2008年08月号 - Career Resource Laboratory

慶應義塾大学 SFC 研究所
キャリア・リソース・ラボラトリー
2008 年 8 月 5 日発行
News Letter
vol.7 | August 2008
個人のモラール管理を行う』という組織観によって成立し
組織と個人の関係において
た従業員意識であったと思います。
存在していた「ある前提」
キャリア自律の時代に、どのような
今から 25 年前、私は職務満足や帰属意識の研究に精力
「働く意識」を中核に据えるべきか
的に取り組んでいました。いわば、組織と個人の関係の原
点ともいえる研究です。その帰属意識研究をベースとして、
しかし時代は変わりました。25 年の間に組織と個人の関
様々な企業でモラールサーベイ/職務満足度調査や職場風
係は大きく変化し、キャリア自律という考え方が登場して
土調査を実施してきました。そして、企業によって帰属意
います。私はキャリア自律を「個人が、自分の内なる多様
識のパターンが異なっていることを出発点とし、企業の人
な可能性に気づき、それを現場の仕事の中で開発し、自分
事の方々と求めるべき組織タイプとそこに特徴的に見られ
自身のキャリアを切り拓き、ワーク・ライフ・インティグレー
る従業員意識について意見を交えてきました。
ションを主体的に実践するプロセス」と捉え、キャリア自
律を促進する様々なインフラの提唱と実現に向けた、活動
この組織タイプと従業員意識との関係ですが、成長・拡
大至上主義の企業においては、企業戦士とでも呼べる帰属
を行ってきました。
意識のタイプの方々が多く、官僚主義的な会社では従属安
例えば、
「心に残る上司」教育しかり、キャリア・アド
定型、つまり企業に我が身をゆだねるタイプの方々が多く
バイザー育成しかり、OJD(On the Job Development:仕事
見受けられました。変革・革新志向の企業では自己実現型、
やプロジェクトを通した能力開発・成長 ) の仕組みの提案
即ち自己のやりがい志向の方が多く、企業が独自のカラー
しかり、ライフ・キャリア・サポートセンターの提唱しか
を打ち出せず、主要顧客やグループ会社に依存する会社で
りです。プランド・ハプンスタンスの実践とアプローチと
は功利型、つまり自己の利益を第一に考える帰属意識を
しての進化もまた、個々人の行動を支える上で重要だと考
もった方々が多いといった特徴があり、こうした関係性へ
えてきましたし、ダイバーシティ開発という概念も、単な
の考察をもとに、どのように従業員のモラールを高め、企
る女性活用という次元から踏み込んで、人そのものの多様
業変革に活用するのか、という検討を繰り返して行ってい
性の発揮と捉え、組織の中に定着させることが必要ですし、
ました。
人の多様な力の発揮には人間力の開発が欠かせません。私
ところがそのような組織と個人の関係において、ある前
の個別の活動は、キャリア自律を核にして、相互に関連し
提が存在していたように思います。それは『企業は長期に
合っているのです。
渡って従業員の雇用を保障し、任用し、活用する』という
ここで皆さんにお伝えしたいことは、従来の「長期安定
関係性を前提にした帰属意識や従業員意識であり、
『組織が
雇用を前提とした組織主導型モラール管理」は、従来型の
Opening Article
帰属意識からキャリア意識へ
投資型キャリア意識の重要性
慶應義塾大学 SFC キャリア・リソース・ラボラトリー 代表 花田光世
CRL News Letter | August 2008
働く人の組織満足を説明できても、上に述べた「キャリア自
このデータの意味には重いものがあると直感しました。調
律に基づく個人のキャリア開発」を念頭に置くと、これから
査対象者は、必ずしも現在の企業に長く勤めた人ではありま
の自律型組織における個人の働く意識、満足の向上には十分
せん。転職をした人であり、中にはいろいろ転職を繰り返し
に対応できない、という私の認識・ジレンマです。この考え
てきた人たちもいます。この結果は、そうした背景を持つ人
を当然とお考えになる方もおられるでしょうし、いや、従来
たちが、自己の成長や将来のキャリアの可能性が拡がってい
型の帰属意識や職務満足なくして、個人の意識を組織に向け
