医療系学生に 向けた、感染症危機管理 シミュレーションドリルの 取り組み 日本医科大学 医療管理学教室 1.本ドリルの目的 1. 現在医療機関では新型インフルエンザ等による大規模な健康危機発生を想 定し、感染症強化対策の必要性が著しく高まっています。これら危機発生時に おける迅速な対応を可能にするには、医療関係者が日常的に効果的な感染 症危機管理訓練を受けている必要があります。 2. 米国の医学校では、感染症危機管理教育として新型インフルエンザによるパ ンデミック対策を医学生に教えるパッケージがあり、特にピッツバーグ大学医 学部では演習型のシミュレーション教育が行われています。 3. 一方、現在国内では医療関係者の卒前卒後教育に適した感染症対策教育プ ログラムに関して標準化された教育パッケージは確立されていません。そこで 本ドリルでは、ピッツバーグ大学のドリルを基に国内の医療事情に沿う形で本 ドリルを開発しました。 4. 本ドリルを医療系学生向け教育ツールとして確立させることで、医療系学生や 医療関係者に対して感染症危機管理をはじめとする医療安全文化を醸成する ことが可能になると思われます。 2.本ドリルの学習目標 本プログラムでは、演習型のシミュレーション教育手法の利点を生かし、特に 以下の6点につき効果的に学べるように工夫してあります。 1. 現場の混乱など、パンデミックがもたらす医療現場へのインパクト 2. 処置や治療における、対応すべき患者の優先順位付けの重要性 3. 他職種とのチームワークの重要性 4. 点滴や医療関係者などの医療資源が有限である事の認識 5. 良いコミュニケーションの価値について 6. リーダーシップの重要性について 3.本ドリルの概要 1. 本ドリルは、3部構成になっており、全てに要する時間は約4時間です。 2. 最初に感染症の大流行(パンデミック)及び感染防御技術の基礎知識について90 分間講義をし、その後実際の感染防御技術指導を45分実施した後、最後にシミュ レーション型のパンデミックドリルを90分間行います。 3. 今回我々は、2年次医学部生100名、3年次医学部生100名、3年次看護学生10 0名に対して、別々に3回本ドリルを行いました。要したスタッフ数は約15名でした。 ① 座学による 講義 (90分) ② 感染防御 技術指導 (45分) ③ シミュレーション型 パンデミック ドリル (90分) 2 3 1.パンデミックについて 2.感染防御技術について 1 4.①座学による講義 講義内容 • • • • パンデミックについて 感染防御について 基礎知識を講義 90分間で実施 パンデミックドリル 院内感染防御技術 パンデミックとは何か? パンデミックドリルを行うに当たって 医療管理学教室 45分 院内感染防御技術 医療安全管理部 感染制御室 45分 4.②感染防御技術指導 技術指導内容(手指衛生、PPEの着脱) • 大学付属病院医療安全管理部(感染制御室)が担当 • 感染管理認定看護師による直接指導 • 45分間で実施 導入(手順説明) 5分 手指消毒の正しい手順と方法 10分 手洗いの正しい手順と方法 15分 PPEの正しい着脱方法 10分 片付け、移動準備 5分 4.③シミュレーション型パンデミックドリル – 疑似病院の設営 – 擬似病院 NS④ 病棟 霊安室 ⑤ ③ 病院名掲示 ICU 病棟 ② ② ICU病棟 ④ ナースステーション(NS) ③ 退院 教壇 ① ① 全体像 ⑤ 霊安室 4.③シミュレーション型パンデミックドリル – ドリルの準備 – 可能な行為一覧 医師 ① 参加者はイントロダクションでドリルの説明を受ける。 ③ ガウン左肩にカラーテープ。 職種により色が違う。 医師の診察 ● 発熱・咳 ● 看護師 看護 助手 ● 食事・水分 ● ● 入浴 ● ● ● 嘔吐・下痢 ● ● 点滴 ● ● 呼吸苦 ● ● 酸素 ● ● ICU病棟 (診察) ● 退院(診察) ● 死亡(診察) ● 患者移送 注) ● ● ● 注) ①ICU病棟、退院、死亡のフラッグがある時 は、必ずその診察をした後に、各場所に患者 移送する事。 ②ICU病棟への患者移送はストレッチャーに 乗せて2名で行う。2名のうち1名は医師であ る事が必要。 ③退院と死亡の患者移送は1名で行うことが でき、どの職種が行っても良い。ストレッ チャーに乗せる必要はない。 ② 4人で1組の医療チームを構成する。 担当病棟の前で、ガウンを着用しているところ。 ④ 自分が出来る行為について 確認する医療チームのメンバー ⑤ 職種別に可能な診療行為 を記したカード。各自が所持。 4.③シミュレーション型パンデミックドリル ⑥ スタッフが、患者の左胸のポケットに、 患者の状態や必要な処置を示したフラッグ を入れる。例:酸素 ⑦ 各患者の状態や、必要な処置が示 されている状況。 – 演習方法 – ⑧ 医療チームは、患者に必要な処置を 確認した後、それと同じフラッグをNSに 取りに行く。 ⑨ 患者の下で、同じフラッグを重ねると、 処置が完了。 ⑪ 時間経過と共に、パンデミックが進み、病棟は 満床になる。