクリーンの正面にいるシンジ、レイ、ミサト、リツコ。
スクリーンには輸送中の弐号機の様子が映っている。
第六使徒との戦い。
使徒が輸送船に激突すると同時に別の船に飛び移る弐号機。
そして、空母に飛び移るとプログナイフを構え、迎え撃つ。
飛びかかってきた使徒の腹部を大きく切り裂く。
「この後、戦艦二隻による零距離射撃。
太平洋艦隊の力を借りたとは言え、出撃からわずか36秒で使徒殲滅。
噂通りね。
セカンドチルドレンの実力は。」
リツコがコーヒーを片手に淡々と言う。
「しかし、なぜ使徒があんなところに・・・」
「輸送中の弐号機を狙ったとも考えられるわ。」
「その弐号機は?」
「第5ケイジで冷却中。アスカはホテルで休んでるわ。」
ミサトたちの会話を興味のない様子で聞いているシンジ。
相変わらずなにを考えているのかわからないレイ。
「どう? 新しい仲間の戦いぶりは?」
ミサトがシンジに聞く。
「・・・ま、B型装備でなおかつ海上での戦いであれだけ動ければ大したものなんじゃな
いですか?」
「余裕ね。シンちゃん。
でも、油断してると女の子に負けちゃうわよ。」
「ふ~ん。」
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「ま、明日正式に紹介するわ。
学校が終わったらまっすぐこっちにいらっしゃい。」
「はい。」
シンジとレイは帰路につく。
その途中、エレベーター──
「綾波はセカンドチルドレンの事知ってるのか?」
「会ったことはないわ。」
「そうか。
ま、これで少しは楽になるのかな?」
「そうとも限らないわ。」
「何故だ?」
「・・・わからない。」
「おかしな奴だな。
あ、そうだ。今日ミサトさん仕事で帰ってこないらしいんだ。
どうだ? 今夜、一緒に晩飯でも。」
「構わないわ。」
「そ、か。
じゃあ、何が食いたい?」
「肉はイヤ。」
「・・・変わった奴だな。」
スーパー──
「肉はイヤ、か。
せっかく誘ったんだから簡単なものじゃ悪いしな。」
「別に簡単で構わないわ。」
「そういうわけにはいかない。」
シンジとレイは二人で夕食の買い出しをしている。
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中学生の男女が一緒に買い物をしているということで、変な目で見る人たちもいたが、
二人とも特に気にしていない。
シンジは適当に材料を放り込んでさっさとレジに行き、精算を済ませる。
レイはその後を黙々とついて来ている。
シンジはそんなレイを見て、なんとなく優しい気分になるのだった。
ミサトの家──
「じゃ、準備するからその辺に座ってたらいい。」
シンジはキッチンにあるイスを指す。
レイは黙って言われた通りにチョコンと座った。
それを確認してから料理を始める。
コンロに火をつけ、水をはった土鍋をのせる。
シンジの作ろうとしているもの、それはおでんであった。
(このクソ暑いのにおでんとは・・・
しかし、肉を使わない料理なんてこれか野菜炒めくらいしか思い浮かばねえ。)
料理は得意なくせに、知識の乏しいシンジだった。
年中夏となった日本でおでんを食べるのは珍しい。しかし、いまだに屋台と言えばおで
んが多いので、知らない者はいない。
お湯が煮立ったところで大根を放り込む。
大根はやはり溶けるほど煮た方がうまい。
だから、最初に入れるのである。
(・・・俺の好みで作るとまずいかな?
まあ、いいか。)
他のタネも用意した後、冷や奴を作る。
(・・・おでんと冷や奴・・・
アンバランスだな。)
と、思いつつも作るのをやめないシンジ。
(この組み合わせで食べる奴なんていないかな?)
普通、おでんは冬、冷や奴は夏に食べる物なので、おそらくいない。
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それ以前にこの暑い中、汗をかきながらおでんを食べようとする者自体少ない。
ある程度煮えたところで、今度はテーブルにコンロを用意して火をつける。
そして、土鍋を運ぶ。
「もう食えると思うから、先に食べてていいぜ。」
そう言ってシンジは台所に戻る。
そして、冷や奴とほうれん草のおひたしを持って再び戻ってくる。
それをレイのところと自分のところにそれぞれ置いて、席に着く。
「待っててくれたのか?」
レイはコクンとうなずく。
「じゃ、食べるか?」
再びうなずく。
「それじゃ、いただきます。」
「・・・いただきます。」
シンジはとりあえず煮え方を見る意味も込めて大根を取る。
そして、カラシをつけて食べる。
「よし、よく煮えてる。」
満足そうな声を上げる。
一方レイはおひたしを中心に食べている。
「・・・やっぱり、このクソ暑いのにおでんなんかイヤか?」
心配そうに聞くシンジ。
レイは黙って首を横に振る。
「ムリしなくてもいい。」
「ムリなんかしてないわ。」
「・・・ならいいが。」
それでもレイはおでんには手をつけない。
しばらくして、土鍋をジッと見ているレイはなにを取ればいいのかわからないのだと、
シンジは気づいた。
そして、シンジはレイの皿を黙って取り、中身を適当によそってやった。
「ほら。」
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「・・・・・・」
レイは大根を口にくわえる。
「・・・おいしい。」
ため息をつき安堵するシンジ。
こんな調子で夕食が終わり、レイを家まで送ってやることになった。
その道中──
「綾波はいつからエヴァに乗ってるんだ?」
「・・・八ヶ月前から。」
「そう言えばミサトさんが、お前はエヴァとシンクロするのに七ヶ月かかったって言って
たな。
挫折しそうにはならなかったか?」
「いいえ。」
「そうか・・・
言ってたもんな。エヴァのパイロットじゃなくなったら、なにも残らないって・・・」
「・・・・・・」
「そんな事はないと思うけどな。」
「他にわたしの価値なんてないわ。」
「・・・価値?」
「ええ。エヴァに乗ることこそがわたしの存在価値。生きる意味だもの。」
シンジはレイの顔を見る。
ウソや冗談で言っているのではないようだ。
そんなレイを見ると、
「・・・そうか・・・」
としか言えなかった。
翌日、放課後──
「じゃ、碇君。また後で。
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わたし、先に行くから。」
「ああ。」
シンジとレイの会話を後ろで聞いているトウジとケンスケ。
「お前ら、どんどん仲良うなっていくのう。」
「あ?」
「あの綾波が用もないのに自分から挨拶してくるなんてなあ・・・
くそぅ。なんでシンジばっかり・・・」
帰り道──
「おい、トウジ。あれ見てみろよ。」
ケンスケが指差した方向には、UFOキャッチャーをしている女の子がいる。
ブロンドの髪と青い目。スラリと伸びた足。
美少女の外見と素晴らしいスタイルの持ち主である。
「うおぉ──っ! 激マブ!」
「かぁわいい!」
興味はないが少女を見るシンジ。
しかし、トウジとケンスケにはそれが気に入らない。
「シンジ! お前は見るな!」
「わかったわかった。」
おとなしく横を向くシンジ。
トウジとケンスケはしゃがみ込んでスカートの中を覗こうとしている。
その瞬間、キャッチャーが掴んでいたぬいぐるみが落ちた。
「グアッ!」
叫び声を上げる少女。
「何よ! この機械! 壊れてんじゃないの!?」
思いっきりゲーム機を蹴り飛ばす少女。
それを見て、トウジもケンスケも一気に冷める。
「あかん。ごっつ性格悪そうや。」
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「関わらない方がよさそうだな。」
立ち去ろうとしたとき、少女が声をかけてきた。
「ちょっと。何見てんのよあんたたち。」
「あ、いや・・・」
スカートを覗こうとしていたため、罪悪感もありしどろもどろになるトウジ。
「100円ちょうだい。」
と、手を出してくる少女。
「ゲーム代なくなっちゃったのよ。
さっきわたしのパンツ覗いてたでしょ? 一人100円ずつ。
見物料よ。」
「アホか! まだ見てへんわい!」
「あらヤダ。まさか100円持ってないって言うんじゃないでしょうね。
ダサダサの格好してて100円も持ってないなんて最低。」
やたら挑発的な少女。
その挑発にまんまと乗るトウジ。
「このアマ。言わせておけば・・・」
「やめとけよ。トウジ。」
シンジの制止も無視し、トウジは少女の腕を掴む。
「ちょっと可愛い顔してるからってなめとったらしばき倒すぞ!」
「触らないでよ! サルサルサル!
放してったら!」
少女が振りほどいた手は、後ろでシューティングゲームをしていた男に当たる。
「OH! NO!」
男はゲームオーバーになってしまった。
「このアマ! なにさらすんじゃ! せっかく最終面までいったんやぞ!」
「ゴメン。」
「ゴメンで済むかい! 泣かしたろか!」
と、男が少女の顔を掴んだ瞬間、
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バキッ!
少女のケリがきれいに決まる。
「このガキィ・・・」
ユラリと立ち上がる男。
「お前らもかわいがったれや!」
男が叫ぶとゾロゾロと少女の周りに男が集まってくる。
「ああっ! 見て!」
いきなり少女はあらぬ方向に指を差して叫ぶ。
男たちは反射的にそっちを見る。
その瞬間に少女の攻撃が男たちに炸裂する。
たちまち大喧嘩となった。
「ささ・・・今の内に逃げよ。」
シンジとケンスケを押して場を去ろうとするトウジ。
しかし、その襟首を誰かが掴む。
「待てよ、中坊! まだ終わっちゃいねえぞ!」
「うわっ! まだいた!」
「わ、わしらは関係ないで!」
「ゴチャゴチャうるせえな!」
殴りかかってきた男の拳をシンジが受け止める。
その拳を放さずにケリを入れる。
男は一撃で気を失った。
「ふん。」
驚き、硬直する一同。
その時、サイレンの音が近づいてきた。
どうやらゲームセンターの店員が呼んだらしい。
少女は、
「やばっ! あとよろしく!」
と、言って三人の横を抜けて走り去っていく。
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「わしらも逃げよ!」
トウジを先頭にシンジたちも駆けだした。
ネルフ──
シンジはゆっくりとゲートに向かっていた。
「なによ、この機械! 壊れてんじゃないの!!」
前方から聞こえてくる大声に顔を上げる。
見ると、一人の少女が扉にケリを入れている。
「んも──っ。このカード作ったばっかなのになんで受けつけないわけ?」
「なんでお前がここにいるんだ?」
シンジは声をかけた。
先ほど、ゲームセンターでケンカを始めた少女と同一人物である。
「なに? あんたこそなんでここにいるわけ?」
黙って自分のIDを見せる。
「サードチルドレン!? あんたが!?」
「・・・セカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレーか。」
やがて、無事に中に入ったアスカはミサトからシンジとレイに紹介される。
「セカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレーよ。
今日から弐号機で参戦してくれます。」
「よろしく。」
「よろしく。」
「よろしく。」
司令室──
「いやはや。波乱に満ちた船旅でしたよ。
やはり、こいつのせいですか?
硬化ベークライトで固めてありますが、生きてます。間違いなく。
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人類補完計画の要ですね。」
「そうだ。最初の人間、アダムだよ。」
社員食堂──
「なんでも好きなもの頼んでね。
ここじゃ大したもの無いけど。」
「ミサトさん。ビールはダメですよ。」
「シ──ッ! 黙ってりゃわからないわよ。」
「そう言う問題じゃないと思いますけど。」
席に着く四人。
「第六使徒との戦い。見せてもらったわ。
さすがね。」
「あったり前じゃない。このわたしに出来ない事なんてないわよ。」
「ま、ね。
さすがに厳しい訓練を受けただけのことあって、洗練された印象を受けたわ。
シンジ君とはまた、違ったタイプの強さね。」
「違ったタイプ?」
「そう、シンジ君はなんて言うか・・・そうねえ・・・
戦いのセンスがあるって言うか・・・とにかく訓練で得たものとは別の強さを持ってる
から。」
少しムッとなるアスカ。
「じゃあ、わたしにはセンスが無いって言うの?」
「ミサトさんはそんな事言ってないだろ?
突っかかるなよ。」
「なによ、えらそうに。」
「年上の人に対する言葉遣い、少し考えた方がいいぞ。」
「うるさいわね! わたしの勝手でしょ!?」
「まあまあ二人とも、ケンカしないの。」
仲裁に入ろうとしたミサトを後ろから抱きしめる者がいた。
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「や・・・ちょ・・・誰よ! やめて!」
「加持さん!」
アスカがうれしそうに叫ぶ。
ミサトの後ろには無精ひげを生やした、長髪の男がいる。
「相変わらず昼間っからビールか。腹出るぜ。」
ミサトはイスを勢いよく倒して加持から飛び退く。
「な、な、なんであんたがここにいるのよ!?」
「アスカの随伴でね。」
「あ、そう。用が済んだらさっさと帰りなさいよ。」
「つれないなあ。
でも、おあいにく様。当分変える予定はないよ。」
「あ、そ・・・」
明らかに不機嫌そうなミサト。
加持はシンジの方を見る。
「碇シンジ君って君かい?」
「はい。」
「葛城と同居してるんだって?」
「はい。」
「こいつ、寝相悪いだろ。」
ガーンとなるアスカ。
「な、な、何言ってんのよ!」
焦るミサト。
冷静なシンジとレイ。
「相変わらずか。」
「はは・・・ミサトさんは昔からそんなですか。」
「そうだよ。」
「加持さん、でしたか?」
「ああ。」
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「ミサトさんとは、別れて正解だと思います。」
「シ、シンちゃん・・・」
泣きそうな顔になるミサト。シンジの言いたいことはよくわかっている。
「いやあ、俺の方がふられたのさ。」
「え? そうなんですか?
ところで、なぜ僕の名前を?」
「そりゃあ、知ってるさ。有名だからね。
なんの訓練も無しに実戦でいきなりエヴァを動かしたサードチルドレン。
しかもすでに二体の使徒を倒し、一体の使徒の殲滅にも一役買っている。」
「でも、一体はわたしが倒したわ。」
「ああ、わかってるよ。」
優しい笑みをアスカに向ける加持。
「負けるのは気分悪いですからね。
勝つために全力を尽くしただけです。」
「それができる者は少ないのさ。」
「そうですか?」
「ああ。
じゃ、またな。」
手を振って去っていく加持。
頭を抱えているミサト。
「冗談よ・・・悪夢だわ・・・」
翌日、学校──
「ぬあにぃ────っ!!
あの女がエヴァのパイロットやったってぇ!?」
「まあな。」
「やっぱ、エヴァのパイロットって変わり者が選ばれるのかなあ・・・」
「ケンスケ、どういう意味だ?」
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「別に。」
「ま、わしらはもう会うこともないやろ。
センセは仕事やからしゃあないなあ。」
「同情するよ。」
ガラッとドアが開く。
先生が来たのかとそちらを見て、思わずこけるトウジ。
「わああぁぁっ!」
黒板にきれいな筆記体で名前が書かれる。
そして、書いた本人が振り返り可愛く微笑む。
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく。」
・・・つづく。
第九話へ
人の価値
第九話 瞬間、心、重ねて
学校──
「見たか?」
「見た見た。」
「なにが?」
「知らねえのか? あの外人。」
「外人?」
「2年A組に転校してきたんだよ。」
「惣流・アスカ・ラングレー・・・」
「マジにかわいいじゃん。」
「帰国子女だろ? やっぱ進んでんのかなあ?」
「バカ言え。きっとドイツで辛い別れがあったんだ。
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その傷を癒せずにいるんだよ。」
「おお~。」
アスカの事で勝手な想像を膨らませる男子生徒たち。
しかし、アスカの本性を知っているケンスケとトウジは冷めている。
「あ~あ。猫も杓子も、アスカ、アスカか。」
と、言いつつ、アスカの生写真販売に精を出す二人。
「皆平和なもんや。写真にあの性格はあらへんからなぁ。」
ネルフ──
「あ~あ。日本の学校ってつまんないの!」
「そりゃ、大学卒業した奴にかかればどんな国の授業でもつまらないだろう。」
シンジはまともに相手をしない。
「それにあの先生バカじゃないの?
政府の流したウソの情報を長々としゃべっちゃってさ。」
「なにが?」
「? あんた・・・知らないの? セカンドインパクトのこと。」
「・・・隕石の落下によって起きた大災害って聞かされてきたが・・・」
「プ・・・ププ・・・なにも知らないのね。サードチルドレンのくせに。」
してやったり、と言いたげな顔のアスカ。
「教えてあげるわ。
今から15年前、人間は南極で使徒と呼称される人型の物体を発見したのよ。
その調査中に原因不明の大爆発が起きたの。これがセカンドインパクトの正体。
そして、わたしたちの仕事は、予想されるサードインパクトを未然に防ぐためのものな
のよ。
あ~あ。サードチルドレンのくせにこんな事も知らないなんて、おっどろき~。」
くるくると表情を変えながら語るアスカ。
「悪いけどそこ・・・通してくれる?」
そのアスカの後ろからレイがやってきた。
アスカは思わず道をあける。
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「綾波、今日も零号機の実験だって?」
「ええ。」
「まだ実戦はムリだってミサトさんは言ってたけど、綾波はどう感じてる?」
アスカを置いて先に進み始めるシンジとレイ。
「徐々によくはなってきてるわ。」
「そうか。早く綾波も戦闘に参加できるといいな。」
その二人を面白くなさそうに見つめるアスカ。
「ふ~ん・・・そう言うこと・・・
ミサトといい、あんたたちと言い、やってられないわ! 最低!」
そう叫ぶと、二人の横を駆けていくアスカ。
「・・・なんだあれは?
あいつ、俺たちと共に戦う気、あるのか?」
「仲良くしろって命令があれば、そうするわ。」
「あいかわらず、淡泊だな。」
制御室──
リツコが零号機のデータをパソコンで集計している。
その体を後ろから抱きしめる者がいた。
リツコは軽く驚く。
「少し、やせたかな?」
「そう?」
「悲しい恋をしてるからだ。」
「どうして、そんなことがわかるの?」
後ろの相手、加持と目を合わせる。
「それはね。涙の通る道にほくろがある人は、泣き続ける運命にあるからだよ。」
「これから口説く気?
でもだめよ。こわ~いお姉さんが見ているわ。」
二人の正面のガラスの向こうにミサトの姿。
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その鼻息でガラスが曇る。
「お久しぶり。加持君。」
「や、しばらく。」
「しかし、加持君も意外とうかつね。」
ズカズカと部屋に入ってくるミサト。
「こいつのバカは生まれつきなのよ!
あんた、こんなことで油売ってないで仕事しなさいよ!」
「休憩くらいしたっていいだろ?
それより、また三人でつるめるな。昔みたく。」
「誰があんたなんかと!」
いきなりサイレンが鳴る。
「!! 敵襲!?」
初号機と弐号機が空輸される。
すでにシンジとアスカは搭乗している。
その二人に作戦を伝えるためにミサトから通信が入った。
『先の戦闘によって、第三新東京市の迎撃システムが受けたダメージは、現在復旧率2
6%。
実戦における稼働率はゼロと言っていいわ。
よって今回の迎撃は上陸直前の目標を水際で一気に叩く!
初号機と弐号機は目標に対し波状攻撃。接近戦で行くわよ。』
「あ~あ。せっかく日本でのデビュー戦だって言うのに、なんでわたし一人にやらせてく
れないの?」
『しかたないわよ。わたしたちに選ぶ権利なんて無いのよ。
生きるためのね。』
「でも、二人がかりなんて卑怯でやだな。趣味じゃない。」
そこへシンジの無線が入る。
『なら、一人で行くか?』
『ちょっとシンジ君!?』
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『いいじゃないですか。一人でやりたいって言うんですから。
第六使徒を36秒で倒した腕前。
目の前で拝見させてもらう。』
「言ったわね。見せ場がなくなって、後悔しないようにね!!」
外部電源のセットが終わる。
『来たぞ。』
海面から水柱が上がり、使徒が姿を現す。
「よし! わたしの腕前、見せて上げるわ!」
ソニック・グレイブと呼ばれる長刀のような武器を持って使徒に突進する弐号機。
シンジは使徒の姿を見て不審に思う。
(光球が二つ?)
などと考えている内に、弐号機は使徒を一刀両断にした。
「お見事! ナイスよアスカ!」
「どう? サードチルドレン。戦いは常に無駄なく美しくよ。」
『まだ動いてるぞ。』
「え!?」
切り裂かれた使徒が再び動きだし、二体の使徒となる。
「なんてインチキ!」
ミサトが叫ぶ。
「このおおぉぉぉぉ!!!」
アスカは攻撃を始める。
しかし、切り裂いたところ、破壊したところは苦もなく復元する。
「うそ──っ!」
しかし、シンジは動かない。
「ちょっと! シンジ!!
見てないで援護しなさいよ!」
『一人で十分なんだろ?』
『シンジ君!!
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意地はってないでアスカを援護して!』
「・・・わかりました。」
シンジが弐号機と使徒に視線を向けたとき、弐号機はケーブルを切られ、山の方に投げ
飛ばされていた。
そして、頭から畑に突っ込み活動を停止した。
「こりゃまた、やっかいな相手だな。」
シンジは今の今まで援護しなかったことを反省する。
『シンジ君! 来るわよ!』
シンジはライフルを乱射する。
命中した銃弾は使徒を破壊するが、すぐに復元する。
「ち・・・奴ら、お互いを補ってるな。
二体で一体ってわけか。」
一体の攻撃をかわし、一体を蹴り飛ばす。
そして、その一体に向かって、ナイフの形に変形させたATフィールドを発射し、自分
はもう一体に突撃する。
同時にコアを破壊しようとした攻撃だが、ATフィールドは使徒のコアを大きく外れ
る。
「ち。」
攻撃を避けながら、弐号機のソニック・グレイブを拾い、構える。
二体の使徒は同時に迫ってくる。
(・・・奴らを倒すには、コアを同時に破壊するしかない。)
シンジは攻撃をかわしながら、ある瞬間を待つ。
「まだか。」
そうつぶやいた瞬間、その時が来た。
使徒が縦に並んだ時が。
「今だ!!」
初号機は猛然と使徒に突進する。
ソニック・グレイブは、確実に一体目の使徒のコアを貫き、背中まで貫通する。
それでもシンジは力を緩めない。
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「おおおおぉぉぉぉ!!」
そのまま、後ろの使徒のコアも狙う!
しかし、わずかにずれる。
「しまった!」
一体目が死角になって見えないが、感触で外したことを悟る。
串刺しになったまま、一体目の使徒が初号機を掴む。
そして、使徒は体を翻し、二体で初号機を挟む。
『シンジ君!!』
「くそっ!」
拘束した初号機に至近距離からビームを放つ使徒。
初号機の胸部は大破し、右腕が飛び散る。
「ぐ・・・うおおおぉぉぉぉっ!!!!」
満身の力を振り絞って使徒を振り払う初号機。
胸部の装甲板は前後とも大破し、右腕はヒジから下が無い。
『撤退よ! シンジ君! 逃げて!!』
「・・・くそっ!」
激痛をこらえながら使徒から離れる初号機。
ネルフ、ブリーフィングルーム──
『この後、午前4時3分をもって、ネルフは作戦指揮権を断念。
国連第2方面軍に指揮権を移行。』
先の戦いの様子を録画で見ているゲンドウ以下、スタッフ。
「くそ・・・無様だ・・・」
自分の戦い方を見てつぶやくシンジ。
『同05分。新型N2爆雷により目標を攻撃。
これにより、構成物質の28%の焼却に成功。』
「また地図を書き直さなきゃならんな。」
「・・・申し訳ありません・・・」
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「全く、あんたが意地はるからせっかくのデビュー戦が台無しになったじゃないの!!」
「考え無しに敵に突撃していった間抜けが吠えるな。」
「間抜け!? なんであんたがこのわたしにそんなこと言えるのよ?
図々しいわね!」
「黙れ。
文句を言ってる暇があったら、敵を倒す方法を考えろ。」
「パイロット両名!」
二人の口げんかを止めたのはゲンドウの言葉だった。
「は、はい。」
アスカはとたんにおとなしくなる。
シンジは画面を見据えたままだ。
「君たちの仕事はなにかわかるか?」
「・・・エヴァの操縦です。」
アスカが答える。
「違う。使徒に勝つことだ。
こんな醜態をさらすために我々ネルフは存在しているわけではない。」
「わかっている。
いちいち癇にさわることを言うな。」
「・・・期待している。」
ゲンドウと冬月は退室した。
「リツコさん。初号機の様子はどうです?」
「目標の再度進攻の予測日は5日後、それまでに直る見込みはほとんどゼロ。
自力で帰ってきたことですら奇跡に近いわ。」
「・・・そうですか・・・」
「代わりに零号機の調整はなんとかなりそうだけど。」
いまだ画面をにらむように見据えているシンジを、苦々しくアスカは見ていた。
ミサトの個室──
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机の上には大量の書類が置かれている。
「はい。これがUNからの請求書。
各省庁からの抗議文もあるわよ。
全部目を通しておいてね。」
「見なくてもわかるわよ。
ケンカをするならここでやれって言うんでしょ?」
「ご明察。」
「言われなくても、上の使徒が片づけばここでやるわよ。」
「司令はカンカンだったわね。」
「今度失敗したらクビね。間違いなく。」
「そのクビがつながる方法を持ってきたんだけど、いる?」
パッと顔が明るくなるミサト。
「いるいる!
さっすが赤木リツコ博士!」
「残念ながらわたしの考えたアイディアじゃないわ。」
ミサトが受け取ったフロッピーにはマイハニーへと書かれている。
「・・・やっぱいらね。」
「クビになってもいいのね?」
なぜか楽しそうなリツコ。
帰宅するシンジ。
「なんだ? この荷物は。」
いつの間にか運び込まれているアータ引っ越しセンターの段ボール。
「失礼ね。わたしの荷物よ。」
「・・・なんで惣流がここにいるんだ?」
「あんたこそ、まだいたの?
あんた、お払い箱よ。
今日からミサトはわたしと暮らすの。
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ま、どっちが優秀かを考えれば当然よね。
ホントは加持さんと一緒がいいんだけど。」
その時、ちょうどミサトがレイを連れて帰ってきた。
「お帰りなさい。ミサトさん。
いらっしゃい、綾波。
次の作戦の準備ですか?」
「あら、相変わらず察しがいいわね。その通りよ。」
「なによ、作戦て?」
アスカは一人事情が飲み込めていない。
「今から話すわ。」
キッチン──
「第七使徒の弱点は一つ!
コアに対する二点同時荷重攻撃!