くという感触を得た時、組織に対して、仕事に対して意欲を
ることはできないのでは、という懸念を持たれる方もおられ
もって取り組めるようになる、
ということにほかなりません。
ると思います。
流動化の時代、そしてキャリア自律の時代、何が組織や仕
流動化が進展しているこの時代に、どのような人事施策を
事への満足を高めるかを考えたとき、一人ひとりの社員が仕
を採用し、どのような「働く意識」を組織と個人の関係の中
事を通じて、自分自身が成長しているという実感をどのよう
核に据えるべきなのか、それをどう可視化できるのか。この
にもってもらえることができるのか、さらには長期にわたっ
問いに答えることこそが、キャリア自律をさらに進化させる
て、自分のキャリアの可能性が拡がっていく感じを持っても
上では必要不可欠であると考えますし、私は「キャリア意識」
らえるのか、またお互いの成長にどう、メンバー同士が係り
こそが、この解なのではと考えています。
合いを持ち、相互に支援しあえるような風土を構築できるの
か。これが個人の意欲の向上と組織の活性化につながる重要
調査から浮かび上がった
な課題であり、人事・教育・キャリア担当者が重視せざるを
組織や仕事に対する満足度の3要因
得ない重要なポイントなのだと考えます。
このようなキャリア意識を育むことこそが、これからの
この考えに行きついたひとつのきっかけは最近実施した、
キャリア開発、組織の活性化にとって重要なテーマだと、私
転職に関する調査からでした。転職者の組織や仕事に対する
は考えます。
意識・満足に関しての、大規模な調査をラボで実施しました。
私どもはこの満足に影響を及ぼす要因として、「希望通りの
キャリア自律意識の醸成に向けて
仕事につけた」、「前職よりもより良い条件の報酬をうること
仕組みやプログラムをモデル化する
ができた」などを予測していました。ところが実際にデータ
を分析したところ、この二つの要因よりも、さらに強い影響
帰属意識からキャリア自律意識へ。これが、これからの自
を満足度に与え得る要因が浮かび上がってきました。①成長
律型組織における重要な働く意識であり、長期にわたり、ラ
実感、②キャリアの幅の拡がり感、③互いに支援しあう風土
イフキャリアの視点から自分の成長に向き合い、気づき、自
の存在の3要因です。
ら開発し、キャリアの幅の拡がりを自分で投資的に可視化で
このデータ分析からの考察に私は深く考えさせられまし
きる仕組みやプログラムの開発が必要不可欠であると考え、
た。転職者が新しい職場、組織で満足感をもつかどうかは、
それを投資型キャリアプログラムと位置づけました。
①日常的に成長を実感できるような仕事につけているか(短
私はキャリア自律のこれからの展開には、この仕組みやプ
期的視点)、②将来につながるキャリアの幅の拡がり感をも
ログラムを、①変革型組織(Learning Organization)
②投
てるかどうか(長期的視点)、そして、③現場において、互
資型キャリア自律プログラムの提供 ③キャリア自律意識の
いの成長にかかわりあい、刺激し合い、相互に支援を行うこ
醸成 という、組織風土、開発プログラム、個人の意識の統
とのできる職場環境があるかどうか(現場の人間関係)が重
合という視点で整理し、モデル化することが必要不可欠であ
要という問題指摘の可能性だと考えました。
ると考えています。
August 2008 | CRL News Letter
TOPICS
次世代経営者に求める5つの視点
慶應義塾大学大学院 政策 ・ メディア研究科教授
伊藤良二 キャリアラボでは、本年度から「CRL オムニバス研究会」を開催しています。この研究会は、キャ
リアラボ所属の教員、研究員がオムニバス形式で各専門分野の話題を提供しディスカッションを行う
研究会です。5月のオムニバス研究会では伊藤良二教授に、長年にわたって広範な分野で企業変革や
事業提携戦略のコンサルティング業務に従事してこられた経験から、経営者が次世代経営者に求める
視点について、お話しいただきました(講演を一部加筆修正しています)。
text -志水聡子
持っていただきたいと思います。例えば次世代経営者がトッ
トップは次世代経営者に何を期待しているか
プマネジメントを担う時代に必ず顕在化する問題として、次
のようなトピックスを考える必要があります。
