特集 - 学校法人北里研究所

【特集】北里の原点を訪ねて
学祖の故郷、熊本県小 国町を行く
九州のほぼ中央にそびえる、
「火の国」熊本を象徴する火山、阿蘇山。
その外輪山の北に、北里大学の学祖・北里柴三郎の故郷、小国町がある。
美しい樹林や清流、良質な温泉などに恵まれたこの町は、
豊かな自然とともに、農村活性化のお手本となる
さまざまな特徴あるまちづくりでも有名だ。
小国町
阿蘇山
熊本
近年、北里柴三郎記念館の改修や、学生の農村体験学習などを通じて、
北里大学との結びつきも、ますます深まっている。
小国町を巡る旅、それは北里の原点を探訪する旅でもある。
特集
C
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【特集】北里の原点を訪ねて
学祖の故郷、熊本県小国町を行く
03
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北里逍遥
北里の原点を訪ねて
空から見た相模原キャンパス
18
未来のトビラ - 1 ー最先端の研究現場からー
微生物のゲノムを読み解き、
その潜在能力を引き出す
北里大学北里生命科学研究所・大学院感染制御科学府 教授
池田治生
20
未来のトビラ - 2 ー最先端の研究現場からー
生き物に触れる感動を育む、
豊かな生態系を未来へ
北里大学獣医学部 生物環境科学科 教授
杉浦俊弘
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これ我が学問なり
人を育て、社会を動かし、
遺伝医療の発展に尽くしたい
北里大学大学院 医療系研究科 教授
高田史男
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北里 DNA ー北里の遺伝子を継ぐ者たちー
人と出会い、つながる喜びが、
心あるがん看護を支える
北里大学病院 看護部 耳鼻咽喉科セクション 看護師
望月美穂
北里柴三郎記念館に建つ胸像と、小国町のシンボル・湧蓋(わいた)山の雄姿
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キタサトピックス
27
柴三郎のキセキ
研究所開設と並行していた ?
幻の「北里医科大学」構想
04
05
北里の原点を訪ねて
阿蘇・熊本↓
1750年代、肥後細川藩令により最初の造林が始まったとされ
る小国杉
る落差約 mの「下城 滝」など、観光地
る「遊水峡」や、豪快な水しぶきを上げ
て 天 然 の ウ ォー タ ー ス ラ イ ダ ー が 楽 し め
えない。川底が滑らかな岩盤になってい
る と 川 遊 び を す る 子 ど も た ちの 歓 声 が 絶
筑後川の上流に位置する小国は、町の
あちこちに大小の清流が走り、夏ともな
心を癒す水辺の名勝がいろいろ
”木の国
“小国には、
悠久の歴史があるのだ。
といった 巨 木 や 名 木 も 豊 富 に 存 在 す る。
木魂館
特集
阿蘇の北に、
「小なれど
住みよしの国」あり。
豊かな自然に囲まれた柴三郎の故郷
熊本県の最北端、北里柴三郎の生誕地
である小国町。その地名の由来は、この
地を語った神話の一節にあるという。
時間
「 国 小なり とも 青 山四方 を巡りて住 吉の
国なり」――熊本市内から車で約
分。阿蘇外輪山を越えて辿りつく小国
の地は、まさに神話通り、青々とした緑
に囲まれた、平和な山里のたたずまいを
見せる。
%
標高 300 ~ 800mのなだらかな起
伏 を持つ山地にある小国は、林 業ととも
に栄 えてきた町である。町の面 積の
は杉を中 心とする山林が占め、その合間
を 流れるいくつもの川 沿いに、田 畑や 集
わいた
落 が 広 がっている。町の東 端 には、小 国
の象徴である標高 1500mの湧蓋山が、
伸びやかな 稜 線 を描いてそびえる。滝や
渓谷など、四季折々の見どころも豊富だ。
さらに町 内には、弘 法大師の伝説も残る
古くからの湯治場をはじめ、温泉 好きを
魅了する数多くの名湯が湧いている。
