[報告] 厚板SA440鋼の四面BOX・サブマージアーク溶接実験 − 溶接諸性能に及ぼす自己溶接熱による保温効果 − * 沼 田 俊 之 ** 長 久 靖 典 *** 橋 田 知 幸 **** 藤 平 正一郎 1.はじめに 近年,超高層建築等の大型構造物における高層化及び大 スパン化に伴い,柱部材の鋼材に対する高強度化,及び板 厚の極厚化へのニーズが増している.高強度化については, 開先形状(各試験体共通) 従来より建築構造用高性能590N/mm2 級鋼(以下,SA 4 4 0 と 呼 ぶ ) が 用 い ら れ て お り, 特 に 柱 材 で は S A 裏当金 440鋼材をBOX状に組み立てた四面BOX構造の柱が 矢視B スキンプレート(t80) 820 採用されている. 1170 80 4面BOX柱の角継手の溶接には,一般に大電流サブ B 25 マージアーク溶接法(以下,SAWと呼ぶ)が適用されて 25 625 いるが,大電流SAWによる1パス溶接での施工可能な最 545 大板厚は,現状では60mm厚(タンデム溶接)までとなっ 12φ孔 ている.SA440鋼材等に対する60mm超の厚板溶接施 工の場合には,開先ルート部側にCO2 下盛り溶接を施し 640 80 た後に,SAWによる溶接を行う2段階の施工方法等が採 用されている. 拘束板(t9) 250 648 272 スキンプレート(t80) 1) 図−1 試験体形状 一方,板厚80mmでの多層SAWを行った場合において, 一部の継手性能の溶着金属の引張り特性で,許容値を満足 表−1 供試鋼材の化学成分(SA440C) (Wt.%) C Si Mn P S Cu Ni Cr Mo Nb B Ceq 0.06 0.23 1.56 0.006 0.002 0.43 0.41 0.22 0.08 0.02 0.01 0.40 しない事例があることが報告2)されている.これらの報告 の中では,規格値を満足しないことの原因は,多層SAW 溶接部に発生した溶接欠陥に起因したものであり,その防 止策として予熱及び後熱の必要性が述べられている. 表−2 タンデムSAW溶接条件 予熱及び後熱処置については,ガスバーナおよび電気 ヒータ等の専用装置による方法等があるが,実施工におい 溶接 条件 ては,大型部材に対する設置が大がかりとなり,均一な温 度管理等に難点がある.これらの問題点を解決するため, 実施工性を考慮した簡易的な方法として,SAW溶接直後 に自己溶接熱を保温する効果(以下,自保温効果と呼ぶ)が, 溶接諸性能に及ぼす影響について検討するものとした. 本報告では,80mm厚のSA440鋼材を対象とし,実 用性を考慮した大電流SAWのみによる健全な多層溶接を 実現することを目的とした.溶接熱を自保温するための3 1層目 1パス L極 T極 2パス L極 T極 2層目以降 3パス L 極 T極 4パス L極 T極 (先行) (後行) (先行) (後行) (先行) (後行) (先行) (後行) 電流(A) 2,000 1,750 1,350 1,150 1,700 1,500 1,250 1,100 電圧(V) 35 49 33 40 33 42 40 43 速度 19 33 25 38 (cm/min) 165 286 154 入熱量 492 (kj/cm) 計:605 (積層要領は図2参照) 種類の手段(断熱保温材料等の使用有無)が,溶接部の諸 表−3 試験体の保温条件一覧 性能に及ぼす影響について検討を行った.その結果,厚板 の多層SAW溶接における各パス毎に行う自保温手段が, * ** *** *** 技術研究室 構造技術グループ 鉄構事業部 工務部 設計課長 博(工) 橋梁事業部 生産本部 大阪工場長 博(工) 技術顧問 保温の有無及び方法 確認内容 保温無し 通常施工での温度履歴 スラグ保温 スラグ保温での温度履歴 スラグ保温+ スラグ保温および保温材 I 断熱保温材料 料使用時の温度履歴 断熱保温材料:イソウール (イソライト工業㈱製) (14) 試験体マーク N S 片山技報 33 溶接継手性能の向上及び欠陥発生の防止に対して,より有 20 効な施工法であることを確認したので,以下にそれらの内 4 2 容を報告する. 40 試験体形状を図−1に,供試鋼材の化学成分を表−1に 示す.試験体はBOX柱の角継手を想定し,板厚80mmの 2 180 3 1 3 2.