ベリリウム銅の熱処理

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ベリリウム銅の熱処理
熱処理は、ベリリウム銅にとって万能薬です。他の銅合
金では強さの増大は冷間加工のみで行いますが、ベリ
リウム銅展伸材では高強度、伝導率、硬さを冷間加工と
時効硬化と呼ばれる熱処理の組み合わせによって増強
します。時効硬化は析出硬化あるいは単に熱処理とも
呼ばれます。この熱処理ができる性質のため、ベリリウム
銅は他の合金にはない成形性および機械的性質上の
長所が与えられます。例えば、材料が延性に富む圧延
状態のままで複雑な形状に加工し、その後の時効硬化
によって銅合金中最高の強さと硬さを得ることができま
す。
ベリリウム銅の熱処理は、溶体化焼鈍と時効硬化の二
段階からなる工程です。当社では出荷前に全製品を溶
体化焼鈍していますので、得意先の工場側で行うことは
時効硬化のみとなります。以下にその工程およびベリリ
ウム銅の全般について詳述します。展伸材および鋳造
材の熱処理工程、推奨熱処理設備、表面酸化物情報、
および一般的な溶体化焼鈍についても触れます。
ベリリウム銅合金
ベリリウム銅合金は基本的に二種類あります(表 1)。高
強度ベリリウム銅は高い強さと中程度の伝導率を有し、
高伝導ベリリウム銅は最高の伝導率とやや低い強さを
有しています。
高強度ベリリウム銅
展伸材
25 (C17200)
鋳造材
高伝導ベリリウム銅
展伸材
鋳造材
275C (C82800)
3 (C17510)
3C (C82200)
190 (C17200)* 245C (C82600)
10 (C17500)
10C (C82000)
M25 (C17300)
20C (C82500)
174 (C17410)*
165 (C17000)
21C (C82510)
171 (C17450)*
165C (C82400)
表 1 ベリリウム銅合金、BW名称(UNS)
*ミルハードン材のみ
両者ともに熱処理可能およびミルハードン質別のストリ
ップ材が用意されています。ミルハードン材は熱処理済
みで供給されるので、それ以上の熱処理は不要です。
ベリリウム銅は溶体化焼鈍状態(A)から圧延状態(H)
までの質別で生産されています。
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熱処理によりその強さと硬さを最大限高めることができま
す。標準の時効硬化性ベリリウム銅の質別記号を表 2 に
示します。
BW 記号 ASTM 記号
内容
A
TB00
溶体化焼鈍
1/4H
TD01
冷間加工 1/4 硬質
1/2H
TD02
冷間加工 半硬質
3/4H
TD03
冷間加工 3/4 硬質
H
TD04
冷間加工 硬質
AT
TF00
名称に“T”のついたもの
は標準熱処理による時
1/4HT
TH01
効硬化済みの材料を示
2/4HT
TH02
します。
3/4HT
TH03
HT
TH04
表 2 アロイ 25 と 165 ストリップ材の質別記号
ベリリウム銅合金の時効硬化
ベリリウム銅では時効硬化により最大強さ、硬さおよび
伝導率が得られます。その過程で、顕微鏡的にベリリウ
ムに富む粒子が金属格子中に形成されます。これは拡
散律速反応で、強さは時効時間と温度によって変りま
す。
標準の時効硬化時間と温度は、ベリリウム銅合金の種
類ごとに決められています。標準時間と温度に従えば、
過剰加熱によって強さが失われる危険性がなく、2~3
時間で最大強さが得られます。一例として、図1は、時
効硬化温度がアロイ 25 の最高の強さとそれに達するま
での時間にどのような影響を与えるかを示しています。
アロイ 25 の強さは 290℃の低温ではゆるやかに上昇し、
最大強さに達するまでに 30 時間を要します。標準温度
の 315℃では 3 時間後でも強さに変化が見られません
が、370℃になると、30 分で最大強さに到達し、その後
直ちに減少します。要するに、時効温度が高くなるほど
最大強さに達する時間は短くなり、また到達しうる最大
強さは低くなります。この傾向はすべてのベリリウム銅合
金に共通していますが、標準温度はそれぞれ異なりま
す。
ては、“ベリリウム銅ガイド”をご参照ください。
高強度鋳造材(アロイ 275C、245C、20C、21C、165C)
高強度鋳造合金の標準時効処理は、焼鈍、鋳放しのい
ずれの場合でも 330~340℃で 3 時間です。鋳放合金で
最大強さを得るため、時効硬化に先立って溶体化焼鈍