長らく日本企業のトップマネジメントのコンサルテーショ
ンを行ってきましたので、現在の経営者が、どのようなこと
(1) アジアの台頭、技術の進歩
2050 年に BRICs が G6 を抜き、TVT(トルコ、ベトナム、
に悩まれ、どのような意思決定に苦労されるのかということ
をある程度理解していると思います。今日はそのようなトッ
タイ)も成長するといわれています。そのような環境変化の
プマネジメントの観点から、次世代経営者に必要な視点につ
中で、インドや中国を市場と捉えるか、コラボレーションの
いてお話したいと思います。
パートナーと捉えるか、アウトソーシング先と捉えるか、い
昨今、経営者の皆様にとっての一番の悩みは「成長」です。
ろいろな見方ができると思います。
成熟市場の中で、既存事業や新規事業をどのように捉え、ビ
ジネスの基盤を組み立てていくべきかというテーマは、各社
(2) 高齢化の意味
共通の課題です。コンサルティグ業務を通してそのような
2020 年までに 550 万人の労働力人口が不足すると予測さ
ディスカッションを経営者と行っていると、現在の経営者が
れており、この労働力不足の穴埋めには、2 ~ 3%の労働生
将来会社を背負って立つ人に何を期待しているのかが見えて
産性の向上が必要だといわれています。今後仮にスーパーイ
きます。また、過去のリーダーが企業変革や企業再生をどの
ンターネットのようなものが開発されて労働生産性がアップ
ように行ってきたのかということも併せて考えると、私は次
したとしても、2~3%の生産性向上は難しいでしょう。少
世代経営者には、これから述べる5つの視点が非常に重要な
なくとも、女性、シニア、外国人の活用は必須であり、その
のではないかと思います。
ためには多様化へのマネジメントの意識改革や新たな組織構
造のデザインを考える必要があると思います。
5つの視点①:世界観
(3) 豊かさの行方
2020 年を想像してみてください。あなたは何歳になって
グローバルなレベルで、貧富の格差は今後ますます広が
いて、どのような生活、働き方をしているでしょうか?
るといわれています。豊かになると消費者行動において非必
今から 15 年前を振り返ってみると、15 年間という歳月
需品、嗜好品が大幅に増えます。非必需品の消費では、「婚
で世の中がかなり変化することがわかります。15 年前とい
約者にダイアモンドを買うか、スポーツカーを買うか」ある
うと、一番搾りやちびまるこちゃん全盛期で、バブルがはじ
いは「2代目の冷蔵庫を買うか、休暇の旅行に使うか」とい
ける直前の時代です。あの時、失われた 10 年を誰が想像し
うようにジャンルを越えた商品が競合になったり、ベンツに
たでしょうか。その後この 15 年の間に、民営化や規制緩和
乗って 100 円ショップに行ったりするなど、消費者行動が
が進み、企業は売り上げ至上主義から利益重視へ、年功序列
ますます多様化します。様々な業界で消費者行動が多様化す
から能力主義になりました。ガバナンスに対する認識も変化
る中で、企業の対応力が問われると思います。
しました。
次世代経営者の方には 15 年先の世界環境をイメージして、
(4) 第4の波
自社の将来の礎や存在意義をどのように築くかという展望を
第4の波とは、ダニエル・ピンク著の「ハイ・コンセプト」
CRL News Letter | August 2008
に出てくる話です。地球の裏側との通信コストがほとんど
全部売るなど、徹底した実行力を発揮しました。彼は「トッ
ゼロになり、途上国で優秀なナレッジワーカーが何百万人
プは “ 起(おこす)業家 ” であるのと同様に “ 企(くわだてる)
も生み出されてくる時代になると、わが国はますます左脳
業家 ” にならばければならない」と述べています。
的ルーチンワークをコストの安い海外に移行し、戦略の組
成功する起業家には「三度の飯より事業が好き」
、
「仕事に
み立てや顧客との関係構築に注力することで、グローバル
対する執念としつこさ」
、
「チャレンジ精神(リスク・テーキ
レベルでの競争優位性を確保することが重要になります。
ング)と危機意識」
「強烈な個性とバランス感覚の共存」、
、
「商
少なくとも北米やヨーロッパの労働環境がそのように変化
売人」など、