これしかないわ。」
「つまり、二体のエヴァのタイミングを完璧に合わせた攻撃が必要だ。
そのためにはパイロットの協調、ユニゾンが必要だ。」
「そう、そこで、これからアスカとレイには一緒に暮らしてもらいます。」
「ええええぇぇぇぇぇっ!!」
叫ぶアスカ。
「イヤよ! なんでわたしがファーストとユニゾンをしなきゃならないの!?」
「初号機は大破。従って俺は出撃できん。
残ったのはお前たちしかいないだろ?」
「そんな、無茶な・・・」
「そこで、無茶を可能にする方法。
二人の完璧なユニゾンをマスターするため、この曲に合わせた攻撃パターンを覚え込む
のよ。
6日以内に、一秒でも早く。
シンジ君は二人のサポートをお願いね。」
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「はい。」
三日後──
エレベーターの中、トウジとケンスケがいる。
「しかし、シンジの奴どないしたんや。」
「学校を休んでもう三日か。」
エレベーターが止まり二人が降りる。
すると、もう一つのエレベーターから委員長の洞木ヒカリが現れた。
「あれ、委員長やんか。」
「鈴原に、相田君。」
「委員長はなんでここに?」
「惣流さんのお見舞い。あなたたちこそどうして?」
「碇君のお見舞い。」
同じところに止まる三人。
「なんでここに止まるんだ(の)(や)?」
ピンポーン。
『は~い。』
シンジが出てくる。
「なんやシンジ、元気そうやないか。」
「ああ、病気じゃないんだ。」
「ならなんで?」
「惣流さんはここにいるの?」
「あらいらっしゃい。」
横からミサトが声をかける。
「ま、入れよ。中で説明する。」
「なんや。そう言うわけやったんか。」
ミサトの説明を受けている三人。
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アスカとレイのそばで壁にもたれてジッと見ているシンジ。
「それで、ユニゾンはうまくいってるんですか?」
ペンペンを抱いたヒカリが聞く。
「それは・・・見ての通りなのよ。」
四人は同時にため息をつく。
エラー音が響き、アスカがヘッドホンを投げ捨てる。
「あったり前じゃない! ファーストのレベルに下げてやるなんてできるわけないじゃな
い!
どだい無理な話なのよ!」
「アスカ。休むな。」
「うるさいわね!
だったらあんたやってみなさいよ!」
深くため息をつくシンジ。
黙ってアスカの投げ捨てたヘッドホンを拾う。
「綾波。自分のペースでやったらいい。」
「うん。」
完璧にユニゾンするシンジとレイ。
それを見て呆然となるアスカ。
「初号機が修理中じゃなければ、迷わずシンジ君と組ませるところね。」
「え・・・? う・・・
もうイヤ! やってられないわ!!」
飛び出ていくアスカ。
「あ・・・アスカさん!」
ヒカリが呼び止めるが、アスカは止まらない。
「やれやれ。綾波。しばらく、一人で練習しててくれ。」
「うん。」
「行ってきます。」
「頑張ってね。」
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アスカの後を追うシンジ。
アスカは公園のベンチに小さくなって座っていた。
「アスカ。」
「わたしはちゃんとやってるのに。
ファーストがとろいだけなのに。なんでわたしだけが責められるの!?
なんで!?」
「綾波だって一所懸命やってるんだ。」
「わたしだってやってるわよ!」
「アスカ。もう少し肩の力を抜いた方がいい。」
「わたしに忠告するつもり!?」
キッと振り向くアスカ。
「そうだ、忠告だ。強制じゃない。」
「なによ、えらそうに!
前の戦いでボロ負けして出撃できないくせに!」
「・・・そうだな。だからお前たちに協力している。」
「人の力を借りないで自分でやったらどう!?」
「お前がやる気がないならそうする。」
「・・・そうするって・・・」
「弐号機には俺が乗る。」
エッとなるアスカ。
「お前があくまで自分のペースを守り、綾波に合わせる気がないならそうするしかないだ
ろう。
確かにアスカは綾波より優れているかも知れないが、それだけでは勝てない。
時には、相手に合わせて自分のレベルを下げる勇気も勝つためには必要なのさ。
しょせんこの世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
お前に自分を押さえる強さがないなら、次も勝てない。
そうなればもう使徒に対する対抗手段はない。
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俺はお前につき合って滅びの道を・・・弱者の道を歩むつもりはない。
やる気がないならもう帰ってくるな。」
それだけ言って、立ち去るシンジ。
アスカの肩は小さく震えている。
ミサトのマンション──
トウジたちはすでに帰っており、ミサトとレイだけがいた。
「アスカは?」
「あれだけたきつけりゃ、戻ってくるとは思いますがね。
戻ってこない場合は、弐号機には僕が乗ります。」
「・・・わかったわ。」
「綾波。一応、僕とも動きを合わせておこう。」
「うん。」
その瞬間、玄関の扉が開く。
そこにはアスカが立っている。
「ファーストと合わせるのはわたしでしょ。
あんたがあわせる必要ないわ。」
「・・・そうか。」
「よくも言いたい放題言ってくれたわね。
必ず見返してやるから! やるわよ! ファースト!」
「わかったわ。」
その様をうれしそうに見るシンジとミサト。
二日後──
進攻を開始した使徒。
すでに零号機と弐号機に乗り込んでいるレイとアスカ。
「音楽スタートと同時にATフィールドを展開。後は作戦通りにいいわね。」
「了解。」
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「目標は強羅絶対防衛戦を突破!
零地点に侵入しました!」
「いいわね! 最初からフル稼働、最大戦速で行くわよ!」
「ええ。わかってるわ。」
「62秒でケリをつけるわよ!」
「外部電源、パージ。
発進。」
ミサトの号令と共に発射される零号機と弐号機。
飛び出す二体。そのまま空高く飛び上がる。
完璧に息のあった二機の動き。
確実に成果が出ている。
そして、残り8秒、二点同時荷重攻撃が炸裂!
使徒は大爆発を起こし、その後にはエヴァが重なり合って倒れている。
「あっちゃ~。」
「まあ、いいじゃないですか。勝ったんですから。」
うれしそうなシンジ。
零号機、エントリープラグ──
『最後のタイミング、外したわね。』
「ごめんなさい。」
『まあいいわ。特別に許す。勝ったんだから。』
発令所──
『どう! シンジ! 勝ったわよ!』
アスカの大声が無線から入ってくる。
「そうだな。」
『な~に? うれしくないの?』
「いや、うれしいさ。」
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『だったら、あとでなにかおごりなさい!』
「ああ、わかった。
だから早く帰ってこい。」
自分が戦えなかった悔しさを胸に持ちながらも、勝った喜びを分かち合いたい思いの方
が強いシンジだった。
・・・つづく
第拾話へ
人の価値
第拾話 マグマダイバー
「ルンルルンルルン。」
加持の腕を両手でしっかりと抱きかかえながら上機嫌のアスカ。
「ラッキー。加持さんに買い物につき合ってもらえるなんて。」
やがて、行き着いた場所は、
「なんだ? 水着のコーナーじゃないか。」
「ねえねえ、これなんかどうかな?」
大胆なVカットの水着を持ってくるアスカ。
「いやはや、中学生にはちと早すぎるんじゃないかな?」
少し呆れ顔で加持が言う。
「加持さんおっくれてるぅ。今時これくらい、当たり前よ。」
「へえ。そうなんだ。」
所変わって屋上の喫茶店へ。
「せっかくの修学旅行だもん。パァーッと気分を解放しなきゃ。」
「修学旅行、どこ?」
「オ・キ・ナ・ワ。メニューにはね。スクーバ・ダイビングも入ってるの。」
「スクーバね。そう言えば何年も潜ってないな。」
「ねえねえ。加持さんは修学旅行、どこ?」
「ああ、俺たち、そんなのなかったんだ。」
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「どうして?」
「セカンドインパクトがあったからな。」
葛城家、バスルーム──
ペンペンが気持ちよさそうに浴槽で浮かんでいる。
「ええ──っ!!」
アスカの叫び声でビックリするペンペン。
ダイニングキッチン──
「修学旅行に行っちゃダメ!?」
「そうよ。」
食ってかかるアスカとは対照的にきわめて冷静なミサト。
シンジはアスカの隣でお茶を飲んでいる。
第七使徒との戦いの後、レイは自分のマンションに帰ったが、アスカはそのままここに
居座ることになった。
その際、シンジが、
「余計な荷物が増えた。」
と、ぼやいたため、アスカと大喧嘩となったが、今は落ち着いている。
「どうして!?」
アスカはなかなか納得しない。
「戦闘待機だもの。」
「聞いてないわよ!」
「今言ったわ。」
「誰が決めたのよ。」
「作戦担当のわたしが決めたの。」
アスカはシンジを横目で見る。
「あんた、お茶なんかすすってないでなんとか言ったらどうなの?」
「・・・ミサトさん。アスカだけ行かせたらどうです?
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使徒の襲来があっても僕と綾波だけで十分ですよ。」
「大した自信ですこと・・・」
「そういうわけにはいかないわ。同じパイロットなのに、扱いを変えるのはよくないも
の。」
「ま、それはそうですけど。
ブチブチ文句言われたまま残られても・・・」
「悪かったわね。ブチブチ文句言って。
なによ。ミサトの前ではいい子ぶっちゃってさ。飼い慣らされた男なんて最低。」
「ガキみたいに何かにつけて反抗する奴よりましだ。」
「なんですって────っ!!」
「やめなさい!
気持ちはわかるけど、こればっかりは仕方ないわ。
あなたたちが修学旅行に行ってる間に使徒の襲来があったら大変ですもの。」
「いつも、待機待機待機待機待機。
いつくるかもわからない敵相手に守ることより、こっちから攻めてみたらどうなのよ!
」
「それができればやってるわよ。」
「ま、これをいい機会だと思わなきゃ。
アスカ、クラスのみんなが旅行に行ってる間に勉強できるでしょ?」
アスカの成績の記録されたフロッピーを懐から出すミサト。
「見せなきゃバレないって思ったら大間違いよ。
あなたたちが、学校で何点とったかくらい筒抜けなんだから。」
「はっ。バカバカしい。学校の成績がなによ?
旧態依然とした減点式のテストなんかなんの興味もないわ。」
「郷にいれば郷に従え。日本の学校にも慣れてちょうだい。」
「シンジはどうなのよ?」
「少なくとも日本語の読み書きができん奴よりは成績はいい。」
「ふん!」
完全にふてくされるアスカ。
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二人に思いっきりイーッとして部屋に入った。
「・・・やれやれ。」
「ミサトさんも大変ですね。あんなののお守りは。」
「平気平気。けっこう楽しんでるわ。」
「ならいいですけど。」
空港──
「アスカ! お土産買ってくるからね。」
「お──っ。二人とも、残念だったな。」
「お前らの分まで楽しんできたるわ。」
口々に勝手なことをいって出発するクラスメートたち。
その様をシンジは穏やかに、アスカは明らかに不服そうに見送った。
ネルフ、プール──
レイが飛び込む音が聞こえる。
アスカはプールサイドで退屈そうに水を蹴っている。
「あのバカシンジ。どこいったのかしら?」
やがて、レイがプールから上がりタオルで頭をふき始めた。
「ねえ、ファースト。シンジどこ行ったの?」
「・・・知らない。」
「なんで? あんたたち仲いいじゃない。」
明らかに皮肉を込めてアスカは言う。
レイは返事をしない。しかし、それは腹が立ったからではなく、答える必要がないから
である。
しかし、アスカにはそれが気に入らない。
「なによ。すました顔しちゃってさ!
気に入らないならハッキリ言えばいいじゃない!」
「綾波にからむなよ。」
突然のシンジの声。
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アスカが振り向くと当然シンジがいる。
「なによ。ファーストばっかりかばっちゃって。」
「別にかばったわけじゃない。事実を言っただけのことだ。」
グッとなるアスカ。
「それより、お前勉強してるのか?」
「そんな必要、ないわよ。」
「・・・まあ、大学出てる学力があれば問題はないと思うがな。」
「それよりあんた、どこ行ってたのよ?」
「トレーニング室。」
「なにやってたのよ。そんなとこで。」
「トレーニング室でやることと言ったら一つしかないだろ?」
「ふ~ん。
ま、わたしには関係ないわ。」
そう言って、シンジの横をすり抜けていくアスカ。
作戦会議室──
その頃、この作戦会議室では冬月、リツコ、青葉、マヤが偵察ヘリから送られてきた写
真を見ていた。
「これではよくわからんな。」
「しかし、この影は気になります。」
「もちろん、無視はできん。」
「MAGIの判断は?」
「フィフティー・フィフティーです。」
「現地へは?」
「すでに、葛城一尉と日向二尉が到着しています。」
浅間山、地震観測所──
ミサトと日向がモニターを凝視している。
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しかし、これと言った変化はない。
徐々に警告灯が点灯していく。
たまらず所員が声を上げる。
「もう限界です!」
「いえ、あと500お願いします。」
さらに潜っていくバチスカーフ。
バシッと言う音が室内に響く。
「深度1200。耐圧隔壁に亀裂発生。」
「葛城さん!!」
「壊れたらウチで弁償します。あと200。」
その時、日向が叫んだ。
「モニターに反応!」
「解析開始。」
しばらくして、ついにバチスカーフは爆発した。
「観測器、圧壊」
「解析は?」
「ギリギリで間に合いましたね。パターン、青です。」
「まちがいない。使徒だわ。」
ミサトは振り向き、よく通る声で言う。
「これより、当研究所は完全閉鎖。
ネルフの管轄下となります。一切の入室を禁じた上、過去6時間以内の事象は全て部外
秘とします。」
研究所にサイレンが響く。
同時にミサトは足早に部屋を出ていき、電話をかける。
「碇司令あてにA-17を要請して、大至急。」
『気をつけてください。これは通常回線です。』
「わかってるわ。さっさと守秘回線に切り替えて!」
会議室──
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「A-17! こちらから打って出るのか!?」
「そうです。」
驚いている委員会のメンツに比べ、冷静そのもののゲンドウ。
「ダメだ危険すぎる。15年前を忘れたとは言わせんぞ。」
「これはチャンスなのです。これまで防戦一方だった我々が、初めて攻勢に出るための。
」
「リスクが大きすぎるな。」
「しかし、生きた使徒のサンプル。その重要性はすでに承知のことでしょう。」
「・・・失敗は許さん。」
消える委員会。
「失敗か。その時は人類そのものが消えてしまうよ。
碇、本当にいいんだな?」
返事をせず、薄笑いを浮かべるゲンドウ。
ネルフ──
チルドレンたちに写真を見せるリツコとマヤ。
巨大な胎児のようなものが写っている。
「これが使徒ですか?」
「そうよ。まだ完成体になっていない。サナギのような状態ね。
今回の作戦は、使徒の捕獲を最優先とします。
できうる限り原形をとどめ、生きたまま回収すること。」
「できなかった時は?」
「即時殲滅。いいわね。」
「はい。」
「作戦担当者は──」
「はいはーい! わたしが潜る!」
リツコの言葉を遮って、手を挙げながら元気に立候補するアスカ。
「アスカ。弐号機で担当して。」
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「は~い。こんなの楽勝じゃん。」
「わたしは──」
静かに聞くレイ。
「プロトタイプの零号機には、特殊装備は規格外なのよ。」
「レイと零号機は本部での待機を命じます。」
「はい。」
「残念だったわね~。温泉に行けなくて。」
皮肉たっぷりのアスカに無反応のレイ。
「A-17が発令された以上、すぐに出るわよ。支度して。」
ロッカールーム──
いつものようにプラグスーツを着るアスカ。
傍らにはリツコがいる。
「・・・耐熱仕様のプラグスーツって言っても、いつもと変わらないじゃないの。」
「右のスイッチを押してみて。」
書類に目を通しながら言うリツコ。
言われた通りにスイッチを押すと、プラグスーツがドンドン膨れ、ダルマのようになっ
てしまった。
「イヤアアァァ! なによ! これぇ!」
「弐号機の支度もできてるわ。」
かなりおかしい姿のアスカを見ても冷静なままのリツコ。
ケイジ──
「なによ! これえぇっ!!」
アスカの叫び声が響く。
潜水服のようなものを着ている弐号機。
なぜか猫背気味に、座って両足を伸ばしている。
その姿はかなりみっともない。
「耐熱耐圧耐核防護服。局地用のD型装備よ。」
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「これがわたしの弐号機・・・」
呆然となるアスカ。
「・・・イヤだ。わたし降りる。
こんなのはシンジと初号機がお似合いよ。」
「そいつは残念だな。」
遠くから響いてくる加持の声。
「せっかくアスカの勇姿が見れると思ったんだがなぁ。」
「イヤアァッ!」
叫びながら隠れるアスカ。
「でも、こんなダサイの着て、加持さんの前に出る勇気ないわ。」
「困りましたね。」
「そうねぇ。」
少しイライラしているシンジ。たまらず立候補しようと思ったら、レイが先に口を開い
た。
「わたしが弐号機で出るわ。」
その瞬間、アスカはすごい勢いでレイの手をはたいた。
「あなたにはわたしの弐号機に触ってほしくないの。
ファーストが出るくらいなら、わたしが出るわ。」
そして、弐号機を見て、
「カッコ悪いけど、がまんしてね。」
と、つぶやいた。
浅間山仮説基地──
「エヴァ弐号機及び初号機、到着しました。」
「両機はその場にて待機。
レーザーの打ち込みと、クレーンの用意急いで。」
弐号機、エントリープラグ──
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「あれ? 加持さんは?」
『あのバカはこないわよ。仕事ないもの。』
「ちぇっ。せっかく加持さんにいいとこ見せようと思ってたのに。」
とあるロープウェイ──
加持と一人のおばさんが乗っている。
「A-17の発令ね。
それには現資産の凍結も含まれてるわ。」
「お困りの人のさぞや多いでしょうな。」
「なぜ止めなかったの?」
「理由がありませんよ。
発令は正式なものです。」
「でも、ネルフの失敗は世界の破滅を意味するのよ。」
「彼らはそんな傲慢ではありませんよ。」
浅間山、火口付近──
戦闘機が数機飛んでいる。
シンジはそれを見て嫌悪の表情を浮かべる。
「・・・国連軍・・・」
リツコとマヤから通信が入る。
『そう。作戦が終わるまで空中待機してるのよ。』
『手伝ってくれるの!?』
アスカが明るい声を上げる。
「いや、後始末だろ?」
『ええ、そうよ。』
『わたしたちが失敗したときのね。』
『どういう事よ。』
「使徒を僕たちごとN2爆雷で処理するつもりでしょう。」
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『そうよ。』
『ひっどい!』
「クソ親父の考えそうなことだ・・・」
やがて、準備が整った。
「外部電源、異常なし。」
「発進準備完了。」
「了解。アスカ、準備はいい?」
『いつでもどうぞ。』
「では、エヴァ弐号機。発進。」
ウインチが回り、弐号機が徐々に降下していく。
「見て見て! シンジ!」
『あん?』
「ジャイアント・ストロング・エントリー!」
『・・・ただ両足を広げただけじゃねえか。』
マグマ内部──
「現在、深度170。沈降速度20。各部問題なし。
視界はゼロ。なにもわからないわ。
CTモニターに切り替えます。」
切り替わるモニター。
「これでも透明度120か・・・」
現在の深度を伝えるマヤの声だけが響いている。
いつも以上に皆、緊張している。
やがて、深度が1000を越える。
『深度1020。安全深度オーバー。』
しかし、なにも発見できない。
『深度1300。目標予測地点です。』
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『アスカ。なにか見える?』
「反応なし。いないわ。」
『思ったより対流が速いようね。』
『目標の移動速度の再計算を行います。』
『おねがい。再度沈降、よろしく。』
また、マヤのカウントだけが響く。
突然、何かが割れる音が響く。
『第二循環パイプに亀裂。』
『深度1450。限界深度、オーバー。』
『目標とまだ接触してないわ。続けて。
アスカ、どう?』
「まだ、持ちそう。さっさと終わらせてシャワー浴びたい。」
『近くにいい温泉があるわ。終わったら行きましょ。』
しかし、あちこちから破砕音が響いてくる。
そして、ついにナイフの留め具も弾ける。
『葛城さん! もうこれ以上は!
今度は人が乗ってるんですよ!』
日向がたまらず叫んだ。
『この作戦の責任者はわたしです。続けてください。』
「ミサトの言う通りよ。まだいけるわ。」
強がりともとれるアスカの言葉。
だが、その直後にまたも破砕音が響き、一瞬焦るアスカ。
そして、ついに使徒を発見する。
「いた!」
『目標を映像で確認。』
『捕獲準備。』
キャッチャーのアームが伸びる。
『お互い、対流に流されているから、チャンスは一度しかないわよ。』
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「わかってる。」
そして、見事に使徒を捕獲するアスカ。
「目標、捕獲しました。」
『ナイス、アスカ。』
ため息をつき、胸を撫で下ろす仮説基地の一同。
「捕獲作業終了。これより、浮上します。」
『大丈夫か? アスカ。』
「当たり前よ。
案ずるより生むが安しってね。やっぱ、楽勝じゃん。」
『調子に乗るな。まだ終わってないぞ。』
「うるさいわねぇ。」
仮説基地──
「緊張がいっぺんに解けたみたいね。」
「そう?」
「あなたもホントは今回の作戦、怖かったんでしょ?」
「まあね。下手に手を出せばあれの二の舞ですものね。」
「そうね・・・
セカンドインパクト。二度とゴメンだわ。」
突然鳴り響く警報。
マグマ内部──
「なによ!これぇ!」
動き始めている使徒。
『まずいわ! 孵化を始めたのよ! 計算より速すぎるわ!』
『キャッチャーは?』
『とても持ちません!』
『捕獲中止! キャッチャーを破棄!』
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素早いミサトの判断とそれに従うアスカ。
電磁柵を突き破って出てくる使徒。
『作戦変更。使徒殲滅を最優先。
弐号機は撤収作業をしつつ、戦闘準備!』
『アスカ、ナイフを落とす。受け取れ!』
弐号機がナイフを落としたことに気づいていたシンジが迅速に動く。
「了解!」
しかし、使徒はもうそこまで迫っている。
「正面!
ブラスト放出!」
重りを切り離し、浮き上がる弐号機。
寸前で直撃を免れたが、使徒はあっと言う間に通りすぎていく。
「速い!」
初号機のナイフが到達し、それを構える。
「来たわね!」
迫る使徒。
ナイフで応戦する弐号機。
使徒は大きな口を開き、触手をくねらせている。
『まさか、この状況下で口を開くなんて。』
『信じられない構造です。』
ナイフで触手の攻撃を受け止めるが、D型装備に食いつかれてしまった。
「しまった!」
弐号機は使徒をナイフで何度も殴りつける。
しかし、まるで効果がない。
『高温高圧。これだけの極限状態に耐えているのよ。
プログナイフじゃ無理だわ。』
『アスカ、熱膨張を使え。』
突然、シンジが提案する。
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「そうか!」
弐号機は循環パイプを切断し、使徒の口にそれを突っ込む。
『なるほど!』
リツコが感心した声を上げる。
「冷却液の圧力を全て三番に回して、早く!」
マヤがすぐに対応する。
もがき苦しむ使徒。
そして、弱った使徒のコアにナイフを突き立てる弐号機。
使徒は断末魔の悲鳴を上げる。
しかし、同時に弐号機のケーブルを切断した。
バラバラになって沈降していく使徒。
「・・・せっかくやったのに・・・
やだな。ここまでなの。」
アスカがあきらめの表情を浮かべる。
機体にも亀裂が走り出し、完全にケーブルが切れる。
やがて、落下すると同時に何かが弐号機をつかんだ。
「・・・シンジ?
バカ! なにやってんのよ!」
D型装備もなしに溶岩に飛び込んだ初号機に次々と異常が現れる。
『撤収作業! 急いで!!』
軽井沢、日本旅館──
「大丈夫? シンジ君。」
マヤが心配そうに聞く。
「大丈夫ですよ。」
「全く、無茶するわね。」
呆れ顔で言うミサト。
「他に方法はなかったでしょう?」
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「まあね。
素早くナイフを投げ込んだ事といい、熱膨張の作戦といい、たいした判断力だわ。」
「今回の功労者はアスカですよ。
僕は手助けしたにすぎません。」
チラッとアスカを見るシンジ。
視線をそらすアスカ。
「さて、久しぶりにのんびりしようかしらね。」
リツコはさっさと部屋へ行ってしまう。
温泉、女湯──
ミサトとアスカが二人で入っている。
ちなみに男湯では、シンジと宅急便で送られてきたペンペンが遊んでいる。
アスカはミサトの胸の傷をチラチラと見ている。
「セカンドインパクトの時、ちょっちね・・・」
突然、言うミサトに少し驚くアスカ。
「・・・知ってるんでしょ? わたしのこと・・・」
「ま、仕事だからね。
お互い昔の事ですもの。気にすることないわ。」
この後、二人は黙って夕日を見つめていた。
・・・つづく
第拾壱話へ
人の価値
第拾壱話 静止した闇の中で
とあるコインランドリーの前に置いてある自動販売機で、青葉は缶コーヒーを買った。
脇を騒ぎながら駆け抜けていく子供たちを、優しい目で見ながら一気に飲み干した。
中では、リツコとマヤが自分たちの洗濯物を引き取っている。
「これじゃ、毎回のクリーニング代もバカにならないわね。」
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「せめて、自分でお洗濯できる時間くらい欲しいですね。」
「家に帰れるだけ、まだマシっすよ。」
グチる二人にフォローを入れる青葉。
ここから駅の間には、小さな竹林がある。
三人がそこを通りがかったとき、マヤが竹林の中にいる人物を見つけた。
「あれ? シンジ君じゃないですか?」
「あら、ホント。」
「こんな朝早く、どうしたんだろ?」
シンジは目を閉じて立っている。
どうやら精神を集中させているようだ。
リツコが声をかけようとしたとき、シンジはゆっくりと目を開けた。
その眼に宿っている異様な気配に三人は息を飲んだ。
「おおおおぉぉぉぉっ!!!」
パラパラと散っていた竹の葉が、シンジの気合いによってあるいは吹き飛び、あるいは
飛び散った。
シンジは大きく息を吐き出し、やがて三人を見る。
「・・・おはようございます。」
「お・・・おはよう・・・」
普段冷静なリツコもさすがに驚いたようだ。
マヤと青葉に至っては挨拶を返すことも忘れている。
シンジは三人と一緒に歩き始めた。
途中まではミサトのマンションと同じ方向なのである。
「シンジ君。あれはいったいなにをしていたの?」
リツコが聞く。
「自然との調和と別離ですよ。」
「はあ?」
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「人間にも第六感があるのはご存じでしょう?」
「ええ。」
「その第六感によって、自然との調和を計り、完全に融合する。
そうすれば気持ちが自然に落ち着き、草木や空気と一体となります。
そして、それを一気に解放し、いきなり自然との別離を計る。
すると、今まで一体化していたものが急に離れるわけですから、さっきのように葉っぱ
が吹き飛んだり、弾けたりするわけです。」
「・・・どこでそんな事学んだの?」
「別に学んだ訳じゃありません。
ここに来て、エヴァとのシンクロとかを覚えたらなんとなく思いついたんです。
でも、あんなにうまくいったのは初めてですよ。」
「へえ・・・」
「まあ、あの程度じゃあ、戦闘にはなんの役にも立ちませんけどね。」
さも当然のように話すシンジを三人はまるで宇宙人を見るような目で見る。
「じゃ、僕はこっちですから。」
別れ道にさしかかったとき、シンジは指を指して言った。
「じゃあ、今日はテストがあるから、遅れないようにね。」
「はい。」
シンジは走り去っていった。
「・・・不思議な子ですね。」
「そうね。謎の多い子だわ。」
数時間後、ネルフ──
「お~い! ちょっと待ってくれぇ~!」
加持がエレベーターに向かって走っている。
エレベーターの中にはすでにミサトの姿がある。
ミサトは顔色も変えずに容赦なく「閉」のボタンを押した。
ドアが閉まりはじめる。
しかし、加持はかろうじて乗り込むことができた。
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「ちっ。」
「いやあ。走った走った。
こんちまたご機嫌斜めだねぇ。」
「来た早々アンタの顔見たからよ。」
加持とは目を合わさずに言うミサト。
同時刻──
町中にある公衆電話。
シンジが電話をかけている。
『はい。しばらくお待ちください。』
音楽が流れる。
しばらくして、音楽が止まる。
『なんだ?』
ゲンドウの声。
「・・・・・・」
『どうした? 早く言え!』
「ミサトさんを呼んでもらったはずだが?」
ウソである。
しかし、ゲンドウの態度にシンジは素直に話す気をなくした。
『そうか。ならば切るぞ。』
「待て。まあお前でもいい。
明日、進路相談があることを父兄に連絡しておけと言われたんだが・・・
来るわけねえよな。お前が。」
『そう言うことは全て葛城君に一任してある。』
「だから、ミサトさんにかけたんだよ。
なのになんでお前がでるんだ?」
『おま──』
ブチッ!