処置に追われる医療チーム。 ⑩ 処置が完了したフラッグは、 病棟脇のゴミ箱に捨てる。 4.③シミュレーション型パンデミックドリル ⑫ 15分間の演習の後、デブリーフィングの ⑬ デブリーフィングの後、医療チーム別に ため、休憩を取る。感想を述べる参加者。 ミーティングを開かせる。議論が活発に 何がうまくいき、何がうまくいかなかったか? 行われた。 ⑰ パンデミックが進むと、ICUも満床になる。 ICUの医師と交渉しないと、患者の行き先 がなくなる。 ⑯ ICU病棟への患者移送はストレッチャー (布)で2名の付き添いで行う。1名は必ず 医師である事が必要。 – 演習方法 – ⑭ 2回目の演習がスタート。1回目に比べ、 スムーズに行くことが多かった。 ⑮ マスクやガウンの装着が甘いと、参加者 を患者にすることもある。人的資源の 有限性を体験してもらう。 5.ドリルの評価 – パンデミックドリルアンケート結果( n = 247)- 演習の妥当性について 演習の理解度について 100% 100% 80% 良くイメージできた 76% 80% 60% ある程度イメージできた 60% 52% 45% 40% あまりイメージできない 63% 59% 51% 39% 45% 41% 39% 40% 57% 53% 53% 35% 全くイメージできなかった 39% 20% 3% 1% 0% 0% 0% 22% 20% 0% A このような演習形式の授業は、現実の医療現場の 疑似体験として役に立つと思いますか? コミュニケーション力やチームワーク等のソフトスキル (測定しにくいスキル)を学ぶ場合、このような 演習形式の授業は効果があると思いますか? B C D E F A. パンデミックがもたらす医療現場へのインパクト(現場の混乱など) B. 処置や治療における、対応すべき患者の優先順位付けの重要性 C. 他職種とのチームワークの重要性 D. 点滴や医療機関関係者などの医療資源が有限である事の確認 E. 良いコミュニュケーションの価値について F. リーダーシップの重要性 5.ドリルの評価 - アンケート結果( n = 181)感染防御技術の理解度について パンデミックに関する知識を 問うミニテストの正答率 (プログラムの前後で実施) 100 100% 80% 60% 55.5 64.3 40% 39% 66% 66% よくできた できた 50% 47% 44% 80 60 61% 55% 65% 61% 38% どちらでもない 34% 31% 33% あまり出来なかった 出来なかった % 20% 40 0% 20 1 2 3 4 5 6 7 1.医療施設における感染防止対策の必要性が理解できましたか。 0 訓練前(2日前) 訓練後(14日後) 2.標準予防策の意味とその内容が理解できましたか。 3.標準予防策の実施方法が理解できましたか。 4.経路別予防策とその内容が理解できましたか。 5.手指消毒の正しい手順と方法を経験できましたか。 6.石けんと流水による手洗いの正しい手順と方法を理解できましたか。 7.PPEの正しい着脱方法を理解できましたか。 5.ドリルの評価 – プログラムの普及活動( 週 刊 医 学 会 新 聞 ) (ナーシングカレッジ) ( 読 売 新 聞 全 国 版 ) (日本医科大学医学会雑誌) プログラムのDVD作成 他: 「平成22年度 東京都医師会グループ研究賞」受賞 6.ドリルの考察 1. この度、医療系学生向けの感染症危機管理シミュレーション訓練の開発を行いました。 2. アンケート結果によると、90%以上の参加者が、本ドリルをパンデミック時の医療現場を疑似体験する場、およびソフトスキルを 学ぶ場として用いる事に妥当性があると回答しました。また90%以上の参加者が、本ドリルに参加する事によって、パンデミック がもたらす医療機関へのインパクトや、医療資源の有限性、良いコミュニケーションの価値等の、講義だけでは理解が難しい要素 に対して、参加者にイメージさせることが出来ると回答しました。なかでも、「他職種とのチームワークの重要性」を理解させるには 本ドリルは特に効果があると思われました。 3. 演習型のシミュレーションドリルの利点としては、以下の点が挙げられました。 1.参加者はチームを組んで体験するので、主体的に参加せざるを得ない (講義では、出席はしていても参加はしていない事も多い)、 2.設備や服装等にリアリティをだすため、参加者もその世界に入り込み易くなり、参加意識がより高まる。 3.参加者のやる気を起こさせ、その後の学習にも良い波及効果がある。 4.参加者に気づきを与える事が出来る。 5.学生は演習型シミュレーション教育の中では自らの役割と裁量を与えられることから、 自らの頭で考えることになる。盲目的な暗記とは違う。 6.これまで経験したことのない、体を動かす楽しい学習となるので、体験として記憶に残り、 教える側が伝えたいコンセプトが記憶として定着する。 4. 何かのご参考になれば幸いです。
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