典型的な行動パターンや思考の特徴があります。
すれば、グローバルな競争に勝つために日本でも変化を余
次世代経営者は、大企業病に打ち勝っていくために、このよ
儀なくされるでしょう。
うな起業家精神を持ちながらアクションオリエンテーション
を徹底することが求められます。
5つの視点②:創造力
5つの視点⑤:信念と意志
既存の分野だけでは企業として成長することが難しいと
き、事業領域を再定義し、新しい事業をその会社らしくク
正解がない中で最後の意思決定を行うのはトップであり、
リエイティブに構築していくことが必要になります。
次世代経営者には強い信念と意志が必要です。大久保利通、
クリエイティビティを阻害する一番の要因はメンタルブ
サッチャー、ガンジー、リンカーンなど、過去のリーダーを
ロックです。人は必ずルールをつくりますが、ルールは、
研究すると、それぞれに強い意志や信念があり、多くを学ぶ
一端できあがると、思考を縛り硬直化させる側面を持って
ことができます。そういった過去のリーダー達の意思や信念
います。経営者が今までの枠組み、概念を取り払って柔軟
を次世代経営者の教育に取り入れることも重要だと思いま
な思考で考えるためには、時としてルールに挑み、メンタ
す。
ルブロックを破壊する力が必要です。
世界観を捉える2つの軸
5つの視点③ : 求心力の醸成
以上の 5 つの視点の中で、日本企業の次世代経営者に圧
ノキアはかつて紙やゴムやタイヤ、電気製品も作ってい
倒的に足りないのは世界観だと思います。一体何が世界観の
ましたが、ある時それらをやめて通信事業に一点集中する
醸成を阻んでいるのでしょうか。
大転換を行いました。この大転換を組織として徹底的にや
“ 世界観 ” と言うときに、私は2つの軸で考える必要があ
り抜くために、ノキアは組織の求心力を醸成しなければい
るのではないかと思っています。1つは地理的な広がり、も
けませんでした。それなりに売上をだしていた事業さえも
う1つは時間軸での広がりです。
全て撤退するとなると、当然、従業員から不信感がでてき
前者におけるグローバル意識の欠如は、日本人特有の島国
ます。この不信感を払拭できなければ、ノキアはこの大転
根性がその根源にあるような気がします。全社売上の 80 パー
換を成功へと導くことは難しかったでしょう。
セント以上を海外で売り上げている世界を代表するような会
企業の打ち手は、従業員のサポートを得て、一人ひとり
社でも、そのトップマネジメントの方々のマインドシェアの
が仕事にプライドやこだわりを持ち、時間や労力を投資す
ほとんどは国内市場にあると当該会社の CEO が悩んでおら
るようなコミットが得られるようになることで、飛躍的な
れました。
これは上記したように、一度日本を外から眺めて世界的視
効果につながります。しかしそれほどまでの組織求心力を
点から俯瞰する機会を実体験しないとなかなか払拭できない
醸成するには、様々な方法論や考え方が必要になります。
明確なビジョンを打ち出すとはどのようなことか、企業
感覚です。しかも海外に出ても、日本人村で仲良くクローズ
として一塊になる意味とは何なのかなど、どのように組織
トソサエティで過ごしていては、外国人からの日本への(人
求心力を醸成するのかを次世代経営者は考える必要があり
によっては差別的な)感情も理解できないし、ガチンコでの
ます。
外国人との折衝経験を積まないと日本人の奥底にある外人コ
ンプレックスは拭えません。
この辺の感覚が海外で会社を買収する際に、PMI(ポスト・
5つの視点④:行動力 (Action Orientation)
マージャー・インテグレーション)に失敗する理由の1つに
インテルがメモリ市場において日本のメモリメーカーに
なるように思います。日本企業のトップマネジメントのマイ
シェアを奪われ、マイクロプロセッサ市場で戦うことを決
ンドシェア、人事部のマインドシェアがどこにあるかという
めた時に、アンドリュー・グローブは不要になった工場を
点を常に意識する必要があると思います。
August 2008 | CRL News Letter
2つ目の軸である時間軸については、オーナーシップをど
のように次世代経営者候補の人たちに持ってもらえるかとい
うことに尽きます。サラリーマン的な意識からは中長期的観