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ツーツーツーツー。
「・・・なんだ?」
ネルフ──
ミサトたちの乗っているエレベーターが止まる。
「あら?」
「停電か?」
「まっさか~。あり得ないわ。」
照明が落ちて非常灯に切り替わった。
「変ね。事故かしら?」
「リッちゃんが実験でもミスったかな?」
実験室──
「主電源ストップ。
電圧、ゼロです。」
スタッフは一斉にリツコを見る。
「わ・・・わたしじゃないわよ。」
エレベーター──
「どうだろうな。」
「ま、すぐに予備電源に切り替わるわよ。」
発令所──
「ダメです。予備回線つながりません。」
「バカな!」
普段冷静な冬月が血相を変えている。
「生き残ってる回線は!?」
下のフロアから女性オペレーターが叫ぶ。
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「全部で1.2%。2567番からの旧回線だけです!」
「生き残った電源は、全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ!」
「全館の生命維持に支障が生じますが・・・」
「かまわん! 最優先だ!」
市街──
遠くから選挙カーのウグイス嬢の声が聞こえてくる。
歩行者用の信号で日向が青になるのを待っている。
「こうやってたまにはゆっくり出勤するのも悪くないな。」
突然、信号が消える。
「ん?」
日向はいぶかしんだが、理由がわからないのでとりあえずネルフに急ぐことにした。
通学路──
「それは碇司令、ホントに忙しかったんじゃないの?」
「いくら忙しくてもしゃべってる途中で切ったりするかよ。」
「んもう! 男のくせにいちいち細かいこと気にするのやめたら?」
「お前が大雑把すぎるんだよ。女のくせに。」
「なんですって!!」
いつものように口げんかを始め、いつものように静かにそれを見るレイ。
そうやっている内に、三人はジオフロントの入り口に到着する。
シンジがカードを通すが、なんの反応もない。
「・・・綾波。お前のカード貸してくれ。」
黙ってシンジにカードを差し出すレイ。
それを通すが、同じく何の反応もない。
「なにやってんのよ!」
アスカが割り込んできてカードを通す。
それも何の反応もなく、アスカはムキになって何度もカードを往復させる。
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「もう! 壊れてんじゃないの! これぇ!!」
実験室──
男が数人で自動ドアをこじ開ける。
途中で軽くなって男たちは一気にへたり込む。
その横を平然とすり抜けていくリツコとマヤ。
「とにかく、発令所に急ぎましょう。
七分たっても復旧しないなんて。」
エレベーター──
「ただごとじゃないわ。」
「ここの電源は?」
「正、副、予備の三系統。それが同時に落ちるなんて考えられないわ。」
「・・・となると・・・」
発令所──
「やはり、ブレーカーは落ちたと言うより、落とされたと考えるべきだな。」
「原因はどうあれ、こんな時に使徒が現れたら大変だぞ。」
ろうそくに火を灯しながら冬月が言う。
その危惧は的中した。
戦略自衛隊、管制室──
「測敵レーダーに正体不明の移動物体。
上陸地点は、旧熱海方面。」
「おそらく、9番目の奴だ。」
「ああ、使徒だろう。」
「どうします?」
「一応、警報シフトにしておけ。
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決まりだからな。」
「どうせまた、奴の狙いは第三新東京市だ。」
「そうだな。ま、俺たちのすることはなにもないさ。」
使徒はゆっくりと進行している。
その姿は山に隠れているが、長い四本の足が見える。
「使徒は依然進行中。」
「第三新東京市は?」
「沈黙を守っています。」
「いったいネルフの連中は何をやっとるんだ!」
軍人の一人はいらついてたばこを消した。
ネルフ──
「タラップなんて前時代的な飾りだと思ってたけど、まさか使うことになるとはねぇ・・
・」
「備えあれば憂いなしですよ。」
地上──
レイがカチカチとスイッチを押している。
「これも動かないわ!」
アスカが叫ぶ。
「どの施設も動かない。おかしいわ。」
「下で何かあったってこと?」
「そう考えるのが自然ね。」
シンジは黙って携帯電話を取り出し、ネルフに電話をかける。
エレベーター──
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「だめだわ。非常電話もつながらない。」
発令所──
「ダメです。77号線もつながりません。」
地上──
「ち・・・連絡がつかん。」
「こっちもだめ。有線の非常回線も切れちゃってる。」
シンジとレイはほぼ同時に鞄から封印されたカードを取り出す。
緊急時のマニュアルである。
アスカもそれを見て慌てて鞄の中を探す。
しかし、アスカがそれを見つける前にシンジが口を開いた。
「とにかくネルフ本部に行こう。」
「そうね。
じゃあ、行動開始の前にグループのリーダーを決めましょ。
で、当然わたしがリーダー。意義ないわね。」
「・・・好きにしろ。」
ぶっきらぼうな反応のシンジと反応しないレイ。
「じゃあ、行きましょ。」
威勢良く振り向くアスカ。
「逆だ。」
「こっちの第7ルートからよ。」
苦々しい顔をするアスカ。
「手動ドアか。まあ、非常用のドアだからな。」
「ほらシンジ。早く開けなさいよ。」
シンジはハンドルを回し始める。だが、滅多に使わないため半分錆びついていてかなり
重い。
「面倒だ。」
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体をひねって後ろ回し蹴りをドアに放つ。
ドガン!
ドアはけたたましい音を立てて吹っ飛んだ。
軸足となった左足下の地面はドリルでえぐられたように掘れている。
「行くぞ。」
目を丸くしているアスカと無反応のレイ。
戦自、管制室──
「倒幕会議め! こんな時だけ現場に頼りよって!!」
勢いよく電話を切る軍人。
怒り心頭と言う様子である。
「政府はなんと言ってる?」
「へっ。第二東京の連中か?
逃げ支度だそうだ。」
「とにかくネルフの連中と連絡を取るんだ。」
「しかし、どうやって?」
「直接行くんだよ。」
第三新東京市──
『こちらは第三管区航空自衛隊です。
ただいま、正体不明の物体が本地点に対し移動中です。
住民の方々は速やかに指定のシェルターへ避難してください。』
日向はそれを歩きながら聞いていた。
「やばい! 急いで本部に知らせなきゃ! でも・・・どうやって──」
『こういった非常時にも動じない、高橋、高橋覗をよろしくお願いします。』
選挙カーを見て満面の笑みを浮かべる日向。
「ははっ! ラッキー!!」
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エレベーター──
「それにしても、あちぃわねえ・・・」
「空調も止まってるからな。葛城、暑けりゃシャツくらい脱いだらどうだ?」
慌てて胸元を隠すミサト。
「今さら恥ずかしがることもないだろう?」
「こういう状況下だからって、変なこと考えないでよ。」
「はいはい。」
発令所──
「まずいわね。空気もよどんできたわ。
はあ・・・これが科学の粋を駆使した施設とは・・・」
うちわで扇いでいるリツコとマヤ。
二人とも第二ボタンまではずしている。
「でも、さすが司令と副司令。この暑さにも動じませんね。」
同時にゲンドウと冬月を見る。
いつも通り手を組んだゲンドウとその後ろに立っている冬月。
リツコたちからは見えないが、ゲンドウと冬月は水の入ったバケツに裸足を突っ込んで
いる。
「・・・ぬるいな。」
「・・・ああ。」
地上──
選挙カーがすさまじい勢いで走り抜けている。
高速道路の向こうには使徒の足が見える。
『当管区内における非常事態宣言発令に伴い、緊急車両が通ります。』
「・・・ってあの! 行き止まりですよ!?」
車の中には運転手とウグイス嬢、そして日向の姿がある。
「いいから突っ込め! なんせ、非常時だからな!」
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「了解!」
少しハイになっている日向と運転手。そして心底おびえているウグイス嬢。
『いやあ! もう止めてぇ!!』
発令所──
ゲンドウたちは状況を整理している。
「このジオフロントは外部から隔離されても自給自足できるコロニーとして作られてい
る。
その全ての電源が落ちるという状況は、理論上あり得ない。」
「誰かが故意にやったと言うことですか。」
「その目的は、おそらくここの調査だな。」
「復旧ルートから本部の構造を推測するつもりですか。」
「シャクな奴らだ。」
「MAGIにダミープログラムを走らせます。
全体の把握は困難になるでしょうから。」
「頼む。」
「はい。」
「本部初の被害が使徒ではなく、同じ人間のよるものとは、皮肉なものだな。」
「しょせん、人間の敵は人間だよ。」
地上~ネルフ──
「ち・・・いつもなら2分なのにな。」
「ホントにここ通路なのぉ?」
「知るか。」
「なによ、その言い方!」
「いちいち突っかかって──
・・・・・・」
「なによ。」
「黙って。」
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先頭を歩いていたレイが止まって言う。
「なによ、優等生!」
「なにかいるぞ。」
シンジが警戒した表情になる。
「え?」
「誰?」
しかし、なんの変化もない。
「なによ、誰もいないじゃない。」
「いや・・・いる・・・」
「アンタバカァ? なんにもいないじゃない!」
「誰だ、出てこい。」
しかし、無反応。
「出てこいって言ってるんだ。」
シンジの迫力にもはや文句を言わないアスカ。
根負けし、影から姿を現す大柄の男。
発令所──
日向を乗せた選挙カーが勢いよく飛び込んでくる。
『現在、使徒接近中! 直ちにエヴァ発進の要ありと認む!!』
マイクで叫ぶ日向。
「大変。」
「冬月、後は頼む。」
立ち上がるゲンドウ。
「碇?」
「わたしはケイジでエヴァ発進の準備を進めておく。」
「まさか・・・手動でか!?」
「緊急用のディーゼルがある。」
手際よくタラップを降りていくゲンドウ。
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「しかし・・・パイロットがいないぞ。」
地上~ネルフ──
「なによ! あんたは!?」
「エヴァンゲリオンの専属パイロットたちだな。」
男は低い声でしゃべってくる。
「聞いてるのはこっちよ!
何者なの、あんたは!?」
「・・・ネルフの内情を教えてもらう。
少し、つきあってもらおうか。」
「なんですって──」
さらに言い返そうとしたアスカをシンジが制した。
「断る、と言ったら?」
「力ずくでも従わせる。」
「・・・おもしろい。
綾波。下がってろ。」
黙ってシンジの後ろに下がるレイ。
男は懐に手を入れる。
その瞬間、シンジの回し蹴りが懐に入った手をとらえる!
「グッ!」
ミシッ!
頑丈な非常ドアをも破壊するシンジの蹴りである。
男の骨が砕ける音が聞こえた。
男は数歩後ずさる。
が、シンジの踏み込みの方が速い。
あごにパンチを食らわせ、ぐらついた頭を鷲掴みにし、そのまま思い切り壁にたたきつ
けた。
男はあっけなく気絶する。
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4.txt
「ふん。」
エヴァケイジ──
数人の男たちがロープを引いている。
「了解。停止信号プラグ、排出終了。」
「よし、三機ともエントリープラグ挿入準備。」
「しかし、いまだにパイロットが──」
「大丈夫、あの子たちは必ず来るわ。」
通路──
レイの提案で近道している三人。
シンジは先ほどの男を引きずっている。
「なんでそんなの持ってくるのよ。」
「ネルフに引き渡しておいた方が得策だ。
二度とこういうことのないように、徹底的に調べてもらう。」
「は~。生真面目な奴ね~。」
ケイジ──
ゲンドウも一緒になってワイヤーを引いている。
その様子を双眼鏡で見ているマヤ。
「プラグ、固定準備完了。」
「後はあの子たちね。」
ケイジ、出入り口──
自動ドアが頑丈に閉まっている。
ゲンドウたちは他の通路を使ったため、ここは開いていない。
シンジが例によって蹴り飛ばす。
ドアの奥には驚いた表情のリツコとマヤ。
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「・・・あんたたち。」
うれしさと呆れの混じった表情をリツコは浮かべる。
「? なに、その人。」
「僕たちを狙ってきたんです。
調べてもらえますか?」
「わかったわ。でも、生きてるの?
動かないけど。」
「・・・多分・・・」
少し自信のないシンジ。
その時、遠くからゲンドウの叫び声が聞こえてきた。
「各機、エントリー準備!」
「了解。手動でハッチ開け。」
「エヴァの準備を?」
「ええ。使徒が接近中よ。
出撃してちょうだい。」
「なにも動かないのに、よく準備できましたね。」
「人の手でね。司令のアイディアよ。」
「クソ親父の?」
「碇司令はあなたたちが来るのを信じて、準備していたのよ。」
汗まみれになって、ハッチを開けるワイヤーを引いているゲンドウ。
シンジには少し信じられなかった。
三人ともプラグスーツに着替え、エヴァに乗り込んだ。
「プラグ挿入。」
「全機、補助電源にて起動完了。」
「第一ロックボルト、外せ。」
油圧パイプを斧で断ち切る作業員たち。
「2番から32番までの油圧ロックを解除。」
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4.txt
「圧力0、状況フリー。」
「かまわん。各機実力で拘束具を強制除去! 出撃しろ。」
一斉に拘束具を強引に取り除き始めるエヴァ三機。
ミシミシと音を立てながら拘束具が取り除かれていく。
「使徒は直上にて停止の模様!」
「作業、急いで!」
「非常用バッテリー、搭載完了!!」
「よし、いけるわ!」
うれしそうなリツコ以下、オペレーターたち。
「発進!」
通路を腹這いで進むエヴァ三機。
「ああ~。かっこ悪い!」
思わず叫ぶアスカ。
「縦穴に出るわよ。」
弐号機がハッチを蹴り飛ばし、縦穴に出る。
両手両足を使って縦穴を登る。
「ああ~。またしてもかっこ悪い!」
その時、アスカの眼前をオレンジ色の光が走る。
それは零号機の肩口に落ち、その部分を融解させる。
「いけない、よけて。」
レイが言った瞬間、大量の溶解液が落ちてくる。
思わず手を放す弐号機。
そして、足の部分に溶解液がかかり、滑り落ちる。
「いや~ん。」
弐号機は零号機を巻き込み落下する。
「チィッ!」
初号機は二機を受け止め、いったん通路に戻る。
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零号機、エントリープラグ内──
「目標は強力な溶解液で直接本部への侵入を計るつもりね。」
『どうする?』
『決まってんじゃない! やっつけんのよ。』
『そんなガキでも答えられる答えは必要ない。
方法を考えろ。
ライフルは落とした。背中の電池も切れた。
あと三分ももたんぞ。』
『・・・一つだけあるわ。』
『ほう。』
『一人はディフェンス。奴の溶解液からオフェンスを守る。
バックアップは下降、落ちたライフルを回収しオフェンスに渡す。
そして、オフェンスはライフルの一斉射にて目標を破壊。
これでいいわね。』
「いいわ。ディフェンスはわたしが。」
『おあいにく様。わたしがやるわ。』
『アスカ。ディフェンスはシンクロ率の高いお前では不向きだ。
ダメージが大きい。』
『だからなのよ。』
『なに?』
『あんたにこの間の借りを返しとかないと気持ち悪いからね。
シンジはオフェンス。ファーストはバックアップ。いいわね』
「わかったわ。」
通信を切るレイ。
「やれやれ。」
渋々承諾するシンジ。
「じゃ、行くわよ! Gehen!!」
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飛び出す弐号機と零号機。少し遅れて初号機。
ディフェンスに回った弐号機に溶解液が降り注ぐ。
苦痛に耐えるアスカ。
初号機は倒敵体制に、零号機は着地しライフルを掴む。
「綾波!」
零号機はライフルを投げる。
初号機はそれを受け取り、構える。
「アスカ! どけ!」
横に避ける弐号機。
瞬間、ライフルを乱射する。
銃弾は無数に使徒の体を貫通し、使徒は倒れた。
落下してきた弐号機を受け止める初号機。
「これで借りは返したわよ。」
「わかったわかった。」
エレベーター──
加持がミサトを肩車している。
「もう~っ! なんで開かないのよ~!
非常事態なのよ~!
あ・・・ああっ! 漏れちゃう! う・・・うう~っ!」
思わず顔を上げる加持。
「こら、上見ちゃダメって言ってるでしょう!」
まだ、加持の動きを気にするくらいの余裕はあるミサト。
「へいへい。」
突然、ライトがつき、動き出すエレベーター。
「お?」
情けない声を上げて倒れる二人。
そして、扉が開く。
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4.txt
そこには、リツコ、マヤ、日向の姿。
エレベーターの中では重なって倒れているミサトと加持。
リツコは額に青筋を浮かべている。
そして、マヤの止めの一言。
「・・・フケツ・・・」
夜、第三新東京市を一望できる丘──
プラグスーツのまま腰を下ろしている三人。
アスカに至っては寝ころんでいる。
「人工の光がないと星がこれだけきれいとは・・・皮肉なものだな。」
「でも、明かりがないと人が住んでる気がしないわ。」
一斉に町に明かりが灯っていく。
「ほら、こっちの方が落ち着くもの。」
「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ。」
「てっつがく~。」
「・・・なあ、使徒ってなんだと思う?」
「なによ、急に。」
「使徒、天使の名を冠する者。
いったい何者なんだ?」
「アンタバカァ? そんなのわっかるわけな~いじゃん!」
・・・つづく
第拾弐話へ
人の価値
第拾弐話 奇跡の価値は
西暦2000年、南極──
「非常事態、非常事態。総員防御服着用。
第2層以下の作業員は、至急セントラルドグマ上部へ避難してください。」
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アナウンスが響きわたる。
「表面の発光を止めろ! 予定限界値を超えている!」
「アダムにダイブした遺伝子は、すでに物理的融合を果たしています。」
「ATフィールドが全て開放されていきます!」
「槍だ! 槍を引き戻せ!!」
「だめだ! 磁場が保てない!」
「沈んでいくぞ!!」
「わずかでもいい、被害を最小限に食い止めろ!」
「構成原子のクウォーク単位で分解だ! 急げ!!」
「ガフの扉が開くと同時に熱減却処理を開始!」
「すごい・・・歩き始めた・・・」
「地上からも歩行を確認!」
「コンマ一秒でもいい! 奴自身にアンチATフィールドに干渉可能なエネルギーを絞り
出させるんだ!」
「すでに変換システムがセットされています!」
「カウントダウン、進行中!」
「S2機関と起爆装置がリンクされています! 解除不能!!」
「羽を広げている! 地上に出るぞ!!」
惨劇。
もはやこの氷の大陸は地獄と化していた。
すでに気絶している14歳のミサトを、男が救助カプセルに横たわらせる。
目を覚ますミサト。
「・・・お父さん・・・」
父はレバーを引き、カプセルのハッチを閉じる。
そして次の瞬間、大爆発が起きた。
どれくらい時間がたったろう?
ミサトはハッチを開け、南極の方向を見る。
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4枚の羽が天に向かって伸びていた。
西暦2015年、夕方、葛城邸──
突然、雷が鳴り響いた。
今日、夕方には出頭すればいいミサトは、今着替えている。
起きたところとは思えないほど真剣な表情。
ミサトは鏡の前に立ってブラジャーをつける。
その豊満な胸の中心には、大きな傷跡があった。
以前、アスカに、
「セカンドインパクトの時にちょっちね・・・」
と、言っていた傷跡である。
ミサトにとって、この傷は忘れられない傷なのである。
ちょうどこの頃、シンジたちも帰ってきていた。
トウジとケンスケも一緒である。
「すまんなあシンジ。雨宿りさせてもうて。」
「別にいいさ。」
「今日、ミサトさんは?」
「昨日、徹夜だったみたいだからまだ寝てるんじゃないか?」
「ふ~ん。じゃあ、ミサトさんを起こさないように、静かにしてようぜ。」
「そやな。」
小声になる二人。
(心配しなくても、少々騒いだくらいで起きやしねえよ。あの人は。)
と、シンジは思ったが、口には出さなかった。
「あ~っ!!」
突然、女性の叫び声。
ミサトではなくアスカである。
先に帰っていたらしい。
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「なんであんたたちがここにいるのよ!!」
「見ればわかるだろう?
雨宿りだよ。」
少し不快な顔をしてアスカを見るシンジ。
「はっ! そんなこと言って、本当はわたしが目当てなんじゃないの!?
これから着替えるんだから、のぞかないでよ!
のぞいたら殺すわよ!」
「安心しろ。
ここにはお前の着替えをのぞきたい奴はいない。
そこまで言われて、のぞきたいものでもない。」
「なんですって!
それどういう意味よ!」
「いいから早く着替えろよ。
濡れてんだろ? 風邪ひくぞ。」
「ふん!」
アスカは乱暴にカーテンを閉め、その奥に消えた。
シンジのいつもの憎まれ口の中に、優しさの混じった言葉があったので、少し照れたの
である。
「じゃかあしいわい! 誰がお前の着替えなんかのぞくかっちゅうんじゃ!」
「自意識過剰な奴・・・」
そんなアスカの微妙な心の変化などお構いなしに、白い目でアスカのいる方向を見るト
ウジとケンスケ。
シンジはそんな二人を尻目にコーヒーを入れる。
「ほら。」
「おお、すまんなあ。シンジ。」
「持つべき者は友達だな。」
二人がコーヒーをすすると、ミサトが部屋から出てきた。
「ただいま。」
シンジが挨拶をする。
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「あ、お帰りなさい。」
「お、お邪魔しとります。」
「あら、いらっしゃい。」
営業スマイルのミサト。
「ゆっくりしていってね。」
「ミサトさんも飲みます?」
「ありがと。でも、今はいいわ。
もう行かなきゃいけないから。
今夜はハーモニクスのテストがあるから遅れないようにね。」
「はい。」
「アスカも、いいわね。」
「は~い。」
カーテンの奥からアスカは返事をした。
ケンスケはミサトの襟章をまじまじと見て、
「ああ~!」
と、叫び声を上げたかと思うと、いきなりミサトに頭を下げた。
「こ、この度はご昇進おめでとうございます!」
トウジもわけもわからずそれに習う。」
「おめでとうございます。」
「ありがと。
じゃ、行ってくるわね。」
「いってらっしゃい。」
トウジとケンスケはわざわざ玄関まで見送りをする。
アスカもカーテンの奥から出てきたので、コーヒーを渡す。
「ほら。」
「ありがとう。
ねえ、ミサトの奴、どうしたの?」
「昇進したらしい。一尉から三佐に。」
ページ(154)
4.txt
「へえ。知らなかった。」
「マジに言うとんけ? 惣流。」
トウジとケンスケがリビングに戻ってきた。
「君には人を思いやる気持ちがないのだろうか?
あの歳で中学生二人を預かるなんて大変なことだぞ。」
「ケンスケ、わしらだけやな。人の心をもっとるのは。」
(確かにミサトさんには世話になってるが、世話をしてる方が多いような気がするぞ。)
ネルフ──
ハーモニクスのテストが行われている。
「0番、2番汚染区域ギリギリです。」
「1番にはまだ余裕があるわね。
あと0.3下げてみて。」
「はい。」
ゆっくりと沈むシンジのシミュレーションプラグ。
「汚染区域、ギリギリです。」
「それでこの数値。たいしたものだわ。」
「初めての実戦でいきなりシンクロ率98.7%。
それからも少しずつ着実にシンクロ率もハーモニクスも上がってますからね。」
「これを才能というのかしら?」
「まさにエヴァに乗るために生まれてきた子供ですね。」
「本人が望んでいなくてもね。
きっとあの子は何の感動も持たないわ。」
ミサトだけは一人冷静に分析していた。
やがて、テストが終わる。
三人のチルドレンはミサトたちのところにやってきた。
「三人ともお疲れさま。
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4.txt
シンジ君、よくやったわ。」
「なにがです?」
「ハーモニクスがまた伸びてるわ。大した数字よ。」
「そうですか。」
「は! いいわね。いつもほめられて。」
アスカが横からふてくされて言う。
「別にうれしくもなんともない。
先に帰る。」
そう言ってシンジは早々に部屋を出ていった。
帰り──
ミサトの車の中。アスカが助手席に座っている。
今日のミサトは普通に運転している。
「昇進おめでとう。よかったわね。」
「ありがとう。でも、あんまりうれしくないのよね。」
「どうして?」
「なんとなく。」
「なによそれ。さっきのシンジといい、あんたといい、何が不満なの?
人に認められたんじゃない。」
怒ったように言うアスカ。
「シンジ君はエヴァに乗りたくて乗ってるわけじゃないわ。」
「じゃあ、なんで乗ってるのよ。」
「そこまではわからないわ。」
「いい加減な保護者ね~。」
「・・・そうね・・・」
次の日、夜──
ミサトの家のリビング。
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4.txt
昇進おめでとう祝賀会が開かれていた。
参加者はこの家の住人とトウジ、ケンスケ、ヒカリ。
ミサトは『祝! 三佐昇進!』と書かれたタスキをかけている。
「おめでとう!」
一同は一斉にミサトを祝福した。
笑顔でミサトは礼を言う。
ちなみにシンジだけは台所で調理している。
「わざわざありがとね、鈴原君。」
「ちゃうちゃう。言い出しっぺはこいつですねん。」
と、ケンスケを親指で指す。
すると、ケンスケは立ち上がって、
「そう、企画立案はこの相田ケンスケ、相田ケンスケです!」
と、宣言した。
「ありがとう、相田君。」
「いえいえ、当然のことです。」
シンジが料理を運んでくる。
「冷めない内に食べてくれ。」
「うわあ。すごい・・・」
ヒカリが思わず声を上げる。
「せやけど、なんでイインチョがここにおるんや?」
「わたしが誘ったのよ。」
「ねぇ~~。」
二人声をそろえるアスカとヒカリ。
「レイは?」
「誘ったわよ、ちゃんと。
でも、つきあい悪いのよね。あの娘。」
「綾波はこういうの苦手なんだよ。」
そう言いながらシンジはミサトの隣に座る。
ページ(157)
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「もう、加持さん遅いわねぇ。」
シンジの言葉など聞こえていないかのようにアスカが言う。
「そんなにかっこいいの? 加持さんて。」
ヒカリも興味津々である。
「そりゃあもう! ここにいるイモの塊とは月とスッポン。
比べるだけ加持さんに申し訳ないわ。」
「なんやて!?」
口げんかを始めるトウジとアスカ。ヒカリとケンスケもそれに混じる。
ミサトは静かに飲んでおり、シンジはその横で不機嫌そうにしている。
「・・・どうしたの? 昨日のテストのあとから変よ。」
「別に・・・エヴァとのシンクロがよくなってほめられてもうれしくないだけです。
かえって気分が悪くなるって言うか・・・
親父にいいように操られてるような気がするんです。
ミサトさんもあまりうれしくなさそうですね。
昇進したのに、うれしくないんですか?」
「全然、うれしくないって事はないのよ。
でも、それがここにいる目的じゃないから。」
「そうですか。
深くは聞きませんけど。」
「相変わらず他人に深入りしないのね。」
「・・・ここまでお世話になってて言うセリフじゃないですけど、他人は信用できませ
ん。」
ピンポーン
「来た!」
喜々としてアスカが立ち上がる。
しかし、加持と一緒に入ってくるリツコを見てイヤそうな顔をする。
「本部から直なんでね。そこで一緒になったんだ。」
「あやしいわね。」
アスカとミサトの声がはもる。
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「あら、やきもち?」
「そんなわけないでしょ。」
「いや、この度はおめでとうございます。葛城三佐。」
大げさにお辞儀をする加持と、少し頭を下げるリツコ。
「これからはタメ口聞けなくなったな。」
「なにいってんのよ。バ~カ。」
「しかし、司令と副司令がそろって日本を離れるなんて前例のなかったことだ。
これも留守を任せた葛城を信頼してるってことさ。」
相変わらず少し不機嫌そうなまま、シンジは立ち上がる。
「ゆっくりしていってくださいね。加持さん、リツコさん。」
「なんや、どこいくんや。シンジ。」
「綾波の家。
どうせ、あいつの事だからまともな食事してないだろうし、お裾分けしてくる。」
「お優しいことで。
それともファーストにだけ特別なのかしら?」
「勝手に言ってろ。
じゃあ、ミサトさん。行って来ます。
そんなに遅くならないとは思いますけど。」
「気をつけてね。」
「はい。」
シンジは静かに出ていった。
「なんや、今日は暗いなあシンジの奴。」
レイの家──
「綾波。いるか?」
しばらくしてドアが開く。
「・・・なに?」
「今日、ミサトさんの昇進祝いをやってるのは知ってるだろ?