心やすらぐのどかな農村風景と、清流
や温泉などの恵まれた自然は、小国のか
けがえのない財産。これに魅了されて何
度もこの町に足を運ぶ「小国マニア」も
少なくない。
鍋ヶ滝
われた「鍋ケ滝」
。高さ m、幅 mのこ
中でも小国っ子の一番の自 慢になって
いるのが、緑 茶 飲料のCMロケ地にも使
として有名な名勝もたくさんある。
40
江戸時代からの歴史を持つ小国の林業
小 国 は 日 本 有 数 の 林 業 地 と して 知 ら れ
る大分県日田市に隣接し、その林業経済
圏の一角を成している。植林は 260 年
わいた温泉郷
竹筋橋
ジャージー
牧場
387
北里柴三郎
記念館
住民や観光客で大いに賑わう。
で幻想的なライトアップも行われ、地元
ゴー ル デ ン ウ ィ ー ク 期 間 中 に は カ ラ フ ル
透 け て 見 え る 景 観 は 清 涼 感 満 点。 毎 年、
きる。水のカーテン越しに美しい木立が
があり、反対側まで通り抜けることがで
の滝は、落下する水の裏側に大きな空間
20
前より始まったとされ、以来、地域最大
北里の原点を訪ねて
212
←中津江・鯛生金山
道の駅「小国」
ゆうステーション
坂本善三
美術館
9
の産業として、この山里に豊かさをもた
らしてきた。恵まれた気候、地質で育つ
小 国 の 杉 は、 色 合 い、 材 質 と も に 優 れ、
柱材や板材、建具材など幅広い用途に利
用されている。
近年、日本の林業は多くの問題を抱え
全国的に低迷しているが、小国ではその
年前に始まった
対応として、早くから独自の林業振興策
を打ち出している。約
町を挙げてのプロジェクトでは、小国杉
を 使 用 し たデ ザ イン 性 に 優 れ た 公 共 施 設
などを次々に建造。国内外から大きな注
目を集めるとともに、小国杉の名声をさ
らに高めた。
さらに小国には、こうした木 材用 途の
杉だけでなく、樹 齢 1300年以上とさ
れる「阿弥陀杉」や「下城の大イチョウ」
特集
212
←福岡・日田
1
74
442
川遊びは夏の楽しみのひとつ。清流にはアユ
やウナギなど多くの魚が生息している
30
緑と清流に恵まれた小国町。日本人の心の故郷とも言えるような風景が広がる
いわゆる「裏見の滝」の代表例とされる鍋ケ滝。周囲の森の景観も素晴らしい
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歴史を踏みしめ、歩きたくなる里
清々しい空 気 を 味 わいながら、のんび
りと自然の中を歩くのも小国の楽しみ方
のひとつ。観光客や鉄道ファンに人気なの
が、1984
(昭和 )
年に廃線になった旧
みやのはる
国鉄 宮 原 線の跡地をたどるウォーキング
コースだ。現在は、
道の駅
「小国」
ゆうステー
ションが建っている町の中心地「肥後小国
駅 」 跡 か ら「 北 里 駅 」 跡 まで、約4キロ
特集
物資不足のために竹筋を使ったとされる幸野川橋梁。造りは堅牢で高度な設計技術がうかがえる
わいた温泉郷では、
湯煙が盛大にお出迎え
北里の原点を訪ねて
げの湯温泉」や、白濁した硫黄泉が人気
の「山川温泉」など、この温泉郷には特
徴ある温泉が目白押し。旅行雑誌が企画
した「九州の再訪したくなる温泉ランキ
ング」で、多くのメジャー温泉地を抑え
てトップに輝いたこともあるほどの人気
のスポットになっている。
名物の蒸し料理などにも利用される。非
もあるほど。この蒸気は、地域の暖房や
ドラ イ ト な しで は 車 が 走 れ な く な ること
ができる。気候によっては、昼間でもヘッ
気 が 噴 出 す る 独 特 の 光 景 を 目 に す ること
では、集落のあちこちからもくもくと蒸
し湯も、温泉街の各所で楽しむことがで
ま ざ ま な 効 能 を う た う サ ウ ナの よ う な 蒸
弱食塩泉で美肌効果が高いと評判だ。さ
らの懐かしい温泉情緒たっぷり。泉質は
川沿いにある温泉街の街並みは、昔なが
。
法大師も浸かったと言われる「杖立温泉」
小国を代表する名湯として知られるの