点から当該企業の行く末を真剣に考えるという発想はでてき
にくくなりがちです。会社のオーナーであれば、短期的業績
以上に会社の中長期的な成長が気になるはずです。4半期決
算ごとの業績説明、IR活動ゆえの短期的視点に偏りがちな
目線をどのようにより長いスパンでの事業環境変化へ向けら
れるか、5年先、10 年先の大きな流れを読みながら、その
伊藤良二 意味するものを事業展開の中へ反映させていくかという事な
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 教授
どが課題になります。
慶應義塾大学工学部卒業、 シカゴ大学経営大学院修士課程修了
後、 マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。 同社パートナーを経て、
UCC 上島珈琲株式会社の経営企画、 商品開発担当取締役に就
任。 その後、 シュローダー ・ ベンチャーズの代表取締役、 ベイン ・
アンド ・ カンパニーの日本支社長を経て現在に至る。
理想論をいえば、会社の株(それもオーナーシップを意識
できるぐらいの株数)を次世代経営者候補の方々には早い段
階からもっていただきたいと思います。オーナーと雇われ経
営者では目線の広さと高さがおのずと違い、これから必要な
目線はオーナー経営者の目線ではないかと思うのです。
求心力を醸成するために
次世代経営者教育で大事だと思うのは、第1に、経営者の
世界観に加えて、もう一点、補足しておきたいのが求心力
視点と意識をどのように体得するか、第2にそれに合ったス
の醸成についてです。求心力の醸成はなかなか難しいテーマ
キルと知識をどう醸成するかという2点にあろうかと思いま
ですが、経営者の方々に一つ申し上げたいと思うのは、何も
す。後者のスキルや知識は研修で一部補完できますが、前者
求心力の醸成をお一人で全部やられる必要はないということ
はなかなか難しい課題です。私が最も有効だと思うのは、よ
です。
く言われるように、経営者としての環境設定を作って、実際
求心力を醸成するためには、その求心力の軸となる共有す
に任せてみるということにつきるのではないかと思っていま
べき価値観を明確に打ち出し、それを啓蒙していくというこ
す。具体的には、どんなに小さくてもよいので、海外の特定
とが重要ですが、その実行を自分とともにリードするあるい
の国、あるいは地域でのオペレーションの責任を担っていた
は共に担いてくれる伝道師をいかに見つけるかという事がポ
だくということでしょう。国内では駄目だと思います。なぜ
イントになると思います。
ならば、①本社を外から客観的に観る経験、②特定の国のオ
ヴァージンの創業者ブランソンには彼の意を汲む7、8人
ペレーションの主となってオーナーシップをもつ経験、③組
の使徒がいると言われていましたが、自分の意を組織の隅々
織を率いて課題解決を実際に行なう経験の3つが、次世代経
まで自分と協力して、或いは成り代わって伝道してくれるコ
営者としての資質を向上させる機会になると思うからです。
アの人たちをどのように醸成するかということが大事ではな
さらにそれに加えて必要なのは、メンターの存在です。悩
いかと考えます。キリスト教の伝道と同じです。
んだり、壁にぶつかったりした時の相談役としての師匠的人
価値観や基本思想が明確になっても日々のオペレーション
材をアポイントする必要があります。当該人材は内部の方が
の様々な課題に直面したときに、その思想をどのように適用
好ましいですが、外部人材でもよき相談役になれる人がいれ
して具体的判断に落とすのかということが解らないと、その
ばそれでよいと思います。キヤノンの御手洗さんも(米国駐
コアの考え方も組織に浸透しません。そのためには自分の意
在時代)
、トヨタの奥田さんも(フィリピンの駐在時代)、松
を汲んで、具体的判断や意思決定の範をたれてくれる人たち
下の中村さんも(中国駐在時代)もそのような環境設定とメ
の協力が不可欠です。その繰り返しの積み重ねがやがて組織
ンターとのインタラクションの中で、経営者としての大きな
の求心力の高まりとなって具現化していくものと考えます。
視点と問題解決能力を熟成されたのではないかと考えます。
日本IBMのように次世代の若手経営者候補をCEO補