ページ(159)
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たくさん作ったから、届けに来た。」
差し出された折り詰めをレイが受け取る。
「まだ、暖かいと思うから、冷めない内に食べてくれ。
じゃあな。」
帰ろうとするシンジの腕をレイが掴んだ。
「・・・どうした?」
「少し・・・上がっていったら?」
「・・・わかった。」
シンジはレイの部屋に入った。
以前来たときと変わらずの無機質な部屋。
14歳の女の子の部屋にしてはあまりにも殺風景である。
「なにか飲む?」
「紅茶はあるか?」
「ええ。」
レイはお湯をわかし、紅茶を入れる。
香ばしいにおいがシンジの鼻をついた。
それを十分堪能してから口に含む。
「・・・うまいな。」
「そう?」
「ああ。」
しばらく、会話もなく静かなときが刻まれる。
意外にも先に口を開いたのはレイだった。
「あなたは、なぜこんなことをしてくれるの?」
「さあなあ・・・よくわからないな。」
「どうして?」
「なんとなく、気になるから・・・かな?」
「気になる?」
「まあな。」
ページ(160)
4.txt
「どうして?」
「理由はわからないさ。」
「・・・そう・・・」
「どうしてそんな事を聞く?
・・・俺のしていることは、迷惑か?」
「違うわ。」
「そうか。ならいいが・・・」
またもしばしの静寂。
それを破ったのはシンジの携帯電話の呼び出し音だった。
「もしもし。」
『ちょっとシンジ! いまどこにいるのよ!』
アスカである。
「綾波の家だ。」
『なんでまだそこにいるのよ!
まさか変なことしてるんじゃないでしょうね?』
「変な事ってどんなことだ?」
『そ、それは・・・
とにかく! 早く帰ってきて後かたづけしなさいよ!』
「うるせえな。
それくらい自分でしたらどうだ?」
『あたしにできるわけないでしょ!』
「いばるな。阿呆。」
『阿呆!? あんたに──』
ブチッ。
シンジは電話を切った。ついでに電源も切る。
「ふう・・・
綾波。悪いけど帰る。紅茶、うまかったぜ。」
「うん・・・」
ページ(161)
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少し寂しげなレイの表情。
「じゃあ、料理、冷めない内に食べてくれ。
お前の嫌いな肉は入ってないから。」
「うん・・・」
レイと話している内に心が和んだ自分に気がつきながら、部屋を出ていくシンジ。
そしてレイは、シンジが出ていった後もしばらくドアの方をジッと見ていた。
翌日、ネルフ──
「ええ~っ!! 手で受け止める────っ!?」
「そうよ。」
叫ぶアスカと冷静なミサト。
第拾使徒が発見されたのである。
使徒はATフィールドを衛生軌道上から落下させ、攻撃するタイプであった。
そして、ここには本体ごと落下してくると予想されている。
第拾使徒は恐ろしく巨大であると知らされているため、アスカが抗議の声を上げたわけ
である。
「落下予測地点にエヴァを配置。
ATフィールド最大で使徒をあなたたちが直接手で受け止めるのよ。」
「もし、使徒が落下予測地点を大きく外れたら?」
「その時はアウト。」
「機体が衝撃に耐えられなかったら?」
「その時もアウトね。」
「勝算は?」
「神のみぞ知る、と言ったところかしら?」
「これでうまくいったら、まさに奇跡ね。」
もはやアスカは呆れ顔である。
「奇跡ってのは起こしてこそ、初めて価値が出るものよ。」
「つまり、なんとかして見せろってこと?」
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「すまないけど他に方法がないの。この作戦は。」
「作戦と言えるの? これが。」
「ホント、言えないわね。
だからイヤなら辞退できるわ。」
「やってもやらなくても死ぬならやったほうがいい。」
シンジが言う。
「・・・そうね。」
アスカが賛同し、レイも小さく首を縦に振る。
「みんな、いいのね。」
「はい。」
「一応、規則だと遺書を書くことになってるけど、どうする?」
「別にいいわ。そんなつもり、ないもの。」
「わたしもいい。必要ないもの。」
「・・・失敗したら、ここも消えてなくなるなら意味ないですよ。」
「すまないわね。成功したら、みんなにステーキおごるから。」
「え? ホント!?」
「約束する。」
「忘れないでよ!」
ミサトは去っていった。
「今時の子供がステーキで喜ぶと思ってるのかしら?
これだからセカンドインパクト世代って貧乏くさいのよねぇ。」
「そんな言い方やめろ。
せっかく、ミサトさんが言ってくれてるんだから。」
「フン。なによ、いい子ぶっちゃってさあ。」
アスカは鞄からグルメ雑誌を取り出す。
「さてと、せっかくごちそうしてくれるんだから。
ど・こ・に・し・よ・お・か・な。」
「しかし、綾波は肉食えないだろ?」
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4.txt
「え? そうなの?」
「ミサトさんに言って、別のものにしてもらうか・・・
勝てたらな。」
中央発令所──
「使徒による電波攪乱のため、目標を喪失。」
マヤが報告する。
「正確な位置の測定ができないけど、ロスト直前までのデータからMAGIの予測した落
下位置が、これよ。」
モニターに地図が写り、落下予測地点は赤色になっている。
「こんなに範囲が広いの!?」
「こりゃまた・・・」
「目標のATフィールドをもってすれば、このどこに落ちても本部を根こそぎえぐること
ができるわ。」
リツコは淡々と説明する。
「ですから、エヴァ三機をこれら三カ所に配置します。」
それぞれの配置が表示される。
「この配置の根拠は?」
レイが聞く。
「勘よ。」
「勘!?」
アスカが声を上げる。
「そうよ。女の勘。」
「なんたるアバウト! ますます奇跡ってのが遠くなっていくイメージね。」
「ま、しかたないさ。」
ケイジに向かうエレベーター──
「なあ。」
「なによ。」
ページ(164)
4.txt
「アスカはなんでエヴァに乗ってるんだ?」
「決まってんじゃない。自分の才能を世の中に示すためよ。」
「・・・エヴァが必要なくなったらどうするんだ?」
「エヴァが・・・必要なくなる?
どういう事よ。」
「俺たちがくたばらない限り、いつかは全ての使徒を倒すことになる。
そうなればエヴァは必要なくなる。
その時はどうするんだ?」
「全ての使徒を倒す?
いつ?」
「・・・知るか。」
「は! 知らないくせによくそんなこと言えるわね。
バカみたい。
・・・あの娘には聞かないの?」
レイを見ながらイヤミ混じりに聞く。
「綾波には以前聞いた。」
「ふ~ん。仲のおよろしいことで。」
シンジは返答しない。
レイは少し紅くなっているような気がする。
それを見たアスカはおもしろくなさそうに、
「シンジはどうなのよ。」
と、話をそらした。
「さあな。」
「さあなって・・・アンタバカァ!?」
「・・・しょせんこの世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
弱者になりたくないだけだ。」
「・・・その言葉、前にも聞いたわね。
ページ(165)
4.txt
誰の言葉?」
「忘れた。」
「呆れた。
誰の言葉かも忘れたくせに、生きる指針にしているの?」
「・・・ああ・・・」
「ふ~ん・・・」
いまいち納得のいかないアスカだった。
中央発令所──
「みんなも待避して。ここはわたし一人でいいから。」
ミサトが日向たちに言う。
「いえ、これも仕事ですから。」
青葉が元気よく答える。
「子供たちだけ危ない目にあわせられないっスよ。」
日向も言う。
「あの子たちは大丈夫。
もしエヴァが大破しても、ATフィールドがあの子たちを守ってくれるわ。
エヴァの中が一番安全なのよ。」
初号機、エントリープラグ内──
シンジがミサトとの会話を思い出している。
「シンジ君、昨日聞いてたわね。
なぜ昇進してもうれしくないのかって・・・」
「はい。
それが目的でネルフにいるわけじゃないって言ってましたよね。」
「うん・・・
わたしの父はね。自分の研究、夢の中に生きる人だったわ。
そんな父を許せなかった。憎んでさえいたわ。」
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「・・・俺の親父と一緒ですね。」
「家族のことなどかまってくれなかった。
回りの人は繊細な人だと言ってたわ。
でも、ホントは心の弱い、現実から、わたしたち家族という現実から逃げてばかりいた
人だったのよ。
子供みたいな人だったわ。
母が父と別れると言ったとき、すぐに賛成したわ。
母はいつも泣いてたもの・・・
父はショックだったみたいだけど、その時は自業自得だと笑ったわ。
けど、最後はわたしの身代わりになって死んだの。セカンドインパクトの時にね。
わたしにはわからなくなったわ。
父が好きだったのか、憎んでいたのか・・・
ただ一つハッキリしているのは、セカンドインパクトを起こした使徒を倒す。
そのためにネルフに入ったわ。
わたしはただ、父の復讐を果たしたいだけなのかも知れない。
父の呪縛から逃れるために・・・」
話に夢中になっていたミサトの手をそっとシンジが包み込む。
「・・・シンジ君?」
「なんとなくわかります。
自分の心がわからないということ。
僕もそうです。
自分が親父を嫌っているのか、好きになろうとしているのか、わからなくなる時がある
んです。
この前、ネルフが停電になりましたよね?」
「ええ。」
「あの直前、僕は親父に電話しました。
進路相談の事を父兄に連絡しておけと学校で言われたと・・・
ミサトさんにそういうことが一任されていることはわかってました。
親父にもそう言われて、なんでこいつに電話したんだろう?って思いました。
ページ(167)
4.txt
多分、心のどこかで、わかったって返事を期待してたんでしょうね・・・
ミサトさんと同じなんです。
父親のことも、そして、自分が父親をどう思ってるかもわからないんです。」
「シンジ君・・・」
「もし、本当に親父を嫌ってるなら、いつでも叔父のところへ帰ることもできた。
でも、それをしないのは、心のどこかで親父のそばにいたいと思ってるのかも知れませ
ん。
もちろん、せっかく家族になったミサトさんやアスカ、友達になった綾波やトウジやケ
ンスケと離れたくないって気持ちもありますけどね。」
「ありがとう。
聞いてもらってスッキリしたわ。」
「僕の方こそ。なんだか、余計なこと言っちゃって・・・」
「そんな事ないわ。
初めてね。心の内を話してくれたの。
とってもうれしいわ。」
「・・・ミサトさん・・・」
「これからも、よろしくね。」
「はい。こちらこそ。」
「・・・家族・・・友人・・・
大切なものを守るために・・・
負けるわけにはいかない・・・」
シンジの脳裏に幼い頃の記憶がよみがえる。
(しょせんこの世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ・・・)
「そう、死ぬんだ。」
中央発令所──
「使徒、最大望遠で確認!」
ページ(168)
4.txt
「距離、およそ25000!!」
「おいでなすったわね・・・
エヴァ全機、発進位置。」
腰を沈め、発進準備をするエヴァ三機。
『目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。
よって、MAGIが距離10000まで誘導します。
その後は、各自の判断で行動して。
あなたたちに全てまかせるわ。』
『使徒接近、距離20000!』
『では、作戦開始。
外部電源パージ。』
外部電源が落とされ、内部電源に切り替わる。
「いくぞ。」
シンジの声に、無言でうなずくレイとアスカ。
「発進!!」
同時に発進するエヴァ三機。
山を越え、川を走り、町を抜ける。
零号機と弐号機が高圧電線を飛び越える。
その中で、初号機は猛烈なスピードで使徒の落下位置に迫る。
最大スピードは音速を超えた!
『使徒接近、およそ12000!』
急ブレーキをかけ、使徒の真下に停止する初号機。
零号機と弐号機は遙か遠くにいる。
「フィールド全開。」
ATフィールドの影響で、初号機周辺の木々や電信柱が吹っ飛ぶ。
初号機はATフィールドを数十本の槍状の武器に変える。
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4.txt
中央発令所──
「シンジ君!? 何をする気!?」
リツコが叫ぶ。
「あれは・・・第七使徒との戦いに見せた・・・」
ATフィールドを武器とする技。
そう、シンジはすでにATフィールドを武器として使う術を身につけているのである。
使徒、落下位置──
「死ね。」
無数の槍が使徒に向かう。
その槍は使徒のATフィールドをズタズタに切り裂く。
初号機はプログナイフを真上に掲げる。
ATフィールドを消し去られ無防備になった使徒のコアがそこに落ちてくる。
コアにナイフが深く突き刺さり、使徒は力つき、予想されていたより遙かに小さな爆発
を起こした。
中央発令所──
「全く無理しちゃって。」
アスカが悔し紛れに言う。
「どこが無理だ。
初号機の機体は大破したが、ちゃんと殲滅したし俺も無傷だろうが。」
「はん!」
さすがにアスカは不機嫌そうだ。
「電波システム回復。南極の碇司令から通信が入っています。」
「おつなぎして。」
「はい。」
「SOUND ONLY」と書かれた画面がミサトの前に現れる。
「申し訳ありません。
わたしの勝手な判断で初号機を大破してしまいました。
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責任は全てわたしにあります。」
『かまわん。使徒殲滅がエヴァの使命だ。
むしろその程度の被害は幸運といえる。』
『ああ、よくやってくれた。葛城三佐。』
お咎めは一切なく、寛大な労いの言葉を発する冬月とゲンドウ。
「ありがとうございます。」
『ところで初号機のパイロットはいるか?』
「なんだよ。」
『話は聞いた。
よくやったな。シンジ。』
「! ・・・・・・ふん。」
『では、葛城三佐。
後の処理はまかせる。』
「はい。」
切れる通信。
数時間後、電車内──
「活躍したのはシンジだけだったけど、約束したのは私たち全員なんだからね。
守ってもらうわよ。」
「はいはい。大枚おろして来たからフルコースだって耐えられるわよ。」
(給料前だけどね。)
少し青ざめるミサト。
夜の街、ラーメン屋台の前──
「ミサトの財布の中身くらい、わかってるわよ。
無理しなくてもいいわよ。
ファーストもラーメンならつき合うって言ってるし。」
「・・・・・・」
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呆然となった後、笑顔になるミサト。
「わたし、ニンニクラーメンチャーシュー抜き。」
意外にも一番最初に、しかもマニアックな注文をするレイ。
「わたしはフカヒレチャーシュー、大盛りね。」
四人並んでラーメンをすする。
半分ほど食べ終わった後、シンジが口を開いた。
「ミサトさん・・・」
「なに?」
「まさか、親父にほめられるとは思いませんでした。」
「うれしかった?」
「・・・・・・
・・・はい・・・」
「よかったわね。シンジ君。」
「・・・はい。」
・・・つづく
第拾参話へ
人の価値
第拾参話 使徒、侵入
ネルフ、MAGIルーム──
マヤがプログラムをMAGIの定期検診を行っている。
キーボードから入力した文字が流れるように下から上に消えていく。
それを見て、リツコは、
「さすがマヤ、速いわね。」
と、ほめた。
マヤはモニターから目をそらさず、
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「それはもう、先輩の直伝ですから。」
と、謙虚にリツコをたたえる。
そのために気がそれたのだろうか。
「あ、ちょっと待って。そこ、A-8の方が速いわよ。
ちょっと貸して。」
リツコは自分のノートパソコンのキーボードを片手でたたく。
そのスピードはマヤの三倍以上である。
「・・・さっすが先輩。」
ミサトがエレベーターで上がってきた。
「どう? MAGIの診察は終わった?」
「あらかたね。
約束通り、テストには間に合わせたわよ。」
「さっすがリツコ。同じ物が三つもあって大変なのに。」
リツコの飲みかけのコーヒーを飲むミサト。
「冷めてるわよ。それ。」
すでに遅し。
ミサトはまずそうな顔を露骨に浮かべる。
「MAGIシステム。自己診断モードに入りました。」
「第127次定期検診、異常なし。」
「了解。お疲れさま。
みんなテスト開始まで休んでちょうだい。」
洗面所──
洗った顔を拭いているリツコ。
すっぴんになった自分の顔を鏡で見ている。
「異常なしか・・・母さんは今日も元気なのに、わたしはただ歳を取るだけなのかしらね
・・・」
通学路──
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シンジ、レイ、アスカの三人はネルフに向かっている。
「碇君。」
「ん? なんだ、綾波。」
「今日の帰り、うちに寄れる?」
「ああ。寄れるけど、なんでだ?」
「この前の容器。」
「ああ、そうだったな。じゃあ、取りに寄るよ。」
この前の容器とは、ミサトの昇進祝いの時にシンジがレイに持っていってやった料理の
器である。
「ちょっと、ごちそうになったんだから、シンジに取りに寄らさないで持ってきたらどう
なのよ。」
「いいだろ、別に。」
「甘い! あんたがそんな甘ちゃんだからファーストがつけあがるのよ!」
「いつ綾波がつけあがった?
いつもつけあがってるのはお前だろ?」
「な、なんですってぇ────っ!!」
「事実だ。」
「なによ! いつもいつもファーストばっかりかばっちゃってさあ!」
「なんだ? お前もかばってもらいたいのか?」
「そんなわけないでしょ!!!
先行くわ! せいぜい二人で仲良くね!!」
アスカは駆けていった。
「碇君。」
「ん?」
「あの人はきっと寂しいんだと思うわ。」
「わかっている。
気丈にふるまってはいるが、時々ものすごく寂しそうな目をするからな。」
「どうして優しくしてあげないの?」
「あいつがそれを望んでいないからだ。
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優しくしてやったら、多分あいつは傷つく。」
「・・・・・・」
「ま、なにかあったら助けてやるつもりだけどな。」
シンジの目には優しさが混じっていた。
第三新東京市に初めて来たときは、感情のない表情をしていた。
笑みを浮かべても、どこか作った感じがあった。
同時になにもかも憎んでいるような印象もあった。
しかし、ここに来てシンジは変わった。
凍てついた心が少しずつだが、溶け始めている。
ミサト、レイ、アスカ、リツコ、加持、トウジ、ケンスケ。
これまで心許せる人がいなかったシンジと普通に接してくれる人たち。
特にミサトにはかなりの信頼を寄せ始めている。
自分の心の内を他人に話すなど考えられなかった。
ミサトと話しているとき、表情がゆるんでいるのが自分でもわかる。
しょせんこの世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
この言葉を胸に生き続け、他人はおろか自分自身の生死についても深く考えたことはな
かった。
しかし、今はミサトやアスカ、レイを守りたいという思いがある。
あの事件以来、初めてもった他人を思う心。
初めて開きかけた心。
シンジはそれがとても大切なものに思えた。
長い間見失っていたものが、ようやく見つけられた気がする。
反面、他人は信用できないと考える自分も存在する。
シンジの心は常に二つの思いが激突していた。
どちらが勝利するか、答えが出るのはまだ先のような気がする。
数時間後、ネルフ、発令所──
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4.txt
「確認してるんだな?」
冬月が青葉に問う。
「ええ、三日前に搬入されたパーツです。
ここですね。変質しているのは。」
「第87タンパク壁か。」
「拡大してみるとシミのようなものがあります。
なんでしょうね。これ。」
「浸食だろ?
温度と伝導率が若干変化しています。
無菌室の劣化はよくあるんです。最近。」
自分の席に座りながら日向が言う。
「工期が60日近く圧縮されてますから、また気泡が混じっていたんでしょう。
ずさんですよ。B棟の工事は。」
青葉が吐き捨てるように冬月に言った。
「そこは使徒が現れてからの工事だからな。」
「無理ないっすよ。みんな疲れてますからね。」
「明日までに処理しておけ。碇がうるさいからな。」
「了解。」
プリブノーボックス──
「また水漏れ!?」
リツコは思わず叫んでいた。
「いえ、浸食だそうです。この上のタンパク壁。」
マヤが答える。
「まいったわね・・・テストに支障は?」
「今のところはなにも。」
「では続けて。このテストはおいそれと中断するわけにはいかないわ。
碇司令もうるさいし。」
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テストとは、プラグスーツの補助なしでハーモニクスを行うことである。
従って、三人は今裸でシミュレーションプラグに入っている。
「了解。
シンクロ位置正常。
模擬体経由でエヴァ本体と接続します。」
「エヴァ零号機、コンタクト確認。」
「ATフィールド、出力2ヨクトで発生します。」
突然、警報が鳴り響く。
「どうしたの?」
「シグマユニットAフロアに汚染警報発令。」
「第87タンパク壁が劣化、発熱しています。」
「第6パイプにも異常発生。」
「浸食部が増殖していきます。爆発的スピードです!」
「実験中止。第6パイプを緊急閉鎖!」
切り離され、隔離されるパイプ。
「ダメです。浸食は壁づたいに進行していきます。」
「ポリソーム、用意。
レーザー出力最大。侵入と同時に発射。」
「浸食部、6ー58に到達。
来ます!!」
しばらくの静寂。
それをうち破ったのはレイの悲鳴だった。
『キャアァッ!』
ハッとなるミサトとリツコ。
「レイ!?」
突然模擬体が動き出した。
「レイの模擬体が動いています。」
「まさか!?」
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マヤに駆け寄るリツコ。
ガクガクときしみ音をたてて動くレイの模擬体。
それを凝視しているミサトに向かって手を伸ばしてくる。
リツコはガラスを叩き割って、その奥にあるレバーを引く。
間一髪模擬体の右腕が吹き飛ぶ。
「レイは!?」
「無事です!」
「全プラグを緊急射出。レーザー急いで!」
射出されるプラグ。
ポリソームからレーザーが打ち出される。
浸食部が破壊されていく、かに見えた。
だが、それはレーザーを弾き飛ばした。
「ATフィールド!」
「まさか!?」
赤く発光し始める浸食部。
「なに?これ?」
「分析パターンは青。
間違いなく使徒よ。」
リツコが断言すると同時に、本部全体にけたたましく警報が鳴り響く。
発令所──
冬月が電話で話している。
相手はミサトである。
「使徒!? 使徒の侵入を許したのか!?」
『申し訳ありません。』
「言い訳はいい。セントラルドグマを物理閉鎖!
シグマユニットと隔離しろ!!」
冬月の後ろからはエレベーターで司令席ごとゲンドウが上がってくる。
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電話で話している。
プリブノーボックス──
「ボックスを破棄します! 総員待避!!」
ミサトの声とともにオペレーターたちは慌てて待避を始める。
その中でリツコだけが呆然としている。
プリブノーボックスにはひびが走り始めている。
「なにしてるの早く!」
ミサトはリツコの手を引く。
リツコも気がつき、走り出す。
二人が逃げると同時にドアが閉まり、プリブノーボックスは破壊される。
『シグマユニットをEフロアより隔離します。
全隔壁を閉鎖。該当地区は総員待避。』
発令所──
「わかっている。よろしく頼む。」
ゲンドウは電話を切り、机にしまう。
「警報を止めろ!」
「け、警報を停止します。」
「誤報だ。探知機のミスだ。
日本政府と委員会にはそう伝えろ。」
「は、はい。」
「汚染区域はさらに下降。
プリブノーボックスからシグマユニット全域へと広がっています。」
「場所がまずいぞ。」
ゲンドウにだけ聞こえる声で言う冬月。
「ああ、アダムに近すぎる。」
同じくゲンドウも冬月だけに聞こえるように返答する。
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「汚染はシグマユニットまでで押さえろ。
ジオフロントは犠牲にしてもかまわん。
エヴァは?」
「第7ケイジにて待機。
パイロットを回収次第、発進できます。」
「パイロットを待つ必要はない!
すぐ地上に射出しろ。」
「え?」
思わず振り返る青葉と日向。
「初号機を最優先だ。
そのために他の二機は破棄してもかまわん。」
「初号機を・・・ですか!?」
「しかし、エヴァなしでは使徒を物理的に殲滅できません!」
「その前にエヴァを汚染されたら全て終わりだ。
急げ!」
「はい!」
射出される初号機。
ドグマ内のとある場所──
「あれが使徒か・・・仕事どころじゃなくなったな。」
加持である。
『シグマユニット以下のセントラルドグマは60秒後に完全閉鎖されます。
真空ポンプ稼働まであと30秒です。』
加持はコンテナから横穴へ飛び移った。
そのまま走り去っていく。
発令所──
『セントラルドグマ、完全閉鎖。
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大深度施設は侵入物に占拠されました。』
「さて、エヴァなしで使徒に対しどう攻める。」
少し余裕のある冬月。
ジオフロント、地底湖の畔──
シンジたち三人が裸で立っている。
もちろん、シンジはそっぽを向いて二人の体の影も視界に入れていない。
シンジはシミュレーションプラグのハッチを叩き割って脱出し、レイとアスカも脱出さ
せたのである。
その際に、シンジは二人の裸を少しだけ見てしまった。
レイは無表情だが、アスカは明らかになにか言いたげであった。
しかし、裸で問いつめる気はなく、今はまだ黙っている。
「とにかく発令所に行こう。」
シンジは振り返りもせずに歩き出す。
足音がしているからついてきて二人ともついてきているようだ。
アスカはシンジの後ろ姿を見てふと思う。
(身長はわたしより低いくらいなのに・・・
なんてたくましい体つきなの?)
以前停電になった時、ドアと蹴破るくらいだから力はあるとは思っていたが、いざ見て
みると、中学生とは思えないほどがっしりしている。
背中だけを見てもそう思えるのだから、よほど鍛え抜かれているのだろう。
(あんなたくましい体に抱きしめられたら、安心できるだろうな・・・)
と、考えた後、ブンブンと頭を振って考えを振り払った。
(なんであんな奴に抱きしめられなきゃいけないのよ!!)