が、1800年 も の 歴 史 を 持 ち、 あ の 弘
昔ながらの温泉情緒に癒される杖立温泉
常に高温なので、うかつに湯気に手を触
きる。
人気を呼んでいる。
う」という絵鯉など、遊び心ある名物も
いごとを書いて吊るすと「 恋
(こい)が叶
発祥はこの温泉。鯉の形をした杉板に願
うな祭りは全国各地で見られるが、その
ぐ「鯉のぼり祭り」が行われる。同じよ
川の上空を 3500匹もの鯉のぼりが泳
毎 年 4 月 初 旬から 5 月 中 旬には、杖 立
は、杖立温泉ならではのお楽しみ。また、
呼ばれる、入り組んだ路地裏を巡る散歩
つえたて
れないよう注意したい。
杖 立 温 泉 の 魅 力 は 入 浴 だ け で は な い。
せ ど や
地元住民の生活道路である「背戸屋」と
自然の中を歩けば、
小国の歴史が
見えてくる
する。バスや車から眺めるだけではわか
の遊歩道が整備されており、森 林 浴を楽
しみながら散策することができる。
してみるのも面白い。
しい6連アーチ橋で、その名の通り 鉄 筋
らない歴史との出会いを、自分の足で探
コース最大の見どころは、縦木川と道
路 を ま た ぐ「 竹 筋 橋
(幸野川橋梁)
」
。昭
の代わりに竹を入れていると伝えられる。
蓋
小国の旅から外せないのが温泉。湧
山麓にある「わいた温泉郷」には、個性
和初期に完成したコンクリート造りの美
橋の上には手すりも設けられ、安全に渡
ある多くの温泉があり、温泉ファンを魅
わいた
ることが可能。上からの眺めもなかなか
了する。その中のひとつ、
「 岳の湯 温 泉 」
大地のあちこちから湯煙が上がる、わいた温泉郷。ホタルの名所としても知られている
その他、阿蘇山の眺望が素晴らしい「は
❷
北里の原点を訪ねて
❶ 1954年、難工事の末に開通した旧国鉄宮原線は、わずか30年
で廃線となった。❷高温の蒸気を利用する「鶏の地獄蒸し」は
地元の名物料理 ❸どこまでも歩いて行きたくなる小国の散策路
O G U N I
のもの。旧宮原線には、この橋を含め 7
❶
つのアーチ橋が残され、国の有形文化財
に登録されている。
「山間部に鉄道を」と
い う 先 人 た ち の 願 い をつ な い だ 夢 の 架 け
橋は、その役割を終えた今も、訪れる者
の心を捉えて離さない。
このほか小国には、醍醐天皇の孫姫の
伝説がある「鏡ケ池の恵比寿様」と、
「小
国両神 社」
、
「ケヤキ水源の水神様」の 3
か所を訪ねて福運を祈願する「福運三社
めぐり」など、気軽な散策コースがいろ
いろ。小国八十八か所の札所も山野に点在
特集
❸
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07
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特集
北里の原点を訪ねて
「三後の要」
に息づく、
新しい文化を
生み出す力
アートや建築に、小国のこころを生かして
れ らは 約
に は 特 産 の 小 国 杉 を 使 った 斬 新 な デ ザ
年 前、
「 杉の 木 を 生 か し た 魅
いことに果 敢に挑戦する気風が育まれた。
になり、よその文化を採り入れたり、新し
だった。おのずと住民は時代の変化に敏感
と呼ばれ、多くの人やモノが行きかう場所
木造立体トラス構法を採用する つの施設、
褪 せていない。 小 国 杉の間 伐 材 を 使った
進 的 な 設 計 や 構 法 は、 今 見 て も 全 く 色
進 め ら れ た もので、一流 建 築 家 による 先
力 あるま ち づく り 」の一環 として 建 造 が
、
「小国
「道の駅『小国』ゆうステーション」
年の日本建築学会賞を受賞している。ほか
ドーム」
、
「林業総合センター」は、1989
「坂本善三美術館」もそのひとつ。小国出
身の抽象画家である坂本善三画伯は、
「東洋
にも「物産館ぴらみっと」や「木魂館」など、
もっこんかん
の寡黙」の異名で知られ、黒やグレーを多
らずに新しいことにチャレンジしましたが、
ど、再生可能エネルギーを地域のために活用