を行う必要があります。
図 1 時効硬化処理に対する時効温度の影響
(アロイ 25 の場合)
ベリリウム銅は時効硬化によって様々な強さを得ること
ができます。最大時効は、最大強さに時効処理された
ベリリウム銅を指します。最大強さに達しない状態をアン
ダーエージング、最大強さを越えて時効された状態をオ
ーバーエージングと呼びます。アンダーエージングでは
靫性、均一伸び、疲労強さが増大します。オーバーエ
ージングでは電気および熱伝導率と寸法安定性が増大
します。ベリリウム銅は室温ではいくら時間をかけても時
効硬化しません。
時効硬化時間の許容範囲は炉の温度と要求される性
状によって異なります。標準温度で最大時効を行う場合
は、加熱時間は±30 分に制御します。高温で時効処理
を行う場合は、オーバーエージングを避けるためにさら
に厳密な時間制御が必要で、例えばアロイ 25 を 370℃
で時効硬化する場合、時間を±3 分の範囲で制御する
必要があります。同様にアンダーエージングにおいても、
時効曲線の最初の部分で急激な上昇があるため、厳密
な制御が必要です。標準時効の場合は、昇温速度や
冷却速度はあまり問題になりません。
しかし、部品が適温に達する前に時効が始まることがな
いように、熱電対を設置して部品の温度を測定するとよ
いでしょう。
以下に、高強度ベリリウム銅と高伝導ベリリウム銅の標
準時効時間と温度を見ていきます。
高伝導性展伸材(アロイ 3、10)および高伝導性鋳造材
(アロイ 3C、10C)
両者とも標準時効条件は 480℃で 2~3 時間で、冷間加
工材の場合は 2 時間、鋳造焼鈍展伸材では 3 時間です。
高伝導性合金は、卓越した電気および熱伝導率で知ら
れており、時効硬化によって中程度の強さを付与するこ
とができます。それには高強度合金よりも高い温度での
硬化処理が必要です。
高伝導性合金の機械的性質は時間によってあまり変わ
らないため、アンダーエージングやオーバーエージング
により特性を調整することはできません。図3は、アロイ 3
と 10 の機械的性質に対する時間の影響を示します。
時効硬化用機器
ベリリウム銅の時効処理には各種の設備があります。
再循環型空気炉
ベリリウム銅部品の標準時効硬化には、温度を±10℃
に調節した再循環型空気炉が推奨されます。この炉は
部品の大量、少量いずれの処理にも向くよう設計されて
いて、打ち抜き部品を一括して架台上で時効処理する
場合に理想的です。しかし大量の部品を時効処理する
場合には注意が必要です。即ち、熱容量が大きいので、
全部品が同じ時間だけ加熱されない可能性があり、そ
の結果生じるアンダーエージングを避ける工夫が必要
です。
ストランド時効炉
加熱媒体に不活性ガスに用いたストランド時効炉は、コ
イル状の材料を大量に処理するのに適しています。この
処理は主に金属製造工場で行われるもので、長い炉に
材料のコイルを伸ばしながら挿入し、加熱部と冷却部を
通過させ、炉の出口でコイルに巻きとります。この炉の
利点としては、時間と温度の制御が容易なこと、部品間
のバラツキが生じないこと、アンダーエージングまたは
高温・短時間時効などの特別な処理が可能なことなど
があります。
高強度展伸材 (アロイ 25、M25、165)
高強度ベリリウム銅展伸材の時効硬化温度は、260~
370℃の範囲にあります。最高特性を得るまでの所要時
間は低温側では高温側より長くなります。標準時効条件
は 315℃で 2~3 時間です。また冷間加工材では 2 時間、
焼鈍材では 3 時間になります。図 2 はアロイ 25 の 1/2H
質別の機械的性質に対する時間と温度の影響を示した
ものです。
塩浴
塩浴もまた展伸材の時効硬化に推奨されます。塩浴は
部品の迅速かつ均一な加熱ができるばかりでなく、時効
温度をいかようにでも設定できます。特に高温・短時間
の時効に有利です。
ベリリウム銅合金の時効硬化曲線と機械的性質につい
真空炉
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ベリリウム銅部品は真空炉でも問題なく時効硬化ができ
ますが注意が必要です。真空炉の加熱は輯射熱なの
で、大型部品を均一に加熱するのが困難です。装填品
の外側は内側よりも直接輯射熱にさらされるため温度勾
配が生じ、熱処理特性値が不均一になり出ます。均一
加熱を確実に行うためには、装填する部品寸法を制限
したり、加熱コイルから遮蔽するなどの対策が必要で
す。