佐として日本を離れて海外本社へ送り込むというのも、オー
次世代経営者が5つの視点を磨く方法
ナーシップこそ担保できませんが、経営者の目線や意識を間
最後に、次世代経営者がこれらの 5 つの視点を磨くために、
近で観察するという点、ならびに日本のオペレーションを世
どうすればいいかということについて私の考えをお伝えした
界的視点から観る機会を得るという点で有効ではないかと思
いと思います。
います。
CRL News Letter | August 2008
ライフタイムキャリア ・
キャリア支援先進企業
サポートへの取組
エクスプローラー
NEC(日本電気)の人事部シニアキャリアアドバイザ、
堀内泰利さんに大学の授業「ライフキャリア論」で
お話を戴きましたので、そのご紹介をしたいと思いま
【第3回】 NEC (日本電気)
す。NEC では 2002 年から「ライフタイムキャリア・
サポート」を打ち出し、様々な施策をとってきました。
堀内さんはその中でも中心的役割を担っておられる一
人事部 シニアキャリアアドバイザ 方で、一個人としても 2006 年から 2008 年 3 月まで、
堀内泰利 氏
大学院のカウンセリングコースに属し、ご自身のキャ
リアをブラッシュアップしておられます。
( 聞き手& text:宮地夕紀子 )
イバルとなる米国の IT 産業で働くホワイトカラーの働き
イノベーションへの情熱を持つ
方、意識はどうなのだろうか、と目を向けてみると、彼ら
のキャリア意識や学習意欲、自分のキャリアに対するコ
まず簡単に NEC についてお話したいと思います。実は、
ミットメントは、我々のそれに比べてはるかに高いことに
NEC は米国のウェスタン・エレクトリック社 ( 当時、現ア
気付かされました。それは若い世代だけではなく、40 歳
ルカテル・ルーセント社 ) との合弁企業からスタートして
や 50 歳になっても同じで、学ぶ姿勢は変わらない。変化
います。これは日本初の外国資本との合弁企業という歴史
する環境下、この個々人の意識の高さ、学び続ける姿勢そ
を持っており、当時は電話機と電話交換機が主たる製品
のものが競争力であり、NEC のイノベーションにとって
でした。現在は IT サービス、システムインテグレーショ
も重要なテーマだと考えました。
ン、ネットワークシステム、といった IT/ ネットワークソ
お話したように、NEC にとって重要なイノベーション、
リューション事業、半導体や電子部品といった電子デバイ
これを担うのは働く一人ひとりです。つまり、NEC 社員
ス事業、そして皆さんにとって一番なじみの深いであろ
のキャリア自律を支援すること、すなわちライフタイム
う、パソコンやモバイル端末、携帯電話といったモバイル
キャリア・サポートは、個人のみならず、組織の競争力に
/ パーソナルソリューション事業、この3つが主たる領域、
貢献する施策として意味があると考えました。
商品・サービスとなっています。
" イノベーションへの情熱 " は NEC グループバリューの
節目研修の意味
1 つです。2001 年、世界で初めて 3G サービスの携帯端
末を開発、2002 年には世界最速コンピューター(いわゆ
コンセプトとしては上の通りですが、具体的な施策はど
るスパコン)地球シミュレーターを開発、これは「スプー
うかと言うと、大きく分けて研修と 1 対 1 の面談があり
トニクと同じ脅威だ」と評されるほどの NEC の仕事でし
ます。社員向けの研修の代表は節目研修で、職業人として
た。扱う " 商品・サービス " は時代の過程で変化していま
の発達過程における「節目」にこちらから介入する方法で
すが、どの時代においても、イノベーションへの情熱は
す。
NEC の原動力であり、今もそれは変わっていません。
30、40、50 歳の各年齢において、それぞれのライフス
テージごとに沿ったテーマを集合研修で実施しています。
30 歳と 40 歳は基本的に任意参加ですが、2007 年の 30
ライフタイムキャリア・サポートという発想
歳研修は 4 割以上が参加しました。40 歳は多忙な分参加
少し話題を変え、ライフタイムキャリア・サポートが
率は下がりますが、それでもおよそ 4 人に 1 人は参加し
NEC においてどのような流れで生まれたかについてお話