革新的構法を採用した木魂館の内部
町内には特徴ある建物がたくさんある。
感する場所を見ることができる。
3
用した独自の作品群は世界的に高い評価を
や、戦後の公共事業のあり方に一石を投じた
その原動力の一つは、私の中の「小国人魂」
熊 本 人の頑 固 な 気 質 を 表 す「 もっこす 」
という言葉は全国的に知られています。ま
していくことが、私の一番の関心事です。過
次々に提言し実行。現在、熊本県立大学客員教授、九州ツーリズム大
学学長、ゆうステーションカンパニー代表取締役等を務める。 年日
本建築学会文化賞受賞、 年観光カリスマ百選認定、 年旭日小受
賞綬受賞。
博士を学祖とする北里研究所・北里大学と、
その故郷である小国町の関係が、今後ますま
小国町基本データ
受けている。画伯の没後に寄贈された作品
や遺品約 500 点を展示するこの美術館は、
移築した古民家を本館としている。全館畳
敷きの美術館は日本でここだけ。畳の上に
座ってじっくりと名作と向き合う、他では味
わえない新鮮な芸術体験が待っている。
小国人を駆り立てる、
傑人、室原知幸氏など多士済々ですが、中で
ま た、前のページで も 触 れ たが、小 国
「とっぱす」
という気質
た、 熊 本 に 多い、 新 し もの 好 きの 性 質 を、
去のことよりも、気がつくと新しいことばか
士です。
だったのかもしれません。
この小さな山里から多くの大人物が輩出し
ていることは、私たち小国人の自慢のひとつ
小 国 で は「 とっぱ す 」 と 言いま す。
「終始
りに目が向いている。自分でも、根っからの
今は町長を退いた身ですが、温泉熱による
発電や、谷川の流れを利用した小水力発電な
一貫」を座右の銘に、最先端の研究に突き
とっぱすだと思いますね。
プロフィール◎ 1941年小国町生まれ。 年より 2007年まで町
長を務める。その間、活力あふれるまちづくりのための斬新な施策を
進んだ柴三郎博士は、まさに、もっこすと
とっぱすの両方を備えた人物だったと言え
るでしょう。私も町長時代に、小国杉を生
かした町づくりや、体験型の旅であるツー
リズムによる地域活性化など、わき目も振
さて、小国には北里という地名があり、私
自身も含めて、北里を名乗る住民がたくさん
校の学習発表会では博士の寸劇を演じたりす
はホスピタリティにあふれ、外から訪れる人を
るので、大人より子どもの方が博士について
います。その中で北里柴三郎先生は「博士」
合いや交流を楽しんでもらいたいですね。
若者も多いことは明るい材料になっています。
す広く深いものへと発展していくことを願っ
北里の原点を訪ねて
故郷、小国町のさらなる活性化に向けて町政の陣頭指揮を執る。一般
財団法人学びやの里の理事長も務める。
プロフィール◎ 1968年小国町生まれ。 年に小国町議会議員とな
り、
森林組合長などを歴任。2007年より町長に就任し、
現在二期目。
レストランやダイニングバーなど、元気で魅力
は詳しいかもしれません。
小国は日本の多くの農村と同様、人口減少
という問題を抱えています。しかし、その一方
受け入れる経験も豊富です。小国にぜひお越
が、小国町の大きな魅力です。しかも、住民
95
ています。
で、UターンやIターンをしてがんばっている
30
今も町を巡ると、そんな「小国人魂」を実
3
と呼ばれ、町民の敬愛を集めています。小学
11
的な店があちこちに誕生しており、若手飲食
店経営者らのグループによる地元活性化の取
り組みも盛んです。彼らはアイデアもセンス
も豊かですし、本当に頼もしい存在ですね。
特集
イ ンの 建 築 物 が 多 数 存 在 し て い る。 こ
肥後、筑後、豊後という つの勢力圏の
接点にある小国は、古くより「三後の要」
O G U N I
しいただき、ゆっくり滞在して、地元との触れ
03
です。植林や河川改修などで郷土に尽くした
後、大阪実業界で大成功を収めた大塚磨翁
若い力が集まって、
この町を盛り上げています。
自然の中でのレジャーや温泉、スポーツや音
楽コンサート、美術館での絵画鑑賞、地元食