発令所──
その頃、発令所は騒然となっていた。
「サブコンピューターがハッキングを受けています! 侵入者不明!!」
青葉の叫びに似た報告。
ページ(181)
4.txt
「くそ! こんな時に!
Cモードで対応!」
「防壁を解凍します。疑似エントリー展開。」
「疑似エントリーを回避されました!」
「逆探まで18秒!」
「防壁を展開します!」
「防壁を突破されました!」
「疑似エントリーをさらに展開します!」
「こりゃあ、人間業じゃないぞ・・・」
日向がつぶやく。
「逆探に成功!
この施設内です。B棟の地下・・・プリブノーボックスです!!」
「使徒の光学模様が変化しています。」
「光ってるラインは電子回路だ、こりゃあコンピューターそのものだ。」
「疑似エントリー展開・・・失敗。
妨害されました!」
「メインケーブルを切断。」
「ダメです! 命令を受け付けません!」
「レーザー打ち込んで!」
いらだち混じりでミサトが指示を出す。
「ATフィールド発生! 効果なし!」
「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを走査中!
12ケタ・・・16ケタ・・・Dワードクリア!」
「保安部のメインバンクに侵入されました!!」
さすがに冬月の表情にも焦りが混じり始める。
「メインバンクを読んでます。解除できません!」
「奴の目的はなんだ?」
「メインパスを探っています・・・このコードは・・・
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4.txt
やばい!! MAGIに侵入するつもりです!!」
常に冷静な青葉が悲鳴のような声を上げて報告する。
「I/Oシステムをダウンしろ。」
いまだ冷静なゲンドウの判断は早かった。
無言でキーを取り出す青葉と日向。
それぞれの鍵穴に差し込む。
「カウント、どうぞ!」
「3・・・2・・・1!」
同時にキーをひねる二人。
しかし、なにも起こらない。
日向と青葉は一瞬顔を見合わせた。
「電源が切れません!!」
「使徒、さらに侵入!
メルキオールに接触しました!!
ダメです! 使徒に乗っ取られます!!」
マヤが必死に抵抗するが無駄に終わった。
「メルキオール、使徒にリプログラムされました!」
主モニターにMAGIの多数決パネルが表示される。
『人工知能メルキオールにより、自律自爆が提訴されました。
否決・・・否決・・・否決・・・否決・・・否決・・・』
「こ、今度は、メルキオールがバルタザールをハッキングしています!!」
「くそ・・・速い!」
「なんて計算速度だ!!」
バルタザールの表示が青から赤に変わっていく。
そして、半分ほど乗っ取られたとき、リツコがハッとなる。
「ロジックモードを変更!!
シンクロコードを15秒単位にして!」
「了解!!」
ページ(183)
4.txt
パネルの点滅が極端に遅くなる。
冬月が深いため息をついた。
「どのくらい持ちそうだ?」
「今までのスピードから見て、2時間くらいは。」
「MAGIが・・・敵に回るとはな。」
シンジたちは更衣室までたどり着いた。
三人は服を着て発令所に向かう。
「いったいどうなってるの!?」
さっきまでは裸だったためおとなしかったアスカが、シンジに問いつめる。
「俺に聞くな。
発令所に行くんだから、そこでミサトさんにでもリツコさんにでも聞けばいいだろう
が。」
「だってあんた、知ってるような感じだったじゃない。」
「知らねえよ。だから、発令所に急いでるんだろ?」
「・・・ま、そうね。」
三人が発令所に行こうと歩いていると、会議室に移動するミサトたちと会った。
「あんたたち、よくここまでこれたわね。」
ミサトが驚く。
「通路は使徒に汚染されてなかった?」
「え? いえ、普通でしたが?」
「そう。じゃあ、隔離はうまくいってるのね。」
「隔離?」
「説明するわ。あなたたちも会議室に来て。」
会議室──
シンジたちはミサトから事の成り行きを聞いた。
そして、リツコが使徒の写真を画面に映す。
ページ(184)
4.txt
「彼らはマイクロマシーン。最近サイズの使徒と考えられます。
その個体が集まって群を作り、この短時間で知能形成に至るまで、爆発的な進化を遂げ
ています。」
「進化か。」
「はい。彼らは自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処できるよう模索しています。
」
「まさに生物の生きるためのシステムそのものだな。」
「自己の弱点を克服・・・進化を続ける目標に対し有効な手段は、死なばもろとも・・・
MAGIと心中してもらうしかないわ。」
ミサトはゲンドウに向かって提案する。
「MAGIシステムの物理的消去を提案します。」
それにリツコが反論する。
「無理よ。
MAGIを切り捨てることは、本部の破棄と同義なのよ。」
「では、作戦部から正式に要請するわ。」
「拒否します。技術部の解決すべき問題です。」
「なに意地はってんのよ!」
「・・・わたしのミスから始まったことなのよ。」
「・・・あなたは昔からそう・・・
一人で全部抱え込んで・・・他人をあてにしないのね。」
「進化を促進させることはできますか?」
皆がモニターの回りに集まっている中、一人離れて壁にもたれかかっていたシンジが突
然口を挟んだ。
皆、一斉にシンジを見る。
「進化の促進?」
ミサトが聞く。
「進化の終着地点は自滅・・・
死、そのものだ。」
シンジではなくゲンドウが答える。
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4.txt
「ならば、こちらから進化を促進させてやればいいわけか。」
「使徒が死の効率的な回避を考えれば、MAGIとの共生を選択するかも知れません。」
リツコもシンジと同じ考えだったらしく、説明する。
「でも、どうやって?」
「目標がコンピューターそのものなら、カスパーを使徒に直結。
逆ハックをしかけて自滅促進プログラムを送り込むことができます。
が──」
「同時に使徒に対しても防壁を開放することにもなります。」
リツコとマヤが方法と危険性を説明する。
「カスパーが速いか、使徒が速いか、勝負だな。」
「はい。」
「そのプログラム、間に合うんでしょうね。
カスパーまで侵されたら、終わりなのよ。」
「・・・約束は守るわ。」
「その場合は、エヴァを使って本部ごと破壊するしかありませんね。」
シンジはゲンドウを見る。
「俺たちは地上でエヴァに乗って待機する。
もし、使徒にMAGIが乗っ取られた場合、自律自爆による被害を最小限に押さえつ
つ、ATフィールドを使って本部ごと使徒を破壊する。
これでいいな?」
「ああ。」
ゲンドウの短い肯定の返事。
「リツコさん。成功を祈ってます。」
「ありがとう。」
幸い、地上への道は汚染されていなかった。
最短コースを進む。
「シンジ。」
「なんだ?」
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「あんたさっきわたしの裸見たでしょ?」
「それがどうした。」
「そ、それがどうしたって、あんた!」
アスカは怒って食ってかかる。
「・・・すまん。少し言い方が悪かった。」
「どうしてくれんのよ。」
「どうしろと言うんだ?」
「見物料を払いなさい。」
「見物料? いくらだ?」
「お金の問題じゃないでしょ?」
「お前自分で言ってて、矛盾してると思わんか?」
「お金じゃなくて、態度で返せって言ってるのよ。」
「態度?」
「これから三日間、あんたはなんでもわたしの言うこと聞くの。いい?」
「バカ言うな。」
「別にいいわよ。
従わないなら、シンジがわたしとファーストの裸のぞいたって、学校で言いふらすか
ら。」
さすがのシンジもグッとなる。
「碇君を脅迫しないで。」
レイが助け船を出す。
「なによ。
あんたはなんとも思ってないの?」
「別に。」
「まさか・・・
あんたたちはすでに見られても平気な関係・・・」
「変な想像するな。バカ。」
「そうよね・・・いくらなんでもまだ中学生だし・・・」
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言った本人であるアスカが一番照れている。
「そうそう、前から言いたかったんだけどさあ。」
アスカがレイに向かって言う。
「アンタ、碇司令のお気に入りなんですってね。
大した実績もないのにどうしてかしらね。」
「そんな事聞いてどうするの?」
レイは振り向きもしない。
それがアスカの癇に障った。
「人と話すときはちゃんとこっち向きなさいよ!
ひいきにされてるからってなめんじゃないわよ!!」
「やめておけ。」
シンジが制する。
「今はそんな事を言ってる時じゃないだろ。」
シンジはふてくされるアスカに耳打ちする。
「今日、帰りに綾波の家についてきてみろ。
本当にあいつがひいきされているかどうかわかる。」
「どういうこと?」
「来ればわかる。」
この会話はレイの耳には届いていない。
発令所──
「来た!
バルタザールが乗っ取られました!!」
『人工知能により、自律自爆が決議されました。』
リツコはカスパーの内部で猛烈なスピードでキーボードをたたいている。
それをサポートしているマヤのタイピングスピードも上がる。
『自律自爆の稼働は三者一致の後、02秒で行われます。
自爆範囲はジオイド深度マイナス280、マイナス140、ゼロフロアーです。
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4.txt
特例582発動下のため、人工知能以外によるキャンセルができません。』
「バルタザール、さらにカスパーに侵入!」
「押されてるぞ!」
『自律自爆稼働まで後、20秒。』
「いかん!」
「カスパー、18秒後に乗っ取られます!」
カスパー内部──
「リツコ、急いで!!」
「大丈夫。一秒近くも余裕があるわ。」
「一秒って・・・」
「ゼロやマイナスじゃないわ。」
アナウンスによるカウントダウンが続いている。
「マヤ!」
「いけます!」
「・・・押して!」
同時に実行ボタンを押す。
その時カウントダウンもゼロとなる。
しかし、自爆装置は作動せず、MAGIの多数決パネルが赤から一気に青に戻る。
同時に自律自爆の決議も否定に変わった。
『人工知能により、自律自爆が解除されました。』
発令所──
「やったぁ─────っ!!」
同時に叫ぶ日向と青葉。
ため息をつく冬月。
地上──
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エヴァの中で待機していた三人にもその様子は伝えられる。
ホッとなる三人。
発令所──
リツコが疲れ切った様子でイスに座っている。
そこへコーヒーを持ったミサトがやって来た。
「もう歳かしらね・・・
徹夜が堪えるわ。」
「また約束守ってくれたわね。
お疲れさん。」
「ありがと。」
リツコは一口すする。
「ミサトが入れてくれたコーヒーをこんなにうまいと思ったのは初めてだわ。」
苦笑いのミサト。
「死ぬ前の晩、母さんが言ってたわ。
MAGIは三人の自分なんだって。
科学者としての自分。
母としての自分。
女としての自分。
その三人がせめぎあってるのがMAGIなのよ。
人の持つジレンマをわざと残したのね。
実はプログラムを微妙に変えてあるの。
わたしは母親にはなれそうもないから、母としての母さんはわからないわ。
でも科学者としては尊敬もしていた。でもね、女としては憎んでさえいたの。」
「今日はおしゃべりじゃない。」
「たまにはね。」
カスパーが収納されていく。
「カスパーには女としてのパターンがインプットされていたわ。
ページ(190)
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最後まで女でいることを守ったのね。
・・・ほんと、母さんらしいわ。」
カスパーが完全に収納された。
数時間後、レイのマンション──
約束通り、シンジはここに寄り、アスカもついてきている。
「上がってく?」
「ああ。お邪魔するよ。」
シンジは中に入り、アスカもそれについていく。
そして、絶句する。
「・・・なによ・・・この部屋・・・」
コンクリートのむき出しになった無機質な壁。
家具もベッドと冷蔵庫しかない。
キッチンには一通り道具がそろっているが、シンジが買い揃えてやったと聞いたことが
ある。
「こんな・・・」
同情心とは違う、なにか悲しい気持ちがアスカを包む。
「紅茶でいい?」
レイが聞いてくる。
「あ、あ、え、ええ・・・」
しどろもどろに生返事を返すアスカ。
二人は紅茶をごちそうになってから、容器を受け取って帰路につく。
「わかったろ?
綾波はひいきなんかされていない。」
「・・・うん・・・」
「あいつはあいつなりに、いろいろと抱えてるんだよ。
詳しいことは俺にもわからないがな。」
「・・・でも・・・ひどいよ・・・
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あんなところに一人で住ませるなんて・・・」
「そう思ったら、これからは綾波に対する態度を少し改めてやってくれ。
多分、俺たちの中でいや、ネルフの中で一番不幸なのは綾波だと思うからな。」
「・・・うん・・・わかった・・・」
この後、二人は無言で帰宅した。
・・・つづく
第拾四話へ
人の価値
第拾四話 ゼーレ、魂の座
人類補完委員会特別召集会議──
第三使徒襲来から、現在までのエヴァと使徒の戦いが映像で映し出された。
そして、最後に、
『第11使徒。
襲来の事実は現在未確認。
ネルフ本部への直接侵入の流説有り。』
と、映し出された。
「いかんなこれは。」
「早すぎる。」
「左様。使徒がネルフ本部に侵入するとは予定外だよ。」
「ましてセントラルドグマへの侵入を許すとはな。」
「もし接触が起こっていれば全てが水泡に帰していたところだ。」
「委員会への報告は誤報。使徒侵入の事実はありませんが。」
「では、碇。第十一使徒侵入の事実はない。と言うのだな?」
「はい。」
「気をつけてしゃべりたまえ碇君。
この席ので偽証は死に値するぞ。」
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「MAGIのレコーダーを調べてくださっても結構です。
その事実は記録されておりません。」
「笑わせるな。
事実の隠蔽は君の十八番ではないか。」
「タイムスケジュールは死海文書の記述通りに進んでおります。」
「まあいい・・・今回の君の罪と責任は言及しない。」
ゲンドウは返事をしない。
「だが、君が新たなシナリオを作る必要はない。」
「わかっております。
全てはゼーレのシナリオ通りに。」
消える委員会。
ゲンドウは静かに退室する。
外ではシンジがドアの正面に壁にもたれかかって立っていた。
ゲンドウは一瞥だけくれると立ち去ろうとする。
「ゼーレのシナリオとはどういうことだ?」
「・・・何のことだ?」
「とぼけるなよ。」
ゲンドウをにらむシンジ。
「お前には関係のないことだ。」
「関係ない?
勝手に呼びつけて、エヴァに乗ることを強要して、使徒と戦わせて。
関係ないだと?」
「わたしは忙しい。
お前の相手をしている暇はない。」
ゲンドウは背を向けて歩き始める。
シンジはゲンドウの背中に向かって言う。
「まあいい。
お前がそう言うなら今はそういうことにしておいてやる。
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なにを考えてるのかは知らんが、もしそれが災いをもたらすような事なら・・・
死んだ母さんには悪いが、全力を持って俺がお前を殺す。」
ゲンドウは一瞬足を止めたが、振り返らずに再び歩き始めた。
「・・・バカが。」
シンジのつぶやきは誰の耳にも入らなかった。
(これがわたし。
わたしをかたどっている形。
でも、自分が自分でない感じ。
体が溶けていく感じ。
とても変。)
レイは今、初号機の中にいる。
しかし、頭の中には自分が宙に浮いているようなイメージがある。
溶けていくような感じ。
境界線がなくなるような感じ。
(誰かいるの? この先に。)
不気味な物が見える。
(あなた誰?)
さらに近づいていく。
(あなた誰。)
それがレイを凝視した。
(あなた誰?)
そして、レイは現実に戻る。
『どう? レイ。初めて乗った初号機は。』
リツコからの通信。
「・・・碇君のにおいがする。」
第1回機体相互互換試験──
被験者 綾波レイ
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管制室──
「シンクロ率は零号機とほとんど変わらないわね。」
「パーソナルパターンも酷似してますからね。」
「レイと初号機の互換性に問題は検出されず。
では、テスト終了。
レイ、あがっていいわよ。」
『はい。』
第87回機体連動試験──
被験者 惣流・アスカ・ラングレー
弐号機、エントリープラグ内──
『パイロット、異常なし。』
「あったりまえでしょ。」
第1回機体相互互換試験──
被験者 碇シンジ
管制室──
「零号機のパーソナルデータは?」
「書き換えはすでに終了しています。現在再確認中。」
「被験者は。」
「全て問題なし。」
「初めての機体なのにね。」
『シンジはそんなデリケートな奴じゃないわよ。
どっちかって言うとバリケードね。』
「そんな事言わないの。」
ミサトがアスカに注意する。
『ファーストとシンジの機体相互互換テスト。
わたしはいいの?』
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「アスカは弐号機以外、乗る気ないでしょ?」
『そりゃそうだわ。』
(確かに、弐号機の互換性、きかないわね。)
「LCL満水。」
「第一次接続開始。」
零号機、エントリープラグ内──
『どう? シンジ君。零号機のエントリープラグは。』
「いつもとは違います。」
『違和感は?』
「いえ、強いて言うなら、綾波のにおいがします。」
弐号機、エントリープラグ内──
「なにがにおいよ。変態じゃないの?」
自分が軽く嫉妬していることにアスカは気づいていない。
管制室──
「データ受信、再確認。パターングリーン。」
「主電源、接続完了。」
「各拘束問題なし。」
「了解。
では相互換テスト、セカンドステージにはいるわよ。」
「零号機、第二次コンタクトに入ります。」
「A10神経接続開始。」
「やはりシンクロ率は初号機ほどではありませんね。」
「でも、いい数字よ。
これなら例の計画、実行に移せるわ。」
「ダミーシステムですか?
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先輩の前ですけど、わたしはあまり・・・」
マヤがあからさまに嫌悪を示す。
リツコに対してこんな態度をとるマヤは珍しい。
「感心しないのはわかるわ。
でも、人が生きていく行くためには常に備えは必要なのよ。」
「先輩を尊敬してますし、自分の仕事はします。
でも、納得はできません。」
「潔癖性は辛いわよ。人の間で生きていくには。
汚れた・・・と感じたときにわかるわ。」
ついには言い負かされ、うつむくマヤ。
零号機エントリープラグ内──
アスカから通信が入る。
『どう? シンちゃん、ママのおっぱいは?
それともお腹の中かな?』
『アスカ、ノイズが混じるから邪魔しないで。』
『・・・はいはい。
なによ。みんなしてシンジばっかりかばっちゃってさあ。』
「・・・・・・?」
シンジは頭の中に直接何かが入り込んでくる感覚を覚えた。
「・・・なんだ? これは・・・?」
レイのイメージらしきものが次々と頭に入り込んでくる。
(綾波? 綾波レイ?
・・・違うのか?)
そして最後に、異様な顔をしたレイがシンジを見上げる。
管制室──
「パイロットの精神パルスに異常発生!」
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「精神汚染が始まっています!」
「まさか!? このプラグ深度ではあり得ないわ!」
「プラグではありません! エヴァからの浸食です!」
「何ですって!?」
拘束具を引きちぎり暴れ出す零号機。
管制室のガラスを殴り始める。
レイはそれをガラス越しに見ている。
「レイ! 下がって!」
しかし、ガラスが飛び散ってもレイは微動だにしない。
「レイ!」
「全回路遮断! 電源を落として!」
落ちる電源ソケット。
「零号機、内部電源に切り替わりました。」
「依然稼働中。」
「オートエジェクション、作動しません!」
「同じなの? あの時と。
シンジ君を取り込むつもり?」
零号機は壁に頭を打ちつけている。
「零号機、活動停止まであと10秒。」
カウントダウンが開始される。
「3・・・2・・・1。」
停止する零号機。
「零号機、活動を停止。」
「まさか、レイを殺そうとしたの? 零号機が。」
「この事件、先の暴走事故となにか関係があるの?
レイの時の。」
ミサトがリツコを追求している。
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かなり厳しい表情である。
「今はまだなんとも言えないわ。
ただ、データをレイに戻して、早急に零号機との追試、シンクロテストが必要ね。」
「作戦課長として、可及的速やかにお願いするわ。」
「わかっているわ。葛城三佐。」
皮肉混じりに言ってミサトは去っていく。
それを見届けてからリツコは一人思う。
(零号機が殴りたかったのはわたしね。
間違いなく。)
病院──
シンジがハッとなって目を覚ました。
「・・・・・・」
顔を横に向けるとレイがいた。
「・・・綾波。」
シンジは起きあがろうとした。
「まだ寝てた方がいいわ。」
「いや・・・平気だ。
それより少し聞きたいことがある。」
「なに?」
発令所──
「シンジ君の意識が戻ったそうです。汚染の後遺症はなし。
彼自身、何があったかよく覚えていないそうです。」
「・・・そう。」
日向の報告にどこか気の抜けた返事を返すミサト。
病院、ロビー──
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辺りに人気はない。
シンジとレイは並んで座る。
手には缶の紅茶がそれぞれ握られている。
シンジは一口飲んだ。
「聞きたい事って、なに?」
「ゼーレのシナリオって知ってるか?」
レイはハッとなる。
「・・・知ってるんだな?」
「・・・・・・」
「教えてくれ。親父はいったいなにを──」
「ダメ!」
普段のレイでは考えられないほどの強い口調でシンジの言葉を遮る。
「綾波・・・」
「それを知ってはダメ。
ゼーレに関わっちゃダメ!
お願い、これ以上深入りしないで!」
レイの眼差しは真剣そのものである。
その紅い瞳は刺すようにシンジの瞳を直視している。
「・・・なぜだ?」
「深入りすれば碇君が危険にさらされる。
だからダメ。これ以上聞いてはダメ。
碇司令を・・・お父さんを信じてあげて。
今はこれしか言えない。」
「・・・・・・」
「・・・碇君・・・」
シンジは深いため息をついた。
「・・・わかった。
お前がそこまで言うのなら深入りはしない。」
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「・・・ごめんなさい。」
レイは本当に申し訳なさそうにうつむいてしまった。
「謝ることはないさ。」
「・・・・・・」
「もう一つ、いいか?」
「・・・ええ。」
「第六使徒はなぜあんなところに現れた?
他の使徒は全て第三新東京市に向かってきたのにな。
リツコさんは輸送中の弐号機を狙ったと考えているようだが・・・」
レイは少しためらっている。
シンジはその様子を静かに見守り、レイの言葉を待っている。
やがて、レイはそっとシンジに耳打ちしてきた。
「アダムを運んでいたの。」
シンジは声を出しかけたが、思いとどまり黙ってレイの言葉を聞く。
「加持さんがアダムを運んできてたの。
使徒はそれを狙ったんだと思う。
アダムに還る事が使徒の願いだから。」
「・・・そうか。
これ以上は聞かないことにする。
あまり、話すべき事じゃないんだろ?」
「・・・ええ。」
「すまなかったな。
イヤなことを聞いて。」
レイはフルフルと首を横に振った。
シンジは残った紅茶を一気に飲み干した。
数時間後、ネルフ、司令室──
冬月は本を見ながら詰め将棋をしている。
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ゲンドウはいつものポーズである。
「予定外の使徒侵入。
この事実を知った人類補完委員会による突き上げか。
ただ文句を言うだけが仕事の、くだらん連中だ。」
「切り札は全てこちらが擁している。彼らには何もできんよ。」
「だからといって焦らすこともあるまい。
今、ゼーレが乗り出すと面倒だぞ。色々とな。」
「全て我々のシナリオ通りだ。問題ない。」
「零号機の事故はどうなんだ?
俺のシナリオにはないぞ。あれは。」
「支障はない。
その後のレイと零号機の再シンクロは成功している。」
(レイにこだわりすぎだな。碇。)
「アダムの再生も計画通りだ。2%も遅れていない。」
「では、ロンギヌスの槍は?」
「予定通りだ。作業はレイが行っている。」
闇の廊下を零号機が槍を持って歩いている。
そのエントリープラグ内のレイの表情は相変わらず無表情を保っていた。
・・・つづく
第拾伍話へ
人の価値
第拾伍話 嘘と沈黙
飛行中のヘリコプター。
冬月とゲンドウが乗っている。
「第二、第三芦ノ湖か。これ以上増えないことを望むよ。」
冬月が言う。
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「昨日キール議長から計画遅延の文句が来たぞ。
俺の所へ直接。
相当いらついていたな。
しまいにはお前の解任もほのめかしていたぞ。」
「アダムは順調だ。
エヴァ計画もダミープラグに着手している。
ゼーレの老人はなにが不満なんだ。」
吐き捨てるように言うゲンドウ。
「肝心の人類補完計画が遅れている。」
「計画は全てリンクしている。問題ない。」
「レイもか?」
「・・・・・・」
「まあいい。
ところであの男はどうするんだ?」
「好きにさせておくさ。
マルドゥックと同じだ。」
「もう少し、役に立ってもらうか。」
京都──
(16年前・・・ここでなにがあったんだ?)
さびれた町工場に加持が入っていく。
中には線の切れた黒い電話が一つあるだけだ。
加持が辺りを見回していると、ドアの鍵が外側から静かに開いた。
懐に手を入れ、加持は警戒する。
気配を殺してドアのそばまで近づく。
「わたしだ。」
中年の女の声。
「・・・あんたか。」
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女のそばにはスクーターが置いてあり、その荷台にはスーパーの買い物袋が載ってい
る。
「シャノン・バイオ株式会社。外資系のケミカル会社。
9年前からここにあるが、9年前からこの姿のままだ。
マルドゥック機関とつながる108の会社の内、106がダミーだったよ。」
「ここが107個目というわけか。」
「この会社の登記簿──」
「取締役の欄を見ろ、だろ?」
「もう知っていたか。」
女が差し出した登記簿にはゲンドウ、冬月、キールなどの名前がある。
「知ってる名前ばかりなんでね。
マルドゥック機関。
エヴァンゲリオン操縦者選出のために儲けられた人類補完委員会直属の諮問機関。
だが、活動は非公開でその実態も不透明。」
「貴様の仕事はネルフの内偵だ。
マルドゥックに顔を出すのはまずいぞ。」
「ま、何事も自分の眼で確かめないと気が済まないたちなんで。」
それだけ言うと加持は去っていった。
第三新東京市、第壱中学校──
『はい。加持です。
ただいま留守にしております。
ご用の方はお名前とメッセージをどうぞ。』
加持の家に電話をしているのはアスカである。
アスカは留守電のメッセージを不機嫌そうな顔で聞いている。
そして、ピーッとなると、
「キャ────ッ!!