実験方法 1 80 60 0 4 38 SA440C鋼材を用いてL字型に組立て,タンデムSA Wによる多層盛の完全溶け込み溶接を行った.その溶接条 件を表−2に示す.ワイヤ及びフラックスの組合わせは, 80 100 450 620 KW-101B(6.4mmφ)×KB55IM((株)神戸製鋼所製)と した.溶接積層方法は図−2に示すように3層4パス仕上 げの施工とし,初層の入熱量は492kJ/cmとした.表−3に 試験体の保温条件一覧を示す.温度保持の方法をパラメー タとして,N,S及びI条件の3種類の試験体,各1体を 作成した.N試験体は通常施工とし,SAW直後にスラグ を剥離し,SAWの連続溶接を行った.S試験体は溶接後 1170 図−2 溶接積層方法及び温度測定位置 のスラグ剥離は行わず,更にI試験体は,スラグ被覆のま まに加えて,断熱保温材料(商品名:イソウール)で試験 体を覆うことにより,溶接部に対する自保温効果を高めた. 溶接作業手順については,N試験体では,各パス間で溶 接部近傍の温度が200℃を下回った時点で,次パスのSA W溶接を連続して行った.IおよびS試験体は,1パス目 のSAW完了後,6時間以上経過(1日放置)し常温になっ た後に,2パス目以降のSAW溶接を行った.3及び4パ ス目のSAW溶接は,前パス終了後2時間経過した後に, 各パスの施工を行った. N,S及びIの各試験体について,温度履歴の計測を行っ 図−3 マクロ試験片形状 た.図−2に各試験体の溶接積層方法及び温度計測位置を 示す.各試験体の端部(スタート部から100mm)と定常部 ( 550mm)について,それぞれ5点として,1試験体当た り計10点の温度計測を行った.測定は,クロメル・アルメ ル(C−A)熱電対,1.6mmφを用いて行った. 溶接終了後( 48時間後)に, 『鋼構造建築溶接部の超音 波探傷検査基準・同解説( 2008年) 』に準拠し,超音波探 傷検査を実施した.継手性能試験については,マクロ,硬さ, 引張及びシャルピー衝撃試験を行った.図−3に溶接部マ クロ試験片の形状を示す.図−4に引張試験片,図−5に シャルピー衝撃試験片の形状,及び採取位置を示す. 図−4 全溶接金属の引張試験形状及び採取位置 3.温度履歴 図―6に,I試験体(スラグ保温及び保温材使用)にお ける溶接端部での各測定点の温度履歴を示す.図−6より SAW溶接部から大きく離れた測定点2を除いて,各位置 での100℃または150℃までの冷却特性に,大きな差異が無 いことがわかった.このことから,BOX柱角継手の温度 計測については,測定が比較的容易でかつ溶接部近傍の, フランジ上端から40mm離れた位置で温度管理(測定点3) するものとした.各試験体の測定点3における初層溶接時 の温度履歴を図−7に,最終パス溶接時までの計測結果を 図−8に示す.図−7より保温処理を施さないN試験体の 初層での150℃以上温度保持時間は,約70分程度に相当し た.これに対し,スラブ保温のS,及びスラグと保温材使 片山技報 33 (15) 図−5 シャルピー衝撃試験片形状及び採取位置 用時のI試験体でのそれらは,それぞれ約80分及び120分 600 強程度であり,N,S,I条件の順に保温効果が大となる 550 0 1日目 500 1 1日目 450 2 1日目 ことが確認された.図−8は,初層に加えて最終パスまで 3 1日目 400 のN試験体は1日で4パス仕上げの連続溶接したのに対し, 350 0 2日目 300 1 2日目 温度 (℃) の各保温条件の温度履歴を比較して示した.図−8(a) 図−8(b)のS及びI試験体では,2日間で多層SAW 溶接を行っている.図−8(b)より,SよりI試験体の 4 1日目 2 2日目 250 3 2日目 200 方が,各パス毎における溶接部の自保温効果がより大と 4 2日目 150 なっていることがわかる.図−9は,溶接部よりの拡散性 100 水素量放出の関係因子である,150℃又は100℃以上の保持 50 0 0:00 時間( 150又は100℃までの冷却時間)を,N,S及びI試 1:00 2:00 3:00 4:00 17:00 18:00 験体の各溶接部について,比較したものである.Nに対す 19:00 20:00 21:00 22:00 23:00 測定時間 (h:min) SA440大入熱SAW温度履歴 るI試験体の150℃及び100℃以上保持時間は,それぞれ約 図−6 I試験体の各測定点での温度履歴 1. 