材を生かしたグルメ、多彩なお祭りなど、さ
まざまな楽しみがパッケージングされている点
83
95
道の駅「小国」ゆうステーション。ミラーガラス張りの外観と木造構造のギャップが面白い
08
09
●面積:136.72 平方キロメートル
●人口:7,901 人(2013 年 10 月 1 日現在)
●気候:標高 300 m以上の山間地のため、夏は冷涼、冬は寒く積雪もある
(平均気温 13℃)
。年間降雨量は 2,300㎜と多雨で、森林の成育に適している。
●交通アクセス:熊本から車で約 1 時間 10 分、福岡から車で約 2 時間
●主要イベント
1 月 杖立温泉どんどや火祭り
道の駅で販売される小国町特産の
2 月 ジャージー GOGO キャンペーン
ジャージー牛乳を使った商品の数々
4 月 杖立温泉鯉のぼり祭り
5 月 鍋ケ滝ライトアップ、杖立温泉祭
6 月 わいた温泉ほたる祭り
8 月 ふるさとの夏祭り 10 月 ふるさとの秋祭り、
下城大イチョウライトアップ
ほっぽ宝来祭、わいた温泉感謝祭
11 月 ちちこぶ祭、杖立温泉背戸屋祭り
●観光案内
小国町役場 0967-46-2111
小国ツーリズム協会 0967-46-4440
一般財団法人学びやの里(木魂館)
0967-46-5560
1872(明治 5)
年に町内に建てられた民家を本館とする坂本善三美術館。
故郷の風土に根差す作品を描いた画伯にふさわしい建物だ
も最大の英雄は言うまでもなく北里柴三郎博
前小国町長 宮﨑暢俊(みやざき・のぶとし)さん
小国町長 北里耕亮(きたざと・こうすけ)さん
特集
北里の原点を訪ねて
そんな人たちが、
この町の未来を明るく照らしている。
全力でがんばっている――
ここで暮らすことを選び、夢をかなえるために
いや、知っているからこそ、
都会を知らないわけではない。
大好きな故郷だから、
笑顔で
夢と向き合える
小田翼さん夫妻と子どもたち。
ジャージー牛はおとなしい性
格で、見た目も非常に愛らし
い。小国町で飼育される乳
用牛はすべてジャージー牛で、
小国産の牧草を主な餌とする
ジャージー牛で小国をもっと元気にしたい
酪農家 小田翼さん
小国の特 産品として真っ先に名が挙が
るのがジャージー牛乳だ。小国では今から
年前にジャージー牛が導入され、現在、
件の農 家で約 1200頭が飼 育されて
いる。
小田翼さんは、祖父の代から 代に渡っ
てジャージー牛を育てている酪農家。熊本
の農業大学校を卒業後、家業を継ぎ、現在
頭を両親や奥さんとともに世話している。
ジャージー牛 乳は乳 脂 肪 分が多いのが
特 徴だが、小国産の牛 乳は、平 均 %と
特に濃 厚。そのまま飲んでももちろん美
味しいが、小田さんのおすすめは飲むヨー
グルト。
「製法からして全く違う」という
自慢の一品は、とろりとした飲み口で、乳
の美味しさが濃縮されている。
「わが家ではジャージー牛乳に酢を入れ
てつくる牛 乳豆腐 もよく 食べます。醤 油
をかけておかずにしてもいいし、デザート
にもいい」と、小田さんはとっておきの味
わい方も教えてくれた。
この特 産のジャージー牛 乳 をもっと盛
り 上げていこう と、小 国では 2013年
6月に第一回の「小国郷J1グランプリ」
を開 催した。小 国ジャージー牛 乳 を使っ
たオリジナルレシピを募 集し、新 名 物 と
なるような優秀作を選ぼうという企画だ。
ドイツの技と地元材料で、本物の美味しさを
ハム・ソーセージ製造販売店
杉本和喜さん・尚子さん
タリー番組に釘づけになった。紹介されて
いたのは、ドイツの養豚家が飼育から解体、
ソーセージ作りまで一貫して行っている様
子。その仕事ぶりに憧れた杉本さんは、小
国高校を卒業後、1997年に単身ドイツ
に渡る。そこでドイツ語を勉強しながら、
現地の肉屋でドイツ人の若者に交じって修
業に打ち込み、3年後に職人の資格を手に
入れた。その後、日本に帰国して中学時代
の後輩だった尚子さんと結婚。夫婦で再び
渡独し、2007年、職人の最上位資格で
あるマイスターを取得した。
日本に戻って 2年間の準備期間を経た