助けて加持さん! なにするのよヘンタイ!! キャ──ッ!!」
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と、叫んで電話を切った。
「なんちゃって。」
アスカの声にヒカリが教室の中から顔を出す。
「どうしたの?」
「明日の日曜日。
加持さんにどこか連れてってもらおっかなあって思って電話したんだけどいないの。
ここんとこ、いつかけても留守なのよね。」
「じゃあ、明日は暇なの?」
「残念ながらね。」
「じゃあさあ。ちょっと頼みがあるんだけど・・・」
ヒカリがアスカに耳打ちする。
「ええ──っ! デートォ──ッ!?」
「コダマお姉ちゃんの友達なんだけど・・・
どうしても紹介してくれって頼まれちゃって・・・
お願い!」
両手を合わせて拝むように頼むヒカリ。
アスカはため息をついて、
「しょうがないなあ・・・」
と、渋々承諾した。
その頃、教室の中では雑巾を絞るレイを見ているシンジの姿があった。
「こら! センセ!」
トウジが後ろから首を絞めてきた。
「ぐぐ・・・!」
「なに綾波に見とれとんねん。
まじめに掃除せんかい!」
「鈴原もでしょ!!」
ヒカリに怒鳴られてしまったという表情をするトウジ。
レイは三人のやりとりには気がつかなかったのか、静かに窓を拭き始めた。
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数時間後、ネルフ──
シンジたち三人はシミュレーションプラグに入っている。
「明日何着てく?」
データを取りながらリツコがミサトに聞いてきた。
「あ、ああ・・・結婚式ね。
ピンクのスーツはキヨミんとき着たし、紺のドレスはコトコの時着たし・・・」
「オレンジのは? 最近着てないじゃない。」
「ああ、あれ? あれはちょっちわけありで・・・」
「きついの?」
痛いところをつかれるミサト。
「そうよ!」
ムキになって認める。
「しかたない。帰りに新調するか・・・
あ~あ・・・出費がかさむなあ・・・」
「こう立て続けだとね。」
「ちっ。どいつもこいつも三十路前だからって焦りやがって。」
「お互い最後の一人にはなりたくないわね。」
一通り会話を済ませると、リツコはマイクを取って、
「三人とも、上がっていいわよ。」
と、伝えた。
『あ~あ。テストばっかでつまんない!』
アスカが愚痴る。
エレベーター──
シンジとレイが一緒に乗っている。
「明日、碇司令と会うんでしょ?」
「会うったって、ほとんど毎日会ってるんだし別に大したことじゃないさ。」
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「碇司令のことが聞きたくて、昼間からわたしの方見てたんでしょ?」
シンジは一瞬言葉に詰まった。
確かにその通りだからである。
「・・・まいったな・・・
気づいてたのか?」
「ええ。」
「親父は・・・どんな人間なんだ?」
「わからない。」
「この前、親父のことを信じろって言ってただろ?
わからない人間を信じろって言ってたのか?」
「・・・ごめんなさい。」
「あ、いや、謝る必要はないけどな。
親父がなにをやってるのかは知ってるけど、どんな人間なのかは知らない。
そう言うことだろ?」
「・・・ええ・・・」
「お前が信じろって言うなら、信じてみるさ。」
「・・・・・・」
ミサトのマンション──
シンジとアスカが一緒に夕飯を食べている。
「明日デートだって?」
「誰から聞いたの?」
箸を止めてアスカが聞き返してくる。
「ミサトさん。」
「もう、口が軽いんだから!」
「別にいいだろ。」
「良くない。
そんな調子であんたにまでいろいろとベラベラしゃべられちゃたまらないもの。」
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「ふ~ん。」
「なによ。」
意味ありげな視線をアスカに送るシンジ。
「なんなのよ!」
「つまり、俺に知られるとまずいことをミサトさんは知ってるってわけだ。」
「そりゃ、女同士だから・・・
ってあんたなに考えてんのよ!」
「いや、ミサトさんからお前の弱点でも聞き出せば、ちったあおとなしくなるかなって
な。」
「ちょ・・・プライバシーの侵害よ!」
「冗談だ。」
いきなりまじめな顔に戻るシンジ。
「バカにしてんの?」
アスカのこめかみのあたりがヒクヒクしている。
「いや、なんだかんだ言って、お前もミサトさんを頼ってるんだなと思ってな。」
「違うわ。頼ってるんじゃない。
利用してるだけよ。
わたしは誰にも頼らず、一人で生きるの。」
「じゃあ、なぜいつまでもここに居座ってるんだ?
俺と違って、ミサトさんに一緒に住もうと言われたわけじゃないだろう?」
ミサトは第七使徒との戦いの際にユニゾンを成功させるため、練習の場としてここを選
んだだけであった。
実際、一緒に練習したレイは勝利後、自分のマンションに帰っている。
「つまり、あんたは出ていけっていってるわけね。
わかったわよ。出ていくわよ。」
駆け出そうとするアスカの腕を掴むシンジ。
「放しなさいよ。」
「悪かった。俺が悪かった。
すまない。」
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「そんなこと言うくらいなら、最初っから言うんじゃないわよ。」
「・・・わりぃ・・・」
「ま、わたしも本気で出ていくつもりじゃなかったけどさ。」
「一人で生きるってのは・・・綾波みたいな生活をするって事なんだぞ・・・」
その言葉にアスカはハッとなる。
むき出しのコンクリート壁。
ベッドと冷蔵庫以外家具のない部屋。
他に人の住んでいる形跡のないマンション。
この前に見たレイの部屋を思い出した。
「・・・そうかもね・・・」
しばしの沈黙。
それを破ったのはアスカだった。
「あんた、今日変よ?」
「そうか?」
「あんたからわたしに話しかけてくるなんて、珍しいじゃない。
必要なとき以外、わたしを避けてたでしょ?」
「・・・・・・」
シンジはそんなつもりはなかった。
しかし、アスカは嫌いなタイプであることは間違いないので、無意識にそうしていたの
かも知れない。
確かに、シンジからアスカに世間話を持ちかけたことは初めてのような気がする。
「やっぱり、明日碇司令と会うから?」
「・・・そうかも知れんな。」
「イヤなの?」
「イヤじゃない・・・って言ったらウソになるかな?」
「じゃあ、ハッキリ言ったら?」
「イヤでもないからな。」
「ハッキリしない男ね。
優柔不断な男はもてないわよ。」
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「もてる必要はない。」
「イヤならイヤ、そうじゃないなら違う。
どっちかハッキリしなさいよ。」
「どっちかって言うとイヤかもな。」
「でも、何事も自分から踏み出さないと何も変わらないわよ。」
アスカのセリフではない。
後ろから聞こえた声である。
二人は驚いて後ろを見る。
ミサトであった。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「お帰り。」
「ね、シンジ君。」
「・・・わかってます。」
「これからわかるのよ。
その後も、続けていくことが大事だって事に。
とにかく、胸を張っていきなさい。
お母さんにも会うんだから。」
「・・・はい。」
「ミサト相手だと素直ね。」
アスカの皮肉にシンジは何も返さなかった。
翌朝──
寂しそうなペンペンを置いてきぼりで三人とも出かける。
結婚式場──
滞りなく式は進み、歓談の時間となった。
しかし、加持がまだ来ていない。
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ミサトは加持のネームプレートを息を吹きかけて倒した。
「遅いわね。リョウちゃん。」
リツコが言う。
「あのバカが時間通りに来た事なんてないわよ。」
「デートの時はでしょ? 仕事は違ったわよ。」
その時、噂の加持がやってきた。
「や、二人とも今日は一段とお美しい。」
「遅い!」
「時間内に仕事抜けらんなくてさ。」
加持は自分の席に座る。
「いつもプラプラしてるくせにさ。
ほら、ネクタイ曲がってる!」
加持のネクタイを直すミサト。
「こりゃ、どうも・・・」
学生時代のミサトはこんなことはしなかったので、加持は少し戸惑った。
「夫婦みたいよ。あなたたち。」
「いいこと言うねえ、リッちゃん。」
「誰がこんな奴と。」
墓地──
数え切れない程の墓碑が並んでいる。
セカンドインパクトの時に亡くなった人々の物が大半である。
その内の一つに「IKARI,YUI 1977-2004」と刻まれている。
その前に立つゲンドウとシンジ。
シンジは花束をそっと供えた。
「三年ぶりだな。二人でここに来るのは。」
「ああ・・・あの時は一言も会話を交わさなかったが。」
「・・・・・・」
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「ここに母さんが眠ってるって言われても、ピンとこないな。
顔も覚えてないし。」
「人は思い出を忘れることで生きていける。
だが、決して忘れてはならないこともある。
ユイはそのかけがえのないものを教えてくれた。
わたしはその確認をするためにここへ来ている。」
「写真は?」
「残ってはいない。
この墓もただの飾りだ。遺体はない。」
「全て処分したってわけか。」
「全ては心の中だ。今はそれでいい。」
「今は・・・か。
まるで母さんがいずれ戻ってくるような言い方だな。」
その時、ヘリが爆音を立てて着陸した。
「時間だ。先に帰る。」
「ああ。」
ヘリの窓からレイの顔が見える。
ゲンドウは振り返り、ヘリに向かう。
「親父!」
再びシンジの方を見るゲンドウ。
「お前がなにを企んでいるかは知らん。
だが、綾波はお前を信じろと言った。
だから、俺も今はお前を信じる。」
「・・・そうか。」
ヘリが飛び去っていく。
それを見てからシンジは帰路についた。
ミサトのマンション──
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シンジは一番に帰ってきた。
ペンペンもまだ寝ている。
自分の部屋に入り、寝ころんでいたが、なんとなくチェロを弾きたい気分になりケース
から出した。
リビングに行き、バッハの「無伴奏チェロ組曲」を弾き始める。
冷蔵庫の中のペンペンはそれを聞いてますます気持ちの良いまどろみに誘われていっ
た。
弾き終わると、後ろから拍手が聞こえた。
「けっこういけるじゃない。」
アスカである。
「五歳の時に始めてこの程度だからな。
大したことじゃない。」
「継続は力なりか。」
「早かったな。
晩飯食べてくると思ってた。」
「退屈なんだもん。あの子。」
隣の部屋で横になるアスカ。
西日が射している。
「だから、ジェットコースター待ってる間に帰って来ちゃった。」
「・・・お前な・・・」
アスカらしい行動に呆れるシンジであった。
夜も更けてきて、アスカが風呂に入った頃、ミサトから電話が入った。
『シンちゃ~ん? 今加持君と飲んでるの。
帰り、遅くなるから晩御飯いらないから。』
「はい。わかりました。」
風呂から上がってくるアスカ。
「ミサト?」
「ああ、遅くなるってさ。」
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「まさか、朝帰りって事じゃなんでしょうね!?」
「そう言えば加持さんと二人だって言ってたな。」
「な、なんですって!」
「妬いてるのか?」
「当たり前でしょ!!」
「しかし、ミサトさんだって自分の幸せを掴んでもいい歳だとは思うけどな。」
「イヤよ! わたしはどうなるのよ。」
「お前まだ中学生だろう。」
「関係ないわよ!」
とある道──
加持がミサトをおぶっている。
「いい歳してもどすなよ。」
さっきまでミサトは飲み過ぎで吐いていたのである。
「悪かったわね・・・いい歳で・・・」
「歳はお互い様か・・・」
「そうよぉ・・・」
「葛城がヒール履いてんだもんなあ・・・
時の流れを感じるよ。
学生時代には想像できなかった。」
ミサトは加持のあごを触る。
「無精ヒゲ・・・剃んなさいよ・・・」
「へいへい。」
「ありがと、後、歩く。」
ミサトは加持の背中から降りた。
しばらく無言で歩く二人。
ミサトは素足である。
「加持君・・・わたし、変わったかな?」
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「・・・きれいんなった。」
「ごめんね・・・あの時一方的に別れて・・・
あの時、他に好きな人ができたって・・・あれ、ウソ!
気づいてた・・・?」
「いや・・・」
「気づいたのよ・・・加持君が父に似てるって事に・・・
その時、怖かった・・・
男に父親を求めてるって事に気づいたとき、どうしようもなく怖かった・・・
自分が女って事も・・・」
加持は黙って聞いている。
「父を嫌っていたわたしが、父に似た人を好きになる・・・
それを吹っ切るつもりで、ネルフを選んだの。
でも、そこも父のいた組織・・・
結局、使徒に復讐することでみんなごまかしてきたのね・・・」
「葛城が自分で選んだことだ。
俺に謝ることはない。」
「違うのよ!
選んだわけじゃない!
ただ、逃げてただけ・・・
父親という呪縛から逃げ出しただけ!
ごめんね・・・酒の勢いでこんな事・・・」
「もういい。」
「子供なのね・・・
シンジ君やアスカに何も言えないわ。
臆病者なのよ!」
「もういい、やめろ!」
「そして、こうして都合のいいときだけ男にすがろうとする、ずるい女なのよ!」
「やめろ!」
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「自分に絶望するわ!」
もはや止まらなくなったミサトの唇を、加持の唇がそっとふさいだ。
ミサトのマンション──
シンジは床に座って幕末の小説を読み、アスカはテーブルに突っ伏している。
「ねえ・・・キスしようか。」
「断る。」
顔も上げず、キッパリというシンジ。
さすがにアスカはムッとなる。
「お母さんの命日だから?
天国から見てるかも知れないしね。」
「好きでもない女とする気はない。」
「怖いの?」
「そんなんじゃない。」
「じゃ、しようよ。」
シンジに歩み寄ってくるアスカ。
シンジはまだ本から目を逸らさない。
「ねえ。」
「イヤだって──」
顔を上げたシンジをアスカが急襲した。
さすがにかわせないシンジ。
「むぐっ・・・んん!」
アスカを押しのけるように引き離す。
「な、なに考えてやがる!」
口を押さえるシンジ。
「ひょっとして、初めてだった?」
「・・・悪いか。」
「別に。
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ま、でも暇つぶしにやることじゃなかったわね。」
「・・・・・・」
数時間後──
「ほら、ついたぞ。」
ミサトは加持に担がれて帰宅した。
「加持さん。」
シンジが迎える。
「ええ~!」
アスカが飛び出してくる。
ミサトを部屋で寝かしつけると、
「じゃ、二人とも後は頼んだぞ。」
と、加持は帰ろうとした。
その加持の腕を掴むアスカ。
「ええ~。加持さんも泊まっていけば?」
「この格好で出勤したら笑われちゃうよ。」
加持は未だに式服姿である。
まだ、未練たらしく加持にまとわりつくアスカ。
しかし、玄関付近で急に離れる。
「・・・ラベンダーのにおいがする・・・」
ミサトは今日ラベンダーの香水をつけていったはずである。
そのにおいが染みついていると言うことは・・・
寂しそうな顔をするアスカ。
しかし、加持はそんなアスカの変化に気がつかなかった。
「じゃ、二人とも葛城を頼んだぞ。」
「はい。」
シンジが返事をする。
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呆然とたたずんでいるアスカ。
そんなアスカの肩を優しくたたくシンジ。
「言ったろ? ミサトさんだって自分の幸せを掴んでもいい頃だ。」
「・・・・・・」
「いつかいい男に巡り会えるさ。」
「・・・あんたなんかに、同情されたくないわよ!!」
アスカは部屋に飛び込んでいった。
翌日、ネルフ本部・大深度地下施設中央部・セントラルドグマ──
等身大の試験管にLCLが満たされている。
その中にはレイの姿があり、ゲンドウがそれを見ている。
ゲンドウの顔には不気味な笑みが浮かんでいる。
同・地下2008メートル・ターミナルドグマ──
ピッピッピと電子音が響いている。
加持である。
加持がセキュリティーカードをスリットさせようとすると、後頭部に銃が当てられた。
振り向きもせず、相手がミサトだと感じ取る加持。
すぐに両手を上げる。
「やあ、二日酔いの調子はどうだい?」
「おかげでやっと醒めたわ。」
「そりゃよかった。」
「これがあなたのホントの仕事? それともアルバイトかしら?」
「どっちかな?」
「特務機関ネルフ特殊監察部所属加持リョウジ。
同時に日本政府内務省調査部所属加持リョウジでもあるわけね。」
「バレバレか。」
「ネルフを甘く見ないで。」
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「碇司令の命令か?」
「わたしの独断よ。
これ以上バイトを続けると、死ぬわ。」
「碇司令は俺を利用している。まだいけるさ。
ただ、葛城に隠し事をしていたことは謝るよ。」
「昨日のお礼にチャラにするわ。」
「そりゃどうも。
だが、司令やリッちゃんも君に隠し事をしている。
それが──」
素早くカードをスリットさせる加持。
「これさ。」
ゲートが開いていく。
ミサトの表情がみるみる変わっていく。
「これは・・・!」
まるで張り付けにされているかのような巨人。
両手には釘が刺さっており、胸には巨大な槍が刺さっている。
下半身はない。
「エヴァ参号機?
いえ・・・まさか・・・」
ミサトの脳裏にセカンドインパクトの光景が甦る。
「そうだ。
セカンドインパクトからの全ての要であり、始まりでもあるアダムだ。」
「アダム・・・第壱使徒がここに・・・
確かに、ネルフはわたしが考えているほど甘くないわね。」
・・・つづく
第拾六話へ
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人の価値
第拾六話 死に至る病、そして
朝──
アスカは上機嫌でバスルームに向かう。
ミサトはシンジの作ったみそ汁をすすり、シンジはアスカの分の朝食を用意している。
「あれ? シンちゃんお出汁変わった?」
「ええ。カツオ出汁。リツコさんのお土産です。」
「きゃああぁぁっ!!」
二人は一斉に声のした方向、バスルームを見る。
アスカが駆け出てきた。
「あっつぅ~いっ!!」
「温度調整くらい自分でしろ。」
にべもなくそっぽを向くシンジ。
「それくらいしてくれてもいいじゃない!!」
「それくらい自分でやれ。」
「ひどい! わたしたちキスした仲なのに・・・」
アスカは泣き真似をはじめた。
「キスゥ?」
「こいつが暇つぶしだってムリヤリ・・・」
「あらやだ。暇つぶしにキスするような仲だったのぉ?」
「冗談じゃないですよ。
なんでこんな奴と。」
「わ、悪かったわね。こんな奴で!」
「いいからさっさと支度しろ。
遅刻するぞ。」
「うるさいわね!」
「まあまあ、シンちゃんの言うことももっともでしょ?」
「は! なにかにつけてシンジには甘いんだから!
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4.txt
加持さんとよりが戻ったからって、他人に幸せを押しつけないで!」
「加持とは何もないわよ。」
その時、計ったかのように加持から電話が入った。
留守電に切り替わり、加持の声が聞こえてくる。
『よっ。葛城。
酒のうまい店を見つけたんだ。今晩どう? じゃっ。』
あちゃ~と言いたげなミサトの顔。
「どうせわたしは不潔な大人のつき合いなんてしたことないわよ!
なによ保護者ぶっちゃって! 偽善的! 反吐がでるわ!!」
勢いよくカーテンを閉めるアスカ。
二人はそれを冷めた目で見ていた。
ネルフ、実験室──
今はシンクロ率のテストを行っている最中である。
そんな中、日向がミサトの異常に気がついた。
「ミサトさん、なんだか疲れてません?」
「ちょっち・・・プライベートでね。」
「加持君?」
すかさず突っ込むリツコ。
「うるさいわね!」
ミサトはごまかすかのようにマヤに結果を聞く。
「どう? 調子は。」
「相変わらずシンジ君がシンクロ率もハーモニクスも群を抜いています。」
「ほほう。またアスカとの差が開いたわね。
大したものだわ。」
女子更衣室──
結果をミサトから聞いたアスカはやけくそ気味にシンジをほめている。
ページ(221)
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「まいちゃったわね~。
こぉ~んなにあっさり差を広げていかれるとはね~。
はぁ~あ。正直ちょ~っと悔しいわよね~。
すごい! 素晴らしい! 強い! 強すぎる!
ああ~。無敵のシンジ様~。」
後ろではレイが淡々と着替えを済ませていた。
「これでわたしたちも楽できるってもんじゃない?
せいぜい置いてきぼりをくわないようにしなきゃね~。」
「さよなら。」
レイはさっさと去っていった。
その瞬間、アスカの顔色が一気に変わり、ロッカーを殴りつける。
悔しさと自身のふがいなさに憤り、歯を食いしばっている。
翌日──
鳥たちが異様な気配を察知し、逃げ出す。
第三新東京市の上空には、いきなり白いしまの入った黒い球体が現れたのである。
『西区の住民避難、あと5分はかかります。』
『目標は微速前進中。毎時2.5キロ。』
発令所──
ミサトが駆け込んでくる。
「遅いわよ。」
「ごめん!
どうなってるの!? 富士の電波観測所は!?」
「探知していません。直上にいきなり現れました。」
青葉が答える。
「パターンオレンジ。ATフィールド反応なし。」
「どういう事?」
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「新種の使徒?」
「MAGIは判断を保留しています。」
「こんな時に碇司令はいないのよね・・・」
少し混乱気味の発令所。
モニターには目標が映っている。
市街──
エヴァはすでに三機とも発進している。
ビルの影から目標の様子をうかがっている。
『みんな、聞こえる?
目標のデータは送ったとおり、今はそれだけしかわからないわ。
目標に接近して反応をうかがい、可能であれば市街地上空外へ誘導。
先行する一機を残りが援護。』
『は~い。先鋒はシンジ君がいいと思いま~す。』
「ああ?」
『それはもう、成績優秀、勇猛果敢な殿方の仕事でしょう。
それともシンちゃん、自信ないのかなあ?』
「バカ言え。
だが、もう少し様子を見る。」
『どうして?』
「なにか変だ。
不気味なものを感じる。」
『なんだ。怖いの?』
しきりにシンジを挑発するアスカ。
「勇猛と無謀は違う。取り違えるな。
これを取り違えるバカは長生きできん。」
『ふん! 偉そうに。
いいわよ。怖いんならわたしが先行するわ!』
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「なに!?」
『臆病者は黙って見てなさい。
無謀かどうか見せてあげるわ。』
「待て! アスカ!」
アスカとの通信が切れる。
「・・・ちっ・・・初号機、バックアップに回ります!」
『零号機もバックアップに入ります。』
シンジとアスカのやり合いをミサトたちは呆れて見ていた。
「あの子たち、勝手に・・・」
「アスカ、ずいぶん焦っているみたいね。」
「・・・帰ってきたら、注意しなきゃ。」
ビルの影から弐号機は目標の様子をうかがっている。
「シンジ、ファースト、そっちはどう?」
『まだよ。』
『焦るな。』
「もう! 鈍くさいわね!
足止めだけでもしておくわ!」
『待て! アスカ! 早まるな!』
シンジの声が届くより速く、アスカは目標に対して銃を三発発射していた。
その瞬間、目標が消える。
「消えた!?」
「パターン青! 弐号機の直下です!」
日向の報告。
これで目標が使徒であることが確定された。
弐号機の直下に影が現れる。
その影に弐号機がずぶずぶと飲み込まれていく。
「なによ! これ!」
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焦るアスカは影に向かって銃を放つ。
しかし、なんの効果もない。
見下げると、使徒が弐号機の真上にいる。
アスカの顔が恐怖にゆがむ。
「いやあぁ──っ!!」
『バカ野郎! なにやってやがる!!』
『レイ! シンジ君! 弐号機を救出して!』
初号機の前方に、槍状のATフィールドが無数に発生する。
シンジは狙いを定めると、それを上空の使徒に向かって斉射した。
しかし、直撃寸前になって使徒はまた消える。
「くっ!」
『どうなってるの!?
いやああああぁぁぁぁぁぁ───────っ!!』
なすすべなく飲み込まれていく弐号機。
初号機はビルを飛び移りながら、弐号機のもとへ急ぐ。
すでに影はかなりの広範囲を覆っている。
初号機は弐号機が飲み込まれる寸前、なんとか腕を掴むことができた。
「く・・・うおおおぉぉぉっ!!」
強引に弐号機を引きずり出す初号機。
弐号機はなんとか影から救出され、ビルの頂上に着地した。
「た・・・助かった・・・
シンジ!?」
辺りを見回し、見つけた初号機は先ほどまでの自分同様、影に飲まれかけている。
「シンジ!!」
『碇君!!』
弐号機、零号機ともに初号機を救出に向かおうとする。
『来るな!!』
その声に思わず二人とも止まる。
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『来るな。
こいつは普通に攻撃しても倒せない。
・・・三人そろって死ぬことはない。』
その言葉が最後だった。
シンジと初号機は完全に影に飲み込まれた。
『レイ、アスカ、後退するわよ。』
ミサトから通信が入る。
「ちょっと待って!」
『待って! まだ初号機と碇君が。』
二人ともミサトの言葉に反論する。
『命令よ・・・下がりなさい。』
ミサトの声が震えている。
二人は渋々後退した。
発令所──
「葛城三佐、辛いでしょうね。」
「初号機のアンビリカルケーブルを引き上げたら、先はなくなっていたそうよ。」
「それじゃ・・・」
「シンジ君がエヴァを闇雲に動かさず、生命維持モードで耐えることができれば、16時
間は生きていられるわ。」
リツコのこの言葉に、マヤは軽い嫌悪感を示す。
しかし、それに気づいた者はいなかった。
山腹──
ここにネルフは野戦指揮車を配置した。
エヴァ二機も待機している。
「国連軍の包囲、完了しました。」
「影は?」
「動いてません。直径600メートルを超えたところで停止したままです。
ページ(226)
4.txt
しかし・・・地上部隊なんて役に立つんですか?」
「プレッシャーかけてるつもりなのよ。わたしたちに。」
少し離れたところからアスカの声が聞こえてくる。
「やれやれだわ。
なにが、来るなよ。かっこつけちゃってさ~。
自業自得もいいところよ。」
アスカが振り向くとレイの顔が目の前にあった。
相変わらず無表情だが、明らかに怒っていることが雰囲気から読みとれる。
「なによ。
シンジの悪口を言われるのがそんなに不愉快!?」
「・・・誰のせいで、碇君が飲み込まれたと思ってるの?」
それは十分承知しているが、アスカは素直になれない。
「なによ! わたしのせいだって言いたいわけ?
誰も助けてくれなんて言わなかったわよ!
勝手に助けに来て、勝手にやられたんじゃない!」
「碇君は死んでない!」
普段とは全く違う強い口調で言うレイ。
声量はないが、はっきりとした強い意志を感じさせる声だった。
その迫力にアスカも一歩後ずさる。
「・・・わかってるわよ・・・
わたしだって・・・そう信じたい・・・
でも・・・どうしようもないじゃない・・・」
アスカの眼から涙が一滴、こぼれた。
本人すらそれに気づかず、それを見たのはレイだけだった。
そして、二人は互いに言葉を失う。
初号機、エントリープラグ内──
「あれから12時間か・・・」
ページ(227)
4.txt
シンジはまだ生きていた。
「後4・5時間で電源が完全に切れる・・・
それまでに助けが来なければ・・・アウトか・・・」
野戦指揮車外──
「じゃあ、あの影が使徒の本体なわけ?」
リツコが使徒の解析を済ませ、全員に説明を始めていた。
「そう。
直径680メートル。厚さ3ナノメートルのね。
その極薄の空間をATフィールドで形成。
内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間・・・多分、別の宇宙につながってるんじゃ
ないかしら。」
ミサトが挙手する。
「あの球体は?」
「本体の虚数回路が閉じれば消えてしまう。
上空の球体こそが影にすぎないわ。」
「初号機を取り込んだ黒い影か・・・」
「そんなの・・・どうすればいいのよ・・・」
アスカのつぶやきは誰にも聞こえなかった。
初号機、エントリープラグ内──
「・・・血生臭くなってきたな・・・
LCLも濁ってきた・・・浄化能力が落ちてきてるのか・・・」
シンジは少し諦めかけている。
「・・・こんなところで死ぬのか・・・
一人っきりで・・・
・・・別にいいか・・・
生きてても・・・仕方ないからな・・・」
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そう思う自分とそう思いたくない自分がいることにシンジは気づいた。
しかし、それすらももうどうでもよくなってきている。
野戦指揮車外──
「エヴァの強制サルベージ!?」
「現在、可能と思われる唯一の方法よ。
992個。現存する全てのN2爆雷を影の中心部に投下。
残った2体のエヴァが形成するATフィールドを利用して1/1000秒だけ使徒の虚
数回路に干渉する。
その瞬間に爆発エネルギーを集中させて使徒の形成するディラックの海ごと破壊する。
」
「ちょっと待ってよ! それじゃシンジ君がどうなるか・・・
救出作戦と言えないわ!」
「作戦は初号機の機体回収を最優先とします。
たとえ、ボディーが大破しても構わないわ。」
「ちょっと待ってよ!」
「この際、パイロットの生死は問いません。」
激昂し、リツコの頬をはたくミサト。
リツコのメガネが飛び、地面に落ちる。
「シンジ君を失うのは、あなたのミスでもあるのよ。
それ、忘れないで!」
ミサトはリツコの胸ぐらを掴んで詰め寄る。
「あなたや碇司令がそこまで初号機にこだわる理由はなに?