4倍及び1.5倍程度長くなっている. なお測定箇所(端部及び定常部)に対する溶接部の冷却 時間( 150又は100℃以上)の相違については,前者の方が, 600 端部での溶接熱反射により若干長くなる程度(約10分弱) 550 で,両者において大きな差異は見られなかった. 以上のように,保温処理の無いN試験体に対する,保温 処理を十分行ったI試験体の100℃以上の保持時間は,約1.5 温度 (℃) 倍程度になり,I試験体の溶接部の自保温効果が大きいこ とが,溶接部の温度計測により確認された.I試験体にお ける初層から3層4パス仕上げまでの100℃以上保持時間 は,約8.5時間程度に相当することがわかった. 500 I 450 S 400 N 350 300 250 200 150 4.継手性能試験結果 100 4.1マクロ及び硬さ試験 50 図−10に,N及びI条件の溶接部マクロ断面を示す.初 0 0:00 層のSAWルート部での溶込み不足等も見られず,双方と 0:30 マクロ組織上での有意差は,特に見られなかった.なお,N, 2:00 2:30 600 600 550 550 500 500 450 N 400 1日施工 400 温度 (℃) 350 300 250 3:00 3:30 図−7 測定点3での試験体毎の初層温度履歴 450 温度 (℃) 1:30 SA440大入熱SAW初層温度履歴 かった.両者のマクロ断面については,自保温効果による I 1日目 S 1日目 I 2日目 S 2日目 350 300 250 200 200 150 150 100 100 50 50 0 0:00 1:00 測定時間 (h:min) もに横マクロ断面では,溶接欠陥の発生は特に認められな 1:00 2:00 3:00 4:00 5:00 6:00 7:00 8:00 9:00 0 10:00 11:00 0:00 1:00 2:00 測定時間 (h:min) 3:00 4:00 17:00 18:00 19:00 20:00 21:00 22:00 23:00 測定時間 (h:min) (a)SA440大入熱SAW温度履歴 (b)SA440大入熱SAW温度履歴 図−8 各試験体の全パスの温度履歴 (16) 片山技報 33 S,及びIの各試験体に対する溶接部の超音波探傷結果に つきが見られた.自保温効果の大きなI試験体の吸収エネ おいても,溶接欠陥等は特に検出されなかった. ルギー値は,試験片の採取位置の相違に関わらず,平均 図−11に,表層から25mmの位置でのN及びI試験体の 100J超の,安定した高い衝撃特性を示した. 溶接部の硬さ分布を示す.いずれも,溶接金属の平均硬さ は約200Hv程度であり,N及びI試験体の自保温差によ 4.4 走査型電子顕微鏡(SEM)による破面観察結果 及び考察 り,溶接部の硬さに大きな差異は見られなかった.硬さ分 図−14は,N試験体で丸棒引張試験片の採取(中央部) 布の測定位置を表層から25mm内としたのは,後述の図− 12の溶着金属の引張試験で,試験片の採取が不可となり, が不可となった破面(図−12)について,SEMにより観 その位置での硬さを検討したためである. 察した結果を示す.破面の銀白色状を呈した箇所において は,典型的な擬へき開状の破面性状が観察されており,こ の種の溶接欠陥は低温割れであると推察された.N試験体 4.2 引張試験 図−12に,全溶着金属の引張試験結果を示す.N試験体 で発生した溶接欠陥は,各パスの連続溶接における最終層 の溶接部中央部からの試験体採取時(表層から25mmの位 直下の拡散性水素量の蓄積3),4)により,欠陥の発生に至っ 置)において,後述する溶接欠陥が発生したため,試験片 たものと推察された. の採取が不可となり,引張試験の実施ができなかった.そ なお,S及びI試験体では,それらの溶接欠陥の発生は の他のN,S及びI試験体の全溶着金属の試験結果におい 認められなかった.この種の溶接欠陥の防止には,最も保 ては,引張特性について,降伏耐力,引張強さともに基準 温効果の大なるI試験体(各パス毎のスラグ剥離をせずに, 値を下回るものは見られなかった. かつ保温材料で溶接部を覆う)の採用が,有効な手段であ ることが確認された. 4.3 シャルピー衝撃試験 図−13に,シャルピー衝撃試験結果を示す.N,S及び 5.