2010年、杉本夫妻は小国町西里に、ハ
ム・ソーセージ店「デュッセル」をオープン。
小国 杉で建てられた店 舗で、地元の養 豚
場から直 接仕入れる安心の肉を使った本
格的なソーセージやハム、ベーコンを製造、
販売する。
北里の原点を訪ねて
、町 内 外 か
小田さんも、小国郷の青年農業者グルー
プのリーダーとして、このイベントの実行
委 員を担当。応募レシピ数
本場で腕を磨いたマイスターが、山の中
の小さなお店に 人もいる。普通はあり
で提供している。
ながら、週末に手作りのパンをデュッセル
る。普段はハム、ソーセージ作りを手伝い
国 出 身の若 者、佐 藤 太地さんも 働いてい
デュッセルには、杉本さんに触発されて
ドイツでパン作りのマイスターとなった小
NAも関係しているのかもしれない。
頑固に信 念 を貫 く「 肥 後 もっこす 」のD
づくことはない。このこだわりの根底には、
える 接 客 」 を 大 切 に す る 杉 本 夫 妻 が う な
聞かれる。しかし、
「手作り」と「顔の見
売すれば絶対成功する」という声 も多く
らは「 都 会に店 を 出したり、ネットで販
訪 れるよ う になった。そんなお 客 さんか
の人はもちろん、県外からのリピーターも
可 愛いジャージー牛 をやさしく 見つめ
ながら、小田さんは力強く語ってくれた。
いいですね」
郷 をもっと魅 力 的に発 展させていけたら
製品を扱う会社やお店が一体となって、故
れると思 うんです。牛 を育てる農 家と乳
いから。そのためにジャージー牛も力にな
「私がこうした活動に積極的に取り組む
のも、大 好 きな 小 国 を元 気にしていきた
成功を収めたイベントを支えた。
らの来 場 者は 1000人以上を 集め、大
58
4.5
「 材 料 は 新 鮮 な 肉 と 塩、ハーブのみで、
保 存 料や結 着 材は一切 使いません」と杉
本さんは胸を張る。
10
11
3
今から 年ほど前、小国の中学生だった
杉本和喜さんは、テレビのあるドキュメン
25
ドイツ仕込みの職人が作るデュッセルの
商品は、またたく間に評 判 を呼び、地元
特集
てしまう。小国とはそういう場所なのだ。
得 ない話 だが、この町 ならなぜか納 得 し
2
O G U NI
杉本尚子さんと、パン職人の佐藤太地さん。この日、ご主人の和喜さんは所用で留守。
小国杉が香るおしゃれな店内では、地元産の材料を使ったソーセージなど特徴ある商品をいろいろ扱う
20 55
80
特集
生誕の地に建つ文化拠点
人が集い、学び、つながり合う、
子どもから大人までの幅広い層を対象に
団組織が中心となり、小国を舞台とする
の里」だ。1996年に誕生したこの財
北里の原点を訪ねて
北里柴三郎が生まれた小国町の北里地
区は、古くから私塾や私立中学校が開か
れるなど、教育熱心な土地として知られ
る。この場所に 1916年、柴三郎は「学
習」と「交流」の理念を体現する 2 つの
施 設、「 北 里 文 庫 」 と「 貴 賓 館 」 を 建 て
て地元に寄贈した。
小国町では 1987年、北里研究所と
活力をもたらす文化・交流事業、さらに
小国で学びたい、暮らしたい、
北里の原点を訪ねて
もたらしています。
は、現 在
も小国町
住民の精
神的支柱
いう何ものにも代えられない財産を小国に
出してきました。これは人材ネットワークと
講し、これまでに 2300人もの人材を輩
都市と農村をさまざまな形で結びつける
「ツーリズム」の実践者を育成する講座を開
ています。
文化の発信拠点として、大きな役割を担っ
団 法 人学びやの里」は、小国町の教 育や
労 者です。その理 念 を 受 け 継 ぐ「一般 財
の 敷 設 に も 貢 献 を さ れ た 地 域 発 展の 大 功
里文庫や貴賓 館を寄 贈し、さらには鉄道
であると同 時に、実 際に地元のために北
を支えています。
北里柴
三郎博士
里研究所相談役による講演が行われた。
は、木魂館にて柴三郎の孫の北里一郎北
たな出発を祝った。セレモニーの終了後
気者くまモンも登場して、北里文庫の新