エヴァってなんなの!?」
「あなたに渡した資料が全てよ!」
「ウソね!」
ミサトはキッパリと言い放ち、リツコを放す。
「・・・ミサト・・・わたしを信じて・・・」
一瞬リツコは目を伏せる。しかしすぐにミサトに向き直る。
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「この作戦についての一切の指揮は、わたしがとります!」
そう言うと、リツコはミサトの横をすり抜けていった。
(やっぱり・・・まだわたしの知らない秘密があるんだ・・・)
初号機、エントリープラグ内──
シンジは何かに気づいた。
(誰かそこにいるのか?)
(碇シンジ。)
(それは俺だ。)
(僕も碇シンジだよ。
人は常に二人の自分を持っている。)
(二人?)
(他人に見られている自分と、それを見つめている自分だよ。
君はその見られている自分が怖いんだ。)
(そんなことはない。
他人が自分をどう思っていようと・・・関係ない。)
(そうやって、自分の殻に閉じこもって他人との接点をなくせば傷つくことはない。
君は自分が傷つくのが怖いんだ。)
(怖くなんかない。
他人なんか・・・どうでもいい。)
(葛城ミサトや綾波レイも?)
(俺は今まで一人で生きてきた。
これからだって生きていけるさ。)
(自己欺瞞だね。)
(なんだと?)
(そうやって、自分を偽ってこれからも生きていくんだね。)
(うるさい! うるさい! うるさい!!
俺は一人で生きていくんだ! そう教えてくれた人がいるんだ!
ページ(230)
4.txt
しょせん、この世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
この言葉を信じて今まで生きてきたんだ!)
(それでいいのか?)
(うるさい!)
(信じれば裏切られる。
君はそうやって人に裏切られることに怯えてるんだ。)
(うるさい! うるさい!
それのどこが悪いんだよぉ!!!)
野戦指揮車──
「初号機の予備電源、そろそろ限界です。」
「プラグスーツの生命維持システムも危険域に入ります。」
「12分予定を早めましょう。
シンジ君がまだ生きている可能性がある内に。」
初号機、エントリープラグ内──
(人の価値って・・・なんだろう?)
(自分の価値だろ?)
(自分に価値があるんだろうか?)
(自分で自分の価値を認められなければ、誰も自分の価値を認めてくれないよ。)
(認めてもらえなくても・・・生きていけるさ。)
(そう思いこむことで、人の心に触れることを怯えてきたんだ。)
(違う。)
(人から自分の価値を聞きたくなかった。
捨てられるのが怖いから。)
(違う! 違う! 違うんだ!)
(そうやって耳をふさいで、他人から逃げてきてるんだ。)
ページ(231)
4.txt
(もう・・・イヤだ・・・
やめて・・・やめてくれよ・・・)
(生きることにも、死ぬことにも臆病になってるんだね。)
(君は生きるんだ。)
これは過去の記憶。
シンジの脳裏に過去の記憶が断片的に現れ始める。
(イヤだ! 僕も一緒に行く!)
(いいかい?
しょせん、この世は弱肉強食。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
死ぬのが怖いなら、強くなることだ。
一人でね。
他人を信じちゃいけないよ。)
(一人で?)
(そうだよ。)
(一人・・・一人・・・?)
(少し・・・上がっていけば?)
(綾波・・・)
(初めてね。心の内を話してくれたの。
とってもうれしいわ。)
(ミサトさん・・・)
(センセ! なに綾波に見とれとんねん!)
(トウジ・・・)
(しかし、うらやましいよな。
あんなきれいなお姉さんと一緒に住んでて、エヴァンゲリオンのパイロットなんだか
ら。
俺も一度でいいから、エヴァンゲリオンを自由に操ってみたい。)
(ケンスケ・・・)
(ねえ・・・キスしようか。)
ページ(232)
4.txt
(アスカ・・・)
(シンジ君、やっぱり引っ越しなさい。
がさつな同居人の影響で人生棒に振ることないわよ。)
(リツコさん・・・)
(よくやったな。シンジ。)
(親父・・・)
「・・・一人は・・・イヤだ・・・
もう・・・一人は、イヤだ・・・
でも・・・もう・・・疲れた・・・」
(もういいの?
そう・・・よかったわね。)
(母さん・・・)
第三新東京市──
『エヴァ両機、作戦位置。』
『ATフィールド、発生準備よし。』
『了解。』
『爆雷投下、60秒前。』
その時、地響きと共に影に亀裂が入り始める。
氷が割れていくかのように。
「なにが始まったの!?」
アスカが怯えた声をあげる。
「状況は!?」
「わかりません。」
「全てのメーターが、振り切られています!」
「まさか・・・シンジ君が!」
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「あり得ないわ! 初号機のエネルギーはゼロなのよ!」
上空の使徒のしまが消え、真っ黒となる。
心音のようなものが聞こえたかと思うと、腕のようなものが使徒を突き破って現れた。
怯える人々。
突き破られた部分からは真っ赤な血のようなものが吹き出している。
その腕は初号機のものだった。
使徒の体を引き裂きながら、少しずつ出てくる。
「グウウゥゥゥ・・・ウウウ・・・
ウウウオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
野獣のような咆吼を上げ、体を鮮血で染めながら使徒を引き裂いていく。
「わたし・・・こんなのに乗ってるの?」
アスカは心底怯えた表情で初号機を見る。
レイは相変わらず無表情である。
「グオオオオォォ───────ッ!!」
「なんてものを・・・なんてものをコピーしたの!?
わたしたちは・・・」
リツコでさえ、あまりの凄惨な光景に怯えの色を表している。
(エヴァがただの第一使徒のコピーじゃないことはわかる・・・)
「オオオォォォォ─────────ッ!!!」
(でも、ネルフは使徒を全て倒した後、エヴァをどうするつもりなの?)
ついに初号機は使徒を完全に引き裂き、氷のような亀裂の入った黒い影の上に着地す
る。
初号機には血の雨が降り注ぎ、辺りには引き裂かれ真紅の肉汁と化した使徒が散乱し
た。
人々が初号機を恐怖に満ちた表情で見守る中、初号機自身は笑みにも似た表情を浮かべ
ている。
昇り始めた朝日に照らされ、血染めの体で笑みを浮かべる初号機はまるで悪魔が降臨し
たかのような雰囲気をかもし出していた。
ページ(234)
4.txt
やがて、回収された初号機にミサト、アスカ、レイが駆け寄る。
すぐにエントリープラグが排出され、ハッチが開けられる。
「シンジ君! シンジ君!」
うっすらと眼を開くシンジ。
それを見たミサトは泣きながらシンジに飛びついた。
「ただ・・・会いたかったんだ・・・もう一度・・・」
この言葉とともにシンジは再び意識を失った。
ケイジ──
初号機の洗浄作業が行われている。
それをアンビリカルブリッジから見ているリツコとゲンドウ。
「わたしは、今日ほどこのエヴァが怖いと思ったことはありません。
本当にエヴァは味方なのでしょうか。
わたしたちは、憎まれているのかも知れません。
・・・葛城三佐・・・なにか気づいてるのかも知れません。」
「そうか・・・今はいい。」
「シンジ君がエヴァの秘密を知ったら・・・許してもらえないでしょうね。」
病院──
目を覚ますシンジ。
横にはレイが座っていた。
「綾波・・・」
「今日は寝ていて。
あとはわたしたちが処理するわ。」
素っ気ない言葉だが、レイは心底安心しているようだった。
「ああ・・・もう平気だけどな。」
「そう。よかったわね。」
ハッとなるシンジ。
ページ(235)
4.txt
一瞬、レイが母親に見えた。
ディラックの海の中にいる時に聞いた、母親の言葉と同じだったからである。
レイは静かに病室を出ていく。
扉が開いたとき、アスカの姿が見えた。
レイが出ていくと、変わって入ってくる。
「・・・もう平気なの?」
「ああ。」
「・・・怒ってないの?」
「なにが?」
「わたしのせいで・・・」
「ああ、その事か。」
「・・・・・・」
「お前らしい行動だったからな。
別になんとも思っちゃいないさ。
これに懲りたら、少しは慎んでくれよ。」
「わかってるわよ!
憎まれ口たたいてないで、もう少し休んでなさい!」
そう言って、ドカッとイスに座る。
「このわたしが看病してあげるんだから、ありがたく思いなさいよ!」
「わかったわかった。」
・・・つづく
第拾七話へ
人の価値
第拾七話 四人目の適格者
司令室──
今、ここにはミサトが呼ばれていた。
ページ(236)
4.txt
ゲンドウの横にはいつものように冬月が立っている。
「ご用件はなんでしょうか?」
「補完委員会がシンジを直接尋問したいと言ってきた。」
「え・・・?」
ゲンドウの言葉にミサトは少し戸惑う。
「わたしは立場上、直接拒否することができん。
そこで、君が拒否したことにしてもらいたい。」
「・・・理由をお聞かせ願いたいのですが。」
「シンジ君は人類補完委員会について調べようとしているようだ。」
「その背後にいるゼーレの事もな。」
「ゼーレ?」
「補完委員会やネルフを影で操っている組織のことだ。」
「そんな組織があることはわたしは知らされていませんでしたが。」
ミサトの言葉には少し怒りが混じっている。
「その事についてはわびよう。」
「しかし、シンジ君がそのゼーレを調べようとしているとは、どういうことなのでしょう
か?」
「それは我々にもわからない。
現在諜報部がその理由を調べている。」
「・・・・・・」
「とにかく、今シンジ君を補完委員会の前に出すのはまずい。
どうなるかわからないからな。」
「・・・わかりました。
シンジ君の精神が非常に不安定なためと、させていただきます。」
「頼む。代わりに君が尋問を受けることになると思うが・・・」
「はい。
ですが、わたしは完全に納得したわけではない事を覚えておいてください。」
「わかっている。」
「失礼します。」
ページ(237)
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ミサトは退室した。
「碇・・・本当にこれでいいんだな?」
「ああ。」
「しかし・・・シンジ君はなぜ、ゼーレを恨んでいるのだ?
本当に知らないのか?」
「ああ。」
「まあいい。いずれわかるだろう。」
「今、シンジを失うわけにはいかん。」
「それは父親としての言葉か?」
「・・・・・・」
「まあいい。
確かに、シンジ君を失うのはかなりの痛手だからな。」
人類補完委員会・特別召集会議──
「今回の事件の唯一の当事者である初号機パイロットの直接尋問を拒否したそうだな。
葛城三佐。」
「はい。彼の情緒は大変不安定です。
今、ここに立つことが得策とは思えません。」
「では聞こう。代理人、葛城三佐。」
「先の事件、使徒が我々人類にコンタクトを試みたのではないのかね?」
「被験者の報告からそれは感じ取れません。
イレギュラーな事件と推定されます。」
「彼の記憶が正しいとすればな。」
「記憶の外的操作は認められませんが。」
「エヴァのACレコーダーは作動していなかった。
確認はできまい。」
「第十二使徒は人の精神、心に興味を持ったのかね?」
「その返答はできかねます。
ページ(238)
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果たして使徒に心の概念があるのか、人の思考が理解できるのか、全く不明ですから。
」
「今回の事件には使徒がエヴァを取り込もうとした新たな要素がある。
これが予測される第十三使徒以降とリンクする可能性は?」
「これまでのパターンから使徒同士の組織的なつながりは否定されます。」
「左様、単独行動であることは明らかだ。これまではな。」
「それは、どういうことでしょうか?」
「君の質問は許されない。」
「はい。」
「以上だ。下がりたまえ。」
「はい。」
不快感を抱きながらもミサトは退場した。
代わりにゲンドウが現れる。
「どう思うかね?碇君。」
「使徒は知恵を身につけはじめたようです。
残された時間は──」
「あとわずか、というわけか。」
病院──
エレベーターからトウジがでてくる。
シンジの初出撃の時にケガをした妹はいまだ入院していた。
トウジは週二回は必ず見舞いに来ている。
ネルフ、移動廊下──
ゲンドウとレイが一緒に移動している。
「レイ、今日はいいのか?」
「はい。明日、赤木博士のところへ行きます。
明後日には学校へ。」
ページ(239)
4.txt
「学校はどうだ?」
「問題ありません。」
「そうか。ならばいい。」
ゲンドウとレイは移動廊下の終点にシンジの姿を見つけた。
シンジは無言でゲンドウをにらんでいる。
「シンジ・・・学校はどうした。」
「お前から話を聞いたら行くさ。」
「・・・なんだ?」
「なぜ、俺にゼーレの直接尋問を受けさせなかった。」
「あれは補完委員会だ。」
「そんな事はどうでもいい。」
「葛城君がお前の精神が不安定を理由に拒否したからだ。」
「ウソをつけ。
俺がすでに万全なのはミサトさんも知っている。
お前が断らせたんだろうが。」
「碇君、やめて。」
「・・・綾波・・・」
シンジはまだなにか言いたげだったが、レイを見て引き下がる。
「・・・ちっ。」
「シンジ、なぜお前はゼーレの存在を知っている?」
「お前には関係ねえ。」
「・・・そうか。」
「だいたい、自分の秘密を話さねえくせに、人の秘密を知ろうなんざ甘いんだよ。」
「碇君・・・」
「綾波、すまない。
俺はやはり、お前ほどこの男を信じられそうもない・・・」
シンジはゲンドウに一瞥をくれると、黙って去っていった。
それをレイは悲しそうな眼で見送る。
ページ(240)
4.txt
「今はこれでいい。」
「・・・はい・・・」
学校──
シンジは三限目の途中で登校してきた。
そして、昼休み──
「ええ~っ!!
お弁当忘れたぁ!?」
アスカが叫ぶ。
「今日はそれどころじゃなかったからな。」
シンジはミサトから直接尋問の事を聞き出し、ネルフ本部へ飛んでいったのである。
「だからって、このわたしに昼食を抜けって言うの!?」
「たまにはいいだろ。
最近太ったみたいだからな。」
「へ? ウソ!?」
焦って自分の体を見回すアスカを置いて、シンジはトウジのところへ歩み寄る。
ケンスケは戦艦の追っかけで今日は休みである。
「トウジ、二つくらいわけてもらえないか?」
トウジの机の上には山のようにパンが積んである。
誰がこんなに食べるんだと、言いたくなるような量だがトウジにとっては日常茶飯事で
ある。
「ああ、ええで。けど二つくらいでたりるんかいな。」
「その分、夜に食べることにする。」
「食いだめは体に悪いで。」
「そうか?」
シンジはトウジのパンの中から二つ選ぶ。
「じゃあ、これとこれもらってもいいか?」
「ああ、持ってきや。」
「ありがとうな。」
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そして、その内の一個をアスカに投げる。
急に投げつけられたアスカは慌てたが、なんとかキャッチする。
「今日はそれでガマンしろ。」
「・・・わかったわよ。でも、明日からちゃんと作りなさいよ!」
プンとそっぽを向いて、アスカはヒカリの元へ向かう。
「センセも大変やなあ。
ぐうたら女房の世話するのは。」
「全くだ。将来、あいつと結婚する奴は苦労するぜ。」
「で、ホントのところ、センセの本命は綾波か? 惣流か?
どっちやねん。この際ハッキリしてもらおか?」
「そんな浮ついたもんじゃねえよ。
でも、どっちかって言われたら間違いなく綾波だな。」
「さよか。」
「そんな事より妹さんの具合、どうなんだ?」
「ああ、まだちょっと退院は出来そうにないなあ。」
「そうか・・・」
「そないに落ち込むなや。
わしも妹もお前を恨んどらんさかい。」
「・・・ありがとう・・・」
ネルフ、司令室──
冬月が電話を取る。
「・・・消滅!? 確かに第二支部が消滅したんだな?」
『はい。全て確認しました。消滅です。』
ゲンドウは沈黙を保っている。
分析室──
「まいったわね。」
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「管理部や調査部は大騒ぎ。
総務部はパニクってましたよ。」
「で、原因は?」
ミサトがリツコに聞く。
「いまだわからず。」
モニターに衛星写真が映し出される。
「手がかりはこの静止映像だけ。」
映像が巻き戻されマヤのカウントダウン後、赤い光が施設を飲み込んでいき、画像が消
える。
「・・・ひどいわね。」
「エヴァ四号機ならびに半径49キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました。」
「数千の人間を道連れにね。」
「タイムスケジュールから推測して、ドイツで修復したS2機関の搭載実験中の事故と思
われます。」
「予想される原因は材質の強度不足から設計初期段階のミスまで32768通り。」
「でも、爆発ではなく消滅なんでしょう?
つまり、消えたと。」
「たぶん、ディラックの海に飲み込まれたんでしょうね。
この前の初号機みたく。」
「じゃあせっかく直したS2機関も。」
「パーよ。夢は潰えたわね。」
「よくわからないものを無理して使うからよ。」
(・・・それはエヴァも同じだわ。)
会議は終わり、ミサトとリツコは一緒に自動通路を進む。
「参号機、どうするの?」
「ここで引き取ることになったわ。
米国政府も第一支部までは失いたくないみたいね。」
「なによそれ。
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参号機と四号機は向こうが建造権を主張して強引に作っていたんじゃない。
今さら危ないとこだけこっちに押しつけるなんてむしのいい話ね。」
「あの惨劇の後じゃ誰だって弱気になるわよ。」
「で、パイロットはどうするの?
例のダミーを使うのかしら?」
「いえ、四人目を使うわ。」
「四人目!?」
「昨日、見つかったわ。」
「マルドゥック機関からの報告は受けてないわよ。」
「正式な書類は明日、届くそうよ。」
一瞬沈黙。
その後、ミサトが明らかに疑っている口調で沈黙を破る。
「赤木博士、またわたしに隠し事してない?」
「別に。」
「ま、いいわ。で、選ばれた子って誰?」
「部屋で説明するわ。」
リツコの研究室──
リツコはキーボードを叩き、四人目を画面に出す。
それを見て息を飲むミサト。
「・・・よりにもよって、この子なの?」
「仕方ないわよ。候補者を集めて保護してあるんだから。」
「話しづらいわね・・・
アスカはいいのよ。エヴァに乗ることにプライドかけてるから。
レイは例外としてね。
いい事ないもの、わたしたちとエヴァに関わったって・・・」
「でも、シンジ君は隠し事をされる方がショックを受けると思うけど。」
「・・・そうね・・・
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あの子、それを一番嫌ってるから・・・
辛い思いをさせることになるのね・・・」
「でも、わたしたちにはそういう子供が必要なのよ。みんなで生き残るためにね。」
「きれいごとはやめろ、と言うの?」
学校、放課後──
「鈴原! 今日から週番なんだからちゃんとやりなさいよ。」
帰り支度をしているトウジにヒカリが詰め寄る。
トウジはなんのことかよくわかっていない。
「なんのことや?」
「プリント! 届けてくれって言われてたでしょ!」
「なんやイインチョ。相方がおるやろが。」
「綾波さんは今日休み!」
「綾波とわしなんか。そりゃしゃあないなあ。
でも、女の家に一人で行けへんしな。」
「だったら、わたしが──」
「シンジ!
帰り、頼むわ。」
帰ろうとしていたシンジに声をかける。
「ああ。」
シンジはぶっきらぼうに答えた。
トウジは決してヒカリを無視したわけではない。
気づかなかっただけである。
しかし、ヒカリは少し傷つき、一人落ち込んでいた。
レイのマンション──
シンジとトウジはそろって部屋の前に立つ。
シンジがインターホンを押すが、相変わらず鳴らない。
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「綾波。入るぞ。」
シンジが言う。
「女の部屋に黙ってはいるのはようないと思うで。」
「しかたないさ。
ここに入れても見ないだろうからな。」
郵便受けを指さす。
いつから放置されているかわからないメールが大量にある。
二人はドアを開け、黙って中に進む。
「なんや・・・これが女の部屋かいな。
無愛想やのう・・・」
「やれやれ。」
シンジはプリントをベッドに置いてからゴミを集め始めた。
「勝手にいじったら叱られるで。」
「片づけてるだけさ。」
「・・・わしは手伝わんで!
男のする事やない!」
「ああ。
しかし、ミサトさんに嫌われるぞ。そう言うの。」
少し意地悪っぽく言うシンジ。
その言葉にトウジは一瞬心が動いたが、それでも考えを曲げない。
「かまへん! わしの信念やからなあ。」
「信念か。それを持つのはいいことだと思うぜ。」
やがて、シンジはゴミを集め終わる。
トウジはイスに座ってそれを見ていた。
「しかし・・・変わったなあ・・・」
「ん?」
「シンジや。
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正直、最初に会うた時はいけすかん奴やと思とったけど・・・」
「否定はしない。
ここに来た頃は、他人を寄せ付けない雰囲気があったと自分でも思ってる。」
「変わったのはやっぱりミサトさんや惣流、綾波のおかげなんかのう・・・」
「お前もだよ。
妹さんのこと、許してもらえるなんて思ってなかったし・・・
今でも許されることじゃないとは思ってる。」
「またや。
お前、ちょっとひきずるタイプとちゃうか?」
「え?」
「いつまでもウジウジとせんでも、本人とその家族がええちゅうとるんやから、それでえ
えやないか。
いつまでも気にされとると、こっちもえらいわ。」
「・・・すまん。」
「だから謝るなっちゅうとるやろ?」
「・・・そうか・・・そうだな。」
その時、ドアの開く音がした。
レイが帰ってきたのである。
二人がいることに軽い驚きを示したが、相変わらず無表情である。
「お邪魔しとるで。」
「・・・なに?」
「あれがたまってたプリントや。」
トウジはベッドの上のプリントを指差す。
「すまんな。勝手に片づけた。
ゴミ以外は触ってないからな。」
心なしレイの顔が紅くなったように見えた。
「・・・あ、ありがと・・・」
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二人が帰った後、レイはベッドでうつ伏せになっている。
「ありがとう・・・感謝の言葉・・・初めての言葉・・・」
ゲンドウのメガネに眼をやる。
「あの人にも言ったことなかったのに。」
ネルフへの直通電車──
冬月とゲンドウが向かい合って座っている。
「四号機の事故、委員会にはどう説明する気だ?」
「事実の通り、原因不明さ。」
「しかし、ここに来て大きな損失だな。」
「四号機と第二支部はいい。S2機関もサンプルは失ってもドイツにデータが残ってい
る。
ここと初号機が残っていれば十分だ。」
「しかし、委員会は血相を変えていたぞ。」
「予定外の事故だからな。」
「ゼーレも慌てて行動表を修正しているだろう。」
「死海文書にない事件も起きる。老人たちにはいい薬だ。」
ネルフ、休憩所──
加持とマヤがいる。
加持はジュースを飲み、マヤはファイルを胸に抱えている。
「せっかくここの迎撃システムも完成するってのに、祝賀パーティーの一つも無しとは、
ネルフってお堅い組織だねえ。」
「碇司令がああですもの。」
「君はどうなのかな?」
と、マヤににじり寄る加持。
マヤは思わず体を反転させる。
「いいんですか? 加持さん。
葛城さんや赤木先輩に言っちゃいますよ。」
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と、言いつつあまりイヤそうではないマヤ。
「その前にその口をふさぐよ・・・」
加持とマヤの口が近づく。
「お仕事進んでるぅ?」
不意にミサトの声。
加持はゆっくりと体を起こし、マヤはビックリして振り返る。
「ボチボチだな。」
「では、わたしは仕事がありますので・・・」
カニ歩きで去っていくマヤ。
かなり動揺したようだ。
「あなたのプライベートに口を出す気はないけど、この非常時にウチの若い娘に手ぇ出さ
ないでくれる?」
散乱した空き缶をゴミ箱に戻しながらミサトが言う。
ここでは片づけが出来て、なぜ家では出来ないのであろうか?
シンジが見たらそう言いそうである。
「君の管轄ではないだろう? 葛城ならいいのかい?」
「これからの返事次第ね。
地下のアダムとマルドゥック機関の秘密、知ってるんでしょ?」
「はて?」
加持はミサトから目線を逸らす。
「とぼけないで。」
「他人に頼るとは君らしくないな。」
「なりふり構ってらんないのよ。
余裕無いの、今。」
さらに加持に詰め寄って行く。
「一つ、教えといてやるよ。」
加持は立ち上がり、自動販売機に手をつく。
加持とミサトの距離はほとんどない。
「マルドゥック機関は存在しない。
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影で操ってるのはネルフそのものだ。」
「ネルフそのもの?