まとめ I試験体のいずれの溶接部ともに,シャルピー吸収エネル 本実験により得られた知見を,以下に示す ギーの規格値である,試験温度0℃:47J( V E O値)以上 1) スラグ保温及び断熱保温材使用による溶接部の自保 を満足した.N及びS試験体のBOND部では,上部及び 温手段(I試験体)によって,保温処理の無い通常施 下部の試験片採取位置の違いにより,衝撃値データにばら 工(N試験体)の場合と比較して,溶接金属の引張特性, 600 150℃保持時間 100℃保持時間 400 300 350 200 ビッカース硬さ(Hv:98N)) 時間( min) 500 100 0 I S N 図−9 各試験体における150及び100℃以上保持時間の比較 MAX:210 300 N試験体 250 200 150 100 BM HAZ WM HAZ BM 50 0 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 350 ビッカース硬さ (Hv:98N) MAX:212 300 I試験体 250 200 150 100 BM HAZ WM HAZ BM 50 0 (a) N試験体 0 (b) I試験体 20 30 40 50 60 70 80 90 溶接距離(mm) 図−10 断面マクロ写真 片山技報 33 10 図−11 表層から25mmの位置での硬さ測定結果 (17) 100 降伏耐力 N試験体 650 上部(U) σy, σ T(N/mm2) 600 中部(M) 下部(L) 上部(U) 中部(M) 引張強さ Ⅰ試験体 S試験体 下部(L) 上部(U) 中部(M) 下部(L) IU1 IM1 IL1 ▽590N/mm 2 550 採取 不可 500 450 400 ▽440N/mm 2 NU1 NU2 NM1 NM2 NL1 NL2 SU1 SU2 SM1 SM2 SL1 SL2 IU2 IM2 IL2 シャルピー吸収エネルギー vEo (J) 図−12 全溶着金属の引張試験結果 図−14 N試験体の引張試験片で見られた溶接欠陥のSEM破断 写真 300 N 上部 N 下部 250 接は,前パス終了後それぞれ2時間経過した後に,実 S 上部 200 150 施することが適切である. S 下部 5) 3層4パス仕上げのSAW溶接時における100℃以上 I 上部 の保持時間は,約8.5時間程度に相当し,それら以上の I 下部 時間を目安に管理するものとする.I試験体で用いた 100 簡易的な自保温手段の採用により,コーナー溶接部に 対する予熱及び後熱等の処理を施すことなく,溶接品 50 質の確保と向上が可能であることを確認した. 0 DEPO BOND HAZ 謝辞 図−13 シャルピー衝撃試験結果 本研究の遂行には,神機建材(株)春名三十志工場長を 始め,同社の関係各位に多大の御指導,御協力を賜わった. 及び溶接部の衝撃特性等が大いに向上し,溶接欠陥の ここに厚く感謝の意を表します. 防止に対しても効果のあることが確認された. 2) 溶接部の温度履歴の計測により, N(通常施工),S(ス ラグ保温のみ)及びI試験体(スラグ及び断熱材保温) 参考文献 1)津山忠久,湯田誠,山崎圭,袁倚旻,鈴木励一:MA の順に,その保温効果が大となり,Nに対するI試験 G−ホットワイヤハイブリッド F−MAG溶接法の 体の100℃以上の保温時間が,約1.5倍程度に大きくなる 開発,第4回社団法人鉄骨建設業協会技術発表会資料, ことが確認された. 平成24年11月5日. 3) 自保温効果の大きなI試験体の保温手段を採用する 2)松村一諮:極厚60キロ鋼のサブマージ溶接4パス施 ことで,SAW溶接部からの拡散性水素量の放出が助 工,第3回社団法人鉄骨建設業協会技術発表会資料, 長され,溶接欠陥の発生防止に大いに寄与することが 平成23年11月2日. わかった. 3)高椅英司,岩井健治:横割れの発生と残留応力,拡散 4) 80mm厚のSA440鋼材の多層SAW溶接において 性水素濃度との関係,溶接学会誌,第48巻( 1979)第 は,フランジ面(上端から40mmの位置)での温度管理 をもとに,I試験体(スラグ保温と断熱保温材併用) 10号,pp.127-134. 4)接合・溶接技術Q&A1000,Q1-4-11,pp.108-109,(株) の保温条件で,初層1パス溶接後1日放置する.2日 産業技術サービスセンター. 目に2パス目以降の溶接を行い,3及び4の各パスの溶 (18) 片山技報 33
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