ています。50 歳は管理職の参加を必須にしています。こ
します。
れは、管理職に部下の育成という役割がある以上、管理職
NEC の組織としての人材戦略を考えるにあたって、ラ
自身がキャリアをデザインすることは必須だと考えるから
August 2008 | CRL News Letter
です。
キャリアアドバイザの役割として、個別面談だけでなく、
研修も担当することに意味があると思います。
1 つには、意識が高い人は自分から課題を持ってきてく
れますが、必ずしもそういう人だけではないということが
あります。日々の業務に追われ、仕事の問題意識はあって
も自分のキャリアに対して問題意識をなかなかもてない人
もいます。そういう人には研修で気付いてもらうような、
仕掛けを用意する必要があるからです。
もう 1 つは、いきなり面談ではなく、研修でアドバイ
NEC 人事部 ザと顔合わせをしてみて、この人にもう少し個別に相談し
シニアキャリアアドバイザ
てみようかな、というきっかけにもなり得るということで
堀内 泰利さん
す。最初から面談というのはハードルが高く、ワンクッショ
ンを置くという意味もあると思います。
1 対 1 の相談機能
次に、1対1の相談機能ですが、NEC のキャリアアド
トできずに終わる場合もあります。
バイザは守秘義務を厳守する立場を取っており、専任体制
ですから、上司と合わない、職場の人と合わないといっ
をとっています。当初 10 人体制でしたが、6 年の間で定
た目の前の悩みはもちろんありますが、その人が NEC で
年退職したアドバイザもおり、現在は 8 名が活動してい
どうしたら活き活きと仕事に取り組めるか、そのためにア
ます。組織として人事部になってはいますが、物理的に活
ドバイザは何ができるかというアプローチを忘れないこと
動場所は人事部と離れているのが特徴です。
だと思います。
業務を開始以来、来談者はおよそ 2,500 名、面談の回
数は 4,900 回弱ですので、単純に計算すると、平均約 2
これからの課題
回の面談回数ということになります。2007 年度は人材公
募のプロセスにおいて、一部の対象者(入社 3 年未満の
NEC 本体と NEC エレクトロニクスの社員が施策の対象
社員)に面談を必須にしましたので、大幅に人数が増えま
ですが、28,000 人のうちの 11,000 人が研修か相談に来
した。9 割は直接会っての面談で、メールや電話で対応す
ており、何らかの形でキャリアアドバイザの事業に触れて
ることもありますが、それは 1 割未満です。
いることになります。ですから、当初よりは認知が高まっ
内容は本当に多様ですが、大前提として、来談者にはこ
て「キャリアアドバイザ? うちの会社にそんな機能があ
れからのライフキャリアを前向きに考えたいという願い
るの?」ということは無くなってきているように感じてい
が、大きなテーマとしてあると思います。持ち込まれる具
ます。
体的なトピックになると、異動希望や人材公募にあたって
これからの課題の1つは、組織支援機能の強化です。今
の書類の書き方、面接の練習といったものから、キャリア
は、例えば新任監督者研修で新しく「部下」を持つことに
の方向性が見えない、このまま仕事を続けることに対する
なる社員に対して、部下の育成とはどういうことなのか、
不安や疑問といった漠然としたものまで、様々です。
部下との面談とはどんな風に進めたらよいのか、ひとりひ
そうした具体的トピックを持って社員はアドバイザの
とりの部下が抱えうる悩みや相談にはどんなものがあるの
ところに来ますが、必ずしもそれらが直接解決するとは限
か、それにどう対応していけばよいのか、ということにつ
りません。もちろん、行動計画を作ったり公募に応募した
いて、面談から得られたケースを使いながら説明していま
り、というアクションが結論として出てくる場合もありま
す。実際のケースを使うことでより実践的になりますし、
すが、面談でアドバイザと一緒にこの状況を考えることで、
加えて外から持ってきたケースではなく NEC からまさに
現状を肯定的に受け入れ、新たな出発を決意する人もいれ
出てきているケースですから、文脈もより臨場感に溢れま
ば、少しイライラしている状態が心の浄化プロセスを得て
す。