い思い出話を披露した後に、熊本発の人
どが多数来館。地元の原山勝氏が懐かし
の関係者のほか、地域の住民、小学生な
20
した体験学習や研修のサポート、地域に
これらの施設を運営しながら、博士の
理念を生かしたまちづくりや人材育成を
は住民福祉事業など、さまざまな活動を
公開初日の 7月 日に行われたセレモ
ニーには、熊本県や小国町、北里研究所
推進しているのが「一般財団法人学びや
「北里バラン」を整備した。
泊施設「木魂館」と、食と健康の交流館
もっこんかん
交流を推進する新しい拠点である研修宿
て再生。さらに隣接する土地に、学習と
生家の一部を「北里柴三郎記念館」とし
的な建物と、近くから移築した柴三郎の
北 里 大 学 の 協 力 の も と、 こ の 二 つ の 歴 史
柴三郎の理念を
未来へつなぐ
「学習と交流」
の舞台
展開。ハード、ソフトの両面でユニーク
な地域づくりの先駆けとして注目を集
めるとともに、これらの活動に参加した
り共感した人々からなる、全国的な人的
ネットワークを生みだしている。
2013年 7月
北里文庫がリニューアルオープン
北 里 文 庫 の 誕 生 か ら 間 も な く 100
年を迎える 2013年、歴史的にも価値
ある建物を補修するとともに、館内の展
示を一新する大規模なリニューアルが北
里研究所の協力により実施された。
全面改装された館内には、実験器具を
は じ め と す る 柴 三 郎 の 愛 用 品 を は じ め、
その功績や交友関係などを紹介する貴重
な資料を展示。柴三郎と小国や熊本との
つながりについても写真やパネルでわか
柴三郎の帰省時の居宅や、来賓をもてなす場とし
て建てられた貴賓館。
未来的な外観が特徴の木魂館。近くには芝生の
グラウンドや游学寮(簡易宿泊施設)などもある
12
13
北里柴三郎記念館の敷地に移設されている柴三
郎の生家の一部。杉皮葺きの屋根に歴史が香る
すから。
んあ り ま
がたくさ
ない 魅 力
都 会には
ています。
は充実し
での 生 活
が、 こ こ
ン組です
私自身、都会の大学を卒業して戻ってき
たUター
力を注いでいます。
行政の手の届かない活動にも、学びやの里は
た人々に対するきめ細かな情報発信など、
移住を希望する人が多い土地です。こうし
自然豊かな環境と心温かな人々に囲まれ、
暮 らしやすい小 国は、老 若 男 女 を問 わず
舗開業を支援したりしています。
また、地域に雇用を生み出したり、町外
からの体験学習の受け入れや、小国での店
【北里柴三郎記念館】
<北里文庫> 1916年に北里柴三郎が私財 1 万円余を
投じて設立した図書館。当時の蔵書数は 1,511 冊と記
録にある。現在は柴三郎の遺品や足跡を紹介する資
料館になっている。
<貴賓館> 北里文庫と同時期に、小国杉の大木を使っ
て建てられた 2 階建ての和風木造建築。湧蓋山の素晴
らしい眺望を楽しめる立地、設計となっている。
<生家>坂下屋敷と呼ばれていた柴三郎の生家の一
部を移築、復元している。
【木魂館】小国の伝統的構法「置き屋根」
から発想し
た
「ボックス梁」を採り入れた研修宿泊施設。コンサー
トにも対応する大空間の会議室や、宿泊可能な研修
室などを擁する。
「九州ツーリズム大学」
「おぐに自然
学校」
「うるるん体験教育ツーリズム」など、学びやの
里が主催する多彩な学習プログラムやイベントの中心
施設として活用される。
【北里バラン】
地元の食材を使ったヘルシーな料理を提供するレストラ
ンと、天然温泉施設「博士の湯」がある。
子どもたちが農業を手伝いながら田舎暮らしを体験する「う
るるん体験教育ツーリズム」のワンシーン
一般財団法人 学びやの里事務局長
江藤理一郎(えとう・りいちろう)さん
学びやの里 施設概要
O G U NI
りやすく紹介している。
特集
晴天のもと行われたセレモニーの様子。左から、小野泰輔熊本
県副知事、北里一郎北里研究所相談役、藤井清孝北里研究所
理事長、北里耕亮小国町長
熊本では県立図書館に次ぐ規模といわれた北里文庫。外観も館内(右ページ上写真)も見どころ豊富だ