・・・碇司令が?」
「コード707を調べて見るんだな。」
「707? シンジ君の学校を?」
「こんなところでいちゃつかないでくれます?」
唐突にシンジの声が後ろから聞こえた。
驚いて離れる二人。
「そう言うことは、他人が来ないようなところでしてもらえます?」
「え? あ、その・・・な、何か用?」
明らかに動転しているミサト。
「リツコさんが明日からの出張の打ち合わせをしたいって。」
「そう、ありがとう。」
ミサトは立ち去っていった。
シンジは何気なく加持に歩み寄る。
「たまにはどうだ? お茶でも。」
加持が誘ってきた。
「僕、男ですよ。」
人工湖──
湖の畔のベンチに加持とシンジは腰掛けた。
「ミサトさんとなに話してたんですか?」
「子供には言えないような事さ。」
「そうですか。」
しばしの沈黙。
「僕になにか用があったんじゃないんですか?」
「いやあ。君とお茶が飲みたかったのさ。」
「隠し事をされるのは気分良くないですね。」
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「・・・・・・」
シンジが加持をにらむように見る。
加持はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「君はいろいろと調べているようだね。」
「なにをです?」
「とぼけるなよ。
ガードの目を盗んで、過去の資料やMAGIの端末をのぞいている。
残念ながら筒抜けだよ。」
「わかってます。」
「ほう。」
「本当に見られて困るものなら、諜報部が止めに入ってくるはずでしょ?」
「ま、そうだな。」
「どうでもいい情報ばかりつかまされてますよ。
知りたい情報は何も得ていない。」
「あまり、感心しないな。」
「わかってます。」
シンジは視線を地面に移した。
缶を握りつぶし、なおも力を込めている。
「そうだ。一つ、いいものを見せよう。」
スイカ畑──
「スイカ・・・ですか?」
「ああ、かわいいだろう? 俺の趣味さ。
みんなには内緒だけどな。」
水をまきながら、うれしそうに加持が言う。
「何かを作る、育てるのはいいぞ。
色々なことが見えてくるし、わかってくる。楽しいこととかな。」
「辛いこともでしょ?」
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「辛いことは嫌いかい?」
「好きな人間がいたら会ってみたいですよ。」
「そうだな。
でも、辛いことを知ってる人間の方が人に優しくできる。
それは弱さとは違うからな。」
リツコの研究室──
「・・・以上で打ち合わせは終わりよ。」
「そう。」
なんとなく気のないミサトの返事。
「一つ、気になることがあるんだけど。」
「なに?」
「シンジ君のシンクロ率が、若干落ちてるのよ。」
「・・・どういうこと?」
「原因はわからないけど、先の事件で何かあったんでしょうね。
精神的なものが。」
「・・・ますます参号機パイロットの事、話しづらいわね。」
「でも、本人には明日、正式に通達されるわよ。」
「・・・・・・」
翌日、学校・昼休み──
「さ~て、メシやメシや!」
大きく伸びをするトウジにケンスケが歩み寄る。
その時、校内放送が入った。
『2-Aの鈴原トウジ、鈴原トウジ。
至急、校長室まで。』
「なんや?」
「なんかやったの?」
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「いやあ・・・心当たり無いわ。」
そんなトウジをヒカリが心配そうな眼で見つめていた。
校長室──
トウジが中に入る。
そこには校長と教頭、そしてリツコがいる。
トウジとリツコは全く知らない間柄ではない。
何度か顔を合わせている。
しかし、リツコは事務的に、
「鈴原トウジ君ね?」
と、聞いてきた。
屋上──
トウジが校長室に呼ばれたため、シンジとケンスケだけが来ていた。
「昨日の横須賀、どうだった?」
シンジが聞く。
「バッチシ。」
「そうか。よかったな。」
「ところで気になる情報を仕入れたんだけど──」
「エヴァ参号機?」
「そう。アメリカで建造中だったやつさ。完成したんだろ?」
「建造していたのは知ってたが・・・完成してたのか・・・」
「じゃあ、松代の第二実験場で起動実験やるって噂、知らないのか?」
「初めて聞いた。」
「パイロットはまだ決まってないんだろ?」
「それも聞いてないが・・・
起動実験の場所まで決まってるんだったら、もう決まってるんじゃないのか?」
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「そうか・・・
決まってないなら俺にやらせてもらいたいんだけどな・・・」
「ミサトさんに聞いておいてやるよ。」
「ホントか!? ありがとうな!」
「ああ。」
「ところで、四号機が欠番になったって話は知らないか?」
「・・・知ってる。」
誰からも聞かされていないが、情報を盗み見したため、ある程度の事はわかっている。
「第二支部ごと吹っ飛んだんだろ。」
「らしいな。詳しいことは知らないが・・・」
「・・・すまなかったな。変なこと聞いて。」
「いや・・・」
授業中──
トウジが遅れて帰ってきた。
「遅れてすまんです。」
「話は聞いている。席につきなさい。」
トウジは少しぼんやりしている。
シンジはそれに気づいた。
放課後──
「帰ろうぜ。」
ケンスケがシンジのところにやって来た。
「トウジは?」
「あいつは遅くなるよ。当番だからな。」
「・・・悪いけど、先に帰っててくれるか?」
「いいけど、なにか用事があるのか?」
「ちょっとな。」
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「そうか。じゃあな。」
ケンスケは帰っていった。
シンジはトウジに歩み寄る。
「トウジ。」
「あ、なんや。」
「当番なんだろ? 手伝ってやるよ。
今日も綾波休みだし。」
「そうか・・・すまんのお・・・」
クラスのみんなが帰った後、シンジとトウジは掃除を始めた。
やはりトウジはぼんやりしている。
「トウジ。」
しかし、返答はない。
「トウジ。」
トウジは気づいていないようだ。
「トウジ!」
少し強めに言うと、トウジはようやく気がついた。
「あ、ああ・・・すまん。なんや。」
「少し、変だぞ。」
「そうか? 今日は昼飯抜いとるからなあ。」
「・・・俺たち、友達だよな。」
「なにを言いだすんや、突然・・・」
「友達だろ?」
「当たり前やないか。」
「だったら、教えてくれないか?」
「なにをや。」
「・・・リツコさん、今日学校に来てただろ?」
「・・・・・・」
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「参号機のパイロットは、お前じゃないのか?」
「・・・・・・」
「答えてくれ。」
「そうらしいなあ・・・」
「それで、承諾したのか?」
「・・・条件つきでな。」
「条件つき?」
「しょうもない条件や。」
「・・・引き受けたのか?」
「条件、飲んでくれたからな。」
「・・・ろくな事、ないぞ。」
「わかっとる。
ほんでも、わしも少しはお前の役に立ちたいんや。
今までは敵が攻めてきても隠れることしか出来んかった。
お前や綾波や惣流は戦こうとるっちゅうのにな。
これからは、お前らの役に立てるもんなら立ちたいんや。
最初の内は足手まといかも知れんけどな・・・」
「トウジ・・・」
「そやからあんまり心配すんなや。」
「・・・わかった・・・」
「さ、もう帰れや。
後はわし一人で出来るさかい。」
「いや、もう少しだから──」
「いいから帰れや。ちょっと、一人になりたいんや。」
「・・・そうか・・・
悪かったな・・・」
「いや、こっちこそすまんのう・・・」
「じゃあ、帰るぜ。」
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「ああ。」
シンジが帰ってからしばらくして、トウジはパンをかじり始めた。
そこへ、ヒカリが現れる。
「鈴原。」
「あ?」
トウジは興味が無いように牛乳を飲み始める。
「あ、あの・・・週番なんだから・・・ちゃんと机並べて、日記書きなさいよ。」
「わし、昼飯まだやったんやで? 食い終わったらやるわ。」
「鈴原っていつも購買のお弁当だね。」
「作ってくれる奴、おらんからなあ。」
「・・・鈴原、くん。」
「ん?」
「わたし、姉妹が二人いてね。名前はコダマとノゾミ。
いつもわたしがお弁当作ってるんだけど・・・」
「そら難儀やなあ。」
「だから、こう見えても意外と料理うまかったりするんだ・・・」
「ほう。」
トウジはどこか上の空である。
「だから、わたし、お弁当の材料いつも余っちゃうの・・・」
「そら、もったいないなあ・・・
残飯整理ならいくらでも手伝うで。」
ヒカリはパッと明るい笑顔になる。
「うん! 手伝って。」
ネルフ、加持の個室──
その部屋の前で、アスカは息を大きく吸い込み、拳を握ってとびきりの笑顔を作ってド
アを開ける。
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「加持さん。」
加持はキーボードをたたいており、アスカの方を見向きもしない。
「アスカか? すまない。今、忙しいんだ。」
「ふ~ん。ミサトには会ってるくせに。」
めげずにこっそりと忍び寄るアスカ。
「ワッ!」
後ろから抱きつく。
「こ、こら! 今はダメだ。」
「あ、これ、わたしたちのデータね?」
アスカはモニターを見る。
「え? 四人?」
まずいモノを見られたと言う顔の加持。
しかし、もうなにも言わない。
「なによこれ? フォースチルドレンがなんでこいつなの?
イヤァ! わかんない!」
その頃、参号機はアメリカを出発していた。
トウジはグランドに出てバスケットボールを持ち、シュート体勢になっている。
フリースローラインから放たれたシュートは、放物線を描いてゴールに向かう。
ボールはバックボードに当たり、見事に入った。
・・・つづく
第拾八話へ
人の価値
第拾八話 命の選択を
朝、ミサトのマンション──
ミサトは出張のため、シンジと出る時間が一緒になった。
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二人の奥にはペンペンが見送りに出ている。
アスカはミサトと顔をあわせたくないらしく、先に出ていた。
「四号機が欠番て噂、本当ですか?」
靴を履きながらシンジがミサトに問う。
少しミサトは驚くが、
「ええ、本当よ。四号機はネルフ第二支部と共に消滅したわ。」
「巻き添えになった人も多いんでしょうね。」
「・・・ま、まあ、ここは大丈夫よ。
三体ともちゃんと動いてるじゃない。パイロットもスタッフも優秀だし。」
ピンポーン。
インターホンが鳴ったため、シンジがドアを開ける。
そこには緊張した面もちのケンスケが立っていた。
「おはようございます。」
「あ、お、おはよう・・・」
「今日は葛城三佐にお願いに上がりました!」
「え?」
「自分を、自分をエヴァンゲリオン参号機のパイロットにしてください!」
「へ?」
一瞬、何が起こったかわからない顔のミサト。
代わりにシンジが答える。
「ケンスケ。ダメなんだ。
やっぱり、パイロットはもう決まってたんだ。」
「え? そうなのか?」
「ああ・・・」
ケンスケはミサトの顔を見る。
ミサトはシンジの顔を見ている。
「・・・昨日、本人から聞きました。」
「シンジ君・・・」
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「トウジなんでしょ? 参号機のパイロットは。」
「う・・・うん・・・」
ミサトはそれ以外に言葉を持たなかった。
「トウジが!?」
ケンスケが叫ぶ。
「ああ、なんでトウジなのかは俺も知らないが・・・」
「・・・そうか・・・トウジまで・・・エヴァに乗れるんだな・・・
なのに・・・俺は・・・」
トボトボと去っていくケンスケ。
「あ、相田君!」
「ミサトさん。」
思わずケンスケを追おうとしたミサトをシンジが制止する。
「僕にまかせてください。
それより、ミサトさんも早く行った方がいいですよ。」
「・・・そうね。
じゃあ、留守の間は加持が面倒見てくれるから・・・」
「はい。」
ネルフ、トレーラー内──
ミサトとリツコが話している。
「へえ、もう知ってたんだ。シンジ君。」
「ええ・・・本人から聞いたって言ってたわ。」
「自分から言い出すほど喜んでるようには見えなかったけどね。」
「あの子の事だから感づいたのよ。
それでそれとなく聞いたんだと思うわ。」
「よかったじゃない。
わざわざ言わずに済んで。」
「そう言う問題じゃないでしょ。」
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学校──
ケンスケはシンジになだめられて多少落ち着いたが、まだ落ち込んでいる。
しばらくして、アスカが入ってきた。
なんとなく元気が無いようだ。
加持とミサトのよりが戻って落ち込んでいるようだが、それにしても昨日までと様子が
違う。
シンジは直感的に、アスカがトウジのことを知り、そのせいで機嫌が悪いんだと感づい
た。
(いろいろと波紋を起こしてるな。)
シンジは思った。
昼休み、屋上──
トウジは一人ここへ来ていた。
シンジは落ち込むケンスケの相手をしている。
「鈴原君。」
トウジは声の主を見た。
「なんや・・・綾波か。」
目線を空に戻す。
「シンジならここにはおらんで。」
「・・・・・・」
「お前も知っとんのか? 惣流も知ってるみたいやし。」
「うん・・・」
「人の心配とは珍しいなあ。」
「そう。よくわからない。」
「お前が心配しとんのはシンジや。」
「そ・・・そう?
・・・そうかも知れない・・・」
「そうや、わしがエヴァに乗って辛い目にあうとシンジが苦しむ。
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お前はそれがイヤなんや。」
「・・・よく・・・わからない・・・」
「ほんまにか?」
「・・・・・・」
レイは何も答えなかった。
最近、シンジのことを考えていることが多い。
自分でもその事に驚き、戸惑っていた。
トウジがパイロットに選ばれたと聞いたときも、まず一番にシンジの事を思った。
トウジがパイロットと知ったシンジが傷つかないだろうか、と・・・
幸い、シンジは特にそう言った雰囲気はない。
しかし、シンジのためになにかしたいという気持ちがあるのは確かであった。
「鈴原君・・・」
「ん?」
「気をつけて・・・」
「あ、ああ・・・
けど、起動実験にはミサトさんもついててくれるんやろ?
心配することあらへん。」
「・・・・・・」
二人の様子を離れた場所の窓から見ているヒカリの姿があることに、レイもトウジも気
づいていなかった。
松代──
エヴァ参号機を積んだ輸送機が今到着した。
ミサトは明らかに不機嫌である。
口には爪楊枝をくわえている。
「ようやくお出ましか。
遅れること2時間。わたしをここまで待たせた男は初めてね。」
「デートの時は帰ってたんでしょ?」
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学校──
トウジは授業をさぼっていた。
体育館に通じる渡り廊下で、地面に座り込んでいる。
その脳裏にはシンジと初めて出会い、殴った時のことが思い出されている。
そして、拳をギュッと握ると、
「ほな、行くか。」
と、決心したように立ち上がった。
振り返るとそこにはシンジが立っていた。
「シンジ・・・授業はどないしたんや。」
その問いには答えず、シンジは毅然とした表情をしている。
「気をつけてな・・・」
「ああ。わかっとるわ。
お前にしても綾波にしても心配性やのう。」
「・・・そうかも知れんな。」
「ほなな。また会おや。」
「ああ。」
トウジは去っていった。
シンジは見えなくなるまでトウジの後ろ姿を見送っていた。
(なにか・・・イヤな予感がする・・・
トウジがパイロットに選ばれたと聞いてからずっとまとわりついて離れねえ。
綾波も・・・なにかに気づいているのか?)
その疑問に対する答えは浮かばなかった。
放課後、公園──
ベンチにはアスカとヒカリが座っている。
「ごめんね。アスカ。
いつもなら碇君たちと一緒に帰ってるのに。」
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「いいのよ。
それより、話したいことがあるんでしょ?」
「う、うん・・・」
アスカの眼が妖しく光る。
キラーンという音が聞こえた気がした。
「鈴原の事でしょ?」
「え、ええ。わかる?」
「見え見えよ。わかってないのは本人くらいじゃないの?」
「そう・・・」
「今日持ってきたお弁当、鈴原にあげるつもりだったんじゃないの?」
「うん・・・でも・・・」
「でも?」
「鈴原の好きな娘って綾波さんかも知れない。」
「鈴原が? あの優等生を?」
「昼休み、仲良さそうだったし・・・」
「安心して、ヒカリ! それはないわ!」
「え?」
「あの女は、この世で一番人とのつき合い方を知らない人間だから!」
「・・・そ、そう?」
ヒカリはどうフォローすればいいかわからなかった。
「そうよ!」
レイのことをけなしているが、それが自分への気づかいだとわかっているヒカリは、少
し安心する。
「一つ聞いていい?」
「なに?」
「あの熱血バカのどこがいいわけ?」
ヒカリは照れて真っ赤になりながら、
「やさしい・・・ところ・・・」
と、答えた。
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アスカはヒカリから自分の顔が見えないことを確認してから、ウゲッとなった。
夜、ミサトのマンション──
加持は風呂に入っている。
シンジとアスカは口を聞かない。
「・・・フォースチルドレンがトウジなのがそんなに気に入らないか?」
アスカはキッとシンジをにらみつける。
「・・・別に。」
しかし、すぐに目線をそらした。
「ウソだな。」
「うるさいわね! そうよ! 気に入らないわよ!」
再びシンジをにらみつける。
「なぜだ?」
「わたしは選ばれたパイロットなのよ。
それがどうしてあの熱血バカと同列にされちゃうわけ?」
「さあな。」
「ま、別にどうでもいいのも確かよ。
あいつがわたしに勝てるわけないもの。」
アスカは再び視線をそらした。
そこへ加持が風呂から上がってきた。
「あ~あ。いい湯だったな。」
しかし、シンジとアスカの間はギスギスしている。
「なんだ、まだやりあってんのか。」
「すいません、加持さん・・・
せっかく来てもらったのに・・・」
「ま、いいさ。
こんな時はさっさと寝ちまおう。それが一番だ。」
二人は加持の言葉におとなしく従った。
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加持とシンジはリビングで並んで寝ている。
電灯が消えてからけっこう経ったが、シンジはなんとなく寝付けなかった。
「加持さん。起きてます?」
「いや。」
返事が返ってきた。
「親父はなにを企んでるんですか?」
「こりゃまた、唐突だな。
葛城のことかと思ったよ。」
「加持さんなら知ってると思って。」
「なぜだい?」
「・・・言ってもいいんですか?」
「いや、言わなくてもいい。
君もいろいろと調べているな。」
「すいません。」
「謝ることはない。
人が他人のことを知ろうとするのは当然だからな。
人は人間を完全に理解することは出来ない。自分自身も含めてな。
だから、人は他人を、自分を知ろうとする。」
「なんとなく、わかる気がします。」
「だからおもしろんだなあ、人生は。」
「・・・おもしろい・・・ですか。
僕は生きてておもしろいとか思ったことはありません。」
「そうか。
君は若いんだから、これからおもしろい事も見つかるさ。」
「加持さんがミサトさんに出会ったようにですか?」
「彼女というのは遙か彼方の女と書く。
女性は向こう岸の存在だよ。我々にとってはね。」
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「・・・僕は女性とつき合ったこと無いから・・・よくわかりません。」
翌日、学校・昼休み──
屋上でシンジとケンスケがパンを食べている。
「なあ、参号機はもう日本に着いてるんだろ?」
「ああ。」
「いいなあ・・・トウジの奴・・・うらやましいよ。」
「・・・エヴァに乗ってもいいことなんかないさ・・・」
「ん? なんか言ったか?」
「いや・・・」
松代──
参号機にエントリープラグが挿入された。
神経接続も順調に進んでいく。
そして、絶対境界線を越えた瞬間、次々と異常が現れる。
「回路遮断! 電源をカット!」
『エヴァ内部に高エネルギー反応!』
「まさか・・・」
参号機の背中のパーツが開き、そこから粘液のようなものが見えた。
「使徒!?」
次の瞬間、大きく口を開いた参号機が咆吼をあげたかと思うと、辺りは閃光に包まれ
た。
ネルフ、発令所──
「松代にて、爆発事故発生!」
『被害、不明!』
「救助及び第三部隊を直ちに派遣。戦自が介入する前に全て処理しろ。」
「了解。」
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「事故現場にて未確認移動物体を発見。」
「パターンオレンジ、使徒とは確認できません。」
しかし、ゲンドウは最悪の状況を想定して命令を下す。
「第一種戦闘配置。」
『総員第一種戦闘配置。』
『地対地戦用意!』
『エヴァ全機発進! 迎撃地点へ緊急配置。』
『空輸開始は20を予定。』
初号機、エントリープラグ──
エヴァは三機ともすでに野辺山に到着している。
「松代で事故!?
じゃあ、ミサトさんたちは!?」
『まだ連絡とれない。』
「く・・・トウジ・・・」
『なに、ウジウジしてんのよ!
今わたしたちが心配したってなんにもならないじゃない!』
「・・・イヤな予感が的中した・・・」
発令所──
「野辺山で映像をとらえました。
主モニターにまわします。」
主モニターに目標が映し出される。
そして、山の陰からゆっくりと姿を現したのは、まぎれもなくエヴァ参号機であった。
発令所は驚きの声で満たされる。
「やはりこれか・・・」
「活動停止信号を発進。エントリープラグを強制射出。」
ミサトが不在のため、ゲンドウが直接指揮をとっている。
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ゲンドウの命令でマヤが素早く動いた。
しかし、参号機のハッチが吹き飛んだにすぎない。
エントリープラグは使徒と思われる粘液によってその射出を封じ込められている。
「ダメです。活動停止信号、認識しません。
プラグの排出は使徒によって妨げられています。」
「パイロットは?」
「呼吸、心拍の反応はありますが、おそらく・・・」
しばらく間を空けて、ゲンドウが作戦を決断した。
「エヴァンゲリオン参号機は現時刻を持って破棄。目標を、第十三使徒と識別する。」
日向たちオペレーターは思わずゲンドウを見る。
「し、しかし!」
「予定通り野辺山で戦線を展開。目標を撃破しろ。」
ゲンドウの非情とも言える命令に逆らえる者は誰一人いなかった。
野辺山──
やがて、エヴァの中で待機していたシンジたちの目にエヴァ参号機が飛び込んでくる。
『目標接近。』
青葉からの通信が入る。
「まさか・・・使徒・・・これが使徒?」
『そうだ。目標だ。』
「目標・・・エヴァ参号機が・・・」
『そんな・・・使徒に乗っ取られるなんて・・・』
「トウジ・・・・参号機のエントリープラグはどうなってるんですか!?」
悲鳴にも似た声でシンジが発令所に問う。
『・・・エントリープラグは排出されていないわ・・・
使徒によって押さえられてる・・・』
マヤから絶望的な通信が入った。
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弐号機、エントリープラグ──
「そんな・・・」
参号機が徐々に近づいてくる。
「鈴原・・・」
アスカはトウジの事は好きではない。
トウジがパイロットに選ばれたことを嫌っていた。
しかし、トウジは親友のヒカリが思いを寄せている相手である。
攻撃できない。
「・・・・・・」
アスカは参号機をただ、凝視している。
「う・・・」
間合いに入ったとき、参号機はいきなり飛び上がり、弐号機に攻撃を仕掛けてきた。
反撃しようとしたが、時すでに遅し。
運悪く、一撃で致命的なダメージを受けていた。
発令所──
「エヴァ弐号機、完全に沈黙!」
「パイロットは脱出。回収班、向かいます。」
「目標移動を開始。零号機へ。」
「レイ。
近接戦闘は避け、目標を足止めしろ。
今初号機をまわす。」
零号機、エントリープラグ──
「了解。」
零号機は山裾に身を隠し、参号機が通り過ぎるのを待つ。
参号機は零号機に気づかず、歩みを進めていく。
零号機は銃口を参号機に向ける。
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しかし、撃とうとするが撃てない。
(乗ってるわ・・・彼。)
レイの脳裏にこの前の昼休みが思い浮かぶ。
(お前が心配しとんのはシンジや。)
(わしがエヴァに乗って辛い目にあうとシンジが苦しむ。
お前はそれがイヤなんや。)
レイはどうしても引き金を引けない。
(あの人を攻撃すれば・・・碇君が・・・)
悲しむ。
その瞬間!
参号機が異様な体勢で飛び、一瞬で零号機を押さえつけた。
粘液状の使徒が零号機に侵入してくる。
レイはたまらず苦痛の声をあげた。
発令所──
「零号機、左腕に使徒侵入!
神経節が侵されていきます!!」
「左腕部切断。急げ。」
正気とは思えないゲンドウの命令に思わずマヤが反論する。
「しかし! 神経接続を解除しないと!」
「切断だ。」
「・・・はい。」
有無を言わさぬゲンドウの言葉にマヤは逆らう術を持たなかった。
零号機の腕が切断される。
「キャッ!」
声にならない悲鳴をあげるレイ。
今、レイには腕を切断された痛みがまともに襲いかかっている。
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参号機は零号機が動けなくなったのを確認すると、初号機に向かって歩き始めた。
初号機、エントリープラグ──
『零号機、中破。パイロットは負傷。』
「なんてことだ・・・」
『目標が接近中だ。あと20で接触する。
お前が倒せ。』
「目標・・・トウジが乗ったエヴァがか・・・?」
参号機が近づいてくる。
「参号機と連絡は?」
『ダメ・・・とれないわ。』
「く・・・」
参号機が咆吼と共に飛びかかってきた。
かろうじて防御するが、吹き飛ばされて倒される。
「この・・・!」
反撃しようとしたシンジの目にエントリープラグが映る。
「エントリープラグ・・・」
それを見たとたん、シンジから攻撃の意志が失せる。
しかし、参号機は容赦なく攻撃してくる。
腕が不自然に伸び、初号機の首を掴む。
初号機は首を絞められながら、後ろの山にたたきつけられる。
発令所──
「生命維持に支障発生!」
「パイロットが危険です!」
「いかん! シンクロ率を60%にカットだ!!」
「待て!」
冬月の命令をゲンドウが取り消す。
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「しかし、碇! このままではパイロットが死ぬぞ!」
「シンジ・・・なぜ戦わない。」
『人が・・・トウジが乗ってるんだぞ・・・』
「かまわん! そいつは使徒だ! 我々の敵だ!」
『わかっている! ごちゃごちゃぬかすな!!』
野辺山──
初号機は参号機の腹部を蹴り、後方へ吹き飛ばした。
参号機は地面にたたきつけられる。
「はあっ・・・はあっ!」
しかし、たいしたダメージは与えていない。
再び攻撃態勢に入っている。
「トウジ・・・」
シンジの頭がトウジのことでいっぱいになる。
(そのことはもうええ。
エヴァの中で苦しんどるお前の姿見とるからなあ・・・)
(すまんなあシンジ。雨宿りさせてもうて。)
(なに綾波に見とれとんねん。
まじめに掃除せんかい!)
(で、ホントのところ、センセの本命は綾波か? 惣流か?
どっちやねん。この際ハッキリしてもらおか?)
(そないに落ち込むなや。
わしも妹もお前を恨んどらんさかい。)
(正直、最初に会うた時はいけすかん奴やと思とったけど・・・)
(お前、ちょっとひきずるタイプちゃうか?)
(わしも少しはお前の役に立ちたいんや。
今までは敵が攻めてきても隠れることしか出来んかった。
お前や綾波や惣流は戦こうとるっちゅうのにな。
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これからは、お前らの役に立てるもんなら立ちたいんや。)
(ほなな。また会おや。)
「また会おやって・・・こんな形で・・・
ちくしょう・・・ちくしょう・・・ちくしょう! ちくしょう!!」
参号機の腕が伸びてくる。
しかし、それを今度はがっちりと受け止めた。
「エントリープラグ・・・あれさえ引きずり出せれば!
トウジ! すまん! しばらく辛抱してくれ!!」
初号機は参号機を地面に投げつけた。
すばやく押さえつけて、背中のエントリープラグを強引に取り出そうとする。
しかし、うつ伏せに押さえつけられているにも関わらず、不自然な体勢から蹴りを放っ
てきた。
トウジのことに気を取られ、冷静さを欠いているシンジはまともに食らった。
「くっ!」
なんとかこらえる。
しかし、連続して蹴りが放たれてきたため、参号機から離れざるを得ない。
「くそっ!!」
その時、シンジは異変に気づいた。
手のひらに何かが這いずり回るような感触。
それがなにか確認する前に、マヤからの通信が入る。
『初号機! 手部に使徒侵入!』
それに一瞬気を取られたシンジは参号機の接近に気がつけなかった。
たちまち押さえつけられる。
「しまった!」
参号機の全身から粘液が滴り落ちてくる。
初号機は腕、足、胸、腹、至る所から使徒に侵入されていく。
「ぐああぁぁぁ・・・!」
シンジは自分を抱きしめるような体勢で激痛をこらえる。
『初号機! 神経節の大部分を侵されました!
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このままでは使徒に乗っ取られます!!』
シンジは気を失いかけていた。
すさまじい激痛が全身を襲っている。
(俺は・・・死ぬんだ・・・
まあいいか・・・
トウジを殺してまで生き延びたくない・・・)
もはやなにもかもどうでもよくなってきたシンジの脳裏に、過去の映像が走馬燈のよう
に浮かぶ。
発令所──
「初号機とパイロットのシンクロを全面カット。
回路をダミープラグに切り替えろ。」
「しかし、ダミーシステムにはまだ問題も多く、赤木博士の指示もなく──」
「今、初号機が乗っ取られれば全てが終わる。急げ!」
「はい・・・」
マヤが初号機とシンジのシンクロをカットしようとした時──
『うわあああぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
シンジの絶叫が発令所に響いた。
何が起こったのか理解できた者はいなかった。
ただ、モニターにはズタズタに切り裂かれた参号機と、参号機の体液をまともにかぶ
り、真っ赤に染まっている初号機が映されていた。
一瞬遅れ、
「エ、エヴァ参号機、あ、いえ。
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