または、アルゴンや窒素などの不活性ガスを封入した真
空炉も使用できます。この場合も、炉に再循環ファンが
ない場合は、部品の遮蔽が必要です。
時間とします。厚さ 1 インチ以上の重量物では通常 1~
3 時間かかります。昇温時間として厚さ 1 インチ当たり 1
時間の割で均熱時間に加えて下さい。
塩類は溶体化温度域でベリリウム銅を腐食するので、塩
浴は行わないでください。
鋳造または溶接したベリリウム銅を強化時効するときは、
事前に溶体化焼鈍を行ってください。最高値が必ずしも
必要でない場合は、鋳造合金は溶体化焼鈍せず鋳造
状態から直接時効硬化を行うことができます。
ミルハードン材
表面酸化物
時効硬化の間にベリリウム銅の表面にはベリリウム酸化
物が形成されます。その酸化膜の厚さや組成は一定で
はありませんが、時として透明です。
時効硬化中に生成するベリリウム銅の表面酸化は、純
粋な水素雰囲気や高真空中で行っても完全に防くこと
はできません。しかしある雰囲気においては最小限に
止どめることができます。例えば窒素中に 5%の水素を加
えた低露点(-40℃)雰囲気では、酸化は最小限になり
熱伝達を改善する効果も得られます。表面酸化は空気
雰囲気で最も顕著で、還元雰囲気では最少になりま
す。
酸化膜は母材に悪影響を与えるものではありませんが、
メッキ、ロウ付け、ハンダ付けなどを行う場合は、除去す
る必要があります。ベリリウム銅の洗浄については、“ベ
リリウム銅の洗浄”をご参照下さい。
溶体化焼鈍
時効硬化を効果的に行うためには、時効硬化前に溶体
化焼鈍と急冷が必要です。その前処理効果に加えて、
焼鈍は材料を軟らかくして冷間加工を容易にするととも
に、粒度をそろえる働きをします。当社工場においては、
すべての展伸製品に対して出荷前に焼鈍処理している
ので、使用者が時効硬化前に改めて焼鈍をする必要は
ありません。
溶体化焼鈍には高温での均熱加熱が必要です。高強
度合金は 790℃、高伝導性合金は 900℃で加熱します。
焼鈍は注意深く行うことが重要で、時間が超過したり温
度が高すぎたりすると結晶粒の成長を招く恐れがありま
す。溶体化焼鈍のあとは直ちに水冷します。大量の金
属を焼鈍する場合はまず模擬テストを行って下さい。細
いワイヤーなどの薄い断面の場合は焼鈍時間は 3~5
分、薄い肉厚のチューブや小型の鋳造品では 15 分~1
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精密成形を必要としない用途では、ミルハードン材を使
うことにより熱処理や洗浄工程を省略することができま
す。当社は、ミルハードン材が所要の強さで最大の成形
性を発揮するよう特別な熱処理を施しています。
高強度ミルハードン材
高強度ミルハードンベリリウム銅材には、アロイ 190 とブ
ラッシュフォーム 290 があります。これらはいずれも
C17200 表示材で、数種類の質別が用意されています。
ブラッシュフォーム 290 は任意の強さで良好な成形性を
発揮します。
高伝導性ミルハードン材
高伝導性ミルハードンベリリウム銅材にはアロイ 3、10、
171、174 があります。アロイ 3 と 10 の機械的性質は AT
または HT の最強時効状態と同等です。アロイ 3 と 10
はさらに強さを高めた(質別 HTR)または伝導率をあげ
た(質別 HTC)状態でも製造可能です。アロイ 171 と 174
はミルハードン質別のみ用意されています。ミルハード
ンについては“ベリリウム銅ガイド”をご参照下さい。
安全性
ベリリウムの微粉末を吸引すると、健康障害を起こすこと
があります。ベリリウム銅の熱処理はベリリウムを含んだ
煙や微粒子が発生することはありませんが、その後工程
で表面酸化物を剥がす際に気をつけなければなりませ
ん。酸化物はほとんどが酸化銅ですが、合金のベリリウ
ム含有量に比例してベリリウムが含まれています。従っ
て、、酸化物の生成を最小限に押さえるよう、炉の雰囲
気を注意して管理して下さい。熱処理済みの部品は加
工前に化学的洗浄を行います。
作業環境の安全性を確保するために、作業中の空気を
サンプリングして浮遊微粒子の有無を調べます。OSH
Aは安全被曝限度を設けています。当社ではベリリウム
銅の熱処理安全対策資料をご用意していますのでお問
い合わせください。またMDSDもご参照ください。
図2
アロイ25 1/2H
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図3
アロイ3および10 A