リニューアルオープンの当日、北里柴三郎記念館には多くの来賓や住民の方たちが集まった
「畑の仕事は面白い」と声をそろえる渡辺温
子さんと太田朋花さんは、下城さん宅でホウ
レンソウの種まきや収穫、選別作業などを
体験。採れたての野菜のおいしさも格別
特集
14
北里の原点を訪ねて
自力で森を開拓し、数棟の家を建て、自給
自足の生活を実践している上野さんにお世
話になった霜田将之さんと高義樹さん。
「森
の中の暮らしは驚きの連続」と目を輝かす
農の現場を体験し、
15
軒の受け入れ家庭
晩宿泊。その間、農作業を体験し
つのペアとなって
に
て 農 業 や 食の大 切 さ を 学 ぶとと もに、
受け入れ家庭や近隣の人々との交流を
図り、人間的成長を促す貴重な機会と
した。
2
小国は学生の
1
OGUNI
第二の故郷になった
北里大学医学部 年生が、
農村実習プログラムを体験
人の健 康 に深 く 関 わる 自 然、環 境、
食 物 な ど を 取 り 巻 く 問 題 を考 えるに
は、農学と医学を関連付けたアプロー
学生の滞在先は、米や野菜の生産農
家 を は じ め、 酪 農 家、 林 業 家 な どで、
手 伝いを す る 仕 事の内 容 も さ ま ざま。
学生たちのほとんどは農業初体験だっ
たが、木魂館での入村式の後、受け入
れ家庭の温かな歓迎を受けて、すぐに
不安は解消。それぞれが自然や生命を
河邉護さんと定兼伊吹さんは、林業や稲作
を生業とする北里さん宅で小国ライフを体
験。安心の地元食材を使った郷土料理もご
ちそうになり、農医連携を胃袋で実感した
チが欠かせない。北里大学はこうした
考えを学びの中で具体化する「農医連
携教育」を、カリキュラムの重要な柱
の一つにしている。
2013年9月、医 学 部 で は 農 医 連
携の重要 性を肌で学びつつ、自然や人
との触れ合いを通じて人間性豊かな医
相手に取り組む農作業の面白さや重要
性を肌で学んだ。
山間部にある中野さんの林で、チェーンソー
を使って薪にするクヌギを切る延命順太さ
んと米山優洋さん。注意力と瞬時の判断
の大切さは、医療の現場にも通じるものだ
堀内勇稀さんと後藤祐一朗さんは、秋吉さ
ん宅で牛の世話や畑仕事を体験。
「夜には
近所の方も訪ねてこられて、楽しく交流で
きました!」と、住民の絆や温かさを実感
栗や稲を育てている菅原さん宅でお世話に
なった金田七重さんと篠﨑杏樹さん。畑に
はイノシシやサルも出るので、侵入防止の電
柵張りも手伝った。もちろん初めての体験
療人の礎を養 うために、学祖の故郷で
ある小国町での農村実習を行った。
1
「命
最 終 日に 行 われ た 退 村 式では、
の大切さを実 感した」
「 もっと 長 く 滞
在したかった」
数 聞 か れ、 教
室では 得 ら れ
ない貴重な
収穫を手に
する体験と
なった。
シイタケ栽培用の原木の積み込みを手伝う
永木文子さんと川島侑希子さん。面倒を見
た明石さん夫妻から「最高の二人。自分の
娘のようです」とうれしい言葉をもらった
などの声 が多
北里の原点を訪ねて
2 日目
記念館の見学
◆北里柴三郎
面後、
受け入れ農家と対
(
式
れ
◆受け入
)
各家 庭へ 移 動
3 日目
実習
◆農家で体 験
・
業 ・ 酪農体 験
・ 田 畑 での農作
ど
な
験
体
・ 林業
肉用牛の世話
4 日目
別れ)
け入れ農家とお
◆退 村式( 受
発
◆小国町を出
これは医学部 年生の必修授業であ
る「医学原論演習」の一環として位置づ
特集
15
1 日目
着
◆小国町に到
ーションなど
拶、 オリエンテ
挨
で
館
魂
◆木
◆バーベキュー
けられるもので、従来から実施されてい
ジュール
農村実習のスケ
た北海 道八雲 牧 場での体 験に
加 え て、 今 回
初めて小国町を
舞台とするプロ
30
グラムが用 意さ
れた。
参加した 名
の学生は 名ず
2
安武さん宅で、雑草刈りなどを体験した小
倉瑞季さんと渡邉万葉さん。
「疲れるけど、
刈り終わるとスカッとします!」
。汗をかいた
後には小国自慢の温泉へ