落ち着き、元気を取り戻すという場合もあります。ただ、
今後は、相談業務から見えてくる職場マネジメント問題
1 割程度はキャリアアドバイザとしてあまり上手くサポー
についての問題提起やフィードバック、さらには組織全体
CRL News Letter | August 2008
が活性化されるようなサポートとして、どんなことができ
願書を提出しました。
るのかを考えたいと思っています。最近はワークライフバ
結果合格し、2 年間茗荷谷の大学院に通って、今年の 3
ランスというテーマが NEC でも持ち上がってきています。
月に修士号を取得したばかりです。研究テーマは、
「キャ
職場、キャリアを取り巻く環境も変化していく以上、それ
リア自律がキャリア充実感、組織コミットメントに与える
らを取り入れたサポートを開発することが必要です。
影響」
。質問紙でデータ収集し、分析してわかったことは、
「キャリア自律意識が高い人は、充実感も高く、組織への
自身のライフタイムキャリア:
コミットメントも高い」ということでした。NEC での取
カウンセリングを大学院で学ぶ
り組みは、間違っていなかったという 1 つの証だと思っ
ています。
最後に、私自身のキャリアについて少し、お話ししたい
最近思うのは、大学院に居たときは、授業料ももったい
と思います。実は大学の専攻は経営学で、心理学ではあり
ないですから、
必要単位以上履修して勉強しましたけれど、
ませんでした。それでもキャリアアドバイザの仕事をして
一旦出てしまうとその勉強の「クセ」のようなものがあっ
いて、人事の経験は長いものの、これでいいのかなという
という間に消えてしまいかねない、ということです。意識
問題意識は持っていました。そんなとき、筑波大学の社会
しないと、なかなか継続的に学ぶというのは大変なことだ
人大学院のカウンセリングコースの募集情報を目にしまし
と実感しているところですが、これからもキャリアに関す
た。締切は数週間後。迷うよりはとにかく出してみようと
る学習と研究を継続し、実践に活かしていきたいと考えて
思い、家族にも言わず、数週間で研究計画書を書き上げて
います。
CRL Information
人材育成学会第 6 回年次大会 SFC で開催
来る 12 月 6 日(土)に、人材育成学会第 6 回年次大
会が慶應大学湘南藤沢キャンパスで開催されることに
なりました。大会テーマは「これからの人材育成を考
える-キャリアステージごとの視点から」です。多様
なライフキャリアにどう個人、企業組織が関わってい
くことになるのか、キャリア・ステージごとにそれぞ
れの課題や人材育成のあり様について、考えてみたい
と思います。すでに会員の方も、会員でない方も、こ
の機会にぜひご参加ください。
(発表者となるには、人材育成学会会員になることが要
件となります)
日時 : 2008 年 12 月 6 日 (土) 9 : 30 受付開始
会場 : 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス
〒 252-8520 神奈川県藤沢市遠藤 5322
発行 交通 : 湘南台駅 (横浜市営地下鉄 / 小田急江ノ島線 / 相
慶應義塾大学 SFC 研究所 キャリア ・ リソース ・ ラボラトリー
鉄いずみ野線) からバス 15 分、 辻堂駅 (JR 東海
神奈川県藤沢市遠藤 5322 ニュー棟 舘内ハウス
道線) からバス 25 分
TEL 0466-49-1042 FAX 0466-49-1047 実行委員会 : 委員長 花田 光世 (慶應義塾大学教授) http://www.crl.sfc.keio.ac.jp/
実行委員会事務局 : 慶應義塾大学 SFC 研究所
キャリア ・ リソース ・ ラボラトリー
発行人 花田光世 大会事務局メールアドレス : [email protected]
編集長 宮地夕紀子
編集 志水聡子
年次大会の情報は随時、 下記人材育成学会ホームページ
Ⓒ All Rights Reserved Career Resource Laboratory,
にアクセスの上、 入手ください。 http://jahrd.jp/
August 2008 | CRL News Letter
Keio Research